2026年4月26日

英国王チャールズ3世、「トランプのアメリカ」を建国250周年の国賓訪問:その裏にある地政学と価値観

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私は昨年5月以来、「トランプのアメリカ」とヨーロッパの間で綱渡り外交を展開するイギリスの動向を注視してきた。トランプ2.0における英米関係は比較的友好的なスタートを切ったが、西半球、ウクライナ、ガザ、イランにおけるドンロー主義によって大西洋両岸の亀裂が深まるにつれ、今や特別関係は深刻に問い直されている。イギリス王室は独立宣言250周年への祝賀のため、まさに政府間関係に不協和音が垣間見られる時期に「トランプのアメリカ」を訪問する。皮肉なことにドナルド・トランプ氏は、民主党優勢州への州兵ないしICE(移民税関執行局)の派兵、関税外交など、建国の父たちの理想とは全く相容れない政策に見られるように、史上でも例を見ないほど憲法を軽んずる大統領である。こうした論争にもかかわらず、国王チャールズ3世とカミラ王妃は4月27日から30日にかけて訪問する予定であり、それに続いて皇太子夫妻が6月ないし7月に訪問すると見込まれている。

 

1.【イギリス王室外交における訪米】
現在の二国間関係について述べる前に、まずイギリス王室とアメリカ国民の歴史に触れておく。アメリカ独立戦争の契機となったボストン茶会事件は本来、英本国の王政に対する抵抗運動ではなく、「代表なくして課税なし」という原則の宣言に見られるようにイギリス国民としての権利を訴えるものであった。独立初期のアメリカは反英的だったが、新世紀に向けた民主主義の成熟、カナダとの国境紛争の解決、国際主義の高まりにつれて、英米関係は徐々に後年の特別関係へと発展していった。後のエドワード7世が1860年に王子としてアメリカを訪問して以来、王室の訪問はアメリカ国民の間でイギリスに対する好意的なイメージの醸成に非常に役立ってきた。第二次世界大戦勃発寸前の1939年には、ジョージ6世と後のエリザベス皇太后はフランクリン・ルーズベルト大統領と会談し、アメリカ国民の間で蔓延していた「アメリカ・ファースト」という孤立主義の風潮を弱めた。

 

最も重要な一件は、エリザベス2世とフィリップ殿下がスエズ危機によって悪化した英米関係を修復するため、ジェームズタウンにおけるイングランド人入植350周年を記念して1957年に訪米したことである。しかし、チャールズ国王とウィリアム皇太子は両国間の友好関係を促進できるのだろうか?ドナルド・トランプ大統領がイラン戦争においてキア・スターマー首相を嘲笑したことを忘れてはならない。トランプ氏は東地中海に独自に配備されたイギリス海軍の空母を「おもちゃ」呼ばわりし、スターマー氏が米空軍によるイギリス空軍基地の使用を全面的に許可しなかったことで彼を臆病者だと非難した。(1) 究極的に、国王はトランプ氏の右翼ポピュリズムを是認するのだろうか?これらの疑問に答えるために、政権2期目に入った「トランプのアメリカ」に対するイギリスの外交について述べたい。

 

2.【トランプ2.0における英米特別関係】
新たに就任する大統領がどれほどの問題児であっても、イギリスにはロシアによるウクライナ侵攻が欧州・大西洋圏に重大な脅威をもたらす状況下でアメリカとの特別関係を安定させ、ヨーロッパでブレグジットのダメージを修復することが喫緊の課題であった。このような環大西洋安全保障の環境下で、スターマー政権はドナルド・トランプ氏の再選直前に成立した。トランプ政権2期目の発足時には、イギリスはEUや日本と比べて比較的有利な協定を締結した。悪名高いトランプ関税は他国より低めで、TPD(技術繁栄協定)を通じてイギリスのテック産業へのアメリカからの巨額の投資が合意された。さらにバッキンガム宮殿での晩餐会への招待は、トランプ氏の子供じみた虚栄心を満たした。スターマー氏は「トランプのアメリカ」との関係を安定させることに成功したように見えた。

 

しかし昨年末にかけてトランプ氏はNATO同盟国への暴言攻勢をますます強め、カナダとグリーンランドの併合を主張したり、関税をさらに引き上げたり、ウクライナへの支援を撤回したりした。ベネズエラの政権転覆はほぼ容易に行われ、スターマー氏はその結果を受け入れた。しかしカリブ海でベネズエラの麻薬密輸船を攻撃したアメリカの行為の合法性について国際的な懸念が高まったため、米国との情報共有を停止した。カリブ海にはイギリスと他のヨーロッパ諸国の海外領土が存在する。(2) そして、イラン戦争は英米関係に致命的な打撃を与えた。トランプ大統領のイラン攻撃は、国際法上の根拠の欠如、戦争の戦略目標の不明確性、アメリカの意思決定へのイスラエルの影響力などについて、国際的に批判されている。

 

非対称戦争、エネルギー価格、ホルムズ海峡といった問題に加え、ブレア政権下で合同情報委員会委員長、キャメロン政権下で国家安全保障担当補佐官を務めたピーター・リケッツ氏は、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が10月末までにイランとその代理勢力の脅威を排除し、議会選挙に備えたいと考えていると指摘している。(3) そうした中でトランプ政権1期目の国家安全保障担当補佐官ジョン・ボルトン氏は、トランプ氏は11月の中間選挙に向けて、ベネズエラで行なったようにイランに対して迅速かつ効率的な戦争を望んでいると述べている。(4) 両首脳の意図は一致していないものの、共に選挙を強く意識していることを忘れてはならない。

 

イギリスの視点から見ると、トランプ氏のイランに対する戦争は戦後の英米関係軽視である。フランス国際戦略研究所(IRIS)のジャン=マルク・ヴィジラント氏は、スエズ危機後の英仏の環大西洋戦略を対比している。予期せぬ衝突を避けるため、イギリスはアメリカの意思決定に一定の影響力を持ち、ヨーロッパでの先方の軍事プレゼンスを維持させるために、アメリカとの緊密な戦略的関係構築へと舵を切った。一方、フランスは自主独立の核兵器開発とNATO統合軍司令部からの離脱によって、アメリカからの戦略的自律性を追求した。(5) ジョージ・H・W・ブッシュ政権下の湾岸戦争とジョージ・W・ブッシュ政権下のイラク戦争において、イギリスはアメリカと戦略的に連携していた。しかしイラン戦争でトランプ氏はネタニヤフ氏とのみ意思疎通を図り、イギリスは蚊帳の外に置かれた。スターマー氏がトランプ氏を支援する理由が、どこにあるのだろうか?

 

さらに重要なことにイラン戦争はヨーロッパでは非常に不評で、いかなる形でもトランプ氏とネタニヤフ氏を支持すればNATO加盟国間の対ロシア防衛費増額の公約を破綻させかねない。(6) そのためイギリスはフランス式の戦略的自律性を高める方針を採り、ホルムズ海峡における航行の自由に関する会議を主催した。(7) 改革党のナイジェル・ファラージ党首や保守党のケミ・ベーデノック党首といった親トランプの下院議員は開戦時に、スターマー氏に英米特別関係のためにも参戦せよと要求したが、今や彼らはトランプ氏への支持を撤回している。これは何かと物議を醸すトランプ氏の平和委員会の役員である労働党のトニー・ブレア元首相にも当てはまる。(8) 彼らはサッチャー派のクリス・パッテン上院議員でさえ、イギリスは「トランプのアメリカ」との特別関係を前提とすべきではないと主張していることを念頭に置くべきだった。(9)

 

3.【アメリカと世界秩序の混乱】
さらにアメリカの外交政策について触れておきたい。イラン戦争が差し迫っていなかった昨年6月に、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は、トランプ氏が州兵とICEを民主党支持州に派遣したことは憲法違反で、米軍を私物化してしまったと評している。またトランプ氏はネタニヤフ首相と民族宗教的ナショナリズムの共有から同調しているが、これは建国の父たちの普遍的な自由主義的価値観と完全に相容れない。ケーガン氏が主張するように、ピート・ヘグセス国防長官は米軍内でDEI(多様性、公平性、包摂性)に反対する取り組みを進め、イラン戦争を十字軍に擬えているが、そのどちらも白人キリスト教ナショナリズムに深く根ざしている。したがって、ケーガン氏はトランプ大統領がイランでどのような成功を収めたとしても、それは世界中の独裁政権の勝利に過ぎないと結論付けている。(10) トランプ大統領とアメリカの同盟国との間の絶え間ない摩擦は、中国とロシアを喜ばせている。さらに、アメリカはイラン戦争で同盟国からの信頼を失った。これは地政学におけるアメリカの孤立を加速させるだけでなく、啓蒙主義の崩壊をも招き、アメリカ自身を含めた世界全体の安全保障を脅かすことになるだろうと。(11)

 

私の目にはバラク・オバマ元大統領もまた過度にポストアメリカ的であったように映るが、彼の外交政策ならカナダのマーク・カーニー首相が提唱したミドル・パワー同盟という世界秩序とも整合し得たとも言えよう。一方でトランプは極度にポスト啓蒙主義的で、アメリカを完全に孤立させてしまった。これは世界を本当に石器時代に逆戻りさせるほど野蛮な行為である。ケーガン氏は『アトランティック・ジャーナル』誌の最新投稿で、「トランプのアメリカ」を「ならず者超大国」と呼んでいる。彼は現在進行中の戦争に言及し、「イラン戦争は『アメリカ・ファースト』型のグローバル介入だ。議会での公開討論も採決もなく、イスラエル以外の同盟国とは協力どころか、多くの場合は協議すら行われず、地域や世界への潜在的な影響についても全く考慮されていないようだ」と述べている。これはアメリカを孤立させ、危険な存在にするが、決して偉大な国にはしないと。 (12) それによってトランプ氏は、アメリカとその同盟国に数えきれないほどの利益をもたらしてきた世界秩序を破壊することになる。

 

4.【ポスト啓蒙化の動向と文明体国家の台頭】
最後の論点はグローバルな文脈における政治変動である。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのアーロン・マッキール氏は、西側諸国における右翼ポピュリズムの急速な拡大や権威主義国家による地政学的な挑戦に見られるようなポスト啓蒙主義の時代には、文明体国家の価値観がリベラルでコスモポリタンな理念に取って代わるだろうと述べている。では文明体国家(civilizational state)とは何だろうか?それは、大国または地域大国が自国の領土を超えた統治主体として主張する、一種の民族文化的な勢力圏である。これはロシアの「ルースキー・ミール」や中国の「中華民族の偉大な復興」に典型的に見られる。国内においては、文明体国家は自民族中心的な伝統主義を通して国民の統一を重視する。トランプ氏は、白人キリスト教ナショナリズムによって、普遍的でコスモポリタンな理念により覇権国家アメリカの優位性を放棄し、ロシアや中国のような権威主義的な文明国家へと変貌させた。マッキール氏によれば、そうした文明体国家論の提唱者たちは、必ずしも懐古志向というわけではない。彼らはしばしば、テック業界における大国間の競争に勝利することに熱心な新テクノ未来主義者と結び付く。(13) これは、現在の英米関係ではTPDに典型的に見られる。

 

【結論】
嘆かわしいことに、アメリカは建国250周年祝賀 にあたり最も不適格な大統領を選出した。チャールズ国王がアメリカの民主主義に意義ある、この歴史的記念行事で訪米するにもかかわらずだ。スターマー氏の外交姿勢の変化は、トランプ氏との衝突を避けるためだけに媚び諂っても無駄であることを示している。親トランプのジョルジア・メローニ首相でさえ、米空軍がイタリアの空軍基地を使用することを認めよというトランプ氏の要求を拒否した。国内政治において、トランプ氏は忠誠派でも多くの人物を罷免した。彼への追従の見返りは期待できない。G7首脳の中では、日本の高市早苗首相がトランプ氏に迎合しようと躍起になっている。彼女のクレージー・ダンスは、東京とワシントンでの二国間会談で嘲笑された。しかし私が注目すべきと呼びかけたい所業は、ジョー・バイデン前大統領のオートペン肖像画を見て無礼にも笑ったことである。これは彼女が政治的なバランス感覚を失っていることを示唆している。高市氏は最早みっともないほどトランプ氏に魅了されているので、自身を「MAGA市」と改名すべきだろう。

 

去る3月にユーガヴが行なった世論調査によるとイギリス国民の間では今回の訪米は不評で、国王に訪問を中止するよう求めている。(14) トランプ政権の性質と彼の性格を考えると、今回の国賓訪問でさえ国家間の関係改善には繋がらないだろう。したがって、チャールズ国王がトランプ氏の功績を認めるような印象を与える必要はない。一方、イギリスの王室外交は1世紀以上にわたり米国との友好関係を育んできた。トランプ氏ではなく市民に目を向ければ、建国250周年記念の国王訪問は米国民が建国の父たちの理想を思い起こす機会となるだろう。イギリス王室は歴史的にアメリカ人の間で人気が高い。

 

「トランプのアメリカ」は新テクノ未来主義をも抱合する文明体国家であるため、たとえトランプ氏がイギリスとの関係悪化に伴いスターマー氏への非難を強めているとしても、TPDのような大型ビジネス取引は二国間関係の決定的な破綻を阻止するための「人質」となるだろう。いかに彼がマッドマン外交を好むとはいえ、このテック合意の撤回を示唆することは全くなかった。これは、「トランプのアメリカ」との関係を媚びへつらうことで安定させようとする世界の指導者たちにとって、教訓となるだろう。

 

トランプ氏が国内外に混乱をもたらそうとも、この歴史的行事においてチャールズ3世はアメリカの民主主義と大西洋横断関係に好ましい影響を与えられるのだろうか?国王はアメリカ合衆国への国賓訪問に先立ち、故女王エリザベス2世の「善は必ず勝利し、明るい夜明けは常に地表から遠からぬ所にある」という困難にも希望を失わぬための遺訓を語った。(15)

 

 

 

脚注:

 

(1) “As a state visit looms … can King Charles tame Trump?”; Guardian; 4 April. 2026

 

(2) “U.K. withholds intelligence on alleged drug boats over U.S. strikes, sources say”; NBC News; November 13, 2025

 

(3) Peter Ricketts, BBC Breakfast; 4 March, 2026

 

(4) “John Bolton Warns How Trump’s Big Mouth Has Weakened U.S.” Daily Beast; April 20, 2026

 

(5) “Europeanising” NATO: A Utopia or an Obvious Necessity for Europeans?”; IRIS; 16 May 2025

 

(6) “Trump wants to strongarm Nato into a new Gulf war. Here’s why Europe must resist”; Centre for European Reform; 18 March 2026

 

(7) “Joint statement from the leaders of the United Kingdom, France, Germany, Italy, the Netherlands, Japan, Canada and others on the Strait of Hormuz”: UK Government Press Release; 19 March 2026

 

(8) “The UK’s right wing is suddenly silent about supporting war in Iran”; News Agents; 11 March, 2026

 

(9) "Britain Must Downgrade the Special Relationship"; Project Syndicate; February 28, 2025

 

(10) “American Democracy Might Not Survive a War With Iran”; Atlantic Journal; June 21, 2025

 

(11) “America vs. the World”; Atlantic Journal; January 18, 2026

 

(12) “America Is Now a Rogue Superpower”; Atlantic Journal; March 30, 2026

 

(13) “How to navigate global disorder”; Engelsberg IDEAS; March 23, 2026

 

(14) “By 49% to 33%, Britons say King Charles should cancel official visit to USA”; You.gov; 26 March 2026

 

(15) “William and Catherine praise late Queen's 'lifetime of duty'”; BBC News; 22 April, 2026

 

 

 

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2026年1月16日

実際の国防能力こそ、国防費のGDP比率よりも重要である

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冷戦以来、アメリカは世界の警察官であろうがアメリカ・ファーストであろうが、同盟国に対し負担分担のために国防費の増額を強く求めてきた。しかし私は常々、なぜ支出の金額については多くが語られる一方で、その使途や実施方法にはほとんど注意が払われないのかという疑問を抱いてきた。防衛戦略と調達の不一致は、集団防衛を弱体化させかねない。つい最近、イギリスのリチャード・バロンズ退役陸軍大将が私の長年疑問と言うべきこの点について深刻な懸念を表明した。

 

彼の論文について詳しく述べる前に、今日の世界の安全保障環境を概観する必要がある。トランプ政権の最新の国家安全保障戦略(NSS)は、これまで以上にアメリカ・ファーストを強調し、同盟国にさらなる防衛負担を強いている。さらに同盟国が防衛費を大幅に増額しない限り、アメリカは同盟から離脱するとさえ脅迫している。その結果、ヨーロッパとアジアの自由民主主義国は防衛予算の急増に伴い、自主的かつ多国間の安全保障政策協調を迫られている。さらに、こうした新たな安全保障枠組みをより効果的に機能させるためには、賢明な支出の検討も不可欠だ。ヨーロッパとアジアの両方において、ドナルド・トランプ大統領はウクライナと台湾においてオバマ流の「オフショア・バランサー」的な姿勢を取りながら、一方で西半球ではベネズエラやグリーンランドに見られるように略奪的な行動をとっている。彼はロシアとの領土・主権問題の解決よりも、ドンバスにおける鉱業事業の成立を優先している。また、最近の台湾をめぐる日中対立においても中国の膨張主義に対する地政学的な牽制よりも、貿易交渉を優先した。トランプ氏は自慢の経営感覚から、同盟国間の支出増加と米国の安全保障負担軽減を歓迎するだろう。彼には国防支出増加の使途や、同盟国との役割分担には関心がないようだ。

 

こうした世界の安全保障環境を踏まえ、イギリスとドイツの国防支出目標での戦略的相違に関するバロンズ元陸軍大将の議論について言及したい。 『2025年戦略防衛見直し』(SDR 2025)の主要執筆者の一人として、彼は抑止力と戦闘力における戦略的要求、そして10年後の財政能力という2つの点を考慮した(1)。さらにイギリスは他のヨーロッパ諸国と同様にトランプ氏の圧力に直面し、こうした制約の中で軍事予算を増額せざるを得ない。したがって、適切な目標に向けた賢明な支出が重要になってくる。イギリスが財政的および人員的制約を解消するために技術革新に投資している一方でドイツは財政規律を覆し、さらには徴兵制を再導入することでヨーロッパ最強の通常兵力を建設している(2)。他方でイギリスはグローバルな関与にもかかわらず、兵員数は年々減少している。

 

ドイツとは対照的に、イギリスはウクライナでの戦闘教訓に基づき、テックに基づく軍事改革を推進している。新たに構築されたデジタル・ターゲティング・ウェブはAI管理クラウドを介し、地域的にもグローバルにもイギリス軍のあらゆるセンサーをあらゆる兵器を接続できるようにする(3)。このようなアプローチには、革新的な産業基盤が必要となる。SDR2025では、「防衛はイギリスの経済戦略の中核において、≪新たな成長の原動力となる大きな未開発の潜在力を持つ≫」とさえ述べられている(4)。スターマー政権とトランプ政権が締結したTPD(技術繁栄協定)は、特にAI、量子コンピューター、民生用原子力エネルギーといった分野において、米国企業から英国のテクノロジー・エコシステムに3,500億ドルの投資を誘致している(5)。ジョン・ヒーリー国防相は「この協定で防衛、データ、AI技術におけるイギリスのリーダーシップが高まり、理想的な投資先となる」と誇らしげに述べた(6)。

 

他方でイギリスの野心的な計画は必ずしも称賛に値するものではない。バロンズ氏は、ドイツが通常兵器軍を急速に構築しているため英当局に対してこの計画に迅速に予算を配分して実施するよう強く求めている。さらにイギリスの革新的な構想とドイツの効率的な官僚機構を組み合わせることで、ヨーロッパの防衛能力を強化することを提言している。そして、この遅延の原因がホワイトホールの官僚主義的な縦割り主義にあると批判している。従来型の計画の方が将来志向の計画よりも迅速に開始できることは否定できない。しかし、戦略的合理性と効率性だけが国防費の使途を決定する理由ではない。各国の政治文化も影響する。ドイツの国防の主眼は、ロシアのウクライナ侵攻を踏まえた緊急の領土防衛である。この目的のため、メルツ政権は将来志向の軍改革よりも、当面の軍備増強を優先した。さらに、ナチスとシュタージによる権威主義的監視という歴史的経験から、倫理的なハードルがドイツを軍事目的でのAI利用に慎重にさせている。ドイツ軍は人間による技術制御を優先し、完全運用可能なLAWS(自律型致死兵器システム)を禁止しているものの、人間が監視するAIシステムは認めている(7)。

 

このような立場の違いはGCAPにも見られる。イギリスは戦闘力増強と損傷リスク軽減のため、ACP(自律型協調プラットフォーム)すなわち「忠実な僚機」(loyal wingman)ドローンとネットワーク化された多目的戦闘任務向け司令センター型に傾倒していたのに対し、日本は老朽化したF-2を直ちに代替するため、F-35よりも高度なセンサーとネットワーク技術を備えた有人型を希望している。一方でイタリアは、F-35の極めて高いコストと技術移転に対する厳しい制約に不満を抱いている。GCAPパートナーは共通の有人機を製造し、その後に各空軍の要件に合わせて調整することで、これらの研究開発目標のギャップを埋めることで合意した(8)。

 

しかし、ウクライナでの戦争は軍事戦術を劇的に変えてしまったため、上記のようなイギリスと日本の間の立場の違いは予想よりも早く縮小する可能性がある。高市早苗首相は1月5日の伊勢神宮への初詣後、自身の内閣では岸田政権の国家安全保障文書を見直してドローンとAIネットワークシステム(9)に重点を置くことを訴えた。また、防衛産業の強化は今世紀における日本経済の新たな牽引力となると述べた。これらの点は、イギリスのSDR2025で述べられていることと概ね一致している。これにより、GCAPにおける日本の立場はイギリスとより一致する可能性もある。ドイツとは異なり、日本はAI兵器に関する倫理的なハードルが低い。

 

ドンロー・ドクトリンを掲げるアメリカがより自国第一になる時代において、国防費増額の支出目標はかつてないほど重要になっている。バロンズ元陸軍大将はイギリスとドイツの防衛計画を比較し、重要な問題を提起している。ミニラテラルまたは多国間の政策協調においては、戦略的合理性とパートナーの政治文化を考慮する必要がある。英独そして日英の優先順位の違いは、無数の事例の氷山の一角に過ぎない。国防強化というと火力の規模や兵器の選択が話題になりがちだが、AIネットワークシステムとそれに伴う問題も軽視すべきではない。AIネットワークシステムの重要性はますます高まっている。増額された国防予算をどのように使うべきか?各国は改めて考えるべきである。

 

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2025年5月 9日

「トランプの世界」での「日欧同盟」について、生成AIはどのように答えるか?

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アメリカのドナルド・トランプ大統領は第二期目においては「政権内の大人」に煩わされることもなく、MAGAとアメリカ・ファーストの立場がさらに過激になったことを明示した。ウクライナ和平協定を取引本位で模索していることからもわかるように、世界は無秩序に向かいつつある。そのような世界では、自由民主主義諸国は、MAGA勢力の手に落ちたアメリカによる混乱を乗り越えるためのリスクヘッジが必要である。日欧同盟はこの目的に適うだろうが、それが大西洋同盟や日米同盟に取って代わるわけではなく補完的なものに留まるだろう。全世界に広がるアメリカの同盟国にとって、安全保障の傘を完全に放棄することは依然として非現実的である。このようにますます複雑化する世界において、生成AIは将来の政策の方向性を示すことができるのか?その一例として、トランプの世界での日欧同盟に関する私の質問に対するGrokの回答について述べたい。

 

Grokは最近になってツイッター(現X)に追加された生成AIアプリケーションである。日欧同盟については私のツイートからのプロフィール概要に基づいて、そのアプリでは以下のように簡潔に説明された。それには3点の戦略的根拠があり、ロシアがヨーロッパとアジア双方に及ぼす脅威、中国による全世界での一帯一路構想とFOIP(自由で開かれたインド太平洋戦略)への挑戦、そしてトランプ政権の略奪的なアメリカ・ファーストが挙げられる。実際のところヨーロッパと日本は情報共有や兵器の共同研究開発といった軍事協力、そして経済政策の調整を追求することができるであろう。政治的には、国連やG7における日欧の結束した発言はルールに基づく世界秩序の強化に繋がり、ウクライナ、バルト諸国、台湾といった小国が、ロシアや中国といった近隣の略奪的な大国に抵抗するうえで一役買えるだろう。問題は双方の地理的な遠隔性と、同盟から疎外に対するアメリカの不快感であると。

 

これは今回の主題の典型的な教科書的な序文に過ぎず、生成AIの真の思考能力を判断するにはさらに会話を続ける必要がある。これらの質問の中で、Grokが長々とした複雑な質問を、言葉だけでなくニュアンスまでも正しく理解し、どのように簡潔に議論を方向づけているかを注視したい。ここでは日欧関係とトランプのアメリカに関してのオーソドックスで予測可能な質問ではなく、私自身の関心による非オーソドックスな質問をいくつか見ていきたい (1)。

 

【質問1】:トランプ氏はメディアに対し、F-47次期戦闘機のモンキーモデルしか同盟国には提供できないと述べた。それは冷戦時代のソ連の所業である。彼の脳はあまりにもロシア化している。アメリカの同盟国は、GCAPやFCASといった独自のハイテク兵器への支出をもっと増やすべきか?またイランのF-14がイスラム革命から劣悪な状態に置かれているため、トランプ氏の発言は意味をなさない。彼には世界の安全保障よりも、次世代戦闘機の販売利益に関心があるように思われる。

 

これに対しGrokはトランプ氏が思考回路を「ロシア化」したわけでもなかろうが、同盟国の安全保障よりもF-47の輸出利益を優先しているという、モンキーモデルに関する私の懸念を条件付きで認めた。同盟国が「信用の置けない」F-47ではなく、イギリス、日本、イタリアによるGCAP、あるいはフランス、ドイツ、スペインによるFCASに支出を充てるべきかどうかという点については(2)(3)、Grokは双方の研究開発プロジェクトの概要を示し、GCAPは日本の対中国配備のスケジュールに間に合うが(4)、たとえ劣化版であっても将来的なF-47の調達を排除すべきではないとも答えている。私はこの回答について、次世代戦闘機の研究開発には何年もかかるため、アメリカで別の政権が将来登場すれば同機正規モデルの輸出を許可する可能性があるとの趣旨だと解釈している。他方でトランプ氏のようなナショナリストが、イランのF-14の場合のように同戦闘機の部品輸出を停止した場合のサプライチェーンの寸断というショックを起こす可能性については言及していない(5)。AIは質問の全てに答えるわけではない。

 

それでもこのAIアプリケーションは、トランプ氏によるソ連さながらのモンキーモデル輸出は彼の根深いアメリカ・ファーストを象徴しているのではないかという、私の質問の重要な点に答えた。この質問は長いうえにそれほど単純ではないが、生成AIは私の意図を深く理解している。興味深いことに私は質問文でGCAPをGPACと誤入力したが、それをGrokは正しく解釈した。

 

【質問2】:それでは、核抑止力について質問する。日本は独自核兵器を保有せずに、イギリスとフランスの核戦力強化のための研究開発を支援すべきか?日本が自主的に核武装すれば国際的な核不拡散体制の崩壊を加速させ、それが却って自国の国家安全保障に重大な脅威をもたらしかねない。またトランプ政権下のアメリカが同盟国を放棄した場合、日本は両国と核共有を行なうべきか?

 

日本は核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」という非核三原則を堅持しているため、この質問は非常に物議を醸してしまう。しかしトランプ政権第二期においてアメリカの核の傘の信頼性が低下するとあっては、日本にとってリスクヘッジは重要な課題となる。Grokは私の質問に対し、研究開発と核共有という二つの観点から回答した。そして前者については肯定的に評価する一方で、後者についてはやや慎重な姿勢を示した。日本には英仏の核戦力を支援するための資金と技術力がある。また日本が独自の核兵器を保有することで他の非核保有国への核拡散を刺激し、世界の軍備管理体制を破壊するリスクを冒すことは国際社会の利益にならない。これは日本と英仏との核共有にも当てはまる。しかし核共有では中国との緊張激化の懸念から、日本国内で反核感情がより深刻化しかねない。またこのようなリスクヘッジが模索されるなら、ナショナリスト傾向を強めるアメリカは同盟への日本の忠誠心に疑念を抱くことも考えられると。

 

しかしGrokが「日本では国内核兵器はタブーだ」と懸念していることに私が必ずしも同意できないのは、イギリスとフランスの核兵器のほとんどは陸上配備型ではないので恒久的に配備されることはないからだ。そうした兵器は必要に応じて日本の海上防衛または航空防衛施設に配備されるだけである。結局のところ、自主独立の核抑止力は日本にとって、最後の最後のそのまた最後の手段である。したがってアメリカが党派に拘わらずポピュリストの手に落ちて超大国の自殺行為に走る際の空白を埋めるために、英仏両国との核安全保障パートナーシップについて質と量の両面で検討する必要があるとも思われる。現状では両国合わせても、その核抑止力はあまりにも小さ過ぎる(6)。

 

非常に興味深いことに、イギリスはトランプ政権下のアメリカの統治が国家安全保障にとって重大なリスクとなっているため、アメリカ製のトライデントSLBMへの依存を見直しつつある。現在、イギリスが自主独立で配備する核兵器については以下の3つの選択肢が検討されている。そこで単独またはフランスと協力による抑止力の構築が挙げられる。しかしどちらの場合も、核研究開発での規模の経済性は限られている。そのため、NATOなどの欧州大西洋の多国間枠組みの中でイギリスの核抑止力を強化するという第三の選択肢が検討されている(7)。その場合、このプロジェクトには日本やオーストラリアなど太平洋諸国の参加も有り得る。

 

【質問3】: 問題は地政学に留まらない。トランプ政権下のアメリカにおける民主主義の衰退は、『プロジェクト・シンジケート』誌に掲載されたクリス・パッテン氏の最近の記事でも指摘されているように致命的な問題である。彼は親EU派のヘーゼルタイン氏とは対照的に親米派のサッチャー元首相と非常に近かったものの、MAGAに乗っ取られたアメリカから英国がより主権と自立性を持つべきだと主張している。彼は政治家としてのキャリアを通じて、ヨーロッパとアジアの両方を理解している。こうした状況を踏まえ、アメリカが自由の理想と人道主義を後退させている中で、日欧同盟はどのようにして価値観に基づいた外交を主導できるのだろうか?

 

質問でも述べたように、イギリスのクリス・パッテン上院議員は熱心な大西洋主義者であり、レーガン・サッチャー時代の世界秩序の寵児であった。また香港の最後の総督、そして元欧州委員会対外関係委員として、アジアとヨーロッパの両方に通じたイギリスの国益代表者であった。こうした経歴から、パッテン氏は「トランプ政権下のアメリカは1月6日暴動に見られるようにもはや自由の価値観の担い手ではないため、イギリスはアメリカとの数十年にわたる特別な関係を格下げすべきだ」と主張する。オックスフォード大学前総長としてパッテン氏はウィンストン・チャーチル以来の英米同盟の歴史を学術的に振り返り、トランプ氏が共通の価値観という根本的な前提を破壊したと主張する。そのため、パッテン氏は、キア・スターマー首相に対し、イギリスはトランプ氏の要求にすべて屈服すべきではないと強く訴えている(8)。実に驚くべきことに、スターマー氏はトランプ政権下のアメリカとの有利な貿易協定と引き換えにヘイトスピーチ法を撤廃しようとしている(9)。労働党がMAGA政策を採用するとは、なんともひどい追従である!さらに、トランプ氏の歴史と地政学に関する知識の欠如は、彼の大国重視の外交に如事実に表れている。パッテン氏が言うように、二度の世界大戦はセルビア、チェコスロバキア、ポーランドといった小国から始まったのだ。

 

現在のアメリカの混乱した統治と現大統領の国際情勢に対する理解不足を考えると、日欧同盟は価値観重視の外交におけるアメリカのリーダーシップの欠如を補完できるであろう。Grokの回答を振り返ってみたい。民主主義、法の支配、人権といった共通の価値観に加え、双方とも災害救援や環境といった人道問題にも取り組んでいる。ルールに基づく世界秩序を尊重する両国は、トランプ氏が「ディール外交」の名の下に小国を搾取するやり方に反対するようになる。これは世界の安全保障環境を権威主義体制に有利なものにしているが、トランプ氏は気にしていない。パッテン氏は香港の民主的統治をめぐる中国との交渉経験から、権威主義体制との衝動的な妥協の危険性を学んだ。もしトランプ氏が本当にウクライナと台湾を放棄するのであれば、日欧同盟がその空白を埋め、パッテン氏が構想する民主連盟再編の実現を後押しすることもあろう。しかしヨーロッパも日本も、単に道徳的な優位性という理由だけで現在のアメリカ中心の同盟を民主的なミドルパワー同盟に置き換えることはできないことを忘れてはならない。それはトランプ大統領の存在にもかかわらずアメリカはあまりにも大きく強大であり、地理的な遠隔性はヨーロッパと日本の戦略的優先事項を分断し得るからである。

 

最後に今日の世界秩序における最も重要な問題は、トランプ関税である。日欧同盟は、トランプ政権下の米国との貿易戦争にどのように対処すべきか?私は最近、以下のような質問をしてみた(10)。

 

 

【質問4】:貿易交渉は世界経済体制だけでなく、地政学の問題でもある。より多国間のアプローチが望ましくはあるが、トランプ氏のアメリカ・ファーストに基づく貿易政策に多国間の連携で対抗するよりも、米現政権との交渉を優先している国も見受けられる。その中で経済大国2ヶ国について問いたい。

(1) 日本はトランプ政権との早期合意を望んでいるようだが、それが性急過ぎると他国の貿易交渉に悪影響を及ぼしてしまうのではないか?石破政権はあまりにジャパン・ファーストになっていないか?

(2) イギリスは関税引き下げと引き換えに、ヘイトスピーチ法の廃止を提示した。もし労働党政権がMAGAの主張を容易に受け入れれば、保守党はさらに右傾化し、イギリスの内政でイデオロギー的なsurenchère(競り上げ)現象が加速しかねない。それによってイーロン・マスク氏のMEGA(ヨーロッパを再び偉大にする)構想がヨーロッパで右派ポピュリズムを刺激し、最終的にはNATOとEUの分裂にもなりかねないのか?

 

日本に関してGrokは悪い前例となるリスクを認めつつも、石破政権はFOIP参加国やNATOと緊密に政策連携しており、それほどジャパン・ファーストではないと指摘する。石破茂首相は先のベトナムとフィリピン訪問の際に、貿易戦争におけるアメリカとASEAN諸国の仲介役としての日本の役割を強調しているので(11)、この反論には一理ある。それでも日本が性急な合意を急ぐことで、世界貿易秩序が崩壊する懸念もある。トランプのアメリカとの貿易協議において、石破政権高官はほぼ日本の国益についてのみ言及している。リベラル世界秩序の熱心な支持者で徹頭徹尾の反トランプ派である私のような者にとっては、それはいかにもジャパン・ファーストに聞こえてしまう。

 

イギリスに関してGrokは「スターマー氏がMAGAに譲歩すれば保守右派、ひいては改革党が勢いづくのではないか」という私の懸念を認めている。さらに、MAGAの政治文化が浸透すれば、ヨーロッパ全土で反EUまたは反NATO感情が高まり、イーロン・マスク氏のMEGA扇動を助長することになるだろう。Grokは、私の以前の質問に記した「アメリカの民主主義の後退は非リベラルなヨーロッパの周辺勢力を力づけ、労働党の譲歩はその流れに油を注ぐ可能性がある」というパッテン氏の警告についても、返答の中で言及している。親EU派のスターマー氏は慎重な行動を取りつつも、トランプ政権に対抗するためにEUとの新たな貿易・安全保障パートナーシップも模索していると(12)。

 

これに先立ちゴードン・ブラウン元英首相は2008年の金融危機の際に国際社会が行なったように、世界的な景気後退とインフレを克服するためのマクロ経済政策と金融政策における各国間の協調を呼びかけていた(13)。またブラウン氏は法の支配の再構築による新たな世界秩序に向けた集団的イニシアチブには、新興国をも抱合することを提唱している。私が言及した日欧同盟はトランプのアメリカ、プーチンのロシア、習近平の中国によるシャープパワーの取引主義に対し、こうした国々の意見に耳を傾けてルールに基づく多国間主義を再構築することができる。この目標達成のために、ブラウン氏はイギリスに対し安全保障と経済の分野でEUとの戦略的パートナーシップを再構築してブレグジット後のショックを乗り越えるよう促している(14)。

 

生成AIは思考をまとめ、時には見落としていた点に気づくうえで非常に役立つ。特に不確実性が増す世界において、日欧同盟のような複雑な問題を探求する際にはなおさらである。また教師がAIの思考に慣れておくことは、学生がレポートやエッセイを提出する際にAIによる不正行為を検知する上でも役立つ。最後に、イーロン・マスク氏がDOGEでの世界を騒然とさせる仕事でAIを活用していることに注目すべきである。このアプリケーションに精通することは、彼の奇妙な思考方法を理解する上で役立つであろう。結局のところ、AIは問題を解決する万能薬ではない。AIの答えは、各人の質問の質に依存する。また、様々なAIが次々と登場し進化しており、それぞれに長所と短所がある。トランプ政権下における日欧同盟の問題を議論する際には、この点を念頭に置かねばならない。この問題についてもっと模索するにはAIに対してより多く、そしてより深い質問してゆく必要がある。

 

 

脚注:
(1) Grok Chat

(2) "Sixth-Generation Fighter Showdown: F-47, GCAP, FCAS, and J-36 (Baidi)"; European Defence Review; 24 March, 2025

(3) "Will Boeing’s F-47 ‘KILL’ European GCAP & FCAS Programs As U.S. Could Export 6th-Gen Jets To Allies?"; Eurasian Times; March 23, 2025

(4) "Global Combat Air Programme Joint Statement"; UK Government; 20 November 2024

(5) "How Iran manages to keep its F-14 Tomcats flying"; Key Aero; August 2, 2022

(6) "Can Europe Build Its Own Nuclear Umbrella?"; Carnegie Endowment for International Peace; April 3. 2025

(7) "The UK’s nuclear deterrent relies on US support – but there are no other easy alternatives"; Chatham House; 24 March, 2025

(8) "Britain Must Downgrade the Special Relationship"; Project Syndicate; February 28, 2025

(9) "Starmer told UK must repeal hate speech laws to protect LGBT+ people or lose Trump trade deal"; Independent; 16 April, 2025

(10) Grok Chat

(11) "Japan's role for ASEAN increasingly crucial amid US tariff standoff"; Mainichi Shimbun; April 30, 2025

(12) "UK and EU defy Trump with new strategic partnership to boost trade and security"; Guardian; 29 April, 2025

(13) "Trump is pushing the world towards recession. By learning the lessons of 2008, we can still prevent it"; Giardian; 10 April, 2025

(14) "The ‘new world order’ of the past 35 years is being demolished before our eyes. This is how we must proceed"; Guardian; 12 April, 2025

 

 

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2024年8月18日

キャメロン英外相はウクライナ防衛のためアメリカを動かすという、チャーチルの役割をどこまで果たせたか?

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今年の4月初旬にイギリスのデービッド・キャメロン外相はウクライナへの追加支援をめぐり、アントニー・ブリンケン国務長官との会談のために訪米した。しかし共和党の親トランプ派はそうした計画に反対した。キャメロン氏にはウクライナ援助法案の米下院通過の障害を取り除く必要があったが、それはロシアがウクライナの反転攻勢を押し返し、市民の死傷者数が増大していたからである。そこでキャメロン氏は共和党のドナルド・トランプ大統領選候補とマイク・ジョンソン下院議長に、緊急の会談を申し込んだ。キャメロン氏の訪米は、ジョー・バイデン大統領を相手に国賓として臨んだ日本の岸田文雄首相の首脳会談とも重なった。後者の方が世界各国のメディアやシンクタンクから注目されているが、私はキャメロン氏とトランプ氏の直接会談の方が「超大国として動かぬアメリカを動かす」うえで重要だったと見做している。それについては以下に述べたい。

 

日英両国の外交努力には、アメリカをより世界に関与させるという共通の目的があった。トランプ2.0の恐怖もさることながら、左翼では反イスラエルの「ハマス・レフト」も台頭するようではアメリカのポピュリスト孤立主義の懸念は深刻である。外国の指導者に、そうした動向を覆せる者はいるのだろうか? 歴史を見れば、ウィンストン・チャーチルが気乗りしない超大国に、ナチス・ドイツの阻止に積極的に関与せよと訴えた。また米国民が戦後の平和という白日夢に浸っていた時、鉄のカーテン演説によって彼らを国際政治の現実を直視するよう目覚めさせた。それからほどなく、アメリカはトルーマン・ドクトリンを宣言した。議会が国際主義者と土着主義者で分断されている時期に、アメリカは大西洋と太平洋の重要同盟国を迎え入れた。両国を比較すると、キャメロン氏が持ち込んだウクライナ支援には緊急性があり、トランプ氏との対峙では外交官僚組織が事前に用意したシナリオもなかった。そうした中で岸田氏は国賓としてバイデン大統領からも上下両院議長からも温かく迎えられ、当地では難題を突き付けられることもなかった。さらに重要なことに、イギリスはウクライナへの軍事援助に直接関与してロシアを撃退しようとしている。

 

他方で日本は今なお平和憲法に制約され、この国はジェームズ・マティス元米国防長官がイラクとアフガニスタンでの自身の戦闘経験について「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」と語ったような任務には参加できない。(General: It's 'fun to shoot some people'; CNN; February 4, 2005)。ともかく軍事的な側面には関われないというなら、それは日本がグローバルな安全保障で重要なステークホルダーとなるには障害になる。岸田氏の米議会演説での穏やかな話しぶりは、世界の隅々まで存在感を示してきた超大国への癒しのようで、世界秩序のために必要不可欠な国であるアメリカの役割の再確認とまではならなかったようだ(“Japanese PM Fumio Kishida addresses U.S. 'self-doubt' about world role in remarks to Congress”; NBC News; April 11, 2024)。それは必ずしも挑発的な言動を避ける岸田氏のパーソナリティーに由来するものではない。もっと威勢がよく、ブッシュ政権のイラク戦争を強く支持した当時の小泉純一郎首相(“Press Conference by Prime Minister Junichiro Koizumi on the Issue of Iraq”; Prime Minister’s Office, Japan; March 20, 2003)でさえ、実際には戦闘部隊を派遣していない。日本の関与は余りに小さく、アメリカの戦争に巻き込まれるという心配など取るに足らぬものだ。「癒し」の岸田氏であろうが、「威勢の良い」小泉氏であろうが、歴代日本の指導者の行為はチャーチルの役割を果たすにはほど遠い。

 

そうは言いながら現在の政治家には一人でチャーチルに匹敵するカリスマ性のある者はいないので、日英両国の非直接的な外交協調には米議会で両党の合意を促すには何らかの効果があった。岸田日本はイギリスの良きサイドキックであった。今回の援助法案は議会通過したが、将来はどうなるかわからない。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナの再征服に異様に執着しているので、今回の戦争は長く続きそうである。キャメロン外相とブリンケン長官の公式会談と違い、トランプ氏との密室会談の詳細は公表されていない。キャメロン氏のツイッターでもイスラエル・ハマス戦争に関してかなり多くのツイートがある一方で、当件については語られていない。トランプ氏はキャメロン氏の言い分に耳を傾けることなど気が進まなかったであろうが、自身の大統領選挙に鑑みればウクライナ援助法案の議会通過を遅らせたというネガティブな評判は回避せねばならなかった。さらに軍事的援助へのイギリスの加担もあって、キャメロン氏の主張は国防支出でのバードン・シェアリングへの拘りが強いトランプ氏も耳を傾けざるを得なかった。そのことはブリンケン氏との会談で、英米両国による対ウクライナ支援の拡大にもつながった。国際政治は本質的に猛獣の鬩ぎ合いという性質があり(leontomorphic )、強力な国防と深い軍事的関与は世界秩序のための法強制執行には必要不可欠である。

 

そこでキャメロン・ブリンケン外相会談の障害となったトランプ氏の世界観について述べたい。アメリカン・エンタープライズ研究所のハル・ブランド氏はトランプ氏のアメリカ・ファーストを世界への関与への完全な拒否との解釈は単純すぎると評している。むしろ、それは損益に非常に敏感な考え方である。よってトランプ氏はウクライナ支援には懐疑的で、ヨーロッパであれアジアであれ、小国の防衛のためにアメリカが大きな戦争に巻き込まれる謂れはないと信じ切っている。そしてトランプ氏にはインド太平洋地域が例外だという考え方はないので、彼の取り巻きのチャイナ・ホークの言い分は当てにならない。孤立主義の側面も見られる一方で、トランプ氏は必要と思えるなら海外に介入して彼が理解するアメリカの国益を他国に押し付けようとする。他方でアメリカがリベラル世界秩序の守護者であるとの考え方を侮蔑している。そうした姿勢が彼の前政権期に中国との貿易戦争、そしてイランおよび北朝鮮に対する瀬戸際外交をもたらした。そのためトランプ氏の取り巻きは軍拡を追求するものの、同盟国や被侵略国を防衛する気はさらさらない。むしろ彼らの主要な関心は本土防衛で、サイバー・セキュリティやミサイル防衛への支出を増額させようとしている。彼らは国際政治を自国第一主義の国民国家の競合だと見做し、民主主義の拡大のような課題は彼らにとって無益なものである (“An “America First” World: What Trump’s Return Might Mean for Global Order”; Foreign Affairs; May 27, 2024)。

 

当然ながらそうした見方は欠陥だらけで、トランプ氏の同盟についての理解が乏しく成る一因となっている。イボ・ダールダー元米駐NATO大使は、トランプ氏は大西洋同盟を不良債権と見做し、東方前線諸国が侵略されるようならアメリカがロシアとの核戦争に巻き込まれかねないと思い込んでいると批判する。実際に同盟は敵の攻撃を抑止する。さらにパートナーと共通の安全保障目的を追求するよりも、国防費のバードン・シェアリングの方に囚われるという過ちを犯している(“NATO is about security — not dollars and cents”; Politico; April 10, 2024)。トランプ氏が共和党内で自身への忠誠派を通じて6ヶ月にもわたってウクライナ援助法案成立を遅延させたことはロシアに多いに利をもたらし、欧米間の相互信頼を損なった(The US aid package to Ukraine will help. But a better strategy is urgently needed”; Chatham House; 26 April, 2024)。アメリカの右翼が「ヒルビリー・エレジー」的な被害者意識、すなわち同盟国は安全保障の傘にただ乗りしているという観念に囚われている限り、議会で再び党派対立が激化し、必要なウクライナ支援が止まることも有り得る。

 

次にイギリスの環大西洋外交の概観は以下に述べる通りである。トランプ氏再選可能性の如何に関わらず、米国民の間でリンドバーグ的孤立主義が強まるならイギリスの外交には制約が課される。王立防衛安全保障研究所(RUSI)のウィン・リース氏はイギリスとNATOおよびアメリカとの関係について、以下のように概括している。イギリスは長年にわたり、アメリカの軍事および諜報作戦では真っ先に挙げられるパートナーであり、そのことはNATOでも全世界でも自国の政治的存在感を高めるうえで有利になる。しかしトランプ氏の反NATO かつ反ウクライナの姿勢では、こうした前提が成り立たなくなる。よってキャメロン氏はヨーロッパがバードン・シェアリングに取り組んでいることをトランプ氏に示す必要があったので、それが国防費の増額、ヨーロッパ域内での防衛協力、バルト海地域での兵力配備などの形で表れた(“Trump, NATO and Anglo-American Relations”; RUSI; 9 May, 2024)。ウクライナ援助法案が米議会を通過する前の本年2月29日時点では、EU諸機関の合計援助額はアメリカよりも多かった。さらにヨーロッパ各国も援助に寄与していた。すなわちウクライナ援助法案が通過しないようでは、ヨーロッパでなくアメリカが同盟にただ乗りしているという状況だった。以下リンク先の図表を参照。

 

Chart

https://www.cfr.org/article/how-much-us-aid-going-ukraine#chapter-title-0-5

 

アメリカの孤立主義を転覆してチャーチル的な外交に乗り出すには、イギリスはロシアに対抗すべくヨーロッパ側独自の政治的および軍事的なレジリエンスを強化する必要がある。現在、ウクライナはフランス、ドイツ、オランダ、そしてイギリスと二国間安全保障合意に調印済みである。こうした取り決め各々を効果的に整合させるために、イギリスはEU非加盟の立場でウクライナ支援に向けたヨーロッパの枠組みでどれほどの主導権を発揮できるだろうか?NATOがウクライナへの兵器調達円滑化のために設立したウクライナ防衛コンタクト・グループでは、イギリスはドローン供給で主導的役割を果たした。また英国王立国際問題研究所のサミール・プリ氏はEUが提唱するEU・ウクライナ防衛産業フォーラム(European Commission; 6 May, 2024)やヨーロッパ防衛産業戦略(EDIS)(European Commission; 5 March, 2024)などの軍事用品調達の取り組みをイギリスが支持し、ヨーロッパの防衛準備態勢の向上とウクライナの防衛産業への支援をすべきだと訴えている(“The UK should help coordinate support for Ukraine by backing EU defence initiatives”; Chatham House; 19 March, 2024)。イギリスが支持したウクライナ戦争でのロシアの凍結資産の活用という案は、今年のG7イタリアで承認された(“G7 agrees $50bn loan for Ukraine from Russian assets”; BBC News; 14 June, 2024)。現在、イギリスは「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」を為すうえでの能力ギャップ問題に取り組む必要に迫られている。この国は自国本土と世界各地での国益を守るために、限られた予算や資材の中で自軍の兵器や装備を強化する必要に迫られている。現時点で重大な脅威と言えば、短期的にはロシア、長期的には中国となる。国防費の増額とともに、王立国際問題研究所『インターナショナル・アフェアーズ』誌のアンドリュー・ドーマン編集長は、イギリスの軍事力最強化計画に当たって国防支出のフォーカスをしっかり定めておくべきだと論評している。例えば対露抑止であれば、現行の核兵器の漸次削減政策を覆して独自の核の傘を強化するか、統合遠征軍(JEF)による北極、スカンジナビア、バルト海地域での緊急即応配備を強化するかの選択が迫られる(“Britain must rearm to strengthen NATO and meet threats beyond Russia and terrorism”; Chatham House; 25 March, 2024)。

 

トランプ氏説得という骨の折れる会談を経て、キャメロン氏はブリンケン氏との正規外相会談でウクライナへの支援拡大を話し合った。記者会見の場ではマール・ア・ラーゴ会談についての質問もあり、キャメロン氏は会談自体は選挙を控えての通常通りの野党指導者との外交会談であると答えた(“Secretary Antony J. Blinken and United Kingdom Foreign Secretary David Cameron at a Joint Press Availability”; US Department of State Press Release; April 9, 2024)。しかしウクライナへの追加援助を拒絶するトランプ氏は明らかに、依然として大西洋同盟の足を引っ張る存在である。外交における党派を超えた一貫性など気にも留めない。驚くべきことに、トランプ氏は就任直後に戦争を終結させると宣った。これはロシアでさえまともに受け取らなかった(“Russia says 'let's be realistic' about Trump plan to end Ukraine war”; July 18, 2024)。マール・ア・ラーゴ会談は通常通りとはほど遠いものであったろう。

 

この会談がかなり荒れた対話であったことを示唆するかのように、トランプ氏の取り巻き達はキャメロン氏のチャーチル的外交努力に激しく反駁した。トランプ氏がロシアにNATO諸国への侵攻をせよと発言してからというもの、キャメロン氏は大西洋同盟に関する彼の見方には批判的であった(“David Cameron Rebukes Donald Trump's Divisive Remarks About Nato And Russia”; HuffPost; 12 February, 2024)。そうした見解の不一致をたった一度の秘密会談で埋めることは容易ではない。予期された通り、トランプ氏の外交政策顧問であるエルブリッジ・コルビー元国防副次官補はウクライナ援助法案の通過を目指したキャメロン氏のロビー活動を、アメリカ政治への介入だと非難した。さらにキャメロン氏がウクライナ支援を道徳的に語り、トランプ氏にそれを解説講義したとして怒りをぶちまけた(“Trump ally hits out at David Cameron for ‘lecturing’ US”; Politico; May 2, 2024)。しかし歴史的にはウィルソン流道徳主義は党派を問わずアメリカ外交の中核であった。また道徳主義はレーガン・サッチャー保守同盟を強固にし、究極的には冷戦終結にもつながった。嘆かわしいことに、コルビー氏の発言は今のアメリカの保守主義がどれほど酷く劣化したかを示している。

 

コルビー氏はロシアを中国のジュニア・パートナーだと(“China’s Russia Support Strategy”; Politico; February 22, 2024)矮小化するものの、クレムリンが仕掛けるヨーロッパでの攻撃や中東およびアフリカへの勢力浸透に鑑みれば、それは必ずしも妥当ではない。『ワシントン・ポスト』紙への投稿では、コルビー氏はそんな矛盾など一向に意に介さずに中国への戦略的フォーカスを主張している(“To avert war with China, the U.S. must prioritize Taiwan over Ukraine”; Washington Post; May 18, 2023)。皮肉にも台湾はコルビー氏が提唱するアジアへの戦略的シフトを支持していない(“Taiwan is urging the U.S. not to abandon Ukraine”; Washington Post; May 10, 2023)。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏のに代表されるネバー・トランプの論客達がコルビー氏のような偏向したチャイナ・ホークを否定し、アメリカの外交を正常な方向に導こうとしている(“A Republican ‘civil war’ on Ukraine erupts as Reagan’s example fades”; Washington Post; March 15, 2023)。ともかくコルビー氏は新任のデービッド・ラミー英外相については、トランプ氏への配慮のある態度をとっていると称賛した。しかし共和党のJ・D・バンス副大統領候補はイギリスは核兵器を保有するイスラム主義国家だと罵倒して、トランプ氏と現労働党政権との間のそのような生温い友好関係も打ち壊してしまった(“Rayner dismisses Trump running mate 'Islamist UK' claim”; BBC News; 17 July, 2024)。キャメロン氏がウクライナでのロビー活動に成功したとはいえ、MAGAリパブリカンによる負の影響力は来る大統領選挙の結果如何に関わらず依然として無視できない。トランプ氏支持者の例に漏れず、バンス氏もコルビー氏も悪意に満ちた語句と対決的な姿勢が特徴的である。トランプ2.0が登場するようなら、アメリカの同盟国にとっては大変な外交上の障害となりかねない。

 

第二次世界大戦時にはパールハーバー攻撃によってリンドバーグ流孤立主義者達は沈黙せざるを得なくなり、それによってフランクリン・ローズベルト大統領はウィンストン・チャーチル首相の求めに応じて全世界で自由のための戦いを行なえるようになった。しかし現在、MAGAリパブリカンはバイデン現政権下においてさえアメリカの外交政策の足を引っ張っている。そうした事情からNATOはトランプ影響排除(Trump proofing)を真剣に検討し、アメリカ大統領選挙での最悪のシナリオに備えている。最も重要な点はヨーロッパ側の防衛能力の強化である。NATO加盟国はGDP2%の支出目標の達成に向けて国防費の増額を図っているが、それさえもアメリカをヨーロッパにつなぎ止めるには充分でないかも知れない。実際にコルビー氏はスナク政権によるイギリスの国防費2.5%計画を無意味だと否定した。NATO加盟国のほとんどは2%目標に達していないが、冷戦期に3%の支出であった。真の問題は金額ではなく防衛支出の重点項目である。そうした対露抑止および接近拒否の能力への支出が効果的に使われ、ヨーロッパへのアメリカの出兵コストを低く抑えるべきである。ヨーロッパ、特に英仏独の間での共同兵器調達に向けて調整を薦めれば、こうした目的に役立つだろう(Trump-Proofing NATO: 2% Won’t Cut It”; RUSI; 7 March, 2024)。

 

現在、火急の問題はウクライナである。ブリュッセルで開催されたNATO75周年式典では、イェンス・ストルテンベルグ事務総長がウクライナでのNATOの役割をアメリカ政治から切り離すための提案を行なった。すなわちウクライナ防衛コンタクト・グループではアメリカからNATOにより大きな影響力を与え、5年間で総合1千億ドルという軍事援助の実施を円滑化するということだ。しかしバイデン政権は件の計画には関心を示さなかったOn NATO’s 75th birthday, fear of Trump overshadows celebrations; Washington Post; April 4, 2024)。皮肉にもネバー・トランプの米現政権が、ヨーロッパ主導によるトランプ影響排除を積極的に支持していない。そうした事態にも関わらず、王立防衛安全保障研究所のマイケル・クラーク元所長によると、今年はウクライナの戦争の行方を左右する年になるという。ロシアには2025年春以降まで大規模攻勢を仕掛けるだけの装備も訓練された兵員も揃わず、ウクライナも欧米の軍事援助なしに戦闘能力を再建して占領地域の奪還などはとても覚束ない(“Ukraine war: Three ways the conflict could go in 2024”; BBC; 29 December, 2023)。

 

国際社会はトランプ2.0に戦々恐々としているが、真の問題はトランプ氏自身を超えたものである。左右を問わず反主流派の外交政策識者の中には、いわゆる「抑制された」外交を主張してウィルソン流グローバリズムを否定しようという動きがある。彼らの中でも右翼ナショナリスト達はトランプ氏を利用して自分達の政策提言活動へのテコ入れを図っている。トランプ氏は高圧的な振る舞いで悪名を博しているが、オーストラリアのマルコム・ターンブル元首相は世界各国指導者達に、彼の怒りを買わぬようにと媚び諂わぬようにと助言している。トランプ氏は手強い交渉相手を不快に感じるであろうが、後で気分が落ち付くと相手に敬意を抱くようになる(“How the World Can Deal With Trump?”; Foreign Affairs; May 31, 2024)。キャメロン氏がウクライナ支援の緊急的必要性を率直に説いたことは、コルビー氏の悪意に満ちた反応を見ての通りである。日本の安倍晋三首相(当時)も予期せぬトランプ氏の当選からほどなくしてトランプ・タワーを訪問した際に、日米同盟の互恵性を説いた。他方で麻生太郎元首相の訪問は、野党候補に対する不要な叩頭に見えてしまう。安倍氏の回顧録には、トランプ氏は公式の二国間首脳会談の場ですら延々とゴルフの話をしていたと記されている。麻生氏はトランプ氏との会談を楽しむために、二人で何を話したのだろうか?

 

トランプ氏が有罪判決を受けようと、王立国際問題研究所のレスリー・ビンジャムリ米州プログラム長が述べる通り、西側民主主義諸国にはアメリカとの同盟以外に選択肢はない。さもなければロシアや中国をパートナーに選ぶのか(The Global Implications of Trump’s Conviction”; Council on Foreign Relations; June 4, 2024)?民主党のカマラ・ハリス候補はトランプ氏を押しのけんばかりの勢いだが、「抑制された」外交を主張するグループはハリス政権が誕生しても世界の中でのアメリカの指導力発揮の足を引っ張るだろう。そうしたグループにはアメリカ・ファースト政策研究所(AFPI)やマラソン・イニシアチブといった右翼系シンクタンクとともに、リバタリアンのチャールズ・コーク氏とリベラルのジョージ・ソロス氏が共同スポンサーとなっている超党派のクインシー研究所もある( “George Soros and Charles Koch take on the ‘endless wars’”; Politico; December 2, 2019)。

 

動かぬアメリカを動かすためには、現代の政治家達はイギリスのキャメロン外相であれ、日本の岸田首相であれ、他の誰であれ、第二次世界大戦の英雄チャーチルのカリスマなくしてチャーチル的外交の努力の必要性に迫られてくる。アメリカの同盟国はキャメロン氏がやったように、超党派の国際派と手を組んで頑迷な孤立主義者を説得する必要がある。また「悪い奴らを撃ち殺すという、世にも楽しき仕事」なら直接の軍事行動であれ、敵の侵略に抵抗する国への軍事援助の供与であれ、積極的に関わる姿勢を見せるべきである。すなわち世界秩序のための法強制執行で、バードン・シェアリングの一翼を担うということだ。アメリカ側ではすでにハリス氏はミネソタ州のティム・ウォルツ知事を副大統領に選んだので、安全保障の閣僚には重量級の人物を当てる意志を示唆すれば、DEI(多様性・公平性・包括性)非難で失言を繰り返すトランプ・バンス陣営との差別化を図れて面白いとも思われる。

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2023年10月11日

イギリスのインド太平洋傾斜と対中関係における問題点

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イギリスはインド太平洋地域での法の支配擁護を目指す「自由で開かれたインド太平洋」作戦執行の多国間有志連合において、特に中国の海洋進出に鑑みれば重要なパ-トナーである。2021年3月にジョンソン政権が“Global Britain in a competitive age”と題した安全保障、開発、外交の統合見直しを発刊して以来、イギリスはインド太平洋への戦略的傾斜を進めている。この戦略に則って、イギリスは日本およびインドとの戦略的パートナーシップを深めている。特に日本とは今年に入ってRAA(日英部隊間協力円滑化協定)に調印し、相互の軍事施設へのアクセスと両国軍の訓練での協力が円滑化されることになった。また両国はイタリアとともにGCAP(グローバル航空戦闘プログラム)の研究開発を行なっている。インドとは、イギリスはロシア支援のFGFAに代わる国産次世代戦闘機への技術支援を提供している。さらにアメリカとオーストラリアとはAUKUSにも調印した。それらの合意に鑑みて、イギリスは日本、インド、オーストラリアといったインド太平洋地域の主要国とともに、そして最も重要なことにアメリカとの「特別関係」を通じ、中国に対抗するFOIPに深く関与するものと想定されている。しかし内政上の制約、中でも労働党金融ロビーによって、イギリスの対中抑止への確固とした貢献が低下することも考えられる。またスナク政権は対露姿勢とは違って、対中姿勢は必ずしもとまっているわけではない。

 

まず労働党について述べたい。ジョン・ヒーリー影の国防相は現在のウクライナでの戦争勃発に伴うロシアの脅威増大に鑑みて、ジョンソン政権が手を付けたインド太平洋傾斜という保守党の国家安全保障戦略に疑問を呈した。ヒーリー氏はイギリスは自国の限られた予算を本土と欧州大西洋地域に集中すべきとの趣旨で、「イギリス軍にとって優先すべきは最大の脅威に晒されている場所であり、経済的な機会のある場所ではない」と発言している(Labour defence chief questions using UK's 'scarce resources' in Indo-Pacific”; Forces Net; 8 February, 2023)。労働党の主張の要点はイギリスはヨーロッパ、大西洋、北極圏の防衛での要求水準を満たすために軍備を再強化すべきだが、現在はウクライナ支援のために兵器が枯渇しつつあるというものである“Labour calls for UK rearmament and end to military cuts”; UK Defence Journal; February 7, 2023)。しかし労働党は中国の脅威が工作員、サイバー操作などを通じてイギリス本土迫っているにもかかわらず、それを過小評価するのだろうか?キア・スターマー現党首は自らをブレア路線継承者だとしているが、現在の党の国防政策案は1968年にアデン以東からの英軍撤退を決定したハロルド・ウィルソン政権さながらで、トニー・ブレア政権のように世界を股にかけて見かけの国力以上にイギリスの実力を発揮しようとしているようには思われない。

 

労働党が反植民地主義ウォークのイデオロギーに囚われていないなら、世界全体でのイギリスの戦略的要求でどのようにバランスをとるのだろうか?RUSI(王立防衛安全保障研究所)のヴィール・ナウエンス氏は労働党に、インド太平洋への傾斜を否定するよりも自分達の優先順位に応じて柔軟に対応するよう提言している。地理的な距離はインド太平洋から手を引く理由にはならない。ともかく保守党の国防計画では日本やオーストラリアに恒久的な軍事的プレゼンスが主張されてはいない。労働党はフランスと日本のインド太平洋戦略は東アフリカから南太平洋まで視野に入れていることを忘れてはならない。さらにナウエンス氏はイギリスは必ずしもインド太平洋の最遠隔地に軍事的プレゼンスを維持する必要はなく、インド洋でも中東、東アフリカ、シンガポールにある既存の英軍施設を有効利用すべきだとも述べている。それはイギリス軍が極東有事に即応し、中国や北朝鮮がこの地域で航行の自由、領土の一体性、核不拡散といった国際的なルールと規範を破る事態に対処するうえで役立つだろう。ヒーリー影の国防相は限られた財源を強調しているが、デービッド・ラミー影の外相は傾斜を否定せず、「3C」を提案している。すなわちイギリスは中国と地政学的に挑戦(challenge)と競合(compete)の関係になるが、気候変動のような問題では必要に応じて協力(cooperate)してゆくということである(“How Labour Can Reform, Rather Than Do Away With, the UK’s Indo-Pacific Tilt”; RUSI Commentary; 14 February 2023)。いずれにせよヒーリー氏の見方は海洋通商国家というイギリスの歴史的な立場を否定するものである。

 

外交の一貫性のためにも、特に日本とオーストラリアといったインド太平洋地域でのイギリスのパートナーは労働党の影の内閣との対話を通じ、グローバルな安全保障とこの地域での共通の利益のためにFOIPの重要性を再確認する必要がある。非常に重要なことにイギリスの総選挙は2025年1月28日以前に行なわれる予定だが、それは2024年11月5日に行なわれるアメリカ大統領選挙とも近い日程である。イプソス社が8月11日から14日にかけて行なった世論調査では、イギリスの有権者の56%が来る選挙ではスターマー氏がスナク氏に勝つと見ている。スターマー氏は12項目中9つで優位にあり、特に「普通の国民をよくわかってる」、「イギリスが直面する課題を理解している」、「指導者として経験豊富」といった点ではスターマー氏に分がある一方で、スナク氏は「危機管理に長けている」という項目で優位に立っている(“Majority of Britons think it is likely Keir Starmer will become Prime Minister”; Ipsos Political Pulse; 24 August, 2023)。

 

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FOIPには元来多国間の性質があるので、クォッド加盟国とその他の域内およびグローバルなステークホルダー諸国は、イギリスで労働党が政権を取った場合には過激な反植民地主義志向に陥らぬよう訴える必要がある。ともかくスターマー氏は労働党の国家安全保障戦略を全世界に向けて明確にする必要がある。自らの当選の折にはドイツとの二国間安全保障および防衛条約を早急に結ぶ所存だとも語っている(“UK Labour would seek security and defense treaty with Germany”; Politico; May 16, 2023)。しかしヒーリー氏が唱える欧州大西洋中心の国防とラミー氏が唱えるインド太平洋知己での中国に対する3C政策を、スターマー氏がどのように合わせてゆくのか定かではない。

 

問題は左翼だけではない。キャメロン政権下で英中黄金時代の立役者だったジョージ・オズボーン元財務相は、政界引退後にフィンテックのロビイストとなり中国やロシアからのマネーのロンドン金融市場への受け入れを図っている。デービッド・キャメロン氏はブレグジット投票の結果を受けて正解を引退したが、オズボーン氏は一議員として下院に留まった。しかし現職議員でありながら『イブニング・スタンダード』紙編集長に就任したために、議員辞職に追い込まれた。財務相在任時よりオズボーン氏はロンドンをフィンテックの国際的な拠点にしようと考えていた(“Osborne wants London to be 'global centre for fintech”; Financial Times; November 11, 2015)が、その政策では中国との関係を優先するあまりに人権や英米関係が軽視されていないかと大いに懸念されていた。またキャメロン氏も2015年のシンガポール歴訪では、中国への刺激を避けるために東南アジアでのイギリスの長年の同盟諸国の安全保障への関与強化を拒んだ(“In for a Yuan, in for a Pound: Is the United Kingdom Making a Bad Bet on China?”; Council on Foreign Relations Blog; October 20, 2015)。オズボーン氏にはロシアとの間にも不可解な関係があり、2008年にはこの国のオリガルヒから献金を受けている(“George Osborne admits 'mistake' over Russian oligarch”; Guardian; 27 October, 2008)。ブレグジットはイギリスと国際社会にとって災難ではあったが、キャメロン政権が続いていればオズボーン氏が親中露的なフィンテック政策を推し進めて国家安全保障が犠牲になっていたかも知れない。

 

オズボーン氏が指導的な地位を占める金融ロビーを代表するかのように、HSBCホールディングス社のシェラード・カウパーコールズ広報部長は、イギリス政府はアメリカに追随して中国との経済関係を縮小するほど「弱腰」だと批判した(“HSBC Executive Slams ‘Weak’ UK for Backing US Against China”; Bloomberg News; August 7, 2023)。こうした発言はあまりに「市場志向」である。確かにロンドンはソ連のユーロダラーやOPEC諸国のオイルダラーといった、アメリカの規制枠外の通貨で取引できるオフショア金融市場ではあった。しかしロシアのウクライナ侵攻によって冷戦時代の合理的な抑止という考え方は崩壊し、現在では金融市場は政治的リスクを抱える外国からのマネーを以前より厳しく拒絶する必要に迫られている。にもかかわらず、イギリスが開かれた経済を維持しながら中国、ロシア、その他リビジョニスト諸国のマネーロンダリングを阻止することは極めて難しい(“Why Britain’s Tories are addicted to Russian money”; Politico; March 7, 2022)。中国とのサプライチェーンとロシアからのエネルギ資源依存に関して、ドイツとフランスがしばしば批判に晒されているが、イギリスが両件にどう対処するかも注視すべきである。

 

スナク政権は対中関係で黄金時代を模索しようとはしないだろうが、現首相は財界志向である。オックスフォード大学をPPE専攻の学士で卒業したスナク氏は、スタンフォード大学ではMBAを取得し、そこでインドIT業界の大物ナラヤナ・ムルティ氏を父に持つアクシャタ・ムルティ夫人と出会った。スナク氏自身も政界入り以前にはヘッジファンド業界でキャリアを築いていた。そうしたビジネス本能に鑑みれば同氏が中国との経済的利益を優先する誘惑に駆られ、英中黄金時代の終焉を公言したとはいえ、インド太平洋とイギリス本土でのこの国の脅威に中途半端な態度になることもないとは言えない(Rishi Sunak: Golden era of UK-China relations is over”; BBC News; 29 November, 2022)。 だからこそ下院外交委員会の議員諸氏が、今年8月末のジェームズ・クレバリー外相の訪中の際に非常に大きな懸念を表明したのである。同委員会委員長で保守党のアリシア・カーンズ下院議員を中心に、英本土での中国のスパイ活動、新疆ウイグルとチベットの人権、FOIPの安全保障でのイギリスの役割といった事項では中国にもっと強い立場を取るべきだったと外相への抗議の声が挙がった“James Cleverly urged to be ‘crystal clear’ with China on ‘the rule of law and human rights’”; Politico; August 30, 2023)。そうした批判はスナク政権与党内だけでなく、閣内からも挙がっている。トム・トゥーゲンハット安全保障担当閣外相は対中タカ派で名をはせ、2021年には中国への入国を禁止されている (“Cleverly asks Bryant to withdraw ‘Chinese stooge’ claim amid row over Beijing”; Independent; 13 June, 2023)。陸軍出身のトゥーゲンハット氏は英国内にあった中国の海外警察署を非常に警戒し、イギリス政府の承諾を得ていないという理由でそうした派出書を全廃させた“Chinese 'police stations' in UK are 'unacceptable', says security minister”; 6 June 2023)。

 

対中融和派は党派を超えて存在が確認されている。左派の側には反植民地主義ウォークがいる。右派の側には金融ロビイストと彼らの賛同者達がいる。古臭い「左右病」では、外交および内政政策の相互関係を分析するうえで無意味である。インド太平洋でのイギリスのパートナーは与野党を問わず緊密に接触し、この地域の安全保障環境、そして広島でのG7宣言日英アコードといった国際合意を再確認する必要がある。またイギリス自身の安全保障指針である2021年の統合安全保障見直し2023年の戦略見直し、本年8月にカーンズ氏主導で発行された下院外交委員会報告書を再検証する必要がある。最も重要なことに、アジアでのイギリスの軍事的プレゼンスは対米特別関係にも有益で、それがグローバル・ブリテンの成功をより確実にするだろう。上院において元外相のデービッド・オーウェン卿は、アメリカ国民がウクライナで現在進行中の戦争よりも中国の軍事的冒険主義を懸念するようになっているので、イギリスが彼らと太平洋で共通の戦略目的を示せれば有利であろうと主張した(“British carrier in Pacific bolsters US-UK alliance”; UK Defence Journal; September 30, 2023)。オーウェン卿は労働党キャラハン政権の閣内相ではあったが、インド太平洋傾斜に関してはヒーリー現影の国防相とは完全に違う観点からものを言っている。ラミー影の外相は3Cを掲げているが、その内容は依然として明確ではない。いずれにせよイデオロギー上のレッテルや党派ではなく、インド太平洋傾斜と中国の脅威への理解が重要になる。イギリスの内政に要注意である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年1月24日

英・北欧統合遠征軍をめぐる国際情勢

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当ブログ118日記事の下から2段落目で言及したJEF(Joint Expeditionary Force:統合遠征軍)について説明するとともに、それが現在のウクライナ情勢をはじめとした国際諸問題とどのように関連しているのかについても述べたい。そちらでも記されたように、これはイギリスが主導する北欧およびバルト海諸国による多国籍軍である。現在は以下の国々が加盟している。

 

イギリス、デンマーク、エストニア、フィンランド、アイスランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン

 

まずJEFの沿革から述べたい。イギリスには元々、自国の三軍によるJRRF(Joint Rapid Reaction Force:統合緊急対応部隊)があり、2000年のシエラレオネ内戦、2001年の北マケドニアでの紛争で緊急に派遣された。しかし911同時多発テロ事件を契機にアフガニスタンとイラクに兵力を割くようになり、自国軍だけでは即応部隊に人員を出せなくなった。そこでアフガニスタンでISAF(国際治安支援部隊)の司令官を歴任したデービッド・リチャーズ陸軍大将の発案 ("Speech by General Sir David Richards, Chief of the Defence Staff"; RUSI; 17 December, 2012により、2014年のNATOウェールズ首脳会議を契機に発足したのが多国籍で構成されるJEFである ("The UK Joint Expeditionary Force (JEF)"; IFS Insights; May 2018)。

 

JEFの設立は、イギリスが昨年3月に打ち出した「インド太平洋地域への傾斜を強めながら欧州大西洋地域でも存在感を増す」という戦略の具現化とも言える ("Global Britain in a Competitive Age"; March 2021) 。そのJEFとはどのような組織だろうか?それは北欧およびハイ・ノース(High North)、すなわちグリーンランドからノルウェー・ロシア国境地帯のバレンツ海に至るヨーロッパ北極圏での緊急事態に対応するための多国籍軍である。JEFは自軍の任務だけでなく、国連やNATOのような国際機関とも、あるいはアメリカ、フランス、ドイツなど個別の主権国家とも共同で該当地域の防衛に当たることができる ("Ready to Respond: What is JEF?"; Strategic Command; 11 May 2021)。この多国籍軍の際立った特徴は、緊急即応性を充足させるためにNATOのような全加盟国の方針一致ではなく、その時の事態に対応できる国だけで多国籍軍を編成するということである。本年3月にはボリス・ジョンソン首相(当時)が、ロシアがウクライナ侵攻からさらに北欧およびバルト海地域にまで及ぼそうとした脅威の抑止ではJEFが最も素早く対応したと自画自賛したほどである ("The Joint Expeditionary Force: Global Britain in Northern Europe?"; CSIS Commentary; March 25, 2022)

 

ところでJEFの主要な活動地域が北欧、バルト海地域およびハイ・ノースである以上、その真ん中に位置するスコットランドの独立運動がイギリスと北欧・バルト諸国の軍事的協力に負の影響をもたらすか否かは要注意である。去る11月23日にイギリス最高裁判所は、スコットランド政府がイギリス議会の承認なしで独立に向けた国民投票のための司法手続きを棄却した ("Blow for Scottish nationalists as UK court rejects independence vote bid"; Reuters News; November 24, 2022。そもそもスコットランドが独立して仮にEU加盟が叶っても、自主独立で国家運営できるだろうか?現在のスタージョン政権は全ての女性への生理用品の配布など、きわめて高水準の福祉政策を行なっている。それには強固な経済的基盤が必要であるが、現在のスコットランドには高付加価値産業はあまり見られない。第一次産業に依存した経済で高福祉国家など夢物語である。

 

イングランドにはケンブリッジのような世界的なIT産業の拠点があるが、スコットランドにはそこまで有力な拠点はない。イギリスの航空宇宙産業もほとんどイングランドを拠点としている。そうした状況下で彼の地に高付加価値産業をもたらしているのはイギリスの軍事産業で、特に海軍はスコットランドが伝統的に強みを持っている造船業にハイテク艦船の需要を創出している。二コラ・スタージョン首相が本気で福祉国家の理念を実現する気なら、連合王国との経済関係をしっかり認識すべきだろう。

 

イギリスとスコットランドは国防でもウィンウィンの関係にある。冷戦期より、ロシアの脅威はムルマンスク方面から海空より迫ってきた。こうした北方からの脅威に対し、イギリスはNATO同盟諸国とともに自国の海空軍で対抗してきた。特にスコットランドは、こうした任務では戦略的に重要である。中でもファスレーンにあるクライド英海軍基地は複雑な地形から原子力潜水艦の秘匿性を保つうえで好都合で、米海軍および空軍もスコットランドに基地を持っている。スタージョン首相は自分達の自治国家が英米両国に防衛されないでロシアの脅威に対処できると信じているのだろうか?JEFに不安定要因を持ち込むことは、スコットランドにとって何の得にもならない。

 

だがそれ以上に現在のウクライナ危機との関係で注目すべき国際問題と言えば、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に対し、トルコが自国内ではテロリストとなっている亡命者を保護する両国の加盟には留保を主張している。イギリスと北欧諸国は旧EFTAの時代から深い友好関係にあり、それも近年のJEF設立の背景にもなっている。他方で英土関係は互いにEUのアウトサイダー同士という立場もあって、長年にわたって緊密である。イギリスはドゴール政権下のフランスから二度のEEC加盟申請拒否に遭い、1973年にやっとの思いで加盟を果たすも欧州統合のブレーキとなることが頻繁であった。他方でトルコは歴代政権がEU加盟を働きかけてきたが、未だにそれは実現していない。トルコはEUとの合意に先駆け、2020年12月にイギリスと二国間の通商合意に至った。軍事面でもトルコの次期国産戦闘機の開発はイギリスの支援を受けている。

 

現在、トルコはNATO加盟国としてウクライナにバイラクタルTB2無人機を供与し、本年10月には2020年に受注したウクライナ海軍向けのコルベット艦の進水式まで行なった ("Turkey Launches 326-Foot Warship For Ukraine, Won’t Arrive Until 2024"; The War Zone; October 3, 2022。そして国連では、ロシアのウクライナ侵攻に対する非難および制裁の決議には一貫して賛成票を投じている。にもかかわらず、ロシアとウクライナの間での穀物輸出合意をとりまとめるなど、両国の仲介者として存在感を見せつけている。トルコがそうした役割を果たせる背景には、露宇両国との建設業や観光産業での関係、小麦の輸入、野菜果物の輸出といった深い経済関係にある。そしてトルコは両国からの小麦輸入によって、世界有数のバスタや小麦粉の輸出国となっている ("Turkey not to suffer shortage in grains: Ministry"; Hurriyet Daily News; February 26, 2022) 。それに鑑みれば、トルコと北欧両国の双方と戦略的に重要な関係にあるイギリスは、NATOの盟主アメリカとともに何らかの役割を果たしてゆくのだろうか?JEFの説明にも記された通り、スウェーデンとフィンランドはすでに中立国ではなく西側同盟に深く関わっている。そうした同盟関係をさらに強化するためのNATO拡大は、ウクライナとロシアの戦勝終結後をも睨んだ世界秩序の重要問題である。

 

イギリスの軍事組織に関して、国際的にも日本国内でもメディアは頻繁には報道しないかも知れない。しかしそれを巡る国際関係は英本国の近隣を超えた広がりを持っている。折しも日英の防衛協力が高まる昨今、我々としてもイギリスの国家安全保障への関心を高めておくべきであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年11月 8日

日本とアングロサクソンの揺るがぬ同盟と、独自の戦略

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JAUKUS?日本、オーストラリア、イギリス、アメリカによる太平洋同盟

 

 

先の記事『イギリスはインドを西側に引き込めるか?』に於いて、イギリスがトルコ、インド、日本と進める次期戦闘機共同開発について論じた。地政学的には、上記3ヶ国は大英帝国の戦略的ハブであり、各々がユーラシアの西、真南、東に位置している。もちろん現在のイギリスは覇権国家ではないが、ヨーロッパとの関係を保ちながらインド太平洋地域への傾斜は、欧州大西洋地域の地域大国の視点というよりもかつての海洋覇権国家、そして現在の覇権国家であるアメリカの戦略的視野に近いものがある。

 

過去の帝国の経験に基づく地政戦略を模索することは、必ずしも誇大妄想とは言えない。ロシアがウクライナの再征服を目論んだネオ・ユーラシア主義の夢は、破滅的な結果をもたらしたことは否定できない。他方でトルコはネオ・オスマン主義のビジョンを打ち出して世界の中での存在感を高めているが、これには欧米とその他の間での綱渡り外交が要求される。そうした中で日本は様々な事情が入り混じる立場である。冷戦後の世界で政治的存在感を増すために自主独立外交を追求する日本ではあるが、他方で自らの立場はクォッド+AUKUSというアングロサクソン主導によるインド太平洋地域の安全保障ネットワークに深く立脚させ、戦時中の帝国の再現など夢想だにしない。そうして、この国は自国の立場を今世紀におけるリベラル国際秩序、すなわち中国その他のリビジョニスト勢力に対抗するパックス・アングロサクソニカ2.0の重要な支持国と見做している。日本をアメリカと中国に挟まれた小さな島国としか見ないようでは、あまりに視野が狭い。地球儀を俯瞰して見れば、日本とアングロサクソン覇権国家は戦前からユーラシア・リムランドを地政戦略的に優先していたことがわかる。

 

そうした中で、日本外交の自主独立の側面も理解する必要がある。本年7月に日本国際フォーラムより刊行された『ユーラシア・ダイナミズムと日本』は、まさにユーラシアとインド太平洋における日本の戦略の自画像とも言える。1990年代に橋本政権がユーラシア・ハートランド との関係を強化する新シルクロード構想を打ち出したが、それは地政学的な考慮よりも、古代からのアジアとの文化的そして歴史的な関係をロマンチックに追い求めたもののように見えた。また、イデオロギー的側面はその構想ではあまり重要ではなかった。日本のグランド・ストラテジーの進化を促したものは、911同時多発テロ事件である。麻生太郎首相(当時)はブッシュ政権の拡大中東構想に呼応して、テロと専制政治に対抗する「自由と繁栄の弧」を打ち出した。

 

麻生氏を継いだ安倍晋三氏は、そうしたグランド・ストラテジーをさらに推し進めた。安倍政権はFOIPやTPPに代表される地域の安全保障と自由貿易の構想で指導的な役割を果たし、アメリカ・ファーストの孤立主義に陥るトランプ政権下のアメリカの穴を埋めた。非常に重要なことに安倍氏は世界各国、特に西側首脳に中国の脅威に対する注意を呼びかけた。それ以前には、西側のメディアは日中間の抗争を、まるでインドとパキスタン、イランとイラクなどの第三世界の地域大国の間の抗争のように扱っていた。実を言うと当時は私も中国を過剰に意識する者とは距離をとっていたが、それはネット右翼やその他リビジョニスト達のジャパン・ファーストな態度に嫌悪感を抱いていたからであった。彼らの世界観は地球儀を俯瞰したものには程遠く、今日で言えば戦後パックス・アメリカーナに対するプーチン的な怨念やグローバル化に対するトランプ的な怨念にも相通じるように思われた。日本国際フォーラムのイベントに参加することがなければ、私には中国が突きつける挑戦が増大する事態への認識を現状に追いつかせる機会を逸していたかも知れない。

 

他方で安倍氏はロシアが経済協力の見返りに北方領土を返還してくれると信じ込むほどの希望的観測を抱き、プーチン体制の「力治政治」という性質を認識できていなかった。忘れてはならぬことは、2016年の日露首脳会談を前に安倍首相はウラジーミル・プーチン大統領に一服とってもらおうと自身の選挙区である山口県内の温泉保養地に招待したが、その時に残虐な独裁者を歓待しようと取った態度は温泉旅館の主人さながらだったということである("Abe and Putin meet at a hot spring resort in Japan"; Yahoo News; December 16, 2016

 

さらに議論を進めるために、戦略的ハブ3ヶ国について歴史的な意味合いから言及したい。トルコはロシアの南下を食い止める防波堤であったばかりか、NATOとCENTOの重要な加盟国としてヨーロッパと中東でソ連の脅威の歯止め役を担ってきた。インドは英領インド帝国の時代から、東アジアと中東、そして中央アジアとインド太平洋を結び付ける場所であった。そのような地政学的背景から、インドは今日ではテロとの戦いとクォッドにおいてアメリカにとって不可欠な戦略パートナーとなった。そうした中で日本は東アジアのランド・パワーによる海洋へのアクセスを阻めるオフ・ショアの前線基地に役割を果たしてきた。現在、トルコとインドは多極化する世界の地政学で独自の役割を希求しながら、各々はNATOとクォッド加盟国の立場も保とうとしている。そうした中で日本はG7の原則であるルールに基づく世界秩序を掲げ、それによってアングロサクソンのシー・パワーにとって頼むに足る存在となっている。

 

地政学に加えてハブ3ヶ国の防衛産業についても言及する必要がある。3ヶ国ともある程度の軍事技術はあるが、次期戦闘機全体を製造できるほどの高度な技術はない。トルコは比較的廉価で入手が容易な兵器を、主に途上国に向けて輸出している。中でもバイラクタルTB2はロシアに対するウクライナの反撃で面目躍如となり、全世界的に評価が高まった。しかし先進技術となると、この国には欧米主要国の支援が必要である。他方でインドはナレンドラ・モディ首相による『メイク・イン・インディア』の旗印の下で多種多様な国産兵器を製造し、テジャス戦闘機、アージュン戦車、アストラ視界外射程空対空ミサイルなどが配備されている("Top 10 Indian Indigenous Defence Weapons"; SSBCrackExams; October 24, 2020)。しかしそうした兵器は国際市場で競争力は弱いので、インドは依然としてロシアに兵器調達を依存している。そうした事態にあって、インドは欧米との技術協力で国防の自立性を模索している。

 

上記2ヶ国と違って日本は基本的に先進技術に強く、欧米の兵器体系に重要な部品を提供している。中でも日本製のシーカーはイギリスのミーティア空対空ミサイルに組み込まれ、新たにJNAAMを生産するとこになった("Japan confirms plan to jointly develop missile with Britain"; UK Defence Journal; March 4, 2022)。しかし日本の防衛産業はマーケティングのための政治的ネットワークを持たないため、オーストラリアへの潜水艦輸出でフランスと競走して契約を勝ち取るには不利な立場にあった。日本にとって幸いなことに、AUKUS成立の公表を機に、オーストラリアはフランスの潜水艦に代わって米英の原子力潜水艦を輸入することになった。

 

アングロサクソンのシー・パワーはグローバルな観点から戦略を練り、各地域のハブの優先度は全世界の安全保障環境によって変わってくる。よって日本がアメリカ国内での視野の狭い対中強硬派の尻馬に乗ることは、ロシアがウクライナ侵攻によって世界秩序に反旗を翻す現況では得策とは思えない。彼らはアジアでの中国の脅威に囚われるあまり、地球儀を俯瞰する視点が欠けている。彼らと連携してアメリカのウクライナ支援を阻止しようとしている勢力は、アメリカ・ファーストを掲げる右翼と反戦を掲げる左翼である("A Moment of Strategic Clarity"; The RAND Blog; October 3, 2022。また、こうした非介入主義勢力は減税運動とも気脈を通じている("Inside the growing Republican fissure on Ukraine aid"; Washington Post; October 31, 2022)。バイデン政権の国家安全保障戦略にも記された通り、中国がリベラル世界秩序への第一の競合相手に上がってきた。そしてロシアとその他リビジョニスト勢力が、日本の平和と繫栄の礎となるこの世界秩序への妨害と反逆に出ている。よって日本が間違った相手と手を組むことによって自国第一主義との誹りを受けぬようにすべきである。

 

現在の地政学文脈の下で、アングロサクソンのシー・パワーはユーラシアとインド太平洋どのようにバランスをとるのだろうか?それについて、イギリスと共同で戦闘機プロジェクトを進める3ヶ国との関係から述べたい。トルコにとってイギリスは長年に渡ってヨーロッパで最も友好的な国である。ブレグジット以前には、イギリスはトルコのEU加盟申請を支持し続けた。ポスト・ブレグジットの時代にあって、イギリスとトルコはこれまで以上に互いを必要としている。通商では共通関税のために複雑な手続きが要求されるEUとの合意よりも、むしろ自国の経済主権を維持するためにはイギリスとの合意の方が好ましいとトルコは考えるようになった。非常に重要なことに、エルドアン政権が2020年にリビア内戦で残虐なシリア傭兵の派遣、そして2018年に自国内でのテロ行為阻止を名目にしたシリアでのクルド人民兵への攻撃を行なったことによって、トルコはEUとの関係で緊張をかかえることになった。しかしイギリスはトルコを強く非難することはなかった("TURKEY AND THE UK: NEW BEST FRIENDS?; CER Insights; 24 July, 2020。インドもポスト・ブレグジット時代に有望な市場である。戦略的には、この国は旧CENTO加盟国ながら親中でタリバンとの関係も深いパキスタンに代わり、南アジアではイギリスにとって最も重要なパートナーとなっている("The Integrated Review In Context: A Strategy Fit for the 2020s?" Kings College London; July 2021)。本年4月の英印共同声明で述べられた通り、両国の戦略的パートナシップはクォッド+AUKUSを超えてアフリカにまで達しようとしている。

 

そうした中で日本はオーストラリアとともにイギリスのインド太平洋傾斜で重要なパートナーとなっている。両国ともG7の一員としてルールに基づく世界秩序を支持している。イギリスにとってポスト・ブレグジットの政治および経済的な不安定を乗り切るためにも日本が必要であり、日本にとっては中国と北朝鮮の脅威の増大に対処するためにイギリスが必要である。通商においては、日本はイギリスのCPTPP加盟申請を支持している。二国間での安全保障の協力を強化するため、日本はメイ政権期のイギリスと共同軍事演習を開催し、自国版NSC設立による戦略的意思決定能力の向上のためにイギリス型の部分的な踏襲さえ行なった("The UK-Japan Relationship: Five Things You Should Know"; Chatham House Explainer; 31 May, 2019

 

大西洋の向う側ではバイデン政権が本年10月にアメリカの安全保障戦略の概要を示し、そこには我々が 地政学とイデオロギーで特に中国とロシアを相手にした競合の時代にあると記されている。現政権公表の戦略によると「ロシアが自由で開かれた国際体制に喫緊の脅威を及ぼし、無謀にも国際秩序の根幹を成す法を軽視していることは、ウクライナに対する残虐な侵略戦争に見られる通りである」ということだ。一方で中国に関しては、「その国は唯一の競合国であり、国際秩序再編の意志とともに、これまで以上に経済、外交、軍事、テクノロジーの力を強化してその目的に邁進しようとしている」と記されている。他方で現政権の安全保障戦略では、国際協力によって気候変動、エネルギー安全保障、パンデミック、金融危機、食糧危機などのグローバルに共有された問題を解決することが提唱されている。そうした挑戦相手国との競合であれ協調であれ、ジョセフ・バイデン大統領は全世界でのアメリカの同盟ネットワーク再強化に乗り出そうとしているので、そうしたものには軽蔑的だった前任者のドナルド・トランプ氏よりはましだろう。それはクォッドによる同盟深化を目指す日本にとって好都合である。

 

アングロサクソンのシー・パワーによる戦略上の重点は時の状況によって変わるだろうが、日本は他の戦闘機計画ハブの国よりも有利な立場にある。トルコは慢性的にクルド人問題を抱えている。エルドアン政権によるシリアのクルド人攻撃によって「NATOの脳死」がもたらされた。また、この国はスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に際してクルド人亡命者の件で異論を挟んできた。それは友好国のイギリスを困惑させかねず、統合遠征部隊(JEF)で英軍指揮下に置かれたオランダ、スカンジナビア諸国、バルト海諸国に対する指導力発揮にも良からぬ影響が出かねない。インドはヒンドゥー・ナショナリストが権力を握り、国内での彼らとイスラム教徒およびキリスト教徒の衝突は無視できない懸念材料である。極めて問題となることに、両国ともクレムリンと強い関係でつながっている。トルコはロシアよりS-400地対空ミサイルを購入した。インドも国連総会では依然としてロシアへの非難や制裁の決議に棄権票を投じている。

 

それでも日本は、トルコとインドでは酷い状況にあるような国内での民族宗派間の緊張には苛まれていない。ロシアとの関係では、岸田文雄現首相はウクライナ危機もあって安倍政権下でのプーチン政権への融和政策を大転換している。岸田氏は陸上自衛隊出身の中谷元、元防衛相を自らの国際人権問題担当補佐官に登用し、日本が人権問題を国家安全保障上の喫緊の課題と見做しているという強いメッセージを送っている。そのことは岸田氏がウラジーミル・プーチン大統領によるロシア国内とウクライナで犯した残虐な犯罪を決して許さず、安倍氏のような過ちを決して犯さないと解釈することもできる。グローバルに共有される問題では、日本はG7その他多種多様な国際的ないし地域的なチャンネルを通じ、戦後のシビリアン・パワーとしての関与には積極的であった。グローバルな安全保障の状況と環境は常に変化する。しかし何があろうとも、日本は世界での評判と信頼を守るためにもジャパン・ファーストに陥るべきではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年7月 8日

ドイツからの米軍撤退による最悪の事態

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ドナルド・トランプ大統領は6月に入ってドイツから9,500人の兵員を引き上げると唐突に表明し、米独両国の国家安全保障担当者達を困惑させた。留意すべき点は, 海外からの米軍撤退というトランプ氏のあきれ果てた選挙公約はこけ脅しではなく本気だということだ。今回が初めてではない。昨年秋にはテロとの戦いでアメリカの重要な同盟相手であったシリアのクルド人を見捨てた。今や自らの任期を終えようとしているトランプ氏は、アメリカ・ファーストの選挙公約の中核となる政策をヨーロッパで実行に移している。

リチャード・ハース氏が述べるように、トランプ氏の外交政策は「撤退ドクトリン」に基づいている。TPP、パリ協定、イラン核合意、その他の軍備管理合意といった多国間合意からアメリカを離脱させている。またシリアとアフガニスタンの安全保障への関与を放棄している(“Trump’s foreign policy doctrine? The Withdrawal Doctrine”; Washington Post; May 28, 2020)。そして今やドイツでの米軍のプレゼンスを削減しようとしている。私はトランプ氏のアメリカ・ファーストは国際世論に恐怖と不安と不快感をもたらすということで、オバマ氏のネイションビルディング・アット・ホームの劣化版だと見なしている。

そうした世界観に従い、トランプ政権はドイツに悪意のある仕打ちをしている。マイク・ペンス副大統領のような閣僚からヘリテージ財団のヤクーブ・グリジール氏やヒルズデール大学のマイケル・アントン氏のようなナショナリストの学者にいたるまで、親トランプ保守派はドイツが利己的に同盟にただ乗りし、EUを利用して彼らが要求する主権国家による二国間主義を受け入れようとしないと非難している(”Trump treats Germany like “America’s worst ally”; Brookings Institution—Order from Chaos; May9, 2019)。さらに最近退任したリチャード・グレネル前大使は「ドイツの継続的な貿易黒字に相応する報復措置として、米軍の撤退は有り得る」という間違った認識を述べていた(“Trump ‘to withdraw thousands of US soldiers from Germany by end 2020”; Local; 6 June, 2020)。 トランプ大統領の唐突な米軍撤退には、彼自身が主催するG7の7月出席をアンゲラ・メルケル首相が見合わせたことへの個人的な報復だっだとする情報筋さえある。ジョセフ・バイデン前副大統領の国家安全保障顧問を務めたドイツ・マーシャル基金のジュリアン・スミス氏は、そうしたやり方はアメリカの国益を損なうと評している(Twitter; @Julie_C_Smith; June 6)。まさにその通りで、トランプ氏のやり方は利益相反である。

非常に問題視すべきは、トランプ氏が国防総省にもEUCOM(アメリカ欧州軍)にも相談せずにこの決定を行なったことである。しかしグレネル氏はこれを否定し、トランプ大統領が昨年から準備をしてきたと言う(“National security officials unaware of Trump's decision to cut troops in Germany: report”; Hill; June 9, 2020)。こうしたプロセスはこの政権の本質的な危険性を示すもので、国家安全保障上の重要な決定が大統領と彼自身への個人的な忠誠派だけでなされている。グレネル氏には軍事的な専門知識もないので、具体的にどの部隊を撤退させるかも決められない。米欧双方の安全保障の専門家達は、トランプ氏のやることはヨーロッパの地政学で「メイク・ロシア・グレート・アゲイン」に向かうだけだと懸念している(“Real or Not, Trump’s Germany Withdrawal Helps Putin”; Chatham House Expert Comment; 8 June, 2020)。真の問題は、トランプ氏が自身の再選運動を外交より優先させていることである。彼の孤立主義的な支持基盤は、同盟国にもとられる強制的な交渉スタイルを素晴らしき「アート・オブ・ザ・ディール」と見なし、それがアメリカ外交に酷い結果をもたらそうとも気にも留めない(“Opinion: Trump is playing election games with US troops in Germany”; Deutsche Welle; 7 June, 2020)。

アメリカの国防政策に携わる者達には、ドイツはヨーロッパ、アフリカ、中東での戦略的なハブである。だからこそ、この国では大規模な米軍のプレゼンスが維持されている。そうした基地の中でもシュトゥットガルトにはEUCOMとAFRICOM(アメリカ・アフリカ軍)の司令部があり、ラムシュタインには米空軍のヨーロッパおよびアフリカの司令部、NATO欧州連合軍最高司令部の連合空軍司令部、そしてイラクとアフガニスタンでの負傷兵の治療に当たったラントシュトゥール地域医療センターがある。アフガニスタンでもそう(“The Aftermath Plan for Afghanistan”; National Interest; June 6, 2020)だが、トランプ氏は必要時にはすぐにでもドイツに米軍を送り込めると思っている。しかし軍事的な観点からは、このような動力的能力運用は空軍には比較的容易だが陸軍と海軍はそうはゆかない(“The German Drawdown Debacle”; American Interest; June 10, 2020)。

最後に地政学的な影響も考慮する必要がある。ロバート・ケーガン氏は米軍撤退による力の真空で、ヨーロッパでのドイツ問題が再浮上してくると指摘する。すなわち、域内でも最大の経済力と人口を誇るドイツは近隣諸国を圧倒するようになり、20世紀初頭に見られたようにヨーロッパの勢力均衡を不安定化させかねない(“Interview with Robert Kagan: Permanence of Liberal Democracy 'Is an Illusion'”; Spiegel International; 8 November, 2019)。イギリスのマーガレット・サッチャー首相(当時)も冷戦後のドイツ再統一の際に同様な懸念を強く訴えていた。

 

ドイツ問題はグローバルな安全保障にもより広範な影響を及ぼしている。ドイツと同様に、トランプ大統領は日本と韓国にも自国内に駐留する米軍への経費をもっと払うように要求し続けている(“From Germany to Japan, Trump seeks huge premium from allies hosting US troops”; Straits Times; March 8, 2019)。カーネギー国際平和財団のジェームズ・ショフ氏によると、トランプ氏はドイツのように多国間の安全保障枠組を振りかざさない日本にはより好意的に対処している。よって、ジョン・ボルトン前国家安全保障担当補佐官の回顧録に記された支払いをめぐる執拗な圧力については、そこまで深刻ではないと言う (“U.S. demanded Japan pay $8 bil. annually for troops: Bolton”; Kyodo News; June 22, 2020 and “Bolton memoir raises concern over Japan alliance if Trump re-elected”; Mainichi Shinbun; June 24, 2020)。にもかかわらず、トランプ氏は経費負担と兵員撤退をめぐる特異な選挙公約には、実現性の如何を問わずに固執している。この政権が二期目を務めるような事態に陥れば、全世界をめぐるアメリカの同盟ネットワークには致命的な被害となるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年9月28日

米欧亀裂は日米同盟を弱体化する

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日米同盟は太平洋地域での安全保障上のパートナーシップだとの想定が一般的だが、本稿ではこの戦略的な要石を大西洋側から眺めてみたい。そのために、マイク・ポンペオ国務長官が昨年12月のNATO外相会議出席の際に、ドイツ・マーシャル基金のブリュッセル事務所で行なった演説に言及したい。トランプ的世界観そのもの彼の演説はヨーロッパ諸国に不快感を抱かせた。ポンペオ氏がきっぱりと否定した多国間主義と地域協力による世界平和こそ、ヨーロッパを第二次世界大戦前の敵対的な大国間の競合から解放した。あにEUは多国籍の官僚機構が支配する政治形態で、主権国家と市民は犠牲にされているとまで述べた(“Secretary of State Michael R. Pompeo at the German Marshall Fund, Brussels, Belgium”; US Missions to International Organizations in Vienna; December 4, 2018)。ポンペオ氏の発言によって米欧間の亀裂はきわめて大きく広がりつつあり、今やリベラル世界秩序の基盤は以前にもまして脅かされている。

 

ブリュッセル演説はアメリカの外交政策専門家の間でも否定的に評価されている。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は、ポンペオ氏の演説ではイスラエルの学者で極右のヨラム・ハゾニー氏が主張するように民主主義が自由主義でなくナショナリズムに基づくと述べられたと指摘する(“The strongmen strike back”; Brookings Institution; March 2019)。外交問題評議会のスチュアート・パトリック氏はポンペオ氏の「原則あるリアリズム」をさらに厳しく批判している。ポンペオ氏はEU、国連、世界銀行、IMFといったアメリカが支援あるいは創設してきた多国間機関を批判する一方で、トランプ政権が同盟国の間でのアメリカの評価をどれほど悪くしているかについては言及していない。多国間主義は官僚機構を通じた手続きの過剰な負担を増大させ、アメリカの外交での主権に基づいた行動を制限してきたというポンペオ氏の見解とは逆に、パトリック氏は多国間協調は互恵的で、国際舞台でのアメリカの優位にもつながったと主張する。EUに関しても国家主権についてのポンペオ氏の根拠薄弱な見解に反論し、加盟国は全体の意思決定に最も強い影響力がある。同様に、ポンペオ氏は他の国際機関についても間違っている。より重要なことにポンペオ氏の擁護とは異なり、トランプ氏には世界秩序もアメリカの指導力も守る気はなく、長年にわたるアメリカの同盟国を邪魔者扱いしている(“Tilting at Straw Men: Secretary Pompeo’s Ridiculous Brussels Speech”; CFR Blog; December 4, 2018)。これはG7ビアリッツ出席を前にトランプ氏が発した「同盟国は敵国よりもはるかに我が国を利用している」という侮辱的な一言に典型的に表れている(“Trump heading to G-7 summit after insulting allied world leaders”; CBS News; August 23, 2019)。

 

EUは「平和と和解、民主主義と人権に対する取り組みでの成果」によって2012年にノーベル平和賞を受賞した。それは西ヨーロッパでの多国間協調を進化させただけでなく、ポスト共産主義時代の東ヨーロッパでは自由の価値観を広めた。ヨーロッパは大西洋社会での共通の価値観を守護しているのに対し、アメリカはそうした価値観を捨て去ろうとしている。大西洋側から見れば日米同盟は脆弱になるばかりである。こうした事情から、日本国際フォーラムがアメリカ国防大学とアトランチック・カウンシルとともに発行した日米共同レポート『かつてない強さ、かつてない難題:安倍・トランプ時代の日米同盟』を見直すには良い時期だと思われる。このレポートが昨年4月に発行されてから、アメリカの外交政策スタッフはトランプ化が進んだ。ジェームズ・マティス氏やH・R・マクマスター氏をはじめとする「政権内の大人」達は、ナショナリストかつ大統領忠誠派の傾向が強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏に取って代わられた。今やそのボルトン氏さえ更迭され、アメリカ外交はトランプ氏の気まぐれな気質の影響をこれまで以上に受けやすくなっている。

 

トランプ氏による突然のTPP離脱にもかかわらず、日米間では米欧間ほどのイデオロギー上の相違は見られない。日本国際フォーラムの政策レポートにも記されたように、両国は中国や北朝鮮をはじめとするインド太平洋地域で増大する脅威に対処し、この地域での民主的な価値観を守るためのビルトイン・スタビライザーの構築に乗り出している。これによって両国の同盟がアメリカ国内政治の予測不能なポピュリズムから守られるとことになっていた。しかし実際はそのレポートにも記されたように、アメリカがリベラル世界秩序とアジアでの多国間協調に引き続き関与してゆくことを確約したのはレックス・ティラーソン国務長官とジェームズ・マティス国防長官であった。しかしポンペオ氏が彼らほど地域の安定に関与するか疑わしい。ポンペオ氏は香港、ウイグルなどの自由と民主主義を訴えてはいるが、その意味と長官の意図はウィルソン的理念主義よりも「原則あるリアリズム」どころかハゾニー的なナショナリズムのように思われる。ポンペオ氏が多国間外交について抱く侮蔑的な見解は、戦場から国連外交の場にいたるまで同盟国との緊密な政策協調を説くマティス氏のものとは著しく対照的である(Jim Mattis: Duty, Democracy and the Threat of Tribalism”; Wall Street Journal; August 28, 2019)。マティス氏とは異なり、ポンペオ氏は元陸軍大尉ながら軍部のエリートではなく福音派とティー・パーティーを権力基盤としている。よって、「政権内の大人」達がいなくなった現状では日米同盟は再び弱体化に向かっている。

 

G7シャルルボワおよびビアリッツでは、日本がヨーロッパとトランプのアメリカとの間で難しい立場にあることが明らかになった。ヨーロッパとアメリカがパリ協定とロシアのG7再加入をめぐって激しく対立するあまり、中国や北朝鮮といったアジアの安全保障での重要課題が脇に追いやられている(“Japan’s Disappointing G7 Summit”; Diplomat; August 28, 2019)。安倍晋三首相にはトランプ氏と比較的良好な個人的関係を通じてヨーロッパとアメリカの仲介役となり、日本の国際的地位を向上させようという野心があった。しかし米欧間の亀裂はあまりにも広く深い。現在、アメリカと民主主義同盟諸国の間ではイランが火急の問題である。ポンペオ氏は同盟国にホルムズ海峡防衛の有志連合に加わるよう要請しているが、ヨーロッパ諸国は当地に差し迫った脅威があるとは見ていないばかりか、トランプ氏のイランに対する意図も不透明である(”Trump’s coalition of one”; Politico; August 2, 2019)。サウジアラビアの油田への攻撃に関しては、IISSのフランソワ・エイスブール上級顧問はイランが攻撃を行なったというトランプ氏の主張を受け入れることには慎重で、アメリカの専門家にもそうした見方に同調する向きがある。日本もトランプ氏が提唱する対イラン有志連合への参加には消極的である。トランプ時代の米欧亀裂は、日本の「地球儀を俯瞰する外交」にも好ましからざる影響を与えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年3月 5日

英欧はブレグジット背後のロシアを見逃すな

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ほとんどの専門家とメディアがウエストミンスターでの英議会内でのやり取りとイギリス・EU間の外交交渉を注視する一方で、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるEU帰属国民投票への工作を手助けしたイギリスの犯罪人にはそれほど大きな関心は払われていない。言い換えれば、現行のブレグジットはクレムリンおよびアロン・バンクス氏やリーブ・EUといった国家反逆者の意志ではあっても、国民の意志ではないという疑問がある。EUとの交渉期限となる3月29日は近づいているが、手続きは延期させるべきだと思われる。さらにバンクス氏の事件は、アメリカでのトランプ氏の選挙運動に関するロシア捜査とも強く関連し合っている。こうした観点からすれば、ブレグジットの正当性と合法性に関する問題がもっと注視されるべきである。

まずバンクス事件について述べたい。国家犯罪対策庁(NCA)は2016年8月のブレグジット投票から、この件を捜査してきた。昨年11月、イングランド・ウェールズ高等法院はNCAが持ち込んだ事件の判決に向けて手続きを進めていた(“Brexit: High Court to rule if referendum vote ‘void’ as early as Christmas after Arron Banks investigation”; Independent; 24 November, 2018)。そうした中でヨーロッパ在住のイギリス人達は12月にブレグジット運動の団体ボート・リーブを不正支出で提訴してブレグジットの破棄を迫った(“Expats ask High Court to declare Brexit vote invalid”; Financial Times; December 7, 2018)が、高等法院は団体には6.1万ポンドの罰金を科して個人の学生活動家達にも別に罰金を科しただけだった。本件の政府代表で勅選弁護人のジェームズ・イーディー氏は、離脱手続きがかなり進んだ今となってはブレグジットに法的な意義を唱えるのは遅すぎると論評している(“Brexit: High Court rejects challenge to annul referendum result in major blow to Remain campaigners”; Independent; 10 December, 2018および“Expatriates lose in bid for High Court review of 2016 referendum”; Financial Times; December 10, 2018)。バンクス氏とリーブ・EUに関しては、個人情報保護委員会(ICO)がブレグジット運動のためとして行なった個人情報保護違反に12万ポンドの罰金を科した(“Leave.EU and Arron Banks insurance firm face £135,000 in fines”; BBC News; 6 November, 2018および“Leave.EU and Arron Banks insurance firm fined £120,000 for data breaches”; Guardian; 1 February, 2019)。しかし彼らが及ぼした国家安全保障上の重大な問題を考慮すれば、この程度では済まされない。バンクス事件はトランプ氏のロシア疑惑とも深く関わり合っているばかりか、NCAの捜査が進めばナイジェル・ファラージ氏とUKIPに関しても何かが露呈するかも知れない。ファラージ氏は自身の同志であるヨーロッパとアメリカの極右と同様に、プーチン氏を称賛している。

きわめて不思議なことにブレグジット投票でのロシアの介入については、ドーバー海峡の両岸ともほとんど取り上げようとしていない。中でもウエストミンスターのブレグジット強硬派はEU官僚機構による煩雑な規制とブリュッセルから独立した国家主権にばかり目を奪われ、より重大なロシアの脅威は彼らの愛国心の警戒を呼ばないようだ。国家生存の観点からすればEU官僚機構は煩い規制組織に過ぎないが、ロシアは工作員を送り込んでスクリパリ父子毒殺未遂を起こしたうえに、イギリスの海域および空域には彼の国の戦闘機、核爆撃機、海軍艦艇が入り込んでいる。しかし問題はイギリス側だけにあるのではなく、ダウニング街もブリュッセルもリスボン条約第50条に従った適正な法手続きだけを念頭に置いている。言い換えれば、メイ首相はブレグジット投票の単なる執行人として振る舞う一方で、EU首脳陣はイギリスと大陸諸国の間の長年にわたる対立に気を取られている。

そうした杓子定規な単純思考に鑑みて自由民主党のレイラ・モラン下院議員は、プーチン氏がブレグジット投票でイギリス国民の票を盗んだにもかかわらず、メイ氏が再度の国民投票を拒否するのはどういうことかと疑問を呈している。またブレグジット強硬派がEU側をナチスに擬えながら、プーチン氏のような本物の脅威を見過ごしていることを批判している。さらにアロン・バンクス氏には、ブレグジットの設定期日後も続くNCA捜査でリーブ・EUへのロシア資金の献金についてもっと明快に説明するように要求している(“I asked Theresa May if she sides with Putin or the people – an answer would tell us who Brexit is really for”; Independent; 10 January, 2019)。にもかかわらずブレグジット強硬派はイギリスの「ヨーロッパからの独立」だけを気にしている。きわめて興味深いことに慶応大学の細谷雄一教授は保守党がイデオロギー的に非寛容になったのはマーガレット・サッチャー時代からで、それが顕著に表れるのは同氏の強固な反社会主義および反欧州統合の主張であると指摘する(「メイ首相のEU離脱案否決~“世紀の敗北”が起きた理由」;ニッポン放送;2019年1月18日)。

同様にロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの故森嶋道夫名誉教授も『イギリスと日本』および『サッチャー時代のイギリス』といった自らの著書で、サッチャー氏の視点論点はメソジスト信仰に強く基づいているために、全てを善悪の観点で見てしまうと繰り返し述べていた。これは市場経済への揺るぎない信頼と社会主義の拒絶に典型的に表れている。社会経済および政治の問題へのそのように過度に単純化された理解は、伝統的なイギリス保守党政治家よりもアメリカのグラスルーツ保守派のものに近い。同様に、今日の自称サッチャー主義者や欧州懐疑派は英欧間の相違にばかり注意が向くほど視野が狭いので西側の民主的な手続きへのロシアの工作など、国際政治での多次元の問題には注意も払わない。彼らは先のアメリカ中間選挙で落選した極右のダナ・ローラバッカー元下院議員のように偏向した考え方の持ち主で、実際に彼は下院外交委員会でロシアはもはや共産主義国でもないのでクレムリンの情報工作など有り得ないとまで言い張った(“Rohrabacher: Russia Is No Longer Motivated By Communist Ideology, No Longer A Threat”; Real Clear Politics; March 10, 2017)。

そうした中でオープン・デモクラシー・UKは、主要なメディアやシンクタンクからあまり注目されていないブレグジット運動の背後にある汚れた資金を追っている。バンクス氏からリーブ・EUへの献金に関しては徹底的な捜査が必要で、プーチン氏の西側民主主義への介入は重大な懸念事項である。さらにこの事件はトランプ氏の選挙運動に深く関わっている。オープン・デモクラシー・UKはブレグジットに関する別のスキャンダルについても、北アイルランドのプロテスタントの民主統一党が自分達のブレグジット運動のために疑惑の資金をインドから(“The strange link between the DUP Brexit donation and a notorious Indian gun running trial”; openDemocracy UK; 28 February, 2017および“Revealed: the dirty secrets of the DUP’s ‘dark money’ Brexit donor; openDemocracy UK; 5 January, 2019)、そしてサウジアラビアの情報機関関係者から受け取った(“Democratic Unionist Party Brexit campaign manager admits he didn’t know about its mysterious donor’s links to the Saudi intelligence service”; openDemocracy UK; 16 May, 2017)と明らかにしている。彼らの運動はロシアからも資金を得ているかも知れないので、さらなる調査が求められる。

ともかく、ブレグジットの背後には非常に多くの不都合な事実が隠されているように見受けられる。議会内および外交でのやり取りがどうあれ、今回のブレグジットは突然で準備不足である。私はイギリスが未来永劫にわたってEUに留まれと言っているわけではない。しかしEU帰属投票の結果はイギリス国内外で混乱をもたらすだけになっている。経済にも悪影響を与え、金融機関のフランクフルト移転や日本企業の自動車工場閉鎖にもいたっている。そうなると西側同盟の弱体化を安全保障の重要課題としているプーチン氏を喜ばせるだけになってしまう。ブレグジット投票の妥当性についても、国民の意志を反映した結果なのかどうか疑わしい。幸運にもメイ政権とEUはウエストミンスターでの度重なる離脱法案否決によってブレグジットの日程を延長しようとしている(“EU Wants a Brexit Delay But Governments at Odds Over Length”; Bloomberg News; February 26, 2019)。そうした混乱から、イギリスとヨーロッパの当事者はNCAなど公的機関およびオープン・デモクラシー・UKなどの民間機関による犯罪調査の結果を待ってもよいのではないかと思われる。イギリス政府法律顧問のジェームズ・イーディー氏の発言とは異なり、「プーチンのブレグジット」の妥当性は、法律のうえでも国家安全保障のうえでも再検討することに遅すぎるということはない。

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