2022年11月 8日

日本とアングロサクソンの揺るがぬ同盟と、独自の戦略

Jaukus

 

JAUKUS?日本、オーストラリア、イギリス、アメリカによる太平洋同盟

 

 

先の記事『イギリスはインドを西側に引き込めるか?』に於いて、イギリスがトルコ、インド、日本と進める次期戦闘機共同開発について論じた。地政学的には、上記3ヶ国は大英帝国の戦略的ハブであり、各々がユーラシアの西、真南、東に位置している。もちろん現在のイギリスは覇権国家ではないが、ヨーロッパとの関係を保ちながらインド太平洋地域への傾斜は、欧州大西洋地域の地域大国の視点というよりもかつての海洋覇権国家、そして現在の覇権国家であるアメリカの戦略的視野に近いものがある。

 

過去の帝国の経験に基づく地政戦略を模索することは、必ずしも誇大妄想とは言えない。ロシアがウクライナの再征服を目論んだネオ・ユーラシア主義の夢は、破滅的な結果をもたらしたことは否定できない。他方でトルコはネオ・オスマン主義のビジョンを打ち出して世界の中での存在感を高めているが、これには欧米とその他の間での綱渡り外交が要求される。そうした中で日本は様々な事情が入り混じる立場である。冷戦後の世界で政治的存在感を増すために自主独立外交を追求する日本ではあるが、他方で自らの立場はクォッド+AUKUSというアングロサクソン主導によるインド太平洋地域の安全保障ネットワークに深く立脚させ、戦時中の帝国の再現など夢想だにしない。そうして、この国は自国の立場を今世紀におけるリベラル国際秩序、すなわち中国その他のリビジョニスト勢力に対抗するパックス・アングロサクソニカ2.0の重要な支持国と見做している。日本をアメリカと中国に挟まれた小さな島国としか見ないようでは、あまりに視野が狭い。地球儀を俯瞰して見れば、日本とアングロサクソン覇権国家は戦前からユーラシア・リムランドを地政戦略的に優先していたことがわかる。

 

そうした中で、日本外交の自主独立の側面も理解する必要がある。本年7月に日本国際フォーラムより刊行された『ユーラシア・ダイナミズムと日本』は、まさにユーラシアとインド太平洋における日本の戦略の自画像とも言える。1990年代に橋本政権がユーラシア・ハートランド との関係を強化する新シルクロード構想を打ち出したが、それは地政学的な考慮よりも、古代からのアジアとの文化的そして歴史的な関係をロマンチックに追い求めたもののように見えた。また、イデオロギー的側面はその構想ではあまり重要ではなかった。日本のグランド・ストラテジーの進化を促したものは、911同時多発テロ事件である。麻生太郎首相(当時)はブッシュ政権の拡大中東構想に呼応して、テロと専制政治に対抗する「自由と繁栄の弧」を打ち出した。

 

麻生氏を継いだ安倍晋三氏は、そうしたグランド・ストラテジーをさらに推し進めた。安倍政権はFOIPやTPPに代表される地域の安全保障と自由貿易の構想で指導的な役割を果たし、アメリカ・ファーストの孤立主義に陥るトランプ政権下のアメリカの穴を埋めた。非常に重要なことに安倍氏は世界各国、特に西側首脳に中国の脅威に対する注意を呼びかけた。それ以前には、西側のメディアは日中間の抗争を、まるでインドとパキスタン、イランとイラクなどの第三世界の地域大国の間の抗争のように扱っていた。実を言うと当時は私も中国を過剰に意識する者とは距離をとっていたが、それはネット右翼やその他リビジョニスト達のジャパン・ファーストな態度に嫌悪感を抱いていたからであった。彼らの世界観は地球儀を俯瞰したものには程遠く、今日で言えば戦後パックス・アメリカーナに対するプーチン的な怨念やグローバル化に対するトランプ的な怨念にも相通じるように思われた。日本国際フォーラムのイベントに参加することがなければ、私には中国が突きつける挑戦が増大する事態への認識を現状に追いつかせる機会を逸していたかも知れない。

 

他方で安倍氏はロシアが経済協力の見返りに北方領土を返還してくれると信じ込むほどの希望的観測を抱き、プーチン体制の「力治政治」という性質を認識できていなかった。忘れてはならぬことは、2016年の日露首脳会談を前に安倍首相はウラジーミル・プーチン大統領に一服とってもらおうと自身の選挙区である山口県内の温泉保養地に招待したが、その時に残虐な独裁者を歓待しようと取った態度は温泉旅館の主人さながらだったということである("Abe and Putin meet at a hot spring resort in Japan"; Yahoo News; December 16, 2016

 

さらに議論を進めるために、戦略的ハブ3ヶ国について歴史的な意味合いから言及したい。トルコはロシアの南下を食い止める防波堤であったばかりか、NATOとCENTOの重要な加盟国としてヨーロッパと中東でソ連の脅威の歯止め役を担ってきた。インドは英領インド帝国の時代から、東アジアと中東、そして中央アジアとインド太平洋を結び付ける場所であった。そのような地政学的背景から、インドは今日ではテロとの戦いとクォッドにおいてアメリカにとって不可欠な戦略パートナーとなった。そうした中で日本は東アジアのランド・パワーによる海洋へのアクセスを阻めるオフ・ショアの前線基地に役割を果たしてきた。現在、トルコとインドは多極化する世界の地政学で独自の役割を希求しながら、各々はNATOとクォッド加盟国の立場も保とうとしている。そうした中で日本はG7の原則であるルールに基づく世界秩序を掲げ、それによってアングロサクソンのシー・パワーにとって頼むに足る存在となっている。

 

地政学に加えてハブ3ヶ国の防衛産業についても言及する必要がある。3ヶ国ともある程度の軍事技術はあるが、次期戦闘機全体を製造できるほどの高度な技術はない。トルコは比較的廉価で入手が容易な兵器を、主に途上国に向けて輸出している。中でもバイラクタルTB2はロシアに対するウクライナの反撃で面目躍如となり、全世界的に評価が高まった。しかし先進技術となると、この国には欧米主要国の支援が必要である。他方でインドはナレンドラ・モディ首相による『メイク・イン・インディア』の旗印の下で多種多様な国産兵器を製造し、テジャス戦闘機、アージュン戦車、アストラ視界外射程空対空ミサイルなどが配備されている("Top 10 Indian Indigenous Defence Weapons"; SSBCrackExams; October 24, 2020)。しかしそうした兵器は国際市場で競争力は弱いので、インドは依然としてロシアに兵器調達を依存している。そうした事態にあって、インドは欧米との技術協力で国防の自立性を模索している。

 

上記2ヶ国と違って日本は基本的に先進技術に強く、欧米の兵器体系に重要な部品を提供している。中でも日本製のシーカーはイギリスのミーティア空対空ミサイルに組み込まれ、新たにJNAAMを生産するとこになった("Japan confirms plan to jointly develop missile with Britain"; UK Defence Journal; March 4, 2022)。しかし日本の防衛産業はマーケティングのための政治的ネットワークを持たないため、オーストラリアへの潜水艦輸出でフランスと競走して契約を勝ち取るには不利な立場にあった。日本にとって幸いなことに、AUKUS成立の公表を機に、オーストラリアはフランスの潜水艦に代わって米英の原子力潜水艦を輸入することになった。

 

アングロサクソンのシー・パワーはグローバルな観点から戦略を練り、各地域のハブの優先度は全世界の安全保障環境によって変わってくる。よって日本がアメリカ国内での視野の狭い対中強硬派の尻馬に乗ることは、ロシアがウクライナ侵攻によって世界秩序に反旗を翻す現況では得策とは思えない。彼らはアジアでの中国の脅威に囚われるあまり、地球儀を俯瞰する視点が欠けている。彼らと連携してアメリカのウクライナ支援を阻止しようとしている勢力は、アメリカ・ファーストを掲げる右翼と反戦を掲げる左翼である("A Moment of Strategic Clarity"; The RAND Blog; October 3, 2022。また、こうした非介入主義勢力は減税運動とも気脈を通じている("Inside the growing Republican fissure on Ukraine aid"; Washington Post; October 31, 2022)。バイデン政権の国家安全保障戦略にも記された通り、中国がリベラル世界秩序への第一の競合相手に上がってきた。そしてロシアとその他リビジョニスト勢力が、日本の平和と繫栄の礎となるこの世界秩序への妨害と反逆に出ている。よって日本が間違った相手と手を組むことによって自国第一主義との誹りを受けぬようにすべきである。

 

現在の地政学文脈の下で、アングロサクソンのシー・パワーはユーラシアとインド太平洋どのようにバランスをとるのだろうか?それについて、イギリスと共同で戦闘機プロジェクトを進める3ヶ国との関係から述べたい。トルコにとってイギリスは長年に渡ってヨーロッパで最も友好的な国である。ブレグジット以前には、イギリスはトルコのEU加盟申請を支持し続けた。ポスト・ブレグジットの時代にあって、イギリスとトルコはこれまで以上に互いを必要としている。通商では共通関税のために複雑な手続きが要求されるEUとの合意よりも、むしろ自国の経済主権を維持するためにはイギリスとの合意の方が好ましいとトルコは考えるようになった。非常に重要なことに、エルドアン政権が2020年にリビア内戦で残虐なシリア傭兵の派遣、そして2018年に自国内でのテロ行為阻止を名目にしたシリアでのクルド人民兵への攻撃を行なったことによって、トルコはEUとの関係で緊張をかかえることになった。しかしイギリスはトルコを強く非難することはなかった("TURKEY AND THE UK: NEW BEST FRIENDS?; CER Insights; 24 July, 2020。インドもポスト・ブレグジット時代に有望な市場である。戦略的には、この国は旧CENTO加盟国ながら親中でタリバンとの関係も深いパキスタンに代わり、南アジアではイギリスにとって最も重要なパートナーとなっている("The Integrated Review In Context: A Strategy Fit for the 2020s?" Kings College London; July 2021)。本年4月の英印共同声明で述べられた通り、両国の戦略的パートナシップはクォッド+AUKUSを超えてアフリカにまで達しようとしている。

 

そうした中で日本はオーストラリアとともにイギリスのインド太平洋傾斜で重要なパートナーとなっている。両国ともG7の一員としてルールに基づく世界秩序を支持している。イギリスにとってポスト・ブレグジットの政治および経済的な不安定を乗り切るためにも日本が必要であり、日本にとっては中国と北朝鮮の脅威の増大に対処するためにイギリスが必要である。通商においては、日本はイギリスのCPTPP加盟申請を支持している。二国間での安全保障の協力を強化するため、日本はメイ政権期のイギリスと共同軍事演習を開催し、自国版NSC設立による戦略的意思決定能力の向上のためにイギリス型の部分的な踏襲さえ行なった("The UK-Japan Relationship: Five Things You Should Know"; Chatham House Explainer; 31 May, 2019

 

大西洋の向う側ではバイデン政権が本年10月にアメリカの安全保障戦略の概要を示し、そこには我々が 地政学とイデオロギーで特に中国とロシアを相手にした競合の時代にあると記されている。現政権公表の戦略によると「ロシアが自由で開かれた国際体制に喫緊の脅威を及ぼし、無謀にも国際秩序の根幹を成す法を軽視していることは、ウクライナに対する残虐な侵略戦争に見られる通りである」ということだ。一方で中国に関しては、「その国は唯一の競合国であり、国際秩序再編の意志とともに、これまで以上に経済、外交、軍事、テクノロジーの力を強化してその目的に邁進しようとしている」と記されている。他方で現政権の安全保障戦略では、国際協力によって気候変動、エネルギー安全保障、パンデミック、金融危機、食糧危機などのグローバルに共有された問題を解決することが提唱されている。そうした挑戦相手国との競合であれ協調であれ、ジョセフ・バイデン大統領は全世界でのアメリカの同盟ネットワーク再強化に乗り出そうとしているので、そうしたものには軽蔑的だった前任者のドナルド・トランプ氏よりはましだろう。それはクォッドによる同盟深化を目指す日本にとって好都合である。

 

アングロサクソンのシー・パワーによる戦略上の重点は時の状況によって変わるだろうが、日本は他の戦闘機計画ハブの国よりも有利な立場にある。トルコは慢性的にクルド人問題を抱えている。エルドアン政権によるシリアのクルド人攻撃によって「NATOの脳死」がもたらされた。また、この国はスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に際してクルド人亡命者の件で異論を挟んできた。それは友好国のイギリスを困惑させかねず、統合遠征部隊(JEF)で英軍指揮下に置かれたオランダ、スカンジナビア諸国、バルト海諸国に対する指導力発揮にも良からぬ影響が出かねない。インドはヒンドゥー・ナショナリストが権力を握り、国内での彼らとイスラム教徒およびキリスト教徒の衝突は無視できない懸念材料である。極めて問題となることに、両国ともクレムリンと強い関係でつながっている。トルコはロシアよりS-400地対空ミサイルを購入した。インドも国連総会では依然としてロシアへの非難や制裁の決議に棄権票を投じている。

 

それでも日本は、トルコとインドでは酷い状況にあるような国内での民族宗派間の緊張には苛まれていない。ロシアとの関係では、岸田文雄現首相はウクライナ危機もあって安倍政権下でのプーチン政権への融和政策を大転換している。岸田氏は陸上自衛隊出身の中谷元、元防衛相を自らの国際人権問題担当補佐官に登用し、日本が人権問題を国家安全保障上の喫緊の課題と見做しているという強いメッセージを送っている。そのことは岸田氏がウラジーミル・プーチン大統領によるロシア国内とウクライナで犯した残虐な犯罪を決して許さず、安倍氏のような過ちを決して犯さないと解釈することもできる。グローバルに共有される問題では、日本はG7その他多種多様な国際的ないし地域的なチャンネルを通じ、戦後のシビリアン・パワーとしての関与には積極的であった。グローバルな安全保障の状況と環境は常に変化する。しかし何があろうとも、日本は世界での評判と信頼を守るためにもジャパン・ファーストに陥るべきではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年7月 7日

イギリスはインドを西側に引き込めるか?

Johnson-modi-2022

 

 

ウクライナの戦争によって、世界は西側民主主義陣営と中露専制国家陣営に真っ二つに分かれてしまった。しかしジョセフ・バイデン米大統領主催の民主主義サミットに招待された民主主義国家の中には中立の立場を保ち、2月の国連安全保障理事会でも4月の国連人権理事会でもロシアのウクライナ侵攻への非難決議を棄権した国もある。そうした国々の中でもインドは冷戦期よりパキスタンへの対抗の必要もあり、ロシアとは長く深い関係にある。よってインドに西側の対露制裁参加を期待することは、現時点では非現実的である。

 

他方でインドは911同時多発テロ攻撃を機に、アメリカとの安全保障上のパートナーシップを深めてきた。現在、インドは中国の海洋進出に対抗し、FOIP推進のためにクォッドに加盟している。よって西側民主主義陣営はインドを自分達の側に引き寄せる戦略的必須性がある。この目的のためには、長期的な観点から国防および経済でのインセンティブを与える必要がある。中露枢軸と西側同盟の間で繰り広げられる21世紀の冷戦は、ロシア・ウクライナ戦争に留まらなくなるだろう。5月24日のクォッド東京首脳会談に先んじて、イギリスはインドといくつかの合意に至った。ボリス・ジョンソン英首相は4月22日のインド訪問でナレンドラ・モディ首相と会談し、経済、安全保障、気候変動などに関して両国の戦略的パートナーシップの拡大を話し合った(“PM: UK-India partnership ‘brings security and prosperity for our people’”; GOV.UK; 22 April, 2022)。多くの議題の中で最も本題と関わるものは、インドの次期戦闘機開発計画へのイギリスの支援である(“UK, India promise partnership on new fighter jet technology”; Defense News; April 22, 2022)。

 

イギリスとの合意以前に、インドはロシアのスホイ57に基づいて設計されたFGFA計画を破棄した。実のところ元になるスホイのステルス戦闘機の開発でロシアが資金と技術上の問題を抱えてしまったこともあり、この計画は遅延を重ねたばかりか経費もあまりに高くなってしまった(“$8.63-billion advanced fighter aircraft project with Russia put on ice”; Business Standard; April 20, 2018)。非常に重要なことにインドはロシアが設計した原型機に不満で、エンジン、ステルス性、、兵器搭載能力について40項目もの改善を求めた(“India and Russia Fail to Resolve Dispute Over Fifth Generation Fighter Jet”; Diplomat; January 06, 2016)。この戦闘機の運用実績も、こうした懸念を裏付けているように思われる。スホイ57は2018年にシリアで戦場にデビューした(“Russia's most advanced fighter arrives in Syria”; CNN; February 24, 2018)のだが、不思議にもウクライナのように防空網が強固な空域での航空優勢の確立にこそ必要なはずのステルス戦闘機をロシアは渋っているようである(”Russia's much-touted Su-57 stealth fighter jet doesn't appear to be showing up in Ukraine”; Business Insider; Jun 14, 2022)。

 

ロシアの軍事産業は1980年代までは西側の軍事産業にとって手強い競争相手であった。しかし彼らの技術的な強みはハードウェアにあってもソフトウェアにはない。一例を挙げると、西側は1989年パリ航空ショーでスホイ27が披露した「プガチョフのコブラ」飛行によってロシア製戦闘機の航空力学のレベルに驚愕した。しかしコンピューター・エレクトロニクスと情報テクノロジーの進歩によって運動性よりもアビオニクス(航空電子機器)の重要性が増し、それによって西側はロシアに対する優位を強めた。ソ連崩壊が間近に迫った1990年代初頭に、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授はロシアの製造業について「スターリン型経済モデルは比較的洗練度の低い技術を習得し、基本的な製品の大量生産を行なううえでは成功だった。・・・・しかし最大の問題は、ソ連の中央計画経済では変化の速い今日の情報化が進んだ経済に柔軟に対応できない。・・・・情報化が進んだ経済では広く共有され自由に流れる情報がないと、最大限の利益を得られない」(“Bound to Lead”; Chapter 4, p. 120~121; 1990)と記している。エリツィン時代からプーチン時代を経てもロシアは依然として、このソ連時代からの古い問題を解決できていない。ウラジーミル・プーチン大統領が自らを、この国の近代化と啓蒙化で成功を収めたピョートル大帝と並べようとは笑止千万である。

 

現在、イギリスはトルコのTAI社TF-Xや日本の三菱重工F-3など、主要な地域大国の国産時期ステルス戦闘機開発に技術支援を行なっている。これらの計画はイギリスのテンペスト計画と並行して進みながら、技術移入国は研究開発で自国独自の立場を維持できる。モディ政権は「メイク・イン・インディア」政策で製造業の強化を図っているので、イギリスの申し出はインドにとって好都合だろう。他の欧米諸国ではアメリカとフランスが大々的な輸出キャンペーンを行なっているが、イギリスはインドが中国のJ-20およびJ-31に対抗するためのステルス戦闘機計画を開発段階から支援しようとしている (“India bolsters arms ties with West to sever Russian dependence”; Nikkei Asia; June 17, 2022)。歴史的にイギリスは帝国の全てを直接統治したわけではなく、一部では現地有力者によるある程度の一種の自治を認めた。こうした帝国時代から根差した技は、イギリスの国防関係者達がトルコ、日本、インドのステルス戦闘機計画に関わるうえで役立つであろう。

 

テンペストの研究開発を主導するBAEシステムズはアメリカの先端兵器システムへのハイテク部品供給で上位に入るほどで、技術的に世界で最も競争の厳しい防衛市場でも成功している。このことはイギリスの防衛技術がロシアのものよりはるかに信頼性があることを意味する。ウクライナの戦争では西側の優位が印象付けられている。ロシアは多数の精密誘導ミサイルを発射したが、西側のものと違って60%は標的を外している(“Exclusive: U.S. assesses up to 60% failure rate for some Russian missiles, officials say”; Reuters; March 26, 2022)。驚くべきことに、ロシア製ミサイルの攻撃は素人のキャッチボールの投球よりもノーコンなのだ。制裁によってロシアと欧米の産業技術の差は、ますます開くだろう。中国は二次制裁を怖れて制裁対象となる技術をロシアに供給しないだろう(“Russia's economy in for a bumpy ride as sanctions bite”; BBC News; 15 June, 2022)。ロシア製兵器体系は西側のものよりも低価格で、メンテナンス作業も少なくて済む。しかし現在のインドは西側の兵器を配備できるほど豊かで強くなり、それによって究極的にはロシアへの依存は低下するであろう。

 

イギリスによるインドのステルス戦闘機計画への関与は、この国のインド太平洋戦略とも関わっている。ロシアのウクライナ侵攻を前にした昨年、イギリス首相官邸は『競争激化する時代のグローバル・ブリテン』(“Global Britain in a competitive age”)を刊行し、イギリスの外交および安全保障政策でインド太平洋地域への「傾倒」(tilt)が欧州大西洋の域内とどのように強固に結びついているか記している。そこではロシアが最大の脅威とされた一方で、中国、インド、日本が各々の特性からインド太平洋地域での戦略的な中核とされている。上記3ヶ国の内、イギリスは中国を自国の経済安全保障に対する「最大の国家的脅威」を突き付け、さらに自らの安全保障、繁栄、価値観に「体系的に反発」してくる権威主義国家だと見做している。他方でインドについては「世界最大の民主主義国家」かつ「国際社会で重要度を増すアクター」で、この地域でイギリスの重要なパートナーとなっているアメリカ、日本、オーストラリアとは安全保障、経済、環境問題での協力を推し進めてゆくべき国だと認識されている(“Understanding the UK's ‘tilt’ towards the Indo-Pacific”; IISS Analysis; 15 April, 2021)。

 

この”tilt”はブレグジット後のイギリスが、インド太平洋地域との安全保障および経済的関与の深化、中国の脅威の抑制、成長著しい当地域での市場開拓を通じて国際的地位を強化することを目的としている。それはイギリスでも政府、財界、シンクタンクといった官民挙げての様々なアクターから支持されている。また、域内のステークホルダーからも”tilt”は歓迎されている(“What is behind the UK’s new ‘Indo-Pacific tilt’?”; LSE International Relations Blog; October 6, 2021)。そうした“tilt”における英印パートナーシップに関して、ロンドン大学キングス・カレッジのティム・ウィリアジー=ウィルジー客員教授が同校の国防専門家達による共同論集で以下のように言及している(“The Integrated Review in Context: A Strategy Fit for the 2020s?”; King’s College London; July 2021)。基本的な点は、両国の戦略的パートナーシップを二国間と多国間の関係から観測すべきということだ。後者にはクォッド・プラス、AUKUS、その他域内での安全保障ないし経済での枠組が含まれる。歴史的にインドはイギリスが植民地時代から独立時にかけて国民会議派よりもパキスタンのムスリム同盟の方に好意的であったとして、親パキスタンだと見なしてきた。またパキスタンは中東におけるイギリス主導の反共軍事同盟、CENTOにも加盟していた。しかしタリバンがアフガニスタンでのNATOの作戦を妨害するにおよんで、イギリスはパキスタンよりもインドとの関係を強化するようになった。現在ではイギリスはインドにファイブ・アイズへの加盟さえ招請している。FGFA計画が頓挫した時期に、イギリスは国防装備調達と諜報の両面からインドを西側に引き込もうとしている。現在はロシアのウクライナ侵攻をめぐって両国の見解に隔たりはあるものの、そうした動きは長期的に見ればこの国をクレムリンから引き離すうえで役立つであろう。

 

そうした中で、ヒンドゥー・ナショナリズムはインドがイギリスおよび他の西側諸国との戦略的パートナーシップへの致命的な障害になりかねない。ともかく我々はインドが世界最大の民主主義国であるという前提を再検討する必要がある。2021年のフリーダム・ハウス指標によると、インドは先進民主主義諸国ほど自由でも民主的でもない。政治的な権利に関しては、インドはイギリスの政治制度を引き継いだものの、議会では民族宗派上のマイノリティーを代表する議席は充分でない。市民の自由のスコアはさらに悪い。モディ現首相は、ケンブリッジとオックスフォード両校出身でシーク教徒のマンモハン・シン前首相と比べると報道の自由への敵対度が高い。また多数派のヒンドゥー教徒がモディ氏のBJPが掲げる方針に沿って攻撃的な反イスラム運動を繰り広げるようでは、宗教の自由も保証されていない。司法の権限はポピュリストによるそのような暴挙を止められるほどの独立性はない(“FREEDOM IN THE WORLD 2022: India”; Freedom House)。仮に1月6日暴動がキャピタル・ヒルでなくニューデリーで起きていたら、インドは低劣俗悪な破壊行為を阻止できなかったかも知れない。西側には国防装備調達でロシアに取って代われるだけの技術的優位がある。しかし我々がどこまでインドと価値観を共有しているのかは問題だ。

 

非常に興味深いことに、ヒンドゥー・ナショナリストにはルースキー・ミールに熱狂するプーチン氏の支持者、そして1月6日暴動に参加したトランプ氏の支持者と相通じるところがある。彼らのいずれも非常に報復意識が強く、部族主義色が濃い。英国王立国際問題研究所のガレス・プライス上級研究フェローによると、モディ氏率いるBJPの主要な支持基盤はインド国内でも人口が多く貧困が目立つ「ヒンドゥー・ハートランド」と呼ばれる北部内陸のウッタル・プラデーシュ州、マディヤ・プラデーシュ州、ビハール州だということである。彼らは英語堪能なグローバリストのエリート達が社会経済的な格差をもたらしたと憤っている。そうしたナショナリスト色の強いポピュリスト達が特にイスラム教徒やダリットに代表される民族宗派上のマイノリティーには「特権」が付与されているとスケープゴートにして自分達のプライドを満足させている有り様は、黒人やヒスパニックに対するアファーマティブ・アクションを非難するトランプ・リパブリカン、そしてウクライナの新欧米的な独立派にネオナチのレッテルを貼り付けるプーチン氏の支持者にそっくりである。この点はモディ政権のインドがウクライナでのロシア軍の野蛮で残虐、そのうえ道徳心の欠片もない行為に寛容な理由と深く関わっていると思われるにもかかわらず、ほとんどのメディアと専門家はそれを見過ごしている。途上国なら経済の方が差し迫った優先課題となることもあろうが、インドはロシアの行為にただの非難声明さえ躊躇する有り様である。ヒンドゥー・ナショナリズムが外交政策に及ぼす影響をさらに考えるうえで、この思想は非常に排外性が強いのでインド国内に由来するシーク教やジャイナ教にはそれほどではなくとも外来宗教、特にイスラム教やキリスト教には敵対的であることも忘れてはならない(“Democracy in India”; Chatham House; 7 April, 2022)。

 

よって西側はインドを世界最大の民主主義国と呼ぶほど自己都合で相手を見てはならない。もちろん、この国は西側とは特に「自由で開かれたインド太平洋」という地政学的利益を共有している。しかしウクライナでの戦争勃発によってインドがロシアとは深く密接な関係にあることが国際社会に再認識され、そのことで我々がこの国とどこまで価値観を共有しているのかという問題が突き付けられることになった。イギリスによる防衛協力に見られるように、西側にはより高度で洗練された技術があるのでインドの防衛市場ではロシアとの競争に勝てる。地政戦略には、それは西側にとって露印関係を弱体化させるために価値ある取り組みである。インド太平洋におけるヒンドゥー・ナショナリストのモディ政権のインドは、NATOにおけるイスラム主義のエルドアン政権のトルコと似ている。偶然にもイギリスはテンペストの技術を、両国の国産戦闘機計画支援のために提供する方針である。共通の国益がある問題ではインドとの戦略的パートナーシップを深化させてこの国への中露の影響を希釈する一方で、我々はこの国が世界最大の民主主義国だという楽観視に陥ってはならない。当面の間、政府レベルでヒンドゥー・ナショナリズムに対して挑発的な反応をすることは推奨できない。我々はむしろ非政府アクターを民族宗派その他社会的なマイノリティーに関与させ、インドの統治の改善を図ってゆくべきである。.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年10月26日

アフガニスタン撤退と西側の自己敗北主義

Afghan-withdrawal

 

 

昨年11月のアメリカ大統領選挙でジョセフ・バイデン氏がドナルド・トランプ氏を破り、世界は喜びにあふれた。西側同盟の一体性は、G7カービスベイとNATOブリュッセル首脳会議で確認された。また、バイデン氏はNATOで指導力を発揮し、4月にはロシアのウクライナ侵攻を阻止した。しかしアフガニスタンからの米軍撤退とそれに続く現地の混乱により、バイデン政権への国際社会からの信頼は損なわれた。トランプ氏はこの機を逃さずバイデン氏を非難したが、タリバンと早期撤退の取り決めを行なったのは彼自身である。

 

忘れてはならぬことに、トランプ・リパブリカンはバイデン氏のものよりはるかに早く機嫌を設定したトランプ氏の撤退スケジュールを支持したのである。その一例としてイボ・ダードラー元駐NATO大使は、ミッチ・マコネル上院議員がバイデン氏の撤退を非難しながらも自身はアフガニスタンへの駐留継続に反対であったことを批判している 。

 

 

ケビン・マッカーシー下院議員からジェフ・バン・ドリュー下院議員にいたる他のトランプ・リパブリカンも大なり小なりマコネル氏同様に偽善的である。何よりも、トランプ氏自身が自身のサイトで撤退を支持する発言を削除した。

 

 

 

 

よってアメリカ国内の政治的衝突にはバランスの取れた視点が必要である。

 

西側の自己敗北主義については多くの主張が飛び交っている。そうした議論のいくつかに反論したい。アメリカのアフガニスタン攻撃を批判する者は、帝国的なオーバーストレッチ、あるいは9・11同時多発テロに対して怒りに任せた過剰反応だと言う。だがこれは批判のための批判でしかない。アメリカ本土への攻撃は西側民主主義への攻撃であり、彼らの極悪犯罪に難の行動も起こさなければ世界の安全はもっと損なわれていただろう。外交問題評議会のリチャード・ハース会長は、反戦主義者の主張には以下のように反論している。

 

 

 

 

他にも西欧啓蒙思想とリベラリズムの普遍性を否定し、タリバンの宗教的狂信主義による暴虐な統治を正当化する者さえいる。イスラムの伝統もさることながら、彼らは複雑な民族宗派および部族的背景を抱えたアフガニスタンの歴史にまで言及し、西側が擁立した近代的なネーション・ステートを否定している。しかしタリバンによる統治はパシュトゥン人のイスラム過激派による権力独占に見られるように、より中央集権的で多様性に欠けている。よって都市部の住民と違い地方の住民はタリバンの方を支持しているという論調は、全くの間違いである。またタリバンによって、9・11同時多発テロ以前には彼らの盟友であったアル・カイダや、米軍撤退後には彼らの敵となるIS―Kに見られるような国外の過激派がこの国に入り込むようになっている。

 

上記のようにテロとの戦いに反対する見解には、反西欧主義と第三世界の独裁者やテロリストへの偏った好意に満ち溢れている。カルザイ政権とガニ政権の統治は、メディアが両政権の腐敗ぶりを報道するほどは悪くなかった。フリーダム・ハウスによると、米軍侵攻以降は市民の自由に関する指標が最低の7から5に上がっている。また、女児の就学率はほとんどゼロだった2001年から、2018年には小学校で83%、中高等学校では40%にまで上昇した。さらに目を惹くものは一人当たりのGNIで、2001年の$820から2019年には$2,229に跳ね上がった。他方でアフガニスタン政府はケシ栽培面積と民間死傷者数を抑制できなかった(“The Legacy of the U.S. War in Afghanistan in Nine Graphics”; Council on Foreign relations; August 17, 2021)。

 

上記のような親西欧政権の成功面に鑑みれば、アメリカが党派にかかわらず撤退を決定したのはなぜか理解する必要がある。それによる混乱と地政学的な力の真空は容易に見通せるだけに。アメリカは自国の国益のためにアフガニスタンを見捨てたとの声もある。しかしそれをどのように、しかも誰が決めるのか?アフガニスタンでの長い戦争には超党派の厭戦気運が漂ってはいたが、ヨーロッパ政策分析センターのカート・ボルカー氏は「アメリカの軍事および外交を司る最上層部の高官達はこの10年間で一貫して、有力政治家達には米軍撤退によってアフガニスタン政府の崩壊、人道的な被害、そして敗北したアメリカによる同盟国見捨てという認識がもたらされるだろうとのブリーフィングを行なってきた」と論評している(“Afghanistan’s End Portends a Darker U.S. Future”; CEPA; August 13, 2021)。アフガニスタンに関し、トランプ氏もバイデン氏もどれほど外交政策エスタブリッシュメントを疎外して左右のポピュリストから歓心を買おうとしたかをボルカー氏は語っているのだ。

 

上記の見解はアメリカを代表する外交政策形成者達の間で共有されている。しかしバイデン氏が彼らの批判に妥協しない理由は、有権者がアフガニスタンでの「長い戦争」への厭戦気運にあり、彼自身も内政問題と中国との戦略的競合に優先順位を置くようになったためである(“Here's Why Biden Is Sticking With The U.S. Exit From Afghanistan”; NPR News; August 14, 2021)。コンドリーザ・ライス元国家安全保障担当補佐官はバイデン氏はアフガニスタン国民のネーション・ビルディングをもっと暖かく見守るべきだった、そして世界からのアメリカへの信頼回復のためにもウクライナ、イラク、そして台湾への関与を強化すべきだと論評している。またアメリカの有権者にはアフガニスタンの戦争が常軌を逸して長かったわけではなく、朝鮮戦争は今も形式的には続いていると説いている (“Condoleezza Rice: The Afghan people didn’t choose the Taliban. They fought and died alongside us.”; Washington Post; August 17, 2021)。

 

軍事戦略の観点からは、アメリカン・エンタープライズ研究所のフレデリック・ケーガン氏がバイデン氏はトランプ氏がタリバンと成した合意を破棄することもできたのに、そうしなかったと評している(“Biden could have stopped the Taliban. He chose not to.”; AEI ; August 14, 2021)。外交問題評議会のマックス・ブート氏も同様に、トランプ氏の偽善とバイデン氏のタリバン進撃に対する鈍い対応を批判している(“The Biden administration’s response to the Taliban offensive is delusional”; Washington Post; August 12, 2021 および “Trump & Co. engineered the pullout from Afghanistan. Now they criticize it.”; Washington Post; August 19, 2021)。2020年にタリバンとトランプ政権双方の間では、テロリストにアフガニスタンをアメリカ本土への攻撃に使用させないとの合意が結ばれた。しかしIS-Kに見られるように他の過激派によるテロ攻撃が、タリバン統治下のこの国で再び強まっている。さらに合意に従うことなくガニ政権との和平交渉を進めなかったばかりか、彼らは前政権をカブールから追放した(“U.S.-Taliban Peace Deal: What to Know”; Council on Foreign Relations; March 2, 2020)。多くの専門家達が言うようにトランプ氏はガニ氏に圧力をかけ、タリバンの捕虜5千人解放と引き換えに3ヶ月の停戦交渉を行なうように仕向けた。バイデン氏はその合意を破棄せず、アメリカの同盟国は見捨てられることになった。

 

今回の撤退計画にはバイデン政権内からも異論があった。ボブ・ウッドワード氏とロバート・コスタ氏の近著『Peril』によると、アンソニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官は大統領に性急な撤退はしないようにと訴えたが、それは聞き入れられなかった(“Biden ignored Austin, Blinken warnings on Afghanistan withdrawal: Woodward book”; Hill; September 15, 2021)。また上院軍事委員会ではマーク・ミリー統合参謀本部議長とケネス・マッケンジー中央軍司令官が、トランプ氏もバイデン氏も同じ「戦略的失敗」を犯し、タリバンがアフガニスタン政府を相手にあれほど早く成し遂げたカブール制圧を阻止するために最低でも2,500人の地上兵力を残しておかなかったと証言した(“Military leaders, refusing to fault Biden, say troop withdrawal ensured Afghanistan’s collapse”; Washington Post; September 28, 2021)。

 

明らかにバイデン氏とトランプ氏は国家安全保障政策に関わってきた者達を脇に追いやった。ここで国際社会からの批判を代表して、イギリスのトニー・ブレア元首相の見解を取り上げたい。ブレア氏がアフガニスタン撤退に反論した理由は、その決定が戦略的な考慮よりも内政事情に基づいてなされたからである。さらに優先順位を間違えば 、西側民主主義諸国はイスラム過激派の脅威に対して脆弱になり、それによって中国とロシアを勢いづけてしまうと主張する(“Why We Must Not Abandon the People of Afghanistan – For Their Sakes and Ours”; Tony Blair Institute for Global Change; 21 August, 2021)。そのようにアメリカ国内の孤立主義気運で左右双方から外交政策エスタブリッシュメントが足を引っ張られる事態に鑑みて、ブレア氏はヨーロッパとNATOは自主防衛行動のための能力を高めて西側民主主義を守り抜かねばならないと説いている(Speech at the RUSI; 6 September, 2021)。非常に重要なことにブレア氏が言う自主防衛とは普遍的価値観に基づいていて、日本の靖国ナショナリストのようなリビジョニストの発想はない。

 

歴史的に見てアメリカ人は自国が国際的な危機にみまわれた時には熱しやすいが、それが過ぎると冷めやすいことは第一次世界大戦のルジタニア号事件に見られる通りであるとブルッキングス研究所のロバート・ケーガン氏は言う。ドイツを破ってしまえば、米国民は世界と関わる熱意など失ってしまった。当時と同様にアメリカ人は9・11同時多発テロに怒り心頭であったが、テロ被害からの世界秩序の再建などは欲していなかった。彼らがテロとの戦いを熱心に支持した時には次のテロ攻撃への恐怖に駆られていた。しかし長い戦争を最中で有権者達が次のテロ攻撃はないものと感じるようになると彼らは戦争に懐疑的になり、それどころか国家安全保障エリートによる陰謀を疑うようにさえなった。それが厭戦気運の現実である “It wasn’t hubris that drove America into Afghanistan. It was fear.”; Washington Post; August 26, 2021)。ケーガン氏の見解からすれば、当時のイスラム教徒差別が激化した理由は、コロナ危機以降のアジア人差別の激化と同様だと理解できる。また外交政策エスタブリッシュメントがウィルソニアンのビジョンを追求した一方で、有権者はジェファソニアンあるいはハミルトニアンの本能を維持し続けた。ジャクソニアンどころかデビソニアンとさえ見られているトランプ氏は2016年に、この機を逃さなかった。バイデン氏はトランプ前大統領から政権を奪取したものの、このような状況を覆すだけの意志も能力も持ち合わせていない。

 

大統領選挙直前に開催されたあるウェビナー会議では、日本を代表する専門家達によってバイデン氏が提唱する「中産階級のために外交政策」の意味が議論されていたが、遺憾にも私は彼のキャッチフレーズを軽く見てしまった。それは外交政策エスタブリッシュメントがトランプ氏の再選を怖れ、殆ど一致してバイデン氏を支持していたことが主な理由である。またトランプ氏は在任中にロシアのウラジーミル・プーチン大統領と歩調を合わせるかのようにアメリカ民主主義の評判を落とす言動さえとったので、トランプ政権下でロシア問題担当補佐官を務めたフィオナ・ヒル氏はトランプ氏がロシア以上に国家安全保障上の脅威になると述べている(“Trump is a bigger threat to the US than Russia: Former foreign policy expert”; Raw Story, October 10, 2021)。上記の観点から、私は左右の枠を超えたウィルソニアンの専門家達によるバイデン氏への熱心な支持に強く印象づけられていた。さらにバイデン陣営は上院外交委員会でジョン・マケイン氏と超党派で問題に取り組む写真を頻繁に流した。しかしバイデン氏はバイデン氏であって、マケイン氏ではないことに私は気付くべきであった。

 

急な撤退はヨーロッパの同盟諸国を驚かせた一方で日本国民がアメリカの敗北主義をある程度は受容している背景には、アメリカが戦略的な重点を中国に振り向けることを切望しているという事情もあるが、それが可能になるためには中東の安定が必要である。今や中国は一帯一路構想に見られるように、東アジアの大国にとどまらない。実際に中国はCPEC(中パ経済回廊)を通じてアフ・パック地域で力の真空を埋めようとしていて、インドがそれに警戒感を抱いている。これはインド太平洋地域での対中戦略パートナーシップとなるクォッドの信頼性にも関わる重要な点である。インドの地政学戦略家、ブラーマ・チェラニー氏は『日経アジア』紙への投稿に際して以下のようにツイートしている(“Biden's Afghanistan fiasco is a disaster for Asia”; Nikkei Asia; August 30, 2021)。

 

 

 

 

 

留意すべきことに、H・R・マクマスター元国家安全保障担当大統領補佐官は2017年の国防戦略作成でテロとの戦いから中国とロシアを相手にした大国間の競合に政策の重点を移したが、それでも今回の撤退には強く反対している。

 

地政学と戦場の状況に加えて、タリバンとの対話が可能なのか考え直すべきだ。数年前にロバート・ケーガン氏は、トランプ氏がジャマル・カショギ氏殺害で全世界から非難されていたサウジアラビアのモハマド・ビン・サルマン皇太子と緊密な関係にあることを批判していた。問題点は独裁者はどれほど改革的に見えても、本質的に圧政志向であるということだ(“The myth of the modernizing dictator”; Washington Post; October 24, 2018)。タリバンに関しては人道的な問題での外交交渉なら有り得るが、彼らが穏健になったように見えるというだけで正当性を認めるべきではない。マクマスター氏は西側が引き下がる時にタリバンと対話を行なうことが無意味なことは、カブールを奪取した彼らの慢心ぶりを見ての通りだと述べている(“H.R. McMaster Warns Against 'Self-Delusion' That Afghanistan Withdrawal Means War's End”; News Week; August 21, 2021)。

 

我々はアメリカばかりかヨーロッパからアジアに至る国際社会で、これほど多くの戦略家達がトランプ・バイデン両政権の撤退に異を唱えていることに留意すべきである。西側民主主義が中世の野蛮に蹂躙されても黙認するような、無責任な歴史観測者であってはならない。バイデン政権と国際的なステークホルダー達が撤退による混乱を鎮めるため、アフガニスタンに何をするのかを責任をもって見守って行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年3月21日

アメリカ大統領選挙と中東問題

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シェール・オイルおよびガスの急激な生産増大によって、アメリカの孤立主義と中東への非関与が加速することに懸念の声が高まっている。歴史が語ることは、エネルギーの自給ができたからと言って孤立主義に走ることは愚である。アメリカが連合国側に参戦する直前には鉱工業の生産力は圧倒的で、世界の60%もの石油を生産していた(“Timeline: Oil Dependence and US Foreign Policy”; Council on Foreign Relations)。アメリカ国民はパール・ハーバー攻撃によって、やっと認識を改めた。当時の彼らは国際政治で熾烈な力のやり取りを軽視していた。アメリカが中東から完全に手を引いたところで、敵対的な体制諸国やテロリスト達の考え方は変わらない。これらの勢力では、若者達に対して彼らのイスラム同胞の苦境がアメリカ、イギリス、シオニストの「枢軸」によるものだという憎しみを抱くように教育している。このように偏向したものの見方は数世代にわたって受け継がれている。この地域から手を引いてしまえば、第二、第三のパール・ハーバーか911同時多発テロを誘発しかねない。

 

大統領選挙運動の最中に、外交問題評議会は各候補者に外交政策に関する調査アンケートを送った。12の質問の内で4件は中東問題で、イランとの核合意、アフガニスタンからの撤退、サウジアラビアによるカショギ氏殺害、イスラエルとパレスチナの和平交渉が挙げられた。有権者は中東での長い戦争に厭戦気分を抱いているかも知れないが、外交政策の専門家から見れば当地域は依然として戦略的に重要なのである。中東が何世紀にもわたって文明と大国間の競合の十字路であったことを忘れてはならない。4つの質問の内で最も緊急性があるのはアフガニスタンである。

 

去る2月末にドナルド・トランプ氏はタリバンと和平の合意に至り、彼の地から軍を撤退させると表明した。何とトランプ氏が選挙公約を馬鹿正直に遵守したために、この度は「メイク・タリバン・グレート・アゲイン」となってしまったのである。アメリカは14ヶ月以内に軍を撤退させて力の真空を生じさせるばかりか、タリバンのテロリストを釈放してしまう。究極的には、それでは彼らが再び勢いを増しかねない(“President Trump's Disgraceful Peace Deal with the Taliban”; Time; March 3, 2020)。さらにトランプ氏はイラクとシリアから性急に軍を撤退させるといった、バラク・オバマ前大統領の中東政策での過ちを繰り返しているばかりか、アフガニスタンではビル・クリントン元大統領の過ちを繰り返している。1997年にクリントン政権はタリバンの支配地での石油パイプライン建設計画の見返りにテロ支援の停止を期待したが、その合意で911事件は防げなかった。トランプ政権がタリバンと成した合意も同様に危険である(“Trump’s bad Taliban deal”; Washington Examiner; February 27, 2020)。一体、彼にぬけぬけと民主党を非難する資格があるのだろうか?

 

次なる911事件を防ぐために、アメリカは開発援助を通じてアフガニスタン政府への関与を続ける必要がある(“The Riskiness of the U.S. Deal to Leave Afghanistan”; Council on Foreign Relations; March 2, 2020)。外交問題評議会のリチャード・ハース会長はさらに、アメリカはアフガニスタン政府と別個により細かく定められた安全保障条約を結び、兵員撤退の条件、そして経済開発から安全保障までの長期的な支援を取り決めておく必要があると主張する。それによってアフガニスタンでのアメリカの継続的なプレゼンスが保証される(“How Not to Leave Afghanistan”; Project Syndicate; March 3, 2020)。アフガニスタンはタリバンを政権の座から引きづり降ろしてから、アメリカの仲介によって大統領選挙の決着を着けている理由には、この国の憲法が大統領による統一的な統治を前提としながらも、実際には部族や軍閥が国土を割拠している。彼らは結果を素直に受け止めない (“Afghanistan’s Election Disputes Reflect Its Constitution’s Flaws”; Carnegie Endowment for International Peace; March 12, 2020)。

 

トランプ氏の対抗馬に出た候補者達は、イラン核合意、サウジアラビアの人権、イスラエル・パレスチナ和平交渉ではほぼ一致して多国間主義とアメリカ的モラリズムの尊重を訴えてはいるが、彼の無責任なアフガニスタン撤退に対して説得力のある反論を提示していない。アメリカの指導者も国民もまだ、ポスト911の中東について明確なビジョンを有していないように思われる。候補者の内で、バーニー・サンダース氏は、中東でのアメリカの長い戦争は軍産複合体と石油業界のせいだとする反戦左翼の見方に囚われている。それでは別種のアメリカ・ファーストである。有権者はアフガニスタンには関心がないかも知れないが、民主党はトランプ氏のやり方に対して強固な代替案を示す必要がある。

 

外交問題評議会の調査アンケートにある4件の質問の他に、共和党でトランプ氏の対抗候補となっているビル・ウェルド氏は、アフリカに関する質問を中東のテロと関連付けて答えているが、他の候補者達は開発援助とエンパワーメントへの言及にとどまった。実際に中東は他の外交問題と深く関わり合っている。アメリカはアジアにもっと比重を置き、中国の脅威の増大を食い止めるべきだという声もある。しかし私はアメリカの国際主義回帰の方が、どの地域を戦略的に重視するかよりもはるかに重要だと言いたい。中東から手を引くことは、依然として向こう見ずで時期尚早である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年1月31日

インド太平洋戦略の曖昧性

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昨年終わりに、私はインド太平洋戦略に関するいくつかの公開フォーラムに参加する機会があった。それはこの広大な地域で航行の自由と法の支配を守って行こうというものである。文字通りに言えばインド太平洋地域とはスエズ以東を指すが、政策論争のほとんどが南シナ海での中国の拡張主義に費やされるあまり、私にはこのグランド・ストラテジーがアジア太平洋戦略と混同、それどころか縮小しているように思えた。ほとんどの議論が中国の膨張に対して受動反応的(reactive)で、この地域に新しい秩序を打ち立てようという積極能動的(proactive)に思われなかったのは、そのためかも知れない。そこでインド太平洋戦略の背景をはじめから見てゆきたい。

 

現在のインド太平洋戦略の原案は、日本の安倍晋三首相が2016年のTICADナイロビ会議で表明した。安倍氏はアジアとアフリカを結ぶシーレーンの重要性を強調し、日本はアフリカの開発と安全保障のためにも航行の自由と法の支配を推進してゆくと述べた("Address by Prime Minister Shinzo Abe at TICAD VI"; Ministry of Foreign Affairs, Japan; August 27, 2016 および TICAD横浜宣言「インド太平洋」構想を明記”;日本経済新聞;2019年8月30日)。安倍氏の考え方は特に目新しいものではない。歴史上にはその先駆けがいくつもある。中世にはアラブ人をはじめとするイスラム商人が、アフリカから極東までの海上での物品および奴隷の貿易を支配した。植民地主義の時代には、大英帝国がスエズからシンガポール、香港、上海に至るシーレーンを防衛した。またイギリス海軍はアフリカからの奴隷輸出を阻止するために、法の支配の強制執行人となった。さらに最近ではブッシュ政権が拡大中東構想を打ち出し、イスラム過激派に対するテロとの戦いの遂行とこの地域一帯への民主主義の拡大を手がけた。

 

こうした歴史上の先例と比較すると、現在のインド太平洋戦略には俯瞰的視野と一貫性が欠けているように思われる。中国は重大な挑戦を突き付けているが、私にはイランやテロといった中東およびアフリカの脅威も中国の地政学的野心と関連付けて見る必要があると思われる。さらに、この目的のための多国間の枠組みも考慮する必要がある。実際に慶応大学の神保謙教授は、アメリカの太平洋戦略は1960年代から70年代にかけてのイギリスのスエズ以東からの撤退によるインド洋での力の真空を第7艦隊が埋めることになってから、実質的にインド太平洋戦略に進化したと述べている。それにもかかわらず、今日の我々が目にするのは西側の対イラン戦略の足並みどれほど乱れているかという状態である。そうした多元的な観点から、アジア太平洋を超えたこの地域の関係諸国の関与を述べてみたい。

 

アジア太平洋諸国同士でも国益と政策的優先事項が違うように、インド洋諸国もそうである。最も注目すべきはインドが「ルック・イースト」国防戦略で中国を最重要脅威と位置付けているにもかかわらず、アメリカからの戦略的な自立の維持を望んでいることである。そうした中でアフリカ諸国は中国の一帯一路をどこまで受け入れるべきか、戸惑っている。これら諸国は欧米から民主主義や人権で高説を説かれることは望まぬ一方で、ケニアのように中国から5G通信システムと紐付き援助による支配を受け、自分達にはほとんど関心もない東アジアの紛争に巻き込まれる羽目に陥るのではないかと懸念を抱く国もある。 (”焦点:インド太平洋構想の可能性”;日本国際問題研究所『国際問題』; 2019年12月)。そして、我々には域外の主要国もインド太平洋戦略に受け容れる必要がある。こうした観点から、アメリカとヨーロッパの協調はきわめて重要である。しかしドナルド・トラプ大統領は外交よりも彼自身の再選を優先して国内の保守派支持層への人気取りに走り、米欧間では中絶権やLGBTQ問題といった新しい人権をめぐる価値観の衝突が深まっている。マイク・ポンペオ国務長官はそうした権利を「信頼性のない権利」だと嘲笑する有り様である(The Case for Transatlantic Cooperation in the Indo-Pacific”;Carnegie Endowment for International Peace;Decomber 18, 2019)。

 

同盟国間での政策協調が停滞する中で、インド太平洋戦略には新たな挑戦者が登場してくる。ブルッキングス研究所のストローブ・タルボット氏は、アメリカとヨーロッパがイランをめぐって対立する一方で、ロシアが中東での影響力を増していると論評している。(The only winner of the US-Iran showdown is Russia”; Brookings Institution; January 9, 2020). 安倍氏はアメリカによるリーダーシップ不在の穴を埋めようと、日本の政治的プレゼンスを示すために野心的な構想を打ち上げた。しかし今日では、安倍氏が第6回TICADナイロビ会議で発言したようなアフリカとアジアをつなげようという壮大な政策構想を実施しようにも、アラブ商人やイギリス帝国主義者の時代よりも事態ははるかに複雑である。我々は中国の拡張主義といった特定の差し迫った問題に対処する必要がある一方で、他方では該当地域全体でのインド太平洋戦略のコンセプトの見直しが必要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年12月 2日

シリアから始まる、トランプ政権によるアメリカの覇権放棄

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国際社会はドナルド・トランプ大統領がシリアから米軍を撤退させ、中東において長年にわたってアメリカの同盟相手であったクルド人を見捨てる事態に驚愕した。このことは国際舞台でのアメリカによる安全保障上の関与を縮小するという、トランプ氏の横暴な選挙公約が実現に向けて着手されたことを意味する。きわめて重要なことに、トランプ氏のアメリカ・ファーストに向けた行動はシリアにとどまらない。今や彼の辛辣な言葉はポーカー・ゲームのためではなく、本気でアメリカの覇権を放棄しているという無責任さが明らかになった。

 

まずシリアからの地政学的な後退について述べたい。民主党ばかりか身内の共和党までもトランプ氏に強く反発したのは、力の真空によってロシアとトルコが地政戦略的に前進し、ISISが復活することに深刻な懸念を抱いたためである。また、シリアは選挙の争点ではないという事情もある(Why did Trump betray the Kurds? The rationales make no sense.”; Washington Post; October 10, 2019)。最も基本的な過ちは、トランプ氏が中東における「終わりなき戦争」と同盟ネットワーク維持のための継続的な軍事的プレゼンスとを混同していることだと、外交問題評議会のリチャード・ハース会長は言う。すなわち、トランプ氏が掲げるアメリカ・ファーストの公約は間違った前提に基づいている(“The High Price of Trump’s Great Betrayal”; Project Syndicate; October 17, 2019)。皮肉にもトランプ氏は民主党の前任者と同じ、それどころかさらに悪い過ちを犯している。これに関してマックス・ブート氏は以下のように論評している。2011年にバラク・オバマ大統領は、当時のヒラリー・クリントン国務長官、デービッド・ペトレイアスCIA長官、ジョン・マケイン上院議員らが反政府勢力への軍事援助に安全地帯と飛行禁止区域の設定を提言したにもかかわらす、アサド政権がレッド・ラインを越えるまではシリアでの化学兵器使用阻止のための介入を却下した。それはイラクのような泥沼化を恐れたためである。しかしオバマ氏はアサド政権を押し止められず、後にシリア政策を転換してクルド支援に乗り出すことになった。こうしたことから、ブート氏はトルコとロシアを勢いづけるだけのトランプ氏のクルド放棄には正当性は何もないと批判している(“Obama’s Syria policy was bad. Trump’s is worse.”; Washington Post; October 22, 2019)。

 

中東での地政学的な優位のみならず、トランプ氏はアメリカの価値観が持つ普遍的な正当性まで揺るがしている。トランプ政権はクルド・トルコ関係について外交政策関係者の間で広く共有されている見方を撥ねつけている。シリアのクルド人はトルコのPKKと緊密な関係にある。過去には共産主義との関係もあったが、現在のPKKについてはアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・ルービン氏ら中東の民主化の専門家の間では、南アフリカのANCと同様に「自由の戦士」の団体だと見られている (“It’s time to acknowledge the PKK’s evolution”; National Interest; January 25, 2019). 他方でマイク・ポンペオ国務長官はハゾニー的なナショナリストの視点からPKKはテロ集団であるというレジェップ・エルドアン大統領の見解に同意し、トルコの侵攻を擁護している(“Turkey had ‘legitimate security concern’ in attacking Syrian Kurds, Pompeo says”; PBS News Hour; October 9, 2019)。よってトランプ政権はシリアのクルド人勢力がアメリカのテロとの戦いに多大な強権をしてきたことなど取り合わず、議会では超党派の批判を浴びるようになっている。

 

トランプ氏の地政学的な責任の放棄と「見返り重視」(quid pro quo)のナショナリズムによって、アメリカの同盟国との衝突は避けられなくなった。中東ではイスラエルが、トランプ氏はイランその他の脅威に立ち向かうことにはオバマ氏に劣らず消極的だと思い知らされた(“After Trump abandons Kurds, Israel knows it can’t rely on anyone”; Jerusalem Post; October 7, 2019)。福音派というトランプ氏の支持基盤も、イスラエルの安全保障が試練に立たされる時には何の頼りにもならない。さらに重要なことに大西洋同盟の亀裂が酷くなっている。アメリカのシリア撤退でヨーロッパ諸国が恐れていることは、テロの復活と難民の流入だけではない。かつてイギリス保守党で国家および国際安全保障の顧問を務めたガーバン・ウォルシュ氏は、トランプ氏によるクルド人勢力の放棄は、アメリカの安全保障の傘に依存する限りはウクライナのゼレンスキー政権のようにトランプ氏の個人的利益に尽くすか、さもなければ自主独立で行動せよとのヨーロッパ諸国に対する通告で、それがポーランド、ラトビア、リトアニアといった国々を心胆寒からしめるものだと論評している(“Kobani Today, Krakow Tomorrow”; Foreign Policy ---- Argument; October 16, 2019)。

 

シリアでの大失態に始まる孤立主義政策は、中東とヨーロッパにとどまらぬ甚大な損失となっている。アジアではトランプ氏は11月の東アジア・サミットを欠席した。彼には中国との戦略的競合など眼中にないということだ(Twitter: Ely Ratner; October 30)。 さらにトランプ氏は防衛費をめぐる交渉に進展がないとして在韓米軍の撤退まで口にしたとあって、国防総省の高官を慌てさせた(“Pentagon denies report U.S. mulls pulling up to 4,000 troops from South Korea”; Reuters; November 21. 2019)。そうした中で国防情報局は、米軍がISIS指導者のアブ・バクル・アル・バグダディ氏の殺害に成功したからと言っても、長期的にはISISはシリアで勢いを盛り返してくるとの報告書を発行した (“Trump's pullout from Syria allowed ISIS to gain strength, intel agency reports”; Politico; November 19, 2019)。ともかくトランプ氏は政権内の大人達を更迭し、アメリカ・ファーストという選挙公約の実行を阻むものは取り除かれた。彼が再選されるようなら、国際社会とって壊滅的となろう。その場合、アメリカの同盟国と外交政策形成者達は手を携えて、彼の言動に対する被害対策を模索せねばならぬだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016年9月27日

日本は中露枢軸分断をインドに任せよ

安倍晋三首相は今年の12月初旬に地元選挙区の山口県でロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会談する予定である(「安倍晋三首相、地元・山口でプーチン露大統領と会談へ 12月上旬、北方領土交渉加速へ本格調整」;産経新聞;2016年9月1日)。両首脳は第二次世界大戦の平和条約、北方領土問題、そしてロシア極東地域での二国間経済協力を話し合う。日本国内では安倍首相がこの機に乗じて中露枢軸を分断し、不確実性を増す世界に対処すべきだとの声もある。しかし日本がそのように西側同盟に悪影響を与えかねないリスクは犯すべきではなく、そうしたむしろ役割はインドに任せるべきだと主張したい。以下、説明をしてゆきたい。

第一に中露枢軸について言及する必要がある。表面的には両大国は西側、特にアメリカの世界秩序に対抗する同盟関係にある。しかしロシア極東地域は人口希薄であり、国境の向こう側にある人口大国の中国は潜在的に国家安全保障上の脅威である。ロシア極東の国境地帯はアムール州、プリモスキー(沿海)地方、ユダヤ自治州、ハバロフスク地方の全てを合わせても人口が430万人にしかならない。他方で中国東北地域は1億900万人という圧倒的な人口である(“Russia, China and the Far East Question”; Diplomat; January 20, 2016)。国家対国家レベルでの脅威に加えて、中国からやって来る蛇頭と呼ばれる犯罪集団や不法伐採業者は市民生活と環境の安全保障を脅かしている。ロシアが中国に表には出さない不信感を抱えていることもあり、日本でクレムリンとの戦略的パートナーシップを発展させて中露を分断し、人民解放軍の脅威を牽制しようという議論が挙がることは理解できる。

しかし来る首脳会談では平和条約や北方領土問題といった二国間問題に集中すべきだと主張したい。日本は西側同盟の中心にあり、中露のパワーゲームに関わる立場にはない。むしろ欧米諸国がバルト海地域とクリミアをめぐる緊張をよそに、日本は「ロシアを再び偉大にする」(Make Russia Great Again )ことを求めているのではないかとの疑念を抱くであろう。ヨーロッパ諸国の対中宥和には日本が不快感を抱くように、日本の対露宥和にはヨーロッパ諸国も不快感を抱く。ヨーロッパの宥和でも顕著な事例はジョージ・オズボーン財務相(当時)の主導による英中原子力合意で、イギリスの国家安全保障関係者の間ではそれに対して中国による対英スパイ行為への重大な懸念が高まっていた。また日米両国もそうした物議を醸すような合意には戸惑っていた。

しかしテリーザ・メイ現首相は合意を再検討し、ヒンクリー・ポイントとブラッドウェルの原子力発電所での中国の影響力を低下させようとしている(“UK's Theresa May to review security risks of Chinese-funded nuclear deal”; Reuters; September 4, 2016)。キャメロン政権の内相であったメイ氏はニック・ティモシー首相首席補佐官とMI5とともに、原子力合意に対する国家安全保障上の懸念を述べていた(“Hinkley Point: Theresa May's China calculus”; BBC News; 31 July 2016)。メイ氏の行動は中国広核集団を通じたヨーロッパでの人民解放軍の影響力の浸透を防止するであろう。日本もロシアに関してそれに応じた行動をとるべきである。

そうした中でインドは中露のパワー・ゲームに入り込むには格好の立場である。印露がFGFAステルス戦闘機開発のように対中牽制のための緊密な防衛協力を行なっても、欧米が当惑することはない。歴史的にインドは親中のパキスタンに対抗するためにソ連と緊密な関係にあった。インドはミグ21、ミグ23、ミグ27、ミグ29といったソ連製の兵器を数多く輸入してきた。冷戦後もインドはヒンドスタン航空機社がロシアのライセンスで製造しているスホイ30MKIという典型例に見られるように、ロシア開発した兵器を配備している。そうしたソ連時代からのロシアとの強固で長年にわたる関係にもかかわらずインドは非同盟外交を堅持し、ソ連圏に入ったことはなかった。

他方で冷戦期のインドは西側とも軍事的な関係を深化させ、そうした関係は今世紀に入ってさらに発展している。インドは過去にフランスからミラージュ2000を購入し、1971年の印パ戦争ではイギリスから入手した中古空母ビクラントを投入した。9・11同時多発テロを機にインドとアメリカの戦略的パートナーシップは急速に発展し、それはマンモハン・シン首相とジョージ・W・ブッシュ大統領の間で結ばれた原子力合意に典型的に表れている。オバマ政権下ではこうした安全保障での協調がさらに進んで日本がマラバール海上演習に招待されるほどになり(“US, Japan, and India Kick off 2016 Malabar Exercise”; Diplomat; June 12, 2016)、南シナ海での中国の海洋拡張主義の抑止を模索するようになっている(“India, Japan Call on China not to Use Force in South China Sea Disputes”; Diplomat; June 15, 2016)。

インドは大国の競合で独自の行動をとってきたので、ロシアとの関係が強化されたからといって地政学上のバランスが劇的に変わることはない。西側にとって、インドは友好国であるとともに有望な市場でもある。また欧米はアフガニスタンでのテロとの戦いでこの国とパキスタンのバランスをとっているが、それはしばしば後者に信頼を持てないことがあるためである。そのようにロシアとも欧米とも緊密な関係にあるインドの方が中露枢軸の分断には適している。こうした目的のためには日米両国がインドとの外交パートナーシップを深化させ、アジアの安全保障について共通の認識を模索しなければならない。そして安倍首相は12月のプーチン大統領との会談では欧米との不要な摩擦を避けるためにも二国間問題に集中すべきである。


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2015年12月20日

パリ同時多発テロ後の世界

パリ同時多発テロによって、国際社会はテロとの戦いがもはやアメリカの戦争にはとどまらないことを自覚した。これは9・11同時多発テロの時に気づいておくべきで、イラクとアフガニスタンの戦争でアメリカ主導の多国籍軍への批判どころではなかったはずである。特にこの事件はヨーロッパの安全保障と全世界での対テロ連合に影響を与えている。

ヨーロッパの安全保障に関して言えば多くの人々が犠牲者への哀悼と連帯を示したものの、テロ攻撃への反応は分かれている。フランスは9・11後のアメリカと同様に即座に対応した。イギリスも同時多発テロを深刻にとらえてイラクで行なっているISISへの空爆をシリアにも拡大することを決定した。そうした中で軍事小国は消極的平和主義国家だったかつての日本のようにISISとの戦いに関与を躊躇し、イスラム教徒の難民を排除している。11月17日にフランスのジャン=イブ・ル・ドリアン国防相がEU加盟国に負担分担を求めた際に、他の加盟国の関与は文言の上にとどまった。イギリスだけが本気で応じてきた(“Despite Initial Solidarity, Paris Attacks Will Deepen Europe’s Divisions”; World Politics Review; November 19, 2015)。キャメロン政権はキプロスのアクロティリ英空軍基地をフランスに提供した(“Brits offer Cyprus base to French”; Defense One; November 23, 2015)。

オランド政権がブッシュ政権のように行動していることは、イラク戦争に当時のドミニク・ド・ビルパン外相が激しく反対したことを考えれば何とも皮肉である。今や保安官の役割を担うフランスは消極的で無責任なバーマスターとして振る舞うヨーロッパの友好国に不満を抱えるようになっている。欧州共同防衛への道がとても遠いものであることはイギリスの脱EU運動にも見られる通りであり、英仏協商の再来はヨーロッパの安全保障が国民国家志向になっていることを示している。ヨーロッパ内での分裂は各国の国益と能力の違いを反映している。その国の軍事力が強力であるほど、テロの脅威をより深刻に受け止める。究極的には軍事介入によって彼らの拠点を一掃して油田や人身売買などの収入源を絶つ必要がある。にもかかわらず軍事的に弱小な国々は戦争による死傷者、予算増大、反戦運動の圧力といったリスクを避ける傾向がある。こうした国々は軍事大国に負担を負わせたがっている。シリアでの戦争が激化し長期化するようならヨーロッパ内部の分裂はさらに大きくなるだろう。

全世界レベルでは強固な反ISIS前線はない。イラクとアフガニスタンでのテロとの戦いからシリアの泥沼化が懸念されるので、フランスのフランソワ・オランド大統領がパリ同時多発テロからほどなくしてモスクワでロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会見した際にはロシアやイランをも含めた世界的な連合が模索された(“Moscow is ready to coordinate with the West over strikes on Syria, Putin says”; Washington Post; November 26, 2015)。しかしロシアもイランも重要な戦略目的を西側と共有しているわけではない。両国がISISを相手に戦うのはアサド政権あるいは別の傀儡政権を支援するためであって、両国とも過激派の根拠地一掃などには関心はない。両国とも域内で西側の影響力を弱め、不安定化を利用して自分達の勢力拡大を狙っている。アメリカン・エンタープライズ研究所にある重大脅威プロジェクトのフレデリック・ケーガン氏とキンバリー・ケーガン氏はアサド政権の存在で行き場を失ったシリア国民がテロ集団に流れ込み、ISISを過激化させていると論評している(“What to do and to don’t in response to the Paris attacks”; AEI Critical Threats; November 15, 2015)。

ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、バラク・オバマ大統領がロシアをアメリカ主導の反テロ連合に招いたことを積極的に評価(“Foreign Minister Sergey Lavrov’s interview with Rossiya Segodnya,”; Foreign Policy News, Ministry of Foreign Affairs of Russia; 11 December, 2015)しているが、アメリカ財務省はロシアが支援するアサド政権はISISと交戦していながら彼らにとって最大の石油顧客だという事実を公表した(“US official details who’s buying the bulk of ISIS oil”; New York Post; December 10, 2015)。さらにロシアのスホイ34フルバック戦闘機はシリア空爆の経路を確保するためにイランの空軍基地を使用し、Tu95ベア、Tu160ブラックジャック、Tu22バックファイアといいた爆撃機にいたってはイランの戦闘機の護衛を受けている(“The Russo-Iranian Military Coalition in Syria may be Deepening”; AEI Critical Treats; December 14, 2015)。 ここでもフレデリック・ケーガン氏はロシアとイランの枢軸に警鐘を鳴らしている。実際にイランは核合意が結ばれてから2度目の弾道ミサイル実験にガドル110を打ち上げた (“Iran violated nuclear deal with second ballistic missile test last month, U.S. officials say”; UPI News; December 8, 2015)。明らかにそれはイラン版のモンロー・ドクトリンであり、中東でのシーア派支配と欧米の影響力排除の宣言である。

さらに言えばプーチン政権が重視していることがNATOの弱体化であることはロシアとトルコの衝突に典型的に表れている。アサド政権への支援のためにロシアはシリア国内のトルクメン人居住地域を空爆してトルコを刺激した。11月24日にトルコ軍のF16がロシア軍のスホイ24を撃墜したのも無理はない(“Russo-Turkish Tensions Since the Start of the Russian Air Campaign”; AEI Critical Threats; November 24, 2015)。トルコのアフメット・ダウトール首相はロシア軍のシリア駐留によって「目的が違う別々の2つの同盟」の衝突の危険が高まっていると述べている(Turkey: “Additional accidents are likely to happen”; Jerusalem Post; November 29, 2015)。今回の撃墜事件以前にも、イラク上空で作戦任務に従事するイギリス空軍のトーネード戦闘機がシリア上空のロシア空軍機との交戦という不測の事態に備えて対空ミサイルを配備したことで英露が対立している (“Cold War 2015: Russia 'FURIOUS' after RAF pilots cleared to shoot down Moscow warplanes”; Daily Express; October 13, 2015)。

そうしたシリア周辺の危うい状況に加えて、ロシアとトルコの地政学的競合関係も重要である。ロシアはイラン、イラク、シリアと緊密な関係である一方で、トルコはアゼルバイジャンと深い関係にある(“Turkish-Russian war of words goes beyond downed plane”; Al Jazeera; December 9, 2015)。歴史的にロシアはトルコをヨーロッパに対する緩衝地帯としてきた(“The Czar vs. the Sultan”; Foreign Policy; November 25, 2015)。プーチン大統領がこの機をとらえてトルコにもジョージアやウクライナに対するのと同様に圧力をかけたことは、何の不思議もない。事件を契機にロシアは東地中海に対空ミサイル巡洋艦モスクワを派遣し(“Russia deploys missile cruiser off Syria coast, ordered to destroy any target posing danger”; RT; 24 November, 2015)、シリアにS400対空ミサイルを配備(“New Russian surface-to-air missiles in Syria, DoD confirms”; Military Times; December 1, 2015)したが、それはすでに当地に配備済みとも伝わるS300よりも新鋭のミサイルである(“America's Worst Nightmare in Syria: Has Russia Deployed the Lethal S-300?”; National Interest; November 5, 2015)。

プーチン政権によるトルコへの圧力はもっと懸念すべきである。これらのミサイルに付随するSA17という新鋭の防空システムによって、ロシア軍のレーダーはシリア上空の米軍機を監視している。アメリカ側は有人機の飛行を当面停止してロシア軍の防空システムへの対処を模索している(“New Russian Air Defenses in Syria Keep U.S. Grounded”; Bloomberg News; December 17, 2015)。トルコの周辺事態はウクライナ化している。しかしトルコ自身にも原因はある。エルドアン政権はイスラム主義に走って欧米との関係を緊張化させた。ケマル主義から逸脱したトルコは中国からHQ9防空ミサイルの購入さえ試み、日本を含めた西側諸国全てを慌てふためかせた。プーチン大統領はこの機を逃さなかった。相手がポーランド、バルト三国、ルーマニアといったNATOの忠実な加盟国であれば、ここまで挑発的な振る舞いはなかったであろう。プーチン政権の危険な拡張主義はしっかり念頭に置くべきであり、共和党のマルコ・ルビオ大統領候補は、パリ同時多発テロを機にアメリカ主導の多国籍軍によるISIS掃討を支援するためにトルコの対クルド関係と報道の自由に改善が見られると指摘する(“Why We Must Stand Up for Turkey and Against Russian Aggression”; World News.com; December 1, 2015ないしこちら)。

パリ同時多発テロによって世界の動向は不透明度を増している。大西洋の両側での分裂はヨーロッパ内部に移っている。恐怖に駆り立てられた小国は移民を排除するだけでテロ掃討に本格的に貢献しようとはしない。フランスやイギリスのような軍事的能力のある国だけが責任ある行動をしている。こうした亀裂によってヨーロッパ諸国民が地域統合に疑問を抱くようになるのは、イギリスの脱EU運動にも見られる通りである。ロシアとイランをも含めた大連合などは、両国とも中東からの欧米勢力の駆逐とNATOの解体という地政学的野心を抱いている事態ではほとんど実現性がない。ロシアもイランも西側の弱点に付け込もうと虎視眈々と狙っている。このことを忘れてはならない。


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2015年9月30日

核合意をめぐるイランとアメリカについての追記

以前の記事ではキャピトル・ヒルでイラン核合意反対派が合意の破棄を目指して協力に働きかけていた。しかし3度目の投票で反対派は3分の2の多数を取れなかった。その結果、大統領の法案が上院を通過した(“Last bid to kill Iran nuclear deal blocked in Senate”; Reuters; September 17, 2015)。それにもかかわらず、民主党でもベン・カーディン上院議員、ジョー・マンチン上院議員、ボブ・メネンデス上院議員、チャック・シューマー上院議員の4氏が共和党とともに3回続けて合意への反対票を投じた(“Senate Dems stonewall Iran resolution, handing victory to Obama”; Hill; September 17, 2015)。

しかし反対派は核合意に厳しい制約を科してイランの不履行を防ごうという希望を捨て去っていない。そのために、イランが合意を履行しないなら1996年のイラン制裁法の復活を要求し、外国企業にイランの石油および天然ガス産業への投資をせぬように圧力をかけようとしている。これと並行して湾岸アラブ諸国とイスラエルへの軍事援助によって対イラン抑止力の強化を推し進めている。さらに、査察には長い時間がかかるので、イランと国際社会の対立も起きるかも知れない。反対派はイランに合意の順守を厳しく求めてゆくであろう(“Iran nuclear deal is done, but not the debate in Congress”; AP; September 19, 2015)。国連査察官とサダム・フセインの対立がイラク戦争の引き金となったことを思い出すべきである。

P5+1の協調は砂上の楼閣の上に建っている。シリアでの見解の相違は核合意の当事者を分断している。ロシアとイランはアサド政権を支援してISISと戦おうとしているが、アメリカは自由シリア軍への支援によってアサド体制から民主体制への転換をさせようとしている。サウジアラビアはイランがアサド政権支援によってシリアで影響力を拡大させることを恐れている(“US-Russia tensions on show as Putin and Obama clash over Syria”; Guardian; 28 September, 2015)。この地域の両大国の緊張が激化すると、イランと外部世界の相互信頼は一層脆弱になってゆくだろう。

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2015年9月19日

イランとアメリカのデタントは考えにくい

オバマ政権による核合意がイランとアメリカのデタントへの道を開くと期待する向きがある。しかし当ブログで何度か記しているように、それは考えにくい。核合意自体は議会で超党派の激しい批判ばかりか、中東でのアメリカの同盟諸国の懸念にさらされている。9月10日の上院採決では3分の2の多数をとれなかった(“Lawmakers Against the Iran Nuclear Deal”; New York Times; September 10, 2015)ことを受けて、共和党のミッチ・マコネル上院議員は合意の破棄を目指して木曜日に第3回目の投票を呼び掛けている (“Senate Dems block vote to disapprove of Iran deal”; AP; September 15, 2015)。また共和党は一般には公開されていないオバマ政権による裏取引についての訴訟さえほのめかしている(“U.S. Republicans Threaten To Sue To Stop Iran Nuclear Deal”; Payvand Iran News; September 12, 2015)。

さらに核合意賛成派も米・イラン関係に関して楽観的でないことは、ヒラリー・クリントン前国務長官が2009年のグリーン運動への支援を控えたバラク・オバマ大統領を非難していることに表れている(“No Love for Obama”; Weekly Standard Blog; September 9, 2015)。オバマ氏はイランとの外交関係の突破口を開こうとしているのかも知れないが、大統領の任期は1年あまりしか残っていない。クリントン氏の発言は、次の選挙で勝つのが民主党であろうが共和党であろうが、オバマ政権後にはイランとアメリカの緊張が高まると言う私の見解を裏付けている。

この合意は本質的に抜け道と欠点だらけである。共和党の大統領予備選候補のマルコ・ルビオ上院議員は、この核合意が問題視されるべき理由を10個挙げている。最も深刻なものはイランとIAEAが交わしてと疑われる裏取引で、それが合意全体を破滅させかねない。またイランが核物質の爆発実験のコンピューター・モデル化を実施できるように、査察も抜け道だらけである。さらに遠心分離機を秘密裡に動かすこともできるばかりか、さらに危険なことにイランの政府関係者はこの合意の下では自分達の必要に応じて国連査察官に施設への立ち入りを拒否できるものと解釈している。裏取引と査察の他に、差し迫った問題は制裁解除によってイランがテロリストへの資金援助や兵器の購入ができるようになることである(“Ten Things That Every American Should Be Concerned About In The Iran Deal”; MarcoRubio.com)。そうした可能性がある兵器の中でもアメリカの論客たちがきわめて危険視しているのが、イランのICBM開発によってアメリカ本土への攻撃が現実化することである(“Off-Target: The Folly of Removing Sanctions on Iran’s Ballistic Missiles”; National Interest; August 17, 2015)。

そうした欠陥のため、ディック・チェイニー前副大統領は、この合意は敵によるアメリカ本土への直接攻撃を許すような歴史的にも独特なものだと辛辣に論評している。以下のビデオを参照されたい。



制裁解除となれば、ロシアと中国がイランに武器を輸出するであろう。今年の7月に行なわれたウィーン交渉の前に、ロシアはイランへのS300対空ミサイルの売却を表明してイスラエルの不興をかったが、オバマ氏はそれを了承している(“Russia-Iran relationship is a marriage of opportunity”; Washington Post; April 18, 2015)。このミサイルは中国がコピーしたHQ9とほぼ同型で、このミサイルを中国がトルコと韓国に輸出しようとした際にはNATOと日本の安全保障の専門家達の間で物議を醸した。ロシアの行動は中東の安全保障に多大な悪影響をもたらすもので、イスラエルがオバマ政権のイラン政策を疑問視するのも当然である。ロシアと中国はこれまで以上にイランに兵器を売るのだろうか?私は両国によるイランへのキャリアー・キラー・ミサイルの輸出を警戒しているが、それと符合するかのように中国は抗日戦勝70周年記念日にDF21Dを誇示した。イラン核合意はペルシア湾でのアメリカ海軍の海洋支配を脅かしかねない。

また湾岸地域の地政学も本質的に不安定である。イスラム革命以来、近隣アラブ諸国はイランを信用していない。これはイラン・イラク戦争でアラブ諸国がサダム・フセインを支持したことに顕著に表れている。サウジアラビア、クウェート、ヨルダンといったアラブ王制諸国は非常に保守的で、バース党体制下のイラクとはイデオロギー的に水と油である。しかしシーア派革命の輸出というイランの国家理念はスンニ派の君主制諸国に多大な危機感を抱かせたので、イランの脅威に対抗するためにイラクに頼りきった。この同盟はサダムによる後年のクウェート侵攻に見られるように、非常に脆弱であった。現在、核合意によってイランの脅威に対するアラブ諸国の懸念が非常に高まっているので、これらの国々では国防力が急速に強化されている。サウジアラビアはロッキード・マーチン社との間で最新鋭のフリゲート艦とTHAAD(終末高高度防衛)弾道ミサイル迎撃ミサイルシステムの購入の交渉を進めている(“Saudi Arabia, U.S. near deal for two Lockheed warships: sources”; Reuters; September 2, 2015)。クウェートもイタリアとタイフーン戦闘機28機の購入で合意した。ユーロファイター・コンソーシアムは次のタイフーン輸出先としてバーレーンにも注目している(”Typhoon scores in Kuwait “; IHS Jane’s 360; 15 September 2015)。

これらの動きからヨーロッパ諸国もイランとの核合意によって湾岸地域に平和と安定がもたらされるといった白昼夢など信じていないことがわかる。ヨーロッパがこの合意を支持するのは、制裁解除後に新規の市場とエネルギー供給源を求めてのことである。フランスはサルコジ政権期にすでにアラブ首長国連邦に海軍基地を設置している(“France Opens First Military Base in Persian Gulf Region”; Washington Post; May 27, 2009)。イギリスも昨年、バーレーンへの海軍基地建設で合意した。フィリップ・ハモンド英外相は、イギリスとフランスがオバマ政権によるアメリカのアジア転進がもたらす中東での力の真空を埋めると語った(“Britain returns 'East of Suez' with permanent Royal Navy base in Gulf”; Daily Telegraph; 6 December, 2014)。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相はオバマ大統領と頻繁に会談してイランの真の脅威を理解するとともに、これまで以上に断固たる対応を要求している(“Obama likely to meet Israel's Netanyahu in November, White House says”; Reuters; September 11, 2015)。こうした事情を踏まえて私は以下の問いかけをしたい。SALTが締結された時、ヨーロッパの同盟諸国と日本がソ連の脅威に対してこれほど危機感を強めただろうか?

地域内の安全保障環境とともに、イランの政治についても議論すべきである。核合意の有無を問わず、イランは依然として強硬な態度をとっている。アリ・ハメネイ最高指導者は、この合意はきわめて例外的だと明言し、アメリカとイスラエルへの呪詛とシリアのアサド政権への支援は続けている(“Iranian leader: No wider talks with Washington after nuclear deal”; Washington Post; September 9, 2015および“Khamenei: Israel will no longer exist in 25 years”; Al Monitor; September 9, 2015)。革命防衛隊はさらに、アメリカとイスラエルを根絶する準備ができているとまで言明している(“Iran Welcomes War With The U.S.”; Value Walk;September 4, 2015)。ハッサン・ロウハニ大統領とジャバド・ザリフ外相は穏健派と見なされている。しかし外交問題評議会のマックス・ブート上級研究員はロウハニ師にゴルバチョフ氏の面影を見るのは夢物語で、実際にロウハニ師はシーア派神権政治の民主化には関心はないばかりか近隣諸国に対する拡張主義の方針も捨て去っていないが、ゴルバチョフ氏はベルリンの壁崩壊直後の東欧諸国に広まった自由を求める動きを抑え込もうとはしなかったと論評している(“Iran's Rouhani: He's no Gorbachev”; Los Angels Times; November 24, 2013)。さらに、最高指導者はシーア派神権政治を代表し、その権力も革命防衛隊のような教条主義的な忠誠を誓う勢力を基盤としているので本質的に強硬派だということを銘記しなければならない。大統領がどれほど穏健派であっても、これを乗り越えることは非常に難しい。

核合意が成立しても米・イラン間のデタントはきわめて考えにくい。ヨーロッパと中東でのアメリカの同盟諸国はこれをよく理解している。しかし日本の国会では安保法制の議論で、ペルシア湾には脅威が存在するのかといった非常に初歩的な質問がなされている。しかしイランの脅威はこれほど大きなものである。今回の核合意は地域の平和を保障するものではない。間違ってもそれに希望を託してはならない。


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