« 2023年5月 | トップページ | 2023年10月 »

2023年7月17日

アフリカの民主主義とロシア勢力浸透に対する西側の対抗手段

Wagner-africa

 

 

ウクライナ危機に関する国連総会の投票で、国際社会はアフリカの親露派で専制的な国々が思いも寄らぬ影響力を有することに驚愕している。しかしアフリカ連合(AU)は本年2月にアディスアベバで開催された第36回AU首脳会議にて、ブルキナファソ、マリ、ギニア、スーダンといったサヘル地域の親露派軍事独裁体制諸国に対して加盟停止を再確認し、「憲法に基づかない政権交代を一切容認しない」姿勢を示した。この首脳会議直前にはECOWAS(Economic Community of West African States:西アフリカ諸国経済共同体)も、ブルキナファソ、マリ、ギニアの加盟停止延長を告知している(“African Union reaffirms suspension of Burkina Faso, Mali, Guinea and Sudan”; Africa News; 20 February, 2023)。AUとECOWASによる一連の行動は、アフリカの民主主義には良い兆候である。よって来る多極化世界なるもので、我々は民主主義の凋落と西側の衰退を受容するような「悲観的リアリズム」に陥るべきではない。ロシアと中国が掲げるリビジョニストの世界秩序では我々の歴史は抑圧と混乱という退化と劣化への途を辿るであろう。我々が敗北主義に陥れば、国際社会には致命的なものとなろう。再確認すべきは、民主主義、自由、人権といった価値観は欧米に限られたものではなく、アフリカにとっても全く別世界のものではないということである。

まず始めにアフリカの民主主義の概要を理解しなければならない。フリーダム・ハウスによるとアフリカの自由指標は全世界的な動向と同様、ここ数年は低下している。それはこの地域でのロシアと中国の勢力浸透と共鳴している。しかしサヘル地域を中心とした軍部独裁の再びの台頭により地域全体が不安定化しているにもかかわらず、「アフリカ諸国は改善と回復力の兆候を示してきた」と同団体アフリカ・プログラムのティセケ・カサンバラ部長は語る。非常に重要なことにAUが1981年に採択した人及び人民の権利に関するアフリカ憲章』は人権擁護において非常に進歩的ということになっているが、加盟国の多くは憲章の実施には消極的である。そうした中で南アフリカでは政府が立憲政治を弱体化させているとあっては、2021年と2023年の両年とも同国を民主主義サミットに招待したジョー・バイデン米大統領も形無しである。しかし司法、市民社会、メディアが一体となって、何とか与党ANCによるポピュリスト専制政治的な試みに対して民主主義を維持し続けている (“How African Democracies Can Rise and Thrive Amid Instability, Militarization, and Interference”; Freedom House Perspectives; September 1, 2022)。アパルトヘイト体制崩壊後の長期にわたる一党支配に鑑みれば、本年8月のBRICSヨハネスブルグ首脳会談でのラマポーザ政権によるロシアのウラジーミル・プーチン大統領への招待はもっと注目されるべきで、それはこの国が国際刑事裁判所の加盟国として法の支配が徹底しているかどうかの評価につながる。

興味深いことに、世界史の逆行とも言うべきロシア勢力の浸透がアフリカでは見られる。忘れてはならぬことは、ベルリンの壁崩壊直後に東欧諸国は旧ソ連共和国も含めてEUとNATOへの加盟に飛びついた。それはこれら諸国による主権国家としての選択である。合理的に見ればロシアに魅力あるものは何もなく、国家統治も経済も科学技術も遅れ、そのうえに時代錯誤な新ユーラシア主義まで掲げる始末である。しかし不思議なことにアフリカ諸国は必ずしもそう思ってはいない。昨年3月に開催されたロシアのウクライナ侵攻に関する国連総会では、アフリカ諸国の半数近くが侵略行為を非難する決議案を支持しなかった。南部アフリカの政治指導者層には冷戦期の植民地主義とアパルトヘイトへの抗争でソ連との共闘にノスタルジーを抱く者もいるが、それは政府レベルでのことである。一般に信じられている事柄とは違い、現在のアフリカ諸国民は必ずしも反植民地主義には固執していない。またヨーロッパとアジアでの大国による地政学とイデオロギーの抗争にも関心はない。彼らはロシアだろうが中国だろうが欧米だろうが、自らが感知できる自己利益に基づいてパートナーを選ぶ。アフリカ諸国民がロシアおよび現在進行中のウクライナ侵攻に抱く意識について、英『エコノミスト』誌とプレミス社はナイジェリア、南アフリカ、ケニア、ウガンダ、コートジボワール、マリの6ヶ国で世論調査を行ない、これらの国々の国民が自国政府の外交方針に必ずしも同意していないことが判明している。南アフリカ、ウガンダ、マリは国連総会においてロシアのウクライナ侵攻への非難決議の投票で棄権しているが、残りの国々は賛成票を投じている。親露政権に統治される国の中で、南アフリカは南部アフリカの民主国家でありながら与党が反アパルトヘイトの郷愁に浸っている国の代表例であり、その一方でマリはサヘルの軍事独裁国家で反欧米政権がテロ対策でワグネルに依存している。

表1で表示されているように、ロシアのウクライナ侵攻への支持率が最も低いのは民主的な南アフリカであり、最も高いのはワグネルに支援されているマリである。また表2に見られるようにマリ国民は現在のロシアとウクライナの間の戦争に関して欧米を非難する傾向が最も強いが、南アフリカ国民はNATOとアメリカを非難する傾向が最も弱い(“Why Russia wins some sympathy in Africa and the Middle East”; Economist; March 12, 2022)。

 

表1

 

表2

 

 

 

2020年の軍事クーデター後のマリはフランスのテロ対策部隊の撤退に加え、AUおよびECOWASの加盟停止によって国際社会から孤立してきた。ワグネルはこの機に乗じて入り込んできた。貧困にあえぎ教育水準の低い国民はロシアと軍事政権が広めるプロパガンダに容易に情報操作されてしまう。

南アフリカではそうした事態に至らず、議会野党、司法、メディアによる権力の抑制と均衡によってANCのリビジョニスト的な内外政策に歯止めがかかっている。特に反アパルトヘイトで白人リベラル派の進歩党の流れをくむ民主同盟(DA:Democratic Alliance )は、シリル・ラマポーザ大統領によって本年8月に開催されるBRICSヨハネスブルグ首脳会議へのロシアのウラジーミル・プーチン大統領の招待に対し猛烈な反対運動を展開している。DAはハウテン高等裁判所に訴訟を持ち込み、国際刑事裁判所の規則を執行してプーチン氏がBRICS首脳会議出席のために南アフリカに到着すれば逮捕させようとしている(“DA launches court application to compel the arrest of Putin in South Africa”; DA News; 30 May, 2023)。またジョン・ステーンフイセンDA党首はCNNとのインタビューでANC政権がロシアに兵器類を送ったとの警告を発したと、南アフリカのデジタル・メディアで自社サイトに「ウクライナとの連帯(Stand with Ukraine)」バナーを掲げるブリーフリー・ニュースは伝えている(“John Steenhuisen Says President Cyril Ramaphosa Is a “Political Swindler” Who Fooled the Country”; Briefly.co.za; June 1, 2023)。さらにラマポーザ氏によるロシアとウクライナの仲介は納税者の金の無駄で、ただの外交ショーだとまで批判している。さらに重要なことに、DAはANCがプーチン政権下のロシアのような専制国家と緊密な関係にあると批判している(“How much did South Africans pay for Ramaphosa’s failed diplomatic PR stunt?”; DA News; 17 June, 2023)。最近の水利用での人種別割り当て原案に見られるように、その政策では水資源消費量の60%を占める農場経営者にかかる多大な負担も考慮しないANCは階級闘争と被害者意識に囚われているように思われる(“Parched Earth: ANC introduces Race Quotas for water use”; DA News; 1 June, 2023)。右であれ左であれ、そうした被害者意識のポピュリストはプーチン氏のような独裁者と容易に友好関係に陥りやすい。

そしてアフリカにおけるロシアのプレゼンスをロシアの観点からも見てみたい。アフリカ戦略問題研究センターのジョセフ・シーグル氏は、アメリカの下院公聴会でアフリカでのロシアの活動について証言した。そしてロシアのアフリカ戦略は三本柱から成っていると述べている。第一の柱はスエズとジブチを通じて南地中海から紅海に至るシーレーンへの影響力の獲得である。第二の柱はアフリカ大陸からの欧米の影響力排除である。中央アフリカとマリでのワグネルの活動は最も注目されるものの一つである。第三の柱がルールに基づく世界秩序の再編で、主権、領土保全、各国の独立の軽視といった行為はロシアのウクライナ侵攻にも見られる。クレムリンによるアフリカ関与は独裁者と情報操作を受けた一般市民を喜ばせるだけで、上記の柱から成る戦略によってこの地域は政治経済的にも不安定化するだけである(“Russia’s Strategic Objectives and Influences in Africa”; Africa Center for Strategic Studies; July 14, 2022)。いずれにせよロシアは現地の開発、エンパワーメント、国民生活などほとんど歯牙にもかけず、シロヴィキ達が感知できる国益のためにアフリカを利用したいだけである。それはAU、ECOWAS、『人及び人民の権利に関するアフリカ憲章』の理念とは相容れないものである。最も基本的なことはカーネギー国際平和財団のポール・ストロンスキ氏はリチャード・ミルズ米国連次席大使の演説を引用し、サヘルでのワグネルの存在は劣悪な統治、制度の崩壊、長期にわたる避難生活、武装勢力の拡散といった不安定化要因そのものの解決なくして人的苦難(human sufferings)を悪化させていると述べている(“Russia’s Growing Footprint in Africa’s Sahel Region”; Carnegie Endowment for International Peace; February 28, 2023)。

ロシアはアフリカへの魅力攻勢ではあまりに日和見主義で、ウクライナ侵攻以降は旧ソ連諸国で構成されるCIS、ユーラシア経済連合、CSTOで自国の影響力が低下しても、クレムリンはなおも今世紀の地政学での多極化競合で外交力を見せつけようとしている。これぞセルゲイ・ラブロフ外相が今年の始めに南アフリカ、エスワティニ、マリ、モーリタニア、スーダンなどアフリカ7ヶ国を訪問した背景である。しかしフリーランスのロシアのアフリカ政策専門家、ワディム・ザイツェフ氏は、アフリカ諸国の殆どは「慎重な中立政策」をとって欧米との関係を損なう気はなく、自国のウクライナ侵攻にある植民地主義的な性質を無視するロシアとは、文言のうえで新植民地主義への非難で同調しているように見せかけているだけであると評している(“What’s Behind Russia’s Charm Offensive in Africa?”; Carnegie Politika; 17 February, 2023)。ロシア勢力の浸透に批判的なのは欧米の専門家だけではない。アフリカの専門家もロシアのプレゼンスに警鐘を鳴らしている。南アフリカのシンクタンク、安全保障問題研究所(ISS Institute for Security Studies )のピーター・ファブリシウス氏は、ロシアとアフリカの関係進化は軍事面を通じてであって、貿易や投資の増額ではないと語る。ロシアがアフリカに浸透する時には対象国の不安定化を悪用している。マリとブルキナファソではワグネルがフランス軍撤退後の真空を埋めた。それはAUという軍事独裁への抑止力を弱める。そうした中でカメルーンでは、ロシアは英語地域の分離派をそそのかしている。彼らは体制転覆によってこの国を中央アフリカ共和国からの天然資源の輸出経路にしようとしているのだろう。そうした天然資源の輸出は武器や薬物の違法取引、マネーロンダリング、暗号通貨へのハッキングなどといった組織犯罪とともに、ロシアがウクライナその他で戦争を行なう資金源の一つとなっている(“Africa shouldn’t ignore Russia’s destabilising influence”; ISS Today; 24 February, 2023)。ファブリシウス氏は南アフリカの白人で、世界経済フォーラムにはアフリカの立場からアフリカの開発について政策提言を行なったこともある。

プリゴジンの乱以降のワグネルの活動とロシアのアフリカへの影響力については予測がつかない。コロンビア大学のキンバリー・マーテン氏は、ロシアの国防エスタブリッシュメントにとってエフゲニー・プリゴジン氏を他の誰かにすげ替えるなど相対的に容易だと評している。他方でポーランド国際問題研究所のイェンジェイ・ツェレップ氏は、全てはアフリカの顧客がロシアを自分達の目的達成のうえで充分に強く頼りになると感知できるかどうかによると主張する(“What next for Wagner’s African empire?”; Economist; June 27, 2023)。いずれにせよアメリカと同盟国がロシアをアフリカから追い出すには何をすべきだろうか?昨年8月にバイデン政権は『サブサハラ・アフリカに向かうアメリカの戦略(US Strategy toward Sub-Saharan Africa)』 を刊行し、アメリカとアフリカ諸国の間の新たな機会とパートナーシップを提示した。米国平和研究所のジョセフ・サニー氏は以下のように論評している。この新たな戦略によって食糧安全保障、農業、サプライチェーン、気候変動といった地域の問題解決に向けた援助の増額が推奨されているだけでなく、アフリカの人達に耳を傾ける必要性が強調されている。よってアメリカ大使館には高い資質の大使の麾下にある充分な人員が必要である。さらにサニー氏は、アメリカはアフリカ諸国が自らの問題を自力で解決できるように仕向けるべきだと主張する(“The New U.S. Africa Strategy Is a Moment We Must Seize”; USIP; August 11, 2022)。ワグネルの存在に関してサニー氏は、道徳的な非難には効果がないと言う。アフリカの顧客が暴虐なワグネルと契約せざるを得ない絶望的な理由は、国際的な反乱鎮圧作戦でテロを根絶できなかったからである。しかしサニー氏は、超党派の政策形成者達はこれまでのアメリカの政策はあまりに近視眼的で軍事的側面にばかり目が向けられ、対象国の統治や経済には充分な考慮が払われなかったことを理解していると言う(“In Africa, Here’s How to Respond to Russia’s Brutal Wagner Group”; USIP; April 6, 2023)。

ワグネルを通じたロシア勢力の浸透はあるものの、アフリカは我々と自由そして民主主義の価値観を共有している。G7広島で日本の岸田文雄首相はワグネルに支援されるモザンビークのフィリペ・ニュシ大統領よりも、むしろAUのアザリ・アスーマニ議長と南アフリカのジョン・ステーンフイセンDA党首を招待してこのことを確認した方が良かったかも知れない。この地域とのパートナーシップの深化のためには、西側同盟は外交プレゼンスを高める必要がある。この目的のために、アメリカは大使のジャクソニアン・システムによる政治的任用を再考するべきである。上院での承認の遅れは頻発し、任用された大使が必ずしも充分な資質を備えているわけでもない。そうした例の一つを挙げるなら、ハンドバッグのデザイナーのラナ・マークス氏をトランプ政権が選挙運動への論功行賞として駐南アフリカ大使に指名した一件がある。忘れてはならぬことは、選挙運動で多大な貢献をする人物が必ずしも外交政策に通じているわけではないということである。中には視野の狭い「票の亡者」もいる。そうした人物の一例を私の経験から語ってみたい。かつて私は自民党国会議員の事務所を内側から見る機会があった。ある日、その事務所の幹部秘書が昼食中にテレビのニュースを観ていた時、彼は永田町政治と国内選挙に関する報道を鋭意に注視していた。しかし国際問題に関する報道を流し始めるや否や、彼は軽蔑の意を込めてテレビから流れる情報に耳を傾けなくなった。それには大いに驚かされた私には、彼が非常に奇妙な生き物のように見えた。彼は京都大学卒業ではあったが、振舞いの方は無学な田舎者丸出しだった。よって誰が合衆国大統領であっても、そのように無責任な「票の亡者」を大使に任命することは控えるべきである。ともかく我々の確固たる関与こそ、アフリカでロシアとの競合を制するうえで重要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 政治ブログ 国際政治・外交へ
にほんブログ村

 


国際政治・外交 ブログランキングへ

« 2023年5月 | トップページ | 2023年10月 »

フォト