2017年5月19日

トランプ大統領は本当にオバマ前大統領より決然としているのか?

ドナルド・トランプ大統領がシリアのアサド政権による化学兵器の使用を受けて突然の攻撃に踏み切ったことが国際世論を驚愕させたのは、彼が当地への介入には消極的だったからである。さらに驚くべきことに、トランプ氏はシリアで化学兵器攻撃を受けた被害者に同情の意を示す人道主義に満ちた演説を行なって、自らが発したイスラム教徒入国禁止の大統領令が連邦裁判所に差し止められたことを忘れさせるかのようであった。これは弾道ミサイル実験を繰り返して核不拡散秩序への反抗の意を示す北朝鮮に対する強い警告だと見られている。しかしトランプ氏が悪名高きアメリカ第一主義を捨て去りつつあると考えることは不適切である。また、トランプ氏が戦略的忍耐を標榜したオバマ氏より頼りになるという見方は完全に間違っている。トランプ氏は迅速で強固な対応に出たかも知れないが、シリアにせよ北朝鮮にせよ危機に対処するだけの明確な戦略があるわけではない。またロシアや中国を相手にどのように取引をするのかについても明確なビジョンがあるわけではない。いずれにせよシリアと北朝鮮での現在の危機はトランプ外交に対する重要な試金石となる。

まずシリアについて述べたい。トランプ大統領がアサド政権に対するミサイル攻撃に出た直後には、アメリカの外交政策が世界との関わりを断つかのような孤立主義から通常のあるべき姿に戻ったようにさえ見えた。2013年にシリアが化学兵器使用というレッドラインを超えた際にオバマ前大統領がアサド政権に何の懲罰も科せなかったことで、シリア内戦でのアメリカの影響力は低下した一方で、ロシアとイランの存在が大きくなった。よってロバート・ケーガン氏はトランプ政権にはさらに踏み込んで、反アサド勢力への支援に乗り出して究極的にはシリアからの難民流出を防止すべきだと訴えている(“It’ll take more than a missile strike to clean up Obama’s mess in Syria”; Washington Post; April 7, 2017 および“'This is not the end': John McCain warns Trump, torches Rand Paul on Syria missile strikes”; Business Insider; April 7, 2017)。しかしトランプ氏はISIS打倒のためにはアサド政権とロシアを受容するという戦略を変えていない。

地政学的にシリアは中東北辺諸国と隣り合わせであるが、その地では19世紀には英露が、冷戦期には米ソがせめぎ合った。現在、ウラジーミル・プーチン大統領はロシアの影響力をトルコからイラン、アフガニスタンに及ぶこの地域に拡大しようという帝政時代以来の野望を追求している。ロシアはS400ミサイルをトルコに輸出してNATOの防空システムを空洞化しようとしている(“Turkey says in talks with Russia on air defense system”; Reuters News; November 18, 2016)。また、ロシアはアフガニスタンでのタリバンの抵抗を支援している(“Afghanistan to investigate alleged growing military relations between Taliban and Russia”; International Business Times; December 8, 2016および“Russia is sending weapons to Taliban, top U.S. general confirms”; Washington Post; April 24, 2017)。にもかかわらず、トランプ氏のミサイル攻撃によって彼のシリア政策および北辺地域政策がコペルニクス的転換をするというわけではない。南北戦争に関する失言(“He lacks a sense of American history and its presence with us today.”; National Review Online; May 3, 2017))にも見られるように、トランプ氏は歴史的教養が恐ろしく欠如しているので、中東における英米の覇権の最前線にロシア勢力が浸透してくることの意味合いを殆ど理解できない。あのミサイル攻撃はシリアでアメリカのコントロールを強化するよりも、北朝鮮へのデモンストレーションの意味合いが強い。さら突然のMOAB使用はアフガニスタン国民の怒りを買い、まるで自分達が北朝鮮攻撃の実験台にされたと非難される始末である(“Why the Big US Bomb Was Dropped on Afghanistan”; VOA News; April 14, 2017)。いずれにせよ、トランプ氏の中東政策はオバマ氏よりもそれほど決然としているわけではない。

次に北朝鮮について述べたい。一見、トランプ氏はオバマ前政権がキム政権による核兵器および弾道ミサイル技術の発展に歯止めをかけられなかった戦略的忍耐からの転換を図っているように見える。しかし実際にはトランプ政権は中国に事態の解決を委ねようとしている有様である。しかし中国は現状維持を望むだけで、長期の制裁を科すことには消極的である(“Trump’s Risky Reliance on China to Handle North Korea”; Diplomat; April 24, 2017)。さらに問題なことに、朝鮮半島の安全保障に関するトランプ氏の理解力には著しく問題がある。また歴史問題についても朝鮮は中国の一部であったとして、韓国を憤慨させている(“South Korea to Trump: We’ve never been part of China”; Hill; April 20, 2017)。ここでも、トランプ氏は東アジアの歴史に関する微妙な問題を理解していないばかりか、さらに驚くべきことに外国の歴史や文化に関する自らの無知と鈍感を恥ずべきことだとも何とも思っていないのである。さらに問題なことに、トランプ氏はTHAAD配備と貿易の問題で韓国に対して非常に高圧的な態度だったので、H・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官とエド・ロイス下院議員は同盟国との言い争いよりも北朝鮮への制裁強化に集中すべきだと進言したほどである(“Congress wants Trump to pressure North Korea, rather than U.S. allies”; Washington Post; May 1, 2017)。そうした中で日本はトランプ政権とそうした争いに陥ることは何とか回避し、選挙中に日米両国の専門家から怒りを買った「ゆすり」があったとは思えぬほどには収まっている。

にもかかわらず、トランプ氏のこれ見よがしな言動とは裏腹に北朝鮮対策については特に目新しいものはない。アメリカは彼らの核廃棄を待ちながら中国には圧力強化を要請するということだ。それはオバマ前大統領の「戦略的忍耐」とほとんど同じである。実際に北朝鮮との戦争が破滅的な結果をもたらすことは明らかなので、誰が大統領であれアメリカには多くの選択肢は残されていない。このような状況では韓国と歴史やTHAAD配備費用をめぐって対立するなど望ましくない。それでは韓国が対米同盟よりも北朝鮮の核戦力強化への宥和に走りかねない(“Trump’s North Korea policy sounds a lot like Obama’s ‘strategic patience’”; Washington Post; April 29, 2017)。

個別の問題に関する詳細はさておき、トランプ外交の根本的な問題を見てゆかねばならない。シリアと北朝鮮の双方とも、ロシアと中国との関係が事態を大きく左右する。シリアでのミサイル攻撃は、トランプ氏が親露的な政策を転換させたということではない。もっとも顕著なことは、プーチン大統領の友好的な関係は終わったと見られていたにもかかわらず、トランプ大統領が最近のロシアの人権問題に対して全くと言っていいほど非難声明を出していないことである。クレムリンは人権活動家のニコライ・ゴロゴフ氏(“Lawyer for Russian Whistleblower’s Family Falls Out of Window”; Wall Street Journal; March 22, 2017)とデニス・ベロネンコフ氏(“Former Russian politician killed in Ukraine”; World Israel News; March 23, 2017)を殺害し、アレクセイ・ナバルニー氏が全国的な腐敗撲滅運動を主導したとして逮捕している(“Russian police detain hundreds during anti-corruption protests”; Euronews; 27 March, 2017)。国家的な規範と基準に従う限り、党派を問わずに誰が大統領であってもロシアを非難すべきであり、また独裁政治に対してアメリカの価値観を高らかに掲げるべきである。

遺憾ながらレックス・ティラーソン国務長官は外交政策における人権とアメリカの価値観の重要性を軽視する発言をし、ワシントンの外交政策エスタブリッシュメントを憤慨させている(“Tillerson calls for balancing US security interests, values”; AP News; May 3, 2017)。これは驚くべき発言だが、予測できるものでもある。メディアはシリア攻撃直後にトランプ氏がロシア離れをしたかのような印象を与えてきたが、コミー事件からもわかるように彼とロシアの関係は離れるに離れられないものである。トランプ氏にはロシアの人権抑圧を軽視するだけの理由だらけなのである。一見するとトランプ氏はバルト海および黒海地域でロシアと西側の緊張が高まる事態を受けて、超党派の主流に政策転換しているように見える。それでもなお、H・R・マクマスター氏が親露派のマイケル・フリン氏に代わったことにより、トランプ氏は国家安全保障問題のスタッフとの間に政策上の齟齬を抱えている。トランプ氏はロシアを中東のテロに対処するうえでの戦略的パートナーと見ているのに対し、ジョン・マケイン氏の顧問も歴任したマクマスター氏は西側同盟を重視している(“WILL NEW NATIONAL SECURITY ADVISER MCMASTER CLASH WITH DONALD TRUMP ON RUSSIA?”; News Week; February 22, 2017)。また、トランプ政権内で外交政策に携わる閣僚は押しなべて対露強硬派である。

そうした中で、トランプ政権移行チームの政策顧問を務めたヘリテージ財団のジェームズ:カラファーノ副所長は、シリア攻撃とNATOへの支援表明をしたからといってトランプ氏のロシアに対する姿勢は変わっていないと語る。カラファーノ氏によればトランプ大統領はプーチン大統領との実利的な取引を追求しているだけだという(“On Russia, Trump and his top national security aides seem to be at odds”; Washington Post; April 18, 2017)。この通りだとしても、閣僚達がプーチン政権のネオ・ユーラシア主義を強く警戒する一方でトランプ氏が中東やヨーロッパの安全保障をめぐってロシアとどのように取引するのかは定かではない。同様に、トランプ氏の中国政策が取引志向な方向性であることも懸念すべきものである。中国の習近平国家主席との二国間会談ではトランプ氏は北朝鮮への圧力を強めるなら貿易紛争で譲歩してもよいとまで言った(“On North Korea, Trump signals break with US-China policy”; CNN News; April 18, 2017)。そのように取引志向の政策の揺れ動きがあると、域内の同盟諸国がトランプ政権は本気で北朝鮮の非核化に取り組む気があるのかという懸念を刺激することになる。むしろトランプ政権はアメリカ本土がミサイルの射程外になってしまえば北朝鮮の各保有を認めるという中途半端な合意を結びかねない。実際にウイリアム・バーンズ元国務副次官は、トランプ氏はアメリカが自らの作り上げた世界秩序の人質になっていると見なしているという恐るべき懸念を述べている(“The risks of the Trump administration hollowing out American leadership”; Washington Post; April 19, 2017)。

さらにトランプ氏が依然として反エスタブリッシュメントおよび反官僚の感情に囚われていることは致命的な問題である。キャノン・グローバル研究所の宮家邦彦研究主幹が論評するように、トランプ氏は依然として選挙モードにどっぷり浸かっているので大統領らしいものの考え方や行動をするように成長していないのである(「トランプ氏は「選挙モード」のままだ オバマケア廃止法案撤回を教訓に「統治」を始めるのか」;産経新聞;2017年3月30日)。メディアはスティーブ・バノン氏が国家安全保障会議から降ろされた時に歓声を挙げたかも知れないが、彼は依然としてホワイトハウスで首席戦略官の地位にある。またバノン氏の地位低下に伴うイバンカ・トランプ/ジャレド・クシュナー夫妻の影響力増大で、トランプ政権が穏健化するという見方は完全に間違っている。同夫妻の地位向上によって政府への一族支配が強まり、アメリカは第三世界並みのクレプトクラシーに陥ってしまう。さらに両氏の影響力が強まれば高度な教育と訓練を受けた官僚機構の権威と信頼性が揺らいでしまう。彼らの専門能力と献身が婦人服屋の小娘と不動産屋の小僧っ子によって軽視されるようになれば、法の支配も政府の透明性も崩壊し、アメリカの民主主義を脅かしかねない。バノン氏とイバンカ・クシュナー・コンビはコインの裏表に過ぎない。だからこそ、私はアン・アップルボーム氏の怒りに強く同意する(“Ivanka Trump’s White House role is a symbol of democratic decline”; Washington Post; April 27, 2017)。

私が述べた論点の全てから判断すれば、トランプ氏はオバマ氏よりも決然としていなければ頼りになるわけでもない。トランプ政権内で唯一の希望は、ジェームズ・マティスおよびH・R・マクマスター両氏の軍事プロフェッショナリズムによってアメリカの外交政策が主流派の方向に向かうことである。それはシビリアン・コントロールによる民主主義と矛盾するであろうが、ドナルド・トランプ氏が権力の座に留まり続ける限り他に望みはない。

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2017年2月28日

アメリカ第一主義という危険思想

先の選挙運動を通じて、ドナルド・トランプ大統領は外交政策のキーワードとして「アメリカ第一主義」を強調してきたが、それはアメリカの同盟国の間で懸念を呼んだ一方で、ロシアや中国は西側優位の世界秩序の転覆を積極的に模索するようになり、イランや北朝鮮はワシントンの新政権を試している。国民国家が自国民とジオ国の国益を優先することには何の問題もないと何の疑いもなく信じる人々もいる。事態はそれほど単純ではなく、このイデオロギーの危険で破壊的な性質を決して見過ごすべきではない。

何よりも、トランプ氏のアメリカの外交政策についての理解は非常に貧弱なので、世界情勢を利己的で防御的にしか見ることができない。幼少時に旧ソ連からのユダヤ系移民として帰化したマックス・ブート氏はトランプ氏の偏狭なゼロサム思考を批判している。何と言っても、トランプ氏はアメリカが非常に利他的だったために貿易相手の諸外国はラスト・ベルトの労働者階級を搾取してしまったと考えている。しかし世界の普遍的な見解では、アメリカが旧敵となった国々をも友好的な貿易相手や同盟国として再建したことは外交政策の成功を示す金字塔であると理解されている。トランプ氏が人権をはじめとしたアメリカの価値観を高く評価していないことは憂慮すべきもので、それがヨーロッパ同盟諸国と国際NGOから厳しく批判されている。実際に人権擁護がソ連のようなアメリカの敵国を弱体化させたばかりか、民主主義と自由の普及によってアメリカの力を増大させた。ブート氏のようなソ連からの移民の方が、そのことをトランプ氏よりはるかによく理解している(“Grave Dangers and Deep Sadness of “America First”: .Foreign Policy --- Voice; January 23, 2017)。

他方でヨーロッパト日本の極右ナショナリストはトランプ氏の世界観では自分達の国の安全保障と国益が損なわれるにもかかわらず、そうした考え方に感情的に共感している。これはそのように自らをグラスルーツの愛国者と見なす者達がグローバリストを嫌悪し、高圧的なトランプ氏にコスモポリタンの支配者階級を打ち負かして欲しいと思っているからである。トランプ氏のアメリカ第一主義に哲学的な土台をもたらしているのは、スティーブ・バノン大統領上級顧問である。ノース・カロライナ大学のダニエル・クライス教授はバノン氏の思想の二大支柱は経済的ナショナリズムとコーポラティストなグローバル・エリートへの反感である。バノン氏の見解では、世界は本質的に国民国家の競合の場である。こうした観点から、バノン氏は貿易、移民、そして多国間協力は国家の主権とアイデンティティーを損なうと信じている。近代啓蒙思想が提唱する普遍主義ではなく、バノン氏は文明の衝突の観点から国際政治を理解し、イスラムを本質的に好戦的なものと見なしている。グローバルな階級闘争を論じたバノン氏の理論の視点では、コスモポリタンのエリートは自分達の企業利益のためにはアメリカの国益をも犠牲にするほどのコーポラティストであり、メディアは彼らの味方だということだ。そうしたエリート主義の国家を転覆するためには、コーポラティストの支配階級と緊密で人民を侵害する行政国家を破壊しようとバノン氏は望んでいる。アメリカ第一主義とは、このように危険な思想なのである (“Stephen K. Bannon’s CPAC Comments, Annotated and Explained”; New York Times; February 24, 2017)。



トランプ氏はヨーロッパや日本との同盟解消さえ示唆したので、彼の外交政策は一般には孤立主義だと見られている。しかしクライス教授はバノン氏の思想は本質的にナショナリズムであり、各国が無慈悲にせめぎ合う世界の中で、ただ国益を最大化するためなら海外への介入には躊躇しないと主張する。ネオコンが掲げるレジーム・チェンジとは違い、トランプ氏が為そうとする介入はそうした普遍的な理念ではなく国際情勢に対する突発的な認識に基づいて行なわれることになる。トランプ大統領が予測不能なのは彼の人格だけでなく、バノン氏のイデオロギーのためでもある。エリオット・コーエン氏と彼の賛同者が公開書簡でトランプ氏の国際非関与から好戦的冒険主義への揺れを非難したのも、当然のことである。トランプ大統領へのバノン氏のこのような影響を考慮すれば、イギリスのテレーザ・メイ首相と日本の安倍晋三首相のような主要国の指導者がいわゆる「へつらい」外交に出たからと言って、新政権と安定した関係を発展させられる保証はない。ジェームズ・マティス国防長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官といった閣内元将官の高い専門的能力が、バノン氏によるオルタナ右翼の影響力を後退させることができる。それはトランプ大統領の反イスラム的な政策や言動に対して両氏が反対の意を表明したことからもわかる。統合参謀本部議長のジョセフ・ダンフォード海兵隊大将とジョン・マケイン上院議員も両閣僚を支援している。3人の将軍はイラクおよびアフガニスタンでイスラム教徒と同じ釜の飯を食いながらテロリストと戦ったうえに、マケイン氏は上院軍事委員長として高い評価を受けている(“Trump's new security advisor differs from him on Russia, other key issues”; Reuters News; February 22, 2017)。

マックス・ブート氏は「根無し草のコスモポリタンに対するそのような嫌悪感が排外主義と反ユダヤ主義を刺激しているが、そうした思想はヨシフ・スターリンやチャールズ・リンドバーグのような反民主主義のナショナリストと緊密に関わっている」と主張する。彼がアメリカに移住してから、ここ数年までは反ユダヤ主義の台頭などなかったという(“The Bannon Administration?”; Commentary; January 31, 2017)。ブート氏の懸念はトランプ政権がセバスチャン・ゴルカ氏を大統領次席顧問に任命したことで現実となった。2012年にアメリカ国籍を取得する以前、ゴルカ氏はハンガリーの政界およびジャーナリズムでのキャリアを通じて当地の極右、反ユダヤ主義、人種差別主義の個人や団体と緊密な関係にあった。さらにゴルカ氏は対テロ作戦の専門家として、バノン氏にとって「身内のシンクタンク」にもなっている(“Exclusive: Senior Trump Aide Forged Key Ties To Anti-Semitic Groups In Hungary”; Forward; February 24, 2017)。

アメリカのオルタナ右翼と呼応するかのように、ロシアのネオ・ユーラシア主義者であるアレクサンドル・ドゥーギン氏はトランプ政権の誕生を好機に関係を強化して現在の自由主義世界秩序を破棄する一方で、ロシアの影響力をウクライナから中東のトルコ、イラン、シリアにまで拡大しようとしている。アメリカのマイケル・マクフォール元駐露大使はドゥーギン氏を「プーチンのバノン」と呼んでいる。ドゥーギン氏はトルコのレジェップ・エルドアン大統領に、アメリカとNATO同盟諸国はフェトフッラー・ギュレン師によるクーデターを画策して露土両国間にくさびを打ち込もうとしていると説いた。それはNATOに懐疑的なトランプ氏の主張とも通じ合う。アメリカ第一主義とは西側民主国家の同盟を解体させるイデオロギーである(“The One Russian Linking Putin, Erdogan and Trump”; Bloomberg News; February 2, 2017)。そうしてみると、トランプ大統領とプーチン大統領が緊密で離れられない関係にあることも、バノン氏の反グローバル主義がヨーロッパと日本の土着主義者を魅了するのも不思議ではない。アメリカ第一主義の危険性はあまりに重大で見過ごすことができない。

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2017年2月13日

トランプ政権によって人権問題の劣等生となったアメリカ

アメリカは自らを世界への民主主義と自由の普及を担う、不可欠な国だと見なしてきた。アメリカの価値観は自らの世界戦略とも互いに深く絡み合っているので、人権でのアメリカの関与を疑う者はほとんどいなかった。しかし、ヒューマン・ライツ・ウォッチが新年に当たって刊行した報告書では、トランプ政権のアメリカは今や世界の人権に脅威になってしまったと記されている。

The Dangerous Rise of Populism”と題された報告書では、経済のグローバル化によって多くの人々が疎外され、格差拡大にもかかわらずそんな自分達には全く目を向けていないと思われる各国政府やグローバル・エリート達に不満を抱いているという概観が述べられている。問題はデマゴーグが自分こそが国民大多数の代表だと言い張り、そうした大衆の怒りを悪用することである。彼らは多数派の意志を押しつけ、自国民および外国人の人権を犠牲にしている。嘆かわしいことに、西側の政治家は人権の価値観に対する自信を失ってしまい、ドイツのアンゲラ・メルケル首相やカナダのジャスティン・トルドー首相を除くほとんどの者は偏狭で危険なポピュリズムと対決する気概を喪失しているように見える。しかしそれではトランプ氏の巨大ショックに立ち向かうには弱すぎる。またイギリスのテリ-ザ・メイ首相はナショナリストの突き上げに受動的な一方で、メルケル氏は今年の総選挙でAfDの挑戦を受けている。

そうした動向から、ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告書ではトランプ現象の影響をどう見ているかを見てみたい。トランプ氏が移民や貿易相手国をスケープゴートにするという挑発的言動は無知なブルーカラーの支持者を満足させてはいるが、それが実施されれば経済が不況に陥るだけである。にもかかわらず、トランプ氏がTPP破棄とイスラム教徒入国禁止の大統領令に署名したのは、中東からの難民を安全保障上のリスクと見ているからである。この観点から、トランプ氏は国民への監視を強めようとしているが、それは司法当局の監視下で行なわれる対象を限定したものをはるかに逸脱している。トランプ氏のイスラム教徒入国禁止は憲法違反だと批判され(“Immigration analyst: Trump refugee ban is illegal”; Hill; January 28, 2017)、大統領令はいくつかの州の連邦判事に差し止められたが、トランプ氏の方は自らの命令に従わなかったサリー・イェーツ司法長官代行を解雇した(“Trump’s Executive Order on Immigration: What We Know and What We Don’t”; New York Times; January 29, 2017)。

大統領就任演説からほどなくして、ヒューマン・ライツ・ウォッチのケネス・ロス代表は「たとえ問題だらけの公約の10%でもトランプ大統領が実施するなら、国内外で人権が後退してしまうようになる」と述べている。さらに「トランプ氏の公約が実施されればアメリカおよび国外で数百万人もの人々の権利を踏みにじられるばかりでなく、全ての人権が侵害されることになる」とまで訴えている。アメリカ民主主義を混乱に陥れる一方で、トランプ氏は専制国家との協調関係にも躊躇しないので、人権の普及にはさらに懸念が持ち上がる(“US: Dawn of Dangerous New Era”; Human Rights Watch; January 20, 2017)。非常に由々しきことにトランプ氏は選挙期間中に厳しい批判にさらされた大統領令を矢継ぎ早に、しかも関係省庁や議会に相談もせずに発令している(“White House failed to consult federal agencies on Trump's executive orders, report claims”; Aol News; January 26, 2017)。自己中心的で自己顕示欲が強いトランプ氏の性質を考慮すれば、ロシアに関してはイギリスのテレーザ・メイ首相、そして難民問題ではドイツのアンゲラ・メルケル首相の助言に真剣に耳を傾けるかどうか疑わしい。

さらにトランプ氏の人権に対する問題意識の低さは、拷問がテロ容疑者からの情報収集に効果的だといった不用意な発言に端的に表れている。しかしトランプ氏がジェームズ・マティス退役海兵隊大将に国防長官主任を要請した際には自らの主張を撤回し、信頼と報酬が容疑者を協力的にするのだというマティス氏の主張を受け入れた(“Marine General 'Mad Dog' Mattis got Trump to rethink his position on torture in under an hour”; Business Insider; November 22, 2016)。しかしトランプ氏は再び拷問の復活を唱えて議会を紛糾させ、ジョン・マケイン上院議員は大統領なら法を遵守するようにと要求した (“McCain to Trump: 'We're not bringing back torture'”; Hill; January 25, 2016)。トランプ氏は米英首脳会談の記者会見ではマティス氏の助言に従うと述べたものの(“Laura Kuenssberg's stern questioning of Donald Trump angers president's supporters”; Daily Telegraph; 27 January, 2017)、そのことからトランプ氏が人権に関してほとんど学んだことがないばかりか、絶望的に無知であることが明らかになった。

レックス・ティラーソン氏の国務長官起用も懸念材料である。元エクソン・モービル最高経営責任者のティラーソン氏の経営能力と交渉力に期待する声もある。しかし公務は利潤追求ほど単純ではない。上院外交委員会の公聴会では、ティラーソン氏はISISなどアメリカ外交の重要課題についての知識に乏しいことが露呈した(“Rex Tillerson is unqualified to be secretary of state”; Boston Globe; January 12, 2017)。さらにロシアとの関係にまつわる疑惑に加え、ティラーソン氏の人権に対する問題意識の低さは国務長官の職責には非常に不利に働きかねない。公聴会において。ティラーソン氏はサウジアラビアの女性の権利、シリアでのR2P、フィリピンでのドゥテルテ政権による抑圧政策といった重要な人権問題には満足な答弁ができなかった(“Tillerson doesn’t seem to realize speaking up for human rights is part of the job” Washington Post; January 12, 2017)。ドナルド・トランプ氏の思慮分別を描いた中傷は、人権に関する認識がまるでなっていないことを示している。公聴会での答弁のまずさを考慮すれば、ティラーソン氏がトランプ氏の酷い欠点を補えるとは考えにくい。

国際社会、特に西側同盟は、このようなトランプ政権のアメリカにはどう対処すべきだろうか?我々はトランプ氏のアメリカ第一主義が完全に競争本位で無秩序な世界での適者生存の考え方に基づいていることに留意しなければならない。トランプ氏はそうした無秩序を利用して自らが考えるアメリカの国益を最大化しようと考えているので、いかなる手段によっても現行の国際規範や多国間の枠組みを弱体化しようとしている。トランプ氏がそこまで人権を軽視するのも何ら不思議ではない。『シュピーゲル』誌の論説では西側民主主義国がトランプ政権に対抗して結束し、国際規範と普遍的なかち価値観を守るようにと力説している(“Time for an International Front Against Trump”; Spiegel; January 20, 2017)。我々はこのようにして人権の重要性を再確認できる。

また民主主義諸国の指導者達はアメリカの中に影響力を確保する経路を模索する必要がある。何よりも、トランプ氏とアメリカを同一視してはならない。イギリスのテレーザ・メイ首相はホワイトハウス訪問に当たってトランプ政権との強固な関係構築にとらわれていた。しかしイスラム教徒入国禁止への反応が鈍かったことで、イギリス国内ではトランプ氏への追従が過ぎると厳しい批判の声が挙がった(“Theresa May has put the Queen in a 'very difficult position' over Donald Trump's UK visit”; Business Insider; January 31, 2017)。別にトランプ氏との衝突を推奨するわけではないが、この人物の大統領としての資質と正当性が非常に貧弱なことは銘記しなければならない。

トランプ氏は第二次大戦終結以来で最も不人気な大統領であるばかりか、ヒラリー・クリントン氏より総得票では300万票も少ないという点で前例がないほど正当性を欠く指導者なのである。いわば、彼のことをゲリマンダーの大統領と見なすこともできるのである。民主主義の政治家としては、トランプ氏はまるで訓練ができていない。メディアと司法に対する侮辱はその最たるものだ。彼は権力分立も法の支配もほとんど理解していない。トランプ氏には追従するよりも、民主主義諸国は彼の理不尽な圧力からみずからを守るためにもアメリカの中にファイアウォールを持つべきである。例を挙げれば、ジョン・マケイン上院議員はトランプ氏の暴言にからオーストラリアを擁護した。またジェームズ・マティス国防長官は国家安全保障関係者の主流派の声を代表するためにトランプ政権に加わっているのである。


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2016年11月 5日

西側民主主義の再建によって不確実性を増す世界を乗り切れ

今や多極化する世界の不確実性が語られているのも、アメリカ国内での孤立主義の高まりによって、国民の間で世界の警察官という役割への支持が低下しているからである。ロシアと中国が自国の力を強く意識していることは疑いようもないが、それはアメリカと西側同盟国が自由主義世界秩序への関与に消極的になり、西側のハードパワーが相対的に低下しているからである。しかし注目されるのはそうした生の国力の側面ばかりで、西側民主主義の弱体化という憂慮すべき事態は見過ごされているように思われる。民主主義への信頼が失われると、専制国家とデマゴーグが勢いづく。これによって世界はますます不安定で不可測性を強める。

まず、現在の民主主義の危機についての全体像を述べたい。不確実性の時代に入った今や、ポピュリズムの台頭が世界各地で見られるようになった。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は10月20日にシンガポールで開催されたバークレイズ・アジア・フォーラムにて、このことに関する概要を述べた。ブレグジットやトランプ現象に見られるように、先進国では金融危機の移民、自由貿易、「腐敗した」エスタブリッシュメントへの反感が広まっている。他方で新興経済諸国では国民のナショナリズム感情を満足させるために強権指導者が望まれているが、それによってこれらの諸国では権力分立も透明性も弱くなっている。以下のビデオを参照されたい。



ポピュリズムはどのように民主主義を劣化させるのだろうか?スイスの歴史学者ヤーコプ・ブルクハルトは1889年に友人のフリードリヒ・フォン・プリーンに当てた手紙で「事態を恐ろしく単純化する者」について警告し、「悪徳」な指導者が自らを国家が抱える複雑な問題の解決できる全能者のごとく振る舞い、究極的には法の支配が否定されてしまう。現在では法案も条約も過去のものに比べて非常に長大で複雑になった。マグナ・カルタや独立宣言といった歴史的文書は数枚の紙に書かれただけであるが、TPPの原案は5,554ページ、オバマ・ケアは961ページにも及ぶ(“Simplifiers v. complicators”; Boston Globe; October 3, 2016)。このような状況では、政治家は問題の全体像を充分に理解することなく互いに枝葉末節な議論に陥りがちである。エリートがこのように混乱してしまえば国民は上からの「説教」にはますます反発し、醜悪な感情に突き動かされてしまう(“It’s Time for Elites to Rise up against Ignorant Masses”; Foreign Policy; June 28, 2016)。今日の国民はブルクハルトの時代よりも「悪徳な指導者」に容易に影響を受けかねない。

ドナルド・トランプ氏は「事態を恐ろしく単純化する者」の最も顕著な例で、西側民主主義の信頼を傷つけて世界を不安定化させかねない。にもかかわらず、反エスタブリッシュメントの労働者階級にとって彼は救世主である。トランプ氏は保護主義と政府の規制を支持して経済的な選択の自由を尊重しないばかりか、「俺だけが問題を解決できる」という発言に見られるように民主的手続きを軽視している。『ワシントン・ポスト』紙コラムニストのジョージ・ウィル氏はマックス・ウェーバーによるカリスマ的権威の分析を引用し、大衆がトランプ氏のカリスマを渇望しているということは、アメリカ国民が魔術的な救世主に対して従来にはないほど受動的で簡単に信じ込みやすくなっていると主張する。そうした社会規範と国家の性格の変化がデマゴーグの台頭に一役買っている(“If Trump wins, the Republican party will no longer be the party of conservativism.”; National Review; September 28, 2016)。さらにトランプ氏は人生を通じてファミリー・ビジネスの経営者としてキャリアを積んできたが、それでは権力分立という行政管理者に求められる要件に合うとは言えない。雇われ経営者と同様に、大統領や首相は国家に雇用される身分である。トランプ氏の「ビジネス感覚」なるものはむしろ独裁者に適合している。

西側での民主主義の弱体化は専制的な大国を勢いづける。これは今年のアメリカ大統領選挙に典型的に見られ、それは政策上の真面目な意見交換よりも民主党と共和党の候補者同士の低俗な中傷合戦に陥っている。本来は良き統治の模範であったアメリカの民主主義に、国際世論は幻滅している。そうした事情あるものの、ヒラリー・クリントン氏はドナルド・トランプ氏に対して全ての討論会で、政策上での理解ついて優位にあることを見せつけた。クリントン氏の当選によって「悪徳」なポピュリズムが自国優先主義、人種差別主義、男性優位主義、そして孤立主義の有害な影響を弱められるだろう。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がトランプ氏を支援しようと選挙に介入してくるのも当然である。国際世論はトランプ現象、ブレグジット、ヨーロッパ大陸諸国での極右の台頭が低俗で反主知的な性質であることを良く知っている。皮肉にもこうした愛国者気取りの人々の間に広がるNIMBYな排外主義は、西側主要国の名声と国際的地位に害をなすだけである。

政策エリートが自由で開放的で理性的な民主主義を再強化するには、どのようにすべきだろうか?この問題に対して単純明快な答えはないが、少なくとも大衆の自国優先主義に妥協してはならない。例えばオバマ政権は在任中にアメリカ国際開発庁を通じた民主化支援の予算を削減したのは国民の関心が低下したからである。2013年に行なわれたピュー研究所の調査では民主化の促進が外交政策上の優先事項だと答えたアメリカ国民は18%に過ぎず、80%が海外への介入よりも国内の問題を優先すべきだと答えている。しかしそうした対外不関与の傾向がアメリカの国家安全保障に重大な危険を及ぼしている。こうした人々は、ソ連撤退後のアフガニスタンに対する西側の無関心が9・11同時多発テロという大事件につながったことを思い出すべきである。トランプ現象やブレグジットのような極右の台頭は、エリートが国民を正しい方向に教育できなかったことの結末である。

しかし西側民主主義の全てが悲観的なわけではない。フーバー研究所のラリー・ダイアモンド上席研究員は経済成長の鈍化によって中国とロシアでの専制政治の正当性は失われつつあると指摘する。民主主義は完全ではないが、ダイアモンド氏が言う通り暴力性が低く、人権が尊重されやすく、また市場経済も発展させやすい。オルタナ右翼の理念はそのように開放的で自由なものではなく、全く正反対である。彼らの思想はむしろ国家社会主義に近い。国際安全保障における民主主義の重要性に関しては、マイケル・マクフォール元駐露大使の「過去においても現在においても世界の民主主義諸国の全てがアメリカの同盟国ではないが、アメリカの敵となった民主主義国は過去にも現在にもない。そしてアメリカにとって最も永続的な同盟国は全てが民主国家である」という発言を思い起こすべきである(“Democracy in Decline”; Foreign Affairs; July/August 2016)。皮肉にも国内で機能不全に陥った民主主義は、自由世界にとって外部からの脅威と同様に大きな脅威となっている。よって我々の国内での民主主義を再建するとともに民主化普及の取り組みを再強化し、我々にとってかけがえのない安定した世界秩序を取り戻す必要がある。


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2016年8月 3日

トランプ氏のロシア・スキャンダルが持つ致命的な意味合い

アメリカの国家安全保障関係者達はドナルド・トランプ氏がロシアにヒラリー・クリントン陣営へのハッキングを促して物議を醸したことに関して、国家に対する犯罪的な裏切り行為だとして激しく非難した。トランプ氏の支持者達は彼の発言をただの冗談だと弁護しているが、実際には単なる「提示・挑発」だとされてきた彼の発言が、共和党の指名受諾演説でのアメリカ・ファースト発言によって本気だと確定したことを忘れてはならない。しかもそれは党の価値観とは全く相容れないものである。外国政府、それも戦略的に競合関係にある国に対して自国の政治家へのスパイ行為を促すなどあきれ果てたものだ(“'Treason'? Critics savage Trump over Russia hack comments”; Politico; July 27, 2016)。

レオン・パネッタ元CIA長官はロシアにアメリカ政治への介入を求めるようではトランプ氏の国家への忠誠心に疑問を抱かざるを得ないと言明している(“Former CIA director questions Trump's loyalty to the US: report”; Hill; July 27, 2016)。民主党のハリー・リード上院議員にいたってはCIAがトランプ氏に情報ブリーフィングをする際には偽の情報を伝えるべきだとまで主張する有り様である(“Reid: Intelligence community should 'fake it' on Trump’s briefings”; Hill; July 27, 2016)。さらに深刻なことに、ジョン・ハトソン退役海軍少将は安全保障関連法の専門家としての立場から、ロシアにアメリカへのハッキングを要請したトランプ氏の行為には犯罪的な意図が見られると論評している(“Retired admiral: Trump hacking comments ‘criminal intent’”; Politico; July 27, 2016)。

実際にはロシアは必ずしもトランプ氏の当選を支援したいわけでもない。重要な点はクレムリンがアメリカをできるだけ分裂させ、世界の中でのアメリカの指導力発揮に制約をかけようとしていることである(“Why Putin’s DNC hack will Backfire”; Foreign Policy; July 26, 2016)。トランプ氏はロシアによるクリミア併合を認めて経済制裁を解除すると発言するほどの親露ぶりである(“Trump to look at recognizing Crimea as Russian territory, lifting sanctions”; Politico; July 27, 2016)。実際にトランプ氏はミット・ロムニー氏がロシアこそ最大の敵対勢力だと2012年の大統領選挙で警告したことを一顧だにしていない (“Donald Trump just called on Vladimir Putin to cyberattack the U.S. and help him win the election”; New Republic – Minuets; July 28, 2016)。

問題は国家安全保障に関するトランプ氏の問題意識の欠落どころではない。アメリカの安全保障に甚大な悪影響を与えかねないのはトランプ陣営とロシアの関係である。トランプ氏の外交政策顧問となっているジョージ・パパンドプロス氏とカーター・ペイジ氏はロシアのエネルギー産業と深く関わっている。ガスプロムとの関係が深いペイジ氏はアメリカによる民主化促進を批判し、ロシアはウクライナに侵攻しないと断言した。またトランプ氏お気に入りのマイケル・フリン退役陸軍中将はロシア・トゥデーのレギュラー解説員を務めている。彼らがこうしたクレムリンの意向を受けた企業と緊密な関係にあることから、マックス・ブート氏はトランプ氏の選挙スローガンを「ロシアを再び偉大にする」に変えた方が良いのではないかとまで評している(“Trump's opposition research firm: Russia's intelligence agencies”; Los Angels Times; July 25, 2016)。

さらに言えばトランプ氏自身がロシアに何らかの資産運用上の権益があるのではないかと疑惑をもたれている。トランプ氏はロシア人株式ブローカーのドミトリー・リボロフレフ氏にフロリダの邸宅を特別価格で売り渡している。精神的な面ではトランプ氏とロシアのオリガルヒは大いに共通している。両者とも自信過剰で、富と豪奢とセックスという享楽的な欲望を追い求めている(“Trump and the Oligarch”; Politico; July 28, 2016)。トランプ氏がロシアと深い関係になったことは何ら不思議ではない。トランプ氏が納税申告を公表していないことで、国民からは彼とロシアとの不透明な関係への疑惑が深まっている。

トランプ氏の親露発言の問題はもっと深刻である。あきれ果てたことにトランプ氏は共和党の党綱領にあるウクライナへの武器供与という条項について、自分が草案に「関わっていなかった」という理由から削除の意向だと言い放った(George Stephanopolous awkwardly corrects Donald Trump when he says Putin is going into Ukraine”; Business Insider; July 31, 2016)。さらにNATOの相互防衛義務などアメリカにとって一方的な負担だとまで言い放ち、ヨーロッパ諸国が第5条に基づいてアフガニスタンでの戦争に参加したことなどこの人物の眼中にはない(“Trump’s Loose NATO Talk Already Has Endangered Us”; Defense One; July 24, 2016)。

この人物の言動は明らかにルールに従わないものである。トランプ氏の陣営には外交政策の専門家として高い評価を得ている人物が全く入ろうとしないのも当然である(“Role Reversal: The Dems Become the Security Party”; Politico; July 28, 2016)。ドナルド・トランプ氏が当選するようなら、アメリカの外交は完全に麻痺してしまうだろう。トランプ氏のロシア・スキャンダルが持つ意味合いは致命的に深刻である。。


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2016年7月13日

ヒラリー・クリントン氏はオバマ外交からアメリカの世界秩序を再建できるか?

今年のアメリカ大統領選挙では、共和党のドナルド・トランプ候補が炎上発言と暴言で多大な注目を集めている。怒れる群衆によるグローバル化への反動、そして彼の孤立主義に世界は戦慄した。海外の指導者やメディアはトランプ氏が大統領になることに恐怖感を抱くあまり、民主党のヒラリー・クリントン候補に諸手を挙げて歓迎しているかのようにも思われる。言動に一貫性もなく無知丸出しのトランプ氏よりクリントン氏がはるかに優れていることには疑問の余地はない。しかし我々はバラク・オバマ大統領の3期目を望んでいるわけではない。我々に必要なのは、アメリカの指導力発揮を躊躇してきたオバマ外交を転換できる候補者である。オバマ氏はイラクとアフガニスタンでブッシュ政権が始めた戦争の終結にとらわれて、両国の治安部隊の再建の支援も充分ではなかった。その結果、イラクはテロリストの根拠地となり、そこから全世界にテロが拡散している(“Iraq: The World Capital of Terrorism”; Atlantic; July 5, 2016)。また国民の間で中東での長きにわたる戦争への厭戦気運が広まり、それによってアメリカは民主主義の普及に消極的になり、その結果として敵対勢力が勢いづいている(“Democracy in Decline”; Foreign Affairs; July/August 2016). トランプ氏のアメリカ・ファーストではオバマ氏の失敗をさらに悪化させることになろう。そのため、ヒラリー・クリントン氏がオバマ氏の謝罪的で宥和的な外交を転換できるか注意深く見守るべきである。

クリントン氏の外交政策顧問と選挙運動資金源はリベラル・タカ派のビジョンを反映している。かなり早い時期からロバート・ケーガン氏らネオコンの指導者はクリントン氏への支持を表明し(“Trump is the GOP’s Frankenstein monster. Now he’s strong enough to destroy the party.”; Washington Post; February 25. 2016)、6月には資金調達の運動まで始めている(“Report: Prominent neoconservative to fundraise for Clinton”; Hill; June 23, 2016)。またクリントン氏は予備選期間中に軍事産業から最も多くの献金を受けている (“The Defense Industry’s Surprising 2016 Favorites: Bernie & Hillary”; Politico; April 1, 2016)。共和党国際派のジェブ・ブッシュ氏とマルコ・ルビオ氏が選挙から撤退した以上、クリントン氏は自国の近隣に重大な脅威を抱えるアメリカの同盟国にとって最後の希望である。

実際にクリントン氏はいくつかの点ではトランプ氏よりも共和党的である。『フォーチュン』誌の調査によれば、大企業経営者の58%は経済政策が不透明で孤立主義によって自分達の国際的な事業展開に支障をきたしかねないトランプ氏よりも、クリントン氏の方が好ましいと見ている(“Survey: More than half of corporate CEOs prefer Clinton over Trump”; Hill; June 1, 2016)。さらに共和党からも元政府高官から政策専門家にいたる著名人がクリントン氏支持を表明している。そうした支持者にはロバート・ケーガン氏やマックス・ブート氏のようなネオコンの有識者だけでなく、両ブッシュ政権で要職にあったリチャード・アーミテージ元国務次官補、ブレント・スコウクロフト元国家安全保障担当補佐官、ヘンリー・ポールソン元財務長官らが名を連ねている(“Here’s the growing list of big-name Republicans supporting Hillary Clinton”; Washington Post; June 30, 2016). こうした観点からすれば、クリントン氏が強く責任あるアメリカの候補者になれると期待もできる。

他方でクリントン氏の選挙地盤が同氏を左傾化させる可能性も否定できない。クリントン氏には黒人やヒスパニックといったマイノリティーからの支持を強化するためにもオバマ氏が必要である。きわめて不思議なことに、オバマ大統領の支持率は任期の終了にさしかかって上昇し(“Don’t look now, but Barack Obama is suddenly popular”; Washington Post; May 21, 2016)、それがクリントン氏の選挙に役立っている。さらにクリントン氏にはバーニー・サンダース氏を支持する白人労働者階級の支持を取り付ける必要もある。これはクリントン氏の副大統領候補の選定にも重要な鍵となる。クリントン氏が選挙に勝つためにオバマ氏と組もうとサンダース氏の支持層と妥協しようと、それほど大きな問題ではない。深刻な問題となるのは、彼らの影響力が外交政策に浸透することである。そうなってしまうとクリントン氏の政権はオバマ政権の第3期になりかねない。

上記のような観点から、クリントン氏が6月2日にサン・ディエゴで行なった外交政策の演説について述べてみたい。以下のビデオを参照。



クリントン氏の演説はトランプ氏のアメリカ・ファーストの見解と核不拡散に対する無責任な発言を否定するうえで、ほとんど模範とも言えるものだった。また、クリントン氏はアメリカ特別主義に基づいた世界の中での指導力の発揮を強調した。クリントン氏が演説で述べたことは、ジェームズ・ベーカー元国務長官が5月12日に上院外交委員会で行なった証言とも重なり合う(“Rubio enlists James Baker to knock Trump”; Politico; May 12, 2016)。以下のビデオを参照。



他方でクリントン氏はオバマ政権の外交アプローチを継承することが、イラン核合意に於いて顕著に見られる。しかしこの合意がチャック・シューマー上院議員をはじめ民主党からも批判されたのは、制裁解除によってイランが膨大な海外凍結資産を手にしてテロ支援ができるようになるからである。またサウジアラビアがイランの脅威の高まりに恐怖感を抱き、シーア派神権体制に中途半端な妥協をするアメリカへの不信感を強める中、地域の緊張は高まるであろう(“One Year On: Iran and the World”; Foreign Policy Association Blog; July 5, 2016)。何よりもクリントン氏の外交政策がウィルソン的理想主義なのかリアリストなのか、この演説からは判断が難しい。タフツ大学のダニエル・ドレズナー教授が論評しているように、クリントン氏の演説内容はトランプ氏のへの批判と言う点で非の打ちどころはないが、政策的に右か左か、ハト派かタカ派かといった分類は難しい(“Why Hillary Clinton’s foreign policy speech is almost impossible to analyze”; Washington Post; June 3, 2016)。私にはクリントン氏が共和党流出組とサンダース支持層のどちらも刺激しないよう注意深い言動をとったように思える。

クリントン氏の外交政策をさらに理解するために7月1日に公表された民主党綱領の草案についても言及したい。ウォール街の財界人は党綱領にはサンダース氏の影響が強く、特に最低賃金維持のための規制と増税がおこなわれることには懸念を抱いている。外交政策について大企業が民主党綱領で重大な懸念を抱く点は、TPPに関して民主党内に「見解の多様性」があると記されていることである。彼らから見れば、そうした曖昧な表現はクリントン氏が自由貿易に積極的でないと思えてしまうのである(“Wall Street Takes a Hit in Democratic Party’s Platform Draft”; Bloomberg News; July 3, 2016)。しかしトランプ氏はTPPをもっと激しく非難している。

よってクリントン氏がオバマ大統領より世界での指導力発揮に積極的かどうかを見てゆくため、重要となるいくつかの問題をとり上げてみたい。第一の問題は外交政策におけるアメリカの価値観である。「スマート・パワー」の標語とは裏腹に、オバマ政権期には民主化援助は削減された。党綱領草案の「我が国の価値観の守護」という項目ではジェンダーやマイノリティー問題といった人権問題には言及しているが、民主化の拡大についてはほとんど述べていない。中東のテロは「グローバルな脅威への対処」の項目では重要な課題である。民主党の草案では現在のシリア内戦にはかなり言及しながら、イラクについてはオバマ政権が彼の地から性急な撤退をしてしまったために全世界にテロが拡散したにもかかわらずあまり触れられていない。またイランの代理勢力が両国に影響を及ぼしていることは見逃せないが、例の綱領草案ではオバマ政権の核合意にについて誇らしく記しながら、特にサウジアラビアとイスラエルに対するイランの脅威には数行しか触れられていない。非常に不思議なことにクリントン氏は国務長官在任時にアジア転進政策を主導しながら、「グローバルな脅威への対処」の項目では中国が取り上げられていない。

ともかくクリントン氏はサン・ディエゴの演説でも民主党綱領の草案でも、トランプ氏が外交政策で語った「提示」なるものを明快性かつ説得力をもって否定した。クリントン氏の世界政策はよく練られた正統派の見識に基づいている。トランプ氏の混乱した見解などは比較にもならない。そうした事情から今選挙ではヒラリー・クリントン氏への強い支持を表明したい。しかし注意は怠ってはならない。ドナルド・トランプ氏の過激な言動への恐怖感から、クリントン氏が選挙に勝ちさえすれば全ては上手くゆくと思われているようだ。しかし同候補にも目を向けるように呼びかけたい。重要な点はクリントン陣営内での力のバランスである。バーニー・サンダース氏や他のリベラル派の影響力が国内での格差問題にとどまる限り、事態はそれほど深刻ではない。私としては民主党右派、ネオコン、軍事産業、そして共和党流出組が外交および安全保障政策で大きな影響力を持つことを望んでいる。そうなれば、アメリカは国際舞台でもっと強い存在となるであろう。


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2016年6月 8日

オバマ大統領の広島レガシーをどう評価すべきか?


バラク・オバマ大統領は5月27日に広島の平和記念公園で「核兵器無き世界」を訴える歴史的な演説を行なった。演説そのものは自然を支配しようとした人類の歴史と文明への批判的な考察であった。そして原爆の犠牲者については日本人、朝鮮人、米軍捕虜を問わず心底からの哀悼の意を示す一方で、謝罪は行なわないといったバランスのとれた演説であった。東アジアでは、日本は中国と韓国を相手に終わりなき謝罪の泥沼を抱えている。日米関係はそのようにいつまでも終わらぬ感情的な行き詰まりを避けねばならない。トランプ現象に直面する現在、オバマ氏が日米両国は大戦時の敵対関係を克服して両国の同盟を真の友好関係とアジア太平洋地域の戦略的な基軸に発展させたと強調したことは注目すべきである。それは安倍晋三首相がオバマ大統領に続いて希望に満ちた未来志向のメッセージを発信するうえでも有益であった。

しかし私はオバマ氏の広島レガシーを台無しにしかねない問題点も指摘したい。第一の問題は、アメリカの次期大統領が核不拡散に真面目に取り組むかどうかである。オバマ大統領が広島で表明した良心は、党派やイデオロギーや歴史認識の違いを超えて次期大統領が継承してゆく必要がある。特に共和党のドナルド・トランプ候補がこの問題に関してきわめて不真面目な態度なことは、日本と韓国ばかりかサウジアラビアにさえ核保有を促していることからもよくわかる。よって、彼は今や世界では最も深刻な核の脅威である。こうした観点から、オバマ氏の演説で「国家のリーダー‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬が選択をするとき、また反省するとき、そのための知恵が広島‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬から得られるでしょう」という一文が私の注意を引きつけた。オバマ氏は広島では大統領選挙に直接言及することはなかったが、G7伊勢志摩サミットの最終日にトランプ氏を非難した(“In a rare occurrence, Obama speaks his mind about Trump for the world to hear”; Washington Post; May 26, 2016)。しかし問題はトランプ氏だけではない。全世界の指導者達が核安全保障に高い問題意識を持たねばならない。さもなければ今回のレガシーなどすぐにも消滅してしまうだろう。

第二の問題はオバマ大統領の核不拡散政策である。プラハ演説に見られるようにオバマ氏は自らが核兵器廃絶の使徒であるかのように振る舞ってきた。広島演説は全世界のメディアと日本国民から好評であったが、オバマ大統領自身は任期中を通じてレアルポリティークよりも自らの崇高な理念の方が先走っていたように思われる。これが典型的に表れたのは就任後間もなくロシアとの関係リセットのために開始された新START交渉である。しかしながら、ロナルド・レーガン大統領(当時)がソ連にSTARTを提唱した時代から安全保障環境は大きく変わっている。イランや北朝鮮への核拡散問題の浮上から、核の力のバランスは二極から多極になってきた。そのため米露両国はミサイル防衛をめぐる認識の違いを埋められなかった(“Debating the New START Treaty”; Council on Foreign Relations; July 22. 2010)。またウラジーミル・プーチン氏には、ソ連時代のミハイル・ゴルバチョフ議長ほど西側との関係改善の動機もなかった。オバマ政権がロシアとの核軍縮でレーガン政権のように目覚ましい成果を挙げられなかったのも不思議はない。さらにオバマ大統領は北朝鮮の核計画の進展を阻止するうえで有効な対策をとれなかった。それどころかキム・ジョンウンは水爆やさらに高度な弾道ミサイルの実験まで行なうようになった。しかし前任者のジョージ・W・ブッシュ氏も北朝鮮の核開発を阻止できなかったので、オバマ氏だけを批判することは公正を欠く。

しかし何よりもオバマ大統領の広島レガシーの最も重要な試金石となるのは、彼自身がその「成果」を誇るイラン核合意である。反対派は10年後には無効となる合意を批判している。制裁解除によってイランの資産1千億ドルの凍結が解除され、それによって革命防衛隊はテロへの資金援助ができるようになる(“Debating the Iran Nuclear Deal”; Brookings Institution; August 2015)。 実際にジョン・ケリー国務長官は、そうした資金がテロ支援に利用されることを認めている(“US State Department: Iran world’s top sponsor of terrorism”; Y net News; June 3, 2016)。合意そのものは当面の間は効力を発揮するかも知れないが、これでイランの核の脅威が完全に排除されるわけではないことを訴えたい。イランがテロ支援を続ける限り、放射性物質の入手によるダーティーボムの製造は可能である。さらに深刻なことに、この合意ではアメリカが32トンの重水を860万ドルで購入することになっているので、イランはそれを元手にプルトニウム爆弾の開発を手がけられる。P5+1との合意ではイランの重水保有量は制限されるが、それでもなお制限を課された重水の生産を輸出に回すことができる。外交政策イニシアチブのツヴィ・カーン氏は「これではイランの核開発に諸外国が補助金を出すようなものだ」と批判している(“U.S. Bankrolls Iran’s Nuclear Ambitions”; FPI Bulletin; May 4, 2016)。

オバマ政権による核合意はそれほど脆弱であり、アリ・ハメネイ最高指導者もハッサン・ロウハニ大統領もゴルバチョフ氏には程遠い。イランは今なおアメリカとイギリスを悪魔だと非難している。さらに弾道ミサイルを振りかざしてイスラエルには抹殺の脅しをかけている(“Iranian commander: We can destroy Israel ‘in under 8 minutes’”; Times of Israel; May 22, 2016)。今のような中途半端な合意では、彼らがアングロ・サクソンとシオニストに対して抱く敵対心を封じ込めることはきわめて難しい。イラン核合意はオバマ大統領が広島で築いた美しきレガシーを消し去りかねない。だからこそ我々はオバマ氏の業績を厳しく批判的に見つめる必要がある。


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2016年5月 9日

地域大国への核拡散は抑止力にならない

世界には核兵器の保有によって自分達の国の自主抑止力が高まると考える人達もいる。 現実には核兵器は抑止力を保証するものではなく、ただ地域大国の間の緊張を高めるだけである。核抑止力の信頼性を高めるには、充分な二次攻撃能力とともにホットラインのような効果的なシステムが必要である。しかしアメリカとロシアのよう核超大国とは違い、ほとんどの地域大国は膨大な量の核兵器を保有するわけにはゆかないので、敵の一次攻撃に対して脆弱である。これら地域大国は潜在的な核保有国も含めて、限られた能力ながらどのようにして競合国に対して信頼性のある抑止力を追求しているのだろうか? いくつかの事例に言及したい。

現在、インド亜大陸はインドとパキスタンという敵対的な核保有国が国境を接して向かい合っている唯一の場所である。緊張はいつでも高まる。特にテロリストによるパキスタンからの核物質の入手は、インドでのダーティーボム攻撃の恐れから重大な懸念事項となっている。2001年にラシュカレ・トイバとジャイシュ・エ・ムハンマドがインド議会に攻撃をしたが、インドはこれらテロリストを支援したと思われたパキスタンに対して迅速な出兵ができなかった。そうした脆弱な安全保障環境に対処するため、インド政府はコールド・スタート・ドクトリンを考案し、通常兵力の大量かつ迅速な投入によってパキスタンの核攻撃を抑止することになった。これに対してパキスタンはインドの侵攻を阻止するために戦術核兵器を開発した。問題はこの相互抑止力は両国のホットラインも備えているとはいえ、米ソあるいは米露のMADと比べると非常に脆弱である。もしテロリストがパキスタン領内でインド攻撃を画策すれば、理論上はこれによってインドのコールド・スタート攻撃が始まり、パキスタンが戦術核兵器で応戦することになる(“Are Pakistan's Nuclear Assets Under Threat?”; Diplomat; April 28, 2016)。2008年のムンバイ同時多発テロに見られるように、インドとパキスタンの間の相互不信は根深い。外部の強国、特にアメリカだけが両国の核戦争を防止できる最後の仲介者なのである。

同様に、日本と韓国がたとえ核武装をしても、二次攻撃能力が限られているので北朝鮮への抑止力としては役立たないであろう。さらに重要なことに日韓両国とも北朝鮮の監視にはアメリカの衛星に依存することになろう。日本と韓国の抑止能力だけでなく、両国の二国間関係も大いに問題である。日韓関係は英仏関係ではない。ドーバー海峡両岸での核の緊張は考えにくいが、対馬海峡両岸の外交には細心の注意を要する。広く知られているように両国は植民地時代の歴史認識をめぐって頻繁に対立しているので、一見すると些細な失言でさえ二国間の緊張を激化させかねない。さらに韓国は依然として日本を一種の脅威と見なしている。敢えて言うならば、日韓関係はむしろ印パ関係に近いのである。アメリカによる安全保障の傘は、対馬海峡両岸の抗争の深刻化に歯止めをかけるうえで大きな貢献を果たしてきた。よって両国が自主核武装に向かおうものなら、北朝鮮への抑止どころか互いの国を標的にしかねないのである。ドナルド・トランプ氏はそのように細心の注意が必要な極東情勢にはあまりに無知無関心としか言いようがない。

これまで述べてきたように、国際社会が地域大国の核保有を許しても抑止力は向上しないであろう。こうした国々が核保有に走るのは自国近隣の安全保障環境が不安定だからである。そうでないなら、こうした兵器に予算を注ぎ込む必要はない。これが典型的に表れているのは、アパルトヘイト体制崩壊後の南アフリカによる核放棄である。しかし地域大国の核競争は彼ら自身の安全保障を悪化させる。これは特に中東では顕著で、当地では民族宗派抗争とテロが複雑に絡み合っている。インドが独自の戦略理論を構築したように、他の国々もそうするだろう。しかしそれら地域大国の戦略が五大国のもの、特に米露間のMADのような抑止力になるとは考えにくい。よって我々とってNPT体制の維持と強化は至上命題であり、アメリカは世界の警察官としての役割を再強化しなければならない。


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2016年4月25日

オバマ大統領は広島でトランプ氏に警告を発せよ!

バラク・オバマ大統領が就任してからというもの私が彼の広島訪問の希望には強く反対であったのは、そうした態度がいかにも謝罪姿勢でポスト・アメリカ的なものに映るからである。私はそれによって冷戦後に西側同盟に敵対するようになった勢力が勢いづくのではないかと大いに懸念していた。しかしアメリカ国内の大統領選挙ではそれよりもはるかに甚大な脅威が出現したとあっては、核安全保障に関して無知で無責任な発言への強いメッセージで臨み、党派にも国家にもかかわらず、国際社会の良心がいかなる類いのものであれそうした言動を許さないと表明しなけらばならない。今や「トランプ許すまじ!」の観点から優先すべき事柄は変わるべきだとの信念から、私はオバマ氏の広島訪問を歓迎したい。

大多数の日本国民、そして広島と長崎の被爆者さえも、アメリカの指導者が誰であれ大戦中の行為に対して謝罪して欲しいとは思っていない。私は広島がアウシュビッツではなく、原爆ドームを含めた平和記念公園の展示物でアメリカおよび連合軍を非難するものは何もないということを全世界の人々に訴えたい。よってオバマ大統領が謝罪を行なう義務など全くなく、むしろ世界を核の脅威から安全にするうえでアメリカのリーダーシップを発揮するという自信にあふれたメッセージを発するべきである。これまでも大量破壊兵器(WMD)の不拡散はアメリカの外交政策では最重要課題の一つであった。その中でも核問題は保守派であれリベラル派であれ有力シンクタンクでは主要な政策課題である。このことは核不拡散がアメリカにとって超党派の重要な国益であることを意味する。ここで銘記すべきことは、ロシアと中国さえもアメリカの核不拡散イニシアチブを受け容れてきたことがイランと北朝鮮の事例にもみられる通りだということである。特にNPT(核不拡散条約)体制は国際公益におけるアメリカのリーダーシップを象徴するものである。さらに9・11同時多発テロ以降は核によるテロ攻撃の防止が至上命題になっている。

非常に嘆かわしいことに、ドナルド・トランプ氏はアメリカの核外交での基本的なアプローチを何一つ学んでいない。戦術核兵器は中東でのテロとの戦いに使用するには破壊力が大き過ぎる。さらに驚くべきことに日本と韓国にはアメリカの核の傘に頼ることなく自前の核武装をせよとまで言い放っている。それではNPT体制は崩壊に向かい、アメリカの国益そのものが脅かされることになる。そうなると、その波及効果は全世界に広がりかねない。中東では核合意が発効しても弾道ミサイル実験を止めないイランを尻目に、イスラエル、サウジアラビア、エジプト、トルコといった地域大国が核武装の強化ないし保有に走りかねない。またインドとパキスタンの核競争も激化しかねない。それによってテロリストによる核兵器の入手の可能性が高まるであろう。トランプ氏は「財務諸表」に基づいて議論しているが、アメリカは在外兵力の撤退によって予算を削減せよと説くような経済学者はほとんどいない。外交政策と安全保障の専門家達も、そのようにビジネスマン的な考え方には当惑している。

トランプ氏が犯した致命的な誤りとは、核保有が無条件に核抑止力になるという前提である。しかし米ソ対立の歴史から、それが全くの間違いであることがわかる。冷戦初期にはアメリカ国民はソ連による核攻撃を非常に恐れていたので避難訓練を繰り返していた。鉄のカーテンの向こう側でも事態は同様だったであろう。核の瀬戸際政策が頂点に達したのは1962年のキューバ危機である。信頼性のある抑止力の確立には長い時間を要した。第二撃能力とホットラインによって相互確証破壊(MAD)が確固としたものになるまで、米ソ間の核抑止力は信頼できるものではなかった。我々が思い出すべきは、1998年にインドとパキスタンが互いに核実験を繰り返した際にはそうしたシステムは全く作動せず、両国の核競争が地域の緊張を高めただけだったということである。さらにイスラム過激派に対しては核抑止力など全く効果がない。彼らは敵からの殲滅に恐怖を感じていないばかりか、我々との間には米ソ間ホットラインのように予期せぬリスクを予防できる相互の意思疎通手段もない。イスラム過激思想の根本的な価値観では「西欧十字軍」との戦い自体が目的である。よって歯止めなき核拡散は抑止力を強化するどころか空洞化してしまうのである。

こうした観点から、日本が独自核戦力によって北朝鮮に対する抑止力を構築できるかを問いかけねばならない。軍事ジャーナリストの田岡俊次氏は日本が核武装をしても北朝鮮は戦争のリスクなど厭わないと主張する。アメリカの大量報復だけが冒険主義的なキム政権による核戦争を予防できるだろうということである(「『日本核武装論』には現実性もメリットもない」;ダイアモンド・オンライン;2016年4月14日)。田岡氏の分析は理に適っており、それは北朝鮮が核の威嚇を行なう目的がアメリカを交渉に引き込んで自らの体制の生存を保証することだからである。またIAEA事務局長が日本外務省出身の天野之弥氏であるという事実は、日本とNPT体制が切っても切れない関係であることを意味している。それはこの秩序を構築したアメリカにとっても非常に重要かつ超党派の国益であるが、トランプ氏はただの利潤追求者であるせいか、こうしたことには全くの無知無関心なのである。北朝鮮からISISにいたるまで、トランプ氏の核戦略は全く意味をなしていない。トランプ氏の支持者の大多数は核安全保障のことなど考えたこともないので、彼の扇動で悦にいたるばかりである。これはきわめて危険である。よってオバマ氏は全世界で核問題を軽く考えている政治家、その中でもトランプ氏に対して強いメッセージを発するべきである。これは後世におけるオバマ氏の評価のためではなく国際公益のためである。

アメリカ国民が広島での大統領が自国の外交に好ましくない影響を与えると懸念することは理解できる。私もトランプという怪物の出現まではそうした視点を共有していた。確かにアメリカ側から一方的な自責の念を表明しても日本側も相応の行動に出なければ、アメリカ国民もアジア諸国も当惑するだろう(“So Long, Harry: Will Obama’s Apology Tour End in Hiroshima?”; Weekly Standard; September 2, 2015)。オバマ氏が広島で演説すればパール・ハーバー攻撃とバターン死の行進の痛ましい記憶を刺激し、日米両国民の間で大戦中の歴史認識に関する相違が表面化することもあろう(“Kerry's Premature Visit to Hiroshima”; Weekly Standard; April 11, 2016)。しかし安倍晋三首相はその返礼として当地訪問により連合国の戦争被害者を追悼し、互いにとってより良い未来を模索することを真剣に考慮するであろう。 我々にとって必要なものは謝罪でも後世での評価でもなく、将来の核不拡散に対する関与のメッセージである(“At Hiroshima, Obama should make a pledge, not an apology”; New York Post; April 13, 2016)。リベラル派の論客からはプラウシャーズ・ファンドのジョセフ・シリンシオーネ会長がブリュッセル事件によって核テロの可能性は高まり、オバマ大統領は広島でそうしたテロを防止するためにリーダーシップを献身的に発揮することを示すさねばならないと主張する(“Obama Still Has Time to Leave a Legacy of Nuclear Security”; Huffinton Post; March 31, 2016)。

もはや過去への悔恨の時ではない。我々が切実に必要としていることは核安全保障への問題意識を喚起し、核不拡散に不誠実な態度をとる指導者には誰であれ反対の声を挙げることである。特にドナルド・トランプ氏は今日の世界では最大の核の脅威である。核問題に関する真剣味に欠ける発言からして、トランプ氏が大統領の職務に真面目に取り組むとはとても思えない。バラク・オバマ大統領が広島を訪問する際には、全世界の人々がそのように恥知らずな政治家を排除してゆくように導くような強いメッセージを発することを望んでやまない。


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2016年3月31日

アメリカ大統領選挙での外交政策チーム

外交政策チームの質と量は、各候補者が世界におけるアメリカの役割をどのように考えているのかを示す指標である。また政策顧問の選定は現候補者達が重視する政策課題を映し出している。顧問チームを見れば、どの候補者が大統領職に対して準備が整っているかがわかる。この観点から言えば、共和党のドナルド・トランプ候補が外交政策について問われた際に「私は何をおいても自分自身に問いかけることにしている、というのも私の頭脳は非常に優秀だからだ」と答えたことは、馬鹿丸出しの自信過剰である(“Trump: I consult myself on foreign policy”; Politico; March 16, 2016)。しかしライバルのテッド・クルーズ上院議員が自身の外交政策チームを公表すると、トランプ氏も数日後にはこれに続いた。上記の観点から、各候補者の政策顧問チームについて述べてみたい。

質量の両面においてヒラリー・クリントン氏の外交顧問チームは他の候補を圧倒している。クリントン氏は2007年に新アメリカ安全保障センター(CNAS)の設立に当たって来賓として記念演説を行なっている。CNASはオバマ政権への人材供給源となり、中でも共同設立者のミシェル・フロノイ氏とカート・キャンベル氏がよく知られている。さらにクリントン氏にはファースト・レディ、上院議員、国務長官の経験を通じて外交政策および国家安全保障のコミュニティーの間に広範な人脈を築いている。クリントン氏の外交政策チームは、規模のうえでも政策分野の広さのうえでも他の候補よりも多いに優位に立っている。チームを主導しているのはクリントン氏が長官在任中に国務省で政策を担ったジェイク・サリバン氏とローラ・ローゼンバーガー氏である。そのうえにレオン・パネッタ元CIA長官および国防長官、トム・ドニロン元国家安全保障担当大統領補佐官、マデレーン・オルブライト元国務長官、そしてミシェル・フロノイ国防次官らの重鎮も外部顧問としてクリントン氏のチームと連携している。バーニー・サンダース上院議員がローレンス・コーブ氏、レイ・タケイ氏、タマラ・コフマン・リッツ氏ら著名な中東専門家と会談して外交政策での自らの弱点を補おうとしたというが、彼らはクリントン氏とつながっている(“Inside Hillary Clinton’s Massive Foreign-Policy Brain Trust”; Foreign Policy; February 10, 2016)。

さらに、クリントン氏は共和党の外交政策で指導的な立場の人々とも深い関係にあり、特にそれは自らの国務長官就任に当たってヘンリー・キッシンジャー氏からの支持を得たことに顕著に表れている。湾岸戦争以来、民主党もサダム・フセインを排除すべきだとの見解を共和党とも共有していた。クリントン政権はアメリカ新世紀プロジェクトが主張したイラクのレジーム・チェンジという案さえも受容していた。ブッシュ政権はこれに沿って行動したに過ぎない。この点を反映するかのように、共和党の国家安全保障政策の中核からは、トランプ氏がイラク戦争、リビア、イスラエル・パレスチナ紛争、ロシアに対して非介入主義を掲げることに強い異議の声が挙がっている。外交政策に関する限り民主・共和両党とも共通の見識があり、両党とも極度に偏向した非正統派の自党候補者よりも正統派の他党候補者の方が受け入れやすい。共和党非主流派でもランド・ポール上院議員のように、リバータリアンの思想から受け入れられない水責め拷問やメキシコとの国境での壁の建設を主張するトランプ氏よりも、クリントン氏の方が好ましいと考える者もいる(“Hillary Clinton Has Long History of Collaboration With GOP on Foreign Policy; Intercept; March 13, 2016)。多くの共和党員にとって、クリントン氏の方がトランプ氏よりはるかに好ましいのは当然である。

実際に保守派からもハドソン研究所のブライアン・マグラス氏のようにクリントン氏の外交および国防政策を信頼するとの声も挙がっている(“Vocal Trump critics in GOP open to supporting Clinton”; Hill; March 24, 2016)。特にネオコンの間からはロバート・ケーガン氏やマックス・ブート氏のようにトランプ氏よりもクリントン氏を支持するとの声が公然と挙がっている。さらにブッシュ政権期の元高官もディック・チェイニー氏からコンドリーザ・ライス氏にいたるまでが、クリントン氏を国務長官としてもオバマ氏の潜在的なライバルとしても好意的に評価していた(“Neoconc War Hawks Want Hillary Clinton Over Donald Trump. No Surprise—They’ve Always Backed Her”; In These Times; March 23, 2016)。リベラル・タカ派と目されるクリントン氏はワシントン政界における両党の頭脳集団を独占している。

ライバル候補者達の顧問チームはこれとは対照的に質量ともはるかに不充分である。サンダース氏は外交政策チームの名に値するものは設立していない。共和党側の外交政策チームはイスラム系テロに対する大衆の恐怖に迎合する一方で、世界の中でのアメリカの役割に関してはほとんどビジョンを示せていない。まずテッド・クルーズ氏のチームについて述べたい。クルーズ氏はトランプ氏に先んじて自陣営の顧問の名を公表した。チームを主導するのはジム・タレント元上院議員とブッシュ政権のエリオット・エイブラハムズ元国家安全保障担当副補佐官である(“Cruz unveils national security team before Trump”; Washington Examiner; March 17, 2016)。ネオコン系の両人ともマルコ・ルビオ上院議員が大統領選挙から撤退するまで、彼の政策顧問チームに名を連ねていた(“Marco Announces Support of Top National Security Experts”; MarcoRubio.com; March 7, 2016)。他方で反イスラムの陰謀論者を代表するフランク・ガフニー氏は在米ムスリムの4分の1は反米ジハードを企てているばかりか、彼らのシャリア法は米国内で重大な脅威となっていると主張する(“Cruz Assembles an Unlikely Team of Foreign-Policy Rivals”; Bloomberg View; March 17, 2016)。

クルーズ氏が最近、イスラム教徒の住民の周辺では監視を強化すべきと主張した(Ted Cruz: Police need to 'patrol and secure' Muslim neighborhoods; March 23, 2016)背景にはこうした見方があるのかも知れないが、共和党主流派はそうした考え方を受け入れていない。クルーズ陣営のチームは党内のイデオロギー的立場を広くカバーしているが、特定の問題に関する見解の相違が深刻化した際には普遍主義者のネオコンとナショナリストの陰謀論者の間で亀裂が生じかねない。また顧問の人選も中東とイスラム系テロの専門家に偏っている。それでは今日のアメリカが直面する全世界規模での課題に対処するという要求を満たすには程遠い。

最後にトランプ氏の外交政策チームについて述べたい。クルーズ氏と同様にトランプ氏のチームもイスラム系テロ対策に偏った人選となっている。クルーズ氏に対抗するかのように、トランプ氏は相手陣営の発表から数日後にジェフ・セッションズ上院議員主導の外交政策チームを公表した。トランプ氏の顧問団には著名な人物も政府の高官を歴任した人物も名を連ねていない。際立った特徴を挙げれば、トランプ氏のチームは自らが財界人であることに由来するかのように極端に商業主義である。チーム内で重要な地位になるカーター・ペイジ氏とジョージ・パパドプロス氏はともに石油エネルギー業界のコンサルタントである(“Trump begins to peel back curtain on foreign policy team”; Hill; March 21, 2016)。中にはきわめて眉唾でアウトローな経歴の人物もいる。まず、ジョセフ・シュミッツ氏は度重なる腐敗に関わって2005年にペンタゴンを辞職している。他にもワリド・ファレス氏はレバノンでキリスト教徒民兵として参戦した際にパレスチナ難民を殺戮しているが、そうした犯罪的な行為に及んだ人物が対テロ政策の顧問となっている。さらに驚くべきことに、キース・ケロッグ退役中将にいたっては、彼の主張とは裏腹に2003年から2004年にかけてイラク占領軍での陸軍の雇用履歴が残っていない(“Top Experts Confounded by Advisers to Donald Trump”; New York Times; March 22, 2016)。

このようなあきれるばかりの人選について、ブルッキングス研究所のマイケル・オハンロン氏は「トランプ氏は経験など歯牙にもかけないのか、それともあまりの暴論で思慮のかけらもない見識の人物の顧問などになって自分の評価を落とすようなことは誰もやりたくないのではないか」と論評している(“D.C.’s Foreign-Policy Establishment Spooked by ‘Bizzaro’ Trump Team”; National Review Online; March 24, 2016)。トランプ氏の外交政策に関する見識が、ワシントンの外交および安全保障政策コミュニティーで党派とイデオロギーを超えて共有される認識とは全くかけ離れているのも不思議ではない。そうした見解が顕著に表れているのは、アメリカが全世界で築き上げた同盟ネットワークの価値を軽蔑しきっていることである。 中でも典型的なものは日本と韓国への自主核武装の要求で、これでは全世界での核不拡散を目指すアメリカの安全保障上の至上命題を真っ向から否定することになる(“In Japan and South Korea, bewilderment at Trump’s suggestion they build nukes”; Washington Post; March 28, 2016)。もはやこうなると、事態は「ゆすり」だの、二国間同盟だの、バードン・シェアリングだのどころではなくなる。トランプ氏の発言は党派の枠を超えて核不拡散に取り組む外交政策の専門家達に対して、およそこの世のものとは思えないほどの侮辱である。核兵器保有国が増えれば増えるほど、テロリストが核兵器を入手する可能性が高まるということをトランプ氏は知っておくべきである。

政策顧問の選任に関して言えば、指導者は国民よりもはるかに大きな視野から事態を見通さねばならない。候補者は国民の要求に応える必要がある。しかしそれだけでは不充分である。良き指導者となるには注目されていなくとも重要な問題に国民の意識を向けさせるべきであり、大衆の怒りに迎合してばかりではいけない。こうした観点から言えば、クリントン氏のチームが最善でありトランプ氏の顧問団が最悪である。クルーズ陣営のチームはブッシュ陣営およびルビオ陣営から顧問が参入してくれば、質量とも向上する可能性もある。


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