2021年12月13日

国防費をGDP比率で決定してよいのか?

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冷戦以来、国防費はアメリカと同盟国のバードン・シェアリングにおいて重要な問題であった。同盟国はGDP比率に基づいた国防費の増額を求められることが多かった。今秋の日本の総選挙を前に、自民党の総裁候補者達は防衛費を現行のGDP1%から2%への増額について討議した。

 

しかしRAND研究所のジェフリー・ホーナン氏は産経新聞とのインタビューで、首相候補達にGDP比や敵地攻撃能力よりも、日米同盟の強化にとってもっと重要で現実的な問題を中心に議論すべきだと提言した(「岸田政権、台湾有事で何をするのか 米ランド研究所上級政治研究員 ジェフリー・ホーナン氏」;産経新聞;2021年10月21日)October 21, 2021)。ホーナン氏によるとアメリカは東アジア、特に台湾海峡の危機で日本には何ができるのか示して欲しいということだ。そうした事態が起きれば、台湾を中国から守るのは在日米軍となる。よって日本はどのような貢献、例えば東シナ海への潜水艦派遣、南西諸島に配備された自衛隊の地対艦ミサイルの使用などといったことができるのか否かを明確にする必要がある。

 

別の機会にはホーナン氏は日本は政治的安定を維持する必要があり、それは短命政権だと内政課題を優先し、政策の形成と実施で官僚機構に依存せざるを得なくなるからだと主張している。さらに首相が頻繁に変わるようでは日本が両国の合意を着実に遵守する保証が弱まり、それがひいてはアメリカの外交に厳しい制約となってくるということである (“What Instability at the Top Means for Japan's Alliance with the United States”; Nikkei Asia; September 22, 2021)。

 

ともかく同盟とは相互的なもので、一方的なものではない。現在は「自由で開かれたインド太平洋」構想へのヨーロッパ諸国の参加、そしてインドとオーストラリアも加えたクォッドの発展にも見られるように日米同盟は多国間化している。こうした観点からすれば、日本にとっては内政上のやり取りから出て来た自国満足的な手段を追求するよりも、全世界のパートナーとの役割分担を話し合う方がますます重要になっている。我々はドナルド・トランプ氏の唐突な言動で、どれほど困惑させられたかを忘れてはならない。彼のような行動をとる理由などない。

 

国防費に関する議論は、実際の強さと関係がなければ意味がない。しかし政治における意思決定の全てが合理的なわけではない。時には1971年のスミソニアン協定で日米双方が為替相場を1ドル360円から308円に切り上げた事例に見られるように、それは確固たる根拠よりも象徴的なものに終始することもある。国防費に関して言えば、それがGDPに占める比率は容易に理解しやすい指標ではあるが、その定義は国ごとに違ってくる。よって自裁の能力を査定せずに一律の目標を押し付けても必ずしも効果的ではない。

 

目を大西洋地域に向けると、国防費とバードン・シェアリングはアメリカとNATO同盟諸国との間でも重要な問題になっていたことがわかる。アメリカの歴代政権はソ連との冷戦以来、同盟の能力と連帯の強化のためにもヨーロッパに国防費の増額を求めてきた。他方でトランプ氏は支出額に拘泥するあまり、ヨーロッパ諸国に対しては国防費の要求水準を満たさず、自らのアメリカ・ファーストの外交政策を批判し続けるなら駐留米軍を撤退させると言って圧直をかけた。実際にトランプ氏は任期終了間際に在独米軍の削減を手がけたが、それはジョー・バイデン現大統領によって覆された。

 

国防支出をめぐるトランプ氏の報復的な強請りたかりによって、アメリカとヨーロッパの長年にわたる相互信頼は損なわれただけである。それよりも地域の安全保障枠組での役割分担を模索し、この目的に必要な兵器装備について話し合うべきだった。皮肉にも彼の共和党は国内において賢明で効果的な歳出を掲げる政党だということになっているが、実際のところ同盟国とは増額されるはずの国防予算がどのように使われるかを話し合うことはなかった。むしろトランプ氏の「経営感覚」に基づく外交政策は、大西洋同盟内でのえげつない感情的な衝突に陥ってしまった。時代を違え国を違えても、指導者達は同じ間違いを繰り返している。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年10月26日

アフガニスタン撤退と西側の自己敗北主義

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昨年11月のアメリカ大統領選挙でジョセフ・バイデン氏がドナルド・トランプ氏を破り、世界は喜びにあふれた。西側同盟の一体性は、G7カービスベイとNATOブリュッセル首脳会議で確認された。また、バイデン氏はNATOで指導力を発揮し、4月にはロシアのウクライナ侵攻を阻止した。しかしアフガニスタンからの米軍撤退とそれに続く現地の混乱により、バイデン政権への国際社会からの信頼は損なわれた。トランプ氏はこの機を逃さずバイデン氏を非難したが、タリバンと早期撤退の取り決めを行なったのは彼自身である。

 

忘れてはならぬことに、トランプ・リパブリカンはバイデン氏のものよりはるかに早く機嫌を設定したトランプ氏の撤退スケジュールを支持したのである。その一例としてイボ・ダードラー元駐NATO大使は、ミッチ・マコネル上院議員がバイデン氏の撤退を非難しながらも自身はアフガニスタンへの駐留継続に反対であったことを批判している 。

 

 

ケビン・マッカーシー下院議員からジェフ・バン・ドリュー下院議員にいたる他のトランプ・リパブリカンも大なり小なりマコネル氏同様に偽善的である。何よりも、トランプ氏自身が自身のサイトで撤退を支持する発言を削除した。

 

 

 

 

よってアメリカ国内の政治的衝突にはバランスの取れた視点が必要である。

 

西側の自己敗北主義については多くの主張が飛び交っている。そうした議論のいくつかに反論したい。アメリカのアフガニスタン攻撃を批判する者は、帝国的なオーバーストレッチ、あるいは9・11同時多発テロに対して怒りに任せた過剰反応だと言う。だがこれは批判のための批判でしかない。アメリカ本土への攻撃は西側民主主義への攻撃であり、彼らの極悪犯罪に難の行動も起こさなければ世界の安全はもっと損なわれていただろう。外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、反戦主義者の主張には以下のように反論している。

 

 

 

 

他にも西欧啓蒙思想とリベラリズムの普遍性を否定し、タリバンの宗教的狂信主義による暴虐な統治を正当化する者さえいる。イスラムの伝統もさることながら、彼らは複雑な民族宗派および部族的背景を抱えたアフガニスタンの歴史にまで言及し、西側が擁立した近代的なネーション・ステートを否定している。しかしタリバンによる統治はパシュトゥン人のイスラム過激派による権力独占に見られるように、より中央集権的で多様性に欠けている。よって都市部の住民と違い地方の住民はタリバンの方を支持しているという論調は、全くの間違いである。またタリバンによって、9・11同時多発テロ以前には彼らの盟友であったアル・カイダや、米軍撤退後には彼らの敵となるIS―Kに見られるような国外の過激派がこの国に入り込むようになっている。

 

上記のようにテロとの戦いに反対する見解には、反西欧主義と第三世界の独裁者やテロリストへの偏った好意に満ち溢れている。カルザイ政権とガニ政権の統治は、メディアが両政権の腐敗ぶりを報道するほどは悪くなかった。フリーダム・ハウスによると、米軍侵攻以降は市民の自由に関する指標が最低の7から5に上がっている。また、女児の就学率はほとんどゼロだった2001年から、2018年には小学校で83%、中高等学校では40%にまで上昇した。さらに目を惹くものは一人当たりのGNIで、2001年の$820から2019年には$2,229に跳ね上がった。他方でアフガニスタン政府はケシ栽培面積と民間死傷者数を抑制できなかった(“The Legacy of the U.S. War in Afghanistan in Nine Graphics”; Council on Foreign relations; August 17, 2021)。

 

上記のような親西欧政権の成功面に鑑みれば、アメリカが党派にかかわらず撤退を決定したのはなぜか理解する必要がある。それによる混乱と地政学的な力の真空は容易に見通せるだけに。アメリカは自国の国益のためにアフガニスタンを見捨てたとの声もある。しかしそれをどのように、しかも誰が決めるのか?アフガニスタンでの長い戦争には超党派の厭戦気運が漂ってはいたが、ヨーロッパ政策分析センターのカート・ボルカー氏は「アメリカの軍事および外交を司る最上層部の高官達はこの10年間で一貫して、有力政治家達には米軍撤退によってアフガニスタン政府の崩壊、人道的な被害、そして敗北したアメリカによる同盟国見捨てという認識がもたらされるだろうとのブリーフィングを行なってきた」と論評している(“Afghanistan’s End Portends a Darker U.S. Future”; CEPA; August 13, 2021)。アフガニスタンに関し、トランプ氏もバイデン氏もどれほど外交政策エスタブリッシュメントを疎外して左右のポピュリストから歓心を買おうとしたかをボルカー氏は語っているのだ。

 

上記の見解はアメリカを代表する外交政策形成者達の間で共有されている。しかしバイデン氏が彼らの批判に妥協しない理由は、有権者がアフガニスタンでの「長い戦争」への厭戦気運にあり、彼自身も内政問題と中国との戦略的競合に優先順位を置くようになったためである(“Here's Why Biden Is Sticking With The U.S. Exit From Afghanistan”; NPR News; August 14, 2021)。コンドリーザ・ライス元国家安全保障担当補佐官はバイデン氏はアフガニスタン国民のネーション・ビルディングをもっと暖かく見守るべきだった、そして世界からのアメリカへの信頼回復のためにもウクライナ、イラク、そして台湾への関与を強化すべきだと論評している。またアメリカの有権者にはアフガニスタンの戦争が常軌を逸して長かったわけではなく、朝鮮戦争は今も形式的には続いていると説いている (“Condoleezza Rice: The Afghan people didn’t choose the Taliban. They fought and died alongside us.”; Washington Post; August 17, 2021)。

 

軍事戦略の観点からは、アメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン氏がバイデン氏はトランプ氏がタリバンと成した合意を破棄することもできたのに、そうしなかったと評している(“Biden could have stopped the Taliban. He chose not to.”; AEI ; August 14, 2021)。外交問題評議会のマックス・ブート氏も同様に、トランプ氏の偽善とバイデン氏のタリバン進撃に対する鈍い対応を批判している(“The Biden administration’s response to the Taliban offensive is delusional”; Washington Post; August 12, 2021 および “Trump & Co. engineered the pullout from Afghanistan. Now they criticize it.”; Washington Post; August 19, 2021)。2020年にタリバンとトランプ政権双方の間では、テロリストにアフガニスタンをアメリカ本土への攻撃に使用させないとの合意が結ばれた。しかしIS-Kに見られるように他の過激派によるテロ攻撃が、タリバン統治下のこの国で再び強まっている。さらに合意に従うことなくガニ政権との和平交渉を進めなかったばかりか、彼らは前政権をカブールから追放した(“U.S.-Taliban Peace Deal: What to Know”; Council on Foreign Relations; March 2, 2020)。多くの専門家達が言うようにトランプ氏はガニ氏に圧力をかけ、タリバンの捕虜5千人解放と引き換えに3ヶ月の停戦交渉を行なうように仕向けた。バイデン氏はその合意を破棄せず、アメリカの同盟国は見捨てられることになった。

 

今回の撤退計画にはバイデン政権内からも異論があった。ボブ・ウッドワード氏とロバート・コスタ氏の近著『Peril』によると、アンソニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官は大統領に性急な撤退はしないようにと訴えたが、それは聞き入れられなかった(“Biden ignored Austin, Blinken warnings on Afghanistan withdrawal: Woodward book”; Hill; September 15, 2021)。また上院軍事委員会ではマーク・ミリー統合参謀本部議長とケネス・マッケンジー中央軍司令官が、トランプ氏もバイデン氏も同じ「戦略的失敗」を犯し、タリバンがアフガニスタン政府を相手にあれほど早く成し遂げたカブール制圧を阻止するために最低でも2,500人の地上兵力を残しておかなかったと証言した(“Military leaders, refusing to fault Biden, say troop withdrawal ensured Afghanistan’s collapse”; Washington Post; September 28, 2021)。

 

明らかにバイデン氏とトランプ氏は国家安全保障政策に関わってきた者達を脇に追いやった。ここで国際社会からの批判を代表して、イギリスのトニー・ブレア元首相の見解を取り上げたい。ブレア氏がアフガニスタン撤退に反論した理由は、その決定が戦略的な考慮よりも内政事情に基づいてなされたからである。さらに優先順位を間違えば 、西側民主主義諸国はイスラム過激派の脅威に対して脆弱になり、それによって中国とロシアを勢いづけてしまうと主張する(“Why We Must Not Abandon the People of Afghanistan – For Their Sakes and Ours”; Tony Blair Institute for Global Change; 21 August, 2021)。そのようにアメリカ国内の孤立主義気運で左右双方から外交政策エスタブリッシュメントが足を引っ張られる事態に鑑みて、ブレア氏はヨーロッパとNATOは自主防衛行動のための能力を高めて西側民主主義を守り抜かねばならないと説いている(Speech at the RUSI; 6 September, 2021)。非常に重要なことにブレア氏が言う自主防衛とは普遍的価値観に基づいていて、日本の靖国ナショナリストのようなリビジョニストの発想はない。

 

歴史的に見てアメリカ人は自国が国際的な危機にみまわれた時には熱しやすいが、それが過ぎると冷めやすいことは第一次世界大戦のルジタニア号事件に見られる通りであるとブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は言う。ドイツを破ってしまえば、米国民は世界と関わる熱意など失ってしまった。当時と同様にアメリカ人は9・11同時多発テロに怒り心頭であったが、テロ被害からの世界秩序の再建などは欲していなかった。彼らがテロとの戦いを熱心に支持した時には次のテロ攻撃への恐怖に駆られていた。しかし長い戦争を最中で有権者達が次のテロ攻撃はないものと感じるようになると彼らは戦争に懐疑的になり、それどころか国家安全保障エリートによる陰謀を疑うようにさえなった。それが厭戦気運の現実である “It wasn’t hubris that drove America into Afghanistan. It was fear.”; Washington Post; August 26, 2021)。ケーガン氏の見解からすれば、当時のイスラム教徒差別が激化した理由は、コロナ危機以降のアジア人差別の激化と同様だと理解できる。また外交政策エスタブリッシュメントがウィルソニアンのビジョンを追求した一方で、有権者はジェファソニアンあるいはハミルトニアンの本能を維持し続けた。ジャクソニアンどころかデビソニアンとさえ見られているトランプ氏は2016年に、この機を逃さなかった。バイデン氏はトランプ前大統領から政権を奪取したものの、このような状況を覆すだけの意志も能力も持ち合わせていない。

 

大統領選挙直前に開催されたあるウェビナー会議では、日本を代表する専門家達によってバイデン氏が提唱する「中産階級のために外交政策」の意味が議論されていたが、遺憾にも私は彼のキャッチフレーズを軽く見てしまった。それは外交政策エスタブリッシュメントがトランプ氏の再選を怖れ、殆ど一致してバイデン氏を支持していたことが主な理由である。またトランプ氏は在任中にロシアのウラジーミル・プーチン大統領と歩調を合わせるかのようにアメリカ民主主義の評判を落とす言動さえとったので、トランプ政権下でロシア問題担当補佐官を務めたフィオナ・ヒル氏はトランプ氏がロシア以上に国家安全保障上の脅威になると述べている(“Trump is a bigger threat to the US than Russia: Former foreign policy expert”; Raw Story, October 10, 2021)。上記の観点から、私は左右の枠を超えたウィルソニアンの専門家達によるバイデン氏への熱心な支持に強く印象づけられていた。さらにバイデン陣営は上院外交委員会でジョン・マケイン氏と超党派で問題に取り組む写真を頻繁に流した。しかしバイデン氏はバイデン氏であって、マケイン氏ではないことに私は気付くべきであった。

 

急な撤退はヨーロッパの同盟諸国を驚かせた一方で日本国民がアメリカの敗北主義をある程度は受容している背景には、アメリカが戦略的な重点を中国に振り向けることを切望しているという事情もあるが、それが可能になるためには中東の安定が必要である。今や中国は一帯一路構想に見られるように、東アジアの大国にとどまらない。実際に中国はCPEC(中パ経済回廊)を通じてアフ・パック地域で力の真空を埋めようとしていて、インドがそれに警戒感を抱いている。これはインド太平洋地域での対中戦略パートナーシップとなるクォッドの信頼性にも関わる重要な点である。インドの地政学戦略家、ブラーマ・チェラニー氏は『日経アジア』紙への投稿に際して以下のようにツイートしている(“Biden's Afghanistan fiasco is a disaster for Asia”; Nikkei Asia; August 30, 2021)。

 

 

 

 

 

留意すべきことに、H・R・マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官は2017年の国防戦略作成でテロとの戦いから中国とロシアを相手にした大国間の競合に政策の重点を移したが、それでも今回の撤退には強く反対している。

 

地政学と戦場の状況に加えて、タリバンとの対話が可能なのか考え直すべきだ。数年前にロバート・ケーガン氏は、トランプ氏がジャマル・カショギ氏殺害で全世界から非難されていたサウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン皇太子と緊密な関係にあることを批判していた。問題点は独裁者はどれほど改革的に見えても、本質的に圧政志向であるということだ(“The myth of the modernizing dictator”; Washington Post; October 24, 2018)。タリバンに関しては人道的な問題での外交交渉なら有り得るが、彼らが穏健になったように見えるというだけで正当性を認めるべきではない。マクマスター氏は西側が引き下がる時にタリバンと対話を行なうことが無意味なことは、カブールを奪取した彼らの慢心ぶりを見ての通りだと述べている(“H.R. McMaster Warns Against 'Self-Delusion' That Afghanistan Withdrawal Means War's End”; News Week; August 21, 2021)。

 

我々はアメリカばかりかヨーロッパからアジアに至る国際社会で、これほど多くの戦略家達がトランプ・バイデン両政権の撤退に異を唱えていることに留意すべきである。西側民主主義が中世の野蛮に蹂躙されても黙認するような、無責任な歴史観測者であってはならない。バイデン政権と国際的なステークホルダー達が撤退による混乱を鎮めるため、アフガニスタンに何をするのかを責任をもって見守って行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年5月11日

何がバイデン外交のレッドラインとなるのか?

 

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先の記事では、マックス・ブート氏が中東でのアメリカの国益へのイランの攻撃に対するバイデン氏のレッドラインについて有益な見解を述べたコラムを引用した (“Opinion: Biden actually has a strategy for the Middle East, not just a Twitter account”; Washington Post; February 27, 2021)。ジョー・バイデン大統領は妥協の達人ではあるが、妥協とはレッドラインが明確であってこそできるものである。バイデン氏にはバラク・オバマ氏とドナルド・トランプ氏のようなカリスマ性はないが、慶応大学の中山俊宏教授によると、バイデン氏は自らの職務を通常通りにプロフェッショナルなやり方で行なう大統領だということである(『「オバマやトランプと違って…」アメリカ人が過去最多得票でバイデンを大統領に選んだ理由』;文藝春秋;2021年1月21日)。

 

バイデン氏のカリスマ性なきプロフェッショナリズムは、バランスをとる能力とレッドラインを引く能力によるものと思われる。実際にオバマ氏とトランプ氏があまりにアマチュアなために、敵対勢力から重要な国益を守れなかったことも何度かあった。中でも前元大統領の両人ともシリアでは大きな過ちを犯した。2013年にはオバマ氏がバシャール・アル・アサド大統領による反政府勢力や非戦闘員への化学兵器攻撃に、反撃の空爆ができなかった(“The problem with Obama’s account of the Syrian red-line incident”; Washington Post; October 5, 2016)。トランプ氏には前任者を非難する資格など全くない。2018年にはテロとの戦いが終了したものと思い込んで、当地より米軍撤退をしてしまった。その結果、アメリカと長年にわたる同盟関係にあった現地クルド人勢力が見捨てられ、ペンタゴンから厳しい批判の声が挙がった(“Trump orders US troops out of Syria, declares victory over ISIS; senators slam action as mistake”; USA Today; December 19, 2018)。またフランスのエマニュエル・マクロン大統領は「我々が現在経験していることは、NATOの脳死である」という有名な一言を発した(“NATO alliance experiencing brain death, says Macron”; BBC News; 7 November, 2019)。その時以来シリアの安全保障は改善せず、トランプ氏が間違っていたことが明らかになった。

 

オバマ氏とトランプ氏の外交上の失敗に鑑みて、バイデン氏は世界各地でのアメリカの重要な国益を守るために、どのようにしてレッドラインを引くのだろうか?まずロシアを挙げるが、それはウラジーミル・プーチン大統領が世界のどの国の指導者にも増して、手段を選ばずに一線を越えてきたからである。本年3月のNIC報告書に記されたように、ロシアは2020年にもアメリカ大統領選挙に介入して共和党のドナルド・トランプ候補に肩入れした。明らかにロシアはレッドラインを越えてアメリカの本土を攻撃してきた。いわば、これは第二の9・11同時多発テロなのである。中国でさえ、そのような攻撃に訴えることには躊躇した。その報告書によるとプーチン氏はサイバー攻撃ばかりでなく、トランプ陣営の人物と接触も重ねた。

 

クレムリンはブレグジットとトランプ現象よりはるか以前からヨーロッパで選挙介入を行ない続け、西側のリベラル民主主義の正統性を損なおうとしてきたことを忘れてはならない。プーチン氏、トランプ氏、英国独立党のナイジェル・ファラージ氏らに代表される極右政治家は、ヨーロッパとアメリカの白人労働者階級の間にある怒りとレイシズムを利用して自分達の政治目的を達成してきた。ウクライナのジャーナリスト、アントン・シェコフツォフ氏は、ロシアによる欧米極右への支援はプーチン氏と彼を取り巻くシロビキの仲間達よりはるかに根深く、ソ連時代まで遡ると指摘する。嘆かわしいことに、日本と東アジア近隣諸国の人々は今頃になって欧米でのアジア人差別の高まりに懸念を顕わにしているが、それがロシアによる白人キリスト教ナショナリズムへの支援からすれば当然の帰結であるにもかかわらず、クレムリンが欧州大西洋圏で行なってきた政治工作の脅威についてほとんど無関心だった。

 

ロシアの攻撃への対応でバイデン氏は明確なレッドラインを引いている。NIC報告書の講評を機に、同盟国の支持も得てロシアへの制裁を強化した(“Biden administration imposes significant economic sanctions on Russia over cyberspying, efforts to influence presidential election”; Washington Post; April 16, 2021)。さらにバイデン氏がNATO同盟諸国の協力も得てプーチン氏に圧力をかけ、ウクライナとの国境地帯からロシア軍を撤退させたことは、トランプ時代のアメリカ・ファースト払拭を印象付けるに充分である(“Russia to Withdraw Troops From Ukraine Border, Crimea”; Moscow Times; April 22, 2021)。忘れてはならぬことは、オバマ政権ではロシアがクリミアに侵攻して併合まで行なった際にアメリカのレッドラインを守れなかったということである。トランプ政権はさらに悪かった。大統領自身がロシアの併合を認めたばかりか、プーチン氏とのヘルシンキ首脳会談では、あろうことか自らが当選した大統領選挙でのクレムリンの介入に関してはアメリカ側よりもロシア側の情報機関を信用するとまでのたまった。そのことトランプ氏が大統領の職責など全く理解していないことを露呈した。留意すべきは、イギリスのボリス・ジョンソン首相が自らの首相就任には有利に働いたにもかかわらず、ブレグジット投票でのロシアの介入を非難したことである。ジョンソン氏はイギリスのレッドラインを理解している。

 

ロシアと違い中国は選挙に介入しなかったが、この国はパックス・アメリカーナへの挑戦者の筆頭である。中国は東シナ海、南シナ海、台湾海峡周辺といった自国近隣の水域で独自のレッドラインを一方的に設定し、それは中華モンロー・ドクトリンとまで言われている。そうした中でアメリカはウイグルと香港の自由に関して国際的なルールと規範のレッドラインを敷いている。中国にとって、後者はアメリカ主導の本土攻撃に思えるかも知れない。実際に王維外相は日本に、米英EU加が新疆と香港での人権擁護を訴えるために形成した連合に入らないように要求した(“China tells Japan to stay out of Hong Kong, Xinjiang issues”; Straits Times; April 6, 2021)。また中国とアメリカは情報テクノロジーの覇権をめぐっても対立を深めている。

 

一連の対立に鑑みればロシアがトランプ氏を、イランがバイデン氏を支援して選挙介入をしてきたにもかかわらず、中国が2020年の選挙に介入を躊躇したことは特筆すべきことだ。イランと同様に中国もバイデン氏を支援してポピュリストのタカ派の弱体化を使用と考えてはいた。しかし中国もイランも民主党の大統領であればハト派であろうと夢想したりはしない。リアリストの中には、米中間には表の対立とは裏腹に水面下の関係があることを語る向きもある。中国とリベラル民主主義諸国との間でのそうした相互依存が語られる際に、この国に対する我々の脆弱性が注目されがちだが、その逆もあるのだ。

 

よってNIC報告書で中国について記された箇所を見てみたい。北京政府は国営メディアを通じてトランプ氏の外交政策やコロナ危機対策に対するネガティブ・プロパガンダを流しはしたが、それらは選挙を標的にしたものではない。押えておくべきことは、中国は選挙介入によってアメリカとの関係を致命的に悪化させるリスクを恐れたということだ。トランプ氏が当選していても、中国は関係改善の必要としていた。さらに重要なことに、アメリカの中国政策は超党派のものなので親中政権が登場する見込みはなかった。習近平氏は、プーチン氏が2016年に行なった選挙介入による米露関係の悪化から教訓を得ていた、そして中国はトランプ氏の単独行動主義の脅威を、イランほど切実には感じていなかったことにも留意すべきである。北京政府にとってアメリカを同盟国から孤立させられるトランプ氏は、ある意味ではバイデン氏より好都合でもあった。中国は地政学と価値観のレッドラインを描き替えようとしているが、それでもアメリカの最終的なレッドラインを犯そうとまでは考えていない。

 

バイデン氏はアメリカの外交政策を立て直しつつあるが、アフガニスタンに関する彼のレッドラインには疑問の余地がある。バイデン氏はトランプ氏の撤退計画の日程を後伸ばしにしているが、遅かれ早かれタリバンがカブールを奪還する可能性があるなら問題解決にはならない。その場合、アメリカが成し遂げたことは全て無駄になってしまう。孤立主義の有権者は左右に関係なくトランプ流の損益思考に陥りがちで、バイデン氏はそうした国民の意識を新たに方向づけてアメリカの国家安全保障上のレッドラインを守る必要がある。外交問題評議会のリチャード・ハース氏はアフガン政策には長期的な観点からの理解が必要で、特に重要なことはテロリストを相手にした明確な勝利よりも、現実的なコストで現地政府の敗北を回避することであると論評している。

 

さらにイギリスのトム・トゥーゲンダット下院議員は陸軍でのイラクとアフガニスタンの戦争経験者として、アメリカとNATOが少人数の軍事的プレゼンスさえ維持する意志もないと見れば、他の場所でも敵対勢力が勢いづくと主張している。

 

彼らの懸念はアメリカの国家安全保障関係者の間でも共有され、本年3月にSIGAR(アフガニスタン復興担当特別監察官)が出した報告書にもそれが反映されている。SIGAR報告書では、アフガニスタンが自前の財源で治安を維持できるほどの自立には程遠く、兵員撤退によりリスクが増大することが明言されている。昨年2月29日の米・タリバン合意より、ANDSF(アフガニスタン国防治安部隊)へのテロ攻撃は急増している。こうした事態にもかかわらず、現地の治安部隊を支援する米軍の兵員数も予算の金額も現在では抑えられている。さらに和平交渉の見通しが不透明なこともあり、アメリカが民政と軍事でのプレゼンスを低下させてしまえば安全保障環境は悪化し、それによって腐敗対策、公衆衛生を含めた社会経済開発、麻薬対策、そして女性の権利といったアメリカ主導の再建計画にも支障をきたすようになるだろう。

 

そのような治安の悪化と諸問題に鑑みて、SIGAR報告書ではアメリカと主要援助国が援助体制の構造改革と予算増額によって、諸計画の監督能力の向上を図るよう提言している。しかし、それによって力の真空の根本的な問題が解決するわけではない。バイデン氏はトランプ氏と同様に、長い戦争への厭戦気運に浸る有権者と危険な妥協に走っているように思われる。それではアフガニスタンに関するアメリカのレッドラインは脆弱になる。民主主義は納税者自身による統治に由来するが、逆説的なことに納税者は必ずしも公共の問題について責任感があるわけでも意識が高いわけでもない。時に納税者は自分達の狭い利益のために、国家や国際社会の公益を犠牲にしてしまうこともある。長年に渡って上院外交員会でのキャリアを積んだバイデン氏は、アメリカの外交指導者としてオバマ氏やトランプ氏よりもはるかにプロフェッショナルであるが、それでもなおアフガニスタンでの現大統領のレッドラインは再考を要する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年3月31日

バイデン外交に見られるバランス感覚

 

 

国際社会はジョセフ・バイデン大統領がアメリカをドナルド・トランプ氏のアメリカ・ファーストからどれほど脱却させられるかを注視している。今年の2月には外交政策に関する初の演説を国務省、続いてミュンヘン安全保障会議で行なった。学者や評論家達は演説内容の一言一句を検討しながら彼の外交政策の見通しを立てようとしている。そうした中で、バイデン氏の発言と行動を総合的な観点から比較する必要がある。

 

まずバイデン氏の演説を見てみたい。国務省での演説では、バイデン氏は一貫してロシア、中国、そして中東での反政府勢力および民族的マイノリティーの人権を擁護している。また、環境問題をはじめとする生活の質に関わるグローバルな問題も重要になっている。そうした中で中国に関しては、バイデン氏はアメリカ理想主義の道徳的な優位とリアリズムの地経学のバランスをとっている。ロシアに対しては事情が異なり、特にこの国がブレグジットやトランプ氏の当選を目論んでヨーロッパとアメリカで行なった選挙介入は問題視されている。国家情報会議が最近刊行した報告書によると、ロシアは2020年の大統領選挙でもハッキングや選挙運動陣営との準脈を通じ、トランプ氏を当選させようと選挙介入をしてきた。中国もそうした選挙介入を通じたトランプ陣営への中傷キャンペーンを考慮していたが、最終的にはそうした行為を控えたということだ(“Putin targeted people close to Trump in bid to influence 2020 election, U.S. intelligence says”; Washington Post; March 17, 2020)。そのように選挙介入の脅威が非常に大きくなった事態に鑑みてイギリスは長年に渡る核戦略を転換して核弾頭数を増強し、敵のサイバー攻撃に非対称的な報復を行なう方針を決定したほどである(“Boris Johnson warns Tories off cold war with China”; Times; March 16, 2021)。

 

続く2月19日のミュンヘン安全保障会議では、バイデン氏はアメリカがNATOの第5条を尊重し、域内とグローバルな安全保障での相互協力を進め、中国、インド太平洋の航行、そしてコロナ禍といった新たな課題にも取り組んでゆくと強調した。ヨーロッパ諸国はトランプ時代の孤立主義からの脱却の意向を歓迎しているが、ドイツとフランスのように緊密な対米関係よりも自国の戦略的自立性による環大西洋多国間主義を追求する動きもある(“Opinion: Message from Munich: Resilience is the foundation of trans-Atlantic security”; Deutsche Welle; 19 February, 2021)。そうした中でアジアではハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が述べるように、習近平政権下の中国は地域安全保障と貿易において自己主張が過剰になっているが、アメリカとしても経済や環境問題での相互依存もあってこの国との関係を断ち切るわけにもゆかない。よってアメリカにとっては日本との強固な同盟関係がこれまで以上に重要になってくるということである(“Biden’s Asian Triangle”; Project Syndicate; February 4, 2021)。それが如実に示されたのが、先日の東京での2プラス2会談である。

 

外交問題評議会のリチャード・ハース会長によると、バイデン氏の外交政策の中核を成すものは国内の再建、同盟国との協調、外交交渉の積極活用、国際機関への参加、民主主義の普及である。しかしトランプ氏が残した国内のトラブルには1月6日の暴動をもたらした政治的分裂と人種差別ばかりかコロナ対策の失敗も重なり、そうした事柄がバイデン氏の外交政策の足を引っ張っている(“Whither US Foreign Policy?”; Project Syndicate; February 9, 2021およびこちら)。アメリカの対外関与に最も重大な制約となっているものは国内の有権者の意識であると、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は述べている。アメリカ国民は自国の力を過小評価してしまい、超大国の責務を請け負うことには消極的である。これが典型的に表れているのが、イラクとアフガニスタンでの限定的な戦争への国民の厭戦気運である。彼らはアメリカが旧世界の政治的な駆け引きには関わらず、自国の経済的繁栄を追求できた時代への郷愁を感じている。しかし世界情勢への国民の意識は、国際的な危機の発生時には高まる。トランプ政権は素朴な反グローバル主義によって登場してアメリカ国際主義へのストレス・テストとなったが、国民も19世紀さながらの孤立主義が自国のためにならないことを理解しつつある。ケーガン氏は超大国のノブレス・オブリージュを満たすことがアメリカの重要な国益に適い、有権者はこのことを理解すべきだと強調している(“A Superpower, Like It or Not: Why Americans Must Accept Their Global Role”; Foreign Affairs; March/April 2021)。

 

そうした国内およびグローバルな制約にもかかわらず、イギリスのゴードン・ブラウン元首相は昨年11月9日に放映された『BBCブレックファスト』で古くからの友人としてバイデン氏のことを「妥協の達人」だと評した。バイデン氏の長年にわたる上院でのキャリアを通じ、彼のバランス感覚は大きな長所であった。オバマ政権の副大統領として、バイデン氏は2013年の予算紛争を解決して財政支出停止を回避させている。大統領として外交を取り仕切る現在、そうしたバランス能力が典型的に表れているのが、対サウジアラビア政策である。去る2月26日にはこれまで非公開だった国家情報長官室の報告書を公開し、ジャマル・カショギ氏の殺害にモハメド・ビン・サルマン(MBS)皇太子が関わっていることを知らしめた。バイデン氏はサウジアラビア国籍の76人にアメリカへの入国ビザ発給を拒否するカショギ禁止を科した一方で、人権団体やロン・ワイデン上院議員ら身内の民主党からの強い要請にもかかわらず皇太子には禁止を科さなかった。しかしトランプ政権がMBSと常に直接連絡を取り合っていたこととは違い、バイデン政権は彼とは事実上の最高指導者ではなく国防相としての職務上の権限の範囲内での連絡に留め、当面は二国間首脳会談にも招待しないことにしている(“FAQ: What Biden did — and didn’t do — after U.S. report on Khashoggi’s killing by Saudi agents”; Washington Post; February 28, 2021)。

 

トランプ政権のマイク・ポンペオ国務長官が掲げた「実用的なリアリズム」と対照的に、バイデン政権の外交チームでは人権の優先順位は高い。そうした中で外交問題評議会のマックス・ブート氏がサウジアラビアを“frenemy”と呼ぶように、単純に制裁を科しては中東の地政学でイランの立場を強化するだけになってしまう。ブート氏はバイデン流のバランスと妥協のやり方を簡潔に述べている。カショギ氏殺害の非難にとどまらず、バイデン政権はサウジアラビアがイエメンで行なっている戦争への軍事的な支援を停止した。ブート氏はさらに、バイデン氏はサウジアラビアの皇太子への制御を強めるとともに、域内でのイランの攻撃にはトランプ氏が自身の任期中にとったものよりも断固とした行動をとっていると評している。就任以来、サウジアラビア、レバノン、イラクにあるアメリカおよび同盟国の施設に対するイランからのミサイル、ロケット、ドローンによる攻撃への反応として、2月25日にバイデン氏はカタイブ・ヒズボラやカタイブ・サイード・アル・シュハダといったシリアにある親イラン民兵組織に大々的な空爆で打撃を与えた。そのようにして、イランに対してはバイデン政権として彼らと対話の意志はあるが、アメリカの国益に対するいかなる攻撃も容赦しないというレッド・ラインのメッセージを送ったのである (“Biden administration conducts strike on Iranian-linked fighters in Syria”; Washington post; February 26, 2021)。

 

他方でトランプ氏は2019年から2020年末までイランとフーシがサウジアラビアとイラクで行なった攻撃にそこまで断固とした対応はせず、ツイッターでの汚い罵詈雑言を相手に浴びせてイラン核合意(JCPOA)から離脱しただけだった。実際には、トランプ氏は2016年の大統領選挙公約の通り、イランとその代理勢力の封じ込めをサウジアラビアに丸投げしたも同然である(“Opinion: Biden actually has a strategy for the Middle East, not just a Twitter account”; Washington Post; February 27, 2021)。中東政策でバイデン氏が示したバランス感覚は対中外交にも、同様に対露外交でも鍵となるであろう。また全世界の同盟諸国や国内政治の当事者達と渡り合う際にも、現大統領は複雑に絡み合った利益の微妙なバランスをとってゆくであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年1月 8日

アメリカは世界からの信頼をどのように回復すべきか?

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去る11月の大統領選挙は、アメリカ・ファーストを掲げたドナルド・トランプ氏の落選に終わった。外交政策は一般の有権者にとって優先事項ではなかったものの、トランプ氏の非リベラルでゼロサム志向、そして取引優先の孤立主義がきっぱりと拒絶されたのだ。しかし中道派のジョセフ・バイデン氏の当選は、世界の中でのアメリカの指導力の再強化への始めの一歩に過ぎない。大統領選挙に先んじて、レーガン政権期のジョージ・シュルツ元国務長官は国際社会からアメリカ外交に対する信頼を醸成するための指針を示している。最も重要なことにシュルツ氏はレーガン・ゴルバチョフ間のやり取りと現在のゼロサム外交との比較を通じ、外交における信頼の意味を模索している(“On Trust”; Foreign Service Journal; November 2020)。元長官は特定の大統領への批判は控えているものの、『ワシントン・ポスト』紙はその論文をトランプ政権への批判を暗示したものと受け止めている。

 

まずシュルツ氏は信頼に関して、個人的な友情と政府間の関係を明確に区別している。国家間の関係において信頼とは誠実性以上のもので、合意内容の実施に尽くすだけの意志が不可欠である。元長官はレーガン政権がソ連のミハイル・ゴルバチョフ議長も核兵器に関する懸念を共有し、共通の目的を引き受けて相互の合意を実施するうえで信頼に足る人物であることがわかった時を述懐している。『ワシントン・ポスト』紙の編集部はシュルツ氏が「この4年間はアメリカの対外関係はゼロサムのゲームであり、しかもそうしたゲームが各国指導者との個人的な関係に基づくと考えるような政権が外交を取り仕切り、それが国際的な不信感を高めている」と記した一文への注目を呼び掛けている(George Shultz, elder statesman, laments distrust of U.S. abroad under Trump administration”; Washington Post; October 31, 2020)のは、それによって意思決定のプロセスが一貫性を持てなくなり、政府が外交政策を実施する能力が制約されるようになったためである。大統領による突発的なツイッター投稿で事態はさらに悪化してしまった。

 

国際システムの変遷が経済、テクノロジー、パンデミックといった新たな課題によってもたらされたことに鑑みて、シュルツ氏はアメリカには巧みな外交とビジョンのあるリーダーシップを駆使して影響力を維持し、「自由で開かれた」世界を作り上げる必要があると主張する。さらにアメリカには歴史を自らの価値観と国益に適合させることが容易になるような戦略的思考が必要だとも述べている。しかし今のアメリカは外交努力に尽力するよりも軍事的脅迫に頼り、中国とロシアに対する第二次冷戦が近づく中で全世界的に反米感情を高めている有り様だ。

 

ジョセフ・バイデン氏は世界からの信頼をどのように再構築してゆくのだろうか? 国際世論はトランピズムには不満を抱いているが、バイデン氏の外交政策での優先課題が自分達の死活的利益と適合するかどうかを慎重に見極めようとしている。ヨーロッパ諸国と違ってアジア諸国は目の前にある中国の脅威を、気候変動、民主主義、人権などよりもはるかに重大な課題と受け止めている。バイデン氏が世界にどのようなビジョンを抱いているのか、彼自身の言葉から見てみよう(Why America Must Lead Again”; Foreign Affairs; March/April, 2020)。この論文の冒頭で、バイデン氏は高らかにトランプ流の孤立主義を打ち捨ててアメリカの指導力を回復し、中国やロシアなどの挑戦者を牽制すると謳い上げている。その論文から印象付けられることは、バイデン氏は自らの外交政策で地球温暖化、大量移民、パンデミックといった市民の健全な生活に関するグローバル問題を優先課題としているということだ。またトランプ氏が蔑視した民主主義の拡大についても、アメリカ外交の重要課題であると再確認している。これはアメリカと国際社会、中でもヨーロッパ同盟諸国との信頼の再構築には好ましいことである。

 

しかしそうした高尚な政策課題は多くのアジアおよび湾岸アラブ諸国にとって「贅沢」なもので、それぞれが中国やイランと予断を許さない地政学的な衝突で対峙する最前線にある現状ではあまり顧みられるものではない。バイデン氏の多国間主義や国際協調は、たとえトランプ氏の強硬姿勢がリアリティー・ショー並みでジョン・ボルトン氏から厳しく批判される代物であっても、こうした国々の敵国に対して妥協的に思われてしまう。またバイデン氏がアメリカの指導力回復を掲げようとも、実際には引き続き内政問題に忙殺されるとの懸念も根強い。実際に次期大統領は国内の民主主義再建を優先度の高い課題に挙げている。しかしそれを内政志向だととらえることはあまりに単純で、専制的な競争相手国はアメリカ国内での政治的な分裂を利用して世界の中での民主主義の理念を弱体化させようとしている。中でもロシアのウラジーミル・プーチン大統領は欧米諸国民への情報攪乱と極右への支援によって西欧リベラリズムの信頼を失墜させ、大西洋同盟の弱体化を謀っている。次期大統領が掲げる「中産階級のための外交政策」に関しては、米国民の生活の質を中国から守るために経済とテクノロジーの分野で妥協なき競争をしてゆくことが意図されている。よって、バイデン氏の外交政策をオバマ前大統領流の「国内再建」優先のハト派路線と同一視することは性急である。

 

バイデン氏の外交政策をさらに理解するために、次期政権の国務長官に指名されたアンソニー・ブリンケン氏とロバート・ケーガン氏が先の選挙の一年前に共同で寄稿した、トランプ氏のアメリカ・ファーストによって外交当局による予防外交と抑止の取り組みが水泡に帰してしまうと主張した論文を見てみよう(”‘America First’ is only making the world worse. Here’s a better approach.”; Washington Post; January 2, 2019)。アメリカの外交当局は、インドとパキスタン、イスラエルとアラブ諸国、中国と日本など地域大国同士の戦争を抑止し続けている。予防と抑止とは反対に、トランプ氏は特にロシアのクリミア併合に見られるような戦略的競合国の勢力範囲を認めてしまい、大国間の地政学的な競争にさらに拍車をかけてしまった。両専門家が言うように、アメリカの有権者は「適切な権限を与えられればアメリカの外交当局は数兆ドルの予算節約と数千人の人命救済ができるが、さもなければまだ危機が対処可能な段階で問題を見過ごして後で高くついてしまうことになるだろう」ということを知っておくべきである。ブリンケン氏とケーガン氏が主張する外交ならば、アメリカが国際世論からの信頼を回復するために一役買えるであろう。

 

最後にアメリカと国際社会の信頼関係は、相手が友好国であれ対立国であれ相互で成り立つものだということを銘記すべきである。アナス・フォー・ラスムセン元NATO事務総長はヨーロッパからの視点として、アメリカは民主主義世界への関与を再保証する必要があるとする一方で、ヨーロッパ同盟諸国は国際安全保障での責任をもっと積極的に引き受け、アメリカの有権者の左右双方にある被害者意識からの孤立主義の気運を刺激しないようにすべきだと語っている(“A New Way to Lead the Free World”; Wall Street Journal; December 15, 2020)。シュルツ氏が自身の論文で掲げる信頼の概念は、アメリカと全世界の同盟国の双方にとって重要である。またトランプ氏が品性に欠ける発言をし続けたために、アメリカにとって最も重要なパートナーとなる国々との信頼が損なわれたことも忘れてはならない。嘆かわしいことにトランプ・リパブリカンの人達はこれをスタイル問題に過ぎないと言って軽視している。彼らはレーガン・リパブリカンのシュルツ氏とは全く対照的で、驚くほど無知である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年9月18日

ポンペオ長官が唱える自由と民主主義は信用できない

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ヨーロッパ人とは異なり、日本人でも特に右派の間ではマイク・ポンペオ国務長官が唱えるウイグルと香港の自由が称賛されている。考えてみればそれは奇妙なことで、というのも日本人の中でも右派は必ずしもパックス・アメリカーナには満足していないからである。むしろ彼らは戦後の世界秩序に対して、リビジョニストの観点から異議を唱えている。しかしナショナリストから穏健な一般国民まで、日本人が中国の脅威と国際的なルールと規範に対する北京政府の反抗的な姿勢には懸念を強めていることは否定できない。地政学的に言えば、アジアにはアジア太平洋地域には信頼できる多国間の安全保障枠組がない。だからと言って、単なる反中感情からポンペオ氏を自由の救世主と崇めることは馬鹿げている。

 

去る7月23日にポンペオ氏がニクソン図書館で行なった演説には世界中からの注目が集まっているが、これに対しては専門家の評価はきわめて低い。リチャード・ハース氏はポンペオ氏による冷戦以来のアメリカの中国政策への批判からは、彼にはニクソン・キッシンジャー流の地政学への理解が根本的に欠如していることがうかがえると評している (“What Mike Pompeo doesn’t understand about China, Richard Nixon and U.S. foreign policy”; Washington Post; July 26, 2020)。ブルッキングス研究所のトマス・ライト氏はさらに、トランプのアメリカが行なう中国とのイデオロギー戦争は間違いだらけだと批判している。ポンペオ氏は世界が開かれて自由な民主主義体制にあるアメリカと、マルクス・レーニン主義の専制体制にある中国との衝突状態にあると述べた。しかしトランプ政権はリベラルでルールに則った世界秩序を破壊しながら、中国と同様に強圧的な大国による小国の搾取が可能となる支配従属的な国際システムを追求している。さらに問題となることは、トランプ氏とポンペオ氏は他の国での人権問題はそれほど非難せず、そのうえフリーダム・ハウスによると、彼らが政権の座にある間にアメリカの民主主義は年々劣化しているということだ。それではポンペオ氏の有志連合の正当性は低下するばかりである(“Pompeo’s surreal speech on China”; Brookings Institution; July 27, 2020)。よってセンター・フォー・ザ・ナショナルインタレストのポール・ソーンダース氏は、ニクソン図書館での演説はトランプ氏のための選挙運動に過ぎないとまで揶揄している (“Responding to Chinese and Russian Disinformation”; Tokyo Foundation; July 29, 2020).

 

ともかく、上記の専門家は一致してポンペオ氏による同盟国への激しい口調を批判し、それでは中国に対する自由諸国連合という彼の考えとは全く相容れないとしている。冷戦たけなわの時期から、歴代のアメリカ大統領は同盟国に防衛での負担分担を求め続けてきた。よってアメリカの国務長官が同盟国に対し、中国のような敵国に断固とした態度をとるように促すことは特に変わったことでもない。しかしポンペオ氏が演説の中でNATO同盟国を大々的に批判したことは前例のないことであり、有志連合の構築には役立たないと思われる。むしろ米欧間の亀裂をさらに深めるであろう。

 

ポンペオ氏はイランにも矛先を向けている。昨年12月、彼はこの国の宗教的少数派への抑圧を非難した(“Human Rights and the Iranian Regime”; Department of State; December 18, 2019)。しかし彼がイランの自由と民主主義にどれほど関与するかは疑わしい。アメリカン・エンタープライズ研究所のケネス・ポラック氏は、イスラエルとアラブ首長国連邦の国交正常化は外交上の画期的な成果ではないと評している。彼の視点では、これはイラクとアフガニスタンでも見られた通り、トランプ政権による中東からの戦略的撤退と軌を一にしている。そうなってしまえば、イスラエルとアラブ首長国連邦のみならず他のアラブ諸国もイランに対する力の真空を自分達で埋めねばならなくなるであろう (“Israeli-Emirati normalization: Be careful what you wish for”; AEIdeas; August 13, 2020)。トランプ氏は一期目の選挙運動で、サウジアラビアとその他の湾岸諸国に対してイランに対しては核武装して自国を促したほどであることを忘れてはならない。

 

イデオロギー戦争でのそうした一貫性の欠如は、ポンペオ氏の民主主義と人権に関する見解に由来する。ロバート・ケーガン氏が主張する("The Strongmen Strike Back"; Brookings institution), ように、彼はこれらの単語を自然法と普遍的リベラリズムというロック流の観点ではなく、ナショナリズムというハゾニー流の観点から理解している。この考え方は西側同盟国のリベラル民主主義よりも、むしろプーチンのロシアで権威主義的な伝統主義による統治の強化の邁進を謀っているウラジスラフ・スルコフ氏が主張する主権民主主義と軌を一にしている。日本の右翼はポンペオ氏とはナショナリストそしてリビジョニストという共通の絆を本能的に感じているものと思われる。そのことは彼の有志連合には信頼性がなく、ジョン・マケイン氏が普遍的な価値観に基づいて作り上げようとしたものとは比べ物にならない。

 

非常に問題視すべきは、民主体制と専制体制についてのポンペオ氏の定義はフェアではなく、彼自身の独特な地政学に基づいている。本年3月に国務省が“2019 Country Reports on Human Rights and Practices”を刊行した際に、ポンぺオ氏は自身の演説で市民の自由への最悪の侵害国として中国、キューバ、イラン、ベネズエラを名指ししながら、他にも報告書に記載されていたロシア、トルコ、北朝鮮などには言及しなかった。彼のアンフェアな言動によって、アメリカの外交官集団と彼自身の間に深い亀裂があることが露呈した(“Critics Hear Political Tone as Pompeo Calls Out Diplomatic Rivals Over Human Rights”; New York Times; March 11, 2020)。さらに、トランプ政権はアレクセイ・ナワルヌイ氏への毒殺未遂にも沈黙を貫き、ドイツのように迅速に対応してクレムリンを非難するにはいたらない(Nicholas Burns; Twitter; August 25, 2020)。マイケル・マクフォール氏はさらにロナルド・レーガン氏以来の歴代大統領はロシア訪問時にはクレムリンと反体制派双方の指導者に敬意を示してきたと指摘する。しかしトランプ氏とポンペオ氏はノビチョク毒攻撃には何も言わぬままである(“A Russian dissident is fighting for his life. Where is the U.S.?”; Washington Post; August 21, 2020)。同様に、ポンペオ氏は2018年にサウジアラビアが行なったジャマル・カショギ氏の殺害も非難しなかった。

 

一連のアンフェアな言動の他にも、ポンペオ氏の行動にまつわる倫理的な問題をさらに見てゆく必要がある。マックス・ブート氏が述べるように、ジェームズ・マティス国防長官をはじめとする「政権内の大人」達が退任してからというもの、ポンペオ氏はトランプ政権のイエスマンのリーダーとなった(“Trump relies on grifters and misfits. Biden is bringing the A Team”; Washington Post; August 23, 2020)。それが典型的に表れた一件がエルサレムからの共和党全国大会へのテレビ中継参加で、リチャード・ハース氏からデービッド・ロスコフ氏にいたるまでのオピニオン・リーダー達は、トランプ氏の選挙運動のために福音派の歓心を買おうと、外交を政局化したと厳しく批判した。このような観点から、『ワシントン・ポスト』紙のジャクソン・ディール副編集長は、ポンペオ氏を最悪の国務長官だと論じている。すなわち、ポンペオ氏が職務規範への侵害を繰り返すために外交官集団の士気は史上最低にまで落ち込んでいる。中でもサウジアラビアに勝手に武器輸出を行ない、その後に監察官を解任した一件が目をひく(“Mike Pompeo is the worst secretary of state in history”; Washington Post; August 31, 2020)。こうしたやり方で、彼はアメリカ国内での民主主義を劣化させているのだ!

 

結論として言えばジョン・ボルトン氏が回顧録に記したように、トランプ大統領が中国と貿易合意にいたれば、ポンペオ氏は自由と民主主義と言った自らの主張をあっさりと引っ込めかねない。よって、彼が掲げる大義など無批判的に信頼しない方が良い。他方で我々は「ディープ・ステート」とは緊密に連絡を取り、「アメリカの真の意志」が何かを理解すべきである。そうなれば、同盟国は自国とアメリカの政策調整をどのように進めるべきかを模索できる。アメリカ人でさえマイク・ポンペオという人物の扱いには難渋していることもあり、トランプ政権が続く限りは外交上のやり取りは難儀を極める状態にとどまるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年12月24日

世界の無秩序化を加速する、トランプ政権のハゾニー的ナショナリズム

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きわめて逆説的なことに、ナショナリズムはその国の国際的に平凡な存在にしてしまいかねない。現在、アメリカでドナルド・トランプ大統領が掲げるポピュリスト的なナショナリズムは破滅的な内政の分裂をもたらしている。他方で国際舞台では、それによってマイクロナショナリズムが勢いづき、国民国家や地域機関を分裂させかねない。究極的にはそれがアメリカの同盟国、そしてアメリカ自身の弱体化につながりかねない。マイケル・アントン元国家安全保障担当副補佐官はトランプ政権の外交政策について、政権内部の視点から説明している(“An insider explains the president’s foreign policy.”; Foreign Policy; April 20, 2019)。

 

明らかにトランプ氏はネオコンではないが、そうかと言ってパレオコンでもない。アントン氏によれば、トランプ氏の外交政策観はどのイデオロギー的カテゴリーにも当てはまらないが、彼のアメリカ・ファーストというスローガンは人間の深層心理に根付く帰巣本能に由来するということだ。この点に関してはアントン氏の主張は妥当と思われ、実際にトランプ氏のようなポピュリストは自らの考えを洗練された概念で語らないからである。さらに深い理解のため、この論文では『ナショナリズムの徳』という著書で知られるイスラエルの政治哲学者ヨラム・ハゾニー氏の議論を適用し、トランプ政権の外交政策を述べている。ハゾニー氏はトランプ現象を作り上げたわけではないが、欧米の極右ポピュリストに理論的な基盤を提供している。

 

ハゾニー氏はポリスと帝国という概念をアリストテレスの『政治学』に基づいて比較対照している。ポリスとは均質的な「エトネ」(ethne)、すなわち英語のethnicから成り立っている。ポリスとはハゾニー氏が「自らが属するものへの愛」(love of one’s own)と述べる共同体本能に基盤を置き、そのことがアテネ人やスパルタ人といったポリス市民の間で自発的な愛国心を強めた。アントン氏は彼の理論によってトランプ氏のアメリカ・ファーストな外交政策、すなわち「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」を正当化している。他方で帝国は普遍主義に基づく多様性のある政治形態である。彼はクセノフォン、マキアベリ、モンテスキューらの著作を通じて、アケメネス朝ペルシアとローマの歴史的な欠陥に言及している。彼の見解では、他民族の帝国は非常に巨大なので、大規模な軍隊と秘密警察ネットワークによって秩序を維持する必要があり、そのことが抑圧的な政治形態につながっている。同様に、現行のグローバル化と地域統合では「自らが属するエトネへの愛」という人間本来の性質が疎外されてしまうという。

 

問題はエトネを広くも狭くも主観的に定義できることである。アレクサンダー大王はペルシアとの戦争開始にあたってその語を広く定義し、彼の言うヘレネスとはマケドニア人を含めた全てのギリシア人のことであった。他方で現在のマイクロナショナリストは、その語を狭く定義している。我々が留意すべきことは、近代国民国家はギリシアのポリスほど小さくも均質的でもないので彼らのような解釈では一国の分裂を促進しかねず、国家および国際安全保障に悪影響を与えかねない。

 

そうしたマイクロナショナリズム運動の内で最も危機的なものは、スコットランドでの動向である。遺憾なことにブレグジットがスコットランド独立運動を加速している。しかしスコットランドはイギリスの国防における戦略要衝である。英海軍はスコットランドが連合王国を離脱してもファスレーン原潜基地およびグラスゴーとロサイスの造船所を引き続き使用できるのか、深刻な懸念を抱いている(“Leasing Faslane could generate £1bn a year for an independent Scotland”; UK Defence Journal; August 19, 2019 : “First Minister claims independent Scotland still eligible for Royal Navy work”; UK Defence Journal; November 22, 2019 : “Would UK naval shipbuilding continue in Scotland if it left the UK?”; UK Defence Journal; December 16, 2019)。また、スコットランドはロシアによる海空からの侵入に対する北方の最前線でもある。イングランドの保守党右派はNIMBY感情が強過ぎるあまり、EUの規制と低賃金の移民労働者を過剰に意識している。

 

同様に、沖縄が米軍基地負担の削減のために日本からの独立を要求することも有り得る。沖縄が独立してしまえば、アメリカのインド太平洋戦略の実行にも大きな障害となりかねない。さらにアメリカ自身も分裂の懸念とは無縁ではない。トランプ氏が再選されるようなら、カリフォルニアが合衆国を離脱しかねない。また、欧米の極右がそのように無責任にハゾニー的ナショナリズムを追求するなら西側同盟全体を弱体化し、究極的には自分達の国益を脅かしかねない。

 

こうした観点から、マイク・ポンペオ国務長官が香港、ウイグル、チベットで自由を求める運動を後押しする本当の意味を再検討する必要がある。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は本年の早い時期に、ポンペオ氏の民主主義とはロック的な自由主義でなくハゾニー的なナショナリズムに基づくもので、アメリカの外交政策で長年に渡って掲げられてきたウィルソン的な普遍主義とは相容れないと指摘している(“The strongmen strike back”; Brookings Institution; March, 2019)。こうした観点から、ポンペオ氏が中国は叩いてもロシア、サウジアラビア、トルコの人権抑圧には寛容な理由を推察できる。同長官はアメリカにとって産業および地政学のうえで手強い競合相手の分裂を目論んで、中国でのマイクロナショナリズムを支援しているようにも思われる。よって彼が対中タカ派であるというだけでアジアの同盟国にとって信頼に足る相手だと見ることは、いささか短絡的である。ヨーロッパでは彼がそこまで好意的に見られていないことを忘れてはならない。

 

非常に興味深いことにアントン氏は自らの論文で、ヨーロッパではNATOやEUといった多国間機関がアメリカ・ファーストの外交政策への妨げとなっているが、アジアにはそのようなものはないと記している。今やトランプ氏と彼に従うポピュリストたちのハゾニー的ナショナリズムと、欧米エリートと全世界のグローバリストの普遍的リベラリズムとの衝突が国際政治を揺るがしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年8月 2日

アメリカ民主主義の劣化と世界の無秩序

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ロバート・ケーガン

 

リベラル世界秩序への最も重大な脅威は、専制諸国の挑戦が強まる一方で西側民主主義諸国が自分達の体制や価値観を信用しなくなっていることである。特にアメリカ民主主義の衰退は世界に大変な悪影響をもたらす。我々は民主主義が現在どのように衰退しているのかを理解し、この動向を覆す手段を考えてゆく必要がある。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は本年3月に刊行された“The strongmen strike back”と題する政策レポートで、専制諸国が突き付ける挑戦の根本的な問題を分析している。西側の専門家は従来からの専制国家を社会主義のような普遍的で一貫性のある理念がないとして過小評価するきらいがあるが、ケーガン氏はリベラル民主主義諸国にとってイデオロギーからも地政学からも脅威となっているのは権威主義そのものだと主張する。そうした状況下で西側は目下、ポピュリストという内なる課題に直面している。

 

ケーガン氏は歴史を通じて続くリベラル民主主義と権威的専制政治のイデオロギー戦争について語っている。彼の歴史的考察は今日の民主主義衰退を理解するうえでの鍵となる。古典的自由主義以前の世界では、人民は封建社会の強固なヒエラルヒーに支配されていた。 小作人は何世代にもわたって地主に隷属し、思想および宗教の自由は存在しなかった。啓蒙自由主義こそが個人を伝統的なヒエラルヒーと部族主義から解放した。フランス革命に対しては、ロシア、プロシア、オーストリアといった専制君主諸国は自由主義への反動で検閲と投獄を強化したので、建国したばかりのアメリカにとっては国家存亡にかかわる脅威となった。自由主義と権威主義のイデオロギー戦争は地政学戦争でもあった。そうした外部からの圧力とともに、自由民主主義が合理性に基づくにもかかわらず当時は非合理性という内部からの挑戦を経験していたことに私は言及したい。フランスでは革命後もボナパルティズムとブルボン王政が興亡を繰り返した。きわめて矛盾したことに、ナポレオン3世はメキシコに介入して権威主義の象徴そのものであるハプスブルグ家出身のマクシミリアン皇帝を擁立したが、最終的には失敗に終わった。また、アメリカは奴隷制度をめぐって国内の抗争があった。孤立主義外交は普遍的な価値観とは相容れないものだった。この矛盾が解決されたのは、ウィルソン的国際主義が台頭した時である。

 

初期の混乱はあったがリベラル民主主義は内外双方の難題を切り抜けた。ケーガン氏は専制諸国がどのように自壊したかを述べている。19世紀から20世紀初頭にかけて両世界大戦における枢軸国に代表される権威主義諸国は現実の戦争に敗れたのであってイデオロギー戦争に敗れたわけではない。従来からの権威主義が敗れ去った後、新たな強敵としてソ連共産主義が登場した。自由主義と同様に共産主義も普遍性と理性に基盤を置いている。ソ連の国力に恐怖と抑圧の効果的な活用もあって、共産主義は盤石に見えた。よってケーガン氏はジーン・カークパトリック氏による古典的論文“Dictatorships and Double Standards” (Commentary; November 1, 1979)を取り上げ、西側は従来からの専制国家を支援して全体主義的な共産主義勢力を封じ込めるべきで、それは前者の体制ならリベラル民主主義に移行可能だが後者の体制では不可能だと当時は考えられていたことに触れている。しかし実際にはケーガン氏が主張するように、共産主義はソ連指者層が西側を超越する物質的繁栄を達成できなかったために正当性を失った。しかし従来からの専制主義がポスト共産主義の時代には再び台頭してきた。ケーガン氏によれば、ロシアと中国は2000年代末までに以下の道筋で権威主義的な体制の強化を成し遂げている。ロシアではウラジーミル・プーチン大統領が自国の欧米とは違う「アジア的」な性格を訴えかけようと、ロシア正教会との帝政時代の伝統を復活させ、LGBTQおよびジェンダー平等をめぐる進歩主義の考え方を否定している一方で、中国は毛沢東思想から国家資本主義の国に変わった。それによって第三世界の専制諸国は人権および透明性ある統治をめぐって、西側の圧力に対する立場を強めた。権威主義への世界的な揺れ戻しは人類の相反する性質に由来する。ケーガン氏は我々が自由を希求する一方で、自分達の家族や国の安全が脅かされていると感じると独裁者に頼りかねないと述べている。外部からの挑戦がそれほど手強いなら、リベラル民主主義諸国は優位を維持できるだろうか?

 

 

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外部からの挑戦とともに、ケーガン氏は今日の西側民主主義諸国が直面している内部からの挑戦にも言及している。イデオロギー戦争においては、この側面はハードパワーによる地政学競争よりも重要である。ハンガリーのビクトル・オルバン首相は反リベラル主義の名の下に、白人キリスト教徒の伝統が非白人、非キリスト教徒で都市部コスモポリタンの価値観より優位にあるべきだと主張している。極右ポピュリズムはヨーロッパと北アメリカ一帯で台頭し、2018年にはイスラエルの有力知識人ヨラム・ハゾニー氏が自著“The Virtue of Nationalism”を理論的な基盤として普遍的な自由主義に対して諸国民が連携して抵抗するように呼び掛けている。アメリカでのトランプ現象は、そのような部族主義から来ている。保守派の中には普遍的な自然権に対してさえ異を唱え、アメリカはアングロ・サクソンでプロテスタントの伝統にのみ基づいた国であるべきだと主張している者もいる。非常に重要なことに、ケーガン氏は欧米のナショナリストの波及効果は非キリスト教諸国にもおよび、インドのヒンズー・ナショナリズムやトルコのイスラム主義の台頭につながっていると論評している。この点から見れば、トランプ大統領が今上天皇と安倍晋三首相との会談のため訪日した際に麻生太郎副首相がトランプ政権下のアメリカと緊密な関係にある日本は諸外国がやっかむほどの地位だと自慢した(「麻生氏、日本の地位は『諸外国やっかむほど』向上」;産経新聞;2019年5月26日)ことについて、私は嘆かわしく思っている。それが傲慢に聞こえるのは、民主主義の衰退に関する世界的な懸念への麻生氏の問題意識が低いうえに、こうした発言は他の自由主義諸国とアメリカでの超党派の外交政策エスタブリッシュメントへの侮辱になるからである。トランプ氏は2016年の選挙運動での日本はアメリカとの同盟関係にたかっているとの主張を蒸し返してきたが、それで麻生氏が自らの傲慢な発言を後悔したかどうかは私にはわからない (「日米安保、初対面から不満=安倍首相、トランプ氏との会話明かす」; 時事通信; 2019年7月3日)。

 

ケーガン氏は現在のアメリカ民主主義についてもさらに分析を進めている。アメリカの外交政策に関する議論はアメリカのアイデンティティとも関わり合っている。孤立主義への揺れ戻しが吹き荒れたのは、ウィルソン時代の後である。白人ナショナリズム、反移民運動、そして保護主義が強まった背景には、国民の間でアングロ・サクソンとプロテスタントの文化的伝統に固執する傾向が強まり、アメリカの建国基盤にあるリベラルな啓蒙思想の要素への反感が高まったことが挙げられる。今日ではそのようなナショナリスト保守派は反米的な指導者、特にウラジーミル・プーチン氏による欧州大西洋諸国はキリスト教的価値観や道徳的伝統といった西洋文明の基盤を取り戻して自由主義という普遍的な価値観を捨て去るべきだという主張に共鳴している。非常に興味深いことにケーガン氏は保守派の思想家、クリストファー・コールドウェル氏がアメリカ主導のリベラルな世界秩序に屈服しないロシアの独裁者を「全世界のポピュリスト保守派のヒーロー」だと主張していることに言及している。この点から言えば、アメリカ・ファーストはあまりに逆説的である。さらに問題となることに、全米民主主義基金のマーク・プラットナー氏が論ずるように主流派の中道右派政党が反リベラル民主主義の過激派に乗っ取られている。主流派の保守系議員が次々にオルタナ右翼に屈服するのも無理からぬことだ。ケーガン氏が2016年の選挙でクリントン陣営に加わる以前には、共和党と深くかかわっていたことを忘れてはならない。よって保守主義の変遷についての彼の分析は我々にとって重大な警鐘だと言える。さらに私はキリスト教のアイデンティティに固執する保守派の誤謬も指摘したい。アメリカの歴史には中世がないうえに、自国を旧世界の封建主義から解き放たれた存在と見なしている。しかしキリスト教国という考えは近代以前のものである。そのように退化的なイデオロギーで偉大な国など作り上げることは不可能で、ただ文明が後退して後発国になるだけである。

 

退化的な保守とともに、ケーガン氏は自由主義が今日では左翼からも激しい攻勢にさらされていると指摘する。現在の保守の多くが民主主義はナショナリズムに由来するもので自由主義ではないというハーゾニー氏の主張を信奉していることは、昨年12月にマイク・ポンペオ国務長官がブリュッセルのドイツ・マーシャル基金で行なった演説にも表れている("Tilting at Straw Men: Secretary Pompeo's Ridiculous Brussels Speech)。トランプ政権が任命したリチャード・グレネル駐独大使は、プーチン氏と共鳴してヨーロッパのナショナリストを支援しているほどだ。そうした中で進歩派はリベラル資本主義とアメリカ帝国主義を攻撃するばかりで、反米的な独裁者への抵抗には意欲的でなかった。冷戦中には保守と反共リベラルが手を携え、そうした極左を押し退けた。しかし今日では権威主義に対する諸派連合はなく、他方で専制諸国の方はかつての共産主義同盟のように一枚岩ではない。しかしケーガン氏はリベラルな国と非リベラルな国の違いは一般に思われているよりも顕著で、前者では自然権が尊重されるが後者では尊重されないと論じている。そうした中で、私にはリベラル諸国は地政学に目が向くあまり、専制諸国に対する戦略では上手く足並みがそろっていないように思える。ヨーロッパはロシアに、日本は中国に目が向き、アメリカは要塞化した孤立主義に陥りつつある。リベラル民主主義諸国間の国内政治と同盟の内部分裂によって、世界はさらに不安定化しかねない。

 

リベラルな世界秩序ではアメリカの圧力への恐れから、独裁政権が挑発的な行動を躊躇するようになる。アメリカにはオフショア・バランサー以上の行動が求められている。アメリカのリーダーシップが不在の今、私はヨーロッパや日本のような民主主義同盟諸国が直面する問題に言及したい。現在、ブレグジットがヨーロッパを揺るがせている。独仏枢軸はヨーロッパ統合の中心ではあるが、IFRI(フランス国際問題研究所)が昨年4月に刊行した“Macron Diplomat: A New French Foreign Policy?”によれば、ヨーロッパ防衛に関してフランスは平和主義のドイツを必ずしも信用していない。自主独立のヨーロッパの実現にはそれほど困難を伴う。他方で日本はトランプ政権下のアメリカとの関係が比較的良好と見られているのは、地元インディアナ州が日系企業を数多く受け入れているマイク・ペンス副大統領を通じたチャンネルがあるためである。しかしペンス氏は本年3月にアメリカン・エンタープライズ研究所が主催したディック・チェイニー元副大統領との会談で、トランプ政権のアメリカ・ファーストという方針を擁護した(“Former vice president Cheney challenges Pence at private retreat, compares Trump’s foreign policy to Obama’s approach”; Washington Post; March 1, 2019)。象徴的なことに、トランプ氏が貿易(“Trump takes dig at Japan for ‘substantial’ trade advantage and calls for more investment in US”; CNBC News; May 25, 2019)と防衛負担(“Trump muses privately about ending 'unfair' postwar U.S.-Japan defense pact”; Japan Times; June 25, 2019)をめぐって日本を批判した際に、ペンス氏はそれを止めなかった。ヨーロッパと違い、日本は特に中国をめぐってアジア近隣諸国と安全保障上の優先案件を必ずしも共有しているわけではない。アメリカでの政治的混乱で世界は不安定度を増している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年5月20日

トランプ政権によるアメリカ民主主義の危機

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今年のはじめにフリーダム・ハウスが発刊した“Freedom in the World 2019”では全世界で民主主義の勢いは弱まり、特にアメリカでの民主主義の衰退は危機的な状況であると述べられている。フリーダム・ハウスの100点満点の指標による総スコアはドナルド・トランプ大統領の就任によって急落している。ウェンデル・ウィルキーとエレノア・ルーズベルト大統領夫人(当時)によって1941年に設立されたフリーダム・ハウスは、アメリカの価値観外交の一翼を担ってきた。ウィルキーは1940年の大統領選挙で共和党候補として民主党のフランクリン・ルーズベルトと争ったが、彼自身の党の予備選挙では孤立主義の候補者達を破って躍り出た。現在、世界の民主化促進を担ってきた超党派のNGOは国内戦線に重点を移している。国内での民主主義の衰退は5Gをめぐる中国との競争以上に、アメリカの覇権の行方を左右する問題である。歴史的に、イギリスはビスマルク時代からカイゼル時代のドイツとテクノ・ヘゲモニーの分野で激しく競合しながらも、世界における議会制民主主義の模範として抜きん出た存在であった。アメリカ民主主義の劣化はそれほど破滅的なものである。

 

フリーダム・ハウスのレポートでは全体的な動向を以下のように記している。冷戦での西側民主主義諸国の勝利を経て、中国とロシアに代表される専制諸国がリベラルな世界秩序に反発した。第三世界にもこうした動向に追従する国もあり、そうした国々のフリーダム・ハウス指標は急落している。さらにグローバル化によって欧米社会での格差が拡大した。それは先進国の富裕層と新興国の労働者に利益をもたらした一方で、先進国の非熟練労働者は経済的に苦しくなっている。これによってアメリカとヨーロッパで反自由主義運動が高まり、権威主義的ナショナリズムの容認とともに多国間ルール、移民、立件民主主義が否定されるようになった。このレポートでは2005年から2018年にかけてのリベラル民主主義への信頼喪失を「世界の自由後退の13年」と呼んでいる。嘆かわしいことに今のアメリカは世界の自由を推進するリーダーではなく、民主主義と専制主義の対立の場となっている。

 

私がアメリカにおける民主主義の衰退を重大なものと考える理由は、これが超大国の内部崩壊になっているからである。専門家達が今世紀における大国間の競合を語る時には、グローバルなパワー・シフト、中国の台頭、ロシアの再大国化志向といった外部要因が注視される傾向がある。しかしリベラル民主主義諸国が優位を保てるかどうかは、専制諸国からの挑戦よりも内部的な強さ、安定、自国の体制への信頼にかかっている。アメリカの民主主義はトランプ政権登場以前からすでに危機にあった。党派分裂の拡大、経済的流動性の低下、特殊利益団体の強大化、そして事実に基づくジャーナリズムへの国民の敬意の欠如が見られるようになっていた。トランプ時代になって事態はさらに悪化している。フリーダム・ハウスのレポートではアメリカ民主主義の現状が以下のように記されている。トランプ氏は民主主義の基本的な規範を馬鹿にしきっていることもあり、G7+オーストラリアの中ではアメリカのフリーダム・ハウス指標は最悪になっている。この国はフリーダム・ハウスの評価で「自由」というカテゴリーに踏みとどまり、「部分的に自由」あるいは「自由でない」に落ちてはいないものの、建国の父が築き上げたアメリカの政治システムも健全な民主主義の維持を保証するものではない。このレポートではハンガリー、ベネズエラ、トルコといった例に触れて、民主的な制度が独裁者の前にはどれほど脆弱かが述べられている。

 

このレポートではトランプ政権の統治について以下5点から診断を下している。第一に、トランプ氏は法の支配をあまりにも軽んじている。移民問題をめぐって司法が彼に不利な判決を下すと、担当判事を「オバマの判事」や「いわゆる判事」呼ばわりして彼らの資格や中立性を責めたてた。司法省に対しては彼自身と政治的に対立したジェームズ・コミー氏とヒラリー・クリントン氏の起訴まで要求した。トランプ氏による司法に対する政治的な工作はさらに進み、自らに与えられた恩赦権限を利用して政治的に味方になる者に適用しようとまでしている。これらは司法の独立を多いに脅かす。第二にトランプ氏は報道の自由を抑圧している。彼は自分に不利なメディアにはすぐに「フェイクニュース」や「国民の敵」といったレッテルを貼り、事実に基づくジャーナリズムに対する国民の不信感を煽り立てている。またジャーナリストに対する法的そして社会的な保護も軽視するようでは、プーチン政権下のロシアなど専制諸国で見られるように報道記者の安全が脅かされるようになりかねない。フリーダム・ハウスが挙げたこれら2点は、トランプ氏が権力分立を侵害していることを示す。私にはトランプ氏が大衆の怒りを彼自身のためだけに利用し、民主的な統治を犠牲にしているように思われる。そうした所業がどれほど多くの国民の意志に反しようとも、トランプ氏は自らの目標の達成のためには気にも留めない。彼は自分の選挙基盤を満足させるためだけに職務を行なっている。

 

そうしたエゴイズムがもたらす腐敗は、フリーダム・ハウスが国別で民主主義のレベルを評価するうえで重要になっている。このレポートが挙げる第三の点は、透明性と公務の規範である。トランプ氏は近代民主主義の倫理的基準を頻繁に破っている。中でも彼の関連企業は問題のある国々からの資金流入がある。トランプ・オーガニゼーションはマンハッタンでの建設プロジェクトのために、中国の国営企業である上海城投資集団からの投資誘致の交渉を行なっていた(“As tariffs near, Trump’s business empire retains ties to China”; Washington Post; July 5, 2018)。また大統領選挙の直後にはサウジアラビアのロビイストがトランプ氏のホテルの部屋を借りきっている。これら外国からの介入の他にも、ジャレド・クシュナー氏とイバンカ・トランプ氏の登用は第三世界並みのネポティズムである。こうした利益相反は非常に多い。第四の点は、トランプ氏は結果が思わしくないと選挙の正当性を叩くことである。2018年の中間選挙ではトランプ氏は自分の支持者に対して、民主党が投票で不正行為を行なったと証拠もなしに言い立てた。他方で彼の政権はゲリマンダーやロシアなど外国勢力の介入にはほとんど関心を示さない。

 

これら4点の国内問題に加えて、第五の点はトランプ氏が民主化促進と集団防衛を軽視しているので、同盟国と国際社会からアメリカへの信頼は低下する一方である。他方でロシア、サウジアラビアからカンボジアまで、専制諸国はトランプ政権がアメリカの価値観を掲げなくなったことを歓迎している。アメリカとの熾烈な貿易戦争に直面している中国でさえ、この調子なら自国の権威主義的な開発モデルを第三世界に輸出できるとして歓迎している。フリーダム・ハウスはこのことがリベラル世界秩序の崩壊を刺激すると懸念している。ここでフリーダム・ハウスが挙げた5つの点はロシア捜査とも深く絡み合っている。トランプ氏が任命したウイリアム・バー司法長官については、ロバート・モラー氏と彼の同僚検察官達がトランプ氏は訴追可能だと述べているにもかかわらず、モラー報告書の提言を歪曲したとの疑念も生じている。現政権の非行は特に法の支配と選挙の正当性を損なっている。

 

問題は共和党がトランプ氏に対して宥和姿勢なことである。これはアメリカン・エンタープライズ研究所が非公開で設定したディック・チェイニー元副大統領とマイク・ペンス副大統領の会談に典型的に表れている。チェイニー氏は同盟国との摩擦の増加と「オバマ式」の非介入主義に対する懸念を述べる一方で、ペンス氏はトランプ大統領を選んだのは有権者であり、政権としてはそうした期待に沿うようにしていると言って正当化した(“Former vice president Cheney challenges Pence at private retreat, compares Trump’s foreign policy to Obama’s approach”; Washington Post; March 11, 2019)。さらにマックス・ブート氏は、マルコ・ルビオ上院議員とリンゼイ・グラム上院議員のような共和党の重鎮は過去に民主党の不正行為を糾弾しながらロシア捜査でのトランプ氏の違法勝つ非倫理的な所業を容認している(“Republicans are hall-of-fame hypocrites”; Washington Post: May 9, 2019)。民主主義の普及はアメリカの覇権の中核となる価値観である。現在進行中の中国との貿易戦争は大いに注目されているが、その勝敗の行方は世界秩序から見れば局地戦に過ぎない。これはロシアのセルゲイ・ラブロフ外相による、西側のリベラルな社会モデルは死滅しつつあり世界はもはやアメリカを信用していないという演説に典型的に表れている。 (“The New New World Order and the Russian Care Bear”; New American; April 15, 2019)。多くの同盟国が依然として対米関係を最重視しているとはいえ、トランプ政権によってアメリカへの信頼はますます損なわれている。そのことで世界の不安定化は進む一方である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年1月 9日

トランプ共和党の危険な極右化

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専門家やメディアの間で噂されたように、トランプ政権は中間選挙後に「政権内の大人」とされたジョン・ケリー大統領首席補佐官とジェームズ・マティス国防長官の更迭によって閣内を再編し、選挙公約の実現への障害を取り払おうとしている。ドナルド・トランプ大統領はシリアとアフガニスタンからの米軍撤退を宣言したが、テロリストは依然として現地軍の手に余り、撤退後の地政学的な力の真空も非常に懸念される(“Mattis resigns after clash with Trump over troop withdrawal from Syria and Afghanistan”; Washington Post; December 20, 2018)。この他にもトランプ氏はメキシコ国境の壁への予算に頑迷に固執するあまり、議会との衝突とそれに続く政府機関の閉鎖が避けられないものとなった(“The Latest: Democrats refuse to fund Trump’s “immoral” wall”; AP News; December 9, 2018)。明らかに現政権は極右化の方向に向かっている。事態はウィリアム・クリストル氏が述べたようにトランプ氏は共和党を自分への忠誠派で占めることだけを考え、中間選挙で落選した穏健派のことなど気にもかけないという方向に動いている (@BillKristol; Twitter; November 7, 2018および@BillKristol; Twitter; November 12, 2018)。

問題は政権と議会だけではない。極右化によって共和党の支持基盤が変わり、それによって排外的ポピュリズムがさらに加速しかねない。そうした懸念を示す兆候は昨年11月にCNBCが半年ごとに行なうミリオネア調査に表れている。この調査によると富裕層は共和党支持者も含めて、トランプ氏への信頼を失いつつある。人口は多くはない彼らだが、選挙での投票にも政治献金にも積極的である(“Wealthy Republicans lose faith in Trump, as nearly 40% say they wouldn’t vote to re-elect him: CNBC survey”; CNBC News; December 23, 2018)。富裕層の懸念は政府の機能不全である(“The biggest risk to millionaire wealth is Washington: Survey”; NBC News; December 17, 2018)。政治と安全保障のリスクは市場のリスクでもあるので、それは理解できる。トランプ氏の国内政治および国際政治での不手際によって富裕層が共和党を見限れば、党内での極右の力はさらに強まる。

そうした「保守主義の劣化」(The Corrosion of Conservatism:マックス・ブート氏近著の題名)は、トランプ極右が民主党左派よりも苛烈であることを意味している。私はこれについて以下の理由を挙げたい。第一にエリザベス・ウォーレン氏やナンシー・ペロシ氏のような民主党左派でさえトランプ氏よりも超党派での外交政策の常識を遵守しているのは、議会で長年にわたって責任ある立場にあったからである。第二にトランプ氏は非現実的な選挙公約に頑迷に固執することは、最近のメキシコ国境沿いの壁をめぐる政府閉鎖に見られる通りである。また貿易戦争や同盟破壊のように、トランプ氏は政策形成に関する大学の教科書にことごとく反発する有様である。第三にトランプ氏のリーダーシップのスタイルが第三世界の独裁者さながらに腐敗したもので、自分のスタッフにはマフィアさながらに個人的な忠誠を要求するほどである。それはアメリカ民主主義を破壊しかねない。ともかく党派やイデオロギーがどうあれ、彼のように奇妙な気質の政治家はいない。

第4の理由が最も重要でグローバルな意味合いがある。それはウラジーミル・プーチン大統領によるヨーロッパの極右への支援で、トランプ現象はその波及効果である。彼の台頭をもたらした国内での側面が注目されがちだが、全世界的な民主主義の危機を見過ごすことはできない。周知の通りロシアはソ連時代の地政学的な影響力を取り戻すため、東ヨーロッパに介入し続けている。プーチン政権下のロシアはさらに西ヨーロッパの主要国にも手を伸ばしている。最も破滅的なものはブレグジット国民投票へのロシアの介入で、この件はトランプ氏に絡んだ捜査とも深く関わっている。昨年末にはイギリス国家犯罪対策庁が反EU派実業家のアーロン・バンクス氏について、リーブ・EUがEU帰属国民投票で繰り広げる反対運動に資金援助を行ない、ロシアのインターネット活動を幇助したという容疑で捜査を開始した(“UK National Crime Agency Starts Investigation Into Eurosceptic Businessman Aaron Banks”; EU Today; November 1, 2018)。さらに重要なことにイングランドおよびウェールズ高等法院は、該当事件が有罪ならブレグジットは違法で無効になるとメディアを相手に表明した(“Brexit: High Court to rule if referendum vote ‘void’ as early as Christmas after Arron Banks investigation”: Independent; 24 November, 2018)。クリスマス直前には、ロシアとトランプ選挙対策陣営との関係で悪評を呼んでいるケンブリッジ・アナリティカの関係者とバンクス氏がリーブ・EUによるイギリス有権者へのマイクロ・ターゲティングへの支援をめぐって会談したことが判明した (“Revealed: Arron Banks Brexit campaign's 'secret' meetings with Cambridge Analytica”; 19 December, 2018; openDemocracy UK)。イギリスのみならず、プーチン氏は2017年のフランス大統領選挙ではマリーヌ・ルペン氏への支持を見せつけた。また親露派のフランス人ナショナリスト、ファブリス・ソブラン氏とザビエ・モルロー氏も最近のジレ・ジョーヌ暴動に加わっている(“"Russian World" supporters fly "DPR" flag at yellow vest protest in Paris”; UNIAN News; 8 December, 2018)。

注目すべきは、ロシアの政治家とメディアはシリアとアフガニスタンをめぐってトランプ氏がマティス長官を更迭したことを喝采している。ロシア議会上院のコンスタンチン・コサチェフ外交委員長は「ジェームズ・マティス長官の退任はロシアにとっては良い兆候で、何と言ってもマティス氏はドナルド・トランプ氏よりもロシアと中国に強硬だった」と述べた (“Russia Gloats: ‘Trump Is Ours Again’”; Daily Beast; December 21, 2018)。しかしそのような地政学はプーチン氏と欧米の右翼ポピュリストが互いに友好的になる究極的な理由ではない。西側の極右はプーチン氏の人格とリーダーシップに強さ、伝統主義、ナショナリズムを見出している。さらに重要なことに両者はイスラム過激派との戦い、グローバルな経済統合への抵抗、政教分離が進む社会への反抗といった価値観を共有している。2012年に大統領に再選されてからのプーチン氏は反LGBTキャンペーンを立ち上げ、西側の社会保守派からの敬意を得るようになった(“Putin and the Populists”; Atlantic; January 6, 2017)。この地政学と極右の価値観が織り成すシナジーによって、ロシアがリベラル民主主義の道義的基盤を破壊することも有り得る。野望に満ちた一帯一路構想と恐るべきほどの経済成長を振りかざす中国でさえ、こうした企ては手に余る。

プーチン大統領のように敵対的な独裁者を盟主と仰ぐ極右連合は非常に破滅的なので、我々はウィンストン・チャーチルがヨシフ・スターリンでなくアドルフ・ヒトラーを相手に戦うという意志を固めたように、左翼よりも極右を警戒すべきである。識者の中には超大国といえども万能ではなく、グローバル経済と国民の分断の中で大衆が抱く不安、苦悩、絶望感がトランプ氏を大統領に押し上げたことを受け入れてやるべきだとの声もある。確かに我々は彼が予期せぬ当選を果たした原因を分析し、あのようなデマゴーグをのさばらせた諸問題の解決にあらゆる努力をしてゆくべきである。しかし世界を日に日に不安定化させているトランプ現象に対しては、我々は絶対に受容すべきでも同情すべきでもない。それでも共和党にも希望は残っている。先の選挙で当選したミット・ロムニー上院議員には共和党反トランプ派を勢いづけ、先頭に立ってゆくことが期待される。また、マルコ・ルビオ上院議員は超党派の政治を推進している(“Rubio Encourages Bipartisanship in Policymaking”; Hoya; October 5, 2018)。そうした中で民主党左派はトランプ共和党よりも有害でないことは確かだが、彼らの内政および外交政策には問題がある。マックス・ブート氏はエリザベス・ウォーレン氏とバーニー・サンダース氏の外交政策を以下のように論評している。両氏ともトランプ氏よりも多国間協調を尊重してはいるが、アメリカによるリベラルな世界秩序についての超党派の見解を外交政策のエスタブリッシュメントとは共有していない。ウォーレン氏は自由貿易がアメリカの労働者を犠牲にしてグローバルな大企業が得をしていると主張し、サンダース氏は世界の警察官の役割を全うするよりもシリアとアフガニスタンから米軍を撤退させよと言い張るほどなので、ブート氏は両人を「左のトランプ」と呼んでいる。さらに両人とも中国やロシアといった専制的な大国の脅威に対してどのように対処するかも述べていないという(“The Democrats need a new foreign policy — one that doesn’t sound like Trumpism of the left”; December 26, 2018)。

両党で孤立主義者の存在がそのように強力なら、共和党国際派と民主党穏健派は互いに手を結ぶべきである。我々の真の敵はドナルド・トランプという名の太った狂人よりもはるかに巨大である。究極の脅威はオルタナ右翼のイデオロギーで、それはトランプ氏が弾劾か何らかのスキャンダルで辞任を余儀なくされても存在し続ける。この怪物は不死身で、ナイフで突き刺しても銃で撃っても根絶できるものではない。また我々はアメリカで起こっていることの観測と分析を超えて、何か行動を起こさねばならない。我々はプーチン政権のロシアが行なったハッキングのような、アメリカ政治への非合法の介入をする立場ではない。しかしアメリカの同盟国でも特にヨーロッパと日本の識者はアメリカの有権者と直接語り合い、同盟国によるアメリカの安全保障への貢献とアメリカ第一主義の誤りについての理解を広めるべきである。その時には敢えてトランプ氏を特定して批判する必要はない。そうした運動は超党派の国際派と穏健派との緊密な協調に基づいて行われるべきだ。この役割は政府高官よりも民間の識者が担う方が相応しい。これはアメリカ政治への正当な介入だと私は信じている。我々はだた座視するだけでなく、行動するべきである!

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