2023年1月24日

英・北欧統合遠征軍をめぐる国際情勢

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当ブログ118日記事の下から2段落目で言及したJEF(Joint Expeditionary Force:統合遠征軍)について説明するとともに、それが現在のウクライナ情勢をはじめとした国際諸問題とどのように関連しているのかについても述べたい。そちらでも記されたように、これはイギリスが主導する北欧およびバルト海諸国による多国籍軍である。現在は以下の国々が加盟している。

 

イギリス、デンマーク、エストニア、フィンランド、アイスランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン

 

まずJEFの沿革から述べたい。イギリスには元々、自国の三軍によるJRRF(Joint Rapid Reaction Force:統合緊急対応部隊)があり、2000年のシエラレオネ内戦、2001年の北マケドニアでの紛争で緊急に派遣された。しかし911同時多発テロ事件を契機にアフガニスタンとイラクに兵力を割くようになり、自国軍だけでは即応部隊に人員を出せなくなった。そこでアフガニスタンでISAF(国際治安支援部隊)の司令官を歴任したデービッド・リチャーズ陸軍大将の発案 ("Speech by General Sir David Richards, Chief of the Defence Staff"; RUSI; 17 December, 2012により、2014年のNATOウェールズ首脳会議を契機に発足したのが多国籍で構成されるJEFである ("The UK Joint Expeditionary Force (JEF)"; IFS Insights; May 2018)。

 

JEFの設立は、イギリスが昨年3月に打ち出した「インド太平洋地域への傾斜を強めながら欧州大西洋地域でも存在感を増す」という戦略の具現化とも言える ("Global Britain in a Competitive Age"; March 2021) 。そのJEFとはどのような組織だろうか?それは北欧およびハイ・ノース(High North)、すなわちグリーンランドからノルウェー・ロシア国境地帯のバレンツ海に至るヨーロッパ北極圏での緊急事態に対応するための多国籍軍である。JEFは自軍の任務だけでなく、国連やNATOのような国際機関とも、あるいはアメリカ、フランス、ドイツなど個別の主権国家とも共同で該当地域の防衛に当たることができる ("Ready to Respond: What is JEF?"; Strategic Command; 11 May 2021)。この多国籍軍の際立った特徴は、緊急即応性を充足させるためにNATOのような全加盟国の方針一致ではなく、その時の事態に対応できる国だけで多国籍軍を編成するということである。本年3月にはボリス・ジョンソン首相(当時)が、ロシアがウクライナ侵攻からさらに北欧およびバルト海地域にまで及ぼそうとした脅威の抑止ではJEFが最も素早く対応したと自画自賛したほどである ("The Joint Expeditionary Force: Global Britain in Northern Europe?"; CSIS Commentary; March 25, 2022)

 

ところでJEFの主要な活動地域が北欧、バルト海地域およびハイ・ノースである以上、その真ん中に位置するスコットランドの独立運動がイギリスと北欧・バルト諸国の軍事的協力に負の影響をもたらすか否かは要注意である。去る11月23日にイギリス最高裁判所は、スコットランド政府がイギリス議会の承認なしで独立に向けた国民投票のための司法手続きを棄却した ("Blow for Scottish nationalists as UK court rejects independence vote bid"; Reuters News; November 24, 2022。そもそもスコットランドが独立して仮にEU加盟が叶っても、自主独立で国家運営できるだろうか?現在のスタージョン政権は全ての女性への生理用品の配布など、きわめて高水準の福祉政策を行なっている。それには強固な経済的基盤が必要であるが、現在のスコットランドには高付加価値産業はあまり見られない。第一次産業に依存した経済で高福祉国家など夢物語である。

 

イングランドにはケンブリッジのような世界的なIT産業の拠点があるが、スコットランドにはそこまで有力な拠点はない。イギリスの航空宇宙産業もほとんどイングランドを拠点としている。そうした状況下で彼の地に高付加価値産業をもたらしているのはイギリスの軍事産業で、特に海軍はスコットランドが伝統的に強みを持っている造船業にハイテク艦船の需要を創出している。二コラ・スタージョン首相が本気で福祉国家の理念を実現する気なら、連合王国との経済関係をしっかり認識すべきだろう。

 

イギリスとスコットランドは国防でもウィンウィンの関係にある。冷戦期より、ロシアの脅威はムルマンスク方面から海空より迫ってきた。こうした北方からの脅威に対し、イギリスはNATO同盟諸国とともに自国の海空軍で対抗してきた。特にスコットランドは、こうした任務では戦略的に重要である。中でもファスレーンにあるクライド英海軍基地は複雑な地形から原子力潜水艦の秘匿性を保つうえで好都合で、米海軍および空軍もスコットランドに基地を持っている。スタージョン首相は自分達の自治国家が英米両国に防衛されないでロシアの脅威に対処できると信じているのだろうか?JEFに不安定要因を持ち込むことは、スコットランドにとって何の得にもならない。

 

だがそれ以上に現在のウクライナ危機との関係で注目すべき国際問題と言えば、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に対し、トルコが自国内ではテロリストとなっている亡命者を保護する両国の加盟には留保を主張している。イギリスと北欧諸国は旧EFTAの時代から深い友好関係にあり、それも近年のJEF設立の背景にもなっている。他方で英土関係は互いにEUのアウトサイダー同士という立場もあって、長年にわたって緊密である。イギリスはドゴール政権下のフランスから二度のEEC加盟申請拒否に遭い、1973年にやっとの思いで加盟を果たすも欧州統合のブレーキとなることが頻繁であった。他方でトルコは歴代政権がEU加盟を働きかけてきたが、未だにそれは実現していない。トルコはEUとの合意に先駆け、2020年12月にイギリスと二国間の通商合意に至った。軍事面でもトルコの次期国産戦闘機の開発はイギリスの支援を受けている。

 

現在、トルコはNATO加盟国としてウクライナにバイラクタルTB2無人機を供与し、本年10月には2020年に受注したウクライナ海軍向けのコルベット艦の進水式まで行なった ("Turkey Launches 326-Foot Warship For Ukraine, Won’t Arrive Until 2024"; The War Zone; October 3, 2022。そして国連では、ロシアのウクライナ侵攻に対する非難および制裁の決議には一貫して賛成票を投じている。にもかかわらず、ロシアとウクライナの間での穀物輸出合意をとりまとめるなど、両国の仲介者として存在感を見せつけている。トルコがそうした役割を果たせる背景には、露宇両国との建設業や観光産業での関係、小麦の輸入、野菜果物の輸出といった深い経済関係にある。そしてトルコは両国からの小麦輸入によって、世界有数のバスタや小麦粉の輸出国となっている ("Turkey not to suffer shortage in grains: Ministry"; Hurriyet Daily News; February 26, 2022) 。それに鑑みれば、トルコと北欧両国の双方と戦略的に重要な関係にあるイギリスは、NATOの盟主アメリカとともに何らかの役割を果たしてゆくのだろうか?JEFの説明にも記された通り、スウェーデンとフィンランドはすでに中立国ではなく西側同盟に深く関わっている。そうした同盟関係をさらに強化するためのNATO拡大は、ウクライナとロシアの戦勝終結後をも睨んだ世界秩序の重要問題である。

 

イギリスの軍事組織に関して、国際的にも日本国内でもメディアは頻繁には報道しないかも知れない。しかしそれを巡る国際関係は英本国の近隣を超えた広がりを持っている。折しも日英の防衛協力が高まる昨今、我々としてもイギリスの国家安全保障への関心を高めておくべきであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年11月 8日

日本とアングロサクソンの揺るがぬ同盟と、独自の戦略

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JAUKUS?日本、オーストラリア、イギリス、アメリカによる太平洋同盟

 

 

先の記事『イギリスはインドを西側に引き込めるか?』に於いて、イギリスがトルコ、インド、日本と進める次期戦闘機共同開発について論じた。地政学的には、上記3ヶ国は大英帝国の戦略的ハブであり、各々がユーラシアの西、真南、東に位置している。もちろん現在のイギリスは覇権国家ではないが、ヨーロッパとの関係を保ちながらインド太平洋地域への傾斜は、欧州大西洋地域の地域大国の視点というよりもかつての海洋覇権国家、そして現在の覇権国家であるアメリカの戦略的視野に近いものがある。

 

過去の帝国の経験に基づく地政戦略を模索することは、必ずしも誇大妄想とは言えない。ロシアがウクライナの再征服を目論んだネオ・ユーラシア主義の夢は、破滅的な結果をもたらしたことは否定できない。他方でトルコはネオ・オスマン主義のビジョンを打ち出して世界の中での存在感を高めているが、これには欧米とその他の間での綱渡り外交が要求される。そうした中で日本は様々な事情が入り混じる立場である。冷戦後の世界で政治的存在感を増すために自主独立外交を追求する日本ではあるが、他方で自らの立場はクォッド+AUKUSというアングロサクソン主導によるインド太平洋地域の安全保障ネットワークに深く立脚させ、戦時中の帝国の再現など夢想だにしない。そうして、この国は自国の立場を今世紀におけるリベラル国際秩序、すなわち中国その他のリビジョニスト勢力に対抗するパックス・アングロサクソニカ2.0の重要な支持国と見做している。日本をアメリカと中国に挟まれた小さな島国としか見ないようでは、あまりに視野が狭い。地球儀を俯瞰して見れば、日本とアングロサクソン覇権国家は戦前からユーラシア・リムランドを地政戦略的に優先していたことがわかる。

 

そうした中で、日本外交の自主独立の側面も理解する必要がある。本年7月に日本国際フォーラムより刊行された『ユーラシア・ダイナミズムと日本』は、まさにユーラシアとインド太平洋における日本の戦略の自画像とも言える。1990年代に橋本政権がユーラシア・ハートランド との関係を強化する新シルクロード構想を打ち出したが、それは地政学的な考慮よりも、古代からのアジアとの文化的そして歴史的な関係をロマンチックに追い求めたもののように見えた。また、イデオロギー的側面はその構想ではあまり重要ではなかった。日本のグランド・ストラテジーの進化を促したものは、911同時多発テロ事件である。麻生太郎首相(当時)はブッシュ政権の拡大中東構想に呼応して、テロと専制政治に対抗する「自由と繁栄の弧」を打ち出した。

 

麻生氏を継いだ安倍晋三氏は、そうしたグランド・ストラテジーをさらに推し進めた。安倍政権はFOIPやTPPに代表される地域の安全保障と自由貿易の構想で指導的な役割を果たし、アメリカ・ファーストの孤立主義に陥るトランプ政権下のアメリカの穴を埋めた。非常に重要なことに安倍氏は世界各国、特に西側首脳に中国の脅威に対する注意を呼びかけた。それ以前には、西側のメディアは日中間の抗争を、まるでインドとパキスタン、イランとイラクなどの第三世界の地域大国の間の抗争のように扱っていた。実を言うと当時は私も中国を過剰に意識する者とは距離をとっていたが、それはネット右翼やその他リビジョニスト達のジャパン・ファーストな態度に嫌悪感を抱いていたからであった。彼らの世界観は地球儀を俯瞰したものには程遠く、今日で言えば戦後パックス・アメリカーナに対するプーチン的な怨念やグローバル化に対するトランプ的な怨念にも相通じるように思われた。日本国際フォーラムのイベントに参加することがなければ、私には中国が突きつける挑戦が増大する事態への認識を現状に追いつかせる機会を逸していたかも知れない。

 

他方で安倍氏はロシアが経済協力の見返りに北方領土を返還してくれると信じ込むほどの希望的観測を抱き、プーチン体制の「力治政治」という性質を認識できていなかった。忘れてはならぬことは、2016年の日露首脳会談を前に安倍首相はウラジーミル・プーチン大統領に一服とってもらおうと自身の選挙区である山口県内の温泉保養地に招待したが、その時に残虐な独裁者を歓待しようと取った態度は温泉旅館の主人さながらだったということである("Abe and Putin meet at a hot spring resort in Japan"; Yahoo News; December 16, 2016

 

さらに議論を進めるために、戦略的ハブ3ヶ国について歴史的な意味合いから言及したい。トルコはロシアの南下を食い止める防波堤であったばかりか、NATOとCENTOの重要な加盟国としてヨーロッパと中東でソ連の脅威の歯止め役を担ってきた。インドは英領インド帝国の時代から、東アジアと中東、そして中央アジアとインド太平洋を結び付ける場所であった。そのような地政学的背景から、インドは今日ではテロとの戦いとクォッドにおいてアメリカにとって不可欠な戦略パートナーとなった。そうした中で日本は東アジアのランド・パワーによる海洋へのアクセスを阻めるオフ・ショアの前線基地に役割を果たしてきた。現在、トルコとインドは多極化する世界の地政学で独自の役割を希求しながら、各々はNATOとクォッド加盟国の立場も保とうとしている。そうした中で日本はG7の原則であるルールに基づく世界秩序を掲げ、それによってアングロサクソンのシー・パワーにとって頼むに足る存在となっている。

 

地政学に加えてハブ3ヶ国の防衛産業についても言及する必要がある。3ヶ国ともある程度の軍事技術はあるが、次期戦闘機全体を製造できるほどの高度な技術はない。トルコは比較的廉価で入手が容易な兵器を、主に途上国に向けて輸出している。中でもバイラクタルTB2はロシアに対するウクライナの反撃で面目躍如となり、全世界的に評価が高まった。しかし先進技術となると、この国には欧米主要国の支援が必要である。他方でインドはナレンドラ・モディ首相による『メイク・イン・インディア』の旗印の下で多種多様な国産兵器を製造し、テジャス戦闘機、アージュン戦車、アストラ視界外射程空対空ミサイルなどが配備されている("Top 10 Indian Indigenous Defence Weapons"; SSBCrackExams; October 24, 2020)。しかしそうした兵器は国際市場で競争力は弱いので、インドは依然としてロシアに兵器調達を依存している。そうした事態にあって、インドは欧米との技術協力で国防の自立性を模索している。

 

上記2ヶ国と違って日本は基本的に先進技術に強く、欧米の兵器体系に重要な部品を提供している。中でも日本製のシーカーはイギリスのミーティア空対空ミサイルに組み込まれ、新たにJNAAMを生産するとこになった("Japan confirms plan to jointly develop missile with Britain"; UK Defence Journal; March 4, 2022)。しかし日本の防衛産業はマーケティングのための政治的ネットワークを持たないため、オーストラリアへの潜水艦輸出でフランスと競走して契約を勝ち取るには不利な立場にあった。日本にとって幸いなことに、AUKUS成立の公表を機に、オーストラリアはフランスの潜水艦に代わって米英の原子力潜水艦を輸入することになった。

 

アングロサクソンのシー・パワーはグローバルな観点から戦略を練り、各地域のハブの優先度は全世界の安全保障環境によって変わってくる。よって日本がアメリカ国内での視野の狭い対中強硬派の尻馬に乗ることは、ロシアがウクライナ侵攻によって世界秩序に反旗を翻す現況では得策とは思えない。彼らはアジアでの中国の脅威に囚われるあまり、地球儀を俯瞰する視点が欠けている。彼らと連携してアメリカのウクライナ支援を阻止しようとしている勢力は、アメリカ・ファーストを掲げる右翼と反戦を掲げる左翼である("A Moment of Strategic Clarity"; The RAND Blog; October 3, 2022。また、こうした非介入主義勢力は減税運動とも気脈を通じている("Inside the growing Republican fissure on Ukraine aid"; Washington Post; October 31, 2022)。バイデン政権の国家安全保障戦略にも記された通り、中国がリベラル世界秩序への第一の競合相手に上がってきた。そしてロシアとその他リビジョニスト勢力が、日本の平和と繫栄の礎となるこの世界秩序への妨害と反逆に出ている。よって日本が間違った相手と手を組むことによって自国第一主義との誹りを受けぬようにすべきである。

 

現在の地政学文脈の下で、アングロサクソンのシー・パワーはユーラシアとインド太平洋どのようにバランスをとるのだろうか?それについて、イギリスと共同で戦闘機プロジェクトを進める3ヶ国との関係から述べたい。トルコにとってイギリスは長年に渡ってヨーロッパで最も友好的な国である。ブレグジット以前には、イギリスはトルコのEU加盟申請を支持し続けた。ポスト・ブレグジットの時代にあって、イギリスとトルコはこれまで以上に互いを必要としている。通商では共通関税のために複雑な手続きが要求されるEUとの合意よりも、むしろ自国の経済主権を維持するためにはイギリスとの合意の方が好ましいとトルコは考えるようになった。非常に重要なことに、エルドアン政権が2020年にリビア内戦で残虐なシリア傭兵の派遣、そして2018年に自国内でのテロ行為阻止を名目にしたシリアでのクルド人民兵への攻撃を行なったことによって、トルコはEUとの関係で緊張をかかえることになった。しかしイギリスはトルコを強く非難することはなかった("TURKEY AND THE UK: NEW BEST FRIENDS?; CER Insights; 24 July, 2020。インドもポスト・ブレグジット時代に有望な市場である。戦略的には、この国は旧CENTO加盟国ながら親中でタリバンとの関係も深いパキスタンに代わり、南アジアではイギリスにとって最も重要なパートナーとなっている("The Integrated Review In Context: A Strategy Fit for the 2020s?" Kings College London; July 2021)。本年4月の英印共同声明で述べられた通り、両国の戦略的パートナシップはクォッド+AUKUSを超えてアフリカにまで達しようとしている。

 

そうした中で日本はオーストラリアとともにイギリスのインド太平洋傾斜で重要なパートナーとなっている。両国ともG7の一員としてルールに基づく世界秩序を支持している。イギリスにとってポスト・ブレグジットの政治および経済的な不安定を乗り切るためにも日本が必要であり、日本にとっては中国と北朝鮮の脅威の増大に対処するためにイギリスが必要である。通商においては、日本はイギリスのCPTPP加盟申請を支持している。二国間での安全保障の協力を強化するため、日本はメイ政権期のイギリスと共同軍事演習を開催し、自国版NSC設立による戦略的意思決定能力の向上のためにイギリス型の部分的な踏襲さえ行なった("The UK-Japan Relationship: Five Things You Should Know"; Chatham House Explainer; 31 May, 2019

 

大西洋の向う側ではバイデン政権が本年10月にアメリカの安全保障戦略の概要を示し、そこには我々が 地政学とイデオロギーで特に中国とロシアを相手にした競合の時代にあると記されている。現政権公表の戦略によると「ロシアが自由で開かれた国際体制に喫緊の脅威を及ぼし、無謀にも国際秩序の根幹を成す法を軽視していることは、ウクライナに対する残虐な侵略戦争に見られる通りである」ということだ。一方で中国に関しては、「その国は唯一の競合国であり、国際秩序再編の意志とともに、これまで以上に経済、外交、軍事、テクノロジーの力を強化してその目的に邁進しようとしている」と記されている。他方で現政権の安全保障戦略では、国際協力によって気候変動、エネルギー安全保障、パンデミック、金融危機、食糧危機などのグローバルに共有された問題を解決することが提唱されている。そうした挑戦相手国との競合であれ協調であれ、ジョセフ・バイデン大統領は全世界でのアメリカの同盟ネットワーク再強化に乗り出そうとしているので、そうしたものには軽蔑的だった前任者のドナルド・トランプ氏よりはましだろう。それはクォッドによる同盟深化を目指す日本にとって好都合である。

 

アングロサクソンのシー・パワーによる戦略上の重点は時の状況によって変わるだろうが、日本は他の戦闘機計画ハブの国よりも有利な立場にある。トルコは慢性的にクルド人問題を抱えている。エルドアン政権によるシリアのクルド人攻撃によって「NATOの脳死」がもたらされた。また、この国はスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に際してクルド人亡命者の件で異論を挟んできた。それは友好国のイギリスを困惑させかねず、統合遠征部隊(JEF)で英軍指揮下に置かれたオランダ、スカンジナビア諸国、バルト海諸国に対する指導力発揮にも良からぬ影響が出かねない。インドはヒンドゥー・ナショナリストが権力を握り、国内での彼らとイスラム教徒およびキリスト教徒の衝突は無視できない懸念材料である。極めて問題となることに、両国ともクレムリンと強い関係でつながっている。トルコはロシアよりS-400地対空ミサイルを購入した。インドも国連総会では依然としてロシアへの非難や制裁の決議に棄権票を投じている。

 

それでも日本は、トルコとインドでは酷い状況にあるような国内での民族宗派間の緊張には苛まれていない。ロシアとの関係では、岸田文雄現首相はウクライナ危機もあって安倍政権下でのプーチン政権への融和政策を大転換している。岸田氏は陸上自衛隊出身の中谷元、元防衛相を自らの国際人権問題担当補佐官に登用し、日本が人権問題を国家安全保障上の喫緊の課題と見做しているという強いメッセージを送っている。そのことは岸田氏がウラジーミル・プーチン大統領によるロシア国内とウクライナで犯した残虐な犯罪を決して許さず、安倍氏のような過ちを決して犯さないと解釈することもできる。グローバルに共有される問題では、日本はG7その他多種多様な国際的ないし地域的なチャンネルを通じ、戦後のシビリアン・パワーとしての関与には積極的であった。グローバルな安全保障の状況と環境は常に変化する。しかし何があろうとも、日本は世界での評判と信頼を守るためにもジャパン・ファーストに陥るべきではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年7月 8日

ドイツからの米軍撤退による最悪の事態

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ドナルド・トランプ大統領は6月に入ってドイツから9,500人の兵員を引き上げると唐突に表明し、米独両国の国家安全保障担当者達を困惑させた。留意すべき点は, 海外からの米軍撤退というトランプ氏のあきれ果てた選挙公約はこけ脅しではなく本気だということだ。今回が初めてではない。昨年秋にはテロとの戦いでアメリカの重要な同盟相手であったシリアのクルド人を見捨てた。今や自らの任期を終えようとしているトランプ氏は、アメリカ・ファーストの選挙公約の中核となる政策をヨーロッパで実行に移している。

リチャード・ハース氏が述べるように、トランプ氏の外交政策は「撤退ドクトリン」に基づいている。TPP、パリ協定、イラン核合意、その他の軍備管理合意といった多国間合意からアメリカを離脱させている。またシリアとアフガニスタンの安全保障への関与を放棄している(“Trump’s foreign policy doctrine? The Withdrawal Doctrine”; Washington Post; May 28, 2020)。そして今やドイツでの米軍のプレゼンスを削減しようとしている。私はトランプ氏のアメリカ・ファーストは国際世論に恐怖と不安と不快感をもたらすということで、オバマ氏のネイションビルディング・アット・ホームの劣化版だと見なしている。

そうした世界観に従い、トランプ政権はドイツに悪意のある仕打ちをしている。マイク・ペンス副大統領のような閣僚からヘリテージ財団のヤクーブ・グリジール氏やヒルズデール大学のマイケル・アントン氏のようなナショナリストの学者にいたるまで、親トランプ保守派はドイツが利己的に同盟にただ乗りし、EUを利用して彼らが要求する主権国家による二国間主義を受け入れようとしないと非難している(”Trump treats Germany like “America’s worst ally”; Brookings Institution—Order from Chaos; May9, 2019)。さらに最近退任したリチャード・グレネル前大使は「ドイツの継続的な貿易黒字に相応する報復措置として、米軍の撤退は有り得る」という間違った認識を述べていた(“Trump ‘to withdraw thousands of US soldiers from Germany by end 2020”; Local; 6 June, 2020)。 トランプ大統領の唐突な米軍撤退には、彼自身が主催するG7の7月出席をアンゲラ・メルケル首相が見合わせたことへの個人的な報復だっだとする情報筋さえある。ジョセフ・バイデン前副大統領の国家安全保障顧問を務めたドイツ・マーシャル基金のジュリアン・スミス氏は、そうしたやり方はアメリカの国益を損なうと評している(Twitter; @Julie_C_Smith; June 6)。まさにその通りで、トランプ氏のやり方は利益相反である。

非常に問題視すべきは、トランプ氏が国防総省にもEUCOM(アメリカ欧州軍)にも相談せずにこの決定を行なったことである。しかしグレネル氏はこれを否定し、トランプ大統領が昨年から準備をしてきたと言う(“National security officials unaware of Trump's decision to cut troops in Germany: report”; Hill; June 9, 2020)。こうしたプロセスはこの政権の本質的な危険性を示すもので、国家安全保障上の重要な決定が大統領と彼自身への個人的な忠誠派だけでなされている。グレネル氏には軍事的な専門知識もないので、具体的にどの部隊を撤退させるかも決められない。米欧双方の安全保障の専門家達は、トランプ氏のやることはヨーロッパの地政学で「メイク・ロシア・グレート・アゲイン」に向かうだけだと懸念している(“Real or Not, Trump’s Germany Withdrawal Helps Putin”; Chatham House Expert Comment; 8 June, 2020)。真の問題は、トランプ氏が自身の再選運動を外交より優先させていることである。彼の孤立主義的な支持基盤は、同盟国にもとられる強制的な交渉スタイルを素晴らしき「アート・オブ・ザ・ディール」と見なし、それがアメリカ外交に酷い結果をもたらそうとも気にも留めない(“Opinion: Trump is playing election games with US troops in Germany”; Deutsche Welle; 7 June, 2020)。

アメリカの国防政策に携わる者達には、ドイツはヨーロッパ、アフリカ、中東での戦略的なハブである。だからこそ、この国では大規模な米軍のプレゼンスが維持されている。そうした基地の中でもシュトゥットガルトにはEUCOMとAFRICOM(アメリカ・アフリカ軍)の司令部があり、ラムシュタインには米空軍のヨーロッパおよびアフリカの司令部、NATO欧州連合軍最高司令部の連合空軍司令部、そしてイラクとアフガニスタンでの負傷兵の治療に当たったラントシュトゥール地域医療センターがある。アフガニスタンでもそう(“The Aftermath Plan for Afghanistan”; National Interest; June 6, 2020)だが、トランプ氏は必要時にはすぐにでもドイツに米軍を送り込めると思っている。しかし軍事的な観点からは、このような動力的能力運用は空軍には比較的容易だが陸軍と海軍はそうはゆかない(“The German Drawdown Debacle”; American Interest; June 10, 2020)。

最後に地政学的な影響も考慮する必要がある。ロバート・ケーガン氏は米軍撤退による力の真空で、ヨーロッパでのドイツ問題が再浮上してくると指摘する。すなわち、域内でも最大の経済力と人口を誇るドイツは近隣諸国を圧倒するようになり、20世紀初頭に見られたようにヨーロッパの勢力均衡を不安定化させかねない(“Interview with Robert Kagan: Permanence of Liberal Democracy 'Is an Illusion'”; Spiegel International; 8 November, 2019)。イギリスのマーガレット・サッチャー首相(当時)も冷戦後のドイツ再統一の際に同様な懸念を強く訴えていた。

 

ドイツ問題はグローバルな安全保障にもより広範な影響を及ぼしている。ドイツと同様に、トランプ大統領は日本と韓国にも自国内に駐留する米軍への経費をもっと払うように要求し続けている(“From Germany to Japan, Trump seeks huge premium from allies hosting US troops”; Straits Times; March 8, 2019)。カーネギー国際平和財団のジェームズ・ショフ氏によると、トランプ氏はドイツのように多国間の安全保障枠組を振りかざさない日本にはより好意的に対処している。よって、ジョン・ボルトン前国家安全保障担当補佐官の回顧録に記された支払いをめぐる執拗な圧力については、そこまで深刻ではないと言う (“U.S. demanded Japan pay $8 bil. annually for troops: Bolton”; Kyodo News; June 22, 2020 and “Bolton memoir raises concern over Japan alliance if Trump re-elected”; Mainichi Shinbun; June 24, 2020)。にもかかわらず、トランプ氏は経費負担と兵員撤退をめぐる特異な選挙公約には、実現性の如何を問わずに固執している。この政権が二期目を務めるような事態に陥れば、全世界をめぐるアメリカの同盟ネットワークには致命的な被害となるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年9月28日

米欧亀裂は日米同盟を弱体化する

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日米同盟は太平洋地域での安全保障上のパートナーシップだとの想定が一般的だが、本稿ではこの戦略的な要石を大西洋側から眺めてみたい。そのために、マイク・ポンペオ国務長官が昨年12月のNATO外相会議出席の際に、ドイツ・マーシャル基金のブリュッセル事務所で行なった演説に言及したい。トランプ的世界観そのもの彼の演説はヨーロッパ諸国に不快感を抱かせた。ポンペオ氏がきっぱりと否定した多国間主義と地域協力による世界平和こそ、ヨーロッパを第二次世界大戦前の敵対的な大国間の競合から解放した。あにEUは多国籍の官僚機構が支配する政治形態で、主権国家と市民は犠牲にされているとまで述べた(“Secretary of State Michael R. Pompeo at the German Marshall Fund, Brussels, Belgium”; US Missions to International Organizations in Vienna; December 4, 2018)。ポンペオ氏の発言によって米欧間の亀裂はきわめて大きく広がりつつあり、今やリベラル世界秩序の基盤は以前にもまして脅かされている。

 

ブリュッセル演説はアメリカの外交政策専門家の間でも否定的に評価されている。ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は、ポンペオ氏の演説ではイスラエルの学者で極右のヨラム・ハゾニー氏が主張するように民主主義が自由主義でなくナショナリズムに基づくと述べられたと指摘する(“The strongmen strike back”; Brookings Institution; March 2019)。外交問題評議会のスチュアート・パトリック氏はポンペオ氏の「原則あるリアリズム」をさらに厳しく批判している。ポンペオ氏はEU、国連、世界銀行、IMFといったアメリカが支援あるいは創設してきた多国間機関を批判する一方で、トランプ政権が同盟国の間でのアメリカの評価をどれほど悪くしているかについては言及していない。多国間主義は官僚機構を通じた手続きの過剰な負担を増大させ、アメリカの外交での主権に基づいた行動を制限してきたというポンペオ氏の見解とは逆に、パトリック氏は多国間協調は互恵的で、国際舞台でのアメリカの優位にもつながったと主張する。EUに関しても国家主権についてのポンペオ氏の根拠薄弱な見解に反論し、加盟国は全体の意思決定に最も強い影響力がある。同様に、ポンペオ氏は他の国際機関についても間違っている。より重要なことにポンペオ氏の擁護とは異なり、トランプ氏には世界秩序もアメリカの指導力も守る気はなく、長年にわたるアメリカの同盟国を邪魔者扱いしている(“Tilting at Straw Men: Secretary Pompeo’s Ridiculous Brussels Speech”; CFR Blog; December 4, 2018)。これはG7ビアリッツ出席を前にトランプ氏が発した「同盟国は敵国よりもはるかに我が国を利用している」という侮辱的な一言に典型的に表れている(“Trump heading to G-7 summit after insulting allied world leaders”; CBS News; August 23, 2019)。

 

EUは「平和と和解、民主主義と人権に対する取り組みでの成果」によって2012年にノーベル平和賞を受賞した。それは西ヨーロッパでの多国間協調を進化させただけでなく、ポスト共産主義時代の東ヨーロッパでは自由の価値観を広めた。ヨーロッパは大西洋社会での共通の価値観を守護しているのに対し、アメリカはそうした価値観を捨て去ろうとしている。大西洋側から見れば日米同盟は脆弱になるばかりである。こうした事情から、日本国際フォーラムがアメリカ国防大学とアトランチック・カウンシルとともに発行した日米共同レポート『かつてない強さ、かつてない難題:安倍・トランプ時代の日米同盟』を見直すには良い時期だと思われる。このレポートが昨年4月に発行されてから、アメリカの外交政策スタッフはトランプ化が進んだ。ジェームズ・マティス氏やH・R・マクマスター氏をはじめとする「政権内の大人」達は、ナショナリストかつ大統領忠誠派の傾向が強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏に取って代わられた。今やそのボルトン氏さえ更迭され、アメリカ外交はトランプ氏の気まぐれな気質の影響をこれまで以上に受けやすくなっている。

 

トランプ氏による突然のTPP離脱にもかかわらず、日米間では米欧間ほどのイデオロギー上の相違は見られない。日本国際フォーラムの政策レポートにも記されたように、両国は中国や北朝鮮をはじめとするインド太平洋地域で増大する脅威に対処し、この地域での民主的な価値観を守るためのビルトイン・スタビライザーの構築に乗り出している。これによって両国の同盟がアメリカ国内政治の予測不能なポピュリズムから守られるとことになっていた。しかし実際はそのレポートにも記されたように、アメリカがリベラル世界秩序とアジアでの多国間協調に引き続き関与してゆくことを確約したのはレックス・ティラーソン国務長官とジェームズ・マティス国防長官であった。しかしポンペオ氏が彼らほど地域の安定に関与するか疑わしい。ポンペオ氏は香港、ウイグルなどの自由と民主主義を訴えてはいるが、その意味と長官の意図はウィルソン的理念主義よりも「原則あるリアリズム」どころかハゾニー的なナショナリズムのように思われる。ポンペオ氏が多国間外交について抱く侮蔑的な見解は、戦場から国連外交の場にいたるまで同盟国との緊密な政策協調を説くマティス氏のものとは著しく対照的である(Jim Mattis: Duty, Democracy and the Threat of Tribalism”; Wall Street Journal; August 28, 2019)。マティス氏とは異なり、ポンペオ氏は元陸軍大尉ながら軍部のエリートではなく福音派とティー・パーティーを権力基盤としている。よって、「政権内の大人」達がいなくなった現状では日米同盟は再び弱体化に向かっている。

 

G7シャルルボワおよびビアリッツでは、日本がヨーロッパとトランプのアメリカとの間で難しい立場にあることが明らかになった。ヨーロッパとアメリカがパリ協定とロシアのG7再加入をめぐって激しく対立するあまり、中国や北朝鮮といったアジアの安全保障での重要課題が脇に追いやられている(“Japan’s Disappointing G7 Summit”; Diplomat; August 28, 2019)。安倍晋三首相にはトランプ氏と比較的良好な個人的関係を通じてヨーロッパとアメリカの仲介役となり、日本の国際的地位を向上させようという野心があった。しかし米欧間の亀裂はあまりにも広く深い。現在、アメリカと民主主義同盟諸国の間ではイランが火急の問題である。ポンペオ氏は同盟国にホルムズ海峡防衛の有志連合に加わるよう要請しているが、ヨーロッパ諸国は当地に差し迫った脅威があるとは見ていないばかりか、トランプ氏のイランに対する意図も不透明である(”Trump’s coalition of one”; Politico; August 2, 2019)。サウジアラビアの油田への攻撃に関しては、IISSのフランソワ・エイスブール上級顧問はイランが攻撃を行なったというトランプ氏の主張を受け入れることには慎重で、アメリカの専門家にもそうした見方に同調する向きがある。日本もトランプ氏が提唱する対イラン有志連合への参加には消極的である。トランプ時代の米欧亀裂は、日本の「地球儀を俯瞰する外交」にも好ましからざる影響を与えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年3月 5日

英欧はブレグジット背後のロシアを見逃すな

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ほとんどの専門家とメディアがウエストミンスターでの英議会内でのやり取りとイギリス・EU間の外交交渉を注視する一方で、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるEU帰属国民投票への工作を手助けしたイギリスの犯罪人にはそれほど大きな関心は払われていない。言い換えれば、現行のブレグジットはクレムリンおよびアロン・バンクス氏やリーブ・EUといった国家反逆者の意志ではあっても、国民の意志ではないという疑問がある。EUとの交渉期限となる3月29日は近づいているが、手続きは延期させるべきだと思われる。さらにバンクス氏の事件は、アメリカでのトランプ氏の選挙運動に関するロシア捜査とも強く関連し合っている。こうした観点からすれば、ブレグジットの正当性と合法性に関する問題がもっと注視されるべきである。

まずバンクス事件について述べたい。国家犯罪対策庁(NCA)は2016年8月のブレグジット投票から、この件を捜査してきた。昨年11月、イングランド・ウェールズ高等法院はNCAが持ち込んだ事件の判決に向けて手続きを進めていた(“Brexit: High Court to rule if referendum vote ‘void’ as early as Christmas after Arron Banks investigation”; Independent; 24 November, 2018)。そうした中でヨーロッパ在住のイギリス人達は12月にブレグジット運動の団体ボート・リーブを不正支出で提訴してブレグジットの破棄を迫った(“Expats ask High Court to declare Brexit vote invalid”; Financial Times; December 7, 2018)が、高等法院は団体には6.1万ポンドの罰金を科して個人の学生活動家達にも別に罰金を科しただけだった。本件の政府代表で勅選弁護人のジェームズ・イーディー氏は、離脱手続きがかなり進んだ今となってはブレグジットに法的な意義を唱えるのは遅すぎると論評している(“Brexit: High Court rejects challenge to annul referendum result in major blow to Remain campaigners”; Independent; 10 December, 2018および“Expatriates lose in bid for High Court review of 2016 referendum”; Financial Times; December 10, 2018)。バンクス氏とリーブ・EUに関しては、個人情報保護委員会(ICO)がブレグジット運動のためとして行なった個人情報保護違反に12万ポンドの罰金を科した(“Leave.EU and Arron Banks insurance firm face £135,000 in fines”; BBC News; 6 November, 2018および“Leave.EU and Arron Banks insurance firm fined £120,000 for data breaches”; Guardian; 1 February, 2019)。しかし彼らが及ぼした国家安全保障上の重大な問題を考慮すれば、この程度では済まされない。バンクス事件はトランプ氏のロシア疑惑とも深く関わり合っているばかりか、NCAの捜査が進めばナイジェル・ファラージ氏とUKIPに関しても何かが露呈するかも知れない。ファラージ氏は自身の同志であるヨーロッパとアメリカの極右と同様に、プーチン氏を称賛している。

きわめて不思議なことにブレグジット投票でのロシアの介入については、ドーバー海峡の両岸ともほとんど取り上げようとしていない。中でもウエストミンスターのブレグジット強硬派はEU官僚機構による煩雑な規制とブリュッセルから独立した国家主権にばかり目を奪われ、より重大なロシアの脅威は彼らの愛国心の警戒を呼ばないようだ。国家生存の観点からすればEU官僚機構は煩い規制組織に過ぎないが、ロシアは工作員を送り込んでスクリパリ父子毒殺未遂を起こしたうえに、イギリスの海域および空域には彼の国の戦闘機、核爆撃機、海軍艦艇が入り込んでいる。しかし問題はイギリス側だけにあるのではなく、ダウニング街もブリュッセルもリスボン条約第50条に従った適正な法手続きだけを念頭に置いている。言い換えれば、メイ首相はブレグジット投票の単なる執行人として振る舞う一方で、EU首脳陣はイギリスと大陸諸国の間の長年にわたる対立に気を取られている。

そうした杓子定規な単純思考に鑑みて自由民主党のレイラ・モラン下院議員は、プーチン氏がブレグジット投票でイギリス国民の票を盗んだにもかかわらず、メイ氏が再度の国民投票を拒否するのはどういうことかと疑問を呈している。またブレグジット強硬派がEU側をナチスに擬えながら、プーチン氏のような本物の脅威を見過ごしていることを批判している。さらにアロン・バンクス氏には、ブレグジットの設定期日後も続くNCA捜査でリーブ・EUへのロシア資金の献金についてもっと明快に説明するように要求している(“I asked Theresa May if she sides with Putin or the people – an answer would tell us who Brexit is really for”; Independent; 10 January, 2019)。にもかかわらずブレグジット強硬派はイギリスの「ヨーロッパからの独立」だけを気にしている。きわめて興味深いことに慶応大学の細谷雄一教授は保守党がイデオロギー的に非寛容になったのはマーガレット・サッチャー時代からで、それが顕著に表れるのは同氏の強固な反社会主義および反欧州統合の主張であると指摘する(「メイ首相のEU離脱案否決~“世紀の敗北”が起きた理由」;ニッポン放送;2019年1月18日)。

同様にロンドン・スクール・オブ・エコノミックスの故森嶋道夫名誉教授も『イギリスと日本』および『サッチャー時代のイギリス』といった自らの著書で、サッチャー氏の視点論点はメソジスト信仰に強く基づいているために、全てを善悪の観点で見てしまうと繰り返し述べていた。これは市場経済への揺るぎない信頼と社会主義の拒絶に典型的に表れている。社会経済および政治の問題へのそのように過度に単純化された理解は、伝統的なイギリス保守党政治家よりもアメリカのグラスルーツ保守派のものに近い。同様に、今日の自称サッチャー主義者や欧州懐疑派は英欧間の相違にばかり注意が向くほど視野が狭いので西側の民主的な手続きへのロシアの工作など、国際政治での多次元の問題には注意も払わない。彼らは先のアメリカ中間選挙で落選した極右のダナ・ローラバッカー元下院議員のように偏向した考え方の持ち主で、実際に彼は下院外交委員会でロシアはもはや共産主義国でもないのでクレムリンの情報工作など有り得ないとまで言い張った(“Rohrabacher: Russia Is No Longer Motivated By Communist Ideology, No Longer A Threat”; Real Clear Politics; March 10, 2017)。

そうした中でオープン・デモクラシー・UKは、主要なメディアやシンクタンクからあまり注目されていないブレグジット運動の背後にある汚れた資金を追っている。バンクス氏からリーブ・EUへの献金に関しては徹底的な捜査が必要で、プーチン氏の西側民主主義への介入は重大な懸念事項である。さらにこの事件はトランプ氏の選挙運動に深く関わっている。オープン・デモクラシー・UKはブレグジットに関する別のスキャンダルについても、北アイルランドのプロテスタントの民主統一党が自分達のブレグジット運動のために疑惑の資金をインドから(“The strange link between the DUP Brexit donation and a notorious Indian gun running trial”; openDemocracy UK; 28 February, 2017および“Revealed: the dirty secrets of the DUP’s ‘dark money’ Brexit donor; openDemocracy UK; 5 January, 2019)、そしてサウジアラビアの情報機関関係者から受け取った(“Democratic Unionist Party Brexit campaign manager admits he didn’t know about its mysterious donor’s links to the Saudi intelligence service”; openDemocracy UK; 16 May, 2017)と明らかにしている。彼らの運動はロシアからも資金を得ているかも知れないので、さらなる調査が求められる。

ともかく、ブレグジットの背後には非常に多くの不都合な事実が隠されているように見受けられる。議会内および外交でのやり取りがどうあれ、今回のブレグジットは突然で準備不足である。私はイギリスが未来永劫にわたってEUに留まれと言っているわけではない。しかしEU帰属投票の結果はイギリス国内外で混乱をもたらすだけになっている。経済にも悪影響を与え、金融機関のフランクフルト移転や日本企業の自動車工場閉鎖にもいたっている。そうなると西側同盟の弱体化を安全保障の重要課題としているプーチン氏を喜ばせるだけになってしまう。ブレグジット投票の妥当性についても、国民の意志を反映した結果なのかどうか疑わしい。幸運にもメイ政権とEUはウエストミンスターでの度重なる離脱法案否決によってブレグジットの日程を延長しようとしている(“EU Wants a Brexit Delay But Governments at Odds Over Length”; Bloomberg News; February 26, 2019)。そうした混乱から、イギリスとヨーロッパの当事者はNCAなど公的機関およびオープン・デモクラシー・UKなどの民間機関による犯罪調査の結果を待ってもよいのではないかと思われる。イギリス政府法律顧問のジェームズ・イーディー氏の発言とは異なり、「プーチンのブレグジット」の妥当性は、法律のうえでも国家安全保障のうえでも再検討することに遅すぎるということはない。

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2018年6月29日

マクロン大統領は西側の道徳的普遍性を代表できるか?


本年4月末には日本、フランス、ドイツの最高指導者が次々にホワイトハウスを訪問した。その中でフランスのエマニュエル・マクロン大統領は日本の安倍晋三首相とドイツのアンゲラ・メルケル首相をはるかに上回る強烈な印象をアメリカ国民と国際社会に与えたが、それはマクロン氏がアメリカ連邦議会での演説で、反グローバル化ポピュリズムという背景に対して世界の中でのアメリカのリーダーシップの中核となる価値観を思い起こさせるメッセージを発信したからである。実際にマクロン氏にはメルケル氏のようにトランプ氏と感情的な衝突を抱えることもなかった。また、安倍氏のようにトランプ氏に対してお願い姿勢をとることもなかった。その代わりに西側の民主的価値観と多文化主義は世界の平和と繁栄の礎になると、強く明快に訴えた。それはまるでトランプ氏ではなくマクロン氏が本当の合衆国大統領であるかのようにさえ思わせた。トランプ大統領に対するマクロン氏の対処はバランスのとれたもので、政治ビジョンも未来志向である。しかしマクロン大統領はポピュリズムを背景としたナショナリズムの時代に、地政学的な競合が激化する世界で道徳上のリーダーシップを発揮できるだろうか?

まず始めに米連邦議会での演説について述べたい。マクロン氏はトランプ氏を名指しで批判はしなかったものの、グローバルな課題での政策ではホワイトハウスとは違う立場を鮮明にした。マクロン氏はイラン核合意から気候変動に関するパリ協定にいたる広範囲な問題に言及し、中でもリベラルな世界秩序の礎となる多国間外交におけるアメリカのリーダーシップの役割を強調した。民主党はトランプ氏がグローバル化を受け入れるよう説得してくれることへの期待から、そして共和党はアメリカの軍事作戦でのフランスの貢献に対する敬意からということでマクロン氏の演説は超党派での称賛を受けた(“How Macron distanced himself from Trump’s policies in his address to Congress”; PBS News Hour; April 28,2018)。マクロン氏は以下の手順でアメリカ第一主義に反駁した。その演説の根底となる前提は、西側民主主義諸国が直面するグローバルな課題は非常に重大で複雑なので、孤立主義やナショナリズムはリベラルな世界秩序に致命的な打撃を与えかねないということである。この状態を21世紀の世界秩序に再建するために、マクロン氏は過剰に人間性を喪失したグローバル化を緩和するとともに低炭素経済をさらに推し進め、民主化を促進してゆくべきだと訴えた(“Emmanuel Macron and the Franco-American Ties That Bind”; CFR Blog; April 26, 2018)。言うならば、マクロン氏はアメリカの大統領が誰であれ行なったように、西側の道徳的普遍性を代表して演説を行なった。これはアン・アップルボーム氏らアメリカの知識人達がマクロン氏の演説を絶賛した最大の理由である。トランプ氏を革命記念式典に招待したマクロン氏は、相手の気分を良くしていた。そしてトランプ氏から肩のフケを払われて優位を誇示されても従容と受け入れた。しかし一度演説を始めると、マクロン氏は反グローバル主義、反環境保護、そして 最も重要なことにリンドバーグ的なナショナリズムと孤立主義といったトランプ氏の世界観を明確に否定した。たとえトランプ氏が上手くおだてられてマクロン氏の演説の真意を理解できなくても、それにはヨーロッパとアメリカの双方から称賛が寄せられた。トランプ氏は気候変動からJCPOAや貿易にいたるまでアメリカ第一主義を変えるつもりはないだろうが、マクロン氏はトランプ現象の悪影響から大西洋同盟を救済するためのメッセージを発したのである(“Macron embraces Trump - and then elegantly knifes him in the back”; Washington Post; April 25, 2018)。

しかしマクロン大統領が現在の国際政治でリーダーシップを発揮できる潜在的な余地について適正な評価を下すには、彼の外交政策の方針を理解する必要がある。米議会での演説は多くの者に感銘を与えたが、国際戦略研究所およびジュネーブ安全保障政策研究所のフランソワ・エイスブール会長は、マクロン氏はネオリアリストでドナルド・トランプ氏ばかりかロシアのウラジーミル・プーチン大統領、中国の習近平国家主席、トルコのレジェップ・エルドアン大統領、そしてエジプトのアブデル・エル・シシ大統領に代表される独裁者との取引さえ躊躇しないと見ている。何はともあれトランプ氏はマクロン氏の政治的価値観など気にも留める様子はなく、JCPOAと気候変動について何の譲歩もなしに互いのブロマンスを誇示した。そうした状況でマクロン氏はアメリカとヨーロッパの橋渡し役、特にトランプ氏とメルケル氏の厳しい関係の間を取り持とうとした(“Macron to put 'Trump whisperer' skills to test on state visit”; Guardian; April 23, 2018)。マクロン政権牡外交政策の全体像についてはIFRI(フランス国際問題研究所)が本年4月に発刊した“Macron Diplomat: A New French Foreign Policy?”(仏題:“Macron, an I. Quelle politique étrangère ?”)と題するレポートについて述べたい。このレポートでは気候変動、人口移動、テロといった広範囲にわたる多国間の問題とともに、デジタル産業に代表されるフランスの戦略的な国益について議論が進められている。このレポートの冒頭では2つの前提が述べられた。第一にマクロン大統領はヨーロッパ統合に確固と寄与してゆくという方針で、先の大統領選挙ではこのことを他の候補者以上に強く訴えた。しかしマクロン氏の当選がヨーロッパでの右派ポピュリズムの台頭の緩和にはつながっていない。AfD(ドイツのための選択肢)は昨年9月のドイツ連邦議会選挙で史上初の94議席を獲得し、イタリアでは本年3月の総選挙で欧州懐疑派の連立が勝利した。第二に戦略的な環境の悪化への対応としてフランスはヨーロッパの防衛協力を主導してトランプ政権下のアメリカからの戦略的自立性を追求し、自己主張を強めるロシアと中国による現行の世界秩序への挑戦で多極化の進行と裏腹に多国間主義が衰退する世界に対処しようとしている。短期的にはイランとシリアが重要である。トランプ政権のJCPOA破棄ばかりでなく、イランの弾道ミサイルとテロ支援は依然として地域に重大な脅威を与えている。またアサド政権による度重なる化学兵器の使用によって、シリアでは思慮深い人道的介入が必要になっている。それらの観点からIFRIのレポートの中でも以下の問題を中心に議論を進めたい。それはフランスとドイツ、ロシア、中東、アジア、そして最も喫緊の課題であるトランプ政権のアメリカとの関係である。

ブレグジットとトランプ政権のアメリカ第一主義によって独仏枢軸の重要性はこれまで以上に増している。しかしフランスとドイツは必ずしも共通の大義に基づいて行動するわけではない。そうした立場の違いとともに、昨年9月のドイツ連邦議会選挙によるメルケル氏の指導力低下は独仏両国主導のヨーロッパ統合に遅延をもたらしている。マクロン大統領がさらなる統合を呼びかける一方で、ドイツ連邦議会は国家主権をブリュッセルに委ねることに難色を示している。またドイツはユーロ圏の財政規律について、より厳格である。ヨーロッパの防衛協力に関しては、フランスは防衛政策のために強力で費用効果の高いパートナーシップを志向しているが、ドイツは地域統合のためにより多くの国の参加を志向している。実際にドイツはフランスほどヨーロッパの自主防衛には関心を抱いていない。またマクロン氏が防衛協力に熱心なのはゴーリストの伝統によるものであることを忘れてはならず、彼に寄せられるグローバリストという評判に惑わされてはならない。こうした点を考慮すれば、トランプ氏との関係ではメルケル氏は冷え切っていてマクロン氏は「ブロマンス」にあるように見えても、ドイツの方が大西洋同盟志向である。さらにヨーロッパ大西洋圏外での軍事作戦についてはフランスとドイツの優先順位は違ってくる。独仏枢軸はこれらの戦略的な相違を乗り越える必要がある。ヨーロッパの安全保障ではロシアとの関係も重要である。マクロン氏は民主化の促進と選挙介入の排除を強く打ち出しているが、露仏経済関係は対外投資、航空宇宙、民間航空事業、エネルギーといった部門を中心に強固である。政治面ではマクロン大統領はドゴールおよびミッテラン両政権期のようにロシアとは実利的な関係を追求しているが、プーチン大統領は西側優位の世界秩序を弱体化しようとしているので民主主義陣営の強化を目指すマクロン氏の方針とは相容れない。特に両国の間にはイギリスでの元スパイ毒攻撃、シリアでの化学兵器使用、ウクライナ周辺の安全保障といった懸案がある。IFRIのレポートから、マクロン氏はフランスにとってヨーロッパで最大の友好国と対立国との関係で非常に多くの問題を乗り越える必要があることがわかる。

マクロン政権のフランスが世界の中で指導的な役割を担うためにはヨーロッパとフランンコフォニー諸国だけでなく、特に中東とアジアで安全保障および経済のプレゼンスを高める必要がある。中東でマクロン氏が注目しているのはグローバル化に向けて改革を進めるカタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、そしてテロ掃討で成果を挙げるエジプトとの経済関係の強化である。フランスはこの地域でインフラおよび民間航空事業の売り込みに力を入れている。さらに2016年の湾岸協力会議の危機の際には、マクロン氏はサウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプトに兵器を売りつけたばかりか、域内で孤立したカタールにも兵器を輸出した。しかしこのような全方位で経済中心の外交に立ちはだかるのが、依然として弾道ミサイル実験と代理勢力への支援を続けるイラン、そして一般市民に化学兵器を使用するシリアである。トルコに関してはシリアでエルドアン政権の協力が必要なため、マクロン氏は人権問題での批判を軟化させるという妥協に転じている。そうした中でアジアでは、フランスは北朝鮮の核問題および南シナ海の領土紛争のような重要な地域問題ではルールに基づいた多国間主義を主張している。この地位で最も重要なパートナーであり対立相手となるのは中国である。本年初頭にマクロン氏はこの国を訪問してフランスが中欧関係の主導権をとると印象づけた。マクロン氏は一帯一路構想で互恵的な経済関係を模索する一方で、ヨーロッパの安全保障を脅かしかねない中国からの投資を監視するために域内諸国の共同行動で主導的な役割を果たしている。日本、オーストラリア、インドは日本が提唱しアメリカも賛同する「自由で開かれた」インド太平洋構想にフランスも参加しているので、安全保障上のパートナーである。それでもなお、マクロン氏の訪日によるアジア政策の明確化が望まれている。中東とアジアの双方についてIFRIのレポートではマクロン氏が地域大国との経済外交優先していることが述べられているが、そうした資本主義的リアリスト外交もトルコや中国のような専制国家との関係では国家の生存と道徳的側面への考慮とバランスをとる必要がある。

これまで述べてきたような世界情勢の中でマクロン大統領はトランプ政権のアメリカにどのように対処するのだろうか?現在、ドイツではメルケル首相の指導力は低下し、イギリスは国民投票によるブレグジットを受けてキャメロン政権を引き継いだテリーザ・メイ首相も対米特別関係の強化は上手くいっていない。これはマクロン政権のフランスにとって米欧関係でヨーロッパの代表として行動できる千載一遇の機会である。しかしマクロン氏がどれほど懸命に説得してもトランプ氏にはパリ協定とJCPOAに戻る気などさらさらない。また、レックス・ティラーソン国務長官とH・R・マクマスター国家安全保障担当補佐官を解任し、ナショナリスト色の強いマイク・ポンペオ氏とジョン・ボルトン氏を登用している。IFRIのレポートでは2020年のトランプ氏再選という最悪のシナリオまで想定しているが、それはこの研究チームが民主党の勢いも充分ではなく共和党内で反対派は事実上存在しないばかりか、弾劾が直ちに行なわれる見通しもないと考えているからである。そのような傾向が続くようであればアメリカがこれまで以上に国際社会の問題児に陥ってしまうことは、G7シャルルボワで典型的に表れている。

大国間の勢力競争が激化する世界におけるフランスの外交政策の方針の全体像に鑑みて、現時点で突き付けられている外交上の課題とマクロン大統領の実績について述べたい。何よりも内政の安定は国際舞台での指導力の前提条件である。雇用規制の緩和政策に反対する労働運動への対応(“Left-wing protesters say 'enough' to Macron's French reforms”; Reuters; May 6, 2018)を誤れば、メルケル氏の轍を踏みかねない。当面は中東、特にイランとシリアの危機が重要である。イラン核合意に関してはトランプ氏の突然の離脱によってロシアが中東に影響力を拡大する好機となり、E3(英仏独)はアメリカの抜けた穴を埋めねばならなくなった。またトランプ氏はイランへの単独での制裁に乗り気とあっては、EUがアメリカによる制裁の対象になりかねない(“Iran nuclear deal set to test Macron-Trump ‘bromance’ on historic visit”; France 24; April 23, 2018)。トランプ氏によるディール・ブレーキングには国内から厳しい批判が寄せられているが、彼は断固としてオバマ政権期の成果を破棄しようとしている。マクロン氏はあらゆる手段によってJCPOAの存続をはかる一方で、微妙な舵取りでアメリカとの致命的な衝突を避ける必要がある。専門家の中にはトランプ氏がイランでのレジーム・チェンジを追求して中間選挙で親イスラエルの福音派の票固めをするのではないかとの懸念も挙がっている。しかし私がそれには懐疑的なのは、トランプ氏は費用効果へのこだわりが異常に強いがために中東への介入に消極的なことはイラク戦争への批判からも知られている。ボルトン氏はその案を支持するかも知れないが、本物のネオコンではない彼にはイランを民主化しようという明確な決意はない。

他方でヨーロッパは核合意をめぐるアメリカとの認識の相違を利用もしている。E3はJCPOAの存続を働きかけながら、アメリカの圧力を利用してイランの弾道ミサイル計画と域内でのテロ支援を封じ込めようとしている。しかしE3はトランプ氏が好む単独行動とは正反対に、この地域のステークホルダーの地政学的なバランスの再調整と国連安全保障理事会との協同を通じてこれらの手段を実施しようとしている(“America Is More Than Trump. Europe Should Defend the Iran Deal without Burning Bridges to the US”; IFRI; May 2018)。シリアに関してマクロン氏はトランプ氏に性急な撤退を思いとどまるよう何とか説得はできたものの、アメリカの中東戦略はイラク戦争後の非関与から対テロ作戦のための関与の間を一貫性もなく揺れている。マクロン氏の助言はアサド政権による度重なる化学兵器使用が人道上の懸念をよんだ時に、トランプ氏がアメリカ国内で自らの選挙基盤の非介入主義と安全保障関係者の対テロ戦略の折り合いをつけるうえで有効だった (“Macron Tries to Nudge Trump on Syria Policy”; New Turkey; May 1, 2018)。しかしマクロン氏もトランプ氏もシリアでの長期的な戦略はない。どちらの場合でもフランスの中東政策は、いかにマクロン氏の方がトランプ氏よりも国際社会での評判が高くてもアメリカの外交と内政への考慮なしに実行は難しい。

重要な点は、『USニューズ&ワールド・レポート』誌による2017年の国力ランキング(“RANKED: The 23 most powerful nations on earth”; Business Insider; March 15, 2017)ではフランス第6位に過ぎないので、マクロン大統領が国際的なリーダーシップを発揮するにはヨーロッパとアジアで民主国家のパートナーが必要になる。ヨーロッパで最も厳しい問題は米欧関係の悪化である。JCPOAをめぐる見解の相違の他に、ヨーロッパとアメリカの間ではトランプ政権がEUを国家資本主義の中国と同様に扱うので貿易戦争が激化している。より問題になるのは、現政権下で米欧間の意思疎通が大幅に少なくなっているということだ(“Can the U. S. -Europe Alliance Survive Trump?”; Foreign Policy; May 18, 2018)。実際にフランスのフランソワ・ドラットル国連大使は、アメリカはトランプ政権以前にも単独行動は頻繁に行なっていたが故に、ヨーロッパ人はアメリカの孤立主義が今後も支配的になると見ていると語っている。その結果、ヨーロッパは集団防衛による自立と外交の一体化を模索している(“RIP the Trans-Atlantic Alliance, 1945-2018”; Foreign Policy; May 11, 2018)。しかし問題はドイツの政治的安定である。メルケル氏の指導力低下ばかりか、ドイツはフランスより共同防衛に消極的で大西洋同盟志向が強い傾向はトランプ氏との個人的な関係が悪くても変わらない。

そうなってくるとブレグジット後のイギリスとの関係が、特に防衛面で重要になってくる。イギリスの国防当局はマクロン氏が提唱する欧州対外介入軍に重大な関心を寄せている (“UK ‘very keen’ to support European intervention force”; UK Defence Journal; May 8, 2018)。デービッド・リディントン内閣府担当相は今6月の『フランクルルター・アルゲマイネ』紙とのインタビューで、イギリスとEUは防衛面で強固な関係が必要であり、両者が完全に袂を分かてばロシアを利するだけだと述べた(“UK seeks 'closest possible' security pact with EU after Brexit – minister”; Reuters; June 16, 2018)。実際にマクロン氏が提唱する有志連合に積極的な国は少ない。特にドイツがヨーロッパ圏外での海外派兵に消極的なことは、マリとシリアの例が示す通りである。よってイギリスはきわめて重要なパートナーになる(“Emmanuel Macron’s coalition of the willing”; Politico EU; May 2, 2018)。この観点からすれば、FCAS(Future Combat Air System)戦闘機計画(“Airbus and Dassault Launch a New FCAS—without BAE”; AINonline; April 25, 2018)とガリレオ衛星計画(Ashley Fox MEP; Twitter; 14 June, 2018)からイギリスが締め出されていることはきわめて奇妙である。イギリスの軍事産業はBAEシステムズやロールスロイスに代表されるように、数十年にわたって戦闘機、爆撃機、軍艦などアメリカの兵器システムに部品を供給してきた。EUの防衛計画にイギリスの技術は絶対的に必要で、さもなければ兵器の質や世界の武器輸出市場での競争力でアメリカ、ロシア、中国と渡り合うことは難しい。マクロン氏は英・EU防衛協力がより一貫性のあるものとなるようリーダーシップを発揮する必要がある。

アジア太平洋地域ではマクロン氏の国際舞台でのリーダーシップの強化とアジア政策の明確化には、中国が貿易と投資でどれほど突出していようとも日本が鍵となる国である。中国は地政学志向が強く、アメリカの影響力を排除して自国周辺に冊封体制さながらの勢力圏を築こうとしているのに対し、日本が提唱するインド太平洋構想は平等なパートナーシップと各ステークホルダーの国力に応じたバードン・シェアリングに基づいている。最も重要なことは日本が西側同盟諸国に脅威を与えないがばかりか、中国からの投資よりも日本からの投資の方がフランスで雇用を創出している。貿易に関してはフランスの対中赤字は対日赤字の5倍になる。いわば、中国との経済関係は一般に思われているほどの利益をもたらしているわけではない(“The Missing Piece in Macron's Asia Vision: Japan; Diplomat”; May 18, 2018)。他方でG7シャルルボワが「G6+1」とまで言われた(“Trump turns the G-7 into the G-6 vs. G-1”; Washington Post; June 10, 2018)ようにトランプ氏は西側主要民主主義国からアメリカを孤立させてしまい、日仏両国にとってはリベラルな世界秩序を彼の破壊行為から守ることが至命課題となった。特に両国はインド太平洋構想では安全保障でも経済でも利益を共有しているが、この全体像は依然として明確ではない。マクロン氏はG7などの多国間首脳会談の場で日本の安倍晋三首相と面識があるが、この地域での相互協力の方針決定と強化には二国間会談が不可欠で、しかもフランスはニューカレドニアとポリネシアという海外領土を持つ太平洋国家でもある。ジャン=イブ・ル・ドリアン外相と河野太郎外相は、両国の首脳が7月にパリで開催される日本文化のイベントと革命記念式典の機会に会談することで合意した(”Abe plans July visit to France as Japanese Foreign Minister Taro Kono requests reciprocal trip by Macron”; Japan Times; April 23, 2018)。

これまで述べてきたようにフランス自身は一国ではそれほど強力ではないので、マクロン氏がリベラルな世界秩序の再建でリーダーシップをとるには民主主義国のパートナーが必要である。またトランプ政権にアメリカには微妙なバランスのとれたアプローチが必要で、彼の高圧的な要求に宥和してはならないが、超大国を相手にした致命的な衝突は避けねばならない。だがG6全体の経済規模はG1よりも大きいことを忘れてはならない。しかしながらG6の連帯を損なうような問題もある。ドイツ内政でのメルケル首相の指導力の低下ばかりでなく、防衛面での独仏間の相違は一般に思われているよりも大きいことはIFRIのレポートでも触れられている。問題は戦後の平和主義と地政学だけにとどまらない。日本と同様にドイツは道徳的普遍性を堂々と掲げて国際的な法執行作戦に参加するには良い立場でなく、国民は第二次世界大戦での過ちに悔恨の念を抱いている。日本はさらに消極的平和主義な国で、自国の周囲での安全保障環境が悪化しているにもかかわらずいまだに憲法改正さえままならない。こうした観点からブレグジット後のイギリスとの政策調整が重要になってくることは。JCPOAと自由貿易の事例でも示されている。テリーザ・メイ首相は保守党内の親欧派と反欧派の間で綱渡りを強いられている。ブレグジットのディール成立を成功させることが双方にとって必要不可欠である。現在、アメリカは被害妄想的なポピュリズムの蔓延で国民は自分達が海外からの経済的な競争相手、同盟国、移民にたかられていると見ている。米国民の間でトランプ氏がもたらす悪性の影響力が伝染している状態では、世界には明確なビジョンを持った指導者の主導で西側の理念を代表する有志連合が必要である。マクロン大統領がアメリカ連邦議会の演説で示したグローバル主義の理念は多くの人々に感銘を与えた。しかしそうした道徳的普遍性が、彼の外交政策に見られるネオリアリズム、資本主義的リアリズム。およびゴーリズム的な側面との整合性があるのかは今後も見守ってゆかねばならない。


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2017年9月29日

イギリスのポスト・ブレグジット世界戦略と日本

ブレグジットによってイギリスはアメリカ、英連邦、その他の主要国との関係を強化する以外に選択肢がなくなっている。そうした国々の内で日本はイギリスとの経済および安全保障のパートナーとして最も安定して有望な相手国である。日英両国はいくつかの重要な点で共通の立場にある。両国ともトランプ外交の不安定性と国際社会での彼の評判がどうあれ、アメリカとの特別関係に重点を置かねばならない立場である。イギリスにはブレグジット後には大西洋地域ではアメリカとの関係を強化する以外に道はない。日本の方が中国と北朝鮮の脅威の増大もあり、アメリカとの強固な同盟関係の必要性により迫られている。政治理念の観点からは、両国とも民主主義、法の支配、人権を重視している。さらに両国とも自国の国際的地位を科学技術立国に依拠して新興経済諸国との競争に対処している。

他方でイギリスがヨーロッパ域外の主要国と戦略的あるいは経済的なパートナーシップを発展させようという取り組みは停滞している。中でもテリーザ・メイ首相はドナルド・トランプ米大統領の訪英招請に熱心であった。ナショナリストのトランプ氏はブレグジットを大歓迎し、自らの大統領当選直後にニューヨークのトランプ・タワーで英国独立党のナイジェル・ファラージ元党首と会見したほどである。しかしイギリス全土で反トランプ運動が盛り上がり、特に今年6月のロンドン橋テロ事件の折にトランプ氏がロンドンのサディク・カーン市長をテロリスト呼ばわりした時にはそうした気運が高まった。このような事情に鑑みて、エリザベス女王は議会演説でトランプ氏の訪英が延期となったことを示唆した(“Trump's state visit to UK not mentioned in Queen's speech”; Guardian; 21 June, 2017)。他には有望なパートナーとしてインドが挙げられる。しかし英連邦の絆とコモン・ロー法体系は両国の通商合意妥結の決め手にはならない。むしろ重要なことは、イギリスはインドでの金融サービスの自由化を求めているのに対し、インドはイギリスへの自国の学生ビザと企業部署移動を要求していることである(“India dents UK trade hopes with lapsed deal”; Financial Times; April 5, 2017)。またたとえ通商合意が成ったとしても、インドの市場は世界銀行が経済的自由、腐敗、政府の有効性といった諸件について指標で各国と比較した順位がきわめて低いのでリスクも高い(“Pros and Cons: Bilateral Trade Agreement between Post Brexit UK and India”; Euromonitor International; May 5, 2017)。

メイ首相のポスト・ブレグジット外交は大変な難題に直面しているが、1月にはエルドアン政権のトルコを相手に大きな成果を収めた。イギリスとトルコは通商交渉の開始とともに、トルコ空軍向けのTFXステルス戦闘機開発という1億ポンドの商談に署名した (“Theresa May delivers message of support to Turkish president”; Financial Times; January 28, 2017)。両国ともヨーロッパの端に位置し、イギリスがEUを離脱する一方でトルコはEU加盟申請を拒否され続けてきた。しかしイギリスがトルコと経済および戦略的パートナーシップを築き上げようとするなら、特に先のクーデター未遂事件以降は人権蹂躙が懸念される。さらに問題となるのは、エルドアン政権下でのトルコがイスラム復古主義に走り、ロシア、中国、イランと接近していることである。トルコはロシアからS-400対空ミサイルの輸入まで決断した(“Turkey has agreed to buy Russia's advanced missile-defense system, leaving NATO wondering what's next”; Business Insider; July 17, 2017)。そうなると、この国のNATOに対する忠誠が厳しく問われねばならない。

こうしたヨーロッパ圏外のパートナーとの問題を考慮すれば、日本はポスト・ブレグジットのイギリスにとって非常に有望な相手国である。冒頭でのべたように日英両国は重要な国益と政治的価値観を共有している。日英関係の中心となるのは経済である。これが典型的に表れているのは、日産とトヨタがイギリスに設立した自動車工場である。実際にイギリス国内では日本企業1,000社が14万人を雇用している。貿易においてもイギリスは昨年で日本から世界第10位の輸出先である(“Japan has the power to radically shape Brexit”; Quartz; September 4, 2017)。また近年は両国の防衛関係も発展している。メイ首相が8月の首脳会談のため訪日した折、海上自衛隊のヘリコプター護衛艦いずもに小野寺五典防衛相を儀礼訪問したことはきわめて象徴的である(“Theresa May inspects MSDF helicopter carrier at Yokosuka base”; Japan Times; August 31, 2017)。日本が自国の護衛艦に外国の首脳を招くのは極めて異例なことである。しかし日英両国のパートナーシップにはブレグジットをはじめいくつかの問題が障害となりかねない。

まず経済について述べたい。日本政府と財界はイギリスがブレグジットの悪影響をどのように最小化するかを注視している。メイ首相は安倍晋三首相との間で日・EU間の自由貿易協定に基づいた二国間貿易交渉を開始しようとしたが、日本側は友好的な態度とは裏腹に慎重であった。デービッド・ウォレン元駐日大使は、日本はブレグジットに深い疑念を抱いているが、安倍政権は丁寧にもそれをおくびにも出さなかったのだと語っている(“Japan Unimpressed With May’s Brexit But ‘Too Polite’ to Say So” Bloomberg News; August30, 2017)。経済に関する共同声明では、メイ・安倍両首脳は『貿易および投資に関するワーキング・グループ』を設立してブレグジットのリスク軽減をはかり、世界全体での自由貿易を主導してゆくことで合意した(Japan-UK Joint Declaration on Prosperity Cooperation; 31 August 2017)。実のところ、この宣言は日本が昨年まとめた『英国及びEUへの日本からのメッセージ』(英語版)と題される15ページの要望書に基づいたもので、イギリスのメディアには恐るべき警告と受け止められていた。この文書は基本的にイギリスが透明性の高いブレグジット交渉を保証し、自由貿易を維持することを要求している。この目的のため、日本はイギリスとEUの双方に対してブレグジットへの円滑で安定した移行を要請している。個別具体的には、日本は双方にイギリスのEU市場へのアクセス維持、イギリス金融機関への単一パスポートの認定などを要望していた。

日本の要求の核心は金融機関がイギリスに留まれるようなビジネス環境を維持せよということである。それは日本が単一パスポートを強く要求した重要な理由だからである。また、日本はイギリスに高度な知識と技能を持つ労働者の入国の自由を維持し、ヨーロッパでの自国の銀行業界の利益を保証しようとした(“You should read Japan's Brexit note to Britain — it's brutal”; Business Insider; September 5, 2016)。その文書が公表されてからほどなく、現在は王立国際問題研究所に在籍するウォレン元大使は、イギリスは日本が出した苦い薬を受け入れるべきだと主張した。ウォレン氏はアメリカでの保護主義の高まりと自由貿易の行く末に重大な危機感を示していた。また、イギリスが世界の経済大国として残るためには今後もヨーロッパ市場へのアクセスを維持することが必要だとの主張にも同意していた(“Japan Lays Out a Guide to Brexit”; Chatham House Comment; 6 September 2016)。日本にとってはイギリスとヨーロッパでの自国の企業活動の保証が絶対的に必要であるが、この文書はそれ以上のものである。日本は成熟した責任ある経済大国としてブレグジット・ショックが世界経済に及ぼす影響を軽減させる処方箋を提言したので、新興国の立場から幼稚産業保護に固執するインドの対応とは著しい違いを示した。

他方でイギリスが中国、北朝鮮ばかりかISISの脅威まで高まるアジア太平洋地域の安全保障に関与することは、日本の防衛に大いに寄与する。メイ氏と安倍氏はイギリス軍部隊を日本との合同演習に派遣することで合意したが、それは日本の領土で訓練を行なう外国軍としてはアメリカに次いで2番目となる。地域内での脅威に加えて、王立防衛安全保障研究所のピーター・リケット卿はユーラシア全域での中国の一帯一路構想に強い危機感を述べている。リケット卿は日英両国はアメリカに最も近い同盟国として全世界でもアジア太平洋地域でも責任を共有できると主張する(“The Case for Reinforcing the UK–Japan Security Partnership”; RUSI commentary; 13 July 2017)。東アジアの安全保障でのイギリスの役割についてはアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・オースリン氏らアメリカの専門家からも目を向けられ、特に航行の自由作戦への参加が注視されている(“Britain flies into the danger zone: But the risks of getting involved in Asia are worth it”; Policy Exchange; January 12, 2017および“Britain and Japan have a unique chance to reshape the world – they should seize it”; Daily Telegraph; 28 April, 2017)。さらに日英両国は次期ステルス戦闘機の共同開発プロジェクトにも署名し、その戦闘機は日本側でF-3と呼称されることになっている (“Japan-UK Fighter Project Sign Of Closer Defense Partnership”; Aviation Week; March 24, 2017)。イギリスはこれより先にトルコとTFX戦闘機の製造で合意しているので、日本とのプロジェクトではさらに進んだ技術が投入されるだろう。

しかしイギリスが東アジアの安全保障でイギリスが多大な役割を引き受けると期待することは、あまりに希望的観測である。最も重要なことに、イギリスの空母打撃部隊へのF-35Bの配備は2015年の『戦略防衛見直し』による国防費の削減で遅れ、クイーン・エリザベスはアメリカ海兵隊所属の同機を艦載しなければならなくなった。イギリスのメディアはしばしば同艦の巨大さに歓喜しているが、イギリスが42機のF-35Bを揃える予定の2023年までは独自の空母としての能力は完全ではない(“HMS Queen Elizabeth to get first F-35 jets next year”; UK Defence Journal; April 26, 2017)。さらに英海軍はヨーロッパ、中東、その他の地域でも活動しているので、彼らが極東にしっかりと関わることを期待するにはクイーン・エリザベス級空母2番艦のプリンス・オブ・ウェールズの就役を待つ必要がある。空母のローテーションおよびオーバーホールを考慮すれば、イギリスがアジア太平洋地域に着実に関与してゆくには最低でも2隻を備えておく必要がある。数年の間、クイーン・エリザベスは巨大なヘリ空母であり、米海兵隊からのF-35Bがなければ中国による航行の自由侵害や北朝鮮の脅威に対してはそれほど有用にはならない。しかし同艦のヘリコプター飛行隊と指揮命令施設のための巨大な内部空間は東南アジアに浸透してきたISISとの戦いには役立つだろう。イギリスが極東に着実な戦力投射能力を備えて日英の防衛パートナーシップが深まるには、しばらく時間がかかるだろう。

ポスト・ブレグジットのイギリスがどうなるか見通しは不透明だが、メイ政権のグローバル・ブリテンを支援してゆくことが日本の国益につながる。トニー・ブレア元首相らに代表される親欧派がブレグジットの破棄に向けて強く働きかけているが、現時点ではそうした動きが国民的な支持を得る見通しはない。日本はイギリスの内政に介入する立場にはないが、ブレグジット後もイギリスが世界と関わり続けるために好ましい気運を作り上げることはできる。さもなければジェレミー・コービン労働党党首が政権を取りかねない。コービン氏はマイケル・フットの再来と言われている。彼はNATOの解散ばかりか、イギリスがヨーロッパ諸国をロシアから守ることも止めるべきだと言い出した(“Jeremy Corbyn called for Nato to be closed down and members to 'give up, go home and go away'”; Daily Telegraph; 19 August, 2016)。さらに過激な発言を繰り広げるコービン氏は今年5月には王立国際問題研究所で、第二次世界大戦後にイギリスが行なった戦争の大義は全て間違っているとまで言い放った(“Jeremy Corbyn: Britain has not fought just war since 1945”; Independent; 13 May, 2017)。それは歴史に対する彼の凄まじい無知と自虐意識を示している。戦後のイギリスはマラヤ危機、シエラレオネ内戦、コソボ戦争などで世界平和のための軍事介入を数多く行なっている。イギリスがコービン政権になってしまえば、日本の戦略的パートナーとなることは決してないであろう。

この他に現行のグローバル・ブリテンに挑戦を突き付けるのは与党保守党内の反主流派である。中でも親中派のジョージ・オズボーン氏は財務相在任時にイギリスのAIIB(アジアインフラ投資銀行)加盟を推し進め、ヒンクリーポイントおよびブラッドウェル原子力発電所への中国の投資を誘致した。オズボーン氏はEU離脱国民投票の前にはデービッド・キャメロン前首相の最も有力な後継者であった(“The one chart that shows how George Osborne is almost certainly going to be our next Prime Minister”; Independent; 1 September, 2015)。コービン氏もオズボーン氏も好ましい存在ではないので、イギリスがブレグジットを破棄する見通しがない限り、日本はメイ氏あるいは同様な考え方の政治家によるグローバル・ブリテンを積極的に支援してゆくべきである。

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2017年8月30日

マクロン大統領は西側同盟内でフランスの地位を高められるか?

エマニュエル・マクロン大統領はヨーロッパと国際舞台でフランスの地位を高めるうえで、外交能力の高さを示した。何かと物議を醸すドナルド・トランプ米大統領を革命記念式典に招待しての首脳会談を成功裡に終わらせながら、アメリカがNATO諸国に出しているGDP2%の国防支出の要求は拒否して経済を優先することにした。こうした追従も敵対もしないという態度は、マクロン氏がNATO首脳会議の機会にトランプ氏と会談した際に見られた(“The reason behind Macron’s firm handshake with Trump, revealed: He was warned!”; Washington Post; May 25, 2007)。両首脳は互いに相手に強い眼差しを向け、まるで腕力を競い合うかのように相手の手を強く握り締めて握手をした。それはマクロン・トランプ両首脳の関係を語るうえで印象深く象徴的であった。マクロン氏はこれら国際的および内政的な要求のバランスをどのようにとっているのだろうか?

まず、トランプ大統領に西側主要同盟国がどのようにアプローチしているか述べてみたい。ドイツは動向の読めないトランプ政権に依存するよりも、自主独立でヨーロッパ志向の外交政策を追求している。それが典型的に表れているのが、ワシントンでのメルケル・トランプ両首脳会談後の冷え切った記者会見である。他方、イギリスと日本はトランプ氏のアメリカ第一主義がどれほどいかがわしくても、安全保障どころか貿易でさえ対米関係の強化が迫られる立場である。国内での反トランプ世論があろうとも、テリーザ・メイ首相と安倍晋三首相は自国の国際的地位を強化するためにアメリカとの特別関係を維持しようとしている。他方でカナダはドイツと日英の中間のアプローチを採っている。ジャスティン・トルドー首相は移民、難民、政治的自由、ポリティカル・コレクトネス、貿易といった諸問題でトランプ氏とは大きく立場を異にする(“How Trump Made Justin Trudeau a Global Superstar”; Politico; July 1, 2017)。よってトルドー氏はロード・アイランド州プロビデンスで開催された全米知事協会において、マイク・ペンス副大統領と州知事達にNAFTAに懐疑的なトランプ氏を説得して貿易協定を更新するように訴えかけた(“Trudeau, Pence, Elon Musk, and 32 governors all in one room? In Providence?”; Boston Globe; July 14, 2017および“Trudeau urges governors to stand with Canada on trade while agreeing to 'modernize' NAFTA”; CBC News; July 16, 2017)。

マクロン氏のアプローチは他の西側諸国に指導者のものよりトランプ氏に対して積極的で、しかも相手に屈しないものとなっている。ギデオン・ラックマン氏はマクロン氏がアメリカの新政権に対処するうえで強い立場にあると述べている。トランプ氏と初めての握手では穏やかな笑顔をたたえながら、マクロン氏はフランスが自己顕示欲の強い相手に屈しないという姿勢を見せた。マクロン大統領はメルケル政権との連携によって国際主義を推し進めてゆくことを明らかにした。他方でラックマン氏はメイ首相がクローバル・ブリテンを推し進めようにもブレグジットが孤立主義と受け止められているので、世界の指導者達には印象が薄い。しかもナショナリストのトランプ大統領との関係強化を望んでいることで、メイ氏のグローバル志向は疑問視されている(“Emmanuel Macron demonstrates fine art of handling Donald Trump”; Financial Times; July 14, 2017)。メイ氏の立場は安倍氏とも共通するところがある。マクロン氏は自らの強みを活かして米仏友好を印象づけた。さらに重要なことに、トランプ氏は少なくとも外交政策と二国間関係に関しては何も失言をしなかった。

マクロン氏はトランプ氏を革命記念式典で歓待しながら、国防費増額の圧力には従わなかった。しかし問題はトランプ政権だけではない。フランスは独自核戦力を持つばかりか、国家安全保障の課題はNATOへの貢献だけではない。ピエール・ドヴィリエ統合参謀総長は8億5千万ユーロにもおよぶマクロン大統領の国防費削減計画に激しく抵抗し、中東やサヘル地域でのフランスの軍事的関与に鑑みれば昨年のGDP1.8%から2000年の2.6%水準までの引き上げが必要だとの持論を展開した。しかしマクロン氏は財政赤字をEUが定める3%以内に収め、2007年から翌年の世界金融危機以降の財政的制約に対処しようとしている。大統領との確執によってドヴィリエ陸軍大将は辞任に追い込まれた(“Macron takes on the military’s chief, and the military loses”; American Enterprise Institute; July 20, 2017)。

マクロン氏が官僚、実業界、そしてオランド政権の経済相という経歴を積み重ねたことを考えれば経済重視は予期されたことであり、彼の内政および外交政策の全体像を理解する必要がある。パリ政治学院(シアンスポ)のザキ・ライディ教授はマクロン氏の外交政策にはまだ明確な目標はないが、外交での成功の鍵は国内経済になると論評している。前任者のフランソワ・オランド氏は国内経済が良くなかったために、国際舞台でのフランスの地位を高められなかった(“The Macron Doctrine?”; Project Syndicate; July 4, 2017)。マクロン氏は経済相として行なった経済改革をさらに進めるために大統領選挙に出馬した。まずマクロン氏の計画では、労働基準の撤廃による価格引き下げ、生産性向上への刺激、経済的柔軟性の強化が取り上げられている。そうした規制緩和とともに、企業減税による国際市場でのフランスの産業の競争力強化も視野に入れられている(“Will Macron's Overhaul of the French Economy Succeed?” National Interest; July 13, 2017)。

しかし真に問題となるのは、そうした国防費の急激な削減がフランスの国益に合致しているのかということである。マクロン氏は激しい抗争に勝ちはしたものの、人望厚かったドヴィリエ氏を下野させた代価は大きいと、ドイツ・マーシャル基金のマルティン・クエンセス氏は評している。政策形成の過程で大統領から無下にあしらわれた軍部では自分達の職務に対する士気が下がり、それによって安全保障の死活的情報を大統領に伝えることを躊躇するようになるかも知れない(“French Chief of Defense's Resignation a Difficult Start for Macron”; Trans Atlantic Take; July 19, 2017)。フランス国防省所属戦略問題研究所のジャンバプティス・ビルメール所長は、フランスにはヨーロッパ大西洋圏外にもシリア内戦、サヘル地域のテロ、リビアの安定、中国の海洋進出、北朝鮮の核の脅威といった安全保障上の重要課題を挙げている。さらにフランスはロシアの脅威と国内テロへの対処とともに、核兵器の更新近代化もしてゆかねばならない(“The Ten Main Defense Challenges Facing Macron’s France”; War on the Rocks; May 10, 2017)。フランスは国家安全保障でこれだけ多くの課題に対処できるだろうか?もはや問題となるのはトランプ氏ではない。ともかく、マクロン氏は財政赤字が解決すれば国防費を増額するとは言っている(“France in the World and Macron’s foreign policy paradigm”; Aleph Analisi Strategische; 19 July 2017)。

現在の国防費削減案は装備が主な対象となっているが、それによってフランス軍は特に戦力投射能力の面で長期にわたる悪影響を受けかねない。中東とアフリカにおける対テロ作戦での要求水準に鑑みれば、フランスにはより多くの戦車、装甲車、大型輸送機が必要となる(“French President Emmanuel Macron is wrong to cut defense spending”; Washington Post; July 19, 2017)。こうした問題はあるが、マクロン氏は中東とアフリカでの対テロ作戦に積極的な姿勢を示している。ドヴィリエ大将の辞任を受けてマクロン氏が統合参謀総長に任命したのは、マリでEU訓練部隊を指揮したフランソワ・ルコワントル陸軍大将である。国防費の削減はあってもフランスはアフリカでのテロとの戦いに4千人を派兵し、他のヨーロッパ諸国もこれに加わるように要求している(“French Military Spending Squeeze Prompts Top General's Resignation”; VOA NEWS; July 20, 2017)。しかしマクロン政権が約束通りに翌年からの国防費の再増額を果たせないようなら、そうした訴えも偽善的に思われてしまう。いずれにせよ国防支出を再び増額できるほど経済が好転するのがいつになるのかは不透明である。よってフランスは西側同盟の中で微妙な立場にある。

マクロン氏がそうした苦境を解決するための選択肢の一つはイギリスとの国防連携の強化であり、これにはブレグジットも関係ない。最近のウィキリークスが傍受したマクロン氏のメールのやり取りからによると、フランスはEUによるCSDP(共通安全保障防衛政策)を推進すべきか、それともヨーロッパ諸国では国防に最も積極的なイギリスとの軍事提携を維持すべきかを検討しているという。非常に重要なことに、マクロン氏はドイツ主導の欧州統合軍については同国が合同軍事計画に充分な資金を捻出しないことから懐疑的である(“Macron email leak: British military ties to France 'more important' than flawed Germany-EU plan”; Daily Telegraph; 31 July, 2017)。いわば、ドイツはフランスにとって財政的な制約に関して必ずしも頼りにならないのである。ヨーロッパ大西洋圏外ではフランスはイギリスとの方がより多くの利害を共有している。中東では両国ともそれぞれがUAEとバーレーンに海軍基地を保有し、アメリカがアジアに兵力を差し向けた場合には英仏で力の真空を埋めようとしている。またアジアではフランスはイギリスとともに南シナ海での航行の自由作戦に参加している。

そうした諸事情はともあれ、外交政策への取り組みの成否に大きな影響を及ぼすには内政である。現在、フランス国内でのマクロン大統領の支持率は急激に落ちている。不人気の要因の一つには財政規律重視が挙げられる。予算削減は単なる赤字削減ではない。これは政府による公共支出と規制で成長がクラウディングアウトされた民間部門の活性化を意図した政策でもある。しかし以下の『フィナンシャル・タイムズ』紙7月26日付けビデオが語るように、財政規律重視は本質的に不人気な政策である。特に軍、教職員、地方自治体が歳出削減を激しく非難した。ドヴィリエ氏の辞任は国防問題を超えて大きな影響を及ぼしている。さらに、マクロン氏の減税と経済自由化は格差を拡大させる政策だと見なされている。



それ以上に問題視すべきは、共和国前進のマクロニスタが若く経験に乏しいということである。第5共和制においてフランスの政治家のほとんどはENA出身者であるが、マクロニスタは起業家で占められている。彼らの政府での経験不足がフランスの政治を混乱させている(“Macron’s Revolution Is Over Before It Started”; Foreign Policy --- Argument; August 14, 2017)。皮肉にもマクロン大統領はイデオロギー上で正反対の立場にあるトランプ大統領と同じ困難に直面している。マクロン氏は鮮烈なデビューを飾ったが、現在の共和国前進には彼のリーダーシップを再建できるネストルが必要である。マクロン大統領の政策顧問であるジャン・ピサニフェリー氏はこの役割を果たせるだろうか?

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2017年6月 2日

安倍首相はG7で米独の仲介ができなかったのか?

今月のNATOおよびG7首脳会議からほどなくして、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はアメリカとの同盟の妥当性とブレグジット後のイギリスとの継続的な関係に厳しく疑問を呈する発言を行ない、大西洋両岸のメディアと有識者達を驚愕させた(“After G-7 Summit, Merkel Says Europe Can No Longer Completely Rely On U.S. And U.K..”; NPR News; May 28, 2017)。ドナルド・トランプ氏が人格でも政治的見識でもアメリカ史上最悪の大統領であることはわかりきっている。さらに今回のヨーロッパ歴訪ではNATO首脳会議の際にモンテネグロのドゥシュコ・マルコビッチ首相を公衆の面前で無理矢理押し退けたような粗暴な言動によって、トランプ氏がアメリカの恥を晒しただけになってしまった(下記ビデオを参照)。共和党であれ民主党であれ、これまでトランプ氏ほど酷い振る舞いをした大統領はいなかった。



メルケル氏がトランプ氏に抱く憤慨は国際世論で広く共有されている。しかしこうした激しい口調は環大西洋社会で大いに懸念を抱かれている。ギデオン・ラックマン氏はトランプ大統領がNATOおよびG7首脳会議でアメリカの孤立を深めるという致命的な失敗を犯したことは認めながらも、メルケル首相の挑発的な発言については「トランプ氏が大統領に就任して4か月も経つのに、ヨーロッパ諸国も特に防衛上のバードンシェアリングに関して相手側が抱く疑念を払しょくできなかった」として批判している。さらにメルケル氏はイギリスもトランプ政権のアメリカと同列で、利己的な行動で西側同盟の結束を乱していると非難している。実際にはイギリスは気候変動に関してはEU側についているばかりか、NATOにもしっかり貢献している。ラックマン氏が主張する通り、メルケル氏がブレグキット交渉をドイツ有利に運ぼうとしてイギリスと対立し、事実を軽視することは無責任なのである。これではトランプ氏によって大いに傷つけられた、民主主義と人権の価値観に基づく西側同盟を弱体化させるだけになる(“Angela Merkel’s blunder, Donald Trump and the end of the west”; Financial Times; May 29, 2017)。

ラックマン氏が厳しく批判するメルケル氏の「ドイツ版ゴーリズム」は、ドイツの内政とヨーロッパの地域安全保障を反映している。トランプ氏のヨーロッパ同盟諸国軽視の態度はドイツの有権者に苦痛を与えているので、メルケル氏が9月の総選挙で勝つためには反トランプの姿勢を訴える必要がある。またNATO加盟国のほとんどはイギリスなど数ヶ国を除いてGDP2%の国防費という要求を達成できず、そうした国々はドイツに自分達を代表してトランプ政権の圧力に立ちはだかってもらうことを望んでいる。そうした国内情勢および国際情勢から、ドイツのエリート達はトランプ現象とブレグジットを同一視し、アングロサクソン両国に対して大陸での自国の立場の尊重を求めている(“How to Understand Angela Merkel’s Comments about America and Britain”; Economist; May 28, 2017)。ドイツの自主路線追及は文言だけでなく実際の行動にまで及ぼうとしている。メルケル政権は今年に入ってチェコ軍とルーマニア軍をドイツの指揮系統に組みこんで共同防衛を行なうという合意にいたった(“Germany Is Quietly Building a European Army Under Its Command”; Foreign Policy --- Report; May 22, 2017)。ドイツの言動はどれを見ても、トランプ大統領のオルタナ右翼的な世界観への強い警戒感に突き動かされている。

トランプ氏の大統領就任以来の米欧関係を考慮すれば、ドイツとアメリカがG7で熾烈に対立するであろうことは予測できた。G7参加国の中では日本が両国の仲介には最も良い立場にあった。安倍晋三首相はトランプ氏の大統領就任前と就任後に会談し、日本の国家的生存を保証するとともに国際問題への対処での影響力の拡大を目指している。よって日本のオピニオンリーダーの中には、日本はトランプ・ショックを国際的地位向上のチャンスとして利用すべきだとの声もあった。彼らへの賛同の是非はともかく、安倍氏はG7でトランプ氏とメルケル氏の橋渡しをするという重要な役割は果たせなかった。実際に安倍氏はサミットではメルケル氏に次いで経験豊富なリーダーであったが、イギリスのテリーザ・メイ首相とフランスのエマニュエル・マクロン大統領はトランプ氏と同様に初参加であった。しかし北朝鮮による緊急の脅威は非常に重大だったので、安倍氏はヨーロッパのリーダーに極東の安全保障に対する注意を喚起する必要があった。

欧米のメディアも日本のメディアも米欧亀裂の緩和のうえで日本が持つ特別な強みを考慮することはほとんどなかった。しかしこれはメディアだけを叩いても無駄である。安倍氏は自身の関与が疑問視されているにもかかわらず、永田町で森友学園および加計学園事件でのいわゆる腐敗スキャンダルにかかりきりであった。首相はしばしば日常の雑事に忙殺される。国家の指導者に国際政治の大局観を与えて重要な外交行事により良い準備で臨むようにはからうのは、外交など諸問題を管轄する政府官僚機構、知識人、その他ステークホルダーらの役割である。

しかし事態は手遅れではない。まず、日本はG7で面識を持ったマクロン政権との緊密な連絡を模索できる。マクロン氏は大西洋同盟重視で、イギリスに対しても強硬で教条主義的な態度で臨むメルケル氏とは一線を画してブレグジットには柔軟で実務的な合意を主張している(“Macron ‘in favour of a softer deal’”; Times; April 25, 2017)。トランプ政権への過剰なすり寄りと批判された安倍氏だが、そこで得られた経験と相手方との関係構築は外交上の強みともなり、良いパートナーを得られればそれが活かされるだろう。米独両国の仲介という仕事は非常に難しいが、きわめて重要である。たとえトランプ氏が弾劾されても、西側同盟に残された傷はすぐには癒えない。よって、日本はできるだけ早くそれに着手する必要がある。

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2017年3月26日

ドイツは本当に西側民主主義諸国のリーダーになれるのか?

ドイツを人権や自由貿易といった国際的な道義や規範の擁護者として期待できるだろうか?通常ならこのような問いかけをする者はまずいないが、「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ政権の登場は全世界の外交政策有識者を震え上がらせている。アメリカが自らの作り上げた世界秩序から手を引くなら、他の国が取って代わる必要がある。そのように不安定な国際情勢では、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がアメリカのドナルド・トランプ大統領に対して最も厳しい批判勢力として立ち上がり、西側民主主義の価値観を守り抜くよう期待するのも無理からぬことである。先の米独首脳会談で、メルケル氏はドイツがNATOにただ乗りをしているというトランプ氏の主張を敢然と退ける一方で、寛容な入国政策と自由貿易を訴えた(“Opinion: Clumsy Trump meets confident Merkel”; Deustche Welle; 18 March, 2017)。ホワイトハウス訪問からほどなくして、メルケル氏は日本の安倍晋三首相と会談して保護主義に反対する共同メッセージを打ち出したばかりか、日・EU自由貿易協定の構想まで公表した(“Abe, Merkel take stand against protectionism”; Nikkei Asian Review; March 21, 2017)。これら外交成果を見る以前に、クリントン政権期のジェームズ・ルービン元国務次官補は、トランプ氏の自国中心のナショナリズムと無知丸出しの親露的な世界観がアメリカの指導力を低下させる一方で、メルケル氏の経験と知識に対する評価が西側同盟の中で高まっていると論評していた(“The Leader of the Free World Meets Donald Trump”; Politico; March 16, 2017)。

しかしドイツはどう見ても超大国の候補ではない。ハードパワーだけを見れば、ドイツはアメリカよりもはるかに弱小である。2016年ではアメリカのGDPはドイツの6倍である。軍事力ともなると比較にならない。ドイツの真の力は多国間外交にある。フランスとの強固な関係によって、ドイツはヨーロッパ統合の要であった。またNATOとEUがミッテルエウロパ(中欧)に拡大する時代に、ドイツは非常に重要な国である。さらに重要なことにユーロはIMF特別引出権で第2位の通貨であるが、それはドイツの経済力に負うところが大である。ユーロは実質的にドイツマルクだともみなせる。よってドイツが西側民主主義国の有志連合を主導し、トランプ政権のアメリカが自由と民主主義の価値観を踏みにじるようなら、彼らへのカウンターバランスになるように期待しても不思議ではない。しかしドイツがそれほど頼りになるなら、イギリスのテリーザ・メイ首相はもっとソフトなブレグジットを採用したであろう。何よりも、メイ首相がホワイトハウス訪問でトランプ大統領にあれほどすり寄ることもなかったであろう。これはメルケル首相との会談ではトランプ政権の保護主義に警鐘を鳴らした安倍首相についても同様である。何と言っても安倍氏はトランプ氏の大統領就任前に会談をしたほどである。パックス・ゲルマニカがパックス・アメリカーナに取って代わることは、たとえトランプ政権が全ての国際関与から手を引いて大統領自身が認識できる範囲内での国益追求に走ったとしても有り得ない。よって世界でより積極的な役割を担ううえで、現在のドイツの弱点を査定することが必要である。

最も明らかな弱点は大西洋同盟の防衛への貢献である。ドイツの国防費はNATOが目標とするGDPの2%にははるかに及ばず、それがトランプ氏の根拠薄弱なNATO懐疑論に対抗してヨーロッパを結集してゆくだけの指導力の発揮を妨げている。さらに冷戦終結以来、安全保障の課題は中東アフリカ地域のイスラム過激派、サイバー戦争、ロシアの再台頭など多様化している。しかしウクライナ危機以降はドイツでも地域安全保障への意識が高まり、冷戦最盛期から再び国防費の増額に向かっている。これはトランプ政権の圧力とは関係ない (“MP claims increased German defence spending would alarm European neighbours”; UK Defence Journal; March 14, 2017)。EU最大の経済大国であるドイツが軍事力の強化に本気で乗り出せば、ヨーロッパの防衛力は大幅に向上するであろう。しかしドイツの国防力強化はとてもNATOの要求水準を満たすには至らず、依然としてこの国は日本のような平和主義の思考にとどまっている(“Amid Growing Threats, Germany Plans to Expand Troop Numbers to Nearly 200,000”; Foreign Policy --- Cable; February 23, 2017)。

メルケル政権のドイツが無知で無責任で予測不能なトランプ大統領に対して立ち上がるように期待する声もあるが、国際政治情勢は必ずしもこの国にとって好ましいとは言えない。メルケル首相自身がそうした考えを「グロテスク」かつ「馬鹿げている」と言うほどである。第二次世界大戦後のドイツは長年にわたってリベラルな外交政策を採っていたが、対独恐怖症は依然としてヨーロッパ全土に広がっている。西ヨーロッパでの右翼ポピュリズムの台頭に加えてポーランドとハンガリーの専制政治に囲まれたドイツは、一般に思われているよりはヨーロッパで孤立している(“The isolation of Angela Merkel’s Germany”; Financial Times; March 6, 2017)。さらにドイツが経済でのリーダーシップに必ずしも長けていないことは。ユーロ危機で典型的に表れている。特にメルケル氏が行なったギリシアとキプロスの債務危機に対して救済策については、国際世論は何か高圧的で消極的なのではないかと受け止めていた(“Blame Germany for Greece’s uphill euro zone struggle”; Globe and Mail; April 24, 2015 および“Cyprus showcases Germany's clumsy leadership in Europe”; EUobserver; 19 March, 2013)。

ドイツはヨーロッパと世界の秩序を維持するための牽引車にはなるが、単独では何も為し得ない。ドイツの指導力は強固な独仏枢軸によるものである。しかし近年はフランスの国際的な存在感は低下している。国際政治においてインド太平洋地域へのパワーシフトが見られるとはいえ、私は世界第3位の核大国がなぜここまで存在感が希薄になっているのか疑問に思い続けている。ブレグジットが深刻に受け止められているのは、フランスが国際社会の期待に応えていないことも原因の一つである。フランスはIMFでイギリスと同数の投票権を得ているが、EUの予算への貢献度ではイギリスの半分である。欧州委員会が2015年の予算に関して行なった調査によると、イギリスの脱退はEU予算に120億ユーロの損失となるのに対し、フランスの脱退では60億ユーロの損失である。さらに2016年の国防費ではフランスは軍事力の誇示に消極的なドイツとほとんど同額の支出しかしていないが、イギリスはその1.5倍の支出である(“How Brexit Means EU Loses Cash, Influence, Might: Six Charts”; Bloomberg News; February 27, 2017)。独仏タンデム体制が上手く機能したのは両国が相互補完の関係だったからである。しかし冷戦後にヨーロッパの経済および通貨の統合でドイツの力が突出してくると、フランスの存在感は急速に低下した。ドイツがグローバルおよび域内でより強いリーダーシップを発揮するにはフランスの再活性化が必要である。

最も差し迫った問題は、独仏両国も含めたヨーロッパ各国の選挙での極右ポピュリズムの台頭である。幸いにも先のオランダ総選挙では現職のマルク・ルッテ首相がナショナリストのヘルト・ウィルダース氏を破った(“Steve Bannon’s dream of a global alt-right revolution just took a blow”; New Republic --- Minuites; March 15, 2017)。これはフランス国民戦線のマリーヌ・ルペン党首とドイツAfDのフラウケ・ペトリー党首にとって少なからぬ打撃となろう。 フランスの大統領選挙は4月23日および5月7日に行なわれ、中道派でENA官僚出身のエマニュエル・マクロン氏とルペン氏の間で激しく争われそうである(The Amazing Race: Tracking the twists and turns in France’s presidential election”; LSE Blog --- EUROPP; March 9, 2017)。他方ドイツではメルケル氏が9月24日の総選挙に勝利する見通しではあるものの、既存政党への倦怠感とともに寛容な移民政策への不満が高まっている。メルケル氏のキリスト教民主党(CDU)とマルティン・シュルツ氏の社会民主党(SPD)の連立ならAfDを止められるであろう(“When is the German federal election 2017? Will Angela Merkel LOSE power? “; Express; March 16, 2017)。しかしSPDもまた有権者の間に広がる反既存政党の気運に苦しめられている(“Socialist Schulz loses early momentum in German election race”; CNBC; 10 March 2017)。他方で先のオランダの選挙では緑の党が4議席から14議席と大躍進を遂げたことは注目に値する(“GreenLeft proves to be big winner in Dutch election”; Guardian; 16 March, 2017)。緑の党は反ビジネス姿勢ではあるが本質的にコスモポリタンである。こうした政党ならドイツの極右ポピュリズムへのカウンターバランスになるであろう。

ここまで述べてきた国際および内政の課題からすれば、ドイツは独仏枢軸を新時代に適合させる必要がある。かつてドイツとフランスは環大西洋社会での影響力をめぐって米英両国と競合関係にあった。しかし独仏枢軸は進化する必要がある。フランスのゴーリズムはすでに時代遅れであり、NATOもEUも東方に拡大してしまった。よって独仏枢軸が自らをアングロサクソンの優位に対して大陸の声を代表する存在だと見なすことは無意味なのである。むしろ独仏タンデム体制は西側民主主義の再建のためにもっと他国を受け入れ、中でもイギリス、日本、そしてアメリカでトランプ氏の世界観に強く反対している超党派で主流派の外交政策形成者達とも連携してゆくべきである。よってドイツはブレグジットをめぐってのイギリスとの関係も改善しなければならない。日本に関しては、安倍首相が先の歴訪でメルケル首相と共通の価値観と自由主義世界秩序への関与を確認した。さてドイツとそのパートナーの諸国が実際にどのように行動するのかを注視してゆこう。

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