中国の主権概念は中露枢軸の分断をもたらし得る
中国は現行の国際ルールと規範を遠慮仮借なく批判しているが、それは今日のルールに基づく世界秩序が欧米の価値観に基づいていると見做しているからである。そうした観点から、中国の政策形成者達は国家主権と国際法について特異な概念を主張し、それによって近隣諸国とは領土紛争、国際社会とは哲学論争を頻繁に抱えることになっている。こうした事態に鑑みると中国とロシアは欧米主導のリベラル世界秩序への抵抗という立場は共通だが、盧沙野駐フランス大使による旧ソ連共和国の主権への疑義を呈する失言もあって、両国の間では将来の紛争が起きる可能性も否定できない(“China’s ambassador to France questions 'sovereign status' of former Soviet nations”; France 24; 23 April, 2023)。となると中露枢軸は揺るがぬものでもなく、主権の概念も両者分断を加速する要因の一つとなる。
件の駐仏大使の発言があまりにも物議を醸したために、中国外務省の毛寧報道官は即座にこれを否定して国際社会の批判を宥め、中国は旧ソ連諸国の主権を尊重すると強調した (“China affirms ex-Soviet nations’ sovereignty after ambassador comments”; PBS News; April 24, 2023)。しかしパリ在住の日本人ジャーナリスト、安部雅延氏は西側の専門家の間で、旧ソ連諸国の主権に関する盧大使の発言は中国の外交政策形成者の間での共通の理解だと見做されていると主張する(『中国の本音?駐仏大使、ウクライナ主権に疑義の謎』;東洋経済; 2023年4月27日)。盧氏はクリミアでのウクライナの領有権の正当性を否定したかったのだろうが、しかし理論的にそれではロシアの主権も認めないことになる。それは潜在的に外満州、すなわちロシア極東地域での中露衝突を引き起こすだろう。中国にとってここは満州人清朝の歴史的領域ながら、1858年のアイグン条約と1860年の北京条約でロシアに強奪された土地である。1960年代末に中ソ国境紛争が勃発すると両国の関係は悪化した。
そうした歴史的文脈からすれば中国の習近平主席が最近、ロシア極東地域でのロシア語の地名は例えばウラジオストクを海参崴というような中国語に替えるよう口走ったことで、この地での両国間の領土紛争を引き起こすことも有り得る。それは中国がロシアに根深い領土的怨念を抱いていることを暗示し、外満州が歴史を通じて漢民族の領土でなかったことなど関係はないと言わんばかりである。反欧米枢軸が組まれてはいるが、中国はロシアの経済や人口などでの衰退を促し、この国を自国に従属させてシベリアの天然資源へのアクセスを強めようとしている(“Goodbye Vladivostok, Hello Hǎishēnwǎi!”; CEPA; July 12, 2022)。習氏の発言からは、ロシアが現在ウクライナで見せつけているような領土拡大志向が中国にも秘められていることが伺える。
領土紛争の潜在的な可能性は、さらなる問題にも発展しかねない。現在、ロシアは中国とインドに大安売りで石油と天然ガスを輸出し、ウクライナ侵攻に科された欧米の制裁が自国経済に及ぼす影響を緩和しようとしている。バルト海の港湾から輸出されるロシア産の原油は、中国向けでは1バレル当たり11ドル、インド向けでは14から17ドルも割り引かれている(“India and China snap up Russian oil in April above 'price cap'”; Reuters; April 19, 2023)。しかしそのようなバーゲン・セールではフェアトレードの観点からは、長期的には自己破滅的で持続性がない。特に中国はタイガの環境を犠牲にして極東シベリアで他の天然資源も収奪するであろう。実際に中国の林業界はウクライナでの戦争よりはるか以前から、当地での違法伐採で悪名高い(“Corruption Stains Timber Trade”; Washington Post; April 1, 2007)。ロシアが現在の戦争によって交渉力を失うに従って、中国の自国中心的な天然資源への渇望が現地の生態系と住民の生活を破壊しかねない。国際政治の専門家は国家対国家の力のやり取りに注目するあまり、グローバル・コモンズが関わる紛争には充分には目が届かない。また欧米の環境活動家達はシベリアの森林保護で、1980年代にアマゾンの森林保護でやったような積極的行動に出るべきである。ロシア極東地域での天然資源と領有主権の問題は相互に絡み合っている。これもまた中露枢軸の分断となる要因である。
両国ともル-ルに基づく世界秩序には従わないので、互いの合意には敬意を払わぬ振舞いである。中国とロシアは反欧米でリビジョニストの視点を共有してはいるが、ロシアは自国の極東地域での中国の拡張主義を怖れて貿易および投資での二国間合意を完全に遵守しようとしない(“The Beijing-Moscow axis: The foundations of an asymmetric alliance”; OSW Report; November 15, 2021)。他方で中国の主張では、現行の国際法では自分達の核心的利益を守るには不充分であり、よってたとえ国際的なルールと相容れない法であっても国内立法によりそうした利益を守る必要があるということである。中国による国際法への抵抗姿勢の最も重要な例の一つが、国連海洋法条約の侵害である。神戸大学の坂元茂樹名誉教授は、国際法についてそのように恣意的な解釈を行なえば国際海洋秩序に多大な被害を及ぼすと批判している。注目すべき点は中国が国内立法を国際的なルールと規範に優先させる条件を明確にしていないことである(『中国海洋戦略の解剖:国内立法と国連海洋法条約の自己中心的解釈による海洋秩序の侵害』;日本国際フォーラム;2023年2月13日)。中国がそこまで強引に我が道を行くなら、ロシアをも含めた全世界の他国との摩擦は避けられないだろう。中ソ対立がソ連共産党のニキタ・フルシチョフ第一書記によるスターリン批判に始まったことを忘れてはならない。反米姿勢だけでは両国の連帯を維持できない。
中露枢軸は我々の同盟と民主主義の分断を仕掛け続け、冷戦後には両国の工作は以前にもまして活発になっている。特にロシアがブレグジットとトランプ氏当選に向けて行なった選挙介入は、西側民主主義の土台を揺るがした。そして今、中国が台湾総統選挙に介入しようと、国民党の馬英九候補を本土に呼び寄せた(“Ma Ying-jeou’s historic trip: Can former Taiwan president help ease cross-strait tensions?”; Japan Times; April 7, 2023)。よって我々は中露枢軸のあらゆる弱点を見つけ出し、両国の工作活動に報復すべきである。両国の連帯は崩せる。G7諸国は広島サミットにおいてグローバル・サウスを中国とロシアから引き離そうとの努力を見せたが、中露両大国の間に楔を打ち込むことの方がより重要である。
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