2025年2月14日

変節漢、ルビオ新国務長官は信用できない

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共和党のマルコ・ルビオ上院議員は、ドナルド・トランプ大統領の2期目の就任式の日に満票で国務長官に承認された。彼はトランプ政権の中では物議を醸すことの少ない候補者の一人であるからこそ、第2次トランプ政権で任命される最初の閣僚となった(1)。ルビオ氏がトランプ氏の指名した何人かの閣僚候補者よりもはるかにましなことに疑いの余地はない。国防長官に指名されたピート・ヘグゼス氏はアルコール依存症と性的暴力のために、その資格を厳しく問われた。だがJ・D・バンス副大統領の決選投票により、国防長官の指名は上院で辛うじて承認された(2)。国家情報長官に指名されたトゥルシ・ギャバード氏も、ロシアやシリアのバッシャール・アサド元大統領寄りの発言ついて厳しく問われている。ギャバード氏の任命はファイブ・アイズの情報協力を壊滅させかねないため、イギリスの国家安全保障関係者は当件について非常に懸念している(3)。ルビオ氏はこうした閣僚指名者ほど問題視されていないが、2016年の大統領選挙の共和党予備選でトランプ氏に屈して以来、外交政策で方針転換してしまったことを忘れてはならない。またルビオ氏は自身の選挙運動中でのトランプ氏への嘲笑に対してお世辞のような謝罪をしたが、トランプ氏の方がルビオ氏にもっと容赦ない罵倒を浴びせたので、そうした態度はアルファ雄ゴリラに対して惨めに媚びを売るかのように見えた。

 

ルビオ氏はオバマ政権の任期終了が迫った時期の大統領選挙出馬以前から、下院と上院で長らく外交問題に携わってきた。共和党予備選ではトランプ氏のアメリカ・ファーストよりも、元共和党候補ジョン・マケイン氏の世界におけるアメリカのリーダーシップのビジョンに共鳴する「新たなアメリカの世紀」の理念を掲げた。ますます相互に結びつく世界において、海外の混乱が米国の国家安全保障に与える影響は充分に認識していた。そのため、当時の大統領バラク・オバマ氏の「ネーション・ビルディング・アットホーム」政策について、国防費の大幅な削減、理念外交への懐疑、ロシア、中国、イラン、イスラム過激派などを含む世界中の敵に対する宥和政策といった点から批判した。さらに重要なことに、ルビオ氏は世界の安全と繁栄のために、アジア、ヨーロッパ、中東へのアメリカの永続的な関与を支持した(4)。ルビオ氏は予備選挙の討論会で、自分より外交政策の知識も経験もはるかに少ないアルファ雄ゴリラに「核の三本柱」の概念を解説講義したにもかかわらず、トランプ氏の軍門に下ってからは外交政策の見解を彼のアメリカ・ファーストに合わせた(5)。

 

そうした一貫性のなさは、ルビオ氏の外交政策顧問を務めたマックス・ブート氏によって批判された。2021年のPBSニュースのインタビューで、ルビオ氏が選挙活動を中断した後にトランプ氏に対する態度を変えたため、ブート氏は失望したとコメントした。ルビオ氏が選挙活動を続けていた時には、トランプというアルファ雄ゴリラが核軍備管理について致命的に無知であるために最高司令官としての資格に疑問を呈していた。しかし選挙活動から撤退した後、ルビオ氏はトランプ氏の主張の大義について語り始めたばかりか、、言葉や言い回しまで真似し始めた (6) 。明らかに、今回の政権入りはアルファ雄に対するそのような忠誠心に対する見返りである。注目すべきことにブート氏と同様に共和党大統領候補ジョン・マケイン氏とミット・ロムニー氏の外交政策顧問を務めたロバート・ケーガン氏は、民主党候補ヒラリー・クリントン氏の陣営に加わった。初期の段階ではトランプ氏が泡沫候補とみなされていたにもかかわらず、ケーガン氏は共和党の劣化をうかがわせる何らかの兆候に気付いていたのかもしれない。またトランプ氏に対する「長い物には巻かれろ」と言わんばかりの卑屈な態度に見られるように、ルビオ氏の人格的欠陥を認識していたのかもしれない。

 

就任前の上院承認公聴会でルビオ氏は自身の外交政策の見解を概括したが、それは2016年の選挙運動で掲げた「新たなアメリカの世紀」の見解とは明らかに相容れないものだった。彼はウクライナ、人道支援、その他の世界的問題に対して「現実的」な外交政策を主張した。その言葉は暗にオバマ政権のオフショア・バランシング戦略のような抑制的な外交政策を暗示している。そのため、彼は大統領選で当初の考えを覆し、トランプ氏のアメリカ・ファーストを臆面もなく擁護している。その観点からルビオ氏は全世界およびユーラシアでの地政戦略、イデオロギー的優位性におけるロシアとの競争よりも、技術と世界市場における競争、政治的軍事的影響力における中国との競争の方が国家安全保障にとってはるかに重要だと考えている。彼の対中強硬派のビジョンは「国内産業能力の再構築」という保護貿易政策と絡み合っているが、これは2016年の大統領選での彼の自由貿易の見解からの逸脱である(7)。また議会公聴会では、新任の国務長官はアメリカ・ファーストの要求を満たすために人道的対外援助の凍結、すなわち民主主義の促進、エンパワーメントなど、経済や国家安全保障におけるアメリカの国益に直接役立たないと考えられるプロジェクトには資金を提供しないと宣言した (8)。しかし批判に直面したルビオ氏は、中絶とLGBTQ問題を除く、医療サービス、公衆衛生、食糧供給など、人命救助のための「人道的」プロジェクトの凍結を免除した。この決定にでは「人命救助」の定義が不明確になり、アメリカの対外援助従事者は自分達の活動を続けるか止めるか決めることができず混乱に陥っている(9)。これはルビオ氏が国務省をトランプ・ファーストの方針で仕切ったために起こったことである。

 

そのように卑屈なトランプ氏への忠誠心を抱きながら、ルビオ氏は国務長官としての初の外遊で、パナマ、グアテマラ、エルサルバドル、コスタリカなどラテン・アメリカ諸国を訪問して中国の影響力拡大を打破しようとした(10)。ルビオ氏の指名にはヒスパニック系というバックグラウンドも考慮されているので、トランプ政権が今世紀版モンロー・ドクトリンの実行に当たってアメリカの南の裏庭を重視していることを示している。それはカナダ、グリーンランド、パナマ運河に関するトランプ氏自身の挑発的発言にも見られる通りである。トランプ政権1期目に国家安全保障会議の首席補佐官を務め、現在はアメリカ外交政策評議会(AFPC)のシニアフェローとなったアレクサンダー・グレイ氏は最近の『フォーリン・ポリシー』誌への寄稿で、この新たなモンロー・ドクトリンを正当化している。非常に残念なことに、グレイ氏はラテン・アメリカにおけるアメリカの戦略的敵対国の影響を排除することに気をとられており、1960年代にジョン・F・ケネディ大統領が「進歩のための同盟」で高らかに謳い上げた、地域の安全保障、経済発展、統治、エンパワーメントにおける相互協力を深めるという将来の希望に満ちたアイデアについてはほとんど言及されていない。グレイ氏が提唱するトランプ流モンロー・ドクトリンは狭い視野の対中恐怖心に突き動かされ、地政学的な競合については被害者意識、つまりアメリカの戦略的利益が侵害されているという考え方から述べられている。そして自由主義世界秩序の守護者としてのアメリカの役割について、欠片も考えていない(11)。

 

国際的なインフラ・プロジェクトの弁護士でエセックス大学博士課程在学中のロドリゴ・モウラ氏によると、ラテン・アメリカにおけるトランプ外交の見通しは暗い。左右両派を問わず、ラテン・アメリカとカリブ海諸国は過去のように圧倒的なアメリカ依存ではなく、より多様な外交関係を模索している。さらに重大なことにトランプ氏がラテン・アメリカ諸国をスケープゴートにしてMAGA岩盤支持層に訴えかけていることは、未登録移民の強制送還問題をめぐってコロンビアに課された強制的関税措置に見られる通りである。それはさらに反米感情を醸成し、最終的には中国が得をすることになる。ルビオ氏が貿易や移民などの内政でのトランプ氏のMAGA主張を代表する限り、この地域でのアメリカの評判が好転する可能性は低い(12)。そして全世界的に見て、トランプ氏のモンロー・ドクトリンはロシアよりも中国に不釣り合いなほど重点を置いている。MAGA有権者達はヨーロッパの地政学を自分達とは無関係で遠いものと見なす一方で、自分達の雇用は中国の脅威にさらされているからだ。トランプ氏はヘンリー・キッシンジャー氏が歴史上で果たしたように、中国とロシアを離間させたいと考えている。しかし中ソ間の亀裂はキッシンジャー氏の秘密外交以前から存在していた。現在では中国とロシアの関係に亀裂はなく、BRICS会議やウクライナ戦争で示されたように連携し合っている。MAGAリパブリカンの偏向した中国強硬論は間違っている(13)。ともかくルビオ氏はガザに関するトランプ氏の非人道的な「リビエラ」発言への擁護(14)に典型的に見られるように自身をトランプ化しながら、ニカラグア、ベネズエラ、キューバを含むラテン・アメリカの独裁国家を人間性の敵と呼んでいる(15)。

 

前にも増して頑迷なMAGA志向を強めたトランプ氏と従属性を増した閣僚が就任したことで、今のアメリカはブライト・パワー(世界秩序のルールと規範の担い手)からダーク・パワー(他国を犠牲にしても近隣窮乏化政策を臆面もなく追求する国)に変わってしまった。議会では満場一致で承認された国務長官でさえ、自国内での右翼ポピュリズムの影響を強く受けている。アメリカの同盟国は、トランプ2.0のアメリカとの関係を再調整している。ヨーロッパは戦略的自立の模索を加速させているが、それにはキア・スターマー首相が昨年7月の総選挙で主張したようにイギリスが大陸への関与を再び強めることが必要である。しかしトランプ氏は関税戦争でイギリスを他のヨーロッパ諸国から引き離そうとしているようだ(16)。何と言っても就任最初の訪問国としてイギリスを検討している(17)。それにもかかわらずトランプ氏は鉄鋼とアルミニウムの輸入に一律25%の関税を検討しているが、それが非EU加盟国のイギリスにどの程度の打撃を与えるかは明らかではない(18)。何よりもトランプ氏の貿易戦争はロシアに対する防衛でヨーロッパが自立せよという彼の要求とは矛盾し、そんなことをすればヨーロッパの結束を乱してレジリエンスを弱めることになってしまう。

 

日本については、石破茂首相がトランプ大統領との会談を一まず成功裏に終えた。しかし日本政治アナリストのトビア・ハリス氏は、2期目トランプ氏は外国の指導者からの助言を必要としないため、安倍レガシーは必ずしも石破氏にとって有利に働くわけではないと述べている(19)。従って、日本は依然としてトランプ大統領の突発的な言動に警戒する必要がある。ベン・ローズ元国家安全保障担当副補佐官が最近の『ニューヨーク・タイムズ』紙の投稿で、トランプ大統領が突然、選挙公約にはなかったカナダ、グリーンランド、パナマ運河に対する領土欲を表明したと記していることを思い出してほしい(20)。日本は多国間安全保障体制の傘もない「ひよわな花」だが、慶応大学の細谷雄一教授による岩屋毅外相へのインタビューで言及されたように、石橋湛山流の「現実的平和主義」のおかげで「悪い奴ら」とも長きにわたる外交関係も経験している(21)。注目すべき事例としては、フン・セン政権下のカンボジアにおけるウクライナの地雷除去活動に対するJICAの研修が挙げられる(22)。こうした経験は、トランプ政権への対応に役立つだろう。

 

最後に、ルビオ長官はアルファ雄ゴリラさながらのトランプ氏に従順な態度をとっているものの、それでも超党派外交政策の重要性を理解していることを述べておきたい。彼は、民主党のティム・ケイン上院議員とともに、2023年に大統領がNATOから一方的に脱退することを阻止する法案を提出した(23)。国家と世界の安全保障が重大な試練にさらされているとき、彼がボスへの個人的な忠誠心よりも良心を優先してくれることを期待したい。

 

Footnotes:
(1) "Senate confirms Marco Rubio as secretary of state, giving Trump the first member of his Cabinet"; AP News; January 21, 2025

(2) "Vance Breaks Tie To Confirm Pete Hegseth For Pentagon"; Daily Wire; January 25, 2025

(3) Twitter; @carolecadwalla; November 14, 2024

(4) "Marco Rubio's Foreign Policy Vision"; Council on Foreign Relations; May 13, 2015

(5) "Marco Rubio schools Donald Trump on the nuclear triad"; Politico; December 15, 2015

(6) "Max Boot: “Extremists” in Control of the Republican Party"; PBS News; October 22, 2021

(7) "Rubio details what Trump’s ‘America First’ foreign policy will entail"; Washington Post; January 15, 2025

(8) "State Department freezes new funding for nearly all US aid programs worldwide"; AP News; January 25, 2025

(9) "Rubio backtracks on near-total foreign aid freeze, issues humanitarian waiver"; Washington Post; January 28, 2025

(10) "Rubio Sends Strong Message With Destination Of His First Foreign Trip"; Daily Wire; January 23, 2025

(11) "Trump Will End U.S. Passivity in the Western Hemisphere"; Foreign Policy; January 13, 2025

(12) "Can Marco Rubio Help Rebuild US Influence in Latin America – and Erode China’s?"; Dilomat; January 29, 2025

(13) "Transition 2025: Events Will Test Donald Trump’s Foreign Policy Promises"; Council on Foreign Relations; December 13, 2024

(14) "Trump aides defend Gaza takeover proposal but walk back some elements"; Reuters News; February 6, 2025

(15) Twitter; @StateDept; February 6, 2025

(16) "Trump's Tariff Threats Drive New Wedge Between UK and Europe"; Financial Post; February 4, 2025

(17) "Trump says Starmer is doing ‘a very good job’ ahead of phone call between two leaders"; Leading Britain's Conversation; 26 January, 2025

(18) "Donald Trump’s tariffs: what’s happening and what could it mean for the UK?"; Full Fact; 4 February, 2025

(19) "自民総裁選「米国が警戒するのはこの人」知日派評論家ハリス氏指摘 安倍元首相の伝記著者"; 産経新聞; 2024年9月17日

(20) "This Isn't the Donald Trump America Elected"; New York Times; February 9, 2025

(21) 巻頭対談◎二〇二五年の日本外交; 外交; 2025年1・2月

(22) "Japan partners with Cambodia to share demining knowledge with Ukraine, other countries"; AP News; July 7, 2024

(23) "Congress approves bill barring presidents from unilaterally exiting NATO"; Washington Post; December 18, 2023

 

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2024年12月31日

ハリス候補の落選と国民統合へのリーダーシップ

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先の大統領選挙におけるドナルド・トランプ氏の当選は、アメリカの右翼有権者による国際​​公民、特に同盟国の国民に対する平手打ちだった。多くの専門家や評論家が、選挙直後にカマラ・ハリス氏が落選した原因について思考を巡らせた。ここでは選挙の精緻な分析や目先のテクニックについてではなく、国民統合のための指導者のあるべき姿について語りたいと思う。それはハリス氏が国家安全保障や経済など国家の中核課題となる問題についてはオーソドックスな政策の候補者と見做されていたにもかかわらず、特定の有権者からの近視眼的な票獲得のためにDEI(多様性、公平性、包摂性)問題について語ることに多大な労力を費やした。実際のところ、ハリス氏はそれらの分野で主流派の政策専門家達の支持を得た。全米安全保障リーダー協会は国際安全保障でのアメリカの関与を維持するとともに、国内政治での反対勢力に対するトランプ氏の武力行使を阻止するために、元将軍や提督253人を含む1,049人の署名を掲げてハリス氏支持の公開書簡を掲示した(1)。またコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授が、関税引き上げなどインフレを悪化させかねないトランプ氏の経済政策を阻止するために掲示したハリス氏支持の公開書簡に、存命のノーベル賞経済学者の大多数が署名した(2)。

 

もちろんアメリカの有権者の間で反主知主義が高まっていることに鑑みれば、権威ある専門家からの支持は当選の保証になるわけではない。しかしそのような知的正当性によって、ハリス氏には国民統合の候補者としてアジェンダを設定するための強い道徳的優位性が付与され、DEIを好んでとり上げたがる有権者に迎合して安易な票を集めるに走らずとも良かったかも知れない。また、知的正当性は、誤った情報にとらわれた労働者階級を目覚めさせ、アメリカ経済は悪くないという事実を知らせるのに役立ったかもしれない。バーニー・サンダース上院議員は、民主党は労働者階級の党に戻るべきだと主張した(3)。サンダース議員の考えは、ハリス陣営がトランプ氏のプロパガンダで完全に洗脳された労働者にアメリカ経済の事実を伝えていれば実現しただろう。実際に共和党を離脱した『アトランティック』誌のトム・ニコルズ氏は、バイデン政権は失業率とインフレ率を低く抑えたと述べている(4)。親トランプの『ウォールストリート・ジャーナル』紙でさえ、アメリカ経済が力強く成長していることを認めている(5)。ノーベル賞経済学者からの支持も、DEIの観点から有用であった。今年の受賞者3人の内の署名者2人は二重国籍のアメリカ人である。共にMITのサイモン・ジョンソン教授はイギリス国籍、ダロン・アセモグル教授はトルコ国籍も持っている。アセモグル氏はトルコでも少数派で、イスラム教国の中にあってキリスト教文明の民族となるアルメニア系出身である。そうした経済とDEI問題での事実に加え、シカゴ大学のジェームズ・ロビンソン教授を含む3人の受賞者は統治と経済発展に関する研究で受賞したので、ロシアさながらの寡頭政治が第1期政権の外交顧問だったフィオナ・ヒル氏から激しく批判されているトランプ氏にはそうした研究成果がじっくり効いてくることもあり得た(6)。

 

ハリス氏がトランプ氏のような「パンとサーカス」の選挙運動を展開した理由の一つには、アメリカの選挙産業が発達し過ぎていることが挙げられる。他には、これほど詳細な選挙分析が、多数の世論調査会社によって毎日メディアに提供される国はない。一方で、それはアメリカの民主主義の発展に寄与してきた。しかし他方で候補者は顧客を満足させるために市場調査分析に従うセールスマンのように、選挙専門家の近視眼的な戦術的アドバイスに従うようになる。このような消極的な態度は、必ずしも国家の指導者に相応しくない。指導者は、特定の不満を抱えた人々のグループに迎合せず、国民に国家に何が必要かを伝え、解決の方向性を示さなければならない。候補者は選挙参謀の言うことに耳を傾けなければならないが、彼らの助言に盲目的に従ってはならない。昨年7月のブログ記事で、京大出なのに無学な田舎者のように振舞う票の亡者について言及した(7)。彼に見られるように選挙のプロは視野が狭い見方に陥るが、候補者は俯瞰的な視点から国家の問題を解決するためのアジェンダを設定しなければならない。

 

アメリカ経済の現状に関する世間の誤解を払拭しようとするかのように、ジョー・バイデン大統領は12月10日にブルッキングス研究所で自身の成果を語り、翌日にはソーシャルメディアでその要点を述べた(8)。民主党は選挙運動期間にこうした国政の重要課題での実績をアピールすべきだった。まさにトランプ氏の当選阻止には遅きに失した。考えてみればハリス氏は狂気の右翼トランプ氏とは対照的に、まともな中道派として立候補したはずである。しかし選挙戦が進むにつれてハリス氏は近視眼的な得票のためにウォーク左翼の有権者に訴えかけたので、ただのDEIオタクとレッテルを貼られた。つまりハリス候補は「左のトランプ」になり、国民統合の指導者としての資質を全く示せなかったのだ。ブルッキングス研究所でのバイデン氏の任期総括演説は、トランプ氏が2期目の初めを好調な経済で引き継ぐことを改めて思い起こさせるものだった。バイデン氏は1月の退任を控えているためか今後のことについては触れず、自身の経済政策と結果について語っただけだった。それでも、彼が国民に示した経済の全体像は国民に事実を認識させるうえで意味があった。

 

冒頭で述べたように本稿は選挙の分析ではなく、リーダーの在り方についての議論である。とはいえ選挙後の分析についても言及する必要がある。先の大統領選挙では予想外のことがいくつかあったため、選挙予測で知られるアメリカン大学のアラン・リクトマン教授は正しい予測をすることができなかった。リクトマン氏は大統領選挙の歴史から得た予測モデルに基づき、バイデン氏には経済と外交政策で失敗もなく現職で、しかも第三党候補が弱い状況下ではトランプ氏より有利であるとコメントした(9)。6月27日のテレビ討論会での弁論が不調ではあったものの、リクトマン教授はバイデンには選挙に勝つための「鍵」と名付けた要件13の内8つ以上を満たしているので選挙戦から撤退するなと主張した。特に経済は現状に不満な有権者が酷いと主張しようとも、好調であった(10)。ボストン・カレッジのヘザー・コックス・リチャードソン教授も7月7日のCNNのインタビューで、民主党が選挙の途中で野党に対抗して候補者を変更するのは間違いであり、それは選挙運動が当初の党の候補者のために組織されていりばかりか、党内の混乱が世間の注目を集めてしまうからだと述べた。実際、1968年にリンドン・ジョンソンが選挙から撤退した時に民主党の選挙運動は混乱に陥って敗北した(11)。

 

バイデン氏が選挙戦を続けていればトランプ氏に勝てたかどうかは、知る由もない。しかし、民主党はテレビ討論会での不利な印象に動揺して近視眼的思考に陥った。そのため彼らの性急な候補者変更と選挙戦術は、民主党政権が失政であったかのような印象を有権者に与えてしまった。またハリス氏にはバイデン氏が持つ強みがない一方で、いくつかの弱点があった。選挙後まもなく、アラン・リクトマン氏は、外国人嫌悪、女性蔑視、情報工作がトランプ氏の当選につながったと結論付けた(12)。特にイーロン・マスク氏は数え切れないほどのプロパガンダを通じて経済について有権者に誤った情報を与え、不法移民に対する憎悪を煽り、エスタブリッシュメントと「旧来のメディア」に見られる「ウォーク性」を非難した (13)。それにもかかわらず、近視眼的にDEIの問題に争点を絞ったハリス陣営はマスク氏による扇動の餌食になった。さらに、ハリス氏には労働者階級の支持基盤というバイデン氏の利点がなかった。バイデン氏が選挙から撤退してもUAWは依然として支持を貫き通し、直ちにハリス氏に鞍替えはとはならなかった(14)(15)。

 

非常に興味深いことに、共和党は財界寄りの政党なので経済運営が得意だという迷信が米国民の間に広まっている。それはノーベル賞経済学者達がトランプ氏の政策によるインフレ加速の懸念からハリス氏をこぞって支持したことから、きっぱり否定されるべき代物である。しかし、マスク氏は従来から大衆に広まっている誤解を情報工作に利用した。また、ケンブリッジ大学のロベルト・フォア氏とカーネギー国際平和財団のレイチェル・クラインフェルド氏が『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌への共同投稿で主張しているように、ポピュリストの経済政策は企業に有利と想定されているにもかかわらず、政治的な危険を伴う。そうしたポピュリスト達は市場経済志向とは言えない。彼らが減税などの経済的インセンティブを掲げても、それは緊縮財政とは結びついていない。だが彼らは権力にしがみつきたいだけなので、イデオロギーの一貫性など気にしない。それどころか彼らと既存の政府機関との敵対関係によって、国の政策決定プロセスが破壊されてしまう(16)。ノーベル賞経済学者がこぞって、トランプ氏の経済政策に強く反対するのも不思議ではない。

 

もしハリス氏が国家の中核課題でアジェンダを設定にしていれば、トランプ氏よりも指導者としての資質に優るとアピールできただろう。実際にハリス氏は9月のテレビ討論会で勝利した。トランプ氏はハイチ移民を「犬や猫を食べる連中」呼ばわりして厳しく非難された。さらに、彼の嘘は多くの専門家やメディアによってファクト・チェックされた(17)。それにもかかわらず、ハリス氏はDEIの問題を過度に取り上げて近視眼的な票獲得を追求した。しかしアメリカでは19世紀に南欧と東欧からの移民がWASPに溶け込んだ例に見られるように、マイノリティが順応してきた歴史がある。同様に現在の英米文化圏では、インド系が共和党予備選候補のニッキー・ヘイリー氏、イギリスのリシ・スナク元首相、アイルランドのレオ・バラッカー元首相などを輩出し、社会の中で重要な地位を占めつつある。ハリス氏自身もインド系である。インド系の人々の中には白人右翼と同調する者もいる。イギリス保守党のスエラ・ブレイバーマン下院議員は悪名高い例だ。第2次トランプ政権は、FBI長官にカシュ・パテル氏、マスク氏とともにDOGEの共同最高指導者にビベック・ラムスワミ氏といったインド系を任命している。今やマイノリティには白人右翼以上に冷酷な過激派がいることを忘れてはならない。ハリス氏はバラク・オバマ元大統領の助言に従ったのかもしれないが、DEIをあまりに重視して中間層の有権者には中道派ではなく急進左派だという印象を与えてしまった。

 

文中で何度か述べたように、この記事は選挙戦術に関するものではない。また全ての有権者が国政をカントリー・ファーストの視点から考えるだけの充分な教育と高度な訓練を受けているわけではないため、選挙の候補者が誰であれ常に高尚な政策理念ばかり話せばよいわけではないことも理解している。ライバルに勝つために、候補者は必要に迫られて票の亡者となることもあろう。しかし、民主党の前任者であるヒラリー・クリントン氏とジョー・バイデン氏が、ハリス氏ほど安直な票稼ぎ目的の争点に終始しなかったことを忘れてはならない。ポピュリスト時代に真に国家の指導者たるにはどうすべきかを考えるうえで、ハリス氏がトランプ氏のような低俗リアリティ・ショー上がりの扇動者を止められなかった理由から学ぶべきことは非常に多くある。そして、アメリカ以外の国はどのようにしてミニ・トランプの出現を止められるだろうか?何よりも、指導者が目先の有権者動向に過剰反応すべきかを問い直す必要がある。

 

 

 

 

脚注:
(1) "NSL4A Endorses Kamala Harris for President of the United States"; National Security Leaders for America; November 4, 2024

(2) "23 Nobel economists sign letter saying Harris agenda vastly better for US economy"

(3) Twitter; Bernie Sanders @BernieSanders; November 7, 2024

(4) Twitter; Tom Nichols @RadioFreeTom; November 6, 2024

(5) Twitter; Herbie Ziskend @HerbieZiskend46; October 31, 2024

(6) "‘Everything Is Subservient to the Big Guy’: Fiona Hill on Trump and America’s Emerging Oligarchy"; Politico; October 28, 2024

(7) "Democracy in Africa and Western countermeasures against Russian penetration"; Global American Discourse; July 10, 2023

(8) "Biden looks back at his economic record in speech at Brookings Institution"; PBS News; December 10, 2024
Twitter; The White House @WhiteHouse; December 11, 2024

(9) "Historian who predicted 9 of the last 10 election results says Democrats shouldn't drop Joe Biden"; USA Today; June 30, 2024

(10) "Why Joe Biden Should Stay in the Race"; Harvard Griffin GSAS News; July 3, 2024

(11) Twitter; Christiane Amanpour @amanpour; July 7, 2024

(12) "What... Happened... | Lichtman Live #87"; YouTube; November 8, 2024

(13) "The Misinformation Take Over | Lichtman Live #88"; YouTube; November 13, 2024

(14) "UAW president: ‘We’re not going to rush’ Harris endorsement"; Hill; July 23, 2024

(15) "UAW endorses Harris, giving her blue-collar firepower in industrial states"; AP News; August 1, 2024

(16) "When Populists Rise, Economies Usually Fall"; Harvard Business Review; October 10, 2024

(17) "Six highlights from Harris-Trump debate"; BBC News; 11 September, 2024

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年8月18日

キャメロン英外相はウクライナ防衛のためアメリカを動かすという、チャーチルの役割をどこまで果たせたか?

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今年の4月初旬にイギリスのデービッド・キャメロン外相はウクライナへの追加支援をめぐり、アントニー・ブリンケン国務長官との会談のために訪米した。しかし共和党の親トランプ派はそうした計画に反対した。キャメロン氏にはウクライナ援助法案の米下院通過の障害を取り除く必要があったが、それはロシアがウクライナの反転攻勢を押し返し、市民の死傷者数が増大していたからである。そこでキャメロン氏は共和党のドナルド・トランプ大統領選候補とマイク・ジョンソン下院議長に、緊急の会談を申し込んだ。キャメロン氏の訪米は、ジョー・バイデン大統領を相手に国賓として臨んだ日本の岸田文雄首相の首脳会談とも重なった。後者の方が世界各国のメディアやシンクタンクから注目されているが、私はキャメロン氏とトランプ氏の直接会談の方が「超大国として動かぬアメリカを動かす」うえで重要だったと見做している。それについては以下に述べたい。

 

日英両国の外交努力には、アメリカをより世界に関与させるという共通の目的があった。トランプ2.0の恐怖もさることながら、左翼では反イスラエルの「ハマス・レフト」も台頭するようではアメリカのポピュリスト孤立主義の懸念は深刻である。外国の指導者に、そうした動向を覆せる者はいるのだろうか? 歴史を見れば、ウィンストン・チャーチルが気乗りしない超大国に、ナチス・ドイツの阻止に積極的に関与せよと訴えた。また米国民が戦後の平和という白日夢に浸っていた時、鉄のカーテン演説によって彼らを国際政治の現実を直視するよう目覚めさせた。それからほどなく、アメリカはトルーマン・ドクトリンを宣言した。議会が国際主義者と土着主義者で分断されている時期に、アメリカは大西洋と太平洋の重要同盟国を迎え入れた。両国を比較すると、キャメロン氏が持ち込んだウクライナ支援には緊急性があり、トランプ氏との対峙では外交官僚組織が事前に用意したシナリオもなかった。そうした中で岸田氏は国賓としてバイデン大統領からも上下両院議長からも温かく迎えられ、当地では難題を突き付けられることもなかった。さらに重要なことに、イギリスはウクライナへの軍事援助に直接関与してロシアを撃退しようとしている。

 

他方で日本は今なお平和憲法に制約され、この国はジェームズ・マティス元米国防長官がイラクとアフガニスタンでの自身の戦闘経験について「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」と語ったような任務には参加できない。(General: It's 'fun to shoot some people'; CNN; February 4, 2005)。ともかく軍事的な側面には関われないというなら、それは日本がグローバルな安全保障で重要なステークホルダーとなるには障害になる。岸田氏の米議会演説での穏やかな話しぶりは、世界の隅々まで存在感を示してきた超大国への癒しのようで、世界秩序のために必要不可欠な国であるアメリカの役割の再確認とまではならなかったようだ(“Japanese PM Fumio Kishida addresses U.S. 'self-doubt' about world role in remarks to Congress”; NBC News; April 11, 2024)。それは必ずしも挑発的な言動を避ける岸田氏のパーソナリティーに由来するものではない。もっと威勢がよく、ブッシュ政権のイラク戦争を強く支持した当時の小泉純一郎首相(“Press Conference by Prime Minister Junichiro Koizumi on the Issue of Iraq”; Prime Minister’s Office, Japan; March 20, 2003)でさえ、実際には戦闘部隊を派遣していない。日本の関与は余りに小さく、アメリカの戦争に巻き込まれるという心配など取るに足らぬものだ。「癒し」の岸田氏であろうが、「威勢の良い」小泉氏であろうが、歴代日本の指導者の行為はチャーチルの役割を果たすにはほど遠い。

 

そうは言いながら現在の政治家には一人でチャーチルに匹敵するカリスマ性のある者はいないので、日英両国の非直接的な外交協調には米議会で両党の合意を促すには何らかの効果があった。岸田日本はイギリスの良きサイドキックであった。今回の援助法案は議会通過したが、将来はどうなるかわからない。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナの再征服に異様に執着しているので、今回の戦争は長く続きそうである。キャメロン外相とブリンケン長官の公式会談と違い、トランプ氏との密室会談の詳細は公表されていない。キャメロン氏のツイッターでもイスラエル・ハマス戦争に関してかなり多くのツイートがある一方で、当件については語られていない。トランプ氏はキャメロン氏の言い分に耳を傾けることなど気が進まなかったであろうが、自身の大統領選挙に鑑みればウクライナ援助法案の議会通過を遅らせたというネガティブな評判は回避せねばならなかった。さらに軍事的援助へのイギリスの加担もあって、キャメロン氏の主張は国防支出でのバードン・シェアリングへの拘りが強いトランプ氏も耳を傾けざるを得なかった。そのことはブリンケン氏との会談で、英米両国による対ウクライナ支援の拡大にもつながった。国際政治は本質的に猛獣の鬩ぎ合いという性質があり(leontomorphic )、強力な国防と深い軍事的関与は世界秩序のための法強制執行には必要不可欠である。

 

そこでキャメロン・ブリンケン外相会談の障害となったトランプ氏の世界観について述べたい。アメリカン・エンタープライズ研究所のハル・ブランド氏はトランプ氏のアメリカ・ファーストを世界への関与への完全な拒否との解釈は単純すぎると評している。むしろ、それは損益に非常に敏感な考え方である。よってトランプ氏はウクライナ支援には懐疑的で、ヨーロッパであれアジアであれ、小国の防衛のためにアメリカが大きな戦争に巻き込まれる謂れはないと信じ切っている。そしてトランプ氏にはインド太平洋地域が例外だという考え方はないので、彼の取り巻きのチャイナ・ホークの言い分は当てにならない。孤立主義の側面も見られる一方で、トランプ氏は必要と思えるなら海外に介入して彼が理解するアメリカの国益を他国に押し付けようとする。他方でアメリカがリベラル世界秩序の守護者であるとの考え方を侮蔑している。そうした姿勢が彼の前政権期に中国との貿易戦争、そしてイランおよび北朝鮮に対する瀬戸際外交をもたらした。そのためトランプ氏の取り巻きは軍拡を追求するものの、同盟国や被侵略国を防衛する気はさらさらない。むしろ彼らの主要な関心は本土防衛で、サイバー・セキュリティやミサイル防衛への支出を増額させようとしている。彼らは国際政治を自国第一主義の国民国家の競合だと見做し、民主主義の拡大のような課題は彼らにとって無益なものである (“An “America First” World: What Trump’s Return Might Mean for Global Order”; Foreign Affairs; May 27, 2024)。

 

当然ながらそうした見方は欠陥だらけで、トランプ氏の同盟についての理解が乏しく成る一因となっている。イボ・ダールダー元米駐NATO大使は、トランプ氏は大西洋同盟を不良債権と見做し、東方前線諸国が侵略されるようならアメリカがロシアとの核戦争に巻き込まれかねないと思い込んでいると批判する。実際に同盟は敵の攻撃を抑止する。さらにパートナーと共通の安全保障目的を追求するよりも、国防費のバードン・シェアリングの方に囚われるという過ちを犯している(“NATO is about security — not dollars and cents”; Politico; April 10, 2024)。トランプ氏が共和党内で自身への忠誠派を通じて6ヶ月にもわたってウクライナ援助法案成立を遅延させたことはロシアに多いに利をもたらし、欧米間の相互信頼を損なった(The US aid package to Ukraine will help. But a better strategy is urgently needed”; Chatham House; 26 April, 2024)。アメリカの右翼が「ヒルビリー・エレジー」的な被害者意識、すなわち同盟国は安全保障の傘にただ乗りしているという観念に囚われている限り、議会で再び党派対立が激化し、必要なウクライナ支援が止まることも有り得る。

 

次にイギリスの環大西洋外交の概観は以下に述べる通りである。トランプ氏再選可能性の如何に関わらず、米国民の間でリンドバーグ的孤立主義が強まるならイギリスの外交には制約が課される。王立防衛安全保障研究所(RUSI)のウィン・リース氏はイギリスとNATOおよびアメリカとの関係について、以下のように概括している。イギリスは長年にわたり、アメリカの軍事および諜報作戦では真っ先に挙げられるパートナーであり、そのことはNATOでも全世界でも自国の政治的存在感を高めるうえで有利になる。しかしトランプ氏の反NATO かつ反ウクライナの姿勢では、こうした前提が成り立たなくなる。よってキャメロン氏はヨーロッパがバードン・シェアリングに取り組んでいることをトランプ氏に示す必要があったので、それが国防費の増額、ヨーロッパ域内での防衛協力、バルト海地域での兵力配備などの形で表れた(“Trump, NATO and Anglo-American Relations”; RUSI; 9 May, 2024)。ウクライナ援助法案が米議会を通過する前の本年2月29日時点では、EU諸機関の合計援助額はアメリカよりも多かった。さらにヨーロッパ各国も援助に寄与していた。すなわちウクライナ援助法案が通過しないようでは、ヨーロッパでなくアメリカが同盟にただ乗りしているという状況だった。以下リンク先の図表を参照。

 

Chart

https://www.cfr.org/article/how-much-us-aid-going-ukraine#chapter-title-0-5

 

アメリカの孤立主義を転覆してチャーチル的な外交に乗り出すには、イギリスはロシアに対抗すべくヨーロッパ側独自の政治的および軍事的なレジリエンスを強化する必要がある。現在、ウクライナはフランス、ドイツ、オランダ、そしてイギリスと二国間安全保障合意に調印済みである。こうした取り決め各々を効果的に整合させるために、イギリスはEU非加盟の立場でウクライナ支援に向けたヨーロッパの枠組みでどれほどの主導権を発揮できるだろうか?NATOがウクライナへの兵器調達円滑化のために設立したウクライナ防衛コンタクト・グループでは、イギリスはドローン供給で主導的役割を果たした。また英国王立国際問題研究所のサミール・プリ氏はEUが提唱するEU・ウクライナ防衛産業フォーラム(European Commission; 6 May, 2024)やヨーロッパ防衛産業戦略(EDIS)(European Commission; 5 March, 2024)などの軍事用品調達の取り組みをイギリスが支持し、ヨーロッパの防衛準備態勢の向上とウクライナの防衛産業への支援をすべきだと訴えている(“The UK should help coordinate support for Ukraine by backing EU defence initiatives”; Chatham House; 19 March, 2024)。イギリスが支持したウクライナ戦争でのロシアの凍結資産の活用という案は、今年のG7イタリアで承認された(“G7 agrees $50bn loan for Ukraine from Russian assets”; BBC News; 14 June, 2024)。現在、イギリスは「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」を為すうえでの能力ギャップ問題に取り組む必要に迫られている。この国は自国本土と世界各地での国益を守るために、限られた予算や資材の中で自軍の兵器や装備を強化する必要に迫られている。現時点で重大な脅威と言えば、短期的にはロシア、長期的には中国となる。国防費の増額とともに、王立国際問題研究所『インターナショナル・アフェアーズ』誌のアンドリュー・ドーマン編集長は、イギリスの軍事力最強化計画に当たって国防支出のフォーカスをしっかり定めておくべきだと論評している。例えば対露抑止であれば、現行の核兵器の漸次削減政策を覆して独自の核の傘を強化するか、統合遠征軍(JEF)による北極、スカンジナビア、バルト海地域での緊急即応配備を強化するかの選択が迫られる(“Britain must rearm to strengthen NATO and meet threats beyond Russia and terrorism”; Chatham House; 25 March, 2024)。

 

トランプ氏説得という骨の折れる会談を経て、キャメロン氏はブリンケン氏との正規外相会談でウクライナへの支援拡大を話し合った。記者会見の場ではマール・ア・ラーゴ会談についての質問もあり、キャメロン氏は会談自体は選挙を控えての通常通りの野党指導者との外交会談であると答えた(“Secretary Antony J. Blinken and United Kingdom Foreign Secretary David Cameron at a Joint Press Availability”; US Department of State Press Release; April 9, 2024)。しかしウクライナへの追加援助を拒絶するトランプ氏は明らかに、依然として大西洋同盟の足を引っ張る存在である。外交における党派を超えた一貫性など気にも留めない。驚くべきことに、トランプ氏は就任直後に戦争を終結させると宣った。これはロシアでさえまともに受け取らなかった(“Russia says 'let's be realistic' about Trump plan to end Ukraine war”; July 18, 2024)。マール・ア・ラーゴ会談は通常通りとはほど遠いものであったろう。

 

この会談がかなり荒れた対話であったことを示唆するかのように、トランプ氏の取り巻き達はキャメロン氏のチャーチル的外交努力に激しく反駁した。トランプ氏がロシアにNATO諸国への侵攻をせよと発言してからというもの、キャメロン氏は大西洋同盟に関する彼の見方には批判的であった(“David Cameron Rebukes Donald Trump's Divisive Remarks About Nato And Russia”; HuffPost; 12 February, 2024)。そうした見解の不一致をたった一度の秘密会談で埋めることは容易ではない。予期された通り、トランプ氏の外交政策顧問であるエルブリッジ・コルビー元国防副次官補はウクライナ援助法案の通過を目指したキャメロン氏のロビー活動を、アメリカ政治への介入だと非難した。さらにキャメロン氏がウクライナ支援を道徳的に語り、トランプ氏にそれを解説講義したとして怒りをぶちまけた(“Trump ally hits out at David Cameron for ‘lecturing’ US”; Politico; May 2, 2024)。しかし歴史的にはウィルソン流道徳主義は党派を問わずアメリカ外交の中核であった。また道徳主義はレーガン・サッチャー保守同盟を強固にし、究極的には冷戦終結にもつながった。嘆かわしいことに、コルビー氏の発言は今のアメリカの保守主義がどれほど酷く劣化したかを示している。

 

コルビー氏はロシアを中国のジュニア・パートナーだと(“China’s Russia Support Strategy”; Politico; February 22, 2024)矮小化するものの、クレムリンが仕掛けるヨーロッパでの攻撃や中東およびアフリカへの勢力浸透に鑑みれば、それは必ずしも妥当ではない。『ワシントン・ポスト』紙への投稿では、コルビー氏はそんな矛盾など一向に意に介さずに中国への戦略的フォーカスを主張している(“To avert war with China, the U.S. must prioritize Taiwan over Ukraine”; Washington Post; May 18, 2023)。皮肉にも台湾はコルビー氏が提唱するアジアへの戦略的シフトを支持していない(“Taiwan is urging the U.S. not to abandon Ukraine”; Washington Post; May 10, 2023)。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏のに代表されるネバー・トランプの論客達がコルビー氏のような偏向したチャイナ・ホークを否定し、アメリカの外交を正常な方向に導こうとしている(“A Republican ‘civil war’ on Ukraine erupts as Reagan’s example fades”; Washington Post; March 15, 2023)。ともかくコルビー氏は新任のデービッド・ラミー英外相については、トランプ氏への配慮のある態度をとっていると称賛した。しかし共和党のJ・D・バンス副大統領候補はイギリスは核兵器を保有するイスラム主義国家だと罵倒して、トランプ氏と現労働党政権との間のそのような生温い友好関係も打ち壊してしまった(“Rayner dismisses Trump running mate 'Islamist UK' claim”; BBC News; 17 July, 2024)。キャメロン氏がウクライナでのロビー活動に成功したとはいえ、MAGAリパブリカンによる負の影響力は来る大統領選挙の結果如何に関わらず依然として無視できない。トランプ氏支持者の例に漏れず、バンス氏もコルビー氏も悪意に満ちた語句と対決的な姿勢が特徴的である。トランプ2.0が登場するようなら、アメリカの同盟国にとっては大変な外交上の障害となりかねない。

 

第二次世界大戦時にはパールハーバー攻撃によってリンドバーグ流孤立主義者達は沈黙せざるを得なくなり、それによってフランクリン・ローズベルト大統領はウィンストン・チャーチル首相の求めに応じて全世界で自由のための戦いを行なえるようになった。しかし現在、MAGAリパブリカンはバイデン現政権下においてさえアメリカの外交政策の足を引っ張っている。そうした事情からNATOはトランプ影響排除(Trump proofing)を真剣に検討し、アメリカ大統領選挙での最悪のシナリオに備えている。最も重要な点はヨーロッパ側の防衛能力の強化である。NATO加盟国はGDP2%の支出目標の達成に向けて国防費の増額を図っているが、それさえもアメリカをヨーロッパにつなぎ止めるには充分でないかも知れない。実際にコルビー氏はスナク政権によるイギリスの国防費2.5%計画を無意味だと否定した。NATO加盟国のほとんどは2%目標に達していないが、冷戦期に3%の支出であった。真の問題は金額ではなく防衛支出の重点項目である。そうした対露抑止および接近拒否の能力への支出が効果的に使われ、ヨーロッパへのアメリカの出兵コストを低く抑えるべきである。ヨーロッパ、特に英仏独の間での共同兵器調達に向けて調整を薦めれば、こうした目的に役立つだろう(Trump-Proofing NATO: 2% Won’t Cut It”; RUSI; 7 March, 2024)。

 

現在、火急の問題はウクライナである。ブリュッセルで開催されたNATO75周年式典では、イェンス・ストルテンベルグ事務総長がウクライナでのNATOの役割をアメリカ政治から切り離すための提案を行なった。すなわちウクライナ防衛コンタクト・グループではアメリカからNATOにより大きな影響力を与え、5年間で総合1千億ドルという軍事援助の実施を円滑化するということだ。しかしバイデン政権は件の計画には関心を示さなかったOn NATO’s 75th birthday, fear of Trump overshadows celebrations; Washington Post; April 4, 2024)。皮肉にもネバー・トランプの米現政権が、ヨーロッパ主導によるトランプ影響排除を積極的に支持していない。そうした事態にも関わらず、王立防衛安全保障研究所のマイケル・クラーク元所長によると、今年はウクライナの戦争の行方を左右する年になるという。ロシアには2025年春以降まで大規模攻勢を仕掛けるだけの装備も訓練された兵員も揃わず、ウクライナも欧米の軍事援助なしに戦闘能力を再建して占領地域の奪還などはとても覚束ない(“Ukraine war: Three ways the conflict could go in 2024”; BBC; 29 December, 2023)。

 

国際社会はトランプ2.0に戦々恐々としているが、真の問題はトランプ氏自身を超えたものである。左右を問わず反主流派の外交政策識者の中には、いわゆる「抑制された」外交を主張してウィルソン流グローバリズムを否定しようという動きがある。彼らの中でも右翼ナショナリスト達はトランプ氏を利用して自分達の政策提言活動へのテコ入れを図っている。トランプ氏は高圧的な振る舞いで悪名を博しているが、オーストラリアのマルコム・ターンブル元首相は世界各国指導者達に、彼の怒りを買わぬようにと媚び諂わぬようにと助言している。トランプ氏は手強い交渉相手を不快に感じるであろうが、後で気分が落ち付くと相手に敬意を抱くようになる(“How the World Can Deal With Trump?”; Foreign Affairs; May 31, 2024)。キャメロン氏がウクライナ支援の緊急的必要性を率直に説いたことは、コルビー氏の悪意に満ちた反応を見ての通りである。日本の安倍晋三首相(当時)も予期せぬトランプ氏の当選からほどなくしてトランプ・タワーを訪問した際に、日米同盟の互恵性を説いた。他方で麻生太郎元首相の訪問は、野党候補に対する不要な叩頭に見えてしまう。安倍氏の回顧録には、トランプ氏は公式の二国間首脳会談の場ですら延々とゴルフの話をしていたと記されている。麻生氏はトランプ氏との会談を楽しむために、二人で何を話したのだろうか?

 

トランプ氏が有罪判決を受けようと、王立国際問題研究所のレスリー・ビンジャムリ米州プログラム長が述べる通り、西側民主主義諸国にはアメリカとの同盟以外に選択肢はない。さもなければロシアや中国をパートナーに選ぶのか(The Global Implications of Trump’s Conviction”; Council on Foreign Relations; June 4, 2024)?民主党のカマラ・ハリス候補はトランプ氏を押しのけんばかりの勢いだが、「抑制された」外交を主張するグループはハリス政権が誕生しても世界の中でのアメリカの指導力発揮の足を引っ張るだろう。そうしたグループにはアメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)やマラソン・イニシアチブといった右翼系シンクタンクとともに、リバタリアンのチャールズ・コーク氏とリベラルのジョージ・ソロス氏が共同スポンサーとなっている超党派のクインシー研究所もある( “George Soros and Charles Koch take on the ‘endless wars’”; Politico; December 2, 2019)。

 

動かぬアメリカを動かすためには、現代の政治家達はイギリスのキャメロン外相であれ、日本の岸田首相であれ、他の誰であれ、第二次世界大戦の英雄チャーチルのカリスマなくしてチャーチル的外交の努力の必要性に迫られてくる。アメリカの同盟国はキャメロン氏がやったように、超党派の国際派と手を組んで頑迷な孤立主義者を説得する必要がある。また「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」なら直接の軍事行動であれ、敵の侵略に抵抗する国への軍事援助の供与であれ、積極的に関わる姿勢を見せるべきである。すなわち世界秩序のための法強制執行で、バードン・シェアリングの一翼を担うということだ。アメリカ側ではすでにハリス氏はミネソタ州のティム・ウォルツ知事を副大統領に選んだので、安全保障の閣僚には重量級の人物を当てる意志を示唆すれば、DEI(多様性・公平性・包括性)非難で失言を繰り返すトランプ・バンス陣営との差別化を図れて面白いとも思われる。

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2024年2月28日

右翼ポピュリズムが国家安全保障を蝕む悪影響

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悪名高き右翼ポピュリスト:トランプ、ネタニヤフ、ボルソナーロ

 

 

右翼しばしば、自分達の方が愛国的情熱と国防への尽力では国内政治上の反対勢力を上回っていると喧伝している。しかし彼らの独善的な統治によって国家も国民も危険にさらされる恐れが高まる。昨年10月にハマスがイスラエルに侵攻してガザ地区との国境付近のキブツ住民や音楽祭参加者への暴行虐殺におよんだ際に、『サピエンス全史』および『ホモ・デウス』の著者で著名なヘブライ大学のユヴァル・ノア・ハラリ教授は、ネタニヤフ政権が政府の運営に失敗したためにテロリストの侵入に対して情報の空白が生じてしまったと論評している。まず始めにベンヤミン・ネタニヤフ首相は自らの閣僚を忠誠心に基づいて登用したために、国益よりも自身の個人的利益が優先されてしまった。2022年12月に発足した第6次ネタニヤフ内閣では非常に過激で教条的な宗教色の強い組閣を行なったので、政治的分断の扇動と陰謀論の拡散による「ディープ・ステート」叩きばかり行うようになった。その結果、ネタニヤフ氏は治安部隊、諜報機関多くの専門家達から国家安全保障上の切迫した脅威に関する必要な情報収集ができなかった。そのように劣化した政策決定過程を通じて、イスラエルはハマスに対して効果的な抑止対策をとれなかった(“The Hamas horror is also a lesson on the price of populism”; Washington Post”; October 11, 2023)。韓国の元統一相で現在はインジェ(仁済)大学のキム・ヨンチョル教授も同様に、分割統治手法では国民の間で他者への罵倒が扇動され、政府内で部署を超えた意思疎通が阻害されてしまうと指摘する。言わば、ネタニヤフ政権がハマスの攻撃で犯した情報収集の失敗は、民主主義の失敗による当然の帰結なのである(“Why is the far right so incompetent at national security?”; Hankyoreh Newspaper; October 30, 2023)。

 

さらにガザ戦争によってネタニヤフ氏が、ロシアはイランの動きをしっかり管理していると思い込み、イスラエルが2015年にシリアでイランの代理勢力への空爆ができたという自己欺瞞に陥っていたことが明らかになった。実際にはロシアのウラジーミル・プーチン大統領はイスラエルに対して戦略的に敵対するイランおよびシリアとのバランスをとり、中東での自国の存在感を誇示したかっただけである。その見返りにイスラエルはロシアのクリミア侵攻に対する欧米の制裁への参加を拒否した。しかしウクライナでの戦争が勃発してクレムリンがイラン、シリア、ハマスという悪の枢軸に頼らざるを得なくなると、ネタニヤフ氏が思い描いたロシアとの友好関係などは無意味だと露呈した(“Israel and Russia: The End of a Friendship?”; Carnegie Politika; November 11, 2023)。中道左派のシオニスト・ユニオンから選出されたクセニア・スヴェトロワ元国会議員は、現在の孤立したロシアはこれまで以上にイランを必要としているので、イスラエルが反欧米ブロックを主導しようというプーチン氏の地政学的な野望に助力する理由はないと語っている(“Russia’s priorities are clear after Netanyahu-Putin call, and Israel isn’t one of them”; Times of Israel; 11 December, 2023)。ネタニヤフ氏はロシアとの戦略的関係を深化させながらアメリカとも緊密な関係を維持しようという似非リアリズムを追求したがために、イスラエルは西側同盟の分断を謀るプーチン氏に都合の良い駒となった(“Putin’s Gaza front”; ICDS Estonia Commentary; October 30, 2023)。

 

アメリカでも同様に右翼ポピュリストは敵の特定を誤る。ネタニヤフ氏と同様にドナルド・トランプ氏はプーチン氏に魅了されるあまり、NATO脱退さえ口にしている。また両者とも民主的な法の支配に対抗して専制的な手法を好んで濫用している。トランプ氏は1月6日暴動を扇動し、ネタニヤフ氏は「司法改革」によって政府が司法による権力分立を超越し、自らの政策を実施させようとしている(“Israel judicial reform explained: What is the crisis about?”; BBC News; 11 September, 2023)。ネタニヤフ氏は連立政権パートナーの宗教シオニスト党とともに、司法の介入を排除してヨルダン川西岸でのユダヤ人入植を進展させたがっていた。トランプ氏の予備選候補資格がコロラド州とメイン州で否決されたように、ネタニヤフ氏の司法改革もイスラエルの民主的な統治の基盤を守るために最高裁判所に棄却されている(” Israel Supreme Court strikes down judicial reforms”; BBC News; 1 January, 2024)。右翼ポピュリストは共産主義革命家さながらに、民主主義を担う責任ある当事者達を「人民の敵」呼ばわりすることを忘れてはならない。彼らが政権を取ろうものなら政府および国家安全保障諸機関の間の戦略的な意思疎通には重大な支障をきたすことは、ハラリ氏とキム氏が述べた通りである。

 

そのような思考様式もあって、右翼ポピュリストは国家安全保障を犠牲にしてでも自分達の党派的な案件を躊躇なく優先する。それはMAGAリパブリカンによる軍事人事の妨害に典型的に見られる。トランプ時代以前の共和党は国防に強いと自負していた。しかし右翼ポピュリスト達はポリティカル・コレクトネスや人権リベラリズムを嫌悪するあまり、自分達の言い分を押し通して岩盤支持層を狂喜させるためには敢えて国家安全保障上の重要課題さえ犠牲にしても仕方ないとさえ思っている。中でもトミー・タバービル上院議員は白人ナショナリストの「自由」を擁護し、中絶反対の士官の昇進を阻むために軍主要人事での任命を遅延させた。外交問題評議会のマックス・ブート氏が述べるように、タバービル氏には外敵に勝つための軍事人事の迅速化など関心はなく、軍内部にいる国内の文化戦争での反対勢力に勝つことしか考えていない(The GOP claims to be strong on defense. Tommy Tuberville shows otherwise.”; Washington Post; June 19, 2023)。さらにジェームズ・スタブリディス退役米海軍大将は、タバービル議員が自分の選挙区であるアラバマ州への宇宙軍本部の誘致画策のため、コロラド州での施設建設という軍の計画への妨害に及ぶという利益誘導丸出しを行なったことを嘆かわしく見ている( “Tuberville slams lack of decision on Space Command headquarters, blames politics”; Stars and Stripes; July 26, 2023)。

 

それにも増して問題視すべきは、下院共和党の極右議員達は国内での国境管理強化を交換条件にウクライナとイスラエルへの支援の予算決議を妨害している。しかしジャック・キーン退役米陸軍大将が述べるように両者はそれぞれ別の問題であり、ウクライナでのロシアの勝利は国家安全保障上の重大なリスクである(“What would a win in Ukraine look like? Retired Gen. Jack Keane explains.”; Washington Post; March 6, 2023)。さらに由々しきことにトロイ・ネールズ下院議員はジョー・バイデン大統領再選阻止だけのためにウクライナ援助に反対している(“A border deal to nowhere? House GOP ready to reject Senate compromise on immigration”; CNN; January 3, 2024)。それら一連の動きは非常に党利党略本位で、国家とは利益相反である。そのように視野の狭い党利党略こそがハマスによるイスラエル攻撃の際には外交不在をもたらした理由は、彼ら右翼がアメリカの駐エルサレム大使の任命を阻止したためである(“Jack Lew, Ambassador to Israel”; Wikipedia)。

さらにアメリカの右翼の間にあるウクライナに関する誤った認識について述べたい。現在はアトランチック・カウンシル所属のジョン・ハーブスト元駐ウクライナ大使は、プーチン氏がウクライナで勝利すればロシアを勢いづかせ、旧ソ連共和国および旧ワルシャワ条約機構諸国にも手を伸ばしかねず、しかもそうした国々の多くはNATO加盟国であると評している。また元大使は2度にわたる世界大戦を経たヨーロッパで安全保障の礎となったのはNATOであり、それが究極的にはアメリカの安全保障にも寄与してきたとも強調している。よってウクライナの勝利はアメリカにとって重要な国益なのである。最も重要なことに、元大使はロシアと中国を挑発しないように宥和政策をとることは最も挑発的な外交であって、それではアメリカの指導力低下を望む相手の思う壺であると主張する。

 

 

 

 

かつての共和党ならハーブスト氏が述べた原則を理解していた。しかし現在のMAGAリパブリカンはネールズ議員が下院でそうしているように、何の躊躇もなく敵に弱さを印象付けてしまう。さらに悪いことに、トランプ氏が長年にわたってNATO脱退の意志を抱き続けていることは、アメリカとヨーロッパの間で深刻な懸念を呼んでいる。民主党のティム・ケイン議員と共和党のマルコ・ルビオ議員は大統領が誰になろうともNATO脱退を阻止するための超党派の法案を提出し、それはすでに上院を通過した。しかし問題は心理的なもので、トランプ氏が当選しようものなら同盟国はアメリカを頼れないとみなすようになり、やがては西側同盟による抑止力が低下してしまう。こうした事態を受けて、『アトランチック』誌のアン・アップルボーム氏はアレクサンダー・バーシュボウ元米駐NATO大使とのインタビューから、トランプ氏だとNATOを機能不全に陥らせようとして、アメリカの外交官の会議出席の妨害、あるいは議会に制止されない内に本部に拠出する予算削減を行なう恐れがあると記している(“Trump will abandon NATO”; Atlantic; December 4, 2023)。

 

非常に重要なことにアメリカでは何人かの政治学者と歴史学者が、冷戦後の共和党は徐々に孤立主義に回帰していたと語っている。そうした状況を踏まえ、親トランプ派のアメリカ刷新センター(Center for Renewing America )のダン・コールドウェル氏は共和党支持者には「リアリズムと自制」に基づいてアメリカは自由世界の主導者ではなく、世界の中での自らの役割を変えてゆくべきだとの考え方が支持される傾向が強まっていると評している。同様な流れでヘリテージ財団はかつてのロナルド・レーガン時代には「強いアメリカ」を標榜したが、現在のケビン・ロバーツ所長はウクライナ援助に反対するばかりか、国防予算の削減さえ訴えている。バンダービルト大学のニコル・ヘマー准教授によると、そうしたアメリカ・ファーストの勢いが保守派の間で盛り返しつつあったことが典型的に表れている事象は1990年代に相次いだパット・ブキャナン氏の大統領選挙出馬である。非常に混乱を招くことに、孤立主義保守派の中にはジョシュ・ホーリー上院議員のように「問題はそこでなく、ここにある」と言ってアメリカの外交政策形成者達にヨーロッパから手を引き、自国の中産階級や労働者階級の生活を脅かす中国への対策に集中せよと訴えている。それには大西洋同盟派とアジア太平洋派の競合に留まらぬ問題がある。右翼ポピュリストの間の対中強硬派の見解はトランプ的な損益思考から来るもので、そのため彼らは同盟国をアメリカの負担になる存在と見做してしまう。彼らが主張する中国への戦略的シフトとは自分達をグローバル化の犠牲者だと感じる労働者階級の怒りを反映したものに過ぎない。外交政策で国際主義を奉じるロバート・ケーガン氏らが彼らの馬鹿げた考え方に反論するのも当然である“A Republican ‘civil war’ on Ukraine erupts as Reagan’s example fades”; Washington Post; March 15, 2023)。またデービッド・ペトレイアス退役米陸軍大将はカーネギー国際平和財団での講演に際して彼らの似非リアリズムと贋物の「小さな政府」思考に反論しているが、そのどちらも不動産屋の損益思考に基づいている。テロとの戦いで「アメリカを勝たせた男」は国防政策の関係者に兵装調達システムを時代の要求に合わせ、全世界にわたる多方面の脅威に対処せよと訴えているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

中国に関する右翼の間の主張は1960年代から80年代にかけてのジャパン・バッシャーの議論並みにNIMBYに聞こえる。アジアの同盟諸国は、プーチン政権と宥和してウクライナもヨーロッパ同盟諸国全ても見捨てて構わないと考えるような、彼らNIMBYな対中強硬派を信用すべきではない。日本の岸田政権が彼らに同調しない方針は正しく、それに基づいて上川陽子外相が1月30日の衆議院通常国会での外交政策演説で「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障は不可分であり」と述べたことは、当然ながら「ウクライナと東アジアの安全保障は不可分」と解釈される。嘆かわしくも故安倍晋三首相はイスラエルのネタニヤフ首相と同様に似非リアリズムの過ちを犯し、モスクワの血に飢えた独裁者との友好関係によって中国に対抗しようと考えていた。ウクライナでの戦争によって、そうした考え方は始めから間違っていたことが判明した。

 

 

 

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国会で岸田政権の外交政策演説を行なう上川外相

 

アメリカの右翼はイスラエル・ハマス戦争でも対処を誤った。テロリストがイスラエルに侵攻した時、トランプ氏は彼らに対する抑止力も戦闘準備もできていなかったとしてネタニヤフ氏を切り捨てた。ネタニヤフ氏が右翼的価値観の共有からトランプ氏に抱いた忠誠心は一方的だったことが明白になった一方で、バイデン氏がハマスに対するイスラエルの戦闘を支援している(“Trump’s turn against Israel offers stark reminder of what his diplomacy looks like”; CNN; October 13, 2023)。しかし実際にはトランプ氏が成功だと吹聴するアブラハム合意によって問題は生じた。イスラエルとアラブ王制諸国との関係正常化を促してイランの包囲を目論む一方で、トランプ氏は東エルサレムでのイスラエル主権、ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植、ゴラン高原の併合の承認に見られるようにイスラエルの極右による拡大主義を支持し、イスラエル・パレスチナ間の緊張を悪化させた。そうした情勢下でパレスチナ側への援助は減額した。よってマックス・ブート氏は『ワシントン・ポスト』紙のコラムに、一連のアラブ・イスラエル国交正常化ではイエメン、シリア、リビアばかりか最も重要なイスラエル・パレスチナ紛争自体も含めた中東の重大な紛争の解決はもたらされないと記している(So much for the Abraham Accords. Trump made things worse in the Middle East.”; Washington Post; May 12, 2021)。にもかかわらず、トランプ氏は戦争勃発の際には無責任にもネタニヤフ氏を非難した。件の合意成立時にはトランプ氏とネタニヤフ氏は似た者同士に思われたが、両者の衝突は他者を犠牲にしてでも自己利益の最大化を求めるという右翼の性質からすれば当然の帰結である。それは二国間および多国間のパートナーシップには適さない。

 

反グローバル主義者の中には中国への抑止のためには右翼ポピュリストの方が左翼ポピュリストよりましだと安直に主張する者もいる。それではあまりに皮相的である。ブラジルで何が起きたか。中国が一帯一路のためにアマゾンの森林を通過してペルーに達する鉄道と高速道路を建設するという計画を支持したのは、他でもない右翼のジャイール・ボルソナーロ大統領で、それは現地の動植物相にとっての生態系と先住民の未接触部族の生活に破滅的な影響をもたらしかねない(“Proposed Brazil-Peru road through untouched Amazon gains momentum”; Diálogo Chino; March 10, 2022)。ここでも右翼が似非リアリズムに囚われて他者を押しのけて自分達の仲間の利益を最大化しようとすることが強調されるべきで、そうなると先住民や生態系への犠牲など顧みられるはずがない。よって彼らは他国や国際社会の安全保障など気にも留めない。中国が計画の再考を要求されたのは左翼のルーラ・ダシルバ大統領が昨年1月に就任してからである(Opinion: Brazil can make green gains from China’s ‘ecological civilisation’ aims; Diálogo Chino; October 3, 2023)。私は必ずしも左翼のルーラ氏を右翼のボルソナーロ氏より好ましく思っているわけではなく、ブラジルで開催される今年のG20とBRICS首脳会議へのプーチン氏招待で明らかになった彼の時代遅れな反植民地主義思想への入れ込みには辟易している。南アフリカのANCから選出されたシリル・ラマポーザ大統領でさえ、政府は国際刑事裁判所の規定を遵守すべきだと要求する民主連盟の猛烈な訴訟に直面し、あのロシア人犯罪者のBRICSヨハネスブルグ首脳会議への招待を断念したことを忘れてはならない(“Lula invites Putin to Brazil, sidesteps on war crimes arrest”; Politico; December 4, 2023)。ボルソナーロ氏もルーラ氏も、両者各々のアマゾン開発やBRICS首脳会議への対処に鑑みれば法の支配を軽視しているように見える。実際に両ポピュリストとも、欧米との不必要な摩擦もリビジョニスト大国側への不用意な傾斜も望まないブラジルの外交官僚組織にとっては頭痛の種でしかない(『国際政治の主要プレイヤーになれるか=専制国家群に引きずられるルーラ』;ブラジル日報;2023年9月26日)。何はともあれ、中国が恐ろしいからと言って右翼ポピュリストに味方する理由にはならない。

 

世界各地で見られる右翼ポピュリストの脅威の間でも、アメリカの大統領選挙は最も深刻な事例である。アメリカはトランプ氏の再選をどのようにして阻止できるのだろうか?ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は共和党有権者の間でのトランプ氏への熱狂的な支持 について警鐘を鳴らしている。予備選についても、他の共和党候補の誰もがトランプ氏の岩盤支持層を破壊できない。さらに問題になることは、MAGAリパブリカンは1月6日暴動から他の刑事訴訟事件まで、トランプ氏に関することは何でも正当化してしまう。それにも増して馬鹿げたことに、彼らは自分達の思い込みでウクライナ、イスラエル、アフガニスタンでの失敗をバイデン氏のせいにしているが、実際にはトランプ氏こそがこれらの混乱をもたらした責めを負うべきなのである。正気の共和党政治家は完全に脇に追いやられ、先のトランプ政権に入閣していた「政権内の大人」も公衆の面前で彼を非難することには躊躇している(“A Trump dictatorship is increasingly inevitable. We should stop pretending.”; Washington Post; November 30, 2023)。トランプ氏を阻止するために、ケーガン氏は共和党でも特にニッキ・ヘイリー氏は立憲政治を軽視するような人物の候補資格を問うべきだと述べている。しかし共和党の競合候補全員にはトランプ氏の候補資格を否定する考えは全くなく、彼が指名されても従うという党派的忠誠心を強調するばかりである。非常に注目すべきことにトランプ氏が自身を訴追の犠牲者だと強調すればするほど、彼の支持者達は益々アメリカの司法体制とエリート全体に対する怒りを爆発させてしまう。よって共和党にとって、そのようなMAGAリパブリカンを刺激することは危険である。こうした観点からケーガン氏はミット・ロムニー、リズ・チェイニー、コンドリーザ・ライス、ジェームズ・ベーカー諸氏ら共和党の古参有力政治家、そして前政権閣僚のマイク・ペンス、ジョン・ケリー諸氏らに、アメリカの民主主義を守るためには全国的な運動を主導するよう訴えている(“The Trump dictatorship: How to stop it”’ Washington Post; December 7, 2023)。つまるところ、トランプ阻止で重要になってくるものは共和党正統派の意志である。彼らはすでにリンカーン・プロジェクト、共和党説明責任プロジェクト、法の支配を支持する共和党といった運動を立ち上げた。古参有力政治家たちはそうした運動にどのように参加してゆくのだろうか?

 

右翼ポピュリズムの高まりを抑えるには、民主主義の持続性が重要になる。昨年10月に慶応戦略構想センターは慶応大学の細谷雄一教授と一橋大学の市原麻衣子教授によるオンライン対話を主宰し、世界に広がる民主主義の不況が安全保障に与える影響について考察した。二人の学者は対話の中でリビジョニスト勢力による情報工作に対する西側民主主義の脆弱性を中心に議論を深めた。現在、ヨーロッパと北アメリカの先進民主主義諸国はポピュリズムの台頭に苦悩し、それは反エスタブリッシュメントの怒りと移民排斥のネイティビズムといった形で典型的に表れている。最も顕著なものでは、MAGAリパブリカンは小さな政府の理念を誤用してヘイトのイデオロギーを掻き立てるとともに、社会経済的にも文化的にも恵まれない人々に攻撃を加えるようになっている。自分達がグローバル化の犠牲になっていると感じる人達は、右翼デマゴーグが強く断固とした姿勢を見せているからと称賛してしまう。しかしそのように「俺だけが解決できる」といったアプローチでは、ハラリ教授が言うように政府が機能不全に陥り国家の安全保障は損なわれるだけである。

 

 

 

 

戦略構想センター主催の対話では、市原教授はロシアと中国がIT技術の効果的な活用によってどのように情報偽装を行なって欧米の国内政治に工作を仕掛けているかを説明した。二人の学者は民主主義諸国には敵国の工作から自国を守る対抗策が必要だとの見解で一致した。そうした状況下で日本、オーストラリア、ニュージーランドにように右翼ポピュリズムの高まりを抑えるうえで比較的上手くいっている民主主義国もある。特に日本では細谷教授が述べるように国民の間で政府、メディア、既存の知識人に対する信頼が高く、陰謀論も拡散が抑止されている。また私としては英連邦の両自治領にも注視を訴えたいのだが、それは両国とも英米政治文化圏にありながら扇動政治家の急激な台頭には深刻に悩まされてはいないからである。太平洋の三つの民主主義国家は、国際社会に対してポピュリズムへの対処で何かを示唆できるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年4月17日

バイデン大統領キーウ訪問後のアメリカのウクライナ政策

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ジョセフ・バイデン米大統領は2月20日に遂にキーウ訪問を敢行し、アメリカが確固としてロシアの侵略からウクライナを支援することを示した。続くワルシャワ訪問でバイデン氏はウクライナでロシアの勝利は決してなく、旧帝国復活の夢は頓挫する運命にあると重ねて強調した(“Biden in Warsaw: ‘Ukraine will never be a victory for Russia’”; Hill; February 21, 2023)。バイデン政権は既にアントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官をキーウに派遣し、バイデン大統領自身もワシントンでウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談してはいるが、ロシアを刺激して核攻撃に訴えられぬように慎重な姿勢であった。またMAGAリパブリカンとウォーク左翼は陰謀論の影響を受けた反戦世論を盛り上げ、アメリカのウクライナ関与への障害となっていた。

そうした左右の過激派孤立主義ポピュリストによる外交政策上の制約はあるが、世界におけるアメリカの役割を理解しているアメリカの専門家達が、バイデン氏の訪問後に現戦争の動向をどのように見ているかを知る必要がある。非常に注目すべきはウクライナ支援に懐疑的な論者にはヘンリー・キッシンジャー元国務長官とシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授に頻繁に言及して事情に通じたリアリストを装い、アメリカはこの戦争には消極的で、ワシントンのエスタブリッシュメントの内のごく少数の好戦的な論者によって引き起こされた戦争に同盟国が巻き込まれてはならないという自分達のプロパガンダを広めようとしている。しかしこの二人の名声がどれほど轟こうとも、キッシンジャー氏もミアシャイマー氏も、アメリカ国民全体を代表するわけではない。リアリスト気取りの者達、MAGAリパブリカン、ウォーク左翼もアメリカ世論の代表ではない。私は個々の非関与論者のバックグラウンドまでは知らないが、彼らの中にはアメリカ国内の特定のイデオロギー・グループと連動しているかのように振舞う者もいる。ともかくアメリカの国民と政策形成者の大多数がウクライナ支援に反対だと信ずることは間違いである。私はアメリカの外交政策の論客たちの見解に言及し、そうした情報工作を党派バイアスなしで否定してゆきたい。

バイデン氏訪問の外交的意味合いに関して、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係学院のエリオット・コーエン教授は、バイデン氏のウクライナ訪問は中国がロシアに兵器を供与すると噂され、ロシアも「特別軍事作戦」一周年記念にドンバスでの占領地の奪還を目指して大規模な攻勢に出るとされた時期であったと指摘する(“Biden Just Destroyed Putin’s Last Hope”; Atlantic Daily; February 21, 2023)。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナ支援をめぐる欧米側の援助疲れと政治的分断を当てにしていたが、『アトランティック』誌のアン・アップルボーム氏はバイデン大統領のウクライナ訪問によってそうした儚い希望は粉砕されたと述べている(“Biden Went to Kyiv Because There’s No Going Back”; Atlantic Daily; February 21. 2023)。これは日本の岸田文雄首相がG7加盟国首脳では最後に当地を訪問する先駆けとなり、その折には習近平国家主席とのモスクワ首脳会談で中露連帯を見せつけようというプーチン氏の外交的思惑に歯止めをかけることになった(“Japanese and Chinese leaders visit opposing capitals in Ukraine war”; BBC News; March 22, 2023)。

また「トランプーチン」に対するアメリカ内政上の意味合いも理解する必要がある。『デイリー・ビースト』誌のデービッド・ロスコフ氏の論評のように2018年の米露ヘルシンキ首脳会談の際には、全世界の国民はドナルド・トランプ大統領(当時)がアメリカや同盟国の安全保障関係機関よりもプーチン政権のロシアを信用し、ウクライナを放棄したがっていることを改めて思い知らされた(“Biden’s Trip to Kyiv is the Ultimate Humiliation for Putin—and Trump”; Daily Beast; February 20, 2023)。なぜか?それは彼が「アメリカが作り上げた世界」を嫌い、国務省、国防総省、情報機関にいるとする「ネオコンでグローバリストのエスタブリッシュメント」に敵対的な見方をしているからである。さらにトランプ氏は彼らを核大国による第三次世界大戦を企てる戦争屋だと非難している。あの不動産屋はロシアがルールに基づく世界秩序と領土保全を侵害していることなど、全く理解していない。共和党のアダム・キンジンガー前下院議員はトランプ氏がアメリカの国家安全保障関係の省庁に悪意に満ちた攻撃をする一方で、プーチン氏には有り得ないほどの賞賛をしていることに重大な懸念を表している。実のところキンジンガー氏は先の中間選挙には出馬しなかったのだが、それは彼の党で右翼過激派が幅を利かすようになったからである。バイデン氏と党派を超えた中道派の仲間が、そうした衆愚的孤立主義者にどのように反撃してゆくか注意深く観測する必要がある。


そうした孤立主義者とリアリストの仮面を被った者達は、なぜプーチン政権のロシアとの中途半端な妥協は、ウクライナの不屈の抵抗による侵略者締め出しよりも危険であるのかを理解する必要がある。ジョン・マケイン候補、ミット・ロムニー候補、ヒラリー・クリントン候補らの大統領選挙運動で外交政策顧問を務めたロバート・ケーガン氏はプーチン政権による侵攻が差し迫っていた時、ウクライナ攻撃は東欧から中欧に及んだロシアの歴史的勢力圏の再構築という彼の野望の序の口に過ぎず、バルト三国やポーランドは存在せずワルシャワ条約機構諸国を事実上ソ連の支配下に置いた時代を復活させようとしていると述べている(“What we can expect after Putin’s conquest of Ukraine”; Washington Post; February 21, 2022)。よってロシアとウクライナの領土問題も解決せずに即時停戦となれば、地域の不安定化につながるばかりで決して平和に向けて前向きにはならないことが理解できる。むしろそれによって中国が台湾やその他東アジア諸国を威圧するようになりかねない。こうした観点からオバマ政権期のマイケル・マクフォール元駐露大使は、中途半端な平和が幻想であるという理由はプーチン氏がウクライナ征服にはあらゆる手段を尽くすという決意を固め、戦意不充分で国内も分断している欧米の狡知と科学技術をロシアの耐久性が上回ると信じているからである。私にはブレグジットとトランプ氏当選での選挙介入の成功によって、プーチン氏は過剰につけあがってしまったように思える。よってマクフォール氏は様子を見てウクライナへの軍事支援を増やすというやり方は通用せず、ロシアへの制裁も最大限の強制力を伴わねばならないと主張している(“How to Get a Breakthrough in Ukraine”; Foreign Affairs; January 30, 2023)。

外交交渉による平和合意がほぼ不可能な以上は、アメリカがプーチン氏の凝り固まった野望をどのようにすべきかを軍事的観点から模索しなければならない。ロシア軍の力と能力に関してデービッド・ペトレイアス退役米陸軍大将は、侵攻前に彼らが行なっていた演習は目前に控えたウクライナでの作戦とは無関係で、自軍内の陸海空軍の組織を横断する協調作戦を実施するには訓練が不充分だったと述べている(“What We’ve Learned from the War in Ukraine”; Foreign Policy; January 10, 2023)。それは数十年にわたるプーチン大統領のネーション・ビルディングの失敗を示唆し、西側同盟はそのようなウドの大木ロシアをウクライナが破るためにどのような支援を行なうかを考えてゆくべきである。現在、ウクライナは東部と南部の奪還という第二段階にある。非介入主義者達はこの国への追加軍事援助に懐疑的ではあるが、ペトレイアス氏はCNNとのインタビューにて当戦争で領土を奪還するためのウクライナ軍の士気と能力を高く評価している。それはウクライナ兵は戦争目的をよく理解しているのに対し、ダゲスタン、ブリヤティア、クラスノダールから来た民族宗派マイノリティからの兵員募集率が際立って高くなっているロシア兵ではそれを理解しているかどうか極めて疑わしいからである。またアメリカ主導の西側同盟からの支援によって、ウクライナが兵員募集、装備装着、組織形成、追加兵力の適用で大いに成果を挙げているとも語っている。

ペトレイアス氏の発言から、我々は以下の点を推察できる。世論調査でのプーチン氏の違法な侵略行為への高い支持率も当てにはならないのは、ほとんどのルスキーは毎日の自分達の生活さえ何とか支障がなければ彼ら民族宗派マイノリティの苦境など気にもならないからである。ルスキーには祖国のために自分達が犠牲になる覚悟などない。さらに欧米の支援と並行して軍の組織再構築が行なわれ、ウクライナの統治も戦後に完全される可能性がある。結論としてペトレイアス氏はバイデン氏の断固とした態度を支持しているものの、大統領は戦車や戦闘機といった次期段階の兵器をもっと早く送るべきだったとも論評している (“Gen. David Petraeus: How the war in Ukraine will end”; CNN; February 14, 2023)。ドイツと他のNATO諸国がウクライナに戦車を送る決意を固めるよう促したのはイギリスである。またスナク政権は大西洋諸国でも他に先駆けてウクライナ軍パイロットにNATO標準の戦闘機向けの訓練を行なった。一方でアメリカはバイデン大統領のキーウ訪問以前は軍事援助を増強すべきかどうか逡巡した。ペトレイアス大将が増派戦略でイラクのテロリストを破ったことを忘れてはならない。軍事戦略家としての同大将の見識はコンバット・プルーブン(combat proven:実戦証明済み)であるが、ミアシャイマー氏の場合はそうではない。

MAGAリパブリカンお気に入りのFOXニュースからも、ジャック・キーン退役陸軍大将が孤立主義に反論している。キーン大将はこのテレビ局の右翼ポピュリストで有名なアンカーマン、タッカー・カールソン氏とは正反対の立場である。キーン氏は2007年のイラク増派では戦争研究所のフレデリック・ケーガン氏と共に、ペトレイアス氏の計画作成に助力した。ウクライナで現在進行中の戦争に関しては、ペトレイアス氏とはほぼ意見が一致している。さらにキーン氏は国内社会経済再建最優先という孤立主義的な強迫観念にも反論している。財政保守派はウクライナへの援助が必要でも巨額だと言って容認しないが、キーン大将はロシアがこの戦争で勝利すれば中国やイランを勢いづかせると言い聞かせている。またアメリカはロシアとウクライナの国境よりも自国とメキシコの国境の方を重視すべきだと信じてやまない、排外的な右翼にも反論している。それは両問題が互いに無関係であり、ウクライナを見捨てれば国内での国境問題が解決するわけではないからである(“What would a win in Ukraine look like? Retired Gen. Jack Keane explains.”; Washington Post; March 6, 2023)。ペトレイアス氏と同様にキーン氏もまたコンバット・プルーブンな軍事戦略家である。

アメリカとNATO同盟諸国はさらに軍事援助を供与するので、ウクライナの反撃段階では考えておくべき課題もいくつかある。最も重大なものは、戦況がロシアにとって不利だとプーチン氏に思われると、ウクライナへの核攻撃に打って出るかということである。プラウシェアズ・ファンドのジョセフ・シリンシオーネ理事長はバイデン政権が効果的な対策をとってきたと指摘する。現政権はロシアに核兵器の使用が致命的な結末をもたらたし、そして西側同盟は経済、外交、サイバー、通常軍事措置などあらゆる手段をとってゆくことを直接伝えた。また中国とインドも、長年にわたるロシアとの友好関係があろうが核攻撃は容認しないだろう(“Why Hasn’t Putin Used Nuclear Weapons?”; Daily Beast; February 9, 2023)。そのように微妙な中露関係に関してマクフォール元大使は、プーチン氏によるベラルーシへの核兵器配備はこの戦争での核兵器使用を否定した中露モスクワ首脳会談の共同声明とは矛盾しているとの疑問を呈している。プーチン氏は国際的な公約を頻繁に破ってきたであろう。よってマクフォール氏はアメリカが両国の関係に楔を打ち込むようにすべきだと説く(“Are Putin and Xi as Close as Everyone Assumes?”; McFaul’s World; March 28, 2023)。他方で中国はロシアがウクライナに係りきりになっている状況を利用して、習近平主席はロシアに自国極東地域の地名をロシア名から中国名に変更するように要求している。例えばウラジオストクは海參崴(Haishenwai)にといった具合である(“Russia will never recover from this devastating collapse”; Daily Telegraph; 1 April, 2023 および “China Challenges Russia by Restoring Chinese Names of Cities on Their Border”; Kyiv Post; February 26, 2023)。

他にはクリミアの戦略的価値も重要である。ベン・ホッジス元アメリカ欧州・アフリカ陸軍最高司令官(中将)は、このことを繰り返し語っている。考えてみれば、この戦争が始まったのは2022年2月ではなく2014年の3月であった。ホッジス氏はクリミアが占領され続ける限りは、たとえドンバス全域が解放されてもオデーサやマリウポリからのウクライナの食糧輸出はロシアに妨害される惧れがあるだろうと言っている。またその地からのミサイル大量発射は、ウクライナにとって重大な脅威であり続けるであろう(“Russia’s Nuclear Weapons More Effective as Propaganda, Retired US Lieutenant General Says”; VOA News; February 1, 2023)。ホッジス氏もアメリカにとって最も直近の戦争であるイラクとアフガニスタンでの戦闘経験者で、まさにコンバット・プルーブンな見識の持ち主である。非常に興味深いことにホッジス氏はツイッターでケンブリッジ大学のロリー・フィニン教授の論文に言及しているが、そこではクリミアの他にもロシアが占領している東部と南部についてウクライナの主権の歴史的正当性が明確に語られている。


フィニン氏によると、クリミアはロマノフ朝ロシアとソ連に支配された歴史を通して、エスニック・クレンジングや暴力などに苦しめられてきた。だからこそ2014年の侵略以前には住民の大多数はウクライナへの残留を望んだのである。フィニン氏はクリミア・タタール汗国からの歴史を振り返っているが、エカテリーナ2世による征服以前の同国の領域はクリミアから近隣の黒海およびアゾフ海の沿岸のステップ地帯に広がっていた。19世紀にはアレクサンドル2世が本土から移民を送り込み、この地をロシア化した。スターリンの圧政を経て1954年に、ニキタ・フルシチョフ首相(当時)が貧困にあえぐクリミアのロシアからウクライナへの移管を決定した(“Why Crimea Is the Key to Peace in Ukraine”; Politico; January 13, 2023)。そうした背景からすれば、ウクライナがロシアからクリミアを奪還する歴史的および文化的な意義は非常に大きい。

以上の議論を見てきてもMAGAリパブリカンへの警戒は怠るべきではなく、彼らがどれほど偏向して国際問題への意識が低かろうとも無視はできない。『民主主義を共に守ろう』のウィリアム・クリストル氏は現在の共和党があまりにもトランプ化し、ますますアメリカ・ファーストの傾向を強めていると繰り返し述べている。典型的なものでは『ナショナル・リビュー・オンライン』誌が最近の記事で、「ロシアとウクライナの間で現在行われている戦争はただの領土紛争なのでアメリカの国益とは無関係だ」というフロリダ州のロン・デサンティス知事の冷血で似非リアリズムな発言を擁護した一件を批判している(“What Ron DeSantis Got Right in His Ukraine Statement”; National Review Online; March 18, 2023)。

 

 


嘆かわしいことにデサンティス氏はトランプ氏からの絶え間ない罵詈雑言に反撃する気さえない。そのフロリダ州知事は、MAGAリパブリカンの間では旗手にまで祭り上げられた元大統領と対立するリスクを恐れているように思われる(“Why Does DeSantis Keep Letting Trump Take Shots at Him?”; Bulwark; March 29,2023)(“Trump widens lead over DeSantis in 2024 GOP presidential nomination showdown: poll”; FOX News; March 22, 2023)。自身が当選するよりも、デサンティス氏は2016年選挙でのクリス・クリスティー氏のようにトランプ氏への支援を通じて党内での立場を固めようとしているのかも知れない。さらにMAGAリパブリカンは最近のニューヨーク郡マンハッタン地区検察官によるトランプ氏起訴に憤慨するあまり、今件手続きでの適正法手続きについて「リベラルなエスタブリッシュメント」への恐怖感を煽り立てて否定しようと躍起になっている(The unhinged GOP defense of Trump is the real ‘test’ for our democracy; Washington Post; March 31, 2023)。そうした陰謀論はリンドバーグ的な孤立主義に向かいやすいので、2024年大統領選挙にも鑑みてMAGAリパブリカンがどれだけウクライナ支援のための外交努力の足を引っ張るか注意を怠ってはならない。

西側のウクライナ支援に懐疑的な者には、実際には米国内の極右や極左と連動している似非リアリストも含めてミアシャイマー氏を多大に崇め奉る傾向があるようだ。しかしアメリカは自由の国なので、意見は多様である。アメリカのウクライナ政策を理解するうえで重要なことは党派を超えて多様な意見に触れながらも、それは高度にプロフェッショナルなものに集中すべきである。私がとり上げた論客の選択には党派的偏向性が一切ない。ロバート・ケーガン氏は両党の大統領候補たちの外交政策顧問であった。マイケル・マクフォール氏はオバマ政権の駐露大使で、現在はスタンフォード大学にある保守派のフーバー研究所で上級フェローである。また「コンバット・プルーブン」な意見と分析にも注目すべきである。本稿はそうした経歴の退役将官数名に言及したが、その中でもデービッド・ペトレイアス氏は戦場で多に並ぶ者がいないほどの功績を挙げた。そして学者としても高い評価を受け、プリンストン大学より軍事戦略の研究で博士号を取得している。ペトレイアス氏は本年10月にはイギリスの歴史学者アンドリュー・ロバーツ氏との共著、"Conflict: The Evolution of Warfare from 1945 to Ukraine"を出版する予定である。何よりも元大将はバイデン政権に対して是々非々である。

ジョン・ミアシャイマー氏はビッグ・ネームではあろうが、アメリカの外交政策を注意深く観測するためにも、彼の名声を頼りに「憧れるのは止めましょう」と言いたい。我々は彼の意見や分析がどれほどアメリカの政策形成者達や国民を代表するものなのかを考え直すべきである。最も重要なことは、アメリカのウクライナ戦略を見通すうえでもっと多くの専門家もメディア関係者も「コンバット・プルーブン」な視点を重視すべきではないかと言いたい。これは戦争で、ロシアとウクライナあるいはロシアと欧米の間で停戦に向けた外交交渉が直ちに行なわれる見通しはないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年11月 8日

日本とアングロサクソンの揺るがぬ同盟と、独自の戦略

Jaukus

 

JAUKUS?日本、オーストラリア、イギリス、アメリカによる太平洋同盟

 

 

先の記事『イギリスはインドを西側に引き込めるか?』に於いて、イギリスがトルコ、インド、日本と進める次期戦闘機共同開発について論じた。地政学的には、上記3ヶ国は大英帝国の戦略的ハブであり、各々がユーラシアの西、真南、東に位置している。もちろん現在のイギリスは覇権国家ではないが、ヨーロッパとの関係を保ちながらインド太平洋地域への傾斜は、欧州大西洋地域の地域大国の視点というよりもかつての海洋覇権国家、そして現在の覇権国家であるアメリカの戦略的視野に近いものがある。

 

過去の帝国の経験に基づく地政戦略を模索することは、必ずしも誇大妄想とは言えない。ロシアがウクライナの再征服を目論んだネオ・ユーラシア主義の夢は、破滅的な結果をもたらしたことは否定できない。他方でトルコはネオ・オスマン主義のビジョンを打ち出して世界の中での存在感を高めているが、これには欧米とその他の間での綱渡り外交が要求される。そうした中で日本は様々な事情が入り混じる立場である。冷戦後の世界で政治的存在感を増すために自主独立外交を追求する日本ではあるが、他方で自らの立場はクォッド+AUKUSというアングロサクソン主導によるインド太平洋地域の安全保障ネットワークに深く立脚させ、戦時中の帝国の再現など夢想だにしない。そうして、この国は自国の立場を今世紀におけるリベラル国際秩序、すなわち中国その他のリビジョニスト勢力に対抗するパックス・アングロサクソニカ2.0の重要な支持国と見做している。日本をアメリカと中国に挟まれた小さな島国としか見ないようでは、あまりに視野が狭い。地球儀を俯瞰して見れば、日本とアングロサクソン覇権国家は戦前からユーラシア・リムランドを地政戦略的に優先していたことがわかる。

 

そうした中で、日本外交の自主独立の側面も理解する必要がある。本年7月に日本国際フォーラムより刊行された『ユーラシア・ダイナミズムと日本』は、まさにユーラシアとインド太平洋における日本の戦略の自画像とも言える。1990年代に橋本政権がユーラシア・ハートランド との関係を強化する新シルクロード構想を打ち出したが、それは地政学的な考慮よりも、古代からのアジアとの文化的そして歴史的な関係をロマンチックに追い求めたもののように見えた。また、イデオロギー的側面はその構想ではあまり重要ではなかった。日本のグランド・ストラテジーの進化を促したものは、911同時多発テロ事件である。麻生太郎首相(当時)はブッシュ政権の拡大中東構想に呼応して、テロと専制政治に対抗する「自由と繁栄の弧」を打ち出した。

 

麻生氏を継いだ安倍晋三氏は、そうしたグランド・ストラテジーをさらに推し進めた。安倍政権はFOIPやTPPに代表される地域の安全保障と自由貿易の構想で指導的な役割を果たし、アメリカ・ファーストの孤立主義に陥るトランプ政権下のアメリカの穴を埋めた。非常に重要なことに安倍氏は世界各国、特に西側首脳に中国の脅威に対する注意を呼びかけた。それ以前には、西側のメディアは日中間の抗争を、まるでインドとパキスタン、イランとイラクなどの第三世界の地域大国の間の抗争のように扱っていた。実を言うと当時は私も中国を過剰に意識する者とは距離をとっていたが、それはネット右翼やその他リビジョニスト達のジャパン・ファーストな態度に嫌悪感を抱いていたからであった。彼らの世界観は地球儀を俯瞰したものには程遠く、今日で言えば戦後パックス・アメリカーナに対するプーチン的な怨念やグローバル化に対するトランプ的な怨念にも相通じるように思われた。日本国際フォーラムのイベントに参加することがなければ、私には中国が突きつける挑戦が増大する事態への認識を現状に追いつかせる機会を逸していたかも知れない。

 

他方で安倍氏はロシアが経済協力の見返りに北方領土を返還してくれると信じ込むほどの希望的観測を抱き、プーチン体制の「力治政治」という性質を認識できていなかった。忘れてはならぬことは、2016年の日露首脳会談を前に安倍首相はウラジーミル・プーチン大統領に一服とってもらおうと自身の選挙区である山口県内の温泉保養地に招待したが、その時に残虐な独裁者を歓待しようと取った態度は温泉旅館の主人さながらだったということである("Abe and Putin meet at a hot spring resort in Japan"; Yahoo News; December 16, 2016

 

さらに議論を進めるために、戦略的ハブ3ヶ国について歴史的な意味合いから言及したい。トルコはロシアの南下を食い止める防波堤であったばかりか、NATOとCENTOの重要な加盟国としてヨーロッパと中東でソ連の脅威の歯止め役を担ってきた。インドは英領インド帝国の時代から、東アジアと中東、そして中央アジアとインド太平洋を結び付ける場所であった。そのような地政学的背景から、インドは今日ではテロとの戦いとクォッドにおいてアメリカにとって不可欠な戦略パートナーとなった。そうした中で日本は東アジアのランド・パワーによる海洋へのアクセスを阻めるオフ・ショアの前線基地に役割を果たしてきた。現在、トルコとインドは多極化する世界の地政学で独自の役割を希求しながら、各々はNATOとクォッド加盟国の立場も保とうとしている。そうした中で日本はG7の原則であるルールに基づく世界秩序を掲げ、それによってアングロサクソンのシー・パワーにとって頼むに足る存在となっている。

 

地政学に加えてハブ3ヶ国の防衛産業についても言及する必要がある。3ヶ国ともある程度の軍事技術はあるが、次期戦闘機全体を製造できるほどの高度な技術はない。トルコは比較的廉価で入手が容易な兵器を、主に途上国に向けて輸出している。中でもバイラクタルTB2はロシアに対するウクライナの反撃で面目躍如となり、全世界的に評価が高まった。しかし先進技術となると、この国には欧米主要国の支援が必要である。他方でインドはナレンドラ・モディ首相による『メイク・イン・インディア』の旗印の下で多種多様な国産兵器を製造し、テジャス戦闘機、アージュン戦車、アストラ視界外射程空対空ミサイルなどが配備されている("Top 10 Indian Indigenous Defence Weapons"; SSBCrackExams; October 24, 2020)。しかしそうした兵器は国際市場で競争力は弱いので、インドは依然としてロシアに兵器調達を依存している。そうした事態にあって、インドは欧米との技術協力で国防の自立性を模索している。

 

上記2ヶ国と違って日本は基本的に先進技術に強く、欧米の兵器体系に重要な部品を提供している。中でも日本製のシーカーはイギリスのミーティア空対空ミサイルに組み込まれ、新たにJNAAMを生産するとこになった("Japan confirms plan to jointly develop missile with Britain"; UK Defence Journal; March 4, 2022)。しかし日本の防衛産業はマーケティングのための政治的ネットワークを持たないため、オーストラリアへの潜水艦輸出でフランスと競走して契約を勝ち取るには不利な立場にあった。日本にとって幸いなことに、AUKUS成立の公表を機に、オーストラリアはフランスの潜水艦に代わって米英の原子力潜水艦を輸入することになった。

 

アングロサクソンのシー・パワーはグローバルな観点から戦略を練り、各地域のハブの優先度は全世界の安全保障環境によって変わってくる。よって日本がアメリカ国内での視野の狭い対中強硬派の尻馬に乗ることは、ロシアがウクライナ侵攻によって世界秩序に反旗を翻す現況では得策とは思えない。彼らはアジアでの中国の脅威に囚われるあまり、地球儀を俯瞰する視点が欠けている。彼らと連携してアメリカのウクライナ支援を阻止しようとしている勢力は、アメリカ・ファーストを掲げる右翼と反戦を掲げる左翼である("A Moment of Strategic Clarity"; The RAND Blog; October 3, 2022。また、こうした非介入主義勢力は減税運動とも気脈を通じている("Inside the growing Republican fissure on Ukraine aid"; Washington Post; October 31, 2022)。バイデン政権の国家安全保障戦略にも記された通り、中国がリベラル世界秩序への第一の競合相手に上がってきた。そしてロシアとその他リビジョニスト勢力が、日本の平和と繫栄の礎となるこの世界秩序への妨害と反逆に出ている。よって日本が間違った相手と手を組むことによって自国第一主義との誹りを受けぬようにすべきである。

 

現在の地政学文脈の下で、アングロサクソンのシー・パワーはユーラシアとインド太平洋どのようにバランスをとるのだろうか?それについて、イギリスと共同で戦闘機プロジェクトを進める3ヶ国との関係から述べたい。トルコにとってイギリスは長年に渡ってヨーロッパで最も友好的な国である。ブレグジット以前には、イギリスはトルコのEU加盟申請を支持し続けた。ポスト・ブレグジットの時代にあって、イギリスとトルコはこれまで以上に互いを必要としている。通商では共通関税のために複雑な手続きが要求されるEUとの合意よりも、むしろ自国の経済主権を維持するためにはイギリスとの合意の方が好ましいとトルコは考えるようになった。非常に重要なことに、エルドアン政権が2020年にリビア内戦で残虐なシリア傭兵の派遣、そして2018年に自国内でのテロ行為阻止を名目にしたシリアでのクルド人民兵への攻撃を行なったことによって、トルコはEUとの関係で緊張をかかえることになった。しかしイギリスはトルコを強く非難することはなかった("TURKEY AND THE UK: NEW BEST FRIENDS?; CER Insights; 24 July, 2020。インドもポスト・ブレグジット時代に有望な市場である。戦略的には、この国は旧CENTO加盟国ながら親中でタリバンとの関係も深いパキスタンに代わり、南アジアではイギリスにとって最も重要なパートナーとなっている("The Integrated Review In Context: A Strategy Fit for the 2020s?" Kings College London; July 2021)。本年4月の英印共同声明で述べられた通り、両国の戦略的パートナシップはクォッド+AUKUSを超えてアフリカにまで達しようとしている。

 

そうした中で日本はオーストラリアとともにイギリスのインド太平洋傾斜で重要なパートナーとなっている。両国ともG7の一員としてルールに基づく世界秩序を支持している。イギリスにとってポスト・ブレグジットの政治および経済的な不安定を乗り切るためにも日本が必要であり、日本にとっては中国と北朝鮮の脅威の増大に対処するためにイギリスが必要である。通商においては、日本はイギリスのCPTPP加盟申請を支持している。二国間での安全保障の協力を強化するため、日本はメイ政権期のイギリスと共同軍事演習を開催し、自国版NSC設立による戦略的意思決定能力の向上のためにイギリス型の部分的な踏襲さえ行なった("The UK-Japan Relationship: Five Things You Should Know"; Chatham House Explainer; 31 May, 2019

 

大西洋の向う側ではバイデン政権が本年10月にアメリカの安全保障戦略の概要を示し、そこには我々が 地政学とイデオロギーで特に中国とロシアを相手にした競合の時代にあると記されている。現政権公表の戦略によると「ロシアが自由で開かれた国際体制に喫緊の脅威を及ぼし、無謀にも国際秩序の根幹を成す法を軽視していることは、ウクライナに対する残虐な侵略戦争に見られる通りである」ということだ。一方で中国に関しては、「その国は唯一の競合国であり、国際秩序再編の意志とともに、これまで以上に経済、外交、軍事、テクノロジーの力を強化してその目的に邁進しようとしている」と記されている。他方で現政権の安全保障戦略では、国際協力によって気候変動、エネルギー安全保障、パンデミック、金融危機、食糧危機などのグローバルに共有された問題を解決することが提唱されている。そうした挑戦相手国との競合であれ協調であれ、ジョセフ・バイデン大統領は全世界でのアメリカの同盟ネットワーク再強化に乗り出そうとしているので、そうしたものには軽蔑的だった前任者のドナルド・トランプ氏よりはましだろう。それはクォッドによる同盟深化を目指す日本にとって好都合である。

 

アングロサクソンのシー・パワーによる戦略上の重点は時の状況によって変わるだろうが、日本は他の戦闘機計画ハブの国よりも有利な立場にある。トルコは慢性的にクルド人問題を抱えている。エルドアン政権によるシリアのクルド人攻撃によって「NATOの脳死」がもたらされた。また、この国はスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に際してクルド人亡命者の件で異論を挟んできた。それは友好国のイギリスを困惑させかねず、統合遠征部隊(JEF)で英軍指揮下に置かれたオランダ、スカンジナビア諸国、バルト海諸国に対する指導力発揮にも良からぬ影響が出かねない。インドはヒンドゥー・ナショナリストが権力を握り、国内での彼らとイスラム教徒およびキリスト教徒の衝突は無視できない懸念材料である。極めて問題となることに、両国ともクレムリンと強い関係でつながっている。トルコはロシアよりS-400地対空ミサイルを購入した。インドも国連総会では依然としてロシアへの非難や制裁の決議に棄権票を投じている。

 

それでも日本は、トルコとインドでは酷い状況にあるような国内での民族宗派間の緊張には苛まれていない。ロシアとの関係では、岸田文雄現首相はウクライナ危機もあって安倍政権下でのプーチン政権への融和政策を大転換している。岸田氏は陸上自衛隊出身の中谷元、元防衛相を自らの国際人権問題担当補佐官に登用し、日本が人権問題を国家安全保障上の喫緊の課題と見做しているという強いメッセージを送っている。そのことは岸田氏がウラジーミル・プーチン大統領によるロシア国内とウクライナで犯した残虐な犯罪を決して許さず、安倍氏のような過ちを決して犯さないと解釈することもできる。グローバルに共有される問題では、日本はG7その他多種多様な国際的ないし地域的なチャンネルを通じ、戦後のシビリアン・パワーとしての関与には積極的であった。グローバルな安全保障の状況と環境は常に変化する。しかし何があろうとも、日本は世界での評判と信頼を守るためにもジャパン・ファーストに陥るべきではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年12月13日

国防費をGDP比率で決定してよいのか?

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冷戦以来、国防費はアメリカと同盟国のバードン・シェアリングにおいて重要な問題であった。同盟国はGDP比率に基づいた国防費の増額を求められることが多かった。今秋の日本の総選挙を前に、自民党の総裁候補者達は防衛費を現行のGDP1%から2%への増額について討議した。

 

しかしRAND研究所のジェフリー・ホーナン氏は産経新聞とのインタビューで、首相候補達にGDP比や敵地攻撃能力よりも、日米同盟の強化にとってもっと重要で現実的な問題を中心に議論すべきだと提言した(「岸田政権、台湾有事で何をするのか 米ランド研究所上級政治研究員 ジェフリー・ホーナン氏」;産経新聞;2021年10月21日)October 21, 2021)。ホーナン氏によるとアメリカは東アジア、特に台湾海峡の危機で日本には何ができるのか示して欲しいということだ。そうした事態が起きれば、台湾を中国から守るのは在日米軍となる。よって日本はどのような貢献、例えば東シナ海への潜水艦派遣、南西諸島に配備された自衛隊の地対艦ミサイルの使用などといったことができるのか否かを明確にする必要がある。

 

別の機会にはホーナン氏は日本は政治的安定を維持する必要があり、それは短命政権だと内政課題を優先し、政策の形成と実施で官僚機構に依存せざるを得なくなるからだと主張している。さらに首相が頻繁に変わるようでは日本が両国の合意を着実に遵守する保証が弱まり、それがひいてはアメリカの外交に厳しい制約となってくるということである (“What Instability at the Top Means for Japan's Alliance with the United States”; Nikkei Asia; September 22, 2021)。

 

ともかく同盟とは相互的なもので、一方的なものではない。現在は「自由で開かれたインド太平洋」構想へのヨーロッパ諸国の参加、そしてインドとオーストラリアも加えたクォッドの発展にも見られるように日米同盟は多国間化している。こうした観点からすれば、日本にとっては内政上のやり取りから出て来た自国満足的な手段を追求するよりも、全世界のパートナーとの役割分担を話し合う方がますます重要になっている。我々はドナルド・トランプ氏の唐突な言動で、どれほど困惑させられたかを忘れてはならない。彼のような行動をとる理由などない。

 

国防費に関する議論は、実際の強さと関係がなければ意味がない。しかし政治における意思決定の全てが合理的なわけではない。時には1971年のスミソニアン協定で日米双方が為替相場を1ドル360円から308円に切り上げた事例に見られるように、それは確固たる根拠よりも象徴的なものに終始することもある。国防費に関して言えば、それがGDPに占める比率は容易に理解しやすい指標ではあるが、その定義は国ごとに違ってくる。よって自裁の能力を査定せずに一律の目標を押し付けても必ずしも効果的ではない。

 

目を大西洋地域に向けると、国防費とバードン・シェアリングはアメリカとNATO同盟諸国との間でも重要な問題になっていたことがわかる。アメリカの歴代政権はソ連との冷戦以来、同盟の能力と連帯の強化のためにもヨーロッパに国防費の増額を求めてきた。他方でトランプ氏は支出額に拘泥するあまり、ヨーロッパ諸国に対しては国防費の要求水準を満たさず、自らのアメリカ・ファーストの外交政策を批判し続けるなら駐留米軍を撤退させると言って圧直をかけた。実際にトランプ氏は任期終了間際に在独米軍の削減を手がけたが、それはジョー・バイデン現大統領によって覆された。

 

国防支出をめぐるトランプ氏の報復的な強請りたかりによって、アメリカとヨーロッパの長年にわたる相互信頼は損なわれただけである。それよりも地域の安全保障枠組での役割分担を模索し、この目的に必要な兵器装備について話し合うべきだった。皮肉にも彼の共和党は国内において賢明で効果的な歳出を掲げる政党だということになっているが、実際のところ同盟国とは増額されるはずの国防予算がどのように使われるかを話し合うことはなかった。むしろトランプ氏の「経営感覚」に基づく外交政策は、大西洋同盟内でのえげつない感情的な衝突に陥ってしまった。時代を違え国を違えても、指導者達は同じ間違いを繰り返している。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年10月26日

アフガニスタン撤退と西側の自己敗北主義

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昨年11月のアメリカ大統領選挙でジョセフ・バイデン氏がドナルド・トランプ氏を破り、世界は喜びにあふれた。西側同盟の一体性は、G7カービスベイとNATOブリュッセル首脳会議で確認された。また、バイデン氏はNATOで指導力を発揮し、4月にはロシアのウクライナ侵攻を阻止した。しかしアフガニスタンからの米軍撤退とそれに続く現地の混乱により、バイデン政権への国際社会からの信頼は損なわれた。トランプ氏はこの機を逃さずバイデン氏を非難したが、タリバンと早期撤退の取り決めを行なったのは彼自身である。

 

忘れてはならぬことに、トランプ・リパブリカンはバイデン氏のものよりはるかに早く機嫌を設定したトランプ氏の撤退スケジュールを支持したのである。その一例としてイボ・ダードラー元駐NATO大使は、ミッチ・マコネル上院議員がバイデン氏の撤退を非難しながらも自身はアフガニスタンへの駐留継続に反対であったことを批判している 。

 

 

ケビン・マッカーシー下院議員からジェフ・バン・ドリュー下院議員にいたる他のトランプ・リパブリカンも大なり小なりマコネル氏同様に偽善的である。何よりも、トランプ氏自身が自身のサイトで撤退を支持する発言を削除した。

 

 

 

 

よってアメリカ国内の政治的衝突にはバランスの取れた視点が必要である。

 

西側の自己敗北主義については多くの主張が飛び交っている。そうした議論のいくつかに反論したい。アメリカのアフガニスタン攻撃を批判する者は、帝国的なオーバーストレッチ、あるいは9・11同時多発テロに対して怒りに任せた過剰反応だと言う。だがこれは批判のための批判でしかない。アメリカ本土への攻撃は西側民主主義への攻撃であり、彼らの極悪犯罪に難の行動も起こさなければ世界の安全はもっと損なわれていただろう。外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、反戦主義者の主張には以下のように反論している。

 

 

 

 

他にも西欧啓蒙思想とリベラリズムの普遍性を否定し、タリバンの宗教的狂信主義による暴虐な統治を正当化する者さえいる。イスラムの伝統もさることながら、彼らは複雑な民族宗派および部族的背景を抱えたアフガニスタンの歴史にまで言及し、西側が擁立した近代的なネーション・ステートを否定している。しかしタリバンによる統治はパシュトゥン人のイスラム過激派による権力独占に見られるように、より中央集権的で多様性に欠けている。よって都市部の住民と違い地方の住民はタリバンの方を支持しているという論調は、全くの間違いである。またタリバンによって、9・11同時多発テロ以前には彼らの盟友であったアル・カイダや、米軍撤退後には彼らの敵となるIS―Kに見られるような国外の過激派がこの国に入り込むようになっている。

 

上記のようにテロとの戦いに反対する見解には、反西欧主義と第三世界の独裁者やテロリストへの偏った好意に満ち溢れている。カルザイ政権とガニ政権の統治は、メディアが両政権の腐敗ぶりを報道するほどは悪くなかった。フリーダム・ハウスによると、米軍侵攻以降は市民の自由に関する指標が最低の7から5に上がっている。また、女児の就学率はほとんどゼロだった2001年から、2018年には小学校で83%、中高等学校では40%にまで上昇した。さらに目を惹くものは一人当たりのGNIで、2001年の$820から2019年には$2,229に跳ね上がった。他方でアフガニスタン政府はケシ栽培面積と民間死傷者数を抑制できなかった(“The Legacy of the U.S. War in Afghanistan in Nine Graphics”; Council on Foreign relations; August 17, 2021)。

 

上記のような親西欧政権の成功面に鑑みれば、アメリカが党派にかかわらず撤退を決定したのはなぜか理解する必要がある。それによる混乱と地政学的な力の真空は容易に見通せるだけに。アメリカは自国の国益のためにアフガニスタンを見捨てたとの声もある。しかしそれをどのように、しかも誰が決めるのか?アフガニスタンでの長い戦争には超党派の厭戦気運が漂ってはいたが、ヨーロッパ政策分析センターのカート・ボルカー氏は「アメリカの軍事および外交を司る最上層部の高官達はこの10年間で一貫して、有力政治家達には米軍撤退によってアフガニスタン政府の崩壊、人道的な被害、そして敗北したアメリカによる同盟国見捨てという認識がもたらされるだろうとのブリーフィングを行なってきた」と論評している(“Afghanistan’s End Portends a Darker U.S. Future”; CEPA; August 13, 2021)。アフガニスタンに関し、トランプ氏もバイデン氏もどれほど外交政策エスタブリッシュメントを疎外して左右のポピュリストから歓心を買おうとしたかをボルカー氏は語っているのだ。

 

上記の見解はアメリカを代表する外交政策形成者達の間で共有されている。しかしバイデン氏が彼らの批判に妥協しない理由は、有権者がアフガニスタンでの「長い戦争」への厭戦気運にあり、彼自身も内政問題と中国との戦略的競合に優先順位を置くようになったためである(“Here's Why Biden Is Sticking With The U.S. Exit From Afghanistan”; NPR News; August 14, 2021)。コンドリーザ・ライス元国家安全保障担当補佐官はバイデン氏はアフガニスタン国民のネーション・ビルディングをもっと暖かく見守るべきだった、そして世界からのアメリカへの信頼回復のためにもウクライナ、イラク、そして台湾への関与を強化すべきだと論評している。またアメリカの有権者にはアフガニスタンの戦争が常軌を逸して長かったわけではなく、朝鮮戦争は今も形式的には続いていると説いている (“Condoleezza Rice: The Afghan people didn’t choose the Taliban. They fought and died alongside us.”; Washington Post; August 17, 2021)。

 

軍事戦略の観点からは、アメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン氏がバイデン氏はトランプ氏がタリバンと成した合意を破棄することもできたのに、そうしなかったと評している(“Biden could have stopped the Taliban. He chose not to.”; AEI ; August 14, 2021)。外交問題評議会のマックス・ブート氏も同様に、トランプ氏の偽善とバイデン氏のタリバン進撃に対する鈍い対応を批判している(“The Biden administration’s response to the Taliban offensive is delusional”; Washington Post; August 12, 2021 および “Trump & Co. engineered the pullout from Afghanistan. Now they criticize it.”; Washington Post; August 19, 2021)。2020年にタリバンとトランプ政権双方の間では、テロリストにアフガニスタンをアメリカ本土への攻撃に使用させないとの合意が結ばれた。しかしIS-Kに見られるように他の過激派によるテロ攻撃が、タリバン統治下のこの国で再び強まっている。さらに合意に従うことなくガニ政権との和平交渉を進めなかったばかりか、彼らは前政権をカブールから追放した(“U.S.-Taliban Peace Deal: What to Know”; Council on Foreign Relations; March 2, 2020)。多くの専門家達が言うようにトランプ氏はガニ氏に圧力をかけ、タリバンの捕虜5千人解放と引き換えに3ヶ月の停戦交渉を行なうように仕向けた。バイデン氏はその合意を破棄せず、アメリカの同盟国は見捨てられることになった。

 

今回の撤退計画にはバイデン政権内からも異論があった。ボブ・ウッドワード氏とロバート・コスタ氏の近著『Peril』によると、アンソニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官は大統領に性急な撤退はしないようにと訴えたが、それは聞き入れられなかった(“Biden ignored Austin, Blinken warnings on Afghanistan withdrawal: Woodward book”; Hill; September 15, 2021)。また上院軍事委員会ではマーク・ミリー統合参謀本部議長とケネス・マッケンジー中央軍司令官が、トランプ氏もバイデン氏も同じ「戦略的失敗」を犯し、タリバンがアフガニスタン政府を相手にあれほど早く成し遂げたカブール制圧を阻止するために最低でも2,500人の地上兵力を残しておかなかったと証言した(“Military leaders, refusing to fault Biden, say troop withdrawal ensured Afghanistan’s collapse”; Washington Post; September 28, 2021)。

 

明らかにバイデン氏とトランプ氏は国家安全保障政策に関わってきた者達を脇に追いやった。ここで国際社会からの批判を代表して、イギリスのトニー・ブレア元首相の見解を取り上げたい。ブレア氏がアフガニスタン撤退に反論した理由は、その決定が戦略的な考慮よりも内政事情に基づいてなされたからである。さらに優先順位を間違えば 、西側民主主義諸国はイスラム過激派の脅威に対して脆弱になり、それによって中国とロシアを勢いづけてしまうと主張する(“Why We Must Not Abandon the People of Afghanistan – For Their Sakes and Ours”; Tony Blair Institute for Global Change; 21 August, 2021)。そのようにアメリカ国内の孤立主義気運で左右双方から外交政策エスタブリッシュメントが足を引っ張られる事態に鑑みて、ブレア氏はヨーロッパとNATOは自主防衛行動のための能力を高めて西側民主主義を守り抜かねばならないと説いている(Speech at the RUSI; 6 September, 2021)。非常に重要なことにブレア氏が言う自主防衛とは普遍的価値観に基づいていて、日本の靖国ナショナリストのようなリビジョニストの発想はない。

 

歴史的に見てアメリカ人は自国が国際的な危機にみまわれた時には熱しやすいが、それが過ぎると冷めやすいことは第一次世界大戦のルジタニア号事件に見られる通りであるとブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は言う。ドイツを破ってしまえば、米国民は世界と関わる熱意など失ってしまった。当時と同様にアメリカ人は9・11同時多発テロに怒り心頭であったが、テロ被害からの世界秩序の再建などは欲していなかった。彼らがテロとの戦いを熱心に支持した時には次のテロ攻撃への恐怖に駆られていた。しかし長い戦争を最中で有権者達が次のテロ攻撃はないものと感じるようになると彼らは戦争に懐疑的になり、それどころか国家安全保障エリートによる陰謀を疑うようにさえなった。それが厭戦気運の現実である “It wasn’t hubris that drove America into Afghanistan. It was fear.”; Washington Post; August 26, 2021)。ケーガン氏の見解からすれば、当時のイスラム教徒差別が激化した理由は、コロナ危機以降のアジア人差別の激化と同様だと理解できる。また外交政策エスタブリッシュメントがウィルソニアンのビジョンを追求した一方で、有権者はジェファソニアンあるいはハミルトニアンの本能を維持し続けた。ジャクソニアンどころかデビソニアンとさえ見られているトランプ氏は2016年に、この機を逃さなかった。バイデン氏はトランプ前大統領から政権を奪取したものの、このような状況を覆すだけの意志も能力も持ち合わせていない。

 

大統領選挙直前に開催されたあるウェビナー会議では、日本を代表する専門家達によってバイデン氏が提唱する「中産階級のために外交政策」の意味が議論されていたが、遺憾にも私は彼のキャッチフレーズを軽く見てしまった。それは外交政策エスタブリッシュメントがトランプ氏の再選を怖れ、殆ど一致してバイデン氏を支持していたことが主な理由である。またトランプ氏は在任中にロシアのウラジーミル・プーチン大統領と歩調を合わせるかのようにアメリカ民主主義の評判を落とす言動さえとったので、トランプ政権下でロシア問題担当補佐官を務めたフィオナ・ヒル氏はトランプ氏がロシア以上に国家安全保障上の脅威になると述べている(“Trump is a bigger threat to the US than Russia: Former foreign policy expert”; Raw Story, October 10, 2021)。上記の観点から、私は左右の枠を超えたウィルソニアンの専門家達によるバイデン氏への熱心な支持に強く印象づけられていた。さらにバイデン陣営は上院外交委員会でジョン・マケイン氏と超党派で問題に取り組む写真を頻繁に流した。しかしバイデン氏はバイデン氏であって、マケイン氏ではないことに私は気付くべきであった。

 

急な撤退はヨーロッパの同盟諸国を驚かせた一方で日本国民がアメリカの敗北主義をある程度は受容している背景には、アメリカが戦略的な重点を中国に振り向けることを切望しているという事情もあるが、それが可能になるためには中東の安定が必要である。今や中国は一帯一路構想に見られるように、東アジアの大国にとどまらない。実際に中国はCPEC(中パ経済回廊)を通じてアフ・パック地域で力の真空を埋めようとしていて、インドがそれに警戒感を抱いている。これはインド太平洋地域での対中戦略パートナーシップとなるクォッドの信頼性にも関わる重要な点である。インドの地政学戦略家、ブラーマ・チェラニー氏は『日経アジア』紙への投稿に際して以下のようにツイートしている(“Biden's Afghanistan fiasco is a disaster for Asia”; Nikkei Asia; August 30, 2021)。

 

 

 

 

 

留意すべきことに、H・R・マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官は2017年の国防戦略作成でテロとの戦いから中国とロシアを相手にした大国間の競合に政策の重点を移したが、それでも今回の撤退には強く反対している。

 

地政学と戦場の状況に加えて、タリバンとの対話が可能なのか考え直すべきだ。数年前にロバート・ケーガン氏は、トランプ氏がジャマル・カショギ氏殺害で全世界から非難されていたサウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン皇太子と緊密な関係にあることを批判していた。問題点は独裁者はどれほど改革的に見えても、本質的に圧政志向であるということだ(“The myth of the modernizing dictator”; Washington Post; October 24, 2018)。タリバンに関しては人道的な問題での外交交渉なら有り得るが、彼らが穏健になったように見えるというだけで正当性を認めるべきではない。マクマスター氏は西側が引き下がる時にタリバンと対話を行なうことが無意味なことは、カブールを奪取した彼らの慢心ぶりを見ての通りだと述べている(“H.R. McMaster Warns Against 'Self-Delusion' That Afghanistan Withdrawal Means War's End”; News Week; August 21, 2021)。

 

我々はアメリカばかりかヨーロッパからアジアに至る国際社会で、これほど多くの戦略家達がトランプ・バイデン両政権の撤退に異を唱えていることに留意すべきである。西側民主主義が中世の野蛮に蹂躙されても黙認するような、無責任な歴史観測者であってはならない。バイデン政権と国際的なステークホルダー達が撤退による混乱を鎮めるため、アフガニスタンに何をするのかを責任をもって見守って行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年5月11日

何がバイデン外交のレッドラインとなるのか?

 

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先の記事では、マックス・ブート氏が中東でのアメリカの国益へのイランの攻撃に対するバイデン氏のレッドラインについて有益な見解を述べたコラムを引用した (“Opinion: Biden actually has a strategy for the Middle East, not just a Twitter account”; Washington Post; February 27, 2021)。ジョー・バイデン大統領は妥協の達人ではあるが、妥協とはレッドラインが明確であってこそできるものである。バイデン氏にはバラク・オバマ氏とドナルド・トランプ氏のようなカリスマ性はないが、慶応大学の中山俊宏教授によると、バイデン氏は自らの職務を通常通りにプロフェッショナルなやり方で行なう大統領だということである(『「オバマやトランプと違って…」アメリカ人が過去最多得票でバイデンを大統領に選んだ理由』;文藝春秋;2021年1月21日)。

 

バイデン氏のカリスマ性なきプロフェッショナリズムは、バランスをとる能力とレッドラインを引く能力によるものと思われる。実際にオバマ氏とトランプ氏があまりにアマチュアなために、敵対勢力から重要な国益を守れなかったことも何度かあった。中でも前元大統領の両人ともシリアでは大きな過ちを犯した。2013年にはオバマ氏がバシャール・アル・アサド大統領による反政府勢力や非戦闘員への化学兵器攻撃に、反撃の空爆ができなかった(“The problem with Obama’s account of the Syrian red-line incident”; Washington Post; October 5, 2016)。トランプ氏には前任者を非難する資格など全くない。2018年にはテロとの戦いが終了したものと思い込んで、当地より米軍撤退をしてしまった。その結果、アメリカと長年にわたる同盟関係にあった現地クルド人勢力が見捨てられ、ペンタゴンから厳しい批判の声が挙がった(“Trump orders US troops out of Syria, declares victory over ISIS; senators slam action as mistake”; USA Today; December 19, 2018)。またフランスのエマニュエル・マクロン大統領は「我々が現在経験していることは、NATOの脳死である」という有名な一言を発した(“NATO alliance experiencing brain death, says Macron”; BBC News; 7 November, 2019)。その時以来シリアの安全保障は改善せず、トランプ氏が間違っていたことが明らかになった。

 

オバマ氏とトランプ氏の外交上の失敗に鑑みて、バイデン氏は世界各地でのアメリカの重要な国益を守るために、どのようにしてレッドラインを引くのだろうか?まずロシアを挙げるが、それはウラジーミル・プーチン大統領が世界のどの国の指導者にも増して、手段を選ばずに一線を越えてきたからである。本年3月のNIC報告書に記されたように、ロシアは2020年にもアメリカ大統領選挙に介入して共和党のドナルド・トランプ候補に肩入れした。明らかにロシアはレッドラインを越えてアメリカの本土を攻撃してきた。いわば、これは第二の9・11同時多発テロなのである。中国でさえ、そのような攻撃に訴えることには躊躇した。その報告書によるとプーチン氏はサイバー攻撃ばかりでなく、トランプ陣営の人物と接触も重ねた。

 

クレムリンはブレグジットとトランプ現象よりはるか以前からヨーロッパで選挙介入を行ない続け、西側のリベラル民主主義の正統性を損なおうとしてきたことを忘れてはならない。プーチン氏、トランプ氏、英国独立党のナイジェル・ファラージ氏らに代表される極右政治家は、ヨーロッパとアメリカの白人労働者階級の間にある怒りとレイシズムを利用して自分達の政治目的を達成してきた。ウクライナのジャーナリスト、アントン・シェコフツォフ氏は、ロシアによる欧米極右への支援はプーチン氏と彼を取り巻くシロビキの仲間達よりはるかに根深く、ソ連時代まで遡ると指摘する。嘆かわしいことに、日本と東アジア近隣諸国の人々は今頃になって欧米でのアジア人差別の高まりに懸念を顕わにしているが、それがロシアによる白人キリスト教ナショナリズムへの支援からすれば当然の帰結であるにもかかわらず、クレムリンが欧州大西洋圏で行なってきた政治工作の脅威についてほとんど無関心だった。

 

ロシアの攻撃への対応でバイデン氏は明確なレッドラインを引いている。NIC報告書の講評を機に、同盟国の支持も得てロシアへの制裁を強化した(“Biden administration imposes significant economic sanctions on Russia over cyberspying, efforts to influence presidential election”; Washington Post; April 16, 2021)。さらにバイデン氏がNATO同盟諸国の協力も得てプーチン氏に圧力をかけ、ウクライナとの国境地帯からロシア軍を撤退させたことは、トランプ時代のアメリカ・ファースト払拭を印象付けるに充分である(“Russia to Withdraw Troops From Ukraine Border, Crimea”; Moscow Times; April 22, 2021)。忘れてはならぬことは、オバマ政権ではロシアがクリミアに侵攻して併合まで行なった際にアメリカのレッドラインを守れなかったということである。トランプ政権はさらに悪かった。大統領自身がロシアの併合を認めたばかりか、プーチン氏とのヘルシンキ首脳会談では、あろうことか自らが当選した大統領選挙でのクレムリンの介入に関してはアメリカ側よりもロシア側の情報機関を信用するとまでのたまった。そのことトランプ氏が大統領の職責など全く理解していないことを露呈した。留意すべきは、イギリスのボリス・ジョンソン首相が自らの首相就任には有利に働いたにもかかわらず、ブレグジット投票でのロシアの介入を非難したことである。ジョンソン氏はイギリスのレッドラインを理解している。

 

ロシアと違い中国は選挙に介入しなかったが、この国はパックス・アメリカーナへの挑戦者の筆頭である。中国は東シナ海、南シナ海、台湾海峡周辺といった自国近隣の水域で独自のレッドラインを一方的に設定し、それは中華モンロー・ドクトリンとまで言われている。そうした中でアメリカはウイグルと香港の自由に関して国際的なルールと規範のレッドラインを敷いている。中国にとって、後者はアメリカ主導の本土攻撃に思えるかも知れない。実際に王維外相は日本に、米英EU加が新疆と香港での人権擁護を訴えるために形成した連合に入らないように要求した(“China tells Japan to stay out of Hong Kong, Xinjiang issues”; Straits Times; April 6, 2021)。また中国とアメリカは情報テクノロジーの覇権をめぐっても対立を深めている。

 

一連の対立に鑑みればロシアがトランプ氏を、イランがバイデン氏を支援して選挙介入をしてきたにもかかわらず、中国が2020年の選挙に介入を躊躇したことは特筆すべきことだ。イランと同様に中国もバイデン氏を支援してポピュリストのタカ派の弱体化を使用と考えてはいた。しかし中国もイランも民主党の大統領であればハト派であろうと夢想したりはしない。リアリストの中には、米中間には表の対立とは裏腹に水面下の関係があることを語る向きもある。中国とリベラル民主主義諸国との間でのそうした相互依存が語られる際に、この国に対する我々の脆弱性が注目されがちだが、その逆もあるのだ。

 

よってNIC報告書で中国について記された箇所を見てみたい。北京政府は国営メディアを通じてトランプ氏の外交政策やコロナ危機対策に対するネガティブ・プロパガンダを流しはしたが、それらは選挙を標的にしたものではない。押えておくべきことは、中国は選挙介入によってアメリカとの関係を致命的に悪化させるリスクを恐れたということだ。トランプ氏が当選していても、中国は関係改善の必要としていた。さらに重要なことに、アメリカの中国政策は超党派のものなので親中政権が登場する見込みはなかった。習近平氏は、プーチン氏が2016年に行なった選挙介入による米露関係の悪化から教訓を得ていた、そして中国はトランプ氏の単独行動主義の脅威を、イランほど切実には感じていなかったことにも留意すべきである。北京政府にとってアメリカを同盟国から孤立させられるトランプ氏は、ある意味ではバイデン氏より好都合でもあった。中国は地政学と価値観のレッドラインを描き替えようとしているが、それでもアメリカの最終的なレッドラインを犯そうとまでは考えていない。

 

バイデン氏はアメリカの外交政策を立て直しつつあるが、アフガニスタンに関する彼のレッドラインには疑問の余地がある。バイデン氏はトランプ氏の撤退計画の日程を後伸ばしにしているが、遅かれ早かれタリバンがカブールを奪還する可能性があるなら問題解決にはならない。その場合、アメリカが成し遂げたことは全て無駄になってしまう。孤立主義の有権者は左右に関係なくトランプ流の損益思考に陥りがちで、バイデン氏はそうした国民の意識を新たに方向づけてアメリカの国家安全保障上のレッドラインを守る必要がある。外交問題評議会のリチャード・ハース氏はアフガン政策には長期的な観点からの理解が必要で、特に重要なことはテロリストを相手にした明確な勝利よりも、現実的なコストで現地政府の敗北を回避することであると論評している。

 

さらにイギリスのトム・トゥーゲンダット下院議員は陸軍でのイラクとアフガニスタンの戦争経験者として、アメリカとNATOが少人数の軍事的プレゼンスさえ維持する意志もないと見れば、他の場所でも敵対勢力が勢いづくと主張している。

 

彼らの懸念はアメリカの国家安全保障関係者の間でも共有され、本年3月にSIGAR(アフガニスタン復興担当特別監察官)が出した報告書にもそれが反映されている。SIGAR報告書では、アフガニスタンが自前の財源で治安を維持できるほどの自立には程遠く、兵員撤退によりリスクが増大することが明言されている。昨年2月29日の米・タリバン合意より、ANDSF(アフガニスタン国防治安部隊)へのテロ攻撃は急増している。こうした事態にもかかわらず、現地の治安部隊を支援する米軍の兵員数も予算の金額も現在では抑えられている。さらに和平交渉の見通しが不透明なこともあり、アメリカが民政と軍事でのプレゼンスを低下させてしまえば安全保障環境は悪化し、それによって腐敗対策、公衆衛生を含めた社会経済開発、麻薬対策、そして女性の権利といったアメリカ主導の再建計画にも支障をきたすようになるだろう。

 

そのような治安の悪化と諸問題に鑑みて、SIGAR報告書ではアメリカと主要援助国が援助体制の構造改革と予算増額によって、諸計画の監督能力の向上を図るよう提言している。しかし、それによって力の真空の根本的な問題が解決するわけではない。バイデン氏はトランプ氏と同様に、長い戦争への厭戦気運に浸る有権者と危険な妥協に走っているように思われる。それではアフガニスタンに関するアメリカのレッドラインは脆弱になる。民主主義は納税者自身による統治に由来するが、逆説的なことに納税者は必ずしも公共の問題について責任感があるわけでも意識が高いわけでもない。時に納税者は自分達の狭い利益のために、国家や国際社会の公益を犠牲にしてしまうこともある。長年に渡って上院外交員会でのキャリアを積んだバイデン氏は、アメリカの外交指導者としてオバマ氏やトランプ氏よりもはるかにプロフェッショナルであるが、それでもなおアフガニスタンでの現大統領のレッドラインは再考を要する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年3月31日

バイデン外交に見られるバランス感覚

 

 

国際社会はジョセフ・バイデン大統領がアメリカをドナルド・トランプ氏のアメリカ・ファーストからどれほど脱却させられるかを注視している。今年の2月には外交政策に関する初の演説を国務省、続いてミュンヘン安全保障会議で行なった。学者や評論家達は演説内容の一言一句を検討しながら彼の外交政策の見通しを立てようとしている。そうした中で、バイデン氏の発言と行動を総合的な観点から比較する必要がある。

 

まずバイデン氏の演説を見てみたい。国務省での演説では、バイデン氏は一貫してロシア、中国、そして中東での反政府勢力および民族的マイノリティーの人権を擁護している。また、環境問題をはじめとする生活の質に関わるグローバルな問題も重要になっている。そうした中で中国に関しては、バイデン氏はアメリカ理想主義の道徳的な優位とリアリズムの地経学のバランスをとっている。ロシアに対しては事情が異なり、特にこの国がブレグジットやトランプ氏の当選を目論んでヨーロッパとアメリカで行なった選挙介入は問題視されている。国家情報会議が最近刊行した報告書によると、ロシアは2020年の大統領選挙でもハッキングや選挙運動陣営との準脈を通じ、トランプ氏を当選させようと選挙介入をしてきた。中国もそうした選挙介入を通じたトランプ陣営への中傷キャンペーンを考慮していたが、最終的にはそうした行為を控えたということだ(“Putin targeted people close to Trump in bid to influence 2020 election, U.S. intelligence says”; Washington Post; March 17, 2020)。そのように選挙介入の脅威が非常に大きくなった事態に鑑みてイギリスは長年に渡る核戦略を転換して核弾頭数を増強し、敵のサイバー攻撃に非対称的な報復を行なう方針を決定したほどである(“Boris Johnson warns Tories off cold war with China”; Times; March 16, 2021)。

 

続く2月19日のミュンヘン安全保障会議では、バイデン氏はアメリカがNATOの第5条を尊重し、域内とグローバルな安全保障での相互協力を進め、中国、インド太平洋の航行、そしてコロナ禍といった新たな課題にも取り組んでゆくと強調した。ヨーロッパ諸国はトランプ時代の孤立主義からの脱却の意向を歓迎しているが、ドイツとフランスのように緊密な対米関係よりも自国の戦略的自立性による環大西洋多国間主義を追求する動きもある(“Opinion: Message from Munich: Resilience is the foundation of trans-Atlantic security”; Deutsche Welle; 19 February, 2021)。そうした中でアジアではハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が述べるように、習近平政権下の中国は地域安全保障と貿易において自己主張が過剰になっているが、アメリカとしても経済や環境問題での相互依存もあってこの国との関係を断ち切るわけにもゆかない。よってアメリカにとっては日本との強固な同盟関係がこれまで以上に重要になってくるということである(“Biden’s Asian Triangle”; Project Syndicate; February 4, 2021)。それが如実に示されたのが、先日の東京での2プラス2会談である。

 

外交問題評議会のリチャード・ハース会長によると、バイデン氏の外交政策の中核を成すものは国内の再建、同盟国との協調、外交交渉の積極活用、国際機関への参加、民主主義の普及である。しかしトランプ氏が残した国内のトラブルには1月6日の暴動をもたらした政治的分裂と人種差別ばかりかコロナ対策の失敗も重なり、そうした事柄がバイデン氏の外交政策の足を引っ張っている(“Whither US Foreign Policy?”; Project Syndicate; February 9, 2021およびこちら)。アメリカの対外関与に最も重大な制約となっているものは国内の有権者の意識であると、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は述べている。アメリカ国民は自国の力を過小評価してしまい、超大国の責務を請け負うことには消極的である。これが典型的に表れているのが、イラクとアフガニスタンでの限定的な戦争への国民の厭戦気運である。彼らはアメリカが旧世界の政治的な駆け引きには関わらず、自国の経済的繁栄を追求できた時代への郷愁を感じている。しかし世界情勢への国民の意識は、国際的な危機の発生時には高まる。トランプ政権は素朴な反グローバル主義によって登場してアメリカ国際主義へのストレス・テストとなったが、国民も19世紀さながらの孤立主義が自国のためにならないことを理解しつつある。ケーガン氏は超大国のノブレス・オブリージュを満たすことがアメリカの重要な国益に適い、有権者はこのことを理解すべきだと強調している(“A Superpower, Like It or Not: Why Americans Must Accept Their Global Role”; Foreign Affairs; March/April 2021)。

 

そうした国内およびグローバルな制約にもかかわらず、イギリスのゴードン・ブラウン元首相は昨年11月9日に放映された『BBCブレックファスト』で古くからの友人としてバイデン氏のことを「妥協の達人」だと評した。バイデン氏の長年にわたる上院でのキャリアを通じ、彼のバランス感覚は大きな長所であった。オバマ政権の副大統領として、バイデン氏は2013年の予算紛争を解決して財政支出停止を回避させている。大統領として外交を取り仕切る現在、そうしたバランス能力が典型的に表れているのが、対サウジアラビア政策である。去る2月26日にはこれまで非公開だった国家情報長官室の報告書を公開し、ジャマル・カショギ氏の殺害にモハメド・ビン・サルマン(MBS)皇太子が関わっていることを知らしめた。バイデン氏はサウジアラビア国籍の76人にアメリカへの入国ビザ発給を拒否するカショギ禁止を科した一方で、人権団体やロン・ワイデン上院議員ら身内の民主党からの強い要請にもかかわらず皇太子には禁止を科さなかった。しかしトランプ政権がMBSと常に直接連絡を取り合っていたこととは違い、バイデン政権は彼とは事実上の最高指導者ではなく国防相としての職務上の権限の範囲内での連絡に留め、当面は二国間首脳会談にも招待しないことにしている(“FAQ: What Biden did — and didn’t do — after U.S. report on Khashoggi’s killing by Saudi agents”; Washington Post; February 28, 2021)。

 

トランプ政権のマイク・ポンペオ国務長官が掲げた「実用的なリアリズム」と対照的に、バイデン政権の外交チームでは人権の優先順位は高い。そうした中で外交問題評議会のマックス・ブート氏がサウジアラビアを“frenemy”と呼ぶように、単純に制裁を科しては中東の地政学でイランの立場を強化するだけになってしまう。ブート氏はバイデン流のバランスと妥協のやり方を簡潔に述べている。カショギ氏殺害の非難にとどまらず、バイデン政権はサウジアラビアがイエメンで行なっている戦争への軍事的な支援を停止した。ブート氏はさらに、バイデン氏はサウジアラビアの皇太子への制御を強めるとともに、域内でのイランの攻撃にはトランプ氏が自身の任期中にとったものよりも断固とした行動をとっていると評している。就任以来、サウジアラビア、レバノン、イラクにあるアメリカおよび同盟国の施設に対するイランからのミサイル、ロケット、ドローンによる攻撃への反応として、2月25日にバイデン氏はカタイブ・ヒズボラやカタイブ・サイード・アル・シュハダといったシリアにある親イラン民兵組織に大々的な空爆で打撃を与えた。そのようにして、イランに対してはバイデン政権として彼らと対話の意志はあるが、アメリカの国益に対するいかなる攻撃も容赦しないというレッド・ラインのメッセージを送ったのである (“Biden administration conducts strike on Iranian-linked fighters in Syria”; Washington post; February 26, 2021)。

 

他方でトランプ氏は2019年から2020年末までイランとフーシがサウジアラビアとイラクで行なった攻撃にそこまで断固とした対応はせず、ツイッターでの汚い罵詈雑言を相手に浴びせてイラン核合意(JCPOA)から離脱しただけだった。実際には、トランプ氏は2016年の大統領選挙公約の通り、イランとその代理勢力の封じ込めをサウジアラビアに丸投げしたも同然である(“Opinion: Biden actually has a strategy for the Middle East, not just a Twitter account”; Washington Post; February 27, 2021)。中東政策でバイデン氏が示したバランス感覚は対中外交にも、同様に対露外交でも鍵となるであろう。また全世界の同盟諸国や国内政治の当事者達と渡り合う際にも、現大統領は複雑に絡み合った利益の微妙なバランスをとってゆくであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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