2023年5月26日

中国の主権概念は中露枢軸の分断をもたらし得る

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中国は現行の国際ルールと規範を遠慮仮借なく批判しているが、それは今日のルールに基づく世界秩序が欧米の価値観に基づいていると見做しているからである。そうした観点から、中国の政策形成者達は国家主権と国際法について特異な概念を主張し、それによって近隣諸国とは領土紛争、国際社会とは哲学論争を頻繁に抱えることになっている。こうした事態に鑑みると中国とロシアは欧米主導のリベラル世界秩序への抵抗という立場は共通だが、盧沙野駐フランス大使による旧ソ連共和国の主権への疑義を呈する失言もあって、両国の間では将来の紛争が起きる可能性も否定できない(“China’s ambassador to France questions 'sovereign status' of former Soviet nations”; France 24; 23 April, 2023)。となると中露枢軸は揺るがぬものでもなく、主権の概念も両者分断を加速する要因の一つとなる。

 

件の駐仏大使の発言があまりにも物議を醸したために、中国外務省の毛寧報道官は即座にこれを否定して国際社会の批判を宥め、中国は旧ソ連諸国の主権を尊重すると強調した (“China affirms ex-Soviet nations’ sovereignty after ambassador comments”; PBS News; April 24, 2023)。しかしパリ在住の日本人ジャーナリスト、安部雅延氏は西側の専門家の間で、旧ソ連諸国の主権に関する盧大使の発言は中国の外交政策形成者の間での共通の理解だと見做されていると主張する(『中国の本音?駐仏大使、ウクライナ主権に疑義の謎』;東洋経済; 2023年4月27日)。盧氏はクリミアでのウクライナの領有権の正当性を否定したかったのだろうが、しかし理論的にそれではロシアの主権も認めないことになる。それは潜在的に外満州、すなわちロシア極東地域での中露衝突を引き起こすだろう。中国にとってここは満州人清朝の歴史的領域ながら、1858年のアイグン条約と1860年の北京条約でロシアに強奪された土地である。1960年代末に中ソ国境紛争が勃発すると両国の関係は悪化した。

 

そうした歴史的文脈からすれば中国の習近平主席が最近、ロシア極東地域でのロシア語の地名は例えばウラジオストクを海参崴というような中国語に替えるよう口走ったことで、この地での両国間の領土紛争を引き起こすことも有り得る。それは中国がロシアに根深い領土的怨念を抱いていることを暗示し、外満州が歴史を通じて漢民族の領土でなかったことなど関係はないと言わんばかりである。反欧米枢軸が組まれてはいるが、中国はロシアの経済や人口などでの衰退を促し、この国を自国に従属させてシベリアの天然資源へのアクセスを強めようとしている(“Goodbye Vladivostok, Hello Hǎishēnwǎi!”; CEPA; July 12, 2022)。習氏の発言からは、ロシアが現在ウクライナで見せつけているような領土拡大志向が中国にも秘められていることが伺える。

領土紛争の潜在的な可能性は、さらなる問題にも発展しかねない。現在、ロシアは中国とインドに大安売りで石油と天然ガスを輸出し、ウクライナ侵攻に科された欧米の制裁が自国経済に及ぼす影響を緩和しようとしている。バルト海の港湾から輸出されるロシア産の原油は、中国向けでは1バレル当たり11ドル、インド向けでは14から17ドルも割り引かれている(“India and China snap up Russian oil in April above 'price cap'”; Reuters; April 19, 2023)。しかしそのようなバーゲン・セールではフェアトレードの観点からは、長期的には自己破滅的で持続性がない。特に中国はタイガの環境を犠牲にして極東シベリアで他の天然資源も収奪するであろう。実際に中国の林業界はウクライナでの戦争よりはるか以前から、当地での違法伐採で悪名高い(“Corruption Stains Timber Trade”; Washington Post; April 1, 2007)。ロシアが現在の戦争によって交渉力を失うに従って、中国の自国中心的な天然資源への渇望が現地の生態系と住民の生活を破壊しかねない。国際政治の専門家は国家対国家の力のやり取りに注目するあまり、グローバル・コモンズが関わる紛争には充分には目が届かない。また欧米の環境活動家達はシベリアの森林保護で、1980年代にアマゾンの森林保護でやったような積極的行動に出るべきである。ロシア極東地域での天然資源と領有主権の問題は相互に絡み合っている。これもまた中露枢軸の分断となる要因である。

 

両国ともル-ルに基づく世界秩序には従わないので、互いの合意には敬意を払わぬ振舞いである。中国とロシアは反欧米でリビジョニストの視点を共有してはいるが、ロシアは自国の極東地域での中国の拡張主義を怖れて貿易および投資での二国間合意を完全に遵守しようとしない(“The Beijing-Moscow axis: The foundations of an asymmetric alliance”; OSW Report; November 15, 2021)。他方で中国の主張では、現行の国際法では自分達の核心的利益を守るには不充分であり、よってたとえ国際的なルールと相容れない法であっても国内立法によりそうした利益を守る必要があるということである。中国による国際法への抵抗姿勢の最も重要な例の一つが、国連海洋法条約の侵害である。神戸大学の坂元茂樹名誉教授は、国際法についてそのように恣意的な解釈を行なえば国際海洋秩序に多大な被害を及ぼすと批判している。注目すべき点は中国が国内立法を国際的なルールと規範に優先させる条件を明確にしていないことである(『中国海洋戦略の解剖:国内立法と国連海洋法条約の自己中心的解釈による海洋秩序の侵害』;日本国際フォーラム;2023年2月13日)。中国がそこまで強引に我が道を行くなら、ロシアをも含めた全世界の他国との摩擦は避けられないだろう。中ソ対立がソ連共産党のニキタ・フルシチョフ第一書記によるスターリン批判に始まったことを忘れてはならない。反米姿勢だけでは両国の連帯を維持できない。

 

中露枢軸は我々の同盟と民主主義の分断を仕掛け続け、冷戦後には両国の工作は以前にもまして活発になっている。特にロシアがブレグジットとトランプ氏当選に向けて行なった選挙介入は、西側民主主義の土台を揺るがした。そして今、中国が台湾総統選挙に介入しようと、国民党の馬英九候補を本土に呼び寄せた(“Ma Ying-jeou’s historic trip: Can former Taiwan president help ease cross-strait tensions?”; Japan Times; April 7, 2023)。よって我々は中露枢軸のあらゆる弱点を見つけ出し、両国の工作活動に報復すべきである。両国の連帯は崩せる。G7諸国は広島サミットにおいてグローバル・サウスを中国とロシアから引き離そうとの努力を見せたが、中露両大国の間に楔を打ち込むことの方がより重要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年2月28日

昨年末の日中対話「日中50年の関係から読み解く次の50年」に参加して

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昨年1222日に開催された日本国際フォーラムの日中対話「日中50年の関係から読み解く次の50年」の公開ウェビナーでは中国に関して意外な事柄を知るとともに、発表内容を通じて様々な疑問も浮かんできた。そうした事柄について述べてみたい。

 

まず質疑応答にて日中関係の深化にはやはり中国の人権問題での必要ではないかと私は質問したが、これには中国側のパネリストより世界には様々な価値観があるので中国にも独自の完治感があるとの返答だった。まるでイスラエルの右翼系歴史学者ヨラム・ハゾニー氏のナショナリスト民主主義、あるいはロシアのウラジスラフ・スルコフ元大統領補佐官の主権民主主義を思い起こさせる返答には、どうやら一般的な抽象論では双方の見解の相違を容易に埋められないように思われた。

 

人権に関してはむしろ日中間でのより具体的な問題を質問すべきだっただろう。それは日中交流を学界や実業界など民間で進めようにも、まず日本人およびその他外国人が中国で身の安全が確保できるかということである。実際に中国との政治的関係が悪化した国の国民は、しばしば罪状不明で身柄を拘束されてしまう。尖閣領土紛争での日本企業の駐在員や、フアウェイ・スパイ事件でのカナダ人人権活動家らの逮捕がそれに当たる。このような環境で、日中の安全な人的交流促進が望めるとは思えない。やはり人身の安全 となると、これはアメリカの価値観だとか中国の価値観だとかいった問題を超越した重要な問題と思われる。

 

彼らのように中国当局から突然身柄を拘束された者の多くは日本政府やアメリカ政府、あるいはその他の国の政府のために働いているわけではない。ただ民間の立場で企業活動や国際交流に従事している者ばかりである。そして本来なら日本国内で日中親善の世論形成に関わり、靖国右翼をはじめとするチャイナ・ホーク達に対抗できたかも知れない人々である。あろうことか中国当局は彼らに必要もなく辛い目に遭わせ、わざわざ反中感情を醸成しているのだ。この件に関してはアメリカの影響はほとんど関係なく、純粋に日中二国間の問題である。「人権」という抽象概念でなく、こうした具体的な問題で私が質問をしていれば中国側パネリストの反応も違っていたかも知れない。

 

このウェビナーで私が驚いたことは、中国側からの安倍政権礼賛である。故安倍晋三首相と言えば国際社会に対して対中防衛の必要性を強く訴え、日本国内のチャイナ・ホークから絶大な人気を誇る存在である。だが中国側の議論を聴くと安倍外交には別の一面があったことを思い知らされる。確かに安倍氏には祖父の岸信介首相の影響を受けて「日本を取り戻す」と叫ぶナショナリストの側面と、西側民主主義諸国との戦略的パートナーシップを重視する国際協調派の二面性があった。そして安倍氏の「戦前懐古志向」は対中強硬一点張りではなく、アジアとの友好関係重視でもあった。そう考えると中国側の安倍氏礼賛も納得できる。

 

その一方で中国の識者達が日本の政治や外交を論ずる際に、どうも無意識に属人的な観点に立っていないかという疑問が浮かび上がってきた。先のウェビナーでは安倍政権下での日中関係進展に対し、菅および岸田政権下では両国の関係で緊張が高まったというコメントが中国側より相次いだ。しかしこれは時の首相個人の性向ではなく、国際環境の変化によるものではないか?そもそも菅義偉前首相も岸田文雄現首相も安倍レガシーの継承者である。さらに言えば岸田氏は安倍氏よりリベラルな世界観の持ち主で、「日本を取り戻す」などという「戦前懐古志向」、さらに言えば戦後レジーム・チェンジに対して若干の「プーチン的怨念」を匂わせるような発言はほとんどしていない。本来なら岸田政権の方が安倍政権よりも日中関係を発展させられる可能性がある。それが実際には両国の関係は悪化している。そうなると習近平政権下の中国外交が国際環境にどのような影響を与えているか、再検討する必要があると思われる。

 

何よりも日本は人治国家ではない。歴史的に見ても、日本では天皇に代わって国家統治に当たった関白や将軍さえ「君臨すれども統治せず」となってしまった。これは中華皇帝が絶大な権力を揮った国とは全く違うのだ。然るに中国人が一般的に日本の政治および外交を属人的に考える傾向があるのではないかと思われる言動は、今回のウェビナーに限らず見られる。その典型的な例は田中角栄および福田赳夫両首相(当時)による日中国交正常化および日中平和友好条約締結に対し、多くの中国人がしばしば示す感謝の意である。こうした例は他の国々ではほとんど見られない。アメリカ人がサンフランシスコ平和条約によって吉田茂首相(当時)に大々的な謝意を示すことはほとんどない。ロシア人も日ソ共同宣言に基づく国交回復によって鳩山一郎首相(当時)に謝意を示したりしない。アジアでも韓国人が日韓基本条約による国交正常化で佐藤栄作首相(当時)に謝意を表明したりしない。これらに鑑みれば、中国人が日本の指導者達から受けた恩と功績に対して示す仰々しくも映る謝意は、中華文明の伝統に基づく美しき礼節なのかも知れない。もしそうであるなら、日本側としてもそうした文化的伝統には敬意を払うべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年7月 7日

イギリスはインドを西側に引き込めるか?

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ウクライナの戦争によって、世界は西側民主主義陣営と中露専制国家陣営に真っ二つに分かれてしまった。しかしジョセフ・バイデン米大統領主催の民主主義サミットに招待された民主主義国家の中には中立の立場を保ち、2月の国連安全保障理事会でも4月の国連人権理事会でもロシアのウクライナ侵攻への非難決議を棄権した国もある。そうした国々の中でもインドは冷戦期よりパキスタンへの対抗の必要もあり、ロシアとは長く深い関係にある。よってインドに西側の対露制裁参加を期待することは、現時点では非現実的である。

 

他方でインドは911同時多発テロ攻撃を機に、アメリカとの安全保障上のパートナーシップを深めてきた。現在、インドは中国の海洋進出に対抗し、FOIP推進のためにクォッドに加盟している。よって西側民主主義陣営はインドを自分達の側に引き寄せる戦略的必須性がある。この目的のためには、長期的な観点から国防および経済でのインセンティブを与える必要がある。中露枢軸と西側同盟の間で繰り広げられる21世紀の冷戦は、ロシア・ウクライナ戦争に留まらなくなるだろう。5月24日のクォッド東京首脳会談に先んじて、イギリスはインドといくつかの合意に至った。ボリス・ジョンソン英首相は4月22日のインド訪問でナレンドラ・モディ首相と会談し、経済、安全保障、気候変動などに関して両国の戦略的パートナーシップの拡大を話し合った(“PM: UK-India partnership ‘brings security and prosperity for our people’”; GOV.UK; 22 April, 2022)。多くの議題の中で最も本題と関わるものは、インドの次期戦闘機開発計画へのイギリスの支援である(“UK, India promise partnership on new fighter jet technology”; Defense News; April 22, 2022)。

 

イギリスとの合意以前に、インドはロシアのスホイ57に基づいて設計されたFGFA計画を破棄した。実のところ元になるスホイのステルス戦闘機の開発でロシアが資金と技術上の問題を抱えてしまったこともあり、この計画は遅延を重ねたばかりか経費もあまりに高くなってしまった(“$8.63-billion advanced fighter aircraft project with Russia put on ice”; Business Standard; April 20, 2018)。非常に重要なことにインドはロシアが設計した原型機に不満で、エンジン、ステルス性、、兵器搭載能力について40項目もの改善を求めた(“India and Russia Fail to Resolve Dispute Over Fifth Generation Fighter Jet”; Diplomat; January 06, 2016)。この戦闘機の運用実績も、こうした懸念を裏付けているように思われる。スホイ57は2018年にシリアで戦場にデビューした(“Russia's most advanced fighter arrives in Syria”; CNN; February 24, 2018)のだが、不思議にもウクライナのように防空網が強固な空域での航空優勢の確立にこそ必要なはずのステルス戦闘機をロシアは渋っているようである(”Russia's much-touted Su-57 stealth fighter jet doesn't appear to be showing up in Ukraine”; Business Insider; Jun 14, 2022)。

 

ロシアの軍事産業は1980年代までは西側の軍事産業にとって手強い競争相手であった。しかし彼らの技術的な強みはハードウェアにあってもソフトウェアにはない。一例を挙げると、西側は1989年パリ航空ショーでスホイ27が披露した「プガチョフのコブラ」飛行によってロシア製戦闘機の航空力学のレベルに驚愕した。しかしコンピューター・エレクトロニクスと情報テクノロジーの進歩によって運動性よりもアビオニクス(航空電子機器)の重要性が増し、それによって西側はロシアに対する優位を強めた。ソ連崩壊が間近に迫った1990年代初頭に、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授はロシアの製造業について「スターリン型経済モデルは比較的洗練度の低い技術を習得し、基本的な製品の大量生産を行なううえでは成功だった。・・・・しかし最大の問題は、ソ連の中央計画経済では変化の速い今日の情報化が進んだ経済に柔軟に対応できない。・・・・情報化が進んだ経済では広く共有され自由に流れる情報がないと、最大限の利益を得られない」(“Bound to Lead”; Chapter 4, p. 120~121; 1990)と記している。エリツィン時代からプーチン時代を経てもロシアは依然として、このソ連時代からの古い問題を解決できていない。ウラジーミル・プーチン大統領が自らを、この国の近代化と啓蒙化で成功を収めたピョートル大帝と並べようとは笑止千万である。

 

現在、イギリスはトルコのTAI社TF-Xや日本の三菱重工F-3など、主要な地域大国の国産時期ステルス戦闘機開発に技術支援を行なっている。これらの計画はイギリスのテンペスト計画と並行して進みながら、技術移入国は研究開発で自国独自の立場を維持できる。モディ政権は「メイク・イン・インディア」政策で製造業の強化を図っているので、イギリスの申し出はインドにとって好都合だろう。他の欧米諸国ではアメリカとフランスが大々的な輸出キャンペーンを行なっているが、イギリスはインドが中国のJ-20およびJ-31に対抗するためのステルス戦闘機計画を開発段階から支援しようとしている (“India bolsters arms ties with West to sever Russian dependence”; Nikkei Asia; June 17, 2022)。歴史的にイギリスは帝国の全てを直接統治したわけではなく、一部では現地有力者によるある程度の一種の自治を認めた。こうした帝国時代から根差した技は、イギリスの国防関係者達がトルコ、日本、インドのステルス戦闘機計画に関わるうえで役立つであろう。

 

テンペストの研究開発を主導するBAEシステムズはアメリカの先端兵器システムへのハイテク部品供給で上位に入るほどで、技術的に世界で最も競争の厳しい防衛市場でも成功している。このことはイギリスの防衛技術がロシアのものよりはるかに信頼性があることを意味する。ウクライナの戦争では西側の優位が印象付けられている。ロシアは多数の精密誘導ミサイルを発射したが、西側のものと違って60%は標的を外している(“Exclusive: U.S. assesses up to 60% failure rate for some Russian missiles, officials say”; Reuters; March 26, 2022)。驚くべきことに、ロシア製ミサイルの攻撃は素人のキャッチボールの投球よりもノーコンなのだ。制裁によってロシアと欧米の産業技術の差は、ますます開くだろう。中国は二次制裁を怖れて制裁対象となる技術をロシアに供給しないだろう(“Russia's economy in for a bumpy ride as sanctions bite”; BBC News; 15 June, 2022)。ロシア製兵器体系は西側のものよりも低価格で、メンテナンス作業も少なくて済む。しかし現在のインドは西側の兵器を配備できるほど豊かで強くなり、それによって究極的にはロシアへの依存は低下するであろう。

 

イギリスによるインドのステルス戦闘機計画への関与は、この国のインド太平洋戦略とも関わっている。ロシアのウクライナ侵攻を前にした昨年、イギリス首相官邸は『競争激化する時代のグローバル・ブリテン』(“Global Britain in a competitive age”)を刊行し、イギリスの外交および安全保障政策でインド太平洋地域への「傾倒」(tilt)が欧州大西洋の域内とどのように強固に結びついているか記している。そこではロシアが最大の脅威とされた一方で、中国、インド、日本が各々の特性からインド太平洋地域での戦略的な中核とされている。上記3ヶ国の内、イギリスは中国を自国の経済安全保障に対する「最大の国家的脅威」を突き付け、さらに自らの安全保障、繁栄、価値観に「体系的に反発」してくる権威主義国家だと見做している。他方でインドについては「世界最大の民主主義国家」かつ「国際社会で重要度を増すアクター」で、この地域でイギリスの重要なパートナーとなっているアメリカ、日本、オーストラリアとは安全保障、経済、環境問題での協力を推し進めてゆくべき国だと認識されている(“Understanding the UK's ‘tilt’ towards the Indo-Pacific”; IISS Analysis; 15 April, 2021)。

 

この”tilt”はブレグジット後のイギリスが、インド太平洋地域との安全保障および経済的関与の深化、中国の脅威の抑制、成長著しい当地域での市場開拓を通じて国際的地位を強化することを目的としている。それはイギリスでも政府、財界、シンクタンクといった官民挙げての様々なアクターから支持されている。また、域内のステークホルダーからも”tilt”は歓迎されている(“What is behind the UK’s new ‘Indo-Pacific tilt’?”; LSE International Relations Blog; October 6, 2021)。そうした“tilt”における英印パートナーシップに関して、ロンドン大学キングス・カレッジのティム・ウィリアジー=ウィルジー客員教授が同校の国防専門家達による共同論集で以下のように言及している(“The Integrated Review in Context: A Strategy Fit for the 2020s?”; King’s College London; July 2021)。基本的な点は、両国の戦略的パートナーシップを二国間と多国間の関係から観測すべきということだ。後者にはクォッド・プラス、AUKUS、その他域内での安全保障ないし経済での枠組が含まれる。歴史的にインドはイギリスが植民地時代から独立時にかけて国民会議派よりもパキスタンのムスリム同盟の方に好意的であったとして、親パキスタンだと見なしてきた。またパキスタンは中東におけるイギリス主導の反共軍事同盟、CENTOにも加盟していた。しかしタリバンがアフガニスタンでのNATOの作戦を妨害するにおよんで、イギリスはパキスタンよりもインドとの関係を強化するようになった。現在ではイギリスはインドにファイブ・アイズへの加盟さえ招請している。FGFA計画が頓挫した時期に、イギリスは国防装備調達と諜報の両面からインドを西側に引き込もうとしている。現在はロシアのウクライナ侵攻をめぐって両国の見解に隔たりはあるものの、そうした動きは長期的に見ればこの国をクレムリンから引き離すうえで役立つであろう。

 

そうした中で、ヒンドゥー・ナショナリズムはインドがイギリスおよび他の西側諸国との戦略的パートナーシップへの致命的な障害になりかねない。ともかく我々はインドが世界最大の民主主義国であるという前提を再検討する必要がある。2021年のフリーダム・ハウス指標によると、インドは先進民主主義諸国ほど自由でも民主的でもない。政治的な権利に関しては、インドはイギリスの政治制度を引き継いだものの、議会では民族宗派上のマイノリティーを代表する議席は充分でない。市民の自由のスコアはさらに悪い。モディ現首相は、ケンブリッジとオックスフォード両校出身でシーク教徒のマンモハン・シン前首相と比べると報道の自由への敵対度が高い。また多数派のヒンドゥー教徒がモディ氏のBJPが掲げる方針に沿って攻撃的な反イスラム運動を繰り広げるようでは、宗教の自由も保証されていない。司法の権限はポピュリストによるそのような暴挙を止められるほどの独立性はない(“FREEDOM IN THE WORLD 2022: India”; Freedom House)。仮に1月6日暴動がキャピタル・ヒルでなくニューデリーで起きていたら、インドは低劣俗悪な破壊行為を阻止できなかったかも知れない。西側には国防装備調達でロシアに取って代われるだけの技術的優位がある。しかし我々がどこまでインドと価値観を共有しているのかは問題だ。

 

非常に興味深いことに、ヒンドゥー・ナショナリストにはルースキー・ミールに熱狂するプーチン氏の支持者、そして1月6日暴動に参加したトランプ氏の支持者と相通じるところがある。彼らのいずれも非常に報復意識が強く、部族主義色が濃い。英国王立国際問題研究所のガレス・プライス上級研究フェローによると、モディ氏率いるBJPの主要な支持基盤はインド国内でも人口が多く貧困が目立つ「ヒンドゥー・ハートランド」と呼ばれる北部内陸のウッタル・プラデーシュ州、マディヤ・プラデーシュ州、ビハール州だということである。彼らは英語堪能なグローバリストのエリート達が社会経済的な格差をもたらしたと憤っている。そうしたナショナリスト色の強いポピュリスト達が特にイスラム教徒やダリットに代表される民族宗派上のマイノリティーには「特権」が付与されているとスケープゴートにして自分達のプライドを満足させている有り様は、黒人やヒスパニックに対するアファーマティブ・アクションを非難するトランプ・リパブリカン、そしてウクライナの新欧米的な独立派にネオナチのレッテルを貼り付けるプーチン氏の支持者にそっくりである。この点はモディ政権のインドがウクライナでのロシア軍の野蛮で残虐、そのうえ道徳心の欠片もない行為に寛容な理由と深く関わっていると思われるにもかかわらず、ほとんどのメディアと専門家はそれを見過ごしている。途上国なら経済の方が差し迫った優先課題となることもあろうが、インドはロシアの行為にただの非難声明さえ躊躇する有り様である。ヒンドゥー・ナショナリズムが外交政策に及ぼす影響をさらに考えるうえで、この思想は非常に排外性が強いのでインド国内に由来するシーク教やジャイナ教にはそれほどではなくとも外来宗教、特にイスラム教やキリスト教には敵対的であることも忘れてはならない(“Democracy in India”; Chatham House; 7 April, 2022)。

 

よって西側はインドを世界最大の民主主義国と呼ぶほど自己都合で相手を見てはならない。もちろん、この国は西側とは特に「自由で開かれたインド太平洋」という地政学的利益を共有している。しかしウクライナでの戦争勃発によってインドがロシアとは深く密接な関係にあることが国際社会に再認識され、そのことで我々がこの国とどこまで価値観を共有しているのかという問題が突き付けられることになった。イギリスによる防衛協力に見られるように、西側にはより高度で洗練された技術があるのでインドの防衛市場ではロシアとの競争に勝てる。地政戦略には、それは西側にとって露印関係を弱体化させるために価値ある取り組みである。インド太平洋におけるヒンドゥー・ナショナリストのモディ政権のインドは、NATOにおけるイスラム主義のエルドアン政権のトルコと似ている。偶然にもイギリスはテンペストの技術を、両国の国産戦闘機計画支援のために提供する方針である。共通の国益がある問題ではインドとの戦略的パートナーシップを深化させてこの国への中露の影響を希釈する一方で、我々はこの国が世界最大の民主主義国だという楽観視に陥ってはならない。当面の間、政府レベルでヒンドゥー・ナショナリズムに対して挑発的な反応をすることは推奨できない。我々はむしろ非政府アクターを民族宗派その他社会的なマイノリティーに関与させ、インドの統治の改善を図ってゆくべきである。.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年1月31日

インド太平洋戦略の曖昧性

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昨年終わりに、私はインド太平洋戦略に関するいくつかの公開フォーラムに参加する機会があった。それはこの広大な地域で航行の自由と法の支配を守って行こうというものである。文字通りに言えばインド太平洋地域とはスエズ以東を指すが、政策論争のほとんどが南シナ海での中国の拡張主義に費やされるあまり、私にはこのグランド・ストラテジーがアジア太平洋戦略と混同、それどころか縮小しているように思えた。ほとんどの議論が中国の膨張に対して受動反応的(reactive)で、この地域に新しい秩序を打ち立てようという積極能動的(proactive)に思われなかったのは、そのためかも知れない。そこでインド太平洋戦略の背景をはじめから見てゆきたい。

 

現在のインド太平洋戦略の原案は、日本の安倍晋三首相が2016年のTICADナイロビ会議で表明した。安倍氏はアジアとアフリカを結ぶシーレーンの重要性を強調し、日本はアフリカの開発と安全保障のためにも航行の自由と法の支配を推進してゆくと述べた("Address by Prime Minister Shinzo Abe at TICAD VI"; Ministry of Foreign Affairs, Japan; August 27, 2016 および TICAD横浜宣言「インド太平洋」構想を明記”;日本経済新聞;2019年8月30日)。安倍氏の考え方は特に目新しいものではない。歴史上にはその先駆けがいくつもある。中世にはアラブ人をはじめとするイスラム商人が、アフリカから極東までの海上での物品および奴隷の貿易を支配した。植民地主義の時代には、大英帝国がスエズからシンガポール、香港、上海に至るシーレーンを防衛した。またイギリス海軍はアフリカからの奴隷輸出を阻止するために、法の支配の強制執行人となった。さらに最近ではブッシュ政権が拡大中東構想を打ち出し、イスラム過激派に対するテロとの戦いの遂行とこの地域一帯への民主主義の拡大を手がけた。

 

こうした歴史上の先例と比較すると、現在のインド太平洋戦略には俯瞰的視野と一貫性が欠けているように思われる。中国は重大な挑戦を突き付けているが、私にはイランやテロといった中東およびアフリカの脅威も中国の地政学的野心と関連付けて見る必要があると思われる。さらに、この目的のための多国間の枠組みも考慮する必要がある。実際に慶応大学の神保謙教授は、アメリカの太平洋戦略は1960年代から70年代にかけてのイギリスのスエズ以東からの撤退によるインド洋での力の真空を第7艦隊が埋めることになってから、実質的にインド太平洋戦略に進化したと述べている。それにもかかわらず、今日の我々が目にするのは西側の対イラン戦略の足並みどれほど乱れているかという状態である。そうした多元的な観点から、アジア太平洋を超えたこの地域の関係諸国の関与を述べてみたい。

 

アジア太平洋諸国同士でも国益と政策的優先事項が違うように、インド洋諸国もそうである。最も注目すべきはインドが「ルック・イースト」国防戦略で中国を最重要脅威と位置付けているにもかかわらず、アメリカからの戦略的な自立の維持を望んでいることである。そうした中でアフリカ諸国は中国の一帯一路をどこまで受け入れるべきか、戸惑っている。これら諸国は欧米から民主主義や人権で高説を説かれることは望まぬ一方で、ケニアのように中国から5G通信システムと紐付き援助による支配を受け、自分達にはほとんど関心もない東アジアの紛争に巻き込まれる羽目に陥るのではないかと懸念を抱く国もある。 (”焦点:インド太平洋構想の可能性”;日本国際問題研究所『国際問題』; 2019年12月)。そして、我々には域外の主要国もインド太平洋戦略に受け容れる必要がある。こうした観点から、アメリカとヨーロッパの協調はきわめて重要である。しかしドナルド・トラプ大統領は外交よりも彼自身の再選を優先して国内の保守派支持層への人気取りに走り、米欧間では中絶権やLGBTQ問題といった新しい人権をめぐる価値観の衝突が深まっている。マイク・ポンペオ国務長官はそうした権利を「信頼性のない権利」だと嘲笑する有り様である(The Case for Transatlantic Cooperation in the Indo-Pacific”;Carnegie Endowment for International Peace;Decomber 18, 2019)。

 

同盟国間での政策協調が停滞する中で、インド太平洋戦略には新たな挑戦者が登場してくる。ブルッキングス研究所のストローブ・タルボット氏は、アメリカとヨーロッパがイランをめぐって対立する一方で、ロシアが中東での影響力を増していると論評している。(The only winner of the US-Iran showdown is Russia”; Brookings Institution; January 9, 2020). 安倍氏はアメリカによるリーダーシップ不在の穴を埋めようと、日本の政治的プレゼンスを示すために野心的な構想を打ち上げた。しかし今日では、安倍氏が第6回TICADナイロビ会議で発言したようなアフリカとアジアをつなげようという壮大な政策構想を実施しようにも、アラブ商人やイギリス帝国主義者の時代よりも事態ははるかに複雑である。我々は中国の拡張主義といった特定の差し迫った問題に対処する必要がある一方で、他方では該当地域全体でのインド太平洋戦略のコンセプトの見直しが必要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018年5月10日

米欧と日本は、ロシアと中国に対しどのように共同対処できるか?

価値観本位の国際政治が地政学本位に移行すると、世界はこれまで以上に不安定になる。冷戦期には自由民主主義諸国の団結は比較的強かった。しかしロシアと中国を相手にした新冷戦では、民主主義諸国の同盟は必ずしも連帯行動をとっていない。これはヨーロッパ人とアメリカ人が、日本人は中国に気を取られてロシアには目が向いていないという不満によく表れている。他方で日本人はしばしば、ヨーロッパ人とアメリカ人は一帯一路構想の裏にある中国の危険な野望に対する意識が低いと不満を漏らす。歴史的にも似たような例があり、それは第二次世界大戦におけるイギリスと英連邦の白人自治領の関係である。リビジョニスト・パワーであるナチス・ドイツとロシア、そして日帝と中国の間には地政学的なアナロジーがある。同様に英本国をNATO諸国に、オーストラリア自治領を現在の日本に見立てることができる。

戦前の英連邦にはBritishの名が冠せられていたように、今日の英連邦よりもイギリス帝国主義と緊密な関係にあった。第一次世界大戦を通じてイギリスの白人自治領は国際舞台でより重要なアクターとなり、内政においても外交においても自治を認められるようになった一方で、アングロ・サクソンの社会文化的伝統とイギリス王冠への忠誠に基づくイギリス本国との特別な絆は維持して帝国の強化に寄与することとなった。しかし第二次世界大戦が勃発して地政学の重要性が増すと、英連邦の求心力が試されることになった。イギリスはドイツの打倒に優先順位を置いたが、オーストラリアとニュージーランドのような太平洋の自治領は特にシンガポール陥落以後に日本の脅威にさらされることになった。ダーウィンのように日本軍の空襲を何度も受ける都市もあった。他の自治領では南アフリカでアフリカーナがイギリス支配に抵抗さえ示し、ドイツとの連携まで模索した。歴史が示すところは地政学による世界秩序は脆弱であり、だからこそ自由民主主義諸国の同盟を再強化してリビジョニスト・パワーが世界各地で突きつける挑戦に対処してゆくことが肝要なのである。

現在の安全保障から見ると、NATO諸国と日本の優先順位は違う。しかしながらナチス・ドイツと日帝とは異なり、ロシアと中国は極東では長い国境で接するばかりか中央アジアでも優位を競うように、互いに潜在的な地政学上の競合国同士である。実際に冷戦期にはどちらもアメリカと対立していたにもかかわらず、東ではウスリー川中洲のダマンスキー島、西では新疆ウイグル自治区のテレクチで両国の領土紛争となった。両国の相互不信は拭い去られていない。よって日本の政策形成者は極東での中露競合にNATO諸国の注意を引きつけ、大西洋と太平洋の民主主義諸国の間での戦略的な利益と視野の食い違いを埋める必要がある。ヨーロッパ人とアメリカ人の方が日本人よりもロシアに関する問題意識が高いことは間違いないが、彼らの関心は圧倒的にヨーロッパと中東でのロシアの行動に向かっている。特にバルト海地域での軍事的脅威、クリミアの併合、シリアでのアサド政権支援、イランとの緊密な連携などが欧米にとっての懸念事項である。しかしロシアのこうした行動は東アジアでの行動と分離しているわけではなく、互いに関連し合っている。

大西洋と太平洋の民主主義諸国の戦略的立場の違いはさて置き、中露の地政学的な連携と競合について述べたい。ロシアと中国は欧米優位に対抗して世界の多極化の追求という利害を共有しているが、極東と中央アジアをめぐる両国の地政学戦略的な目的は必ずしも一致しているわけではない。グローバルな観点から言えば、ロシアはリベラルな世界秩序の転覆を望む一方で、中国はWTO加盟や製造業で西側企業に無数の下請け企業の存在もあり、すでにグローバル経済に組み込まれている。そうした中でロシアは中央アジアと極東での中国経済的プレゼンスの増大を懸念している。中央アジアでは、中国は一帯一路構想でロシアの利益も受容している。しかし中央アジアおよびアフガニスタンの不安定化が進むに及んで中国がこの地域の安全保障への関与を強めているので、将来的にはロシアの軍事的影響力が駆逐されることも有り得る。極東シベリアでの中露の提携と競合はより複雑である。プーチン政権下のロシアでは人口希薄で開発が遅れた地域の主権統治を確固とするためにも、経済開発促進が戦略的な至上命題となっている。この目的のために、ロシアは極東のエネルギー資源およびインフラで中国の投資を呼び込んでいる。ウラジーミル・プーチン大統領と習近平国家主席の間には個人的な友好関係はあるが、地方自治体は中国の企業と犯罪集団の影響力の増大に重大な危機感を抱いている。中央アジアと違い、極東での両大国の衝突はロシアの領内で起きている(“Cooperation and Competition: Russia and China in Central Asia, the Russian Far East, and the Arctic”; Carnegie Endowment for International Peace; February 28, 2018)。そうした地政学的な背景に鑑みて、ヨーロッパ大西洋諸国もプーチン政権のアジア転進がもたらす安全保障上の影響を見過ごすことはできない。

中露の地政学関係の他にも極東シベリアにはヨーロッパ大西洋圏の民主主義諸国にとっても注目に値するものがある。コムソモリスク・ナ・アムーレはロシアの航空宇宙および軍事産業の中心で、この地域には過密なヨーロッパ地域よりも戦闘機やミサイルの試験に有利な巨大な空域がある。また、プーチン氏が2011年に建設を開始したボストーチヌイ宇宙基地はすでに使用されている。広大なシベリアのタイガは中国の違法伐採業者によって危機に瀕しているが、地球環境に対するその重要性はアマゾンその他の熱帯雨林にも劣らぬものである。さらに東に行けばベーリング海峡が北極海航行の時代には米露間の戦略要衝となる。歴史的にはフン人、アヴァール人、モンゴル人といったアジアの騎馬民族が、中国北方からルーマニア、ハンガリーにいたるユーラシア・ステップを通ってヨーロッパに侵入した。よって新しい地政学の時代が必ずしも近視眼的なローカリズムの時代を意味するわけではない。太平洋と大西洋の民主主義国の間の認識の相違を埋めるには、双方にとっての第一の脅威の相互関連を理解することが必要となるだろう。

他方で日本は中露地政学に対する自らの対処の仕方を再検討する必要がある。アメリカ国内でアメリカ第一主義のポピュリズムがはびこる時代にあって、日本には地域的なパワー・バランスの保証が必要なことは間違いない。しかし、それだからと言って日本が民主主義諸国の同盟の抜け穴を作れということにはならない。EUとの経済連携協定に見られるように、トランプ政権下でアメリカの指導力に空白が生じる世界にありながらもリベラルな世界秩序を維持することには、日本の国益がかかっている。しかし日本はロシアが行なったクリミア侵攻、セルゲイ・スクリパリ氏への神経ガス攻撃、非武装の一般市民に化学兵器を使用し続けるシリアのアサド政権への支援といった逸脱行為に対する西側の制裁を空洞化してきた。それら「自主独立」の行動は日本が西側民主主義諸国の中で孤立するリスクをもたらすだけだが、一方でアジアには日本の国家的生存のために強力で頼りになるパートナーはない。 さらに重要なことは、激烈な地政学的競合によって日本の国際的な地位は脆弱で壊れやすくなる(“A New Cold War With Russia Forces Japan to Choose Sides”; Diplomat; April 23, 2018)。ナショナリストは、戦前と同様に中国とロシアどころかアメリカをも含めたどの地域大国からも完全に「自主独立」な日本を思い描いて誇らしく思うかも知れない。しかし中露の地政学は日本が単独で動かせるものではない。これはプーチン大統領がアメリカと同盟関係にある日本には北方領土を返還しないとにべもなく言ったことに端的に表れている。戦前の日本はナショナリストが言うように誇り高く自主独立だったわけではなく、日英同盟から強制的に切り離されてしまったのだということを忘れてはならない。


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2018年3月 9日

駐韓大使不在のトランプ政権では北朝鮮問題を取り仕切れない

北朝鮮危機において、太陽政策志向の韓国と圧力志向の日米との間の亀裂は深まる一方である。しかし韓国のムン・ジェイン大統領が選挙中から親北ぶりを発揮して日米韓3国の連携に不協和音をもたらしたからといって、彼を一方的に非難することは全くの間違いである。我々がもっと注意を向けるべきはドナルド・トランプ大統領による米政府、特に外交当局の運営の本質的な問題である。トランプ氏の大統領就任から政府要職の多くはいまだに埋まらないが、駐韓大使もその一つである。トランプ氏の悪名高きアメリカ第一主義に鑑みても、ムン大統領が朝鮮半島の安全保障に対するアメリカの関与に不安を抱いて北朝鮮との宥和に走っても不思議ではない。たとえ韓国の大統領がムン氏より親米であったとしても、この国は日米との連携強化よりも北と中国を相手にしたバランサー外交に傾斜してゆくだろう。私の目には朝鮮半島情勢に通じた者ほど、こうした基本的な点を見過ごす傾向があるように思える。

資質の高い大使がソウルにいれば、米韓両国は北朝鮮政策を毎日のように詳細にいたるまで話し合うことができるだろう。合衆国駐韓大使の役割は青瓦台との政策討議だけにとどまらない。ソウル駐在のアメリカ大使はムン大統領の行動が域内の他の同盟国と共通の立場から離れることがないように、観測と管制を行なうことができる。在韓米軍司令官では政治問題に関与することはできない。青瓦台に対して思いやりある相談であれ、無慈悲な圧力であれ影響力を行使できるのは大使である。わすれてはならぬ地政学的条件は、韓国は中国と同様に北朝鮮と隣接しているので半島の不安定化と自国領内への難民の大量流入を恐れ、ピョンヤンへの宥和に駆られがちである。アメリカの外交プレゼンスが強固であってはじめて、韓国がアジア太平洋地域の民主主義諸国との同盟関係を維持できるのである。トランプ政権は慌てふためいてマイク・ペンス副大統領をピョンチャン・オリンピック開会式に送り込み、韓国と北朝鮮の間に楔を打ち込んだ(「韓国の腰砕けを警戒するアメリカが北朝鮮に与えた『最後の時間』」;現代ビジネス;2018年2月16日)。さらに閉会式にはイバンカ・トランプ氏まで送り込んで、同氏が外交に従事する資格について厳しい批判が寄せられた(“Ivanka Trump's chronic problem”; Chicago Tribune; February 28, 2018)。いずれにせよ両氏の滞在は数日に過ぎないが、大使がいればムン大統領とは毎日のように会談できる。

トランプ氏が損益の観点から打ち出した国務省の予算および人員の削減という悪名高い計画に見られるように、彼の外交当局軽視の姿勢は酷く偏向したものである。しかし去る12月の新安全保障戦略で北朝鮮の重要性を強調していた(“President Trump's New National Security Strategy”; CSIS Commentary; December 18, 2017)のなら、トランプ氏はポピュリズムと損益思考に固執することなく、外交当局のプロフェッショナリズムの重要性を認める必要がある。こうした観点から、トランプ氏はキム・ジョンウンに対する外交的駆け引きと軍事的圧力の適正なバランスを再考する必要がある。トランプ氏としてはバラク・オバマ前大統領のマーク・リッパート大使の後任に、自分が任命した人物を韓国に赴任させたいのだろう。しかし彼が外交官集団の専門知識に敬意を払わない限り、自前の適任者など見つけられないだろう。ブッシュ政権で国家安全保障会議のメンバーであったビクター・チャ氏がトランプ氏の任命を受けなかったのも当然である(“Trump Finally Taps Ambassador to South Korea”; Diplomat; December 16, 2017および“Still No US Ambassador in South Korea”; Diplomat; February 10, 2018)。

根本的な問題は駐韓大使の件を超えたものである。ポピュリストのビジネスマンには政府と緊密な関係にある人物の知人が多くない。またトランプ氏自身も政府で働いた経験がほとんどない。よって政府高官の任命がこのように大幅に遅れている。2月28日時点でトランプ氏は41ヶ国および地域への大使の任命を終えていないが、その中にはトルコ、カタール、ヨルダンといった戦略的に重要な国々もある(“More than 40 countries lack a U.S. ambassador. That’s a big problem.”; Think Progress; February 28, 2018)。さらにレックス・ティラーソン国務長官の省組織再編計画には安全保障の専門家の間から、犯罪やテロといったグローバルな脅威からの本土防衛能力を低下させ、国際舞台でのアメリカの外交的プレゼンスを低下させるという懸念の声が挙がっている(“Rep. Nita Lowey: Trump is destroying America's status as a global leader and endangering national security”; NBC News; March 1, 2018)。こうした混乱はトランプ氏が大統領選挙に立候補した時から予見できたことである。トランプ氏の偏向したビジネス志向と政府に対する敬意の欠如は閣僚の任用にも表れている。ジョージ・H・W・ブッシュ氏からバラク・オバマ氏までの歴代大統領は閣僚の80%以上が政府経験者であったが、トランプ政権では47%に過ぎない。他方で企業最高経営責任者を歴任した者はトランプ政権では28%だが、他の政権では18%以下である(“Donald Trump’s Cabinet is radically unorthodox”; Washington Post; January 11, 2018)。

トランプ政権は資格充分な政治任用者にとっても快適に働ける場所でないばかりか、既存の政府官僚にも敬意を払っていない。トランプ氏が当選して間もない政権移行期に、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院のエリオット・コーエン教授はトランプ陣営の一貫性のない政策と険悪な雰囲気に失望し、保守派の仲間にはこの政権に加わらぬよう助言した(“I told conservatives to work for Trump. One talk with his team changed my mind.”; Washington Post; November 15, 2016)。トランプ氏の大統領就任から数ヶ月後、事態はコーエン氏が言った通りにネガティブに進展した。彼の政権はオバマ前大統領に盗聴されたと言って国民を欺き、人権軽視で国際舞台でのアメリカの影響力と評判を低下させ、ネポティズムによってホワイトハウスに公私混同をもたらした(“Eliot Cohen was right: Work for Trump, lose your soul”; Washington Post; April 3, 2017)。その結果、この政権は適性に問題のある人物を要職に登用せざるを得なくなった。これが典型的に表れているのがピート・ホークストラ駐オランダ大使のケースである。元共和党下院議員ながら外交経験に乏しいホークストラ氏は、大使就任後初の記者会見でオランダのイスラム教徒への恐怖感を扇動した過去の発言について厳しく問題視された(“Trump's ambassador to Netherlands finally admits 'no-go zone' claims”; BBC News; 12 January, 2018)。

トランプ氏はオバマ前大統領が任命した人物に代わって自分の人脈からのお気に入りを抜擢したいのだろうが、それが国内外で摩擦を引き起こしている。よって、トランプ氏は外交の立て直しのためにもアメリカが誇る外交官集団をもっと尊重すべきである。彼の人脈では人材が枯渇しているので、空席の大使には職業外交官を充てるべきだ。トランプ氏とティラーソン長官は国務省再編計画を撤回し、空席となっている大使の任務に必要な資質を身につけた人材を確保すべきである。事は米韓関係に限らない。先進諸国では公務員および外交官はメリット本位で登用され、大使は時の政権ではなく国家を代表する。トランプ大統領はこうしたグローバル・スタンダードに従うべきだろう。韓国が今のような政府と外交の混乱を見て、アメリカを信用できるだろうか?


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2016年9月27日

日本は中露枢軸分断をインドに任せよ

安倍晋三首相は今年の12月初旬に地元選挙区の山口県でロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会談する予定である(「安倍晋三首相、地元・山口でプーチン露大統領と会談へ 12月上旬、北方領土交渉加速へ本格調整」;産経新聞;2016年9月1日)。両首脳は第二次世界大戦の平和条約、北方領土問題、そしてロシア極東地域での二国間経済協力を話し合う。日本国内では安倍首相がこの機に乗じて中露枢軸を分断し、不確実性を増す世界に対処すべきだとの声もある。しかし日本がそのように西側同盟に悪影響を与えかねないリスクは犯すべきではなく、そうしたむしろ役割はインドに任せるべきだと主張したい。以下、説明をしてゆきたい。

第一に中露枢軸について言及する必要がある。表面的には両大国は西側、特にアメリカの世界秩序に対抗する同盟関係にある。しかしロシア極東地域は人口希薄であり、国境の向こう側にある人口大国の中国は潜在的に国家安全保障上の脅威である。ロシア極東の国境地帯はアムール州、プリモスキー(沿海)地方、ユダヤ自治州、ハバロフスク地方の全てを合わせても人口が430万人にしかならない。他方で中国東北地域は1億900万人という圧倒的な人口である(“Russia, China and the Far East Question”; Diplomat; January 20, 2016)。国家対国家レベルでの脅威に加えて、中国からやって来る蛇頭と呼ばれる犯罪集団や不法伐採業者は市民生活と環境の安全保障を脅かしている。ロシアが中国に表には出さない不信感を抱えていることもあり、日本でクレムリンとの戦略的パートナーシップを発展させて中露を分断し、人民解放軍の脅威を牽制しようという議論が挙がることは理解できる。

しかし来る首脳会談では平和条約や北方領土問題といった二国間問題に集中すべきだと主張したい。日本は西側同盟の中心にあり、中露のパワーゲームに関わる立場にはない。むしろ欧米諸国がバルト海地域とクリミアをめぐる緊張をよそに、日本は「ロシアを再び偉大にする」(Make Russia Great Again )ことを求めているのではないかとの疑念を抱くであろう。ヨーロッパ諸国の対中宥和には日本が不快感を抱くように、日本の対露宥和にはヨーロッパ諸国も不快感を抱く。ヨーロッパの宥和でも顕著な事例はジョージ・オズボーン財務相(当時)の主導による英中原子力合意で、イギリスの国家安全保障関係者の間ではそれに対して中国による対英スパイ行為への重大な懸念が高まっていた。また日米両国もそうした物議を醸すような合意には戸惑っていた。

しかしテリーザ・メイ現首相は合意を再検討し、ヒンクリー・ポイントとブラッドウェルの原子力発電所での中国の影響力を低下させようとしている(“UK's Theresa May to review security risks of Chinese-funded nuclear deal”; Reuters; September 4, 2016)。キャメロン政権の内相であったメイ氏はニック・ティモシー首相首席補佐官とMI5とともに、原子力合意に対する国家安全保障上の懸念を述べていた(“Hinkley Point: Theresa May's China calculus”; BBC News; 31 July 2016)。メイ氏の行動は中国広核集団を通じたヨーロッパでの人民解放軍の影響力の浸透を防止するであろう。日本もロシアに関してそれに応じた行動をとるべきである。

そうした中でインドは中露のパワー・ゲームに入り込むには格好の立場である。印露がFGFAステルス戦闘機開発のように対中牽制のための緊密な防衛協力を行なっても、欧米が当惑することはない。歴史的にインドは親中のパキスタンに対抗するためにソ連と緊密な関係にあった。インドはミグ21、ミグ23、ミグ27、ミグ29といったソ連製の兵器を数多く輸入してきた。冷戦後もインドはヒンドスタン航空機社がロシアのライセンスで製造しているスホイ30MKIという典型例に見られるように、ロシア開発した兵器を配備している。そうしたソ連時代からのロシアとの強固で長年にわたる関係にもかかわらずインドは非同盟外交を堅持し、ソ連圏に入ったことはなかった。

他方で冷戦期のインドは西側とも軍事的な関係を深化させ、そうした関係は今世紀に入ってさらに発展している。インドは過去にフランスからミラージュ2000を購入し、1971年の印パ戦争ではイギリスから入手した中古空母ビクラントを投入した。9・11同時多発テロを機にインドとアメリカの戦略的パートナーシップは急速に発展し、それはマンモハン・シン首相とジョージ・W・ブッシュ大統領の間で結ばれた原子力合意に典型的に表れている。オバマ政権下ではこうした安全保障での協調がさらに進んで日本がマラバール海上演習に招待されるほどになり(“US, Japan, and India Kick off 2016 Malabar Exercise”; Diplomat; June 12, 2016)、南シナ海での中国の海洋拡張主義の抑止を模索するようになっている(“India, Japan Call on China not to Use Force in South China Sea Disputes”; Diplomat; June 15, 2016)。

インドは大国の競合で独自の行動をとってきたので、ロシアとの関係が強化されたからといって地政学上のバランスが劇的に変わることはない。西側にとって、インドは友好国であるとともに有望な市場でもある。また欧米はアフガニスタンでのテロとの戦いでこの国とパキスタンのバランスをとっているが、それはしばしば後者に信頼を持てないことがあるためである。そのようにロシアとも欧米とも緊密な関係にあるインドの方が中露枢軸の分断には適している。こうした目的のためには日米両国がインドとの外交パートナーシップを深化させ、アジアの安全保障について共通の認識を模索しなければならない。そして安倍首相は12月のプーチン大統領との会談では欧米との不要な摩擦を避けるためにも二国間問題に集中すべきである。


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2016年1月 8日

ルビオ候補が示す4つの北朝鮮対策

北朝鮮が1月6日に行なった「水爆」実験は世界に大きな衝撃を与えた("World Powers Unite In Condemnation of North Korea's H-BombTest Claim"; Buzz Feed News; January 6, 2016)。これほどまで度重なる核実験に鑑みて、国際社会はこれまでより有効な手を打つ必要に迫られていることが明らかになった。そうした中で今回のアメリカ大統領選挙の候補者の中で安全保障政策に最も通じている共和党のマルコ・ルビオ上院議員が4つの対策を示している("Here Are Four Things Marco Would Do to Take On North Korea"; Marco Rubio.com)。第1は北朝鮮をテロ支援国家に再指定することである。第2は経済制裁の強化である。さらに第3にはアジア太平洋諸国との同盟強化とアメリカ自身の海軍力強化である。第4はミサイル防衛の強化である。

ルビオ氏が挙げた対策の内で強力な効果を期待できるとともに、比較的早く実行できるという条件を満たしているのは4のミサイル防衛の強化を中心とした抑止力の強化である。3の海軍強化は必要かつ強力な対策にはなるが、すぐにできる対策ではない。艦艇の建造には時間がかかるのだ。いずれにせよ、これまでの経済制裁よりもさらに強力な手段で北朝鮮が我々には勝てないことを知らしめねばならない。さらに朝鮮日報は1990年代初頭に在韓米軍から撤去された戦術核兵器の再配備を主張している(『米戦術核の再配備検討を=日本の対応に警戒感-韓国紙』;時事通信;2016年1月7日)。韓国の英字紙コリア・ヘラルドはさらに進んで日米韓の間でIAMD(統合防空およびミサイル防衛:"US Army's Integrated Air and Missile Defense System Defeats Cruise-Missile Target"; DEfense News; November 13, 2015)の強化をすべきだという議論まで掲げている("U.S. likely to step up efforts to build IAMD with Seoul, Tokyo"; Missile Defense Advocacy Alliance; January 7, 2016)。こうして北朝鮮に対する防衛能力と攻撃能力をしっかり見せつけ、決して彼らが我々よりも強いのだと思い上がらせぬようにしなければならない。

経済制裁の強化はもちろん重要である。しかし、北朝鮮に対しては国際社会がこれまでに何度も制裁を科してきたことを忘れてはならない。また、経済制裁をどれだけ厳格にしても抜け道があることは避けられない。何と言っても貧困に慣れた国民にどれだけ制裁を強化しても、大きな痛手を感じないだろう。過去の事例でも経済制裁の効果は時間がかかる。1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻には西側を中心とした経済制裁が科されたが、それが赤軍の撤退を促したわけではなかった。むしろレーガン政権期が600隻海軍やSDI構想といった軍備増強を打ち出したことで、アメリカとの軍拡競争について行けなくなってソ連がペレストロイカを採用したのである。その他にもアパルトヘイト時代の南アフリカはアラブ諸国からの石油禁輸という制裁を受けたが、石炭液化で乗り切った。むしろ当時の南アフリカはアフリカで最も豊かな国だった。しかもアメリカとイギリスはアジアとヨーロッパを結ぶ地理的条件から大英帝国の戦略要衝だった南アフリカを共産主義の防波堤と見なし、国際的な制裁には及び腰だった。

こうした歴史を振り返ってみても、経済制裁だけで北朝鮮を屈服させされるとは考えにくい。やはり力を背景にした交渉で北朝鮮に臨む必要がある。また中国は六ヶ国協議の重要な当事者ではあるが、北朝鮮に対するこの国の影響力を過大評価すべきでなないだろう。1990年代に核実験の相互応酬で世界に緊張をもたらしたインドとパキスタンでさえ、今や実験を止めている。21世紀になっても核実験を続けているのは北朝鮮だけで、中国の説得などこの国は歯牙にもかけていないのだ。もはや従来の対策では北朝鮮の暴走を止める効果は期待できない。このまま北朝鮮を増長させると、今年に入ってからアメリカとサウジアラビアとの衝突を繰り返しているイランも同様に振る舞いかねない。

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2015年7月 7日

中国は本当に広く信じられているほど強いのか?

中国の台頭は国際政治の学徒の間では最重要テーマの一つである。様々な国際会議ではアメリカ人からヨーロッパ人、アジア人、そして日本人まで国籍を問わず世界各国の有識者達は、この巨大な新興国の上昇と、この国がグローバルな問題で影響力を拡大してゆくという「マニフェスト・デスティニー」を受け入れよと説いている。中には我々のような従来からの大国は国際社会の力の変遷という動向に抵抗することなく、自らの衰退を受け入れよというほど受け身の発言さえ見られる。そうした諸行無常を何が起ころうとも、それが望ましくてもが望ましくなくても受け入れよというのはあまりに「仏教的」である。しかしホッブス的な世界で一国の指導者がそのように諦観的な態度をとれば、その国は野心に満ちた新興国のなすがままに陥ってしまうだろう。新たに台頭してくる国の国力は適正に評定し、その国に対処する戦略を考えねばならない。

ともかく中国は多くの有識者達が言うように本当に強いのだろうか?この国が勃興する大国であることに異論はなく、それが世界秩序と国際安全保障にもかなりの影響を及ぼすであろう。しかし我々は中国を大変な経済大国だと見なしてよいのだろうか?この疑問については中国経済の相反する性格を注視すべきで、それは国家全体では巨大な経済も一人当たりの所得が不釣り合いに低いということである。世界銀行が公表した2014年の一人当たり国民所得によると、中国はアトラス方式では101位で購買力平価では105位となっている。財界人はしばしば急激な経済成長と都市開発に印象づけられてしまって中国の台頭に 魅入られがちなのは、伊藤忠商事会長から転身した丹羽宇一郎駐中国大使を見ればよくわかる。中国経済が総合で大きいのは巨大な人口が主要な要因である。歴史的にも国民が貧しい経済大国など、スペインからオランダ、フランス、イギリス、ドイツ、アメリカ、日本にいたるまで例がない。そのために中国の本当の経済的な実力を評定することは非常に難しい。ともかく中国がアメリカに対して最有力で手強い経済的な競合国だという認識は馬鹿げている。実際のところ、中国は日本やヨーロッパ主要国に追いついてもいない。中国はロシアよりもはるかに貧しい。近い将来、中国がアメリカを追い越す?それはいつのことか?

世界各国の有識者達が、国籍、文化、経歴を問わずそれほど単純明快な事実を見過ごすのはどうしたことだろうか。そのように中国の実力に間違った評定を下すことの危険性は、北京の共産党が心理的な幻想を利用して国際規範を強引に抑えつけて自らをより有利な立場に置こうとすることである。高名な論客たちは中国について深く知り過ぎるあまり、ここで言及したような簡明な事実を忘れ去っているように思われる。アジア・インフラ投資銀行に対する受容姿勢は、中国によるアジアの最有力大国としての地位の強引な主張に対する「仏教まがい」の宥和の典型的な事例である。社会問題や環境問題に対してどこまで考慮するかという懸念はさて置き、中国が多国間機関を運営するだけのノウハウや専門知識を持っているとは到底思えない。この国は地域機関でも安全保障同盟でも主導的な役割を果たしたことはない。この国は西側、ソ連、そして非同盟のどのブロックからも孤立してきたのである。多国籍開発銀行を運営するだけの中国人経済学者は多くない。さらに貧しい国が多国間銀行を実質的に一国で運営するだけの経営体力はあるのだろうか?中国が日米両国および国際社会の敬意を勝ち取りたいという希求は理解すべきだが、彼らが多国間記入期間を運営するだけの能力を備えているかどうかは疑わしい。

他に問題とすべき点は製造業である。中国は世界の工場と呼ばれ、付加価値の低い製品と一般消費者向け用品での競争力については反論の余地がない。しかしハイテク製品ともなると中国は世界の最先端ではない。人民解放軍の戦闘機のほとんどはロシア空軍のもののコピーである。例えばJ11はスホイ27から、J15はスホイ33からといった具合である。中国独自のステルス戦闘機J31さえミグ29と同じエンジンを使用している。実際に中国製のエンジンは旧式でパワー不足である(“Why China’s Air Force Needs Russia's SU-35”; Diplomat; June 1, 2015)。J31はアメリカのF35の情報をハッキングしたコピーと見なされているが、2014年珠海航空ショーでのパフォーマンスは酷い評価であった(「自国メディアにも叩かれた「中国最新ステルス機」の未熟さ」;イザ産経デジタル; 2014年12月17日)。しかし正当であれ不当であれ、模倣は模倣に過ぎない。興味深い事例はドイツ製214型潜水艦の韓国への技術移転である。韓国はドイツのハイテク潜水艦を建造するライセンスを認可されたが、ボルト接合技術が充分に発達していなかったのでその潜水艦を造れなかった。言い換えれば、基礎レベルの技術もなしに模倣を行なうのは、素人が一流コックのレシピを読んだだけで作った料理のようなものである。よってライセンスであれハッキングであれ、コピーされた技術は本物の技術ではない。

戦闘機以外でも、中国のミサイルは輸入かコピーといった形式でロシアの技術に依存している。先進技術では、中国はロシアあるいはハッキングを通じたアメリカの技術にこれほど依存している。このことは中国の製造業の基盤が非常に脆弱だということになる。経済の面では、中国はもはや止めようもないほど台頭してしまった国ではなく、アメリカ、日本、ヨーロッパ主要国、そしてロシアに追いつくには程遠い。G2構想など白昼夢である。また中国は軍事超大国でもない。中国は巨大な低開発国に過ぎない。中国が「衰退する」ロシアをジュニア・パートナーにすると信じる者も少なくない。そんなことはほとんど考えられない。スーザン・ストレンジの構造的な力の理論を適用すれば、国防のあり方を決定づける力を行使しているのはロシアであって中国ではない。ロシアの技術への依存は、中国の国防システムをそれに応じたものにしてしまう。この観点から、私は日本国際フォーラムの伊藤憲一理事長が対独戦勝70周年記念での習近平氏のモスクワ訪問について「それにしても、そのような場に中国の習近平国家主席が席を連ねたことは、果たして中国のためによかったのであろうか。私は疑問に思う。」と記した最後の一文を注視している(「プーチン・ロシアはどこへ行くのか」;日本国際フォーラム――百花斎放;2015年5月12日)。

最後に質問を繰り返したい。どうして世界各国の有識者達は中国の台頭にそれほど受容的で、国際社会で自国の序列が下がることに寛容なのだろうか?「仏教まがい」の諦観は政策形成の態度ではない。何かが望ましくないのなら、それを望ましいものに変えねばならない。何かが望ましいなら、それをさらに望ましいものに変えねばならない。この目的のためには、中国の真の実力に冷静な評価を下さねばならない。

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2014年12月18日

複雑化するアジアでのアメリカ外交政策

去る12月12日にグローバル・フォーラム・ジャパンと明治大学が主催する日本・アジア太平洋対話「パワー・トランジションの中のアジア太平洋:何極の時代なのか」が開催された。シカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授をはじめ、対話に招かれたパネリスト達はアジア太平洋地域のパワー・ゲームについてリアリストの観点から明解に述べた。

実は11月5日のムンク討論会で『ウォールストリート・ジャーナル』紙のブレット・スティーブンス編集員が中国の脅威が抜き差しならないほど大きくなれば、日本のプルトニウム施設は核兵器に利用されるかも知れないとの疑念を述べたことに、私は少なからぬ驚きを覚えた。私はオバマ政権の超大国の自殺行為に対するスティーブンス氏の批判には同意するが、彼のような影響力のあるオピニオン・リーダーが日本を北朝鮮、イラン、パキスタンと同列に論じるかのように警鐘を鳴らしたことにはやや戸惑いを感じた。私は核不拡散がアメリカ外交で優先度の高い案件であることを充分に認識しているので、スティーブンス氏の発言はまるで日本をアメリカにとっての潜在的な「敵」と見なしているかのように響いた。問題は核不拡散自体にとどまらず、アメリカのコントロールが効かなくなるほど地域の緊張が高まることで、そうした事態は1998年のインドとパキスタンによる核実験の応酬に見られた。

しかしミアシャイマー教授のリアリストに視点によれば、スティーブンス氏の発言はアジア太平洋地域でアメリカの最重要同盟国に対して「非友好的」とも言い切れないようだ。国家は 国力と国威の最大化を追求し、自国の周囲に確固とした勢力圏を築こうとする。そうして生存の可能性を高め、政策の選択肢を増やしてゆく。よって、リアリストはアメリカが中国の脅威の増大に対処するにはあまりに弱く信頼できないと映れば、日本が核保有に走るのは当然だと考えている。それは核兵器が中国に対して最も費用効果の高い抑止力だからである。

そうした議論を念頭に置けば、日本の指導者達はアメリカと中国を両方とも相手にしたパワー・ゲームに絡んでまで核兵器を保有する覚悟があるのだろうか?歴史的に見てアメリカがアジアで支配的な勢力の台頭を受容しなかったのは、1899年に当時のジョン・ヘイ国務長官による門戸開放政策からもわかる。たとえ中国に宥和姿勢のように見えることがあっても、アメリカがアジアでの影響力を手放すことは考えにくいばかりか、極東が1998年の印パ核競争のように管理不能に陥ることなど欲していない。よって日本の指導者達は歴史認識に関して注意深い言動をとるべきである。何と言ってもミアシャイマー氏やスティーブンス氏のような名立たるオピニオン・リーダー達が日本の核保有の可能性をこれほど公然と語っているのである。

この対話は非常に印象深く洞察力に富んだもので、私はここで以下3つの論点を提起したい。第一はアジア転進政策である。確かにアジア新興経済諸国での市場の機会は重要である。しかしそれはアメリカがヨーロッパと中東への関与を弱めよという意味だろうか?ウクライナ危機はアジア関与を低下させるだけなのだろうか?そうとは言えない。ロシアは日本の北方空域に頻繁に侵入しているからである。この国はヨーロッパとアジアの双方で我々の脅威なのである。さらに中国は世界規模でアメリカに立ち向かっている。中国が中東への戦力投射能力がないにもかかわらず、一極支配の世界を恐れてロシアとともにイラク戦争に反対したことを忘れてはならない。また、中国の対アフリカ援助は物議を醸しているが、それも影響力の拡大のためである。よって私はヨーロッパと中東での関与を低下させることはアジアでのアメリカのプレゼンス強化を保証するわけではないと信じている。遺憾ながらISISの台頭に見られるように、これがオバマ政権によるアジア転進政策によってもたらされた結果で、その一方で中国が東アジアでますます挑発的になってきている。

中国が全世界で展開するアメリカへの挑戦に関して、この国が自らを「まだ途上国だ」としばしば言う理由を再考すべきである。これは謙遜からでた言葉ではなく大々的な野心から出た言葉であろう。私はそれが暗示する意味を「全世界の途上国よ、団結せよ!欧米(そして日本も)帝国主義に対して立ち上がれ!」であると解釈すべきではなかろうか。中国は革命国家であり、彼らには世界規模でパックス・アメリカーナに世界規模で抵抗するだけの充分な理由がある。中国の拡張主義を抑制するうえで、私は割れ窓理論を適用すべきと考えている。すなわち、アメリカの敵が防衛の弱い場所を見つければ、街で割れ窓を見つけたギャングのように勢いづくというものである。

第二の点は仮にもヘゲモニーの移転が起きた場合である。万一にも中国がアメリカによる世界秩序の後を襲うことがあれば、前覇権国のものとの違いは著しいであろう。パックス・アメリカーナはパックス・ブリタニカから自由主義の価値観、文化、政治システムを引き継いだ。20世紀初頭に競合国の追い上げに直面したイギリスは、超大国の役割のバードン・シェアリングにはドイツよりアメリカの方が好ましいと見た。こうしたギリシアとローマに擬せられる関係は、中国がさらに台頭した場合には決して見られることはない。それはパックス・アメリカーナとパックス・シニカではヘゲモニーの断層があまりにも大き過ぎるからである。仮にそうした事態になったとしても、中国ではローマを破壊して後世に何も残さなかったアッティラのフン族にしかなれない。

第三には、たとえリアリストの視点からでも大国の競合で各国のレジームの性質が何の影響も及ぼさないのかという点である。私は一例としてイランを挙げたいが、それはこの国が近代化路線を歩もうがイスラム神権政治であろうがペルシア湾の大国を志向してきたからである。パーレビ王政時代には、イランはアメリカが支援するペルシア湾の憲兵としての台頭を目指した。シャーは啓蒙専制君主で西欧式の近代化によるネーション・ビルディングを追求した。シャーはペルシア人の偉大な歴史とともに、脱イスラム化によってアラブ諸国民に対する人文たちの優位を訴えかけた。それによってイランはレアルポリティークの面でもイデオロギーの面でも極めて親米で親イスラエルになった。他方で現在の神権体制はアメリカの優位への抵抗を通じた台頭を求め、その性質から言っても極端に反イスラエルである。彼らはアラブの間でも宗派が共通するシーア派のモスタザフィン(被抑圧者)との連帯を主張している。そうした国がテロ支援を行なうのは、レアルポリティークの面でもイデオロギーの面でも不思議ではない。

この対話はますます複雑化してゆくアジア太平洋地域の情勢を理解するうえで非常に有益だったばかりか、日本の指導者達に対しても微妙な問題では注意深く振る舞うべしという重要なメッセージを発信した。私が言及した3つの疑問点の中でも最も重大なものはアジア転進政策の真の意味である。これはただのレトリックなのか、それとも中国での市場機会への叩頭なのか、それともこの地域への真の戦略的関与なのか?それが問題である。


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