2017年3月26日

ドイツは本当に西側民主主義諸国のリーダーになれるのか?

ドイツを人権や自由貿易といった国際的な道義や規範の擁護者として期待できるだろうか?通常ならこのような問いかけをする者はまずいないが、「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ政権の登場は全世界の外交政策有識者を震え上がらせている。アメリカが自らの作り上げた世界秩序から手を引くなら、他の国が取って代わる必要がある。そのように不安定な国際情勢では、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がアメリカのドナルド・トランプ大統領に対して最も厳しい批判勢力として立ち上がり、西側民主主義の価値観を守り抜くよう期待するのも無理からぬことである。先の米独首脳会談で、メルケル氏はドイツがNATOにただ乗りをしているというトランプ氏の主張を敢然と退ける一方で、寛容な入国政策と自由貿易を訴えた(“Opinion: Clumsy Trump meets confident Merkel”; Deustche Welle; 18 March, 2017)。ホワイトハウス訪問からほどなくして、メルケル氏は日本の安倍晋三首相と会談して保護主義に反対する共同メッセージを打ち出したばかりか、日・EU自由貿易協定の構想まで公表した(“Abe, Merkel take stand against protectionism”; Nikkei Asian Review; March 21, 2017)。これら外交成果を見る以前に、クリントン政権期のジェームズ・ルービン元国務次官補は、トランプ氏の自国中心のナショナリズムと無知丸出しの親露的な世界観がアメリカの指導力を低下させる一方で、メルケル氏の経験と知識に対する評価が西側同盟の中で高まっていると論評していた(“The Leader of the Free World Meets Donald Trump”; Politico; March 16, 2017)。

しかしドイツはどう見ても超大国の候補ではない。ハードパワーだけを見れば、ドイツはアメリカよりもはるかに弱小である。2016年ではアメリカのGDPはドイツの6倍である。軍事力ともなると比較にならない。ドイツの真の力は多国間外交にある。フランスとの強固な関係によって、ドイツはヨーロッパ統合の要であった。またNATOとEUがミッテルエウロパ(中欧)に拡大する時代に、ドイツは非常に重要な国である。さらに重要なことにユーロはIMF特別引出権で第2位の通貨であるが、それはドイツの経済力に負うところが大である。ユーロは実質的にドイツマルクだともみなせる。よってドイツが西側民主主義国の有志連合を主導し、トランプ政権のアメリカが自由と民主主義の価値観を踏みにじるようなら、彼らへのカウンターバランスになるように期待しても不思議ではない。しかしドイツがそれほど頼りになるなら、イギリスのテリーザ・メイ首相はもっとソフトなブレグジットを採用したであろう。何よりも、メイ首相がホワイトハウス訪問でトランプ大統領にあれほどすり寄ることもなかったであろう。これはメルケル首相との会談ではトランプ政権の保護主義に警鐘を鳴らした安倍首相についても同様である。何と言っても安倍氏はトランプ氏の大統領就任前に会談をしたほどである。パックス・ゲルマニカがパックス・アメリカーナに取って代わることは、たとえトランプ政権が全ての国際関与から手を引いて大統領自身が認識できる範囲内での国益追求に走ったとしても有り得ない。よって世界でより積極的な役割を担ううえで、現在のドイツの弱点を査定することが必要である。

最も明らかな弱点は大西洋同盟の防衛への貢献である。ドイツの国防費はNATOが目標とするGDPの2%にははるかに及ばず、それがトランプ氏の根拠薄弱なNATO懐疑論に対抗してヨーロッパを結集してゆくだけの指導力の発揮を妨げている。さらに冷戦終結以来、安全保障の課題は中東アフリカ地域のイスラム過激派、サイバー戦争、ロシアの再台頭など多様化している。しかしウクライナ危機以降はドイツでも地域安全保障への意識が高まり、冷戦最盛期から再び国防費の増額に向かっている。これはトランプ政権の圧力とは関係ない (“MP claims increased German defence spending would alarm European neighbours”; UK Defence Journal; March 14, 2017)。EU最大の経済大国であるドイツが軍事力の強化に本気で乗り出せば、ヨーロッパの防衛力は大幅に向上するであろう。しかしドイツの国防力強化はとてもNATOの要求水準を満たすには至らず、依然としてこの国は日本のような平和主義の思考にとどまっている(“Amid Growing Threats, Germany Plans to Expand Troop Numbers to Nearly 200,000”; Foreign Policy --- Cable; February 23, 2017)。

メルケル政権のドイツが無知で無責任で予測不能なトランプ大統領に対して立ち上がるように期待する声もあるが、国際政治情勢は必ずしもこの国にとって好ましいとは言えない。メルケル首相自身がそうした考えを「グロテスク」かつ「馬鹿げている」と言うほどである。第二次世界大戦後のドイツは長年にわたってリベラルな外交政策を採っていたが、対独恐怖症は依然としてヨーロッパ全土に広がっている。西ヨーロッパでの右翼ポピュリズムの台頭に加えてポーランドとハンガリーの専制政治に囲まれたドイツは、一般に思われているよりはヨーロッパで孤立している(“The isolation of Angela Merkel’s Germany”; Financial Times; March 6, 2017)。さらにドイツが経済でのリーダーシップに必ずしも長けていないことは。ユーロ危機で典型的に表れている。特にメルケル氏が行なったギリシアとキプロスの債務危機に対して救済策については、国際世論は何か高圧的で消極的なのではないかと受け止めていた(“Blame Germany for Greece’s uphill euro zone struggle”; Globe and Mail; April 24, 2015 および“Cyprus showcases Germany's clumsy leadership in Europe”; EUobserver; 19 March, 2013)。

ドイツはヨーロッパと世界の秩序を維持するための牽引車にはなるが、単独では何も為し得ない。ドイツの指導力は強固な独仏枢軸によるものである。しかし近年はフランスの国際的な存在感は低下している。国際政治においてインド太平洋地域へのパワーシフトが見られるとはいえ、私は世界第3位の核大国がなぜここまで存在感が希薄になっているのか疑問に思い続けている。ブレグジットが深刻に受け止められているのは、フランスが国際社会の期待に応えていないことも原因の一つである。フランスはIMFでイギリスと同数の投票権を得ているが、EUの予算への貢献度ではイギリスの半分である。欧州委員会が2015年の予算に関して行なった調査によると、イギリスの脱退はEU予算に120億ユーロの損失となるのに対し、フランスの脱退では60億ユーロの損失である。さらに2016年の国防費ではフランスは軍事力の誇示に消極的なドイツとほとんど同額の支出しかしていないが、イギリスはその1.5倍の支出である(“How Brexit Means EU Loses Cash, Influence, Might: Six Charts”; Bloomberg News; February 27, 2017)。独仏タンデム体制が上手く機能したのは両国が相互補完の関係だったからである。しかし冷戦後にヨーロッパの経済および通貨の統合でドイツの力が突出してくると、フランスの存在感は急速に低下した。ドイツがグローバルおよび域内でより強いリーダーシップを発揮するにはフランスの再活性化が必要である。

最も差し迫った問題は、独仏両国も含めたヨーロッパ各国の選挙での極右ポピュリズムの台頭である。幸いにも先のオランダ総選挙では現職のマルク・ルッテ首相がナショナリストのヘルト・ウィルダース氏を破った(“Steve Bannon’s dream of a global alt-right revolution just took a blow”; New Republic --- Minuites; March 15, 2017)。これはフランス国民戦線のマリーヌ・ルペン党首とドイツAfDのフラウケ・ペトリー党首にとって少なからぬ打撃となろう。 フランスの大統領選挙は4月23日および5月7日に行なわれ、中道派でENA官僚出身のエマニュエル・マクロン氏とルペン氏の間で激しく争われそうである(The Amazing Race: Tracking the twists and turns in France’s presidential election”; LSE Blog --- EUROPP; March 9, 2017)。他方ドイツではメルケル氏が9月24日の総選挙に勝利する見通しではあるものの、既存政党への倦怠感とともに寛容な移民政策への不満が高まっている。メルケル氏のキリスト教民主党(CDU)とマルティン・シュルツ氏の社会民主党(SPD)の連立ならAfDを止められるであろう(“When is the German federal election 2017? Will Angela Merkel LOSE power? “; Express; March 16, 2017)。しかしSPDもまた有権者の間に広がる反既存政党の気運に苦しめられている(“Socialist Schulz loses early momentum in German election race”; CNBC; 10 March 2017)。他方で先のオランダの選挙では緑の党が4議席から14議席と大躍進を遂げたことは注目に値する(“GreenLeft proves to be big winner in Dutch election”; Guardian; 16 March, 2017)。緑の党は反ビジネス姿勢ではあるが本質的にコスモポリタンである。こうした政党ならドイツの極右ポピュリズムへのカウンターバランスになるであろう。

ここまで述べてきた国際および内政の課題からすれば、ドイツは独仏枢軸を新時代に適合させる必要がある。かつてドイツとフランスは環大西洋社会での影響力をめぐって米英両国と競合関係にあった。しかし独仏枢軸は進化する必要がある。フランスのゴーリズムはすでに時代遅れであり、NATOもEUも東方に拡大してしまった。よって独仏枢軸が自らをアングロサクソンの優位に対して大陸の声を代表する存在だと見なすことは無意味なのである。むしろ独仏タンデム体制は西側民主主義の再建のためにもっと他国を受け入れ、中でもイギリス、日本、そしてアメリカでトランプ氏の世界観に強く反対している超党派で主流派の外交政策形成者達とも連携してゆくべきである。よってドイツはブレグジットをめぐってのイギリスとの関係も改善しなければならない。日本に関しては、安倍首相が先の歴訪でメルケル首相と共通の価値観と自由主義世界秩序への関与を確認した。さてドイツとそのパートナーの諸国が実際にどのように行動するのかを注視してゆこう。

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2016年12月12日

ヨーロッパのトランプ対策

トランプ・ショックは国際安全保障に多大な悪影響を及ぼしているが、それはドナルド・トランプ氏がアメリカ第一主義を掲げて同盟ネットワークの破棄さえ示唆し、海外防衛の出費を削減すると息巻いたからである。さらに、トランプ氏はロシアのウラジーミル・プーチン大統領を称賛し、クリミアとシリアでロシアに譲歩しようとさえしている。そのため、ヨーロッパ諸国は共同の地域防衛を真剣に考慮し、ロシアの脅威が増す中でトランプ体制下のアメリカが孤立主義に陥った場合に備えようとしている。

トランプ氏の外交政策で最も危機的な問題は、損益に対する過剰な固執である。アメリカの国防費がNATO全体の70%と突出していることには誰も異論がない。冷戦期よりアメリカの大統領および大統領候補が誰であれ、ヨーロッパ同盟諸国にはバードン・シェアリングを要求している。しかしNATOによってヨーロッパの安全保障を維持することがアメリカの死活的な国益であることに疑問を呈した者は、ほとんどいない。しかしトランプ氏はこうした考え方を一蹴し、アメリカの国力が世界の公共財だとは夢にも思っていない。国際政治に関する彼の極端なゼロサム思考を考慮すれば、ヨーロッパは国防費を増額するとともに、アメリカがアフガニスタン、イラク、バルカン半島で行なった戦争に自分達がどれほど貢献してきたのかを相手にわからせる必要がある。さもなければトランプ氏はロシアやイラン核合意といった問題でヨーロッパ同盟諸国とは強調せず、彼自身が感じ取れる範囲でのアメリカの利益を追求するだけになるだろう。またヨーロッパ諸国はトランプ氏の恐るべき圧力から大西洋同盟を守るためにも、強固な結束を示さねばならない(“Does 'America First' mean EU defence at last?”; Centre for European Reform Bulletin; 22 November, 2016)。

11月30日にベルリンで開催されたNATOの軍事関係者の会議では、ヨーロッパ同盟諸国は自分達の国防費増額が必要だという結論に至った(“Defense spending boost best answer to Trump: EU, NATO officials”; Reuters News; November 30, 2016)。この目的のためにEUは共同の基金を設立し、特に研究と技術革新を推し進めてゆく計画を表明した。それによって新規開発の航空機の単価を引き下げるとともに、域内の軍事産業への支援を行なってゆくことになる。ブレグジットという問題はあるが、イギリスはEUと共同での兵器の研究と調達を検討している(“Spurred by Trump and Brexit, EU plans five-billion-euro defense fund”; Reuters News; November 30, 2016)。イギリスはヨーロッパ有数の軍事大国なので、これは各国の協調による取り組みの強化には重要である。欧州懐疑派と見なされがちなイギリスがトーネードやユーロファイター・タイフーンといった大型の共同兵器開発を主導してきたのに対し、より欧州統合派と見なされてきたフランスはどちらの計画にも参加していない。こうした観点から、域内での共同防衛計画にはイギリスとドイツの協調が鍵となる。イギリスがEUの防衛に関与すれば、日本、オーストラリア、インドといったヨーロッパ圏外の民主国家もそれに何らかの寄与をしやすくなる。日本はイギリス主導のミーティア空対空ミサイルの開発に参加しいている一方で、オーストラリアはBAEシステムズ社にタラニス無人ステルス機の試験場を提供した。ヨーロッパ圏外からも参加される研究開発事業があれば。ヨーロッパが共同防衛でトランプ・ショックに対処するうえでも役立つだろう。

またヨーロッパは、アメリカ国防関係者の主流派がトランプ氏や国家安全保障担当大統領補佐官に指名されたマイケル・フリン氏のような親露的な世界観を共有していないことも銘記すべきであろう。それどころかアメリカの軍首脳部はプーチン政権の攻勢に危機感を強め、ロシアを最も重大な脅威と見なしている。そうした中でヨーロッパはロシアがトランプ氏の就任前にウクライナとシリアで大胆な行動に出るのではないかと懸念している (“The US military now sees Russia as its biggest threat”; Business Insider; December 5, 2016)。またブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は12月6日の上院軍事委員会で、ロシアは極右への支援やシリアからヨーロッパへの難民流出の画策によって西側の政治的伝統への自信に揺さぶりをかけている一方で、アメリカが発揮する力と紛争地域の安定への貢献には懐疑的な声が高まっていると証言した。

上記に述べたように、アメリカの外交および国防政策の関係者の間ではトランプ的な世界観は共有されていない。政権移行チームでは軍人出身者が何人か指名されてはいるが、経歴だけで十把一絡げに論ずるのは単純すぎる。特にフリン氏は陸軍で現役の頃から軍事および諜報の関係者の間では異端児であった。これは次期大統領の外交政策の陣容が奇妙きわまりないことを示す氷山の一角である。トランプ氏には外交哲学もなければ、信頼性のある政策顧問が充分に揃っているわけでもない。大統領職を真面目に務めあげる気なら、最終的には国家安全保障の主流派に頼らざるを得なくなるだろう。ヨーロッパはアメリカの外交政策を担う民主共和両党の主流派とともに行動できる。他の地域のアメリカの同盟諸国も、トランプ・ショックに対処するうえではヨーロッパ諸国と共通の国益を有している。1月20日の大統領就任式以後は全ての見通しが陰鬱ではあるが、何とかしてこの危機に対処する方法はある。


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2016年6月21日

EU離脱はグレート・ブリテンをリトル・イングランドにしかねない

歴史的に見てイギリスはヨーロッパに対して懐疑的であるが、かつてはそれがアングロ・サクソン例外主義と大英帝国の伝統に基づいたものであった。戦後になってイギリスの外交政策は3つの円、すなわちアメリカ、ヨーロッパ、英連邦およびその他の世界との関係が基本となった。過去の欧州懐疑派は英米特別関係と大英帝国以来の英連邦との関係を重視していた。しかし今日のEU離脱派には、そうしたグランド・ストラテジー的な視点はほとんどない。彼らはただ、大陸からの移民の流入とボーダーレス経済の影響を恐れている。そうした内向き志向は、ヨーロッパでの「ドイツの支配」に断固として立ち上がった故マーガレット・サッチャー首相の態度とは到底相容れない。ハーバード大学のニール・ファーガソン教授は5月18日のオーストラリアABCテレビとのインタビューで、トランプ現象もイギリスのEU離脱も2008年金融危機を契機としたグローバル化に対するポピュリストの反動だと語っている。

確かにイギリスはコモン・ローの伝統の国で、ローマ法の大陸諸国とは一線を画している。しかし歴史的に見てイギリスがヨーロッパから孤立していたわけではなく、ビクトリア朝時代の「光栄ある孤立」などは完全に神話である。ビクトリア女王は自らの子や孫の婚姻を通じてヨーロッパの君主や貴族との家族的血縁ネットワークを構築した。その中でも有名な人物と言えば、ドイツ皇帝カイゼルことウィルヘルム2世とロシアのアレクサンドラ皇后である。こうした血縁関係は東アフリカにおける英独植民地獲得競争の平和的解決に大いに役立ち、1886年にビクトリア女王がキリマンジャロ山をカイゼルに譲りながらケニア山の方はイギリスの主権下に置かれることとなった。グローバル化が進んだ現在では、外部世界の国々に対するヨーロッパへの橋頭保というイギリスの役割は大きくなっている。

EU離脱の悪影響は経済から安全保障にまで及ぶ。経済的損失についてはあまりに多く述べられている。JPモルガン銀行によれば、イギリスのGDPは2030年までに本来よりも6.2%低くなってしまう(“Brexit could cost each Briton 45,000 pounds in lost wealth – JPMorgan”; Reuters; April 29, 2016)。また消費意欲も鈍ってしまう。イングランド銀行は国民投票がもたらす不確実性によって企業の活動も鈍るとしている(“Brexit vote uncertainty erodes UK consumer, business confidence”; Reuters; April 29, 2016)。しかしイギリス経済により根本的で永続的な損失となるのは科学研究費の大幅な削減である。イギリスはドイツに次いでEUの科学予算を2番目に多く受け取り、それは自国の研究支出の4分の1に当たる(“UK will be ‘poor cousin’ of European science, Brexit study warns”; Financial Times; May 18, 2016)。中国、インド、ブラジル、ナイジェリア、インドネシアといった巨大な人口を抱える新興国の台頭もあり、科学分野での優位性はイギリスがグローバル市場での競争に勝ち抜くために必要不可欠である。EU離脱によって将来のためにイギリスの経済的基盤は揺るぎかねない。

安全保障でのEU離脱の影響も侮れない。イギリスはNATOが要求するGDP2%の国防費を支出する唯一のヨーロッパ主要国である。またドイツの基本法では積極的な軍事的役割は制限されている。よってヨーロッパの自衛能力はイギリスのEU離脱によって低下しかねない。そして問題となるのは火力だけではない。諜報活動はもっと重要になってくる。イギリスはアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドといったアングロ・サクソン諸国で構成されるファイブ・アイズと情報を共有している。大陸諸国はこのグループに入っていないが、イギリスがEUに留まる限りはこうした国々にも情報分析を提供できる(“The Security Implications of Brexit”; Foregin Policy Association Blog; June 13, 2016)。

逆に、イギリスもEU加盟の恩恵を受けられる。5月に行なわれた議会公聴会では、ジョン・ソーヤー元MI6長官とジョナサン・エバンズ元MI5長官がEU離脱によってヨーロッパ諸国との情報共有、そして究極的には対テロ作戦でのチームワークにも支障をきたしかねないと証言している(“Former British spy bosses say nation's exit from EU would pose threat”; Reuters; May 8, 2016)。アメリカのデービッド・ペトレイアス退役陸軍大将もデイリー・テレグラフ紙に同様な趣旨の寄稿を行なっている (“Brexit would weaken the West’s war in terror”; Daily Telegraph; 26 March, 2016). イギリスの識者の中にはヨーロッパの共同防衛によってイギリスの主権が損なわれ、ひいてはドイツの支配をもたらしかねないと警戒する向きもある(“It is an EU army that could ring about war”; Daily Telegraph; 27 May, 2016)。しかし王立国際問題研究所のロビン・ニブレット所長はイギリスがEUを通じて自国の国益を叶えてきたと指摘する(“Britain, the EU and the Sovereignty Myth”; Chatham House; May 2016)。

イギリスの国際的なパートナーとなっている国々でEU離脱を望む国はほとんどない。アメリカはイギリスのEU脱退によってヨーロッパの自衛能力が低下すると懸念している。そうなればアメリカがロシアに対する防衛上の負担をますます多く背負わねばならなくなる(“The US Has the Right to Argue for Remain”; Chatham House Expert Comment; 20 May, 2016)。またイギリスが引き続きヨーロッパに関与することで、環大西洋および中東地域とアメリカの軍事および諜報パートナーシップには有益となる(“Brexit Would Be a Further Blow to the Special Relationship”; Chatham House Expert Comment; 20 May, 2016)。ドイツもイギリスの残留を望んでいるが、それはフランスへの対抗勢力が必要だからである(“Germany and Brexit: Berlin Has Everything To Lose if Britain Leaves”; Spiegel; June 11, 2016)。イギリスの有権者は日本のような平和主義国家となった現在のドイツを過剰に警戒しているとしか思えない。その他の主要パートナーでは、インド、日本、そして西側との対立が多い中国さえイギリスのEU残留を望んでいる。イギリスのEU離脱を望むのは大西洋同盟の弱体化を目論むプーチン政権のロシアくらいである(“Putin Silently Hopes for Brexit to Hobble NATO”; News Week; June 10, 2016)。

EU離脱論者はEU脱退によってイギリスはヨーロッパとより条件の良い合意を求めて交渉できると言う。しかしトニー・ブレア元首相は4月25日のCNNとのインタビューで、貿易と労働力移動についての新しい合意には、ヨーロッパとの長く膨大な労力を要する交渉を行なわねばならないと述べている。以下のビデオを参照されたい。



実際に、イギリスがEU離脱後にヨーロッパとの新しい関係を構築するための合意に向けて交渉を行なうには全ての事柄を迅速に行わねばならない。1992年にマーストリヒトで署名された欧州連合基本条約第50条によれば、脱退国がEUとの関係を再構築するための交渉期間は2年しか保証されていない。よってそのような制約の下でイギリスがヨーロッパとより好条件な合意を勝ち取れる可能性はきわめて低い(“The seven blunders: Why Brexit would be harder than Brexiters think”; Centre for European Reform Insight; 28 April, 2016)。

アングロ・サクソン諸国のエリート達はグローバル化を牽引してきたが、皮肉にもこの世界秩序に最も強く反旗を翻しているのが大西洋両岸の労働者階級である。アメリカでのトランプ氏の支持者達と同様に、イギリスでもEU離脱派が暴力に訴えてジョー・コックス下院議員を殺害した(“Jo Cox MP dead after shooting attack”; BBC News; 16 June, 2016)。エドマンド・バークが革命期のフランスさながらの混迷に陥った現在のイギリスを見れば、大いに嘆いたであろう。しかし残留派もEU加盟の積極的な利点を訴えられず、離脱派への反論が現状維持を主張するだけだったことについて批判を免れない。そのためグラッドストン時代以来、イギリスを支えてきた開放的で国際主義の理念は危機にさらされている (“E.U. Referendum Exposes Britain’s Political Decay”; Washington Post; June 10, 2016)。それによって6月23日の国民投票は混迷を深めている。


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2016年1月25日

ロールス・ロイス社国有化をめぐる国家と軍事産業の関係

イギリスは海外企業による買収からロールス・ロイス社を救済するために国有化を考慮していると表明した。政府筋によるとロールス・ロイス社の国有化か、さもなければ同社の一部ないし全てをBAEシステムズ 社と合併させるということである。ロールス・ロイスは2014年より船舶および航空エンジン部門の不振から株価が下がっている。アメリカのプラット&ホイットニー社とドイツのシーメンス社がロールス・ロイスの航空エンジン部門を買収しようとしている(“Britain would consider nationalizing Rolls Royce's submarine business – FT”; Reuters; December 14, 2015)。キャメロン政権の政策が国家安全保障政策の立案者達が国家と軍事産業の関係についてどうするかという重大な問題を投げかけているのは、企業の国有化とはきわめて保守党らしくないばかりか、それがオールド・レイバーで失敗した政策だからである。マーガレット・サッチャーがこのことを聞けば驚愕するであろうことは疑いようもないが、それは1987年にこの会社を民営化したのが他ならぬ同首相(当時)だからである。

このニュースが私の目をひいた理由は、佐藤正久参議院議員が最近の論説で日本の防衛産業について問題提起をしていたからである。佐藤氏は企業の国有化が非現実的である以上、日本には防衛産業に小さな国内市場で利潤を挙げさせようという意志と具体的な取り組みが必要だと主張する。そして日本の防衛調達がF35やV22といった輸入兵器の価格高騰に圧迫されていることにも懸念を抱いている(「日本の防衛生産・技術基盤を守れ」;議論百出;2015年12月2日)。防衛産業は戦略的な価値が高く、民間産業とは違って何らかの重商主義的な政策は不可避である。

私がロールス・ロイスを取り上げるのは、この会社と日本の防衛産業には相通じるところが多く、注意深く観測すれば日本だけでなく他の国々で国防政策に携わる者達にとっても非常に有意義だと信ずるからである。日本の防衛企業と同様にロールス・ロイス社も有名軍事企業の間ではそれほど企業規模は大きくないが、高い技術水準である。世界軍事産業ランキング2015年版によるとロールス・ロイス社は15位で収益の軍事依存度は22.60%である。それに対し日本の防衛産業では三菱重工が36位で5.60%の依存度、IHIが91位で4.30%の依存度となっている。そうした軍事依存度の低さは、国防部門に大きく依存している大手軍事産業とは著しい対照を成している。実際に1位のロッキード・マーチン社は88.00%、3位のBAEシステムズ社は92.80%、4位のレイセオン社は97.40%、5位のジェネラル・ダイナミックス社は60.20%、6位のノースロップ・グラマン社は76.70%の収益を軍事部門に依存している(“Top 100 for 2015”; Defense News)。

しかしロールス・ロイス社と上記の日本企業はともに目覚ましい技術開発によって高い評価を得ている。ロールス・ロイスの場合、そのブランドと高い技術が船舶および航空宇宙エンジンから原子炉の部門まで活かされている。イギリス製の兵器は言うにおよばず、外国製に最新鋭兵器にもロールス・ロイス製のエンジンが利用されている。例えばアメリカ海軍のズムウォルト級駆逐艦は同社製のガス・タービンで航行している。また、韓国の国産ステルス戦闘機KFXの一部にもユーロファイター・タイフーンと同じロールス・ロイス製のエンジンが備え付けられることになっている。他方で三菱製のステルス戦闘機ATDX(先進技術実証機)は世界的な注目を集めている。非常に驚くべきことに、三菱製戦闘機にエンジンを提供しているIHIは同じサイズでは推力重量比と燃費効率が欧米製のものを上回るHSE(ハイパワー・ストリーム・エンジン)の開発に成功し、日本の念願である国産戦闘機F3の開発にはずみをつけることになっている(「次期戦闘機エンジン、民間機用に開発応用も 米国製上回る技術、燃費効率が強み」;産経ビズ;2015年3月17日)。

そうした一方で小規模な会社はグローバル化が進んだ世界市場の荒波に対して脆弱である。また、こうした企業の質の高い頭脳は海外どころか敵対的な勢力の手先には格好の買収の対象である。市場機能は時には非常に無慈悲であり、国益や公益に一切の考慮を払わないこともある。しかし国家が戦略的な産業を国有化すべきなのだろうか?1985年から1986年にかけてのウエストランド事件ではマーガレット・サッチャー首相(当時)が市場原理に基づいてアメリカのシコルスキー社によるウエストランド・ヘリコプター社の合併を認めたのに対し、マイケル・ヘーゼルタイン国防相(当時)が同社の所有権をヨーロッパの枠内に収めようと主張した。周知の通りサッチャー側が閣内構想に勝利し、ヘーゼルタイン氏は辞任となった。

冷戦期にはボーダーレス経済と言ってもほとんど西側同盟の中でのことであった。今日では企業はそうした政治的な境界を超えて活動する。例えば中国のハイアール・グループは三洋やジェネラル・エレクトリックといった西側企業の洗濯機部門を買収している。しかし軍事産業は家電産業とは違う。軍事企業が一度でも本国から外国の手に渡ってしまえば、それがたとえ同盟国や友好国の企業による買収であっても、買い取られた企業が敵国に売り渡される危険を秘めている。こうした観点からすればキャメロン政権がロールス・ロイスを外国企業の買収から何としても守ろうとするのは当然である。特に同社の原子力部門はトライデント戦略ミサイル原潜とも深く関わっているだけに、イギリスの国家安全保障のうえで細心の注意が必要な問題である。

ロイター通信のロバート・コール論説員は問題の解決は市場に任せるべきで、たとえ弱くても同社には業績回復の見込みはあると言う。それで上手くゆかないならば、BAEシステムズ社が一部あるいは全社を傘下に収めることも可能で、その方が国有化より好ましい。BAEは自社の事業を民間部門に多角化し、イギリス、アメリカ、サウジアラビアの国防関連事業への依存度を下げることができる(“BAE deal beats Rolls-Royce nationalization”; Reuters; December 14, 2015)。この案は国有化よりはましだが、たとえBAEによる合併であってもロールス・ロイスの分解は両案とは思えず、同社の技術が自動車から航空および海洋エンジン、そして原子炉まで相互に深く関わりあっていることに留意すべきである。デイリー・テレグラフ紙のジェレミー・ウォーナー氏はロールス・ロイス社が顧客からの多様な要求を満足させられるのは独立でエンジンの専門性が高いメーカーだからだと主張する。大手企業に飲み込まれてしまえばロールス・ロイスはオーダーメイドに応えられる専門性という利点を失ってしまう。それではペンタゴンのような同社の優良顧客にとって魅力がなくなってしまう(“BAE in Rolls Royce merger? Let’ not go there”; Daily Telegraph; 16 January, 2015)。

グローバル化が進む経済において、小規模ながら戦略的に重要な企業のイノベーション意欲と高い士気を保つ一方で、そうした企業を熾烈な競争や敵対的な投資家から守ってゆくのは難しい課題である。ウエストランド事件から何らかの教訓は得られるかもしれないが、過去は過去である。日本の場合、三菱重工あるいはIHIの業績が悪化してもBAEシステムズのように敵対的な投資家に対抗するホワイト・ナイト役を引き受けられるような巨大軍事企業は存在しない。日本政府はこうした企業が外国からの買収の脅威に直面した時には46位の川崎重工や66位のNECなどとの合併に向けた行政指導を行なうべきだろうか?しかし日本の企業は民間部門への依存度が高く、川崎は11.20%、NECは3.50%を防衛部門から収益を挙げているだけである。こうした事実に鑑みて、日本企業が防衛省に従うインセンティブはあまり高くないように見受けられる。

軍事産業はあまりに戦略性が高く、教科書通りに市場経済の原則を当てはめられない。こうした企業への支援と国益の確保のために、民間の公共事業においても政府が軍事企業を優遇するという施策はどうであろうか。その典型的な事例を挙げれば、キャメロン政権が国有化という手段に訴えてまでロールス・ロイス社を守りたいのであれば、ヒクリー・ポイントとブラッドウェルの原子力発電所の再建に人民解放軍との深い関係が懸念されるCGN(中国広核集団)の入札を受け入れたことは理解しがたい。そこまで言うならイギリスの看板とも言うべき企業を特別に優遇すべきであった。ロールス・ロイス社の一件は現在進行中で、各国の国防政策関係者にとっても注目に値する。それはこの会社が富裕層の玩具メーカーをはるかに超えた存在だからである。

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2015年12月20日

パリ同時多発テロ後の世界

パリ同時多発テロによって、国際社会はテロとの戦いがもはやアメリカの戦争にはとどまらないことを自覚した。これは9・11同時多発テロの時に気づいておくべきで、イラクとアフガニスタンの戦争でアメリカ主導の多国籍軍への批判どころではなかったはずである。特にこの事件はヨーロッパの安全保障と全世界での対テロ連合に影響を与えている。

ヨーロッパの安全保障に関して言えば多くの人々が犠牲者への哀悼と連帯を示したものの、テロ攻撃への反応は分かれている。フランスは9・11後のアメリカと同様に即座に対応した。イギリスも同時多発テロを深刻にとらえてイラクで行なっているISISへの空爆をシリアにも拡大することを決定した。そうした中で軍事小国は消極的平和主義国家だったかつての日本のようにISISとの戦いに関与を躊躇し、イスラム教徒の難民を排除している。11月17日にフランスのジャン=イブ・ル・ドリアン国防相がEU加盟国に負担分担を求めた際に、他の加盟国の関与は文言の上にとどまった。イギリスだけが本気で応じてきた(“Despite Initial Solidarity, Paris Attacks Will Deepen Europe’s Divisions”; World Politics Review; November 19, 2015)。キャメロン政権はキプロスのアクロティリ英空軍基地をフランスに提供した(“Brits offer Cyprus base to French”; Defense One; November 23, 2015)。

オランド政権がブッシュ政権のように行動していることは、イラク戦争に当時のドミニク・ド・ビルパン外相が激しく反対したことを考えれば何とも皮肉である。今や保安官の役割を担うフランスは消極的で無責任なバーマスターとして振る舞うヨーロッパの友好国に不満を抱えるようになっている。欧州共同防衛への道がとても遠いものであることはイギリスの脱EU運動にも見られる通りであり、英仏協商の再来はヨーロッパの安全保障が国民国家志向になっていることを示している。ヨーロッパ内での分裂は各国の国益と能力の違いを反映している。その国の軍事力が強力であるほど、テロの脅威をより深刻に受け止める。究極的には軍事介入によって彼らの拠点を一掃して油田や人身売買などの収入源を絶つ必要がある。にもかかわらず軍事的に弱小な国々は戦争による死傷者、予算増大、反戦運動の圧力といったリスクを避ける傾向がある。こうした国々は軍事大国に負担を負わせたがっている。シリアでの戦争が激化し長期化するようならヨーロッパ内部の分裂はさらに大きくなるだろう。

全世界レベルでは強固な反ISIS前線はない。イラクとアフガニスタンでのテロとの戦いからシリアの泥沼化が懸念されるので、フランスのフランソワ・オランド大統領がパリ同時多発テロからほどなくしてモスクワでロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会見した際にはロシアやイランをも含めた世界的な連合が模索された(“Moscow is ready to coordinate with the West over strikes on Syria, Putin says”; Washington Post; November 26, 2015)。しかしロシアもイランも重要な戦略目的を西側と共有しているわけではない。両国がISISを相手に戦うのはアサド政権あるいは別の傀儡政権を支援するためであって、両国とも過激派の根拠地一掃などには関心はない。両国とも域内で西側の影響力を弱め、不安定化を利用して自分達の勢力拡大を狙っている。アメリカン・エンタープライズ研究所にある重大脅威プロジェクトのフレデリック・ケーガン氏とキンバリー・ケーガン氏はアサド政権の存在で行き場を失ったシリア国民がテロ集団に流れ込み、ISISを過激化させていると論評している(“What to do and to don’t in response to the Paris attacks”; AEI Critical Threats; November 15, 2015)。

ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、バラク・オバマ大統領がロシアをアメリカ主導の反テロ連合に招いたことを積極的に評価(“Foreign Minister Sergey Lavrov’s interview with Rossiya Segodnya,”; Foreign Policy News, Ministry of Foreign Affairs of Russia; 11 December, 2015)しているが、アメリカ財務省はロシアが支援するアサド政権はISISと交戦していながら彼らにとって最大の石油顧客だという事実を公表した(“US official details who’s buying the bulk of ISIS oil”; New York Post; December 10, 2015)。さらにロシアのスホイ34フルバック戦闘機はシリア空爆の経路を確保するためにイランの空軍基地を使用し、Tu95ベア、Tu160ブラックジャック、Tu22バックファイアといいた爆撃機にいたってはイランの戦闘機の護衛を受けている(“The Russo-Iranian Military Coalition in Syria may be Deepening”; AEI Critical Treats; December 14, 2015)。 ここでもフレデリック・ケーガン氏はロシアとイランの枢軸に警鐘を鳴らしている。実際にイランは核合意が結ばれてから2度目の弾道ミサイル実験にガドル110を打ち上げた (“Iran violated nuclear deal with second ballistic missile test last month, U.S. officials say”; UPI News; December 8, 2015)。明らかにそれはイラン版のモンロー・ドクトリンであり、中東でのシーア派支配と欧米の影響力排除の宣言である。

さらに言えばプーチン政権が重視していることがNATOの弱体化であることはロシアとトルコの衝突に典型的に表れている。アサド政権への支援のためにロシアはシリア国内のトルクメン人居住地域を空爆してトルコを刺激した。11月24日にトルコ軍のF16がロシア軍のスホイ24を撃墜したのも無理はない(“Russo-Turkish Tensions Since the Start of the Russian Air Campaign”; AEI Critical Threats; November 24, 2015)。トルコのアフメット・ダウトール首相はロシア軍のシリア駐留によって「目的が違う別々の2つの同盟」の衝突の危険が高まっていると述べている(Turkey: “Additional accidents are likely to happen”; Jerusalem Post; November 29, 2015)。今回の撃墜事件以前にも、イラク上空で作戦任務に従事するイギリス空軍のトーネード戦闘機がシリア上空のロシア空軍機との交戦という不測の事態に備えて対空ミサイルを配備したことで英露が対立している (“Cold War 2015: Russia 'FURIOUS' after RAF pilots cleared to shoot down Moscow warplanes”; Daily Express; October 13, 2015)。

そうしたシリア周辺の危うい状況に加えて、ロシアとトルコの地政学的競合関係も重要である。ロシアはイラン、イラク、シリアと緊密な関係である一方で、トルコはアゼルバイジャンと深い関係にある(“Turkish-Russian war of words goes beyond downed plane”; Al Jazeera; December 9, 2015)。歴史的にロシアはトルコをヨーロッパに対する緩衝地帯としてきた(“The Czar vs. the Sultan”; Foreign Policy; November 25, 2015)。プーチン大統領がこの機をとらえてトルコにもジョージアやウクライナに対するのと同様に圧力をかけたことは、何の不思議もない。事件を契機にロシアは東地中海に対空ミサイル巡洋艦モスクワを派遣し(“Russia deploys missile cruiser off Syria coast, ordered to destroy any target posing danger”; RT; 24 November, 2015)、シリアにS400対空ミサイルを配備(“New Russian surface-to-air missiles in Syria, DoD confirms”; Military Times; December 1, 2015)したが、それはすでに当地に配備済みとも伝わるS300よりも新鋭のミサイルである(“America's Worst Nightmare in Syria: Has Russia Deployed the Lethal S-300?”; National Interest; November 5, 2015)。

プーチン政権によるトルコへの圧力はもっと懸念すべきである。これらのミサイルに付随するSA17という新鋭の防空システムによって、ロシア軍のレーダーはシリア上空の米軍機を監視している。アメリカ側は有人機の飛行を当面停止してロシア軍の防空システムへの対処を模索している(“New Russian Air Defenses in Syria Keep U.S. Grounded”; Bloomberg News; December 17, 2015)。トルコの周辺事態はウクライナ化している。しかしトルコ自身にも原因はある。エルドアン政権はイスラム主義に走って欧米との関係を緊張化させた。ケマル主義から逸脱したトルコは中国からHQ9防空ミサイルの購入さえ試み、日本を含めた西側諸国全てを慌てふためかせた。プーチン大統領はこの機を逃さなかった。相手がポーランド、バルト三国、ルーマニアといったNATOの忠実な加盟国であれば、ここまで挑発的な振る舞いはなかったであろう。プーチン政権の危険な拡張主義はしっかり念頭に置くべきであり、共和党のマルコ・ルビオ大統領候補は、パリ同時多発テロを機にアメリカ主導の多国籍軍によるISIS掃討を支援するためにトルコの対クルド関係と報道の自由に改善が見られると指摘する(“Why We Must Stand Up for Turkey and Against Russian Aggression”; World News.com; December 1, 2015ないしこちら)。

パリ同時多発テロによって世界の動向は不透明度を増している。大西洋の両側での分裂はヨーロッパ内部に移っている。恐怖に駆り立てられた小国は移民を排除するだけでテロ掃討に本格的に貢献しようとはしない。フランスやイギリスのような軍事的能力のある国だけが責任ある行動をしている。こうした亀裂によってヨーロッパ諸国民が地域統合に疑問を抱くようになるのは、イギリスの脱EU運動にも見られる通りである。ロシアとイランをも含めた大連合などは、両国とも中東からの欧米勢力の駆逐とNATOの解体という地政学的野心を抱いている事態ではほとんど実現性がない。ロシアもイランも西側の弱点に付け込もうと虎視眈々と狙っている。このことを忘れてはならない。


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2015年11月25日

英中「黄金時代」にどう対処すべきか?

去る10月にイギリスは中国の習近平国家主席を迎えて両国の「黄金時代」の幕開けを称えた(“China, Britain to benefit from 'golden era' in ties – Cameron”; Reuters; October 18, 2015)。他方で人権活動家達は中国によるチベット抑圧を非難し、王室も習氏に皮肉を込めた対応をした(“Chinese president meets Queen as anger over human rights and steel overshadows state visit” Daily Express; October 20, 2015)。しかし政策的観点から言えば、最も重大な懸念はブラッドウェルとヒンクリー・ポイントでの原子力発電所の建設である。英中原子力合意に対する我々の対応を模索する前に、イギリスの外交および内政政策の背景を述べたい。

まずイギリスの外交政策上のバランス変更を理解する必要がある。現在、イギリスのメディアではデービッド・キャメロン首相がEU加盟の是非を問う国民投票を示唆する状況から、Brexit(Britain+Exit)すなわち脱EUが取り上げられている(“EU referendum: Brexit will become a real danger if David Cameron fails to secure reform deal”; Independent; 9 November, 2015)。イギリスはEU域内の移民問題に不満を抱え、新たな市場もユーロ圏ではなく特にアジアを中心とした新興諸国に求めている。これはイギリスが英連邦諸国と伝統的な関係があり、しかもその中でもインド、マレーシア、シンガポール、南アフリカ、ナイジェリアといった国々は新興経済諸国の代表的存在である。アメリカがアジアへの「転進」(pivot)あるいは「リバランス」を語る一方で、イギリスはアジアの最優先化(reprioritisation) に取りかかっている。これはキャメロン首相が2013年のインド訪問の際に大規模な財界代表団を引き連れたセールスマン外交に典型的に表れている (“Cameron bats for British trade with India”; Financial Times; February 18, 2013)。インドのナランデラ・モディ首相が訪英した際には、2002年のグジャラート州暴動時に州首相としてイスラム教徒への対応が不評をかったことには触れず、ひたすら投資を求めた(“Cameron to welcome Modi to UK despite misgivings by Indian Muslims”; Financial Times; July 12, 2015)。人権活動家達はキャメロン首相を批判するであろうが、外交政策はすでに習主席のロンドン訪問以前に「市場志向」であり、そうした外交方針はイギリスの歴史的本能に基づいたものである。

中国との商業上の合意は物議を醸しているが、それに評価を下すにはイギリスが特にヨーロッパとアジアの間で自国の立場をどう見ているかを理解する必要がある。今年の10月に英国王立国際問題研究所は『イギリスとヨーロッパと世界』(“Britain, Europe and the World: Rethinking the UK’s Circles of Influence”)と題する報告書を発行し、イギリス外交で3つの課題を挙げている。それはまずグローバル化による経済競争の激化、次にロシアや中国との地政学的競合から中東と全世界で台頭するイスラム過激派といった脅威の多様化、そして国連、国際金融機関、NATO、EUといった国際機関が時代に合わなくなったことによる構造改革である。これらの課題に鑑みて、その報告書ではイギリスは米中のパワー・バランスの動向に適応してゆかねばならないと記している。そこでイギリスがどのように適応しているのかを見てゆく必要がある。

キャメロン政権はブレトン・ウッズ体制が今世紀のパワー・バランスの変化に応じて更新される必要があると見ているので、イギリスは中国に人民元の国際化について助言を行なっている。非常に重要なことにBRICおよびMINT諸国へのイギリスの輸出は伸び悩んでいるが、その中で中国向けだけは2011年から2014年にかけて2倍に増加している。東シナ海および南シナ海での米中衝突は安全保障上の懸念材料ではあるが、王立国際問題研究所のロビン・ニブレット所長は中国をめぐるイギリスの国益と能力はアメリカのそれとは違うと、以下にある10月19日収録のオーディオで述べている。ニブレット氏の議論の焦点はイギリスの影響力をいかに維持してゆくかである。戦後のイギリス外交では、自国をアメリカ、ヨーロッパ、そしてその他の世界という3つの円のハブだと位置づけてきた。この内、その他の世界を代表するのが英連邦、中東、中国、日本といった地域や国々である。しかしニブレット氏は大西洋の架け橋というイギリスの役割は弱まっており、実際にアメリカはロシア封じ込めにはバルト海諸国を注視しているばかりかイギリス自身もユーロ圏に入っていないと言う。ニブレット氏はさらに、国連、ブレトン・ウッズ体制の国際金融機関、そしてG7といった国際機関の影響力低下は、そうした機関で重要な地位を占めるイギリス自身の影響力に多大な制約となっているとも評している。よってニブレット氏はイギリスは中国との関係強化によって外交政策上の優先事項を再考し、国際機関を再建する必要があると主張している。



ニブレット氏の見解は深い分析と冷静なリアリズムに基づいているが、それでも私はイギリスの過剰な対中関与には異を唱えたい。歴史的に見て、イギリスは台頭する大国を受け入れて世界での影響力を維持しようとしてきた。ビクトリア朝時代にはソールズベリー侯爵が米独両国との良好な関係に努めた。しかしのちにドイツと敵対するようになったので、そうした政策は続かなかった。こうした観点から、我々は英中黄金時代には疑問を呈さねばならない。イギリスのアジアインフラ投資銀行加盟には、王立国際問題研究所の論文とニブレット氏の発言に鑑みてある程度の合理性はあるだろう。原子力合意のリスクと安全保障上の意味合いはAIIB加盟どころではないほど重大である。

また安全保障と環境の懸念を乗り越えて原子力合意にいたった、キャメロン政権内でのジョージ・オズボーン財務相の役割にも注意するべきである。オズボーン氏が今年の9月に貿易拡大のために中国を訪問した際に、人権問題にあまり触れなかったことを感謝された(“Osborne praised for 'not stressing human rights' in China”; BBC News; 25 September, 2015)。オズボーン氏がイギリスを中国主導のAIIBに加盟させた張本人であることを忘れてはならない(“George Osborne talks up growth on visit to Beijing”; Daily Telegraph; 20 September, 2015)。元MI6作戦情報局長のナイジェル・インクスター氏は中国の巨大市場への参入機会を逃すまいとばかり考えるオズボーン財務相の見解に警告を発している。他方でオズボーン氏は二国間貿易の拡大とともに中国からのインフラ投資Mも求めている。ウエストミンスターでの党利党略から、保守党の議員達は不本意ながらオズボーン・ドクトリンに引き込まれている(“China and 'the Osborne Doctrine'”; BBC News; 19 October, 2015)。このドクトリンの根本的な考え方は、イギリスが国際舞台で重要な地位を保ち続けるには急成長の中国と強い関係を築くことが絶対に必要だというものである。まさにこうした理由から、オズボーン財務相はイギリスを西側で中国の最友好国にしようとしている(“An interview with George Osborne”; September 24, 2015)。

オズボーン氏とインクスター氏の亀裂はキャメロン政権の政策的優先事項を反映しているかも知れない。キャメロン首相はイギリスの貿易と投資の拡大に熱心な一方で、予算的合理性のために国防を犠牲にしたことはスコットランド海空域へのロシア侵入に見られる通りである。レイモンド・オディアーノ米陸軍大将はこれに重大な懸念を表明し、3月のウエストミンスターは大騒ぎとなった。キャメロン首相がNATOの設定したGDP2%ラインを満たしているとしているイギリスの国防費は、実際には縮小し続けている(“Britain's Promise to America: We'll Spend 2% on Defense”; Motley Fool; July 25, 2015)。

中国との原子力合意は脱EUの動きを反映する一方で、背後でのフランスの関与も見逃せない。英中合意を前に、EDF(フランス電力会社)とCGN(中国広核集団)が核燃料の加工および再処理の施設建設に向けた協力強化の合意に調印した(“China, France further strengthen their nuclear cooperation”; World Nuclear News; 1 July, 2015)。中国によるブラッドウェルとヒンクリー・ポイントでの原子力発電所建設ではEDFが一役かっている(“Chinese investment in British nuclear power is fueling concerns”; Washington Post; October 20, 2015)。原子力エネルギーは国家安全保障のうえでも細心の注意を払うべき問題なのだが、中国の公共企業は一般に思われているよりも早くからヨーロッパに入り込んでいる。

これらの問題に取り組むに当たって、我々はイギリス国民の間で環境や安全保障といった問題意識を共有する人々に自らの見解を訴えかけるべきである。特に原理力の安全性は福島原発事故を機に世界的な関心事となっている。中国は自分達が建設する原子力発電所を西側への産業ショーウィンドーにするつもり(“Osborne expected to back Chinese nuclear power station in Essex”; Guardian; 21 September, 2015)だが、イギリスの環境活動家や現地住民は中国企業が西側の基準を遵守してブラッドウェル河口地域の生態系を守るかどうかを憂慮している(“Chinese-built reactor at Bradwell could have 'major impact' on estuary”; Guardian; 19 October, 2015)。

さらに重大な懸念材料は、CNGが他の多くの中国企業と同様に人民解放軍と緊密な関係にあることである。中国人技術者はハッキングでも従来からのスパイ行為によってでも、機密性の高い先端技術を盗み取ることができる。忘れてはならないことは、プーチン政権の秘密工作員がロンドンのロシア人社会に潜んでアレクサンドル・リトビネンコ氏を殺害したことである。ブラッドウェルとヒンクリー・ポイントの原子力発電所は、次のリトビネンコ事件のために中国人スパイを匿うトロイの木馬にさえなりかねない。中国がBAEシステムズ社からF35戦闘機の情報を盗み出したことはあまりにもよく知られている (“After latest F-35 hack, Lockheed Martin, BAe Systems, Elbit under multiple cyber attacks….right now.”; Aviationist; March 14, 2012)。それは氷山の一角かも知れず、中国はBAEシステムズからクイーン・エリザベス級空母や多種多様なミサイルなどさらに多くの情報もハッキングしたと疑ってもよい。元MI6高官のインクスター氏は、中国はハード・パワー志向で躊躇なく国益を押しつけてくるのでイギリスが弱みを見せるとそこにつけ込んでくると指摘する。オズボーン財務相とフィリップ・ハモンド外相は、イギリスは背後で中国に影響力を行使してゆくと主張するが、両閣僚が言うほど事態は容易ではない。

さらに言えば、この原子力合意はイギリスが日米およびNATO同盟諸国とともに、安全保障情報の漏洩を恐れてトルコと韓国に中国製のHQ9防空ミサイルの輸入を止めるように説得した行為とは矛盾する。また、どうしてイギリスがこれほどの物議を醸しながら中国に原子力発電所の建設を頼み込まねばならないのか?イギリスは科学技術立国であり、英国病の最中にあった時代でさえ国民はそのことに誇りを抱いていた。アスチュート級潜水艦でも証明済みだがイギリスには高い原子力技術がある。政府は自国の企業と契約してイギリス人の技術者を雇う気がないのだろうか?公共投資による雇用創出と経済刺激策には、この方がずっと合理的である。

我々は英国内の反対派と共鳴してキャメロン首相とオズボーン財務相にこうした環境及び安全保障上の懸念を述べねばならない。特にオズボーン氏はキャメロン首相後継者の最有力候補であり、2012年5月に行なわれたキャメロン氏とダライ・ラマの会談からイギリスの対中政策を転換させた人物でもある(“The one chart that shows how George Osborne is almost certainly going to be our next Prime Minister”; Independent; 2 September, 2015)。日米両国はオズボーン氏に対して、トルコと韓国による中国製防空システムの導入に西側諸国がこぞって抗議したような強いメッセージを伝えなければならない。労働党のジェレミー・コービン党首は中国の人権侵害を非難した("Nuclear deals with China could endanger UK national security, says Labour"; Guardian; 16 October, 2015)が、先の総選挙では労働党は従来からの選挙地盤であったスコットランドでSNP(スコットランド国民党)に大敗を喫するなど壊滅的な打撃を受けた(“Election 2015: SNP wins 56 of 59 seats in Scots landslide”: BBC News; 8 May 2015)。彼らがキャメロン政権を引き継ぐとは考えにくい。このままではイギリスでの中国の影響力はさらに強まるであろう。

よって我々はオズボーン財務相がイギリスと世界の安全保障をどう考えているのか説明を求めねばならない。またEDFを通じた「フレンチ・コネクション」も問題視すべきである。ヨーロッパへの中国勢力の浸透は非常に深いものだが、核安全保障での人民解放軍の影響は深刻化しないうちに排除ないし最小化されるべきである。最後に、イギリスの政策形成者達が環大西洋圏で自国の地盤沈下がそれほど深刻だと認識しているなら、その他の世界を代表するのが中国でなく日本ではいけないのかを問いかけたい。究極的に、イギリスと安全保障上の負担を分かち合えるのは日本であって中国ではない。科学技術の分野では日英パートナシップの方が英中パートナシップよりはるかに成果が期待できる。我々はこの原子力合意をもっと警戒すべきである。


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2015年6月11日

ネタニヤフ・キャメロン外交からアメリカの同盟諸国への教訓

去る3月11日にグローバル・フォーラム・ジャパンが主催した日米対話において、慶応大学の宮岡勲教授と細谷雄一教授が同盟に関するいくつかの理論的な概念について言及した。特に他国への「巻き込まれ」および他国からの「見捨てられ」のリスクは非常に重要である。通常は脅威の認識に食い違いがある時には強い同盟国が弱い同盟国に自国の立場を押しつけると思われている。しかしアメリカ海軍大学のジェームズ・ホームズ准教授は全く正反対の事態が起こり得るとしている。弱小な同盟国は同盟の盟主の力を最大限に利用して自国の国益の伸長をはかるのに対し、強大な同盟国は対立国と対決のリスクを冒そうとは思わない。これはペロポネソス戦争の直前にスパルタとの対戦を促すケルキュラの要求を前にアテネが直面したジレンマである(“Thucydides, Japan and America”; Diplomat; November 27, 2012)。

上記でホームズ氏が言及したツキジデスの引用は、アメリカと同盟諸国の関係をどのように調整するかを理解するうえで非常に有益な示唆を与えてくれる。特にイランの核の脅威に関してイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とバラク・オバマ大統領の間で最近見られる見解の不一致は、世界各国の政策形成者達に重要な教訓を与えるだろう。オバマ氏との関係は良くないものの、ネタニヤフ氏はアメリカでも敵対勢力への宥和に走るホワイトハウスに強い懸念を抱く政策形成者達と中東の安全保障に関する理解を共有している。他方でイギリスのデービッド・キャメロン首相はオバマ大統領ときわめて良好な関係にあり、「よお兄弟(bro)」と呼ばれるほどである。しかし真面目な政策形成者はイギリスの軍事的能力を低下させているキャメロン氏の国防政策に批判的である。両指導者の著しい違いは我々が学ぶべき教訓を与えてくれるだろう。

まずベンヤミン・ネタニヤフ氏について述べたい。この場合、問題はイランの核の脅威に関するオバマ政権との認識の相違と、アメリカ国内の党派対立である。以下の点が主要な論点となる。第一は核協定自体の効果で、それというのもこれが一時的なものだからである 。第二の点は核拡散を超えたイランの脅威そのものの性質である。両方の論点ともに、オバマ政権がイランによるシーア派過激勢力支援の直接的な脅威を受けているイスラエル、サウジアラビアおよびその他湾岸アラブ諸国といった中東の同盟諸国とパーセプション・ギャップを抱えていることと深く関連している。いわば中東の同盟諸国はオバマ氏が自分達をケルキュラ扱いしているのではないかと疑念を抱いている。そうした中で共和党および民主党の一部は、トム・コットン上院議員が47人の署名を集めてアリ・ハメネイ最高指導者に核協定とそれが中東の安全保障に及ぼす波及効果への反対の意を示した公開書簡を宛てた一件に見られるように、こうした国々と懸念を共有している。最後の論点が事態をさらに複雑にするのはロシアと中国が核協定後のイランに関わってくるからである。例えばロシアはイランにS300対空ミサイルを売却しようとしているが、それがイスラエル、アラブ諸国そしてキャピトル・ヒルから由々しく思われている。ネタニヤフ氏の議会演説からほどなくしてワシントン近東政策研究所のロバート・サトロフ理事は、ネタニヤフ氏はオバマ氏に対してISISとの戦いよりもイランによる中東支配に戦略的な優先順位を置くようにと訴えたと評している。核協定自体についてサトロフ氏はイスラエルと欧米に諜報成果の食い違いを指摘し、アメリカはイスラエルをはじめとする中東の同盟諸国とのパーセプション・ギャップを解消してイランの不正行為を阻止せよと主張している。以下のビデオを参照されたい。


ネタニヤフ首相によるアメリカ議会演説。2015年3月3日


ロバート・サトロフ氏のインタビュー。2015年3月3日


核協定に関して、反対派はウラン濃縮と遠心分離機に規制が緩いうえに一時的な合意であることに懸念を抱いている。イラン国内の濃縮ウラン貯蔵量が減るとはいえ、必ずしも海外に輸送されるというわけでもない。イランの核施設はどれも閉鎖されない。また遠心分離機も全廃されるわけでもない。これは2012年にオバマ氏が突きつけた要求から大きく後退しているので中東の同盟諸国が重大な懸念を抱くようになる(“Obama’s Iran deal falls far short of his own goals”; Washington Post; April 2, 2015)。またワシントン近東政策研究所のマイケル・シン所長は、一時的な合意でしかも公式の文書さえない協定の拘束力はほとんどないと評している。以下のビデオを参照されたい。



反対派からの批判に鑑みて、同じくワシントン研究所のデニス・ロス評議員は、オバマ政権は核協定に関して、特に一時合意の有効期間、査察、そして違反への処罰といった懸念材料にどう対処するか示すべきだと主張する。オバマ氏の顧問でもあるロス氏自身も、現在の協定ではオバマ氏が第一期政権時に掲げたイランの核開発を無能化するという目的から後退したと認めている。しかしこの協定によってイランの意志を平和的なものに変えられるともロス氏は言う(“Deal or No, Iran Will Remain a Nuclear Threat”; Politico; March 31, 2015)。協定への賛成派は、イランは制裁の影響で経済的に疲弊し、国際的な核不拡散規範の遵守に積極的になると言う。よって現実的な合意によって我々の重大な目的であるイランの核兵器保有阻止を達成すべきだと主張している。しかしイランとアメリカが協定の文書の意味の解釈が食い違っているとあっては、そうした議論は反対派にとってほとんど説得力がない。4月2日のローザンヌ合意では、イランは今後15年間に3.67%までウランを濃縮できることになっている。イラン原子力庁のアリ・アクバル・サレーヒー長官は、イラン国営のプレスTVとのインタビューで20%のウラン濃縮はいつでも可能だと応えた(“Iran Nuclear Chief Threatens New Uranium Enrichment”; Washington Examiner; April 10. 2015)。

さらにアリ・ハメネイ最高指導者は、アメリカは制裁を即刻解除して協定の実施に踏み切るようにと要求した。それは文書に書かれた英語とペルシア語という言語上の違いによるものだと言う者もいる。ウッドロー・ウィルソン・センターのロブ・リトワク副所長によれば、解釈の違いが起きるのは両国の内政事情によるもので、イランの強硬派は大悪魔との協定など望まず、アメリカの強硬派もならず者国家との合意には懐疑的である。アメリカの反対派とイスラエルはイランの体制の性質を協定の内容以上に問題視しているが、賛成派は文書の技術的な問題に注目すべきだと主張する。そうした事態とは裏腹に、解釈の相違をもたらしたのは政策として重視するものの違いである。アメリカはイランが核分裂物質を製造する能力に制約を科そうとしているが、イランはエネルギー目的でウラン濃縮をしたいと思っている(“The Language of the Iran Deal”; WNYC Brian Lehrer Show; April 13, 2015)。ヘンリー・キッシンジャー元国務長官とジョージ・シュルツ元国務長官はイランが国際査察官を騙そうと思えば、多くの施設も核分裂物質も査察の対象外なので簡単にできると指摘する。中東でのアメリカの同盟諸国は、オバマ政権が一時的で拘束力の弱い合意を取り付けたことでイランの地域的な覇権を認めたと見なしている。よってサウジアラビアは独自の核抑止力を模索している(“The Iran Deal and Its Consequences”; Wall Street Journal; April 7, 2015)。

オバマ政権と中東の同盟諸国の間のパーセプション・ギャップは協定の技術的解釈を超えたものである。そうしたパーセプション・ギャップは中東でのより包括的な安全保障上の意味合いから理解しなければならない。オバマ政権がイランをISIS打倒のためのある種のパートナーと見なしている一方で、反対派はイランの地域支配への野望とシーア派過激勢力への支援を域内で最も重大な脅威と見ている。サウジアラビア元総合情報庁長官のトゥルキー・アル・ファイサル王子は3月19日に英国王立国際問題研究所の講演で、今回の核協定が中東の安全保障に与える影響の全体像を語った。それは核協定によってこの地域のステークホルダーの間でアメリカとイランの談合によって湾岸地域でイランの影響力が増大するとの懸念から、域内の核軍拡競争が高まるというというものである。オバマ政権の中東への関与について、サウジアラビアは地域安全保障のためには言葉でなく行動を求め、アメリカが自由シリア軍を支援するかどうかが重要な試金石になると見ている。他方でトゥルキー王子はイラク政府がイランを刺激することを過剰に恐れているので、サウジアラビアの影響力はこの国にほとんど及ばないと述べた。以下のビデオを参照されたい。



トゥルキー王子が英国王立国際問題研究所で講演したようにサウジアラビアは今やオバマ政権をそれほど信頼できないと見なしているので、去る5月にキャンプ・デービッドで開催された会議にスルタンが参加しなかったばかりか、パキスタンから核兵器の購入さえ検討している有様である(“Saudi Arabia vs. Iran”; Value Walk; May 21, 2015)。イスラエルのモシェ・ヤーロン国防相もこの協定は抜け穴だらけで、イランが査察官を妨害して最終的には北朝鮮のように核兵器しかねないと懸念を述べている(“Current Iran framework will make war more likely”; Washington Post; April 8, 2015)。実際にイランのアリ・ハメネイ最高指導者はかつてのサダム・フセイン同様に、国際査察官による自国の軍事事施へのアクセスとイラン人科学者に聞き取りを拒否した(“Iran’s Supreme Leader Rules Out Broad Nuclear Inspections”; New York Times; May 20, 2015)。

オバマ政権はISIS打倒だけのためにイランと核問題での妥協を模索し、イランに支援されたシーア派代理勢力への支援さえ行なっている(“Complex US-Iran ties at heart of complicated Mideast policy”; Rudaw; 27 March, 2015)。外交問題評議会のマックス・ブート上級研究員はさらに、アメリカ空軍はイラン空軍になってしまったとさえ言っている (“America’s New Role: As Iran’s Air Force”; Commentary; March 25, 2015)。しかし民主国家防衛基金(FDD)のマイケル・レディーン、フリーダム研究員は、アメリカとイランがイラクで共通の敵を抱えているというだけで行動を共に出来るわけではないと論ずる。イランはイスラム革命以来、事あるごとにアメリカを呪っている。さらにイランのテロリストがアメリカ人を殺害したばかりが、駐米サウジアラビア大使の暗殺さえ行なおうとしていた。アメリカとその同盟国であるイスラエルに対してそこまで長年にわたって激しい敵意を抱くイランが、拡張主義的な野心を捨て去ることは考えにくい(“The Iran Deal: Forget About Stability, Our Strategy Should Be Survival”; Forbes; April 15, 2015)。上院の「四十七士」に代表されるキャピトル・ヒルの反対派が、オバマ政権にイスラエルをケルキュラ扱いすることをやめるように強く要求するのも当然である。

イランはイエメンでフーシ、レバノンでヒズボラ、イラクでシーア派民兵といったテロリストを支援している。また、イランはアフガニスタンでも戦闘員を募集してシリアでアサド政権を支援している。こうした周辺地域での工作ばかりか、イランは全世界で大規模なサイバー攻撃を仕かけている。イランがそれほど挑発的な行動に出る理由は、地政学と国際的な孤立にある。イランは西アジアと中央アジアを連結する位置にあるが、自然の防壁には恵まれていない。歴史的には北方からテュルク系民族が侵入し、メソポタミアはセム系諸国、ローマ、アラブ、そしてオスマン帝国との係争地であった。また、イランはイラン・イラク戦争の時期に自国が欧米からも中東諸国からも完全に孤立していると痛感している。よってテヘランのシーア派体制は中東地域で自国の代理勢力を支援し、安全保障に関する歴史的な不安を克服しようとしている(“Why Iran Needs to Dominate the Middle East”; National Interest; April 10. 2015)。上記の問題に鑑みて、デービッド・ペトレイアス退役陸軍大将はイスラエルが示した、中東一帯でのシーア派民兵勢力が拡大すると地域全体がイランの影響力に対して脆弱になってしまうとする懸念を支持している。さらにオバマ政権がイラクから性急に撤退してしまったために、イランがそれを中東でのアメリカの力の弱さだと解釈してしまった。問題はイランが中東の支配、イスラエルの抹殺、そして核開発の継続を目論んでいることである(“Former general splits with Obama; says Iran, not ISIS, is the real enemy.”; National Review; March 20, 2015)。そうした事態に加えて、イランは核開発で北朝鮮との協力を依然として続けている(”State: We can't deny Iran nuclear cooperation with North Korea; it won't stop nuke deal”; Washington Examiner; May 28, 2015)。ネタニヤフ氏はイランがイエメンで自国の代理勢力を支援している時期だけに、現状は核交渉を進めるには好ましくないタイミングだと恐れている。弱い合意では彼らの拡張主義を勢いづけかねず、イスラエルは現核協定ではイランへの懲罰もなしに利益だけを供与していると見ている(“Netanyahu accuses Iran of trying to 'conquer the entire Middle East' amid looming nuclear deal”; FOX News; March 29, 2015)。

上記で述べたように、イランとの現在の核協定の影響は技術的な問題を超えて中東の安全保障構造の全体に影響を及ぼす。オバマ政権とイスラエルやサウジアラビアに代表される中東の同盟諸国とのパーセプション・ギャップはこれほどまでに大きい。さらに、ロシアと中国は核協定の実施後を見越して国防分野も含めたイランとの関係強化を模索している。この協定が公表されると、ロシアはイランとS300対空ミサイルの売却で合意してイスラエルの危機感を高めた(“Russia-Iran relationship is a marriage of opportunity”; Washington Post; April 18, 2015)。ロシアのイラン政策の中核は欧米の影響力を低下させることである。またロシアの原子力産業はイランの市場を注視し続け、今回の核協定は彼らにとって絶好の機会となる(“How Russia Views The Iran Nuclear Talks”; Breaking Energy; March 18, 2015)。しかしオバマ氏はネタニヤフ氏の厳しい対露批判にもかかわらず、ロシアからイランへのミサイル売却を擁護する発言をしてしまいイスラエルのメディアを驚愕させた (“Israel analysts shocked by Obama’s comments on sanctions, S-300 supply”; Times of Israel; April 17, 2015)。そうした中で中国は、今回の協定がイランからの石油輸入を確保するために必要だと見ている(“The Dragon and the Atom: How China Sees Iran and the Nuclear Negotiations”; National Interest; November 14, 2014)。

オバマ政権が主導するイラン核協定はそれほど危険なので、上院「四十七士」をはじめとするワシントンの反対派はイスラエルやサウジアラビアの懸念に共鳴している。同盟の盟主がパーセプション・ギャップのためにより弱小な同盟国をケルキュラ扱いする時には、弱小な同盟国は盟主国内の反対派と手を組んでその国の内政に入り込んで、盟主の国の政府の決定を覆すべきだろうか?上記のような核協定の欠陥とオバマ政権の中東戦略の危険性にもかかわらず、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は、ネタニヤフ氏がワシントン政治に深入りし過ぎだと批判的に論評している。ケーガン氏は決してオバマ政権の外交政策を支持してはいないことを忘れてはならない。それでは、どうしてそこまで批判的なのか?ケーガン氏はネタニヤフ氏によるワシントン政治への深入りは内政干渉であり、イスラエルが戦略的に重要であろうがオバマ氏との関係が良くなかろうが例外でないと述べている。また、そうした行為によってアメリカが国家全体としてイラン政策に関するコンセンサスを形成することを妨げるとも言う。ケーガン氏が言うように、党派分裂はアメリカの外交政策形成者の間で深刻な問題となっている。さらにウィンストン・チャーチルが鉄のカーテン演説を行なったのは議会でなくミズーリ州フルトンだったのも、チャーチル自身が大統領の招待を受けたわけでもなく、公職からも退いていたからである(“Five reasons Netanyahu should not address Congress”; Washington Post; January 29, 2015)。ケーガン氏はさらに、ジョン・ベイナー下院議長がネタニヤフ氏を招待できるなら、民主党側も共和党政権に対して同様なことができると主張する(“At what price Netanyahu?”; Washington Post; February 27, 2015)。ネタニヤフ氏の事例は全世界の国家指導者達にとって、アメリカが世界の期待に応えない時にどのように振る舞うかを模索するうえで重要な課題を示してくれる。アジア諸国はオバマ政権の戦略的リバランスに歓迎一色だが、オバマ大統領がアジアの期待に沿うという保証はない。それどころか中国に対してもイランに対するのと同様な宥和姿勢だと、どうなるのか?

他方でデービッド・キャメロン首相の場合に問題になるのは同盟国としての軍事的能力である。キャメロン氏はオバマ氏と個人的に良好な関係にある。2013年12月にプレトリアで行なわれたネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の葬儀では、キャメロン氏はオバマ氏とデンマークのヘレ・トーニングシュミット首相と共に嬉々として自撮り写真を撮っていた(“David Cameron defends 'selfie' at Nelson Mandela memorial”; Daily Telegraph; 11 December 2013)。しかしそれでアメリカの政策形成者の間でキャメロン氏の評価が高まるわけではない。2010年の戦略防衛見直し以来、イギリスの国防能力は縮小され、それが多くのアメリカ人に危機感を抱かせた。アメリカ陸軍参謀長のレイモンド・オディアーノ大将は、イギリスは戦後のアメリカが世界各地で軍事作戦を展開するうえで最も信頼できるパートナーであったこともあり、国防力削減は英米同盟にとってマイナスであると発言した。特にウクライナ危機以後のロシアの脅威の高まりとISISによる自称カリフ国家の台頭によってNATO諸国は国防力の再強化の必要があり、イギリスはこうした取り組みの主導的立場にある。しかしイギリスの陸海空軍は大幅に削減されたので、軍事的能力は地球規模での活動の要求を満たすことが難しくなっている。現状では英海軍のマンパワーと飛行部隊の数はクイーン・エリザベス級空母の運用には少な過ぎる(“US fears that Britain's defense cuts will diminish Army on the world stage”; Daily Telegraph; 1 March 2015)。そうした事態にもかかわらず、イギリスの有権者は国防費が海外開発援助費を下回っても何とも思っていない(“EXCLUSIVE: UK set to spend MORE on foreign aid than on Armed Forces”; Daily Express; March 1, 2015)。

イギリスの国防の問題はNATOが掲げたGDP2%という目標達成に過剰に囚われていることだが、実際の軍事的能力は予算の金額で決まるわけではない。海軍史家のアレクサンダー・クラーク氏は、イギリスは自国の国防への要求水準とその目的には何が求められるかを明確にすべきだと主張する(“The Defence Debate – why the UK needs to change the subject”; USNI Blog; February 20, 2015)。実際にイギリスは自国の主権が及ぶ領土の防衛にさえ難題を突き付けられている。スコットランドではロシアの潜水艦がトライデント・ミサイル原潜の基地があるファスレーン近海にまでやって来ている。イギリスはロシアの潜水艦勢力に対抗するために、アメリカ、カナダ、フランスなど同盟諸国の支援を必要としている。いわば、イギリスはキャメロン政権が対潜水艦能力を削減したために、自国の独自核戦力を守れないのである(“A Suspected Russian Submarine Is Lurking Off Of The Scottish Coast”; Business Insider; January 9, 2015)。イギリスがドイツのUボートと戦った豊富な経験によって、冷戦期を通じてNATOの対ソ潜水艦抑止を主導してきたことを考慮すれば、これは驚くべき事態である。キャメロン政権の致命的な誤りはニムロッド対潜哨戒機を廃棄してしまったことである(“Nimrod cuts 'have allowed Russian submarines to spy on Trident”; Daily Telegraph; 29 May, 2015)。アルゼンチンでのナショナリズムの台頭も新たな脅威である。イギリス海軍はクイーン・エリザベス級空母の就役を前にインビンシブル級を退役させてしまったが、アルゼンチンはロシアからフォークランド諸島を攻撃できるスホイ24爆撃機を賃借している(“Britain's military defences in the Falkland Islands”; Daily Telegraph; 24 March 2015)。

イギリスのようにグローバルな海軍国が主力艦に空白期間を作るとはきわめて信じがたい。イギリスの軍事的能力の低下は外交政策のビジョン欠如と深くかかわっている。サセックス大学のマキシン・デービッド講師はそうした傾向を以下のように分析している。総選挙を前にした4月2日の党首討論では、外交政策はほとんど語られなかった。イラクとアフガニスタンでの戦争への厭戦気運と地域ナショナリズムの高揚によって、イギリスは孤立主義を深めている。さらに国際安全保障への国民的関心の低下によってイギリスの外交政策は通商志向になっている(“State of the Nation: Britain’s Role in the World Just Keeps Shrinking” The Conversation; 29 April 2015)。これが典型的に表れているのがAIIBへの加盟申請で、しかもそれはヨーロッパ諸国の先陣を切ってであった。問題は世界が直面する脅威が多様化する時にイギリスがグローバルな役割を果たすと期待しにくくなっていることである(“World crises may be multiplying, but campaign turns Britain further inward”; Washington Post; April 25, 2015)。イギリスの関与はヨーロッパから中東、アフリカ、アジアにいたる地域で低下している。キャメロン政権は香港の学生運動に対する中国の抑圧にさえ強く抗議しなかった。フランスも軍事的な役割はドイツにとって微妙な問題であることから、イギリスの孤立志向を懸念している(“Britain’s Drift From the Global Stage Becomes an Election Issue”; New York Times; April 27, 2015)。イギリスの国防能力の問題はきわめて根深い。ダウニング街は世界の安全保障と国際公益のためにイギリスが持てる力を全面的に発揮することを忌避している。オディアーノ陸軍大将の発言は全世界のイギリスの同盟国の懸念を代弁したもので、キャメロン首相がオバマ大統領の良き相棒であろうともそれは変わらない。

ここまで、中東とヨーロッパにおけるアメリカの主要同盟国について記したので、次はアジア太平洋地域の最重要同盟国である日本について記したい。日本はイスラエル、サウジアラビア、そしてイギリスから何か教訓を学べるだろうか?現在、安倍政権は国会で安全保障法案を通過させ、積極的平和主義を強く推し進めようとしている。安倍晋三首相のキャピトル・ヒルでの演説は概ね成功であった。日本の安全保障の認識と軍事的能力についてはどうだろうか?中東でイランが地域の派遣を目指しているように、極東では中国が地域の覇権を目指している。自国の軍隊の他に、イランがシーア派代理勢力を利用しているのを真似て中国は漁師を代理勢力に仕立てて影響圏を拡大しようとしている。よってオバマ政権のアメリカがイスラエルとサウジアラビアにとっている態度は、日本にとって死命を制する問題である。安全保障法案と憲法改正に関する限り、日本国民は「巻き込まれ」を過剰に懸念しているが、日本という国の生存には「見捨てられ」の方がはるかに重大な意味を持つ。たとえ日本が憲法その他の法的制約を超えてアメリカ主導の多国籍軍に積極的に全面協力しようとしても、国力を超えたことまでしてもらおうと誰が期待するのだろうか?日米あるいは多国間同盟への貢献強化に反対する者は、アメリカ側とのパーセプション・ギャップを埋めて「見捨てられ」を避けることをもっと真剣に考えるべきである。日本国民にとって最悪のシナリオはオバマ氏が日本をイスラエルやサウジアラビアのようにケルキュラ扱いすることである。それは私の背筋を凍らせるものである。日本はワシントン政界で自国に同調する者達とともに行動してこうした事態を避けることもできるが、それはスマートで人目につきにくいロビイングでなければならない。それには高度な政治手腕が要る。ネタニヤフ氏はアメリカの外交政策で党派分裂を刺激してしまった。

軍事的能力に関しては、国際社会の期待に応えることが重要である。キャメロン政権下のイギリスは国力に見合った国防力の維持をやっていない。だからこそオディアーノ陸軍大将がそのことに懸念を表明したのだと銘記しなければならない。日本には脅威が多様化する時代にあって、近隣地域を超えて活動する能力がある。安倍氏が安保法制をめぐる議論で言及したホルムズ海峡は日本の石油需要のために死活的な海路で、緊急時には多国籍軍に参加してここの海上交通を保証することは日本にとって当然の役割である。しかし安倍氏が日本の関与を1991年の湾岸戦争後に日本が既にやっていた掃海に限定したことは非常に残念であった。現在、湾岸地域の海上で最も深刻な脅威はイランの対艦ミサイルである。イランは当時よりもA2AD能力を質量ともに大幅に強化している。キャリアー・キラー・ミサイルはどのような艦船でも、たとえそれが機雷敷設水域から遠く離れていいようとも撃沈できる。艦隊防空がなければ、エネルギー供給のシーレーン防衛の任務を安全かつ成功裡に行なうことは不可能である。日本の海上自衛隊はイージス艦を配備し、こうした艦艇は日本のオピニオン・リーダーの間でしばしば言われるように多国間での北朝鮮の弾道ミサイル撃墜作戦に役立つ。しかしイージス艦開発の第一目的は艦隊防空であり、日本には他の参加国と共に多国籍軍の艦隊をイランのミサイル攻撃から守る能力がある。これはSEADあるいはDEADのように敵の基地を無力化したり、あるいは敵の領土に上陸したりといった攻撃的な役割ではなく、全面的に防衛的なものである。日本が中東でそのような作戦を行なう能力がないのは明らかであり、そうした役割を諸外国が期待することなどまず考えられない。しかし艦隊防空であれば日本にできることであり、これぞ過去に日本が成し得た成果から積極的平和主義に向かう真の一歩となる。

安保法案をめぐる永田町での議論では、海外派兵によって戦争で死傷者が出るリスクが過剰に意識に取り上げられている。しかしこの法案で決定的に重要な点は、日本が自国の防衛能力を全面的に活用して国際公益に尽くすことである。これは積極的平和主義の中核を成す概念である。ペルシア湾の安全保障は日本一国の狭い国益を超えたものであり、その価値は日本が国際社会に貢献することに付随すると考えられる「リスク」よりもはるかに大きなものである。遺憾なことに安倍政権も野党もこの絶対的に見逃せない論点を忘れ去っている。現在の日本で繰り広げられる防衛論議の質は、キャメロン政権下のイギリスでのものよりもはるかに悪い。しかし防衛能力を完全に発揮できれば、日本が諸外国と共通の安全保障認識を形成してゆくうえでも役立つだろう。

最後に首脳同士の個人的関係について述べたい。国家間の関係であっても首脳同士が個人的に親密な方が有利なことに疑いの余地はない。しかし私は日本の政界および言論界では安倍首相とオバマ大統領の関係を心配するあまり、首脳間の個人的関係を情緒的にとらえ過ぎていると睨んでいる。オバマ大統領と親密なキャメロン首相だが、アメリカの政界や識者の間での評価は必ずしも高くはない。逆にホワイトハウスとの関係が良好とは言えないネタニヤフ首相の主張を支持するためには、47人もの上院議員の署名を動員できるのである。もちろん、オバマ外交に批判的なロバート・ケーガン氏でさえ述べたように、外国の首脳がアメリカ国内の党派対立に深入りし過ぎることは好ましくないだろう。だがここで問題提起したいのは、日米関係の観測者の間で安倍氏とオバマ氏の個人的関係を情緒的に拡大解釈し過ぎていなかったかという点である。こうした傾向はアメリカ側の日本問題専門家にも見られるように思われる。首脳同士の関係を決して軽視するつもりはないが、日米双方のオピニオン・リーダー達はより重要な課題を注視した方が良いと思われる。

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2014年11月 7日

ロシアに空から包囲されるヨーロッパ

ウクライナ危機を契機にロシアとNATOの緊張が高まるにつれて、ロシア空軍はバルト海および黒海方面からだけでなく、ノルウェーおよびスコットランド沖の北大西洋上の空域からもヨーロッパを包囲している。このことはロシアが東西両前線からヨーロッパのサプライ・ラインを切断できることを意味する。このニュースが私の注意をひいたのは、イギリス空軍の公式フェイスブックでスコットランド上空に飛来するロシアの爆撃機に対してタイフーン戦闘機がスクランブルを行なっているとの情報を頻繁に目にするからである。特に10月29日にロシアがNATO空域で行なった挑発行為は多発的で大々的なものだった。ベルギーのモンスにあるNATO軍司令部付きのジェイ・ジャンセン報道官は「この24時間以内に行なった我々の観測を通じて、ロシア軍機の数とその一部の飛行計画はこれまでに見られなかった規模だと断言できる」と述べた(“NATO says Russian jets, bombers circle Europe in unusual incidents”; Washington Post; October 29, 2014)。それはアメリカ戦略軍が毎年行っている「グローバル・サンダー」演習の時期を見透かしたかのように行なわれた。『エービエーショニスト』誌のリチャード・クリフ校正員はロシアも演習に参加した米軍機と同様な長距離爆撃機を飛行させたと指摘する(“Spike in Russian Air Force activity in Europe may be a reaction to large US Strategic Command bombers exercise”; Aviationist; October 30, 2014)。

スコットランドのアレックス・サモンド自治政府首相は上空での緊張をもっと意識する必要がある。スコットランドが連合王国の国防の傘によってロシア航空兵力の侵入に対する必要があるのは明白であり、事態はファスレーン海軍基地を母港とするトライデント戦略ミサイル原潜の問題をはるかに超越したものなのである。西方前線でのロシアの包囲網はポルトガルにまで拡大している。スコットランド空域は、そうした動きを阻止するために重要である。興味深いことに、イギリスやノルウェーのような西方前線の国がバルト海および黒海地域の「新しいヨーロッパ」の国々と同様にロシアから直接の脅威を受ける一方で、「古いヨーロッパ」の国々はそうはでない。これはドイツに代表される「古いヨーロッパ」がイギリスや「新しいヨーロッパ」よりもロシアに柔軟姿勢である理由の一つかも知れない。ヨーロッパにおけるロシアの脅威を論ずる際に、メルカトル図法のように標準的な世界地図を見慣れていると東方前線にばかり目を奪われがちである。ロシアの海軍と空軍はムルマンスク周辺からバレンツ海を通ってスコットランドの海空域に進出することができる。


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歴史的に見て、ノルウェーからスコットランドにいたる海空域は大国の係争の場である。両世界大戦ではイギリスとドイツが激しくたたかった。冷戦期にはこの海域がソ連の水上艦隊および潜水艦勢力に対するNATOの防衛線であった。今日ではこの海空域は英露衝突の場である。私はノルウェーからスコットランドの海空域がロシアの支配下に入ればアジアとヨーロッパを結ぶシーレーンが切断されかねないと主張したい。最近になって北極海航路の潜在性にアジアとヨーロッパ双方の政策形成者達が注目している。しかしカナダ沖の航路をとったとしても、大国がぶつかり合う海空域に国際的な商業船舶が入り込んでしまえばロシアの甚大な脅威に直面するだろう。

こうした観点からすれば、ロシアの海軍攻勢も注視しなければならない。アメリカのジョナサン・グリナート海軍作戦部長はウクライナ危機よりロシアの潜水艦の動きが活発化しているが、水上艦隊の方は老朽化が目立つと語っている(“CNO Greenert: Russian Navy ‘Very Busy in the Undersea Domain’”; USNI News; November 4, 2014)。海中の脅威に対抗するにはハンター・キラーとも呼ばれる攻撃型原子力潜水艦が有効な手段の一つとなる。ファスレーン海軍基地は世界最強のハンター・キラーの一つと言われるアステュート級潜水艦の母港でもある。同級艦には最も効果的なソナー・システムが装備されている(“Astute Class Submarines”; BAE Systems Products)ので、潜水艦のように隠密性が要求される兵器体系が「ファースト・ルック、ファースト・ショット、ファースト・キル」を行なううえで非常に有利になる。スコットランド周辺の空と海は、ロシアの進出を阻止するうえではそれほど戦略的に重要なのである。

ここでロシアが東アジアでも同様な行動をとっていることを銘記すべきである。日本の航空自衛隊はロシア軍機に対してこの6ヶ月以内に533回のスクランブルを行なっているが、これは昨年同時期の308回より大幅に増加している(“Russian Jets Invading Japan Airspace In Record Numbers Over Past Year, Japan Wants To Know Why”; Inquisitr; October 19, 2014)。ウラジーミル・プーチン大統領が何を言おうとも、これが日本に対してロシアが行なっていることである。我が国はNATOと同様な脅威に直面しているのである。ナショナリストや左翼は日本がウクライナ危機に関して欧米から自主独立路線をとるべきだと主張する。絶対的な事実はそうした主張をきっぱりと否定している。そうした主張をする人達はクレムリンが深層心理では日本に対して好意的だという証拠を握っているとでも言うのだろうか。

ヨーロッパとアジアはロシアという共通の脅威を抱えている。よって双方は戦略的な政策調整を深化する必要がある。ヨーロッパ諸国の中でも東アジアとの関係強化に最も積極的なのはイギリスで、それは再優先化(re-prioritisation )という語によく表れている(“Does Britain Matter in East Asia?”; Chatham House Research Paper; September 2014)。 スコットランドと北海道の安全保障情勢はそれほどまでに似通っている。

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2014年9月25日

NATOの分岐点となったウェールズ首脳会議

去る9月4日から5日にかけて開催されたNATOのウェールズ首脳会議は、ウクライナ情勢を反映して大西洋同盟がグローバルNATOからヨーロッパ再重視への転換点となった。いわば、今回の首脳会議はポスト冷戦時代の終結を象徴するものだった。8月初旬には、ウェストミンスターで下院がNATOの戦略的重点がイラクとアフガニスタンでの反乱分子掃討からロシアを念頭に置いた国家間の抑止力に移るべきだとの報告書を公表した(“Towards the next Defence and Security Review: Part Two — NATO: Third Report of Session 2014–15”; House of Commons Defence Committee)。ジャーマン・マーシャル財団パリ研究所のアレクサンドラ・ド・ホープ・シェファー所長はプーチン政権によるウクライナ侵攻がNATOのレゾン・デートルを再定義したとまで述べた(“NATO Should Act in Europe’s Defense, Not Ukraine’s”; New York Times; September 9, 2014)。ヨーロッパ同盟諸国はウクライナがNATOの加盟国ではないにもかかわらず、バラク・オバマ大統領がロシアの危険な拡大主義を阻止するという明確なメッセージを発信したことを歓迎した(“Putin Has Done NATO a Big Favor”; New Yorker; September 2, 2014)。NATOはウラジーミル・プーチン大統領が突きつける難題を乗り越えるため、東欧諸国防衛に第5条を適用すると再確認した(“NATO Summit Steels Alliance Members for Future”; DoD News; September 5, 2014)。そこで首脳会議の議題と同盟の行方について述べたい。

最重要議題はウクライナ情勢であった。今年2月のクリミア危機より、ロシアの意を受けた勢力が親露派の蜂起を促してウクライナ東部を不安定化している。ウェールズ首脳会議の直前にロシアの意を受けた勢力の侵攻によってNATO加盟国の間では警戒が高まった (“Russia Moves More Troops Across Ukraine Border, NATO Says”; NPR; August 29, 2014)。9月5日にウクライナと親露派の間で停戦が結ばれ(“Ukraine's unhappy ceasefire”; Economist; September 7, 2014)、その後にロシア軍が撤退したものの(Majority of Russian troops have left Ukraine, says Petro Poroshenko”; Daily Telegraph; September 10, 2014)、プーチン政権は巧妙なプロパガンダによって西側民主主義の弱点を利用している。プーチン氏は欧米の厭戦世論を背景に、あれはロシアの意を受けた勢力ではなく現地の分離主義者達だとの欺瞞を述べている。平和主義者達はそうした虚言を唯々諾々と受け入れている(“Putin Attacks the West's Soft Underbelly”; World Affairs; 12 September, 2014)。しかし反体制派「もう一つのロシア」を率いるミハイル・カシヤノフ元首相は9月4日放映のBBCインタビューでクレムリンがウクライナ侵攻のために派兵したと証言している。以下のビデオを参照されたい。




よって西側はロシアに対して平和主義的な希望的観測に基づいて行動すべきではない。NATOは加盟国に対するプーチン政権の攻撃に第5条を適用すると宣言した。これは「ゲームを劇的に変えるもの」ではないが、「NATOは東欧の防衛に軍事的な準備ができている」と通告したのである。以下のビデオを参照されたい。




欧米が現在のNATO加盟国域外でロシアの勢力拡大を食い止めるにはさらなる行動が必要である。プーチン政権はウクライナ東部での駐留兵力規模を削減したが、依然として残留する1,000人ほどの兵力が撤退することは考えにくい。停戦合意から2週間ほど過ぎた時点で、NATO最高司令官のフィリップ・ブリードラブ空軍大将は停戦合意など名目上に過ぎず、クリミアの再軍事化が重要な懸念事項だと述べた。実際にロシアのセルゲイ・ショイグ国防相はクリミアでの兵力増強はロシアの最優先事項だと言っている(“Ukraine ceasefire is "in name only" – NATO”; Reuters News; September 21, 2014)。ロシアの手強い軍事的プレゼンスとクレムリンの支援を受けた分離主義者を前に、オバマ大統領はウクライナのペドロ・ポロシェンコ大統領に4600万ドルの軍事援助を供与しただけで、しかも相手側が必要だと訴えていた対戦車兵器や無人機ではなく、防護服、エンジニアリング備品、哨戒艇を提供したに過ぎない。それでは意味はなく、上院外交委員会は2015年分で3.5億ドルの軍事援助でロシアに対抗するよう要求している(“Provide Ukraine with the military aid it needs to deter Russia’s aggression”; Washington Post; September 19, 2014)。欧米はウクライナにさらなる支援を模索する必要がある。

ロシアの侵攻に対応してNATOは東欧諸国に第5条を適用するための即応部隊の創設を宣言した。この合同部隊は4,000人規模で48時間以内に配備される(“NATO Weighs Rapid Response Force for Eastern Europe”; New York Times; September 1, 2014)。国防総省報道官のジョン・カービー少将は「それはロシアに対して重要なメッセージを発したことを念押しするためだ」と述べている(“US Backs Improved NATO Reaction Force in Europe”; Military Times; September 2, 2014)。アナス・フォー・ラスムセン事務総長は、新しく創設される即応部隊には指揮命令系統の改革、ロジスティクスの刷新、同盟諸国間での情報共有は必要であるとしている(“NATO leaders take decisions to ensure robust Alliance”; NATO News; September 5, 2014)。英国王立国際問題研究所のケア・ジャイルズ研究員は、NATOはこうした前線部隊の創設が単なる宣言にとどまらないことを示すとともに、ロシアの拡大主義を阻止するためにさらなる行動に出るべきだと評している (“Ukraine and Estonia are on the Front Line of a New Division in Europe”; Chatham House Expert Comment; 9 September, 2014)。いわばウェールズ宣言は始まりに過ぎない。

どのような宣言も政策も充分な国防費の裏付けがなければならない。プーチン氏がナショナリスト姿勢を強めたのは現在のウクライナ危機よりもはるか以前からである。しかしNATO加盟諸国はポスト冷戦期に、ヨーロッパどころか世界規模でも安全保障上の懸念などまるでないかのように国防費を大幅に削減した。ヨーロッパに国防費の増額を促しているアメリカは、オバマ政権が議会対策に失敗したために財政支出強制停止に直面している。従来からの脅威に加えて、NATOはサイバー攻撃に対抗する準備も必要となっている(“NATO Set to Ratify Pledge on Joint Defense in Case of Major Cyberattack”; New York Times; September 1, 2014)。28ヶ国の首脳はウェールズ首脳会議で国防費の増額に合意した(“Allied leaders pledge to reverse defence cuts, reaffirm transatlantic bond”; NATO News; 8 September, 2014)。問題は各主権国家のレベルで合意がどのように実行されるかである。加盟国の間で国防政策が整合していなければ即応部隊も充分に効果のあるものとはならない。

ウェールズ首脳会議はNATOがヨーロッパを最重視する転機となったが、欧州大西洋域外の脅威も増大している。イスラム過激派の台頭は当初からの議題ではなかったが、ウェールズ首脳会議主催国イギリスのデービッド・キャメロン首相はバラク・オバマ大統領とともに多国間の連携を呼びかけた。問題はその目的である。共和党のアダム・キンジンガー下院議員は対ISIS作戦が彼らの封じ込めのためか破壊のためかを質疑で問いかけている(“Obama, Cameron to push for coalition against ISIS at NATO summit”; FOX News; September 4, 2014)。オバマ大統領は依然として地上軍派兵に消極的なためあいまいな態度しか示していない。ISISについてはウェールズ首脳会議の最終宣言で言及されたが、多国間の連携はフランスやアラブ諸国といった有志の主権国家に頼っている。キャメロン首相自身は前回のシリア空爆をめぐる議論のような議会の否決を乗り越えねばならない(“Britain close to joining U.S.-led air strikes against Islamic State”; Reuters News; September 24, 2014)。

プーチン政権のウクライナ侵攻がなければアフガニスタンがウェールズ首脳会議の最重要議題となっていただろう。ISAF(国際治安支援部隊)は今年の末までに撤退するが、欧米の関与は引き続き必要である。NATO首脳会議を前に現地の治安は悪化した (“Afghan turmoil threatens NATO's 'mission accomplished' plans”; Reuters News; September 2, 2014)。ラスムセン事務総長はアフガニスタン政府にアメリカとのBSA(二国間安全保障合意)とSOFA(地位協定)に出来るだけ早く調印するよう要請している (“NATO reaffirms continued support to Afghanistan”; NATO News; 4 September, 2014)。ISAF撤退後のNATOの関与の三本柱は断固とした支援任務、持続的なアフガニスタン国軍建設への貢献、そしてアフガニスタンとの長期的な政治協調の強化である (“NATO leaders reaffirms continued support to Afghanistan”; Khaama Press; September 4, 2014)。こうしたコンセプトも実行を伴った裏付けがなければならない。NATOはアフガニスタンへの軍事援助を41億ドルから2014年以降は51億ドルに増額した(“NATO increases funding of Afghan forces to $5.1 billion”; Khaama Press; September 4, 2014)。

文書に示された宣言と政策の他に、文書には記されない同盟内部の政治動向も注視すべきである。トルコの欧米再回帰はきわめて重要である。2002年にレジェップ・エルドアン党首のAKP(公正発展党)が政権に就いて以来、トルコはケマル主義を離れてイスラム主義志向の内政および外交政策を追求している。しかしエルドアン氏の長年にわたる政策助言者であったアフメット・ダウトール首相は隣国シリアでの戦争を抱える現状から欧米との関係修復に乗り出した。シリア内戦によってアサド政権を支援するイランとの関係も悪化した。トルコはムスリム同胞団勢力がエジプト、リビア、シリアで力を失ったために、イスラム主義の仲間も失った。トルコがISISに対抗してクルド人を支援したためにイラク中央政府との関係も緊張した(“Turkey's Middle-East Dream Becomes a Nightmare”; Wall Street Journal; September 3, 2014)。

トルコの欧米回帰は世界の安全保障にも重大な影響を与える。日本から安倍晋三首相がエルドアン氏と会談した際には、NATOの機密情報を敵対勢力に漏洩させかねない中国製の防空ミサイル・システムの購入をやめるよう説得している。公式の宣言では国防費の増額に言及しているが、重要なのはそれがどのように使われるかである。NATOは2つの要求を満たす必要がある。それはロシアそして可能性としては中国を相手にした新冷戦、そして中東の反乱分子を相手にした非対称な戦争である。国防費の増額だけでは必ずしもこうした要求を満たすことはできない。同盟諸国の間で国防政策がうまく噛み合わないと諸事は効果的に運ばないのである。


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2014年9月 3日

NATOにおける米欧間の国防支出の格差

9月4日から5日に開催されるNATOウェールズ首脳会議を前にウォール・ストリート・ジャーナル紙は重大な図表を掲載した(As Russian Threat in Ukraine Grows, NATO Faces Thorny Spending Questions"; Wall Street Journal; August 29, 2014)。ほとんどの国がNATOに加盟しているEUとアメリカの経済の規模はほぼ同じであるが、ヨーロッパ諸国はアメリカと比べて国防への支出がはるかに少ない。ウェールズ首脳会議ではウクライナ危機、ISAF後のアフガニスタン、バードン・シェアリングなどが取り上げられる。本来ならNATOの集団防衛のあり方などは、積極的平和主義への道を歩み始めた日本にとって手本となるはずである。しかし防衛への加担の格差が大きいと、民主主義諸国の同盟の中でNATOがロール・モデルとなる資格に疑念を抱かせてしまう。


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2つの図表について述べたい。加盟国ごとの国防支出の割合から見ると、アメリカが占める比率は2007年の68%から2013年には73%に上昇している。現在、アメリカの国防予算は財政支出強制停止によって大幅に削られ、政策形成者の間ではその悪影響を食い止めて必要な国防費を調達しようと努力を重ねている。にもかかわらず、NATOの国防支出でヨーロッパが占める割合は低下している。ナショナリスト化を強めるロシアとイスラム過激派の拡大にいたるまで安全保障に突きつけられる課題が多様化する事態からすれば、ヨーロッパ諸国の国防費がこれほどまで少ないのは不思議である。ロバート・ケーガン氏が論じるように、アメリカのマルスとヨーロッパのビーナスの食い違いは明白である。上記の図表を参照されたい。

さらなる理解のために、下記に別の図表で各加盟国のGDPに占める国防費の割合を示した。NATOは加盟国に最低2%の支出を推奨しているが、これを満たしているのはアメリカ、イギリス、ギリシア、エストニアの4ヶ国だけである。中にはカナダ、スペインなどのように1%以下の国もあるが、これでは古き消極的平和主義の日本と同水準である。驚愕すべきことに、バルト海沿岸のラトビアとリトアニアはそれぞれが0.9%および0.8%しか国防に回していない。両国ともロシアとの最前線にあり、ウクライナをめぐる緊張が高まるに及んでNATOの空軍が派遣されているにもかかわらずである。ヨーロッパ諸国は福祉国家を維持する必要があり、国防費に多くを割けないと主張する声もある。それは言い訳にならない。冷戦期のヨーロッパ諸国はGDPの4ないし5%ほどを国防費に充てていたが、高水準の社会保障を維持してきた。


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いかなる戦略であれ、それがどれほど優れたものであれ、充分な質と量の軍事力がなければ何も実施できない。アフガニスタンやソマリア沖での作戦に見られるようなグローバルなNATOの名の下に、ソ連崩壊以降の大西洋同盟の軍事力は縮小されてきた。今やウクライナ危機に見られるようにロシアが重大な脅威として再浮上してくると、NATOはヨーロッパに回帰してくる。しかし地域レベルであれ全世界レベルであれ、いかなる脅威も貧弱な国防力では対処できない。

パックス・アメリカーナは有志の同盟国に基盤があり、それは世界が一極支配であれ多極化したものであれ、それどころか無極になってさも変わらない。大西洋同盟はその中でも中核中の中核である。NATOの分裂が進めば、それは同盟の弱体化と民主主義の世界の脆弱化をもたらし、やがては専制的な大国と中世さながらの宗教的狂信主義が支配する暗黒時代の再来を招いてしまうだろう。同盟を持続させるには何をすべきか。それは普遍的な問題である。


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