2018年8月 8日

ヘルシンキでのトランプ大統領によるプーチン大統領への危険な宥和

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自信に満ちたプーチン大統領と不安そうなトランプ大統領


ドナルド・トランプ大統領の選挙チームが2016年の大統領選挙でクレムリンとの共謀が疑われていることもあって、ヘルシンキ首脳会談についてアメリカの外交政策の論客達と情報関係者が重大な懸念を抱いていたが、それは正しかったことが明らかになった。当初の予想通り、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領との共同記者会見においてメディアと安全保障の専門家達からの批判の渦を巻き起こした。この共同声明の全文書き下しを見ての通り、両首脳はクリミアやシリアといった重要な問題について詳細には語らずにこれらの問題をめぐる相互の見解の相違を述べただけだった(“Read the full transcript of the Helsinki press conference”; Vox; July 17, 2018)。そのためトランプ氏がプーチン政権によるクリミア併合を認めたのか、またシリアをロシアに委ねるのかは不明である。ともかくトランプ氏にはクリミア併合の合法性、およびシリア難民の人道的処遇についてプーチン氏に強く要求を押し出す意図などなかったものと理解されている(“Putin didn’t have to push the Kremlin’s narrative. Trump did it for him.”; Brookings Institution; July 20, 2018)。そうした中でトランプ氏はロシアは選挙に介入しなかったとプーチン氏が言うのでそれを信じると発言したので、あまりに安易に相手の言い分を受け入れる態度に批判が紛糾した。トランプ氏はアメリカの情報機関よりもプーチン氏を信頼すると言ったばかりか、ミュラー捜査で12人のロシア人スパイへの取り調べをさせる見返りにクレムリンが不都合と見なすアメリカ人および同盟国民に対する尋問をロシアの情報機関に認めるとまで言明した(“Trump Says He Lay Down the Law in His Latest Account of His Meeting With Putin”; New York Times; July 18, 2018)。

プーチン氏がトランプ氏にロシア当局による尋問を要求した人物には、クレムリンが反プーチン的な外交活動をしていたとするマイケル・マクフォール元駐露大使、元MI6工作員でトランプ文書でトランプ氏のロシアとの緊密な関係と不名誉な行状について記したクリストファー・スティール氏、ロンドン在住のビジネスマンでロシアから15億ドルを違法に持ち出してヒラリー・クリントン氏の選挙運動に4億ドルの献金を行なったとしてプーチン政権から指名手配を受けているビル・ブラウダー氏らの名が挙がっている。非常に重要なことに、ブラウダー氏はロシアの人権侵害に対する制裁を科す目的のマグニツキー法の成立のためのロビー活動を行なっていた(“White House says Trump to discuss allowing Russia to question US citizens”; Hill; July 18, 2018)。プーチン氏の要求に応じてアメリカおよび同盟国の国民の身柄を引き渡すなら、トランプ氏が固執する国家主権とは明らかに矛盾する。特にマクフォール元大使への取り調べというプーチン大統領の要求は言語道断で、しかもアメリカが国際刑事裁判所から距離を置いているのは自国の外交官を敵国から守るためである(Twitter; Richard Haass; July 19, 2018)。さらに重要なことにトランプ氏がプーチン氏との間で成した無分別なディールは、ウィーン外交関係条約の外交特権の侵害になる。トランプ氏はマクフォール氏のようなオバマ政権の高官、そしてスティール氏やブウラダー氏のように彼に不利な行動をとった者への個人的な復讐のためには、アメリカの主権などプーチン氏に切り渡してしまうように見受けられる。トランプ氏はロシアとの和解によって有権者の間で自身の人気が高まると思っていたが、逆に議会から超党派の激しい批判を浴び、政権内からもマイク・ペンス副大統領、ジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官、ジョン・ケリー大統領首席補佐官らホワイトハウスの陣営の加えてジェームズ・マティス国防長官とマイク・ポンペオ国務長官がトランプ氏とプーチン氏の間のディールに危機感を唱えた(“Pence, Bolton, Kelly confronted Trump in Oval Office about Russia comments”; Chicago Tribune; July 21, 2018)。

実際に外交政策の識者達はリベラルだろうが保守だろうか、トランプ氏とプーチン氏の和解には失望している。アメリカ政治へのロシアの介入にこだわっているのはリベラルの人達で、それはトランプ氏を貶めるためだという見方は全くの間違いである。現在の共和党はもはやレーガンやリンカーンではなく「プーチンの党」とまで言われるほどナショナリストで孤立主義になってしまったが、責任ある識者達はグラスルーツ保守の間で広まるそのように視野の狭い党派主義には染まっていない。アトランテック・ジャーナル誌のジェームズ・ファローズ氏は大統領がロシアの国益を優先する有り様に衝撃を受け、共和党支持者は党に忠誠を誓うのか国家に忠誠を誓うのかと問いかけている(“This Is the Moment of Truth for Republicans”; Atlantic; July 18, 2018)。ブッシュ政権のスピーチライターを務めたデービッド・フラム氏は、アメリカ政府はプーチン大統領とのディールについて何か聞いているのか、そのようなディールが存在するならトランプ氏はその意味が本当に分かっているのかという深刻な懸念を表明している(“The Worst Security Risk in U.S. History”; Atlantic; July 19, 2018)。マックス・ブート氏はさらに辛辣で、トランプ氏がプーチン氏と成したディールはアメリカ国民に対する敵対行為であり、彼の許し難い国家反逆をとりあげたことはメディアの大きな手柄だとまで述べている(“We just watched a U.S. president acting on behalf of a hostile power”; Washington Post; July 16, 2018)。自らを保守と見なす有権者の多くがトランプ氏を夢中で支持する有り様は非常に嘆かわしい。フォックス・ニュースによると共和党支持層の88%がトランプ大統領の職績を肯定的に評価している(Twitter; Fox News; July 24)。プーチン大統領がトランプ氏にロシア政府による捜査を認めるようにと要請したマクフォール氏とブラウダー氏はインタビューで、そうした過剰な要求はクレムリンがマグニツキー法にどれだけ戦慄しているかを示すものだと答えている(“Deeply disappointed”: Michael McFaul opens up about threat of being turned over to Putin by Trump”; Salon; July 20, 2018)。トランプ氏がそうした背景と外交的なやり取りの基本を理解しているか否かはともかく、彼はオバマ政権期の成果の破棄とミュラー捜査への直接的あるいは間接的な協力者への報復しか考えていないように思われる。

何よりも、トランプ氏が通訳以外に誰も同伴させずにプーチン氏と会談したことは非常に奇妙である。太ってたるんだ肉体の不動産屋上がりなど、筋肉質で引き締まった肉体の旧KGBエリートにはとても敵わぬことはホモ・サピエンスの常識である。チーム・アメリカになってはじめてチーム・ロシアと同等あるいはそれ以上に渡り合うことができるのである。それではトランプ氏がプーチン氏と一対一の会談を望んだのはなぜだろうか?外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、こうした交渉スタイルはトランプ氏のビジネスマンとしての経験に由来すると述べている。トランプ氏は外交においても個人的な関係を重視している。官僚が準備した会談よりもトランプ氏が臨機応変の会談を好む理由は、相手方とより自由に議題を設定できるからである。しかし合意について公式の文書のない会談では何をすべきという義務も定義されないので、最終的にはディールの実施をめぐって相互不信になりかねない。双方が何かで見解の相違にいたった時にはディールの内容を読み直す手段がない。トランプ氏はそうした危険を軽視しているので、プーチン氏やキム氏など奸智に長けた独裁者のカモになりかねない(“Summing up the Trump Summits”; Project Syndicate; July 25, 2018)。またトランプ氏はロシアとの共謀が疑われていることから、さらなる考察が必要である。ワシントン・ポスト紙およびロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのアン・アップルボーム氏はロシアと英米の右翼がケンブリッジ・アナリティカを通じて情報を共有していたと指摘しているが、この会社がクレムリンによる選挙干渉でトランプ氏を支援したことはメディアの注目を集めた。ロシアおよび東ヨーロッパを専門とするアップルボーム氏は、オルタナ右翼のブライトバート・ニュースと緊密な関係にあったこのコンサルティング会社を通じて先に挙げた「悪の枢軸」がどのように形成されたかを説明している。ケンブリッジ・アナリティカはケンブリッジ大学のアレクサンドル・コーガン氏を通じて8700万人のフェイスブック利用者の個人データを違法に入手し、トランプ氏、ブレグジット運動そしてテッド・クルーズ上院議員の選挙運動まで支援した。ロシアのインターネット・リサーチ・エージェンシーはケンブリッジ・アナリティカと共同でトランプ選挙チームと選挙情報を共有し、特定の有権者を標的にしたと疑われている。例を挙げると、トランプ氏の支持者には反移民のメッセージを送って立ち上がるように促し、黒人の有権者には歪曲された情報を送りつけて投票意欲を削いだ。ケンブリッジ社のデータが彼らの違法工作に一役買ったと考えるのは当然である(“Did Putin share stolen election data with Trump?”; Washington Post; July 20, 2018)。

ヘルシンキ首脳会議は、トランプ氏の国家に対する忠誠と外交上のやり取りへの理解不足以上に深刻な問題を露呈している。トランプ政権の発足時にはワシントン政治の観測者達は「政権内の大人」によって大統領の気質や不可測性には対処できると言ってきた。その後、レックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官は更迭され、後任にはトランプ氏への忠誠とナショナリスト色の強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏がそれぞれ就任した。しかし両人はトランプ大統領との関係が近くとも、プーチン氏とキム氏を相手に彼が行なおうとした準備不足でしかも危険な一対一外交を阻止できなかった。さらにトランプ氏はジェームズ・マティス国防長官をも遠ざけるようになり、軍事問題に関しても自分が主導権を握ろうとしている(“Trump is reportedly turning on Mattis and taking US military matters into his own hands”; Business Insider; July 25, 2018)。またジョン・ケリー首席補佐官自身がトランプ氏の任期終了まで現職に留まるとメディアに語っても、首席補佐官の大統領との緊張関係の噂は絶えない(“John Kelly, Trump’s chief of staff, says he will stay in role through 2020”; PBS; July 31. 2018)。閣僚達が大統領の歯止めとならないなら、プーチン氏との間には公開されていない合意もあるのだろうか?それはきわめて危険である。ドナルド・トランプ氏のコアな支持層はヘルシンキ首脳会談で露呈したきわめて憂慮すべき欠陥など気にもかけないだろうが、こうした問題を追及することは見識ある人々の責務であり、我々も俗悪なポピュリズムに迎合すべきではない。


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2018年7月16日

トランプ・プーチン首脳会談で世界秩序は破壊されるか?

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米露両国の首脳会議では、大国間の競合をめぐる世界の戦略的な光景が特にヨーロッパと中東で変わるとも考えられる。ヘルシンキで7月16日に開催される太った男と筋肉男の首脳会談は、北朝鮮という特定の核の脅威についての交渉に過ぎなかったシンガポールでの太った男と太った男の首脳会談よりもはるかに重要である。さらに、この首脳会談が開催される時期に合わせて12人のロシア人スパイが2016年アメリカ大統領選挙への介入で起訴された("U.S. accuses Russian spies of 2016 election hacking as summit looms" Reuters; July 14, 2018)。ヘルシンキ首脳会談と事前のNATO首脳会議を前に、ドナルド・トランプ大統領はドイツからの米軍撤退ばかりかロシアのクリミア併合承認まで口走って、批判を招いた。これは西側同盟と国際政治での法の支配の完全な否定である。さらにスティーブン・ウォルト氏はNATOとEUがなければヨーロッパは戦前のような国家中心の競合の場となるので、どちらの多国間安全保障機関もアメリカの国防費削減に一役買っていることをトランプ氏は理解していないと指摘する(“The EU and NATO and Trump — Oh My!”; Foreign Policy—Voice; July 2, 2018)。アメリカの安全保障関係筋ではヨーロッパ同盟諸国の不安を鎮めようとあらゆる手を尽くしている(“Withdrawal of U.S. troops from Germany is not being discussed, U.S. ambassador to NATO says”; Washington Post; July 5, 2018 および “Pentagon: White House did not request plan to withdraw Germany troops”; Washington Examiner; June 29, 2018)。クリミアに関してはジョン・ボルトン国家安全保障担当補佐官が7月1日放映のCBSニュース「フェイス・ザ・ネーション」に出演した際に, トランプ氏がプーチン政権による非合法的な強奪を承認しないと確約することができなかった (Twitter; Richard N. Haass; July 2, 2018)。さらに問題となるのは、トランプ氏がスタッフの同伴なしにロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会談することである(Twitter; Richard N. Haass; July 4, 2018)。

トランプ氏とプーチン氏は強権的なリーダーシップを好み、同盟を尊重しないという思考様式で共通している(“Trump hopes he and Putin will get along. Russia Experts worry they will”; Washington Post; July 29, 2018)。よって専門家達はトランプ氏が選挙介入とシリアでプーチン氏に宥和姿勢をとるのではという危機感を抱いている。そうした中でトランプ政権はシリア南西部でヨルダンとロシアに支援されたアサド政権の間での停戦を模索している。そうした事情からトランプ氏はロシアとの妥協に余念がないが、アメリカの政府高官はアサド政権が再び化学兵器を使用しないか警戒している(“Trump is kowtowing to the Kremlin again. Why?”; Washington Post; June28, 2018)。アメリカの同盟国の間でもイギリスとウクライナはそれぞれが、ソールズベリ毒攻撃とクリミアおよびドンバスでのクレムリン代理勢力の活動によってロシアと厳しい対立を抱えている。そのため両国ともヘルシンキで致命的なディールが結ばれないかという重大な懸念を抱いている(“First Trump-Putin summit has Cold War backdrop, U.S. allies nervous”; Reuters: June 28, 2018)。最も危険な問題点は、トランプ氏がアメリカ外交にとっての同盟の重要性を評価できないままにプーチン氏と会談することである。ビクトリア・ヌーランド元駐NATO大使は、戦後を通じてアメリカの歴代大統領はヨーロッパ同盟諸国の支持を固めてソ連およびロシアの指導者との会談に臨んだが、トランプ氏はNATOがアメリカの対露外交に多大な力を及ぼしていることを理解していないがためにこうした立場を弱体化させていると論評する。さらにロシア国民はシリアやクリミアでの軍事的な成功によって自分達の愛国心を満足させるよりも、西側の制裁解除による経済の好転を望んでいる。言わばアメリカはロシアとの外交上のやり取りで相手よりも強い立場にある。しかしヌーランド氏はトランプ氏がクリミアや選挙介入の件でロシアとの妥協に傾き過ぎることで、最終的にプーチン大統領の立場を再び強くしてしまうのではないかと深刻な懸念を述べている(“In Two Summits, a Moment of Truth for Trump”; New York Times; July 6, 2018)。

しかし問題がトランプ氏自身より根深いのは、共和党がプーチン大統領が仕かける工作の簡単な餌食に陥ってしまったからである。以前の共和党はクレムリンに対してはより強硬であり、ビル・クリントン政権がボリス・エリツィン政権のロシアをG8に加盟させる決定を下した際には警戒の念をあらわにしていた。しかし現在の共和党が国家安全保障よりも党利党略を優先していることは、ヒラリー・クリントン氏のeメールへのロシアのハッキングの一件に典型的に表れている。このような雰囲気の中で、トランプ氏は外交政策のエスタブリッシュメントが長期的な同盟関係の構築に向けてきた取り組みを無下にあしらい、自分のビジネスの利益のための外交を追求している。それがかれの個人的な勝利のために行なわれるディール志向の外交である(“The Trump-Putin summit in Helsinki”; Economist; July 5, 2018)。そうした共和党の劣化に関してブルッキングス研究所のジェイミー・カーチック氏はさらに分析を進めているが、ここで注目すべきはジェブ・ブッシュ氏やマルコ・ルビオ氏の下であれば彼が共和党の外交政策の一翼を担っていた可能性のある人物だということである。よって「トランプの共和党」についてこれから述べる批判は、間違っても民主党革新派の観点からではない。クリントン氏のeメールの件で最も致命的な問題は、選挙期間中に大多数の共和党政治家はロシアが盗み取ったeメールを入手してクリントン氏への誹謗中傷を行なったことである。見過ごしてならぬことは、マイク・ポンペオ現国務長官もプーチン大統領とウィキリークスが仕掛けたこの誹謗中傷に積極的、しかも事情を承知のうえで関与したということである。共和党の中でもジョン・マケイン氏やマルコ・ルビオ氏などごく一部がプーチン政権の工作への支援を拒絶した。実のところアメリカの保守派の間で親露的な考え方が見られるようになったのはトランプ氏の台頭以前のことで、特に反LGBT運動など社会問題において顕著になっていた。またプーチン氏とトランプ氏の支持層は世界的に広まるミー・トゥー運動を馬鹿にしきっている。ポリティカル・コレクトネスやグローバル化に困惑した今の共和党支持層は、プーチン氏がKGBでの経験を通じて抱くようになった非自由主義的で反西欧的な価値観に惹かれるようになっている。彼らのアメリカ第一主義がプーチン氏の世界観と共鳴するのは、リベラルな世界秩序を下支えするNATOやEUのような多国間安全保障機関に対して彼らが懐疑的だからである。これぞ共和党の政治家や支持層が今や国家よりも党利党略を優先するようになった重要な理由である。「レーガンの党」はこのようにして「プーチンの党」に堕落してしまったのである("How the GOP Became the Party of Putin"; Politico: July 18, 2017)。

最後にヘルシンキ首脳会談がヨーロッパと中東を超えて及ぼすであろう影響について述べたい。中国外務省はこの首脳会談がグローバルな課題を解決するうえで一役買うことを望むと表明した("Trump-Putin Summit: China says meeting should help solve global problems"; CGTN; June 29, 2018)。そうした中でインドはトランプ政権がユーラシアから手を引くようになれば、この大陸全土で自国の影響力を強める新たな好機が訪れると見ているが、ヨーロッパはその結果もたらされる巨大な力の真空を憂慮している("Raja Mandala: Trump, Putin and future of the West"; Indian Express; July 3, 2018)。中国と北朝鮮の脅威増大に直面する日米同盟は、トランプ氏の問題発言はあっても表面上は上手く機能しているように見える。しかし彼の法外な選挙公約が本気であってハッタリでないことは、全世界を相手にした貿易戦争や先のNATO首脳会議での罵詈雑言にも見られる通りである。重要な問題は世界の中でのアメリカの役割と同盟ネットワークについて、トランプ氏が基本的にどのように考えているかである。ヨーロッパでも見られたように、トランプ氏は在韓米軍の撤退を口にして、日本を含む東アジア諸国の間に不安が広がった。それらの失言からは、彼の経営センスに基づく視点からはアメリカの同盟国など負債としか見ていないことがわかる。さらにウクライナでのクリミアおよびドンバスへの侵入、ソールズベリでのロシアの元スパイとイギリス人一般市民に対する毒攻撃、ヨーロッパとアメリカでの選挙介入といったクレムリンの所業に対するトランプ氏の宥和的なアプローチでは、国際政治における法の支配を侵害するプーチン氏の行動に青信号を発したのも同然である。それでは南シナ海での航行の自由作戦へのアメリカの関与にも疑念が生じる。また、ヨシフ・スターリンによる非合法的な北方領土の強奪に対する日本の訴えも土台から揺らいでしまう。トランプ・プーチン首脳会談にはあまりにも多くの懸念材料がある。


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2018年4月18日

ネオコンに評価されないボルトン補佐官

国際社会はドナルド・トランプ大統領が政権再編でレックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官を更迭し、マイク・ポンぺオCIA長官とジョン・ボルトン元国連大使をそれぞれの後任に指名したことに衝撃を受けた。北朝鮮危機が深まる中、トランプ氏への忠誠心が高いタカ派の指名は全世界の外交政策の専門家に懸念を抱かせている。ポンぺオ氏は上院の承認を待たねばならないが、ボルトン氏は4月9日に執務を開始した。歯に衣着せぬ言動のボルトン氏と常識にとらわれぬ言動のトランプ氏は互いに馬が合うと一般には見られている。しかし両者の間では外交政策観にある種の齟齬が見られる。特にボルトン氏は一般にはネオコンと見なされ、イランや北朝鮮のような無法者国家へのレジーム・チェンジを積極的に主張する一方で、トランプ氏はビジネスマン式の損益思考と孤立主義に傾倒している。そうしたことから、政権移行期にボルトン氏の国務長官起用が噂された(”Bolton would consider serving as Trump's secretary of State”; Hill; August 23, 2016)が私はそれに懐疑的であった。こうした観点から、トランプ氏とマクマスター氏のミスマッチはあっても彼が国家安全保障担当補佐官に任命されたことは驚きであった。

しかしボルトン氏とトランプ氏の間には特にロシアと中東で政策の齟齬が見られる。BBCによると両者の政策が一致するのは5件中3件だけである。両者とも北朝鮮への先制攻撃は正しいと信じている。イランについても必要なら空爆も厭わない。さらに両者とも国連を信用せず、主権国家に基づいた世界システムの方が好ましいと考えている。他方でボルトン氏はイラク戦争でのサダム・フセインの脅威除去は正しかったと強く信じているが、それはトランプ氏とは正反対の立場である。ロシアも両者の意見が食い違っている問題である。皮肉にもボルトン氏は前任者のマクマスター氏がトランプ氏とこの問題をめぐる衝突を余儀なくされたにもかかわらず、2016年大統領選挙でのロシアの介入を認めている(“John Bolton: Five things new Trump security adviser believes”; BBC News; 23 March, 2018)。この観点からすれば、シリアおよびその近隣地域でのロシアの支配がボルトン氏とトランプ氏の間で将来の摩擦の火種になる可能性も有り得る。著名な専門家からの激しい批判があっても、トランプ氏は以下の悪名高き選挙公約に固執するほどである。そうした公約には貿易相手国が同盟国か否かにかかわらず関税引き上げ、メキシコとの国境の壁建設の予算を勝ち取れなかったので現地に軍を派兵、TPPから撤退、気候変動をめぐるパリ協定の破棄などが挙げられる。これでは誰が補佐官であってもトランプ氏との衝突を回避することはきわめて難しい。

さらに厳しい批判が寄せられているのはかつての仲間であった「ネオコン」からで、彼らのほとんどは選挙中にはネバー・トランプ運動に参加していたがボルトン氏は終始一貫してヒラリー・クリントン氏ではなくトランプ氏を支持していた。そうした声を列挙してみたい。選挙期間中に反トランプ運動を主導したジョンズ・ホプキンス大学のエリオット・コーエン教授は、トランプ氏がティラーソン氏とマクマスター氏を更迭してポンぺオ氏とボルトン氏を指名したことで政権内に抑制役を果たすものがいなくなると懸念している。そこでコーエン氏はマクマスター氏に回顧録の執筆によってトランプ氏の政権運営の混乱ぶりを世に知らしめ、国民を啓発するように提言している(“McMaster's Choice”; Atlantic; March 23, 2018)。外交問題評議会のマックス・ブート氏はさらに辛辣に論評している。歴史上の大統領は政権再編の際には議会や連邦政府官僚機構との共通の立場を模索してきたが、トランプ氏は摩擦を起こしがちなボルトン氏をマクマスター氏の後任に据えた。ブッシュ政権期には、国際条約及び国際機関の軽視をあらわにするボルトン氏の国連大使任命に対して、上院の承認が遅れた。実際に大使に就任すると、国連ではアメリカの指導力を発揮できなかった。国家安全保障担当補佐官には外交政策や国防に関わる諸官庁の調整で対人関係の能力が求められるが、ボルトン氏はそうしたことが得意ではない。最も危険なことは核保有国となった北朝鮮への先制攻撃ばかりか、アメリカによるイラン非核化の代替案もなしに核合意からの脱退を主張している(“Add another zealot to the White House”; Washington Post; March 22, 2018)。ブート氏は国連の過剰人員とレッドテープについてはボルトン氏に同意しているが、ボルトン氏がEUとイスラムに対して抱く反感に見られるようなナショナリストで権威主義的な思考様式は共和党主流派の理想主義的な国際主義よりもトランプ主義に近いと評している(“Why I changed my mind about John Bolton”; Washington Post; March 26, 2018)。

ボルトン氏は「新世紀アメリカのプロジェクト」によるイラクのレジーム・チェンジ運動に参加はしていた(“PNAC and Iraq”; New Yorker; March 29, 2009)ものの、ウィリアム・クリストル氏は自らが主宰するウィークリー・スタンダード誌による3月23日のインタビューで、彼はネオコンではなく国益重視のタカ派だと答えている。実のところボルトン氏は北朝鮮とイラン両国でのレジーム・チェンジを主張しているからといって、民主化の促進や人権といった普遍的な価値観にはそれほど関心は高くない(“Bolton Brings Hawkish Perspective To North Korea, Iran Strategy”; NPR News; March 22, 2018)。言い換えれば、ボルトン氏はアメリカの国家安全保障に重大な脅威を与える国の体制を転覆したいだけなのである。クリストル氏の分析は妥当に思われ、実際にボルトン氏はエジプトやサウジアラビアの民主化などほとんど支援していない。アブデル・エル・シシ大統領や湾岸諸国の首長の独裁政治など、アメリカの緊密な同盟国である限りは気にも留めないだろう。そうした人物であれば、ネオコン的な理想主義よりもトランプ流のアメリカ・ファーストの方が思想的に合致する。他方でクリストル氏はボルトン氏がトランプ氏の孤立主義に同意はせず、アメリカ外交強化のためにもNATOや日本などとの強固な同盟関係が必要だと信じていることに言及している。この点から、ボルトン氏がトランプ氏のロシア政策にどれだけ影響力を及ぼせるかは非常に重要である。差し迫った問題は、ボルトン氏が北朝鮮とイランに対して開戦に踏み切ろうというトランプ氏の本能に拍車を駆けるか抑制するかである。ボルトン氏は北朝鮮への先制攻撃とJCPOAの破棄を主張しているので。トランプ氏の好戦性に拍車を駆ける可能性の方が高い。クリストル氏はブート氏ほど辛辣ではないものの、タカ派のボルトン氏と短気なトランプ氏という組み合わせには、同じボルトン氏が共和党主流派の大統領だったブッシュ父子の政権にいた場合には抱かなかったような懸念を抱いている。

ともかくメディアではイラク戦争を支持した者には誰彼構わずネオコンという語が用いられる。実際には一般にネオコンと呼ばれる者には広範囲の外交政策の権威が含まれ、ボルトン氏のように自らをはじめから徹頭徹尾の保守派だと見なすものもあれば、ロバート・ケーガン氏のように自身の思想はリベラルで伝統的な国際介入主義に基づいていると主張し、先の大統領選挙では早くからクリントン氏を支持した者もいる。メディアも外交問題の専門家も語句の使用は正確な定義に基づくべきである。しかしボルトン氏がネオコンではないとしても、国務省での長年のキャリアにもかかわらずトランプ氏をそれほど強く支持するのはなぜだろうか?トランプ氏が台頭するまで、米国内外の外交政策関係者の間ではポスト・アメリカ志向のバラク・オバマ大統領の後はヒラリー・クリントン氏であろうが共和党主流派の誰かであろうが、アメリカの国際的指導力は回復するものと思われていた。しかしボルトン氏はクリントン氏の介入主義には非常に懐疑的であった。その一例として挙げているのは2011年のリビア内戦への米軍の介入である。クリントン氏はリベラル・タカ派だと一般には見られているが、ボルトン氏はリビアがテロ支援を再開しているにもかかわらず国際社会の承認なしにムアマル・カダフィの放逐に乗り出そうとしなかったほど臆病だと主張する。彼の見解では国連が支持する人道的な介入は民主党の標準的な外交政策で、ヘンリー・ジャクソンの思想とはほとんど相容れないということである(“Hillary and ‘interventionism’”; Pittsburgh Tribune Review; May 7, 2016)。クリントン氏の「消極」外交を批判する一方で、ボルトン氏はトランプ氏がテロとの戦いがイスラム過激派による西欧へのヘイト・イデオロギーだと理解しているとして称賛している。そうした事情から、オバマ氏とクリントン氏の法執行のアプローチとは正反対になるトランプ氏のイスラム教徒入国制限を支持した。非常に興味深いことに、ボルトン氏はイランと北朝鮮でのレジーム・チェンジを主張しているにもかかわらず、法的、政治的、文化的基盤のない国でのネイション・ビルディングは一顧だにする価値がないと見ている(“What Trump’s foreign policy gets right”; Wall Street Journal; August 21, 2016)。

そうした矛盾はあるもの、ボルトン氏の積極的ネショナリズムとトランプ氏のフォートレス・アメリカ的な孤立主義との間にはいく分かの食い違いはある。この観点から、シリア内戦は両者んとって重大な試金石である。トランプ氏はアサド政権による化学兵器攻撃に対してイギリスとフランスとともに空爆に踏み切った(“US strikes three Syrian sites in response for chemical attack”; Military Times; April 14, 2018)が、この事件の前にはシリアからの米軍撤退計画を示唆して軍首脳から強い抵抗を受けていた(“Trump gets testy as national security team warns of risks of Syria withdrawal”; CNN News; April 5, 2018)。トランプ氏は力を誇示したかも知れないが、外交問題評議会のリチャード・ハース会長はツイッターで「アメリカの攻撃は正当なものだが、シリアの化学兵器使用には限定的な反応に過ぎない。アメリカのシリア政策には目立った変化はない、すなわちアメリカは現体制の弱体化に向けた行動はとらなかった。また今後のアメリカの政策やシリアでのプレゼンスに関しても明確になっていない」と発言している。

現在のシリア政策はロシアおよび中東政策と深く絡み合っている。ボルトン氏はトランプ氏にフォートレス・アメリカの本能から脱却するよう説得できるだろうか?問題はトランプ氏の選挙基盤である。彼らはトランプ氏がシリアをめぐってヒラリー・クリントン氏やジョージ・W・ブッシュ氏にようになっていると失望している(“Trump supporters rip decision to strike Syria”; Politico, April 13, 2018)。ステーブ・バノン氏やセバスチャン・ゴルカ氏といったオルタナ右翼は政権から去ったが、トランプ氏の支持者の間で人気があるFOXニュース・アンカーマンのタッカー・カールソン氏は民主・共和両党の外交政策で指導的な役割を果たす人物を非難して孤立主義を広めている(“Tucker Takes on Critics Over Skepticism of Syria Strikes: They Want You to 'Shut Up and Obey'” FOX news; April 11, 2018)。ボルトン氏はネオコン的理想主義を信奉していないかも知れないが、外交に長年携わった者としてこの政権の基盤となっているポピュリスト的な孤立主義をも乗り越えてゆかねばならない。それは非常に難しい仕事である。


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2017年12月21日

アメリカ外交政策を深刻に歪めるトランプ政権

ドナルド・トランプ氏が昨年11月の大統領選挙で悪夢のような勝利を収めてから、アメリカ国内外の外交政策関係者達は彼のアメリカ第一主義という公約が現実に擦り合わせられるか注視している。中東からヨーロッパに至る大統領としての公式訪問と国連総会での演説は大いに注目され、そして最後の東アジア歴訪によってトランプ氏には物議を醸す公約の維持によって国内での自分の支持基盤を喜ばせることの方が、人権、環境、自由貿易といった国際公益の追求よりも重要なのだということが明白になった。またトランプ氏はロシアとの共謀がFBIの捜査の対象であるにもかかわらず、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を称賛し続けている。他方でトランプ氏はイランと北朝鮮の脅威を重大なものと受け止めているが、そうした脅威への対応が適切とは言い難い。またサウジアラビアへの大々的な贔屓によってカタールがイランへの傾斜を強めることになった(“Iran, Turkey sign deal with Qatar to ease Gulf blockade”; Middle East Eye; 26 November 2017)。キム・ジョンウンとのツイッターでの喧嘩にいたっては何の成果もなく緊張を高めるだけである。

まずトランプ氏の外交政策の概要を述べ、それが世界の中でのアメリカの地位にどれだけ酷く悪影響を与えたかを議論してゆきたい。リアリストから国際介入主義者、そしてリベラルから保守にいたるまで、トランプ氏のように狭い視野で自己本位な外交政策で集団防衛も多国間合意も軽視する態度では国際社会でのアメリカの名声を貶めるとの認識が共有され、識者の間では懸念が挙がっている。外交問題協議会のマックス・ブート氏はトランプ氏批判の急先鋒であるネオコンの立場から、この大統領のアジア歴訪ではアメリカの責務が見過ごされたと論評している。中国ではトランプ氏はシェール・ガス、民間用ジェット機、マイクロチップなどの販売で2・5億ドルにのぼる商談に気を奪われ、貿易交渉の方は進展を見なかった(“These are the companies behind Trump's $250 billion of China deals”; CNN Money; November 9, 2017)。そうした中でベトナムではアメリカ第一主義を強調し、「自由で開かれたインド太平洋地域」を口にはしたものの、それが安倍晋三首相の提唱する日本の新しい外交の基本理念からの借り物であることは明白だった。しかしそうした表層的な言葉と裏腹にトランプ氏はTPPの批判に、アメリカ国民は多国間貿易合意のカモにされてきたとの認識を口にしたが、それは安倍氏の世界観とは全く相容れないものである。

さらにブート氏はトランプ氏の外交での振る舞いについてより根本的な問題を挙げている。この大統領は金星章戦死兵の両親やジャーナリストといった自分より弱い立場にある者と対立する時には非常に攻撃的だが、習近平国家主席やプーチン大統領のように本当に強い立場にある者と一対一で向き合う時には信じられないほど臆病になる。トランプ氏は人権にも言及せず劉暁波氏への哀悼の意も示さなかったかばかりか、習氏には知的所有権と不公正な貿易慣行で問い詰めることできなかった。同盟諸国がトランプ氏の独断的で取引志向の外交を信頼しないのも当然である(“Trump’s Worst Trip Ever. Until His Next One.”; Foreign Policy --- Voice; November 14, 2017)。トランプ氏はプーチン氏に対してもこのような振る舞いで、G20の折の両首脳直接会談直後にはロシアによる選挙介入がなかったと「信じる」とまで言った。

トランプ氏は自らの国際政治観をヘンリー・キッシンジャー氏に負っているとしているが、リアリストからも重大な懸念が寄せられている。ハーバード大学ジョン・F・ケネディ・スクールのスティーブン・ウォルト教授は、トランプ氏は民主主義と自由といったアメリカの価値観の普及など馬鹿にしきっているので、彼の世界観はアメリカが数十年にわたって築き上げた外交政策の財産を潰している。普遍的価値観がもたらす利点を軽視する一方で、取引本位の外交を追求するトランプ氏には国益と個人の利益の区別がつかない。これが典型的に表れたのは、中国とサウジアラビアへの訪問の時だった。トランプ氏の交渉技術は相手方に機嫌を取られるだけで、アメリカの重要な国益とも言うべき自由貿易、地域安定などを犠牲にしている。さらに危険なことに、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領、トルコのレジェップ・エルドアン大統領、ポーランドのヤロスワフ・カチンスキ首相、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領といった独裁者がどのような政治を行なっているか理解せず、しかもそれが世界の中でのアメリカの立場をどれほど悪くするかも理解せずに称賛している(“Trump Isn’t Sure If Democracy Is Better Than Autocracy”; Foreign Policy --- Voice; November 13, 2017)。トランプ氏の我流リアリズムは不動産事業経営の経験に根差すものと思われ、そこから熾烈な競争の中で相手を出し抜く術を学んだのだろう。しかし国家と国家の関係はこのようには動かず、彼に言うように騙すか騙されるかの二分法に基づく世界観は、国際政治における多国間の枠組みを理解するうえで無知無教養ところか裏社会の人々のような思考様式である。

トランプ氏は自らを交渉術の達人だと吹聴するが、アメリカの情報機関よりもプーチン氏を「信用」すると口にするほど不用意である。そのように危険な不用意さはこの人物の自慢と矛盾している。ジョン・マクローリン元CIA副長官はそのようになる理由をいくつか挙げている。まずトランプ氏はアメリカの情報機関がもたらすロシアによる選挙介入の情報を信じていない。よってプーチン氏への称賛によって情報機関関係者を攻撃したいとの目論見がある。またロシアによる選挙介入をめぐる論争に国民の注目が集まれば、ロシアはアメリカで次の選挙の機会に介入しても警戒の目を逸らせるので、トランプ氏には究極的に有利に働く。さらにトランプ氏は特にシリアではロシアがアメリカにとって不可欠な戦略的パートナーだと信じている。彼の見解は誤りだが、プーチン氏のパーソナリティーとリーダーシップの在り方に惚れ込んでしまっているとあってはどうしようもない(“Why Putin Keeps Outsmarting Trump”; Politico; November 17, 2017)。トランプ氏の危険なほど不用意な態度はサウジアラビアに対しても見られる。それはモハマド・ビン・サルマン皇太子による「改革」がどのようなものもわからぬ段階で支持を表明し、この国との安全保障協力を進めようとしていることである。しかしイランへの対抗でサウジアラビアへの依存を強めることはリスクが大きく、ワッハーブ派を奉ずる王国の政治的安定性には疑問の余地がある(“Game of Thobes: Saudi Arabia”; AEIdeas; November 7, 2017)。いずれの場合もトランプ氏はタフ・ネゴーシエーターというよりは簡単なカモになっている。

トランプ氏がアメリカの外交政策での実績と伝統を軽視する根本的な理由は、主流派の政治家や知識人に対する根拠のない優越感であると指摘するのはブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏である。トランプ氏はスティーブ・バノン氏の助力で共和党を征服してしまった。両人には党の理念にもエスタブリッシュメントにも敬意を払う必要がないのは、主流派がバラク・オバマ氏への敗者であり続けたのに対して自分達は民主党を破ったと見なしているからである。党の組織と選挙基盤を征服してしまったトランプ氏は今や共和党そのものを自分の個人的な選挙マシーンとして利用している(“Faster, Steve Bannon. Kill! Kill!”; Washington Post; October 11, 2017)。『ナショナル・アフェアーズ』誌のユバル・レビン編集員はさらに、トランプ氏は経営の天才である自分は主流派の政治家や知識人より優秀だと信じ込んでいるからだと評している(“Donald Trump”; Entertainer in Chief”; National Review; November 27, 2017)。よってトランプ氏がウッドロー・ウィルソン以来のアメリカ外交政策の実績と伝統を何の未練もなく捨て去ろうとするのは、成るべくしてなったとしか言いようがない。トランプ氏が政権内で自分より知識も見識もある閣僚からの助言さえ一笑に付してしまうことが典型的に表れているのが、ジェームズ・マティス国防長官とレックス・ティラーソン国務長官が中東でアメリカの外交官と駐留部隊の安全と言う観点からエルサレムへの大使館移転に深刻な懸念を表したにもかかわらず、彼自身がその決行に踏み切った一件である(“Mattis, Tillerson warned Trump of security concerns in Israel embassy move”; Hill; December 6, 2017)。トランプ氏を政権内の大人達によってコントロールすることは実際には非常に困難である。

さらにこの政権が本質的にアメリカの誇るべき外交官集団に対して侮蔑的だということを理解する必要がある。それはレーニン主義に基づいて「行政国家の破壊」を目指すバノン氏の一味だけのことではない。国際社会は北朝鮮危機で見られるように、ティラーソン長官をマティス長官やH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官と並んで大統領を主流派の政策に導こうとする政権内の大人と見なしている。確かにティラーソン氏はオルタナ右翼ではないが、実際には国務省のプロフェッショナルな組織を損益重視の観点から破壊している。新規卒業者の職員募集を停止したことで、数百万ドル以上のプロジェクトの実施が大幅な人員不足に陥るであろう。職業外交官達はティラーソン氏による企業経営者さながらの組織運営に当惑している(“Present at the Destruction: How Rex Tillerson Is Wrecking the State Department”; Politico; June 29, 2017)。人員削減計画は省内全職員の9%にも達するほど急激なものである。さらに国務省の外交官の間ではティラーソン氏が連れてきた少数の側近だけで政策形成を行ない、自分達が排除されることへの批判が高まっている(“Tillerson Seeking 9% Cut to U.S. State Department Workforce, Sources Say”; Bloomberg News; April 28, 2017)。

問題は「外交の効率性」の名のもとに行なわれる国務省の人員削減と30%に及ぶ予算削減を超えたものである。ティラーソン氏は重要な問題を担当する部局や特使を削減しているが、その顧問となっているマリーズ・ビームズ氏は金融コンサルタントのキャリアを積んできたが外交政策には全く経験がない。廃止となる特使にはシリア、スーダン、南スーダン、北極圏の担当が含まれている。しかし議会の反対派はティラーソン氏に対し、特使は政治家の間で安全保障上の重要な課題に注意を引きつけるために必要で、こうした問題が忘れ去られることなきようにするためのものであるとの理解を求めている。廃止された特使は省内の他の部局に統合される(“First on CNN: Tillerson moves to ditch special envoys”; CNN Politics; August 29, 2017)。また民主化、人権、労働を担当する局が廃止される(“Tillerson 'offended' by claims of State Department's hollowing out”; Politico; November 28, 2017)。国務省各局から国連代表部に派遣される人員も削減される。例えばアフリカ局からは30人の人員が3人に削減される(“With Cost-Cutting Zeal, Tillerson Whittles U.N. Delegation, Too”; New York Times; September 15, 2017)。より問題視すべきは、ティラーソン氏が「上院での承認にかかる時間と費用の節約のため」と称して省内の重要ポストの人員を指名してい、ないことである。中でもアフリカ、東アジア、南および中央アジア、近東、そして西半球担当の国務次官補が空席のままである。ニコラス・バーンズ元国務次官とライアン・クロッカー元駐イラクおよび駐アフガニスタン大使は「トランプ大統領の急激な国務省予算削減と我が国の外交官および外交そのものを軽視する態度は素晴らしい外交官集団の喪失につながりかねない脅威である」と非難している(“Tillerson 'offended' by claims of State Department's hollowing out”; Reuters News; November 29, 2017)。

ティラーソン氏は国務省と国際開発庁の統合さえ打ち出しているが、外交機関と開発援助機関の役割は根本的に異なるものであり、だからこそ主要先進国では両者は分離されている。国務省は政策形成と外交を通じてアメリカの対外関係に対処するのに対し、国際開発庁は効果的で説明責任のあるプログラムの管理運営を通じて現地社会のエンパワーメントを支援する。こうした目的に合わせて国務省は中央集権的でヒエラルヒー化した組織運営がなされるのに対し、国際開発庁はボトム・アップの運営がなされるのは、災害救済活動に典型的に表れている。よって国務省の職員はゼネラリストで占められるが、国際開発庁ではスペシャリストで占められる(“Tillerson wants to merge the State Dept. and USAID. That’s a bad idea.”; Washington Post; June 28, 2017)。しかし真の問題はティラーソン氏でなくトランプ氏である。11月末にメディアでティラーソン氏に代わってマイク・ポンぺオCIA長官の国務長官登用が伝えられた時期、ブート氏はポンぺオ氏がCIAはロシアの介入は選挙に影響を与えなかったという結論に達したという誤った主張をしたことで情報官僚機構と衝突したことを指摘した(“Tillerson State Department ouster is overdue, but won't solve the Trump problem”; USA Today; November 30, 2017)。マティス氏やマクマスター氏のような純然たるプロフェッショナルな軍人と違い、ポンぺオ氏は陸軍を退役してから政党政治家となっているので、そのようにしてトランプ氏にすり寄るのも不思議ではない。政権内の大人がトランプ氏をコントロールするなどという期待は、この政権が本質的に政府の専門的官僚組織に侮蔑的なことを考慮すればあまりに楽観的である。彼らに「アメリカが作り上げた世界」がそれほどアメリカの国益と国際社会に寄与してきたかを理解できない。現在の政権内ではマティス氏ぐらいしか大人はいないのではないか。先のアラバマ上院補欠選挙でロイ・ムーア氏が落選した今、超党派の良識と良心が勢いを取り戻してトランプ衆愚政治に立ち向かえるかが死活的に重要になっている。


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2017年7月19日

トランプ大統領は外交から手を引くべきだ

非常に嘆かわしいことに、ドナルド・トランプ大統領は選挙中の公約であったアメリカ第一主義を変えることもないばかりか、さらに痛ましいことには彼の中東およびヨーロッパ歴訪の前に自らの政権の閣僚達が同盟国との相互信頼を再構築しようとした努力の一つ一つをぶち壊しにしてしまった。トランプ政権の発足からほどなくしてマイク・ペンス副大統領、レックス・ティラーソン国務長官、ジェームズ・マティス国防長官らが訪欧して大西洋同盟へのアメリカの関与を再確認したことで、ヨーロッパ諸国民は安堵した。閣僚達はトランプ氏が大統領として国際舞台にデビューするお膳立てをした。しかしトランプ氏の歴訪は地域安全保障に対するアメリカの関与に疑念を抱かせるだけになった。今や我々はトランプ氏を安全保障上のリスクとして真剣に考える必要があるのは、国際安全保障でのアメリカの役割に関する彼の理解が乏しいからである。このリスクは同氏の選挙運動中から予期されていた。

まずトランプ氏のNATO首脳会議参加について述べたい。会議の場ではトランプ氏は第5条の相互防衛義務に言及しなかったことで米欧双方から深刻な懸念の声が挙がったが、それは歴代のアメリカ大統領が常にこれに言及してきたからである。さらに驚くことに、選挙中にNATOは時代遅れだと言った時には、米欧の同盟関係についてよく知らなかったとトランプ氏が認めたことである(“Trump didn’t know ‘much’ about NATO when he called it ‘obsolete’: report”; Hill; April 24, 2017)。それなら第5条の重要性を理解していなかったのも無理はない。トランプ氏が集団防衛の中核に言及しなかったことはヨーロッパの同盟諸国を驚愕させ、政権内の外交政策スタッフを当惑させた。実際にマティス長官とティラーソン長官とともに、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官はトランプ氏の演説原稿に第5条を含めるように進言した。しかしトランプ氏がそれに言及しなかったということは、彼らの専門的知識に敬意も払わぬどころか、どれほど危険であっても自分がやりたいようにやるということを意味する(“The 27 Words Trump Wouldn’t Say”; Politico; June 9, T2017)。それどころか、トランプ氏は夕食会でヨーロッパ同盟諸国の国防支出の少なさを非難した。さらにアメリカはヨーロッパ防衛から手を引いた方が良いとまでのたまった。ジム・タウンゼント元国務副次官補は、トランプ氏の不適切な発言は国家安全保障を担うだけの自制心が効かないことを示すと辛辣に述べている(“Trump Discovers Article 5 After Disastrous NATO Visit”; Foreign Policy; June 9, 2017)。

そのような無知と人格的未熟性は中東でも問題をもたらしている。サウジアラビアによるアメリカへのインフラ投資を受け入れる一方で、トランプ氏は彼らにカタールへの非難と域内での孤立化を行なうことを許した。実際にトランプ氏の中東訪問での第一の関心は商取引であって、地域安全保障の複雑な事情については自らの政策顧問に耳を傾けなかった (“Trump and the Damage Done”; Carnegie Endowment for International Peace; June 16, 2017)。カタールは相対的にイランに妥協的ではあるが、中東では最大の米海軍基地を提供している国でもある。実際に専制国家のサウジアラビアとそれに同調するエジプト、アラブ首長国連邦、バーレーンと言った国々はカタールでの報道の自由を恐れ、それがアラブの春をもたらしたと警戒している。以下ビデオを参照されたい。



よってサウジアラビアはトランプ氏に好条件な投資を持ちかけて媚びへつらいと敬意を渇望する彼の気持ちをくすぐり、カタールに対する外交関係断絶と制裁を認めさせた(“Saudi Arabia stroked Trump's ego. Now he is doing their bidding with Qatar”; Guardian; 7 June, 2017)。

しかしトランプ氏がサウジアラビアによるカタールへの圧力行使を認めてしまったことで湾岸地域での対イラン同盟の強化どころか、地域大国の競合が複雑化した。トルコはカタール支援に介入してきたが、それはエルドアン政権がアラブの春においてエジプトで政権をとったムスリム同胞団を支持しているからである(“Saudi Arabia is playing a dangerous game with Qatar”; Financial Times; June 15, 2017)。その結果、イラン、サウジアラビア、トルコの間で緊張が高まった。トランプ氏の無謀なアプローチはアメリカの中東政策をも混乱させている。議会においては共和党のボブ・コーカー上院議員はトランプ氏がツイッターでサウジアラビアとカタールの敵意を煽ることについて、外交委員長の立場から非難した(“Foreign Relations chairman stunned by Trump's Qatar tweets”; Hill; June 6, 2017). より深刻な問題は大統領と国防総省との亀裂である。ペンタゴンと国務省はトランプ氏のサウジアラビア寄りな暴言からカタールを擁護している(“Trump takes sides in Arab rift, suggests support for isolation of Qatar”; Reuters News; June 6, 2017)。 ヨーロッパと同様に、中東でも現政権の閣僚と政府官僚はダメージ・コントロールに多大な労力を投じざるを得ない。

これら外交上の失敗に鑑みて、ペンス氏とマティス氏がアメリカの軍事的プレゼンスの継続性を改めて保証した東アジアでトランプ氏が同じ間違いを繰り返さないことを望む。特に日本と韓国は北朝鮮危機への対処のためにも、そうした最保証を必要としている。ヨーロッパでもそうであったように、トランプ政権の閣僚達は良い仕事をした。しかしトランプ氏が極東を訪問するとなれば、彼の不用意な発言によって太平洋の安全保障パートナーシップはに被害が及びかねない懸念がある。現在、東アジアは19世紀的な大国の競合が最も激しい地域である。トランプ氏の思慮分別を欠いた失言によって予期せぬ緊張が引き起こされかねない。特に歴史認識での不用意な発言は日中韓の関係を複雑にしかねない。トランプ氏がマール・ア・ラーゴでの会談で習近平主席の歓心をかおうとして中国の歴史認識を受け入れた際に、韓国が激しく反論したことは記憶に新しい。またアジアでカタールのような仲間外れの同盟国を出すなど以ての外である。

トランプ氏の無知かつ無配慮な失言は、マクマスター氏、ティラーソン氏、マティス氏にジョン・ケリー国土安全保障長官を加えた政権内での「大人の枢軸」にとって由々しきものである。その中ではマティス氏だけが独立した立場を維持している。また政権閣内で作成されたいかなる政策も職業外交官によって実施されてアメリカの国益が守られている。彼らはトランプ氏によってもたらされたダメージの軽減にあらゆる努力を惜しまず、諸外国との友好関係の維持に努めている。特に大統領がロンドンのサディク・カーン市長をテロリスト呼ばわりした際には、アメリカの外交官僚が一丸となってイギリス政界の重鎮の間での嫌悪感を緩和し、両国の特別関係維持に努めた。そうした外交官達による国家への献身にもかかわらず、それに対するトランプ氏の褒章は国務省予算の大幅削減であり、ティラーソン長官もこれに同調した(“Trump Is Cutting Into the Bone of American Leadership”; News Week; June 18, 2017)。現大統領は明らかにアメリカの外交政策に関わる高官達にとってお荷物になっている。

トランプ氏は国家安全保障に重大なリスクであるが、ロンドン・スクール・オブエコノミックスのアン・アップルボーム客員教授は外交に関する全ての権限をトランプ氏から取り上げることはきわめて危険だと主張する。行政手続き上はアップルボーム氏の議論は完全に正論である。そこで同氏が取り上げているアフガニスタンで、マティス氏が駐留米軍の最高指揮権を全面的に一任されている例を見てみよう。アメリカ国内および海外の政策形成者達はトランプ氏の国際安全保障に関する理解には大いに疑問を抱いているので、マティス氏の主導下で戦争が取り仕切られるなら歓迎との声もある。しかしアップルボーム氏はこれには制度上の問題があると指摘する。軍事テクノクラートによる外交政策では政治的な正当性を欠き、民主主義では議会や他の省庁の支援を得て戦略が実行に移される。また軍事戦略には他の省庁との政策調整も必要で、ペンタゴンが全てを取り仕切ることはできないとも述べている(“Why ‘Mattis in charge’ is a formula for disaster”; Washington Post; June 23, 2017)。

しかしトランプ氏は省庁の枠を超えて問題を俯瞰して正しい決断を下すにはあまりに無能である。これが典型的に表れているのが、アメリカ外交における対外援助の価値に関する彼の無知である。実際にマティス長官、デービッド・ペトレイアス退役陸軍大将、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長といった軍事のプロの方が、戦場での経験を通じて対外援助のような非軍事的側面の重要性をトランプ氏よりはるかによく理解している。閣僚の誰かが国家安全保障を主導するとなると省庁間の調整が問題となるだろう。その場合はマイク・ペンス副大統領が現政権の外交政策を総括すればよい。ヨーロッパ、日本、韓国への彼の歴訪は、これら諸国がアメリカとの同盟関係に抱いた懸念の払拭に一役買った。外交実務に当たる官僚達は自分達の職務に対するトランプ氏の無理解と統治能力の低さに辟易している(“US diplomats are increasingly frustrated and confused by the Trump administration”; Business Insider; July 2, 2017)。 トランプ氏のG20出席は世界の中でのアメリカの孤立を印象づけただけだった。その折にプーチン大統領と会談した後で、トランプ氏はロシアとのサイバーセキュリティ協力の強化を口にしてワシントンの安全保障関係者を驚愕させた。日本国民として、私はドナルド・トランプ氏には訪日して欲しくないと思っている。彼の不用意な発言で国際安全保障のリスクが高まることは、ヨーロッパと中東の例でも明らかだからである。

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2017年5月19日

トランプ大統領は本当にオバマ前大統領より決然としているのか?

ドナルド・トランプ大統領がシリアのアサド政権による化学兵器の使用を受けて突然の攻撃に踏み切ったことが国際世論を驚愕させたのは、彼が当地への介入には消極的だったからである。さらに驚くべきことに、トランプ氏はシリアで化学兵器攻撃を受けた被害者に同情の意を示す人道主義に満ちた演説を行なって、自らが発したイスラム教徒入国禁止の大統領令が連邦裁判所に差し止められたことを忘れさせるかのようであった。これは弾道ミサイル実験を繰り返して核不拡散秩序への反抗の意を示す北朝鮮に対する強い警告だと見られている。しかしトランプ氏が悪名高きアメリカ第一主義を捨て去りつつあると考えることは不適切である。また、トランプ氏が戦略的忍耐を標榜したオバマ氏より頼りになるという見方は完全に間違っている。トランプ氏は迅速で強固な対応に出たかも知れないが、シリアにせよ北朝鮮にせよ危機に対処するだけの明確な戦略があるわけではない。またロシアや中国を相手にどのように取引をするのかについても明確なビジョンがあるわけではない。いずれにせよシリアと北朝鮮での現在の危機はトランプ外交に対する重要な試金石となる。

まずシリアについて述べたい。トランプ大統領がアサド政権に対するミサイル攻撃に出た直後には、アメリカの外交政策が世界との関わりを断つかのような孤立主義から通常のあるべき姿に戻ったようにさえ見えた。2013年にシリアが化学兵器使用というレッドラインを超えた際にオバマ前大統領がアサド政権に何の懲罰も科せなかったことで、シリア内戦でのアメリカの影響力は低下した一方で、ロシアとイランの存在が大きくなった。よってロバート・ケーガン氏はトランプ政権にはさらに踏み込んで、反アサド勢力への支援に乗り出して究極的にはシリアからの難民流出を防止すべきだと訴えている(“It’ll take more than a missile strike to clean up Obama’s mess in Syria”; Washington Post; April 7, 2017 および“'This is not the end': John McCain warns Trump, torches Rand Paul on Syria missile strikes”; Business Insider; April 7, 2017)。しかしトランプ氏はISIS打倒のためにはアサド政権とロシアを受容するという戦略を変えていない。

地政学的にシリアは中東北辺諸国と隣り合わせであるが、その地では19世紀には英露が、冷戦期には米ソがせめぎ合った。現在、ウラジーミル・プーチン大統領はロシアの影響力をトルコからイラン、アフガニスタンに及ぶこの地域に拡大しようという帝政時代以来の野望を追求している。ロシアはS400ミサイルをトルコに輸出してNATOの防空システムを空洞化しようとしている(“Turkey says in talks with Russia on air defense system”; Reuters News; November 18, 2016)。また、ロシアはアフガニスタンでのタリバンの抵抗を支援している(“Afghanistan to investigate alleged growing military relations between Taliban and Russia”; International Business Times; December 8, 2016および“Russia is sending weapons to Taliban, top U.S. general confirms”; Washington Post; April 24, 2017)。にもかかわらず、トランプ氏のミサイル攻撃によって彼のシリア政策および北辺地域政策がコペルニクス的転換をするというわけではない。南北戦争に関する失言(“He lacks a sense of American history and its presence with us today.”; National Review Online; May 3, 2017))にも見られるように、トランプ氏は歴史的教養が恐ろしく欠如しているので、中東における英米の覇権の最前線にロシア勢力が浸透してくることの意味合いを殆ど理解できない。あのミサイル攻撃はシリアでアメリカのコントロールを強化するよりも、北朝鮮へのデモンストレーションの意味合いが強い。さら突然のMOAB使用はアフガニスタン国民の怒りを買い、まるで自分達が北朝鮮攻撃の実験台にされたと非難される始末である(“Why the Big US Bomb Was Dropped on Afghanistan”; VOA News; April 14, 2017)。いずれにせよ、トランプ氏の中東政策はオバマ氏よりもそれほど決然としているわけではない。

次に北朝鮮について述べたい。一見、トランプ氏はオバマ前政権がキム政権による核兵器および弾道ミサイル技術の発展に歯止めをかけられなかった戦略的忍耐からの転換を図っているように見える。しかし実際にはトランプ政権は中国に事態の解決を委ねようとしている有様である。しかし中国は現状維持を望むだけで、長期の制裁を科すことには消極的である(“Trump’s Risky Reliance on China to Handle North Korea”; Diplomat; April 24, 2017)。さらに問題なことに、朝鮮半島の安全保障に関するトランプ氏の理解力には著しく問題がある。また歴史問題についても朝鮮は中国の一部であったとして、韓国を憤慨させている(“South Korea to Trump: We’ve never been part of China”; Hill; April 20, 2017)。ここでも、トランプ氏は東アジアの歴史に関する微妙な問題を理解していないばかりか、さらに驚くべきことに外国の歴史や文化に関する自らの無知と鈍感を恥ずべきことだとも何とも思っていないのである。さらに問題なことに、トランプ氏はTHAAD配備と貿易の問題で韓国に対して非常に高圧的な態度だったので、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官とエド・ロイス下院議員は同盟国との言い争いよりも北朝鮮への制裁強化に集中すべきだと進言したほどである(“Congress wants Trump to pressure North Korea, rather than U.S. allies”; Washington Post; May 1, 2017)。そうした中で日本はトランプ政権とそうした争いに陥ることは何とか回避し、選挙中に日米両国の専門家から怒りを買った「ゆすり」があったとは思えぬほどには収まっている。

にもかかわらず、トランプ氏のこれ見よがしな言動とは裏腹に北朝鮮対策については特に目新しいものはない。アメリカは彼らの核廃棄を待ちながら中国には圧力強化を要請するということだ。それはオバマ前大統領の「戦略的忍耐」とほとんど同じである。実際に北朝鮮との戦争が破滅的な結果をもたらすことは明らかなので、誰が大統領であれアメリカには多くの選択肢は残されていない。このような状況では韓国と歴史やTHAAD配備費用をめぐって対立するなど望ましくない。それでは韓国が対米同盟よりも北朝鮮の核戦力強化への宥和に走りかねない(“Trump’s North Korea policy sounds a lot like Obama’s ‘strategic patience’”; Washington Post; April 29, 2017)。

個別の問題に関する詳細はさておき、トランプ外交の根本的な問題を見てゆかねばならない。シリアと北朝鮮の双方とも、ロシアと中国との関係が事態を大きく左右する。シリアでのミサイル攻撃は、トランプ氏が親露的な政策を転換させたということではない。もっとも顕著なことは、プーチン大統領の友好的な関係は終わったと見られていたにもかかわらず、トランプ大統領が最近のロシアの人権問題に対して全くと言っていいほど非難声明を出していないことである。クレムリンは人権活動家のニコライ・ゴロゴフ氏(“Lawyer for Russian Whistleblower’s Family Falls Out of Window”; Wall Street Journal; March 22, 2017)とデニス・ベロネンコフ氏(“Former Russian politician killed in Ukraine”; World Israel News; March 23, 2017)を殺害し、アレクセイ・ナバルニー氏が全国的な腐敗撲滅運動を主導したとして逮捕している(“Russian police detain hundreds during anti-corruption protests”; Euronews; 27 March, 2017)。国家的な規範と基準に従う限り、党派を問わずに誰が大統領であってもロシアを非難すべきであり、また独裁政治に対してアメリカの価値観を高らかに掲げるべきである。

遺憾ながらレックス・ティラーソン国務長官は外交政策における人権とアメリカの価値観の重要性を軽視する発言をし、ワシントンの外交政策エスタブリッシュメントを憤慨させている(“Tillerson calls for balancing US security interests, values”; AP News; May 3, 2017)。これは驚くべき発言だが、予測できるものでもある。メディアはシリア攻撃直後にトランプ氏がロシア離れをしたかのような印象を与えてきたが、コミー事件からもわかるように彼とロシアの関係は離れるに離れられないものである。トランプ氏にはロシアの人権抑圧を軽視するだけの理由だらけなのである。一見するとトランプ氏はバルト海および黒海地域でロシアと西側の緊張が高まる事態を受けて、超党派の主流に政策転換しているように見える。それでもなお、H・R・マクマスター氏が親露派のマイケル・フリン氏に代わったことにより、トランプ氏は国家安全保障問題のスタッフとの間に政策上の齟齬を抱えている。トランプ氏はロシアを中東のテロに対処するうえでの戦略的パートナーと見ているのに対し、ジョン・マケイン氏の顧問も歴任したマクマスター氏は西側同盟を重視している(“WILL NEW NATIONAL SECURITY ADVISER MCMASTER CLASH WITH DONALD TRUMP ON RUSSIA?”; News Week; February 22, 2017)。また、トランプ政権内で外交政策に携わる閣僚は押しなべて対露強硬派である。

そうした中で、トランプ政権移行チームの政策顧問を務めたヘリテージ財団のジェームズ:カラファーノ副所長は、シリア攻撃とNATOへの支援表明をしたからといってトランプ氏のロシアに対する姿勢は変わっていないと語る。カラファーノ氏によればトランプ大統領はプーチン大統領との実利的な取引を追求しているだけだという(“On Russia, Trump and his top national security aides seem to be at odds”; Washington Post; April 18, 2017)。この通りだとしても、閣僚達がプーチン政権のネオ・ユーラシア主義を強く警戒する一方でトランプ氏が中東やヨーロッパの安全保障をめぐってロシアとどのように取引するのかは定かではない。同様に、トランプ氏の中国政策が取引志向な方向性であることも懸念すべきものである。中国の習近平国家主席との二国間会談ではトランプ氏は北朝鮮への圧力を強めるなら貿易紛争で譲歩してもよいとまで言った(“On North Korea, Trump signals break with US-China policy”; CNN News; April 18, 2017)。そのように取引志向の政策の揺れ動きがあると、域内の同盟諸国がトランプ政権は本気で北朝鮮の非核化に取り組む気があるのかという懸念を刺激することになる。むしろトランプ政権はアメリカ本土がミサイルの射程外になってしまえば北朝鮮の各保有を認めるという中途半端な合意を結びかねない。実際にウイリアム・バーンズ元国務副次官は、トランプ氏はアメリカが自らの作り上げた世界秩序の人質になっていると見なしているという恐るべき懸念を述べている(“The risks of the Trump administration hollowing out American leadership”; Washington Post; April 19, 2017)。

さらにトランプ氏が依然として反エスタブリッシュメントおよび反官僚の感情に囚われていることは致命的な問題である。キャノン・グローバル研究所の宮家邦彦研究主幹が論評するように、トランプ氏は依然として選挙モードにどっぷり浸かっているので大統領らしいものの考え方や行動をするように成長していないのである(「トランプ氏は「選挙モード」のままだ オバマケア廃止法案撤回を教訓に「統治」を始めるのか」;産経新聞;2017年3月30日)。メディアはスティーブ・バノン氏が国家安全保障会議から降ろされた時に歓声を挙げたかも知れないが、彼は依然としてホワイトハウスで首席戦略官の地位にある。またバノン氏の地位低下に伴うイバンカ・トランプ/ジャレド・クシュナー夫妻の影響力増大で、トランプ政権が穏健化するという見方は完全に間違っている。同夫妻の地位向上によって政府への一族支配が強まり、アメリカは第三世界並みのクレプトクラシーに陥ってしまう。さらに両氏の影響力が強まれば高度な教育と訓練を受けた官僚機構の権威と信頼性が揺らいでしまう。彼らの専門能力と献身が婦人服屋の小娘と不動産屋の小僧っ子によって軽視されるようになれば、法の支配も政府の透明性も崩壊し、アメリカの民主主義を脅かしかねない。バノン氏とイバンカ・クシュナー・コンビはコインの裏表に過ぎない。だからこそ、私はアン・アップルボーム氏の怒りに強く同意する(“Ivanka Trump’s White House role is a symbol of democratic decline”; Washington Post; April 27, 2017)。

私が述べた論点の全てから判断すれば、トランプ氏はオバマ氏よりも決然としていなければ頼りになるわけでもない。トランプ政権内で唯一の希望は、ジェームズ・マティスおよびH・R・マクマスター両氏の軍事プロフェッショナリズムによってアメリカの外交政策が主流派の方向に向かうことである。それはシビリアン・コントロールによる民主主義と矛盾するであろうが、ドナルド・トランプ氏が権力の座に留まり続ける限り他に望みはない。

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2017年2月28日

アメリカ第一主義という危険思想

先の選挙運動を通じて、ドナルド・トランプ大統領は外交政策のキーワードとして「アメリカ第一主義」を強調してきたが、それはアメリカの同盟国の間で懸念を呼んだ一方で、ロシアや中国は西側優位の世界秩序の転覆を積極的に模索するようになり、イランや北朝鮮はワシントンの新政権を試している。国民国家が自国民と自国の国益を優先することには何の問題もないと何の疑いもなく信じる人々もいる。事態はそれほど単純ではなく、このイデオロギーの危険で破壊的な性質を決して見過ごすべきではない。

何よりも、トランプ氏のアメリカの外交政策についての理解は非常に貧弱なので、世界情勢を利己的で防御的にしか見ることができない。幼少時に旧ソ連からのユダヤ系移民として帰化したマックス・ブート氏はトランプ氏の偏狭なゼロサム思考を批判している。何と言っても、トランプ氏はアメリカが非常に利他的だったために貿易相手の諸外国はラスト・ベルトの労働者階級を搾取してしまったと考えている。しかし世界の普遍的な見解では、アメリカが旧敵となった国々をも友好的な貿易相手や同盟国として再建したことは外交政策の成功を示す金字塔であると理解されている。トランプ氏が人権をはじめとしたアメリカの価値観を高く評価していないことは憂慮すべきもので、それがヨーロッパ同盟諸国と国際NGOから厳しく批判されている。実際に人権擁護がソ連のようなアメリカの敵国を弱体化させたばかりか、民主主義と自由の普及によってアメリカの力を増大させた。ブート氏のようなソ連からの移民の方が、そのことをトランプ氏よりはるかによく理解している(“Grave Dangers and Deep Sadness of “America First”: .Foreign Policy --- Voice; January 23, 2017)。

他方でヨーロッパト日本の極右ナショナリストはトランプ氏の世界観では自分達の国の安全保障と国益が損なわれるにもかかわらず、そうした考え方に感情的に共感している。これはそのように自らをグラスルーツの愛国者と見なす者達がグローバリストを嫌悪し、高圧的なトランプ氏にコスモポリタンの支配者階級を打ち負かして欲しいと思っているからである。トランプ氏のアメリカ第一主義に哲学的な土台をもたらしているのは、スティーブ・バノン大統領上級顧問である。ノース・カロライナ大学のダニエル・クライス教授はバノン氏の思想の二大支柱は経済的ナショナリズムとコーポラティストなグローバル・エリートへの反感である。バノン氏の見解では、世界は本質的に国民国家の競合の場である。こうした観点から、バノン氏は貿易、移民、そして多国間協力は国家の主権とアイデンティティーを損なうと信じている。近代啓蒙思想が提唱する普遍主義ではなく、バノン氏は文明の衝突の観点から国際政治を理解し、イスラムを本質的に好戦的なものと見なしている。グローバルな階級闘争を論じたバノン氏の理論の視点では、コスモポリタンのエリートは自分達の企業利益のためにはアメリカの国益をも犠牲にするほどのコーポラティストであり、メディアは彼らの味方だということだ。そうしたエリート主義の国家を転覆するためには、コーポラティストの支配階級と緊密で人民を侵害する行政国家を破壊しようとバノン氏は望んでいる。アメリカ第一主義とは、このように危険な思想なのである (“Stephen K. Bannon’s CPAC Comments, Annotated and Explained”; New York Times; February 24, 2017)。



トランプ氏はヨーロッパや日本との同盟解消さえ示唆したので、彼の外交政策は一般には孤立主義だと見られている。しかしクライス教授はバノン氏の思想は本質的にナショナリズムであり、各国が無慈悲にせめぎ合う世界の中で、ただ国益を最大化するためなら海外への介入には躊躇しないと主張する。ネオコンが掲げるレジーム・チェンジとは違い、トランプ氏が為そうとする介入はそうした普遍的な理念ではなく国際情勢に対する突発的な認識に基づいて行なわれることになる。トランプ大統領が予測不能なのは彼の人格だけでなく、バノン氏のイデオロギーのためでもある。エリオット・コーエン氏と彼の賛同者が公開書簡でトランプ氏の国際非関与から好戦的冒険主義への揺れを非難したのも、当然のことである。トランプ大統領へのバノン氏のこのような影響を考慮すれば、イギリスのテレーザ・メイ首相と日本の安倍晋三首相のような主要国の指導者がいわゆる「へつらい」外交に出たからと言って、新政権と安定した関係を発展させられる保証はない。ジェームズ・マティス国防長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官といった閣内元将官の高い専門的能力が、バノン氏によるオルタナ右翼の影響力を後退させることができる。それはトランプ大統領の反イスラム的な政策や言動に対して両氏が反対の意を表明したことからもわかる。統合参謀本部議長のジョセフ・ダンフォード海兵隊大将とジョン・マケイン上院議員も両閣僚を支援している。3人の将軍はイラクおよびアフガニスタンでイスラム教徒と同じ釜の飯を食いながらテロリストと戦ったうえに、マケイン氏は上院軍事委員長として高い評価を受けている(“Trump's new security advisor differs from him on Russia, other key issues”; Reuters News; February 22, 2017)。

マックス・ブート氏は「根無し草のコスモポリタンに対するそのような嫌悪感が排外主義と反ユダヤ主義を刺激しているが、そうした思想はヨシフ・スターリンやチャールズ・リンドバーグのような反民主主義のナショナリストと緊密に関わっている」と主張する。彼がアメリカに移住してから、ここ数年までは反ユダヤ主義の台頭などなかったという(“The Bannon Administration?”; Commentary; January 31, 2017)。ブート氏の懸念はトランプ政権がセバスチャン・ゴルカ氏を大統領次席顧問に任命したことで現実となった。2012年にアメリカ国籍を取得する以前、ゴルカ氏はハンガリーの政界およびジャーナリズムでのキャリアを通じて当地の極右、反ユダヤ主義、人種差別主義の個人や団体と緊密な関係にあった。さらにゴルカ氏は対テロ作戦の専門家として、バノン氏にとって「身内のシンクタンク」にもなっている(“Exclusive: Senior Trump Aide Forged Key Ties To Anti-Semitic Groups In Hungary”; Forward; February 24, 2017)。

アメリカのオルタナ右翼と呼応するかのように、ロシアのネオ・ユーラシア主義者であるアレクサンドル・ドゥーギン氏はトランプ政権の誕生を好機に関係を強化して現在の自由主義世界秩序を破棄する一方で、ロシアの影響力をウクライナから中東のトルコ、イラン、シリアにまで拡大しようとしている。アメリカのマイケル・マクフォール元駐露大使はドゥーギン氏を「プーチンのバノン」と呼んでいる。ドゥーギン氏はトルコのレジェップ・エルドアン大統領に、アメリカとNATO同盟諸国はフェトフッラー・ギュレン師によるクーデターを画策して露土両国間にくさびを打ち込もうとしていると説いた。それはNATOに懐疑的なトランプ氏の主張とも通じ合う。アメリカ第一主義とは西側民主国家の同盟を解体させるイデオロギーである(“The One Russian Linking Putin, Erdogan and Trump”; Bloomberg News; February 2, 2017)。そうしてみると、トランプ大統領とプーチン大統領が緊密で離れられない関係にあることも、バノン氏の反グローバル主義がヨーロッパと日本の土着主義者を魅了するのも不思議ではない。アメリカ第一主義の危険性はあまりに重大で見過ごすことができない。

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2017年2月13日

トランプ政権によって人権問題の劣等生となったアメリカ

アメリカは自らを世界への民主主義と自由の普及を担う、不可欠な国だと見なしてきた。アメリカの価値観は自らの世界戦略とも互いに深く絡み合っているので、人権でのアメリカの関与を疑う者はほとんどいなかった。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチが新年に当たって刊行した報告書では、トランプ政権のアメリカは今や世界の人権に脅威になってしまったと記されている。

The Dangerous Rise of Populism”と題された報告書では、経済のグローバル化によって多くの人々が疎外され、格差拡大にもかかわらずそんな自分達には全く目を向けていないと思われる各国政府やグローバル・エリート達に不満を抱いているという概観が述べられている。問題はデマゴーグが自分こそが国民大多数の代表だと言い張り、そうした大衆の怒りを悪用することである。彼らは多数派の意志を押しつけ、自国民および外国人の人権を犠牲にしている。嘆かわしいことに、西側の政治家は人権の価値観に対する自信を失ってしまい、ドイツのアンゲラ・メルケル首相やカナダのジャスティン・トルドー首相を除くほとんどの者は偏狭で危険なポピュリズムと対決する気概を喪失しているように見える。しかしそれではトランプ氏の巨大ショックに立ち向かうには弱すぎる。またイギリスのテリ-ザ・メイ首相はナショナリストの突き上げに受動的な一方で、メルケル氏は今年の総選挙でAfDの挑戦を受けている。

そうした動向から、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書ではトランプ現象の影響をどう見ているかを見てみたい。トランプ氏が移民や貿易相手国をスケープゴートにするという挑発的言動は無知なブルーカラーの支持者を満足させてはいるが、それが実施されれば経済が不況に陥るだけである。にもかかわらず、トランプ氏がTPP破棄とイスラム教徒入国禁止の大統領令に署名したのは、中東からの難民を安全保障上のリスクと見ているからである。この観点から、トランプ氏は国民への監視を強めようとしているが、それは司法当局の監視下で行なわれる対象を限定したものをはるかに逸脱している。トランプ氏のイスラム教徒入国禁止は憲法違反だと批判され(“Immigration analyst: Trump refugee ban is illegal”; Hill; January 28, 2017)、大統領令はいくつかの州の連邦判事に差し止められたが、トランプ氏の方は自らの命令に従わなかったサリー・イェーツ司法長官代行を解雇した(“Trump’s Executive Order on Immigration: What We Know and What We Don’t”; New York Times; January 29, 2017)。

大統領就任演説からほどなくして、ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス代表は「たとえ問題だらけの公約の10%でもトランプ大統領が実施するなら、国内外で人権が後退してしまうようになる」と述べている。さらに「トランプ氏の公約が実施されればアメリカおよび国外で数百万人もの人々の権利を踏みにじられるばかりでなく、全ての人権が侵害されることになる」とまで訴えている。アメリカ民主主義を混乱に陥れる一方で、トランプ氏は専制国家との協調関係にも躊躇しないので、人権の普及にはさらに懸念が持ち上がる(“US: Dawn of Dangerous New Era”; Human Rights Watch; January 20, 2017)。非常に由々しきことにトランプ氏は選挙期間中に厳しい批判にさらされた大統領令を矢継ぎ早に、しかも関係省庁や議会に相談もせずに発令している(“White House failed to consult federal agencies on Trump's executive orders, report claims”; Aol News; January 26, 2017)。自己中心的で自己顕示欲が強いトランプ氏の性質を考慮すれば、ロシアに関してはイギリスのテレーザ・メイ首相、そして難民問題ではドイツのアンゲラ・メルケル首相の助言に真剣に耳を傾けるかどうか疑わしい。

さらにトランプ氏の人権に対する問題意識の低さは、拷問がテロ容疑者からの情報収集に効果的だといった不用意な発言に端的に表れている。しかしトランプ氏がジェームズ・マティス退役海兵隊大将に国防長官主任を要請した際には自らの主張を撤回し、信頼と報酬が容疑者を協力的にするのだというマティス氏の主張を受け入れた(“Marine General 'Mad Dog' Mattis got Trump to rethink his position on torture in under an hour”; Business Insider; November 22, 2016)。しかしトランプ氏は再び拷問の復活を唱えて議会を紛糾させ、ジョン・マケイン上院議員は大統領なら法を遵守するようにと要求した (“McCain to Trump: 'We're not bringing back torture'”; Hill; January 25, 2016)。トランプ氏は米英首脳会談の記者会見ではマティス氏の助言に従うと述べたものの(“Laura Kuenssberg's stern questioning of Donald Trump angers president's supporters”; Daily Telegraph; 27 January, 2017)、そのことからトランプ氏が人権に関してほとんど学んだことがないばかりか、絶望的に無知であることが明らかになった。

レックス・ティラーソン氏の国務長官起用も懸念材料である。元エクソン・モービル最高経営責任者のティラーソン氏の経営能力と交渉力に期待する声もある。しかし公務は利潤追求ほど単純ではない。上院外交委員会の公聴会では、ティラーソン氏はISISなどアメリカ外交の重要課題についての知識に乏しいことが露呈した(“Rex Tillerson is unqualified to be secretary of state”; Boston Globe; January 12, 2017)。さらにロシアとの関係にまつわる疑惑に加え、ティラーソン氏の人権に対する問題意識の低さは国務長官の職責には非常に不利に働きかねない。公聴会において。ティラーソン氏はサウジアラビアの女性の権利、シリアでのR2P、フィリピンでのドゥテルテ政権による抑圧政策といった重要な人権問題には満足な答弁ができなかった(“Tillerson doesn’t seem to realize speaking up for human rights is part of the job” Washington Post; January 12, 2017)。ドナルド・トランプ氏の思慮分別を描いた中傷は、人権に関する認識がまるでなっていないことを示している。公聴会での答弁のまずさを考慮すれば、ティラーソン氏がトランプ氏の酷い欠点を補えるとは考えにくい。

国際社会、特に西側同盟は、このようなトランプ政権のアメリカにはどう対処すべきだろうか?我々はトランプ氏のアメリカ第一主義が完全に競争本位で無秩序な世界での適者生存の考え方に基づいていることに留意しなければならない。トランプ氏はそうした無秩序を利用して自らが考えるアメリカの国益を最大化しようと考えているので、いかなる手段によっても現行の国際規範や多国間の枠組みを弱体化しようとしている。トランプ氏がそこまで人権を軽視するのも何ら不思議ではない。『シュピーゲル』誌の論説では西側民主主義国がトランプ政権に対抗して結束し、国際規範と普遍的なかち価値観を守るようにと力説している(“Time for an International Front Against Trump”; Spiegel; January 20, 2017)。我々はこのようにして人権の重要性を再確認できる。

また民主主義諸国の指導者達はアメリカの中に影響力を確保する経路を模索する必要がある。何よりも、トランプ氏とアメリカを同一視してはならない。イギリスのテレーザ・メイ首相はホワイトハウス訪問に当たってトランプ政権との強固な関係構築にとらわれていた。しかしイスラム教徒入国禁止への反応が鈍かったことで、イギリス国内ではトランプ氏への追従が過ぎると厳しい批判の声が挙がった(“Theresa May has put the Queen in a 'very difficult position' over Donald Trump's UK visit”; Business Insider; January 31, 2017)。別にトランプ氏との衝突を推奨するわけではないが、この人物の大統領としての資質と正当性が非常に貧弱なことは銘記しなければならない。

トランプ氏は第二次大戦終結以来で最も不人気な大統領であるばかりか、ヒラリー・クリントン氏より総得票では300万票も少ないという点で前例がないほど正当性を欠く指導者なのである。いわば、彼のことをゲリマンダーの大統領と見なすこともできるのである。民主主義の政治家としては、トランプ氏はまるで訓練ができていない。メディアと司法に対する侮辱はその最たるものだ。彼は権力分立も法の支配もほとんど理解していない。トランプ氏には追従するよりも、民主主義諸国は彼の理不尽な圧力からみずからを守るためにもアメリカの中にファイアウォールを持つべきである。例を挙げれば、ジョン・マケイン上院議員はトランプ氏の暴言にからオーストラリアを擁護した。またジェームズ・マティス国防長官は国家安全保障関係者の主流派の声を代表するためにトランプ政権に加わっているのである。


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2016年11月 5日

西側民主主義の再建によって不確実性を増す世界を乗り切れ

今や多極化する世界の不確実性が語られているのも、アメリカ国内での孤立主義の高まりによって、国民の間で世界の警察官という役割への支持が低下しているからである。ロシアと中国が自国の力を強く意識していることは疑いようもないが、それはアメリカと西側同盟国が自由主義世界秩序への関与に消極的になり、西側のハードパワーが相対的に低下しているからである。しかし注目されるのはそうした生の国力の側面ばかりで、西側民主主義の弱体化という憂慮すべき事態は見過ごされているように思われる。民主主義への信頼が失われると、専制国家とデマゴーグが勢いづく。これによって世界はますます不安定で不可測性を強める。

まず、現在の民主主義の危機についての全体像を述べたい。不確実性の時代に入った今や、ポピュリズムの台頭が世界各地で見られるようになった。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は10月20日にシンガポールで開催されたバークレイズ・アジア・フォーラムにて、このことに関する概要を述べた。ブレグジットやトランプ現象に見られるように、先進国では金融危機の移民、自由貿易、「腐敗した」エスタブリッシュメントへの反感が広まっている。他方で新興経済諸国では国民のナショナリズム感情を満足させるために強権指導者が望まれているが、それによってこれらの諸国では権力分立も透明性も弱くなっている。以下のビデオを参照されたい。



ポピュリズムはどのように民主主義を劣化させるのだろうか?スイスの歴史学者ヤーコプ・ブルクハルトは1889年に友人のフリードリヒ・フォン・プリーンに当てた手紙で「事態を恐ろしく単純化する者」について警告し、「悪徳」な指導者が自らを国家が抱える複雑な問題の解決できる全能者のごとく振る舞い、究極的には法の支配が否定されてしまう。現在では法案も条約も過去のものに比べて非常に長大で複雑になった。マグナ・カルタや独立宣言といった歴史的文書は数枚の紙に書かれただけであるが、TPPの原案は5,554ページ、オバマ・ケアは961ページにも及ぶ(“Simplifiers v. complicators”; Boston Globe; October 3, 2016)。このような状況では、政治家は問題の全体像を充分に理解することなく互いに枝葉末節な議論に陥りがちである。エリートがこのように混乱してしまえば国民は上からの「説教」にはますます反発し、醜悪な感情に突き動かされてしまう(“It’s Time for Elites to Rise up against Ignorant Masses”; Foreign Policy; June 28, 2016)。今日の国民はブルクハルトの時代よりも「悪徳な指導者」に容易に影響を受けかねない。

ドナルド・トランプ氏は「事態を恐ろしく単純化する者」の最も顕著な例で、西側民主主義の信頼を傷つけて世界を不安定化させかねない。にもかかわらず、反エスタブリッシュメントの労働者階級にとって彼は救世主である。トランプ氏は保護主義と政府の規制を支持して経済的な選択の自由を尊重しないばかりか、「俺だけが問題を解決できる」という発言に見られるように民主的手続きを軽視している。『ワシントン・ポスト』紙コラムニストのジョージ・ウィル氏はマックス・ウェーバーによるカリスマ的権威の分析を引用し、大衆がトランプ氏のカリスマを渇望しているということは、アメリカ国民が魔術的な救世主に対して従来にはないほど受動的で簡単に信じ込みやすくなっていると主張する。そうした社会規範と国家の性格の変化がデマゴーグの台頭に一役買っている(“If Trump wins, the Republican party will no longer be the party of conservativism.”; National Review; September 28, 2016)。さらにトランプ氏は人生を通じてファミリー・ビジネスの経営者としてキャリアを積んできたが、それでは権力分立という行政管理者に求められる要件に合うとは言えない。雇われ経営者と同様に、大統領や首相は国家に雇用される身分である。トランプ氏の「ビジネス感覚」なるものはむしろ独裁者に適合している。

西側での民主主義の弱体化は専制的な大国を勢いづける。これは今年のアメリカ大統領選挙に典型的に見られ、それは政策上の真面目な意見交換よりも民主党と共和党の候補者同士の低俗な中傷合戦に陥っている。本来は良き統治の模範であったアメリカの民主主義に、国際世論は幻滅している。そうした事情あるものの、ヒラリー・クリントン氏はドナルド・トランプ氏に対して全ての討論会で、政策上での理解ついて優位にあることを見せつけた。クリントン氏の当選によって「悪徳」なポピュリズムが自国優先主義、人種差別主義、男性優位主義、そして孤立主義の有害な影響を弱められるだろう。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がトランプ氏を支援しようと選挙に介入してくるのも当然である。国際世論はトランプ現象、ブレグジット、ヨーロッパ大陸諸国での極右の台頭が低俗で反主知的な性質であることを良く知っている。皮肉にもこうした愛国者気取りの人々の間に広がるNIMBYな排外主義は、西側主要国の名声と国際的地位に害をなすだけである。

政策エリートが自由で開放的で理性的な民主主義を再強化するには、どのようにすべきだろうか?この問題に対して単純明快な答えはないが、少なくとも大衆の自国優先主義に妥協してはならない。例えばオバマ政権は在任中にアメリカ国際開発庁を通じた民主化支援の予算を削減したのは国民の関心が低下したからである。2013年に行なわれたピュー研究所の調査では民主化の促進が外交政策上の優先事項だと答えたアメリカ国民は18%に過ぎず、80%が海外への介入よりも国内の問題を優先すべきだと答えている。しかしそうした対外不関与の傾向がアメリカの国家安全保障に重大な危険を及ぼしている。こうした人々は、ソ連撤退後のアフガニスタンに対する西側の無関心が9・11同時多発テロという大事件につながったことを思い出すべきである。トランプ現象やブレグジットのような極右の台頭は、エリートが国民を正しい方向に教育できなかったことの結末である。

しかし西側民主主義の全てが悲観的なわけではない。フーバー研究所のラリー・ダイアモンド上席研究員は経済成長の鈍化によって中国とロシアでの専制政治の正当性は失われつつあると指摘する。民主主義は完全ではないが、ダイアモンド氏が言う通り暴力性が低く、人権が尊重されやすく、また市場経済も発展させやすい。オルタナ右翼の理念はそのように開放的で自由なものではなく、全く正反対である。彼らの思想はむしろ国家社会主義に近い。国際安全保障における民主主義の重要性に関しては、マイケル・マクフォール元駐露大使の「過去においても現在においても世界の民主主義諸国の全てがアメリカの同盟国ではないが、アメリカの敵となった民主主義国は過去にも現在にもない。そしてアメリカにとって最も永続的な同盟国は全てが民主国家である」という発言を思い起こすべきである(“Democracy in Decline”; Foreign Affairs; July/August 2016)。皮肉にも国内で機能不全に陥った民主主義は、自由世界にとって外部からの脅威と同様に大きな脅威となっている。よって我々の国内での民主主義を再建するとともに民主化普及の取り組みを再強化し、我々にとってかけがえのない安定した世界秩序を取り戻す必要がある。


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2016年8月 3日

トランプ氏のロシア・スキャンダルが持つ致命的な意味合い

アメリカの国家安全保障関係者達はドナルド・トランプ氏がロシアにヒラリー・クリントン陣営へのハッキングを促して物議を醸したことに関して、国家に対する犯罪的な裏切り行為だとして激しく非難した。トランプ氏の支持者達は彼の発言をただの冗談だと弁護しているが、実際には単なる「提示・挑発」だとされてきた彼の発言が、共和党の指名受諾演説でのアメリカ・ファースト発言によって本気だと確定したことを忘れてはならない。しかもそれは党の価値観とは全く相容れないものである。外国政府、それも戦略的に競合関係にある国に対して自国の政治家へのスパイ行為を促すなどあきれ果てたものだ(“'Treason'? Critics savage Trump over Russia hack comments”; Politico; July 27, 2016)。

レオン・パネッタ元CIA長官はロシアにアメリカ政治への介入を求めるようではトランプ氏の国家への忠誠心に疑問を抱かざるを得ないと言明している(“Former CIA director questions Trump's loyalty to the US: report”; Hill; July 27, 2016)。民主党のハリー・リード上院議員にいたってはCIAがトランプ氏に情報ブリーフィングをする際には偽の情報を伝えるべきだとまで主張する有り様である(“Reid: Intelligence community should 'fake it' on Trump’s briefings”; Hill; July 27, 2016)。さらに深刻なことに、ジョン・ハトソン退役海軍少将は安全保障関連法の専門家としての立場から、ロシアにアメリカへのハッキングを要請したトランプ氏の行為には犯罪的な意図が見られると論評している(“Retired admiral: Trump hacking comments ‘criminal intent’”; Politico; July 27, 2016)。

実際にはロシアは必ずしもトランプ氏の当選を支援したいわけでもない。重要な点はクレムリンがアメリカをできるだけ分裂させ、世界の中でのアメリカの指導力発揮に制約をかけようとしていることである(“Why Putin’s DNC hack will Backfire”; Foreign Policy; July 26, 2016)。トランプ氏はロシアによるクリミア併合を認めて経済制裁を解除すると発言するほどの親露ぶりである(“Trump to look at recognizing Crimea as Russian territory, lifting sanctions”; Politico; July 27, 2016)。実際にトランプ氏はミット・ロムニー氏がロシアこそ最大の敵対勢力だと2012年の大統領選挙で警告したことを一顧だにしていない (“Donald Trump just called on Vladimir Putin to cyberattack the U.S. and help him win the election”; New Republic – Minuets; July 28, 2016)。

問題は国家安全保障に関するトランプ氏の問題意識の欠落どころではない。アメリカの安全保障に甚大な悪影響を与えかねないのはトランプ陣営とロシアの関係である。トランプ氏の外交政策顧問となっているジョージ・パパンドプロス氏とカーター・ペイジ氏はロシアのエネルギー産業と深く関わっている。ガスプロムとの関係が深いペイジ氏はアメリカによる民主化促進を批判し、ロシアはウクライナに侵攻しないと断言した。またトランプ氏お気に入りのマイケル・フリン退役陸軍中将はロシア・トゥデーのレギュラー解説員を務めている。彼らがこうしたクレムリンの意向を受けた企業と緊密な関係にあることから、マックス・ブート氏はトランプ氏の選挙スローガンを「ロシアを再び偉大にする」に変えた方が良いのではないかとまで評している(“Trump's opposition research firm: Russia's intelligence agencies”; Los Angels Times; July 25, 2016)。

さらに言えばトランプ氏自身がロシアに何らかの資産運用上の権益があるのではないかと疑惑をもたれている。トランプ氏はロシア人株式ブローカーのドミトリー・リボロフレフ氏にフロリダの邸宅を特別価格で売り渡している。精神的な面ではトランプ氏とロシアのオリガルヒは大いに共通している。両者とも自信過剰で、富と豪奢とセックスという享楽的な欲望を追い求めている(“Trump and the Oligarch”; Politico; July 28, 2016)。トランプ氏がロシアと深い関係になったことは何ら不思議ではない。トランプ氏が納税申告を公表していないことで、国民からは彼とロシアとの不透明な関係への疑惑が深まっている。

トランプ氏の親露発言の問題はもっと深刻である。あきれ果てたことにトランプ氏は共和党の党綱領にあるウクライナへの武器供与という条項について、自分が草案に「関わっていなかった」という理由から削除の意向だと言い放った(George Stephanopolous awkwardly corrects Donald Trump when he says Putin is going into Ukraine”; Business Insider; July 31, 2016)。さらにNATOの相互防衛義務などアメリカにとって一方的な負担だとまで言い放ち、ヨーロッパ諸国が第5条に基づいてアフガニスタンでの戦争に参加したことなどこの人物の眼中にはない(“Trump’s Loose NATO Talk Already Has Endangered Us”; Defense One; July 24, 2016)。

この人物の言動は明らかにルールに従わないものである。トランプ氏の陣営には外交政策の専門家として高い評価を得ている人物が全く入ろうとしないのも当然である(“Role Reversal: The Dems Become the Security Party”; Politico; July 28, 2016)。ドナルド・トランプ氏が当選するようなら、アメリカの外交は完全に麻痺してしまうだろう。トランプ氏のロシア・スキャンダルが持つ意味合いは致命的に深刻である。。


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