シェール・オイルおよびガスの急激な生産増大によって、アメリカの孤立主義と中東への非関与が加速することに懸念の声が高まっている。歴史が語ることは、エネルギーの自給ができたからと言って孤立主義に走ることは愚である。アメリカが連合国側に参戦する直前には鉱工業の生産力は圧倒的で、世界の60%もの石油を生産していた(“Timeline: Oil Dependence and US Foreign Policy”; Council on Foreign Relations)。アメリカ国民はパール・ハーバー攻撃によって、やっと認識を改めた。当時の彼らは国際政治で熾烈な力のやり取りを軽視していた。アメリカが中東から完全に手を引いたところで、敵対的な体制諸国やテロリスト達の考え方は変わらない。これらの勢力では、若者達に対して彼らのイスラム同胞の苦境がアメリカ、イギリス、シオニストの「枢軸」によるものだという憎しみを抱くように教育している。このように偏向したものの見方は数世代にわたって受け継がれている。この地域から手を引いてしまえば、第二、第三のパール・ハーバーか9・11同時多発テロを誘発しかねない。
同盟国間での政策協調が停滞する中で、インド太平洋戦略には新たな挑戦者が登場してくる。ブルッキングス研究所のストローブ・タルボット氏は、アメリカとヨーロッパがイランをめぐって対立する一方で、ロシアが中東での影響力を増していると論評している。(“The only winner of the US-Iran showdown is Russia”; Brookings Institution; January 9, 2020). 安倍氏はアメリカによるリーダーシップ不在の穴を埋めようと、日本の政治的プレゼンスを示すために野心的な構想を打ち上げた。しかし今日では、安倍氏が第6回TICADナイロビ会議で発言したようなアフリカとアジアをつなげようという壮大な政策構想を実施しようにも、アラブ商人やイギリス帝国主義者の時代よりも事態ははるかに複雑である。我々は中国の拡張主義といった特定の差し迫った問題に対処する必要がある一方で、他方では該当地域全体でのインド太平洋戦略のコンセプトの見直しが必要である。
まずシリアからの地政学的な後退について述べたい。民主党ばかりか身内の共和党までもトランプ氏に強く反発したのは、力の真空によってロシアとトルコが地政戦略的に前進し、ISISが復活することに深刻な懸念を抱いたためである。また、シリアは選挙の争点ではないという事情もある(“Why did Trump betray the Kurds? The rationales make no sense.”; Washington Post; October 10, 2019)。最も基本的な過ちは、トランプ氏が中東における「終わりなき戦争」と同盟ネットワーク維持のための継続的な軍事的プレゼンスとを混同していることだと、外交問題評議会のリチャード・ハース会長は言う。すなわち、トランプ氏が掲げるアメリカ・ファーストの公約は間違った前提に基づいている(“The High Price of Trump’s Great Betrayal”; Project Syndicate; October 17, 2019)。皮肉にもトランプ氏は民主党の前任者と同じ、それどころかさらに悪い過ちを犯している。これに関してマックス・ブート氏は以下のように論評している。2011年にバラク・オバマ大統領は、当時のヒラリー・クリントン国務長官、デービッド・ペトレイアスCIA長官、ジョン・マケイン上院議員らが反政府勢力への軍事援助に安全地帯と飛行禁止区域の設定を提言したにもかかわらす、アサド政権がレッド・ラインを越えるまではシリアでの化学兵器使用阻止のための介入を却下した。それはイラクのような泥沼化を恐れたためである。しかしオバマ氏はアサド政権を押し止められず、後にシリア政策を転換してクルド支援に乗り出すことになった。こうしたことから、ブート氏はトルコとロシアを勢いづけるだけのトランプ氏のクルド放棄には正当性は何もないと批判している(“Obama’s Syria policy was bad. Trump’s is worse.”; Washington Post; October 22, 2019)。
中東での地政学的な優位のみならず、トランプ氏はアメリカの価値観が持つ普遍的な正当性まで揺るがしている。トランプ政権はクルド・トルコ関係について外交政策関係者の間で広く共有されている見方を撥ねつけている。シリアのクルド人はトルコのPKKと緊密な関係にある。過去には共産主義との関係もあったが、現在のPKKについてはアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・ルービン氏ら中東の民主化の専門家の間では、南アフリカのANCと同様に「自由の戦士」の団体だと見られている (“It’s time to acknowledge the PKK’s evolution”; National Interest; January 25, 2019). 他方でマイク・ポンペオ国務長官はハゾニー的なナショナリストの視点からPKKはテロ集団であるというレジェップ・エルドアン大統領の見解に同意し、トルコの侵攻を擁護している(“Turkey had ‘legitimate security concern’ in attacking Syrian Kurds, Pompeo says”; PBS News Hour; October 9, 2019)。よってトランプ政権はシリアのクルド人勢力がアメリカのテロとの戦いに多大な強権をしてきたことなど取り合わず、議会では超党派の批判を浴びるようになっている。
トランプ氏の地政学的な責任の放棄と「見返り重視」(quid pro quo)のナショナリズムによって、アメリカの同盟国との衝突は避けられなくなった。中東ではイスラエルが、トランプ氏はイランその他の脅威に立ち向かうことにはオバマ氏に劣らず消極的だと思い知らされた(“After Trump abandons Kurds, Israel knows it can’t rely on anyone”; Jerusalem Post; October 7, 2019)。福音派というトランプ氏の支持基盤も、イスラエルの安全保障が試練に立たされる時には何の頼りにもならない。さらに重要なことに大西洋同盟の亀裂が酷くなっている。アメリカのシリア撤退でヨーロッパ諸国が恐れていることは、テロの復活と難民の流入だけではない。かつてイギリス保守党で国家および国際安全保障の顧問を務めたガーバン・ウォルシュ氏は、トランプ氏によるクルド人勢力の放棄は、アメリカの安全保障の傘に依存する限りはウクライナのゼレンスキー政権のようにトランプ氏の個人的利益に尽くすか、さもなければ自主独立で行動せよとのヨーロッパ諸国に対する通告で、それがポーランド、ラトビア、リトアニアといった国々を心胆寒からしめるものだと論評している(“Kobani Today, Krakow Tomorrow”; Foreign Policy ---- Argument; October 16, 2019)。
シリアでの大失態に始まる孤立主義政策は、中東とヨーロッパにとどまらぬ甚大な損失となっている。アジアではトランプ氏は11月の東アジア・サミットを欠席した。彼には中国との戦略的競合など眼中にないということだ(Twitter: Ely Ratner; October 30)。 さらにトランプ氏は防衛費をめぐる交渉に進展がないとして在韓米軍の撤退まで口にしたとあって、国防総省の高官を慌てさせた(“Pentagon denies report U.S. mulls pulling up to 4,000 troops from South Korea”; Reuters; November 21. 2019)。そうした中で国防情報局は、米軍がISIS指導者のアブ・バクル・アル・バグダディ氏の殺害に成功したからと言っても、長期的にはISISはシリアで勢いを盛り返してくるとの報告書を発行した (“Trump's pullout from Syria allowed ISIS to gain strength, intel agency reports”; Politico; November 19, 2019)。ともかくトランプ氏は政権内の大人達を更迭し、アメリカ・ファーストという選挙公約の実行を阻むものは取り除かれた。彼が再選されるようなら、国際社会とって壊滅的となろう。その場合、アメリカの同盟国と外交政策形成者達は手を携えて、彼の言動に対する被害対策を模索せねばならぬだろう。
第一に中露枢軸について言及する必要がある。表面的には両大国は西側、特にアメリカの世界秩序に対抗する同盟関係にある。しかしロシア極東地域は人口希薄であり、国境の向こう側にある人口大国の中国は潜在的に国家安全保障上の脅威である。ロシア極東の国境地帯はアムール州、プリモスキー(沿海)地方、ユダヤ自治州、ハバロフスク地方の全てを合わせても人口が430万人にしかならない。他方で中国東北地域は1億900万人という圧倒的な人口である(“Russia, China and the Far East Question”; Diplomat; January 20, 2016)。国家対国家レベルでの脅威に加えて、中国からやって来る蛇頭と呼ばれる犯罪集団や不法伐採業者は市民生活と環境の安全保障を脅かしている。ロシアが中国に表には出さない不信感を抱えていることもあり、日本でクレムリンとの戦略的パートナーシップを発展させて中露を分断し、人民解放軍の脅威を牽制しようという議論が挙がることは理解できる。
しかし来る首脳会談では平和条約や北方領土問題といった二国間問題に集中すべきだと主張したい。日本は西側同盟の中心にあり、中露のパワーゲームに関わる立場にはない。むしろ欧米諸国がバルト海地域とクリミアをめぐる緊張をよそに、日本は「ロシアを再び偉大にする」(Make Russia Great Again )ことを求めているのではないかとの疑念を抱くであろう。ヨーロッパ諸国の対中宥和には日本が不快感を抱くように、日本の対露宥和にはヨーロッパ諸国も不快感を抱く。ヨーロッパの宥和でも顕著な事例はジョージ・オズボーン財務相(当時)の主導による英中原子力合意で、イギリスの国家安全保障関係者の間ではそれに対して中国による対英スパイ行為への重大な懸念が高まっていた。また日米両国もそうした物議を醸すような合意には戸惑っていた。
しかし反対派は核合意に厳しい制約を科してイランの不履行を防ごうという希望を捨て去っていない。そのために、イランが合意を履行しないなら1996年のイラン制裁法の復活を要求し、外国企業にイランの石油および天然ガス産業への投資をせぬように圧力をかけようとしている。これと並行して湾岸アラブ諸国とイスラエルへの軍事援助によって対イラン抑止力の強化を推し進めている。さらに、査察には長い時間がかかるので、イランと国際社会の対立も起きるかも知れない。反対派はイランに合意の順守を厳しく求めてゆくであろう(“Iran nuclear deal is done, but not the debate in Congress”; AP; September 19, 2015)。国連査察官とサダム・フセインの対立がイラク戦争の引き金となったことを思い出すべきである。
さらに核合意賛成派も米・イラン関係に関して楽観的でないことは、ヒラリー・クリントン前国務長官が2009年のグリーン運動への支援を控えたバラク・オバマ大統領を非難していることに表れている(“No Love for Obama”; Weekly Standard Blog; September 9, 2015)。オバマ氏はイランとの外交関係の突破口を開こうとしているのかも知れないが、大統領の任期は1年あまりしか残っていない。クリントン氏の発言は、次の選挙で勝つのが民主党であろうが共和党であろうが、オバマ政権後にはイランとアメリカの緊張が高まると言う私の見解を裏付けている。
制裁解除となれば、ロシアと中国がイランに武器を輸出するであろう。今年の7月に行なわれたウィーン交渉の前に、ロシアはイランへのS300対空ミサイルの売却を表明してイスラエルの不興をかったが、オバマ氏はそれを了承している(“Russia-Iran relationship is a marriage of opportunity”; Washington Post; April 18, 2015)。このミサイルは中国がコピーしたHQ9とほぼ同型で、このミサイルを中国がトルコと韓国に輸出しようとした際にはNATOと日本の安全保障の専門家達の間で物議を醸した。ロシアの行動は中東の安全保障に多大な悪影響をもたらすもので、イスラエルがオバマ政権のイラン政策を疑問視するのも当然である。ロシアと中国はこれまで以上にイランに兵器を売るのだろうか?私は両国によるイランへのキャリアー・キラー・ミサイルの輸出を警戒しているが、それと符合するかのように中国は抗日戦勝70周年記念日にDF21Dを誇示した。イラン核合意はペルシア湾でのアメリカ海軍の海洋支配を脅かしかねない。
また湾岸地域の地政学も本質的に不安定である。イスラム革命以来、近隣アラブ諸国はイランを信用していない。これはイラン・イラク戦争でアラブ諸国がサダム・フセインを支持したことに顕著に表れている。サウジアラビア、クウェート、ヨルダンといったアラブ王制諸国は非常に保守的で、バース党体制下のイラクとはイデオロギー的に水と油である。しかしシーア派革命の輸出というイランの国家理念はスンニ派の君主制諸国に多大な危機感を抱かせたので、イランの脅威に対抗するためにイラクに頼りきった。この同盟はサダムによる後年のクウェート侵攻に見られるように、非常に脆弱であった。現在、核合意によってイランの脅威に対するアラブ諸国の懸念が非常に高まっているので、これらの国々では国防力が急速に強化されている。サウジアラビアはロッキード・マーチン社との間で最新鋭のフリゲート艦とTHAAD(終末高高度防衛)弾道ミサイル迎撃ミサイルシステムの購入の交渉を進めている(“Saudi Arabia, U.S. near deal for two Lockheed warships: sources”; Reuters; September 2, 2015)。クウェートもイタリアとタイフーン戦闘機28機の購入で合意した。ユーロファイター・コンソーシアムは次のタイフーン輸出先としてバーレーンにも注目している(”Typhoon scores in Kuwait “; IHS Jane’s 360; 15 September 2015)。
ペルシア湾での石油輸送路の安全保障に関しては、最も重大な脅威はアメリカの空母打撃部隊に対するイランのA2AD能力向上である。実際にイランは今年2月の海軍演習で模擬空母を破壊してアメリカ艦隊攻撃への強い意志を示した(“Iran blasts mock U.S. carrier in war games”; CNN; February 27, 2015)。アメリカの空母機動部隊は日本の防衛に大変重要で、敵の空母攻撃は日本の国家と国民にとって明白な存立危機事態である。日米同盟の深化に最も不熱心な政治家の一人である小沢一郎衆議院議員でさえ、日本の防衛に第7艦隊が不可欠だと認めている(「『駐留米軍は第7艦隊で十分』 民主・小沢代表」;産経新聞;2009年2月25日)。よって私は安保法制が日本の防衛任務に地理的制約を科すべきではないと強く主張する。安倍政権は湾岸へは掃海艇の派遣のみという非常に抑制された関与を提案しているが、艦隊防空の方がもっと重要である。鉄壁にさえ見える空母であるが防御の武装はほとんどなく、夜間には不意の攻撃を避けるために飛行甲板の照明を落としているほどである。このことは空母打撃部隊の防衛にはアメリカのイージス艦やイギリスの45型艦のように先進技術を駆使した駆逐艦が不可欠なことを意味する。この観点から、アメリカやイギリスのようにイージス艦を派遣することは日本の重要な国益に適うのである。よって、安倍政権のきわめて抑制されたビジョンにさえ反対する者は非常に孤立志向なので、1991年湾岸戦争の屈辱のような過ちを繰り返しかねない。
オバマ大統領は議会の批判を何とか乗り切るかも知れないが、核協定が施行されるとしても、それで米・イラン関係が緩和すると考えるのは夢想的と言わざるを得ない。過去にはSALT合意が米ソのデタントを保証しなかった。米・イラン間の外交的雪解けを信じる永田町の政治家達は、レオニード・ブレジネフ氏のカモにされたジミー・カーター氏と同類としか思えない。イラクとシリアのISISを打倒するうえでイランが同盟国になるとの主張も見られるが、それは妄想としか言えない。イランはISISの拡大阻止を望んでいるかも知れないが、彼らの真の狙いは両国を不安定化させてアメリカと近隣アラブ諸国の影響力を弱めることである。それはイランが支援知るシーア派代理勢力をさらに勢いづかせる(“Sorry, America: Iran Won't Defeat ISIS for You”; National Interest; July 23, 2015)。永田町の政治家達の間では政策通とされる議員まで核協定後の米・イラン関係に楽観的なのは、どうしたことだろうか?いずれにせよオバマ大統領の任期は1年過ぎには終わり、次期大統領がたとえ民主党であってもイランにはより強硬になるだろう。また核協定は地域の緊張の引き金になりかねず、イスラエルやサウジアラビアはイランの地域支配を懸念している。
去る3月11日にグローバル・フォーラム・ジャパンが主催した日米対話において、慶応大学の宮岡勲教授と細谷雄一教授が同盟に関するいくつかの理論的な概念について言及した。特に他国への「巻き込まれ」および他国からの「見捨てられ」のリスクは非常に重要である。通常は脅威の認識に食い違いがある時には強い同盟国が弱い同盟国に自国の立場を押しつけると思われている。しかしアメリカ海軍大学のジェームズ・ホームズ准教授は全く正反対の事態が起こり得るとしている。弱小な同盟国は同盟の盟主の力を最大限に利用して自国の国益の伸長をはかるのに対し、強大な同盟国は対立国と対決のリスクを冒そうとは思わない。これはペロポネソス戦争の直前にスパルタとの対戦を促すケルキュラの要求を前にアテネが直面したジレンマである(“Thucydides, Japan and America”; Diplomat; November 27, 2012)。
核協定に関して、反対派はウラン濃縮と遠心分離機に規制が緩いうえに一時的な合意であることに懸念を抱いている。イラン国内の濃縮ウラン貯蔵量が減るとはいえ、必ずしも海外に輸送されるというわけでもない。イランの核施設はどれも閉鎖されない。また遠心分離機も全廃されるわけでもない。これは2012年にオバマ氏が突きつけた要求から大きく後退しているので中東の同盟諸国が重大な懸念を抱くようになる(“Obama’s Iran deal falls far short of his own goals”; Washington Post; April 2, 2015)。またワシントン近東政策研究所のマイケル・シン所長は、一時的な合意でしかも公式の文書さえない協定の拘束力はほとんどないと評している。以下のビデオを参照されたい。
反対派からの批判に鑑みて、同じくワシントン研究所のデニス・ロス評議員は、オバマ政権は核協定に関して、特に一時合意の有効期間、査察、そして違反への処罰といった懸念材料にどう対処するか示すべきだと主張する。オバマ氏の顧問でもあるロス氏自身も、現在の協定ではオバマ氏が第一期政権時に掲げたイランの核開発を無能化するという目的から後退したと認めている。しかしこの協定によってイランの意志を平和的なものに変えられるともロス氏は言う(“Deal or No, Iran Will Remain a Nuclear Threat”; Politico; March 31, 2015)。協定への賛成派は、イランは制裁の影響で経済的に疲弊し、国際的な核不拡散規範の遵守に積極的になると言う。よって現実的な合意によって我々の重大な目的であるイランの核兵器保有阻止を達成すべきだと主張している。しかしイランとアメリカが協定の文書の意味の解釈が食い違っているとあっては、そうした議論は反対派にとってほとんど説得力がない。4月2日のローザンヌ合意では、イランは今後15年間に3.67%までウランを濃縮できることになっている。イラン原子力庁のアリ・アクバル・サレーヒー長官は、イラン国営のプレスTVとのインタビューで20%のウラン濃縮はいつでも可能だと応えた(“Iran Nuclear Chief Threatens New Uranium Enrichment”; Washington Examiner; April 10. 2015)。
さらにアリ・ハメネイ最高指導者は、アメリカは制裁を即刻解除して協定の実施に踏み切るようにと要求した。それは文書に書かれた英語とペルシア語という言語上の違いによるものだと言う者もいる。ウッドロー・ウィルソン・センターのロブ・リトワク副所長によれば、解釈の違いが起きるのは両国の内政事情によるもので、イランの強硬派は大悪魔との協定など望まず、アメリカの強硬派もならず者国家との合意には懐疑的である。アメリカの反対派とイスラエルはイランの体制の性質を協定の内容以上に問題視しているが、賛成派は文書の技術的な問題に注目すべきだと主張する。そうした事態とは裏腹に、解釈の相違をもたらしたのは政策として重視するものの違いである。アメリカはイランが核分裂物質を製造する能力に制約を科そうとしているが、イランはエネルギー目的でウラン濃縮をしたいと思っている(“The Language of the Iran Deal”; WNYC Brian Lehrer Show; April 13, 2015)。ヘンリー・キッシンジャー元国務長官とジョージ・シュルツ元国務長官はイランが国際査察官を騙そうと思えば、多くの施設も核分裂物質も査察の対象外なので簡単にできると指摘する。中東でのアメリカの同盟諸国は、オバマ政権が一時的で拘束力の弱い合意を取り付けたことでイランの地域的な覇権を認めたと見なしている。よってサウジアラビアは独自の核抑止力を模索している(“The Iran Deal and Its Consequences”; Wall Street Journal; April 7, 2015)。
オバマ政権が主導するイラン核協定はそれほど危険なので、上院「四十七士」をはじめとするワシントンの反対派はイスラエルやサウジアラビアの懸念に共鳴している。同盟の盟主がパーセプション・ギャップのためにより弱小な同盟国をケルキュラ扱いする時には、弱小な同盟国は盟主国内の反対派と手を組んでその国の内政に入り込んで、盟主の国の政府の決定を覆すべきだろうか?上記のような核協定の欠陥とオバマ政権の中東戦略の危険性にもかかわらず、ブルッキングス研究所のロバート・ケーガン上級研究員は、ネタニヤフ氏がワシントン政治に深入りし過ぎだと批判的に論評している。ケーガン氏は決してオバマ政権の外交政策を支持してはいないことを忘れてはならない。それでは、どうしてそこまで批判的なのか?ケーガン氏はネタニヤフ氏によるワシントン政治への深入りは内政干渉であり、イスラエルが戦略的に重要であろうがオバマ氏との関係が良くなかろうが例外でないと述べている。また、そうした行為によってアメリカが国家全体としてイラン政策に関するコンセンサスを形成することを妨げるとも言う。ケーガン氏が言うように、党派分裂はアメリカの外交政策形成者の間で深刻な問題となっている。さらにウィンストン・チャーチルが鉄のカーテン演説を行なったのは議会でなくミズーリ州フルトンだったのも、チャーチル自身が大統領の招待を受けたわけでもなく、公職からも退いていたからである(“Five reasons Netanyahu should not address Congress”; Washington Post; January 29, 2015)。ケーガン氏はさらに、ジョン・ベイナー下院議長がネタニヤフ氏を招待できるなら、民主党側も共和党政権に対して同様なことができると主張する(“At what price Netanyahu?”; Washington Post; February 27, 2015)。ネタニヤフ氏の事例は全世界の国家指導者達にとって、アメリカが世界の期待に応えない時にどのように振る舞うかを模索するうえで重要な課題を示してくれる。アジア諸国はオバマ政権の戦略的リバランスに歓迎一色だが、オバマ大統領がアジアの期待に沿うという保証はない。それどころか中国に対してもイランに対するのと同様な宥和姿勢だと、どうなるのか?
人質両名の殺害は日本国民を震撼させたが、日本は戦後の全方位外交から脱却して自国の国益を守る必要がある。オバマ大統領自身がアメリカはもはや世界の警察官ではないとのたまわるようでは、日本もオバマ政権のアメリカに信頼を寄せられなくなっている。そうであるとすれば、日本は民主主義諸国の中核として中東の安定化のために何かをやる必要がある。さもなければ中東の石油に大幅に依存する自らの経済さえ持続できなくなってしまう(“A tipping point for Japan’s foreign policy”; Financial Times; January 28, 2015ないしこちら)。 問題は日本一国の狭い国益を超えたものである。安倍政権の積極的平和主義を後押ししている日本国際フォーラムは第37回政策提言で、日本は戦後の「一国平和主義」を脱却して自由主義世界秩序の強化に積極的に関わるべきだと主張する 。
また、イスラム過激派の性質も理解するべきである。日本が宥和したとしてもISISは人質を殺害したであろう。過激派は自分達の同胞であるイスラム教徒さえ殺害する。異教徒を殺すのに何の躊躇があるだろうか?日本は西欧対イスラムという文明の衝突に巻き込まれるべきではないという間違った理解が広まっている。それは全く誤っている。歴史を通してみると、キリスト教徒とユダヤ教徒だけがイスラム過激派と敵対関係にあったわけではない。彼らはインドで仏教を根絶したうえに、ゴータマ・シッダルタ生誕の聖地を破壊した。タリバンがバーミアンの大仏爆破を思いとどまるよう請願に訪れた日本代表団に対し、侮辱的な対応だったことを忘れてはならない。また日本がアメリカ主導の有志連合と距離を置くべきだという議論も、彼らがロシア人を殺害したことからして間違っている (“ISIS video claims to show boy executing two men accused of being Russian spies”; CNN News; January 15, 2015)。我々が銘記すべき最も重要な点は、過激派の偏向したイデオロギーと狂気性である。歴史的な証拠が示す通り、イスラム過激派はムスリム穏健派や他宗教の信者に非寛容的である。現在では彼らはスンニ派の中でも最も教条主義的で無辜の民への殺戮さえ正当化するようなサラーフィー主義に傾倒し、過激性と暴力性を強めている。
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