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2025年8月19日

先の参議院選挙と日本の国際主義

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去る7月20日の参議院選挙は、まるで低俗リアリティーショーのような結果となった。右翼ポピュリストの参政党が大躍進を遂げたが、彼らもアメリカのトランプ政権をはじめとする欧米の極右と同様に「中心の薄弱なイデオロギー」に基づいて排外主義を叫び、自分達への反対勢力に対するヘイト感情を煽り立てている。このような過激派に国家を乗っ取られないためにも、私としては超党派での国際主義者の連帯を訴えたい。

 

普段からの拙稿の内容の通り、私は永田町ウォッチャーではない。日本の内政については全くの門外漢である。よって本稿では先の選挙の分析を行なうこともなく、今後の政局について語ることもない。そして石破茂首相の留任についての是非も問わない。ここでは日本の国際主義とはどうあるべきか?それをどのように内政と外交に反映させるべきか?そして排外主義とヘイトのポピュリズムに、どのように対抗してゆくべきかを模索したい。参議院選挙直後の現時点では、永田町は党利党略にまみれた「コップの中の嵐」の状態にある。しかし今や世界秩序の破壊者となった右翼ポピュリズムを黙って見過ごすわけにはゆかない。先の選挙では参政党の躍進が注目されているが、他にも日本保守党、日本誠真会、NHK党など右翼ナショナリスト政党が、雨後の筍のように数多く出現した。

 

日本の繁栄と安定には、対外的にも対内的にも自由で開かれた社会が必要である。そうした社会がもららす、人、物、資本の自由な移動が国民生活を質量とも豊かにしてきた。また日本の内政も外交も、戦後のリベラル世界秩序からの恩恵を多大に受けてきた。そもそもアレクサンダー大王のペルシア帝国征服によるヘレニズム文明の繁栄以来、グローバル化は人類の歴史の進化を推し進めてきた。逆に反グローバル化の時代には歴史の退化が見られる。そうした例には、ローマ崩壊後のヨーロッパや明代からの海禁政策で世界から取り残された中国がある。現代の日本に於いても、歴史の退化をもたらす排外主義の台頭は座視できない。

 

過激ナショナリズムの何が悪いのかと言えば、それが他者に対する排除の意識に基づいているからである。すなわち「自分達が犠牲になって、あいつらが得をする」という、ゼロ・サム的世界観が彼らの思考の根底にある。そうした排除意識は外国人に対してだけでなく、自国民にも向いてしまう。先の参議院選挙に於いて、 参政党の神谷宗幣代表は「「子どもを産めるのは若い女性しかいない。男性や、申し訳ないけど高齢の女性は子どもは産めない」との発言で物議を醸した。私はこれが女性の問題に留まらず、ただならぬものを示唆していると瞬時に読み取れた。すなわち生殖と生産に関わらぬ者は国家のお荷物であり、彼らはこの国の福祉を享受すべきではないと。神谷氏のこうした思考は、ナチスが身体障碍者や知的障碍者に社会不適格のレッテルを貼って強制収容所送りにした所業と軌を一にするものである。彼が唱える日本人ファーストとはドナルド・トランプ米大統領が唱えるアメリカ・ファースト同様に、自国民に対しても排除意識丸出しである。

 

さて先の参議院選挙では自民党が本来の保守政党でなくなったから、右翼ポピュリスト政党に保守票が流れたと言われる。だが世界的に見れば、保守主義の定義は揺れ動いている。本欄で日本版国際主義のあり方を模索するうえで、まずこの点を踏まえて議論してゆきたい。大きな違いが見られるのは、レーガン・サッチャー時代の保守主義とトランプ時代の保守主義の間である。前者の保守主義は排外意識や被害者意識に基づいていないが、後者の保守主義は排外意識と被害者意識丸出しである。だからこそサッチャー政権下の要職を歴任したクリス・パッテン上院議員(後任のメージャー政権で最後の香港総督)は『プロジェクト・シンディケート』誌への寄稿で、「レーガンのアメリカ」との大西洋同盟関係を重視しながら「トランプのアメリカ」との関係には懐疑的だった。上記のような世界的な保守主義の定義の揺れに鑑みれば、先の参議院選挙での自民党敗戦は参政党など右派政党への保守票の流出が原因だという議論には疑問を呈したい。そして日本における自民党の保守本流とは吉田ドクトリンの忠実な継承であって、貿易立国を標榜する国際協調路線である。むしろ自民党の歴代総理総裁は保守本流を称しながら、実際の政策では一貫してかなりリベラルだったのではないか?

 

そうした疑問に応えるべく、ハドソン研究所のウォルター・ラッセル・ミード氏が提唱するアメリカ外交の4類型を歴代の自民党総理総裁に当てはめてみた。すると皆押しなべて「ハミルトニアン」になる。その典型は吉田茂首相や池田勇人首相である。「昭和の妖怪」と呼ばれた岸信介首相は内心では皇国ナショナリストとも見られていたが、実際の政策は貿易立国であった。岸氏の孫に当たる安倍晋三首相も同様である。すなわち自民党の保守本流とは、元々リベラル色が強かったのだ。先の参議院選挙で流出したとされる保守票は自民党の中核支持層ではなく、異端派である。そのために落選したとされる自民党右派の中でも杉田水脈氏は過激ナショナリズムや差別発言で物議を醸しがちで、自民党本来の支持層が嫌う候補であった。杉田氏のようにむしろ参政党とも思想が近いとされる政治家は、自国の国益を強引に押し出して国際社会との摩擦も厭わない「ジャクソニアン」に当たる。実際にアンドリュー・ジャクソン大統領は奴隷制の支持や先住民虐殺で悪名高く、合衆国史上最悪のレイシストでもある。国際非介入主義でリベラルな「ジェファソニアン」について日本で該当するグループは、一国平和主義を唱える護憲左翼が該当する。

 

アメリカの積極的な国際介入による人類普遍の理念の実現を標榜する、「ウィルソニアン」の日本版となるような政治家はいない。安倍晋三首相は「自由で開かれたインド太平洋」構想を唱え、岸田文雄首相は「今日のウクライナは明日の東アジア」だと訴えた。だがいずれも日本が国際公益を主導するほど強力なものではない。安倍氏の構想はリベラル国際秩序の強化を目指すように見えるが、それには祖父の岸首相ばりのナショナリストとリアリストの観点もブレンドされている。そして岸田氏が任期末に国賓として訪米した際に連邦議会にてアメリカ国際主義の継続を呼びかけたが、さすがに第二次世界大戦の英雄ウィンストン・チャーチル英首相ほどアメリカの国際主義世論の高揚に至らなかった。両者とも戦後の自民党総理総裁の例に漏れず「ハミルトニアン」の範疇に留まる。以上の議論より、末端ナショナリスト票の流出が自民党にとって痛手だったという見解は再検討を要すると思われる。

 

以上の分類より、日本版国際主義とはどのようにあるべきだろうか?その前に諸外国に於ける国際主義を概括してみる。まずアメリカで国際主義が台頭したのはセオドア・ローズベルト大統領からウッドロー・ウィルソン大統領の時代で、この国が従来の孤立主義を脱して国際政治で大国に相応しい役割を担うべきだとの主張が高まった。そして自由と民主主義という、アメリカの価値観の拡散が模索されるようになった。ただしトランプ政権になって人権問題が軽視されるなど、アメリカならではの価値観外交は影を潜めている。これに対しヨーロッパでは二度にわたる世界大戦の経験から多国間主義に基づく地域統合と、前時代の植民地帝国からの脱却が模索された。EC加盟の後発国だったイギリスでは、ナショナリスト気運の高まりでブレグジットとなった。しかし、その後はEU離脱派の首相が続いた保守党政権もグローバル・ブリテンの名の下にインド太平洋地域への戦略的傾斜やウクライナ支援の主導といった、国際主義の外交政策を採用している。スターマー労働党政権になってからは、EUへの復帰には至らぬものの、ウクライナ危機への対処もあってドイツやフランスなどとの関係も改善している。ブレグジットが必ずしも国際主義の後退をもたらしているとは言えない。

 

それでは日本版国際主義、それも党派の枠を超えて掲げられるべき理念とはどのようなものになるだろうか?近年になって近隣諸国からの脅威の高まりから、日本国民の間でも戦後平和主義が見直されるようになった。それでも日本が得意とする分野は軍事を中心としたハードパワー外交よりも、非軍事を中心としたソフトパワー外交であろう。そしてFOIPやウクライナでの戦争をめぐる日本外交でも見られるように、「法の支配」や「力による現状変更の否定」といった普遍的原則も訴えてゆくことになるだろう。しかし先日オーストラリアへの「もがみ」級フリゲート艦輸出という史上初の大型武器輸出契約が成立したとはいえ、日本の外交方針は基本的に「ハミルトニアン」であり続けるだろう。しかし世界各国に友好的な貿易立国という従来の立場を超えて、国際秩序での原理原則の遵守を訴える「ウィルソニアン」への傾斜を強めてゆくべきだろう。ただしアメリカのネオコンなどが自国外交について唱える「世界の警察官」の一翼を担うほどにはならぬであろ。

 

非軍事分野では開発援助やエンパワーメントなども日本のリーダーシップ発揮が期待される分野ではあるが、ジェンダー問題での国際的な存在感発揮をという主張の妥当性は微妙である。日本での女性の社会進出指標は主要先進国どころか途上国と比較しても低い。その一方で日本では「男性、若年、高学歴」よりも「女性、高齢、低学歴」の方が幸福度は高いという、世界の趨勢とは正反対の調査結果もある。こうした相反する結果があるからこそジェンダー問題での国際的リーダーシップという構想に疑問を抱きながら、他方ではこれが日本のソフトパワー外交で重要な案件にも成り得ると私にも思えてくる。

 

ここで注意すべきは、社会進出指標という統計データが立身出世という栄達を成し遂げた一部の者だけに注目しているということだ。大多数にとって、これは全く無縁な数字である。2016年にアメリカ大統領選挙で民主党のヒラリー・クリントン候補が史上初の女性大統領誕生かと世界的な注目を集めた。しかし米国内の地方の女性有権者の多くは、それはクリントン氏のようなエリートの問題で、自分達には何の関係もないという態度だったことを忘れてはならない。その一方で幸福度の統計となると、その結果に至る背景は明確に説明できない。ともかくジェンダー問題での日本のリーダーシップには、かなり未開拓な課題が多い。

 

国際主義とは対外政策に限らない。内政では海外資本や外国人労働力の流入が、先の参議院選挙で争点にもなった。両者ともこの国の経済発展に不可欠であり、また倫理的にもヘイトは論外である。ただし国家安全保障や国内治安への懸念は払拭されるべきだろう。そうした実務上の諸問題もさることながら、ここで私は先の選挙結果で増長するナショナリストへの反撃のために、小渕政権期に朝日新聞の船橋洋一編集委員(当時)が提唱した英語公用語化の主張を掲げるよう提案したい。その直接の目的は開かれた社会を維持しながら、安全保障および治安の要求も充足させることである。これが中国語公用語化では、後者の点で問題がある。よって日本社会にとって望ましい外国人像を提示すべきであろう。それは「血と肌の色が何であれ、嗜好、見識、道徳および知性においてグローバル社会の正当な一員」という明確でヘイトのない基準であるべきだ。英語公用語化とは、この目的に向けた第一歩である。

 

日本政界には国際主義を担える人材はいる。自民党の林芳正現官房長官や茂木敏充元外相、そして国民民主党の玉木雄一郎党首ら政界の重鎮達だけで、与野党の枠を超えてハーバード大学閥ができてもおかしくない。他の海外名門大学出身者では、岸田政権の政策ブレーンだった木原誠二元官房副長官がロンドン・スクール・オブ・エコノミックス出身である。このように超党派で日本型国際主義を担える人材はいる一方で、右翼ポピュリズムの頭目である参政党の神谷宗幣代表は関西大学法科大学院終了となっている。すなわち神谷氏は法学専攻であったのだが、彼の憲法改正草案には 基本的人権の保障、思想・良心の自由、そして信教の自由といった、近代憲法の基本が欠落していたという。これは神谷氏の国家観云々といった問題にもならない。ちなみに私は大学でも大学院でも法学を専攻していないが、それでも彼がどれほどレベルが低いミスを犯したかわかるほどだ。一体、神谷氏は法科大学院で何を学んだのだろうか?

 

まだ先の選挙から時も経ず、永田町では総理が誰か、党派の合従連衡をどうするかで議員諸氏は忙しいようだ。いずれにせよ神谷代表のような人物にこの国の政治が振り回される事態は異様である。参政党はいずれ失速するとも言われているが、先の選挙では雨後の筍のように右翼ポピュリスト政党が乱立したことを忘れてはならない。彼らの打倒には、内政と外交の両面で超党派での日本版国際主義の在り方が模索されるべきである。全ての政策は、そうした基本理念あってこそ成り立つ。

 

 

 

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