2017年10月30日

トランプ大統領の東アジア歴訪を迎えるリスク

ドナルド・トランプ大統領が11月初旬に東アジアを歴訪する。今回の訪日では北朝鮮と通商問題が安倍晋三首相との二国間会談での主要議題となる。有識者達はトランプ氏の大統領職への資質と適性に疑問を呈しているが、日本の指導者達は彼の言動がどれほど不快であっても鼻をつまむような思いで耐え忍ばねばならない。ヨーロッパと違って東アジアでは多国間安全保障の枠組みがないので、合衆国大統領が誰であっても日本の国家的生存には強固な日米同盟が絶対に必要である。しかし今回の訪日に当たってはトランプ・リスクには要注意である。トランプ氏は余人には考えられないような行動で悪名高く、アメリカの戦略的パートナーとの閣僚および事務レベルでの合意からかけ離れた行ないも頻繁である。サウジアラビアとカタールの抗争はその典型例である。メディアも専門家もこの政権の外交政策過程をどうにかして理解しようとしているが、アメリカの外交政策を予測不能にしているのはトランプ氏自身であり、そうしたリスクが日中韓3ヶ国を訪問しようとしているのである。

そうしたリスクもあるが、合衆国大統領の訪問を受けることには象徴的なメリットもある。特に安倍政権はトランプ政権との緊密な関係を誇示することで中国と北朝鮮の脅威に対処しようとしている。しかしトランプ氏がしばしば独走し、政権内での外交政策の齟齬がアメリカ外交の妨げとなってきたことを忘れてはならない。ロシアに関してはトランプ氏と閣僚の見解の相違は依然として大きい。トランプ氏には自らがロシアのセルゲイ・ラブロフ外相に高度機密情報を漏らしたとのたまって世界を仰天させ、アメリカの外交政策に携わる政府関係者を驚愕させた(“Trump revealed highly classified information to Russian foreign minister and ambassador”; Washington Post; May 15, 2017)。ロシアによる選挙介入との関連もあり、トランプ氏と閣僚の間に見られるそうした行き違いはアメリカの外交政策の信頼性を低下させている(“On Russia, Trump and his top national security aides seem to be at odds”; Washington Post; April18, 2017)。

そうした中でトランプ大統領とレックス・ティラーソン国務長官の間で致命的な齟齬が起きたのは北朝鮮をめぐってであるが、それは当然ながら今回の東アジア歴訪の最重要課題である。トランプ氏はティラーソン長官が極秘チャンネルを通じて北朝鮮と接触した外交努力を嘲笑した。それは背信行為である。そうした行為には超党派の外交政策の専門家達から厳しい非難が寄せられた。ブッシュ政権期のリチャード・ハース元国務省政策企画部長は、トランプ氏の発言は外交の一体性を侵害すると非難し、ティラーソン氏には辞任まで勧告している。オバマ政権期のサマンサ・パワー元国連大使はさらに辛辣で、トランプ氏の言動は受け入れられるものでなく、アメリカ外交の信頼性を損なったと語った (“Trump undercuts Tillerson's efforts on North Korea”; Politico; October 1, 2017)。たとえティラーソン氏が辞任したとしても、トランプ政権の外交政策の方向には統一性がない。諸外国政府は経歴が優れたマティス国防長官に耳を傾けているが、政権内にはタカ派のニッキ・ヘイリー国連大使、企業志向のウィルバー・ロス商務長官、大統領家族の一員であるジャレド・クシュナー上級顧問などもいる。さらにトランプ氏は組織再構築や歳出削減によって国務省の弱体化をはかっている(“Should Tillerson Resign?”; Politico; October 1, 2017)。そうした状況ではトランプ氏の独走を抑えられそうではない。

トランプ大統領の統治で根本的な問題は、個人に対する忠誠と国家に対する忠誠の区別がついていないことである。ジョンズ・ホプキンス大学高等国際大学院のエリオット・コーエン教授によれば、ジョージ・W・ブッシュ元大統領なら政権スタッフが国家のために行なう批判を受け入れていたが、トランプ政権ではマティス長官とティラーソン長官が大統領への忠誠を優先するホワイトハウスのスタッフに不満を抱え続けているということである(“How Trump Is Ending the American Era”; Atlantic; October, 2017)。側近達がそのように従順である限り、政権内部でのトランプ氏の言動へのチェックはほとんど効果がない。よってサウジアラビア・カタール危機で見られたようなトランプ氏独走のリスクはまずます大きくなっている。日本政府はそうした危険性を充分に意識せねばならず、トランプ氏が日本を発って韓国そして中国を訪問する時にも何が起こるか目が離せない。また安倍政権はトランプ氏が海外公式訪問の際に行なったこれまでの失言と失敗を見直し、予期せぬ危機が起きた場合にはどのように対処するか検討する必要がある。

そうした事情はあるが日本人は非常に忍耐強く寛容で、どれほど評判が悪い外国の首脳でも受け入れられる。それはトランプ氏による西欧啓蒙思想への反逆を受け入れようとはしないヨーロッパ人の思考様式とは著しく対照的である。イギリスのテリーザ・メイ首相は国民の間に広まる反トランプ感情の高まりを受けて、トランプ氏の訪英招待を延期せざるを得なくなった。フランスではトランプ氏の革命記念式典への出席が、エマニュエル・マクロン大統領の支持率急落の一因にもなった。安倍首相はこうした国内世論を気にしなくても良いという小さな幸運に恵まれている。しかし安倍氏はトランプ氏に対して過剰に宥和的に思える。安倍内閣は天皇とトランプ氏の会見を設定しようとしている("Trump to meet emperor on his visit to Japan"; Nikkei Asian Review; October 24, 2017)が、それではヨーロッパ諸国の王室に対して悪名高きアメリカ大統領を受け入れよと圧力をかけるようなものだ。また、アメリカ国内ではネポティズムとクレプトクラシーの象徴として痛烈な批判を浴びているイバンカ・トランプ氏を国際女性会議東京大会に招待する("Ivanka Trump to speak at Tokyo women’s empowerment symposium"; Japan Times; October 25, 2017)ことは不適切である。好むと好まざるとに関わらず、東京での二国間首脳会議は日米連帯を見せつける機会ではあるが、日本政府はトランプ・リスクを充分に意識するべきで、ともかく危険は最小限に抑える必要がある。舞台裏での閣僚および事務レベルでの調整は、両国にとってこれまで以上に重要である。日本はトランプ氏に対して注意深くあるべきで、サウジアラビア・カタール紛争のような事態は極東ではあってはならない。

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2017年9月29日

イギリスのポスト・ブレグジット世界戦略と日本

ブレグジットによってイギリスはアメリカ、英連邦、その他の主要国との関係を強化する以外に選択肢がなくなっている。そうした国々の内で日本はイギリスとの経済および安全保障のパートナーとして最も安定して有望な相手国である。日英両国はいくつかの重要な点で共通の立場にある。両国ともトランプ外交の不安定性と国際社会での彼の評判がどうあれ、アメリカとの特別関係に重点を置かねばならない立場である。イギリスにはブレグジット後には大西洋地域ではアメリカとの関係を強化する以外に道はない。日本の方が中国と北朝鮮の脅威の増大もあり、アメリカとの強固な同盟関係の必要性により迫られている。政治理念の観点からは、両国とも民主主義、法の支配、人権を重視している。さらに両国とも自国の国際的地位を科学技術立国に依拠して新興経済諸国との競争に対処している。

他方でイギリスがヨーロッパ域外の主要国と戦略的あるいは経済的なパートナーシップを発展させようという取り組みは停滞している。中でもテリーザ・メイ首相はドナルド・トランプ米大統領の訪英招請に熱心であった。ナショナリストのトランプ氏はブレグジットを大歓迎し、自らの大統領当選直後にニューヨークのトランプ・タワーで英国独立党のナイジェル・ファラージ元党首と会見したほどである。しかしイギリス全土で反トランプ運動が盛り上がり、特に今年6月のロンドン橋テロ事件の折にトランプ氏がロンドンのサディク・カーン市長をテロリスト呼ばわりした時にはそうした気運が高まった。このような事情に鑑みて、エリザベス女王は議会演説でトランプ氏の訪英が延期となったことを示唆した(“Trump's state visit to UK not mentioned in Queen's speech”; Guardian; 21 June, 2017)。他には有望なパートナーとしてインドが挙げられる。しかし英連邦の絆とコモン・ロー法体系は両国の通商合意妥結の決め手にはならない。むしろ重要なことは、イギリスはインドでの金融サービスの自由化を求めているのに対し、インドはイギリスへの自国の学生ビザと企業部署移動を要求していることである(“India dents UK trade hopes with lapsed deal”; Financial Times; April 5, 2017)。またたとえ通商合意が成ったとしても、インドの市場は世界銀行が経済的自由、腐敗、政府の有効性といった諸件について指標で各国と比較した順位がきわめて低いのでリスクも高い(“Pros and Cons: Bilateral Trade Agreement between Post Brexit UK and India”; Euromonitor International; May 5, 2017)。

メイ首相のポスト・ブレグジット外交は大変な難題に直面しているが、1月にはエルドアン政権のトルコを相手に大きな成果を収めた。イギリスとトルコは通商交渉の開始とともに、トルコ空軍向けのTFXステルス戦闘機開発という1億ポンドの商談に署名した (“Theresa May delivers message of support to Turkish president”; Financial Times; January 28, 2017)。両国ともヨーロッパの端に位置し、イギリスがEUを離脱する一方でトルコはEU加盟申請を拒否され続けてきた。しかしイギリスがトルコと経済および戦略的パートナーシップを築き上げようとするなら、特に先のクーデター未遂事件以降は人権蹂躙が懸念される。さらに問題となるのは、エルドアン政権下でのトルコがイスラム復古主義に走り、ロシア、中国、イランと接近していることである。トルコはロシアからS-400対空ミサイルの輸入まで決断した(“Turkey has agreed to buy Russia's advanced missile-defense system, leaving NATO wondering what's next”; Business Insider; July 17, 2017)。そうなると、この国のNATOに対する忠誠が厳しく問われねばならない。

こうしたヨーロッパ圏外のパートナーとの問題を考慮すれば、日本はポスト・ブレグジットのイギリスにとって非常に有望な相手国である。冒頭でのべたように日英両国は重要な国益と政治的価値観を共有している。日英関係の中心となるのは経済である。これが典型的に表れているのは、日産とトヨタがイギリスに設立した自動車工場である。実際にイギリス国内では日本企業1,000社が14万人を雇用している。貿易においてもイギリスは昨年で日本から世界第10位の輸出先である(“Japan has the power to radically shape Brexit”; Quartz; September 4, 2017)。また近年は両国の防衛関係も発展している。メイ首相が8月の首脳会談のため訪日した折、海上自衛隊のヘリコプター護衛艦いずもに小野寺五典防衛相を儀礼訪問したことはきわめて象徴的である(“Theresa May inspects MSDF helicopter carrier at Yokosuka base”; Japan Times; August 31, 2017)。日本が自国の護衛艦に外国の首脳を招くのは極めて異例なことである。しかし日英両国のパートナーシップにはブレグジットをはじめいくつかの問題が障害となりかねない。

まず経済について述べたい。日本政府と財界はイギリスがブレグジットの悪影響をどのように最小化するかを注視している。メイ首相は安倍晋三首相との間で日・EU間の自由貿易協定に基づいた二国間貿易交渉を開始しようとしたが、日本側は友好的な態度とは裏腹に慎重であった。デービッド・ウォレン元駐日大使は、日本はブレグジットに深い疑念を抱いているが、安倍政権は丁寧にもそれをおくびにも出さなかったのだと語っている(“Japan Unimpressed With May’s Brexit But ‘Too Polite’ to Say So” Bloomberg News; August30, 2017)。経済に関する共同声明では、メイ・安倍両首脳は『貿易および投資に関するワーキング・グループ』を設立してブレグジットのリスク軽減をはかり、世界全体での自由貿易を主導してゆくことで合意した(Japan-UK Joint Declaration on Prosperity Cooperation; 31 August 2017)。実のところ、この宣言は日本が昨年まとめた『英国及びEUへの日本からのメッセージ』(英語版)と題される15ページの要望書に基づいたもので、イギリスのメディアには恐るべき警告と受け止められていた。この文書は基本的にイギリスが透明性の高いブレグジット交渉を保証し、自由貿易を維持することを要求している。この目的のため、日本はイギリスとEUの双方に対してブレグジットへの円滑で安定した移行を要請している。個別具体的には、日本は双方にイギリスのEU市場へのアクセス維持、イギリス金融機関への単一パスポートの認定などを要望していた。

日本の要求の核心は金融機関がイギリスに留まれるようなビジネス環境を維持せよということである。それは日本が単一パスポートを強く要求した重要な理由だからである。また、日本はイギリスに高度な知識と技能を持つ労働者の入国の自由を維持し、ヨーロッパでの自国の銀行業界の利益を保証しようとした(“You should read Japan's Brexit note to Britain — it's brutal”; Business Insider; September 5, 2016)。その文書が公表されてからほどなく、現在は王立国際問題研究所に在籍するウォレン元大使は、イギリスは日本が出した苦い薬を受け入れるべきだと主張した。ウォレン氏はアメリカでの保護主義の高まりと自由貿易の行く末に重大な危機感を示していた。また、イギリスが世界の経済大国として残るためには今後もヨーロッパ市場へのアクセスを維持することが必要だとの主張にも同意していた(“Japan Lays Out a Guide to Brexit”; Chatham House Comment; 6 September 2016)。日本にとってはイギリスとヨーロッパでの自国の企業活動の保証が絶対的に必要であるが、この文書はそれ以上のものである。日本は成熟した責任ある経済大国としてブレグジット・ショックが世界経済に及ぼす影響を軽減させる処方箋を提言したので、新興国の立場から幼稚産業保護に固執するインドの対応とは著しい違いを示した。

他方でイギリスが中国、北朝鮮ばかりかISISの脅威まで高まるアジア太平洋地域の安全保障に関与することは、日本の防衛に大いに寄与する。メイ氏と安倍氏はイギリス軍部隊を日本との合同演習に派遣することで合意したが、それは日本の領土で訓練を行なう外国軍としてはアメリカに次いで2番目となる。地域内での脅威に加えて、王立防衛安全保障研究所のピーター・リケット卿はユーラシア全域での中国の一帯一路構想に強い危機感を述べている。リケット卿は日英両国はアメリカに最も近い同盟国として全世界でもアジア太平洋地域でも責任を共有できると主張する(“The Case for Reinforcing the UK–Japan Security Partnership”; RUSI commentary; 13 July 2017)。東アジアの安全保障でのイギリスの役割についてはアメリカン・エンタープライズ研究所のマイケル・オースリン氏らアメリカの専門家からも目を向けられ、特に航行の自由作戦への参加が注視されている(“Britain flies into the danger zone: But the risks of getting involved in Asia are worth it”; Policy Exchange; January 12, 2017および“Britain and Japan have a unique chance to reshape the world – they should seize it”; Daily Telegraph; 28 April, 2017)。さらに日英両国は次期ステルス戦闘機の共同開発プロジェクトにも署名し、その戦闘機は日本側でF-3と呼称されることになっている (“Japan-UK Fighter Project Sign Of Closer Defense Partnership”; Aviation Week; March 24, 2017)。イギリスはこれより先にトルコとTFX戦闘機の製造で合意しているので、日本とのプロジェクトではさらに進んだ技術が投入されるだろう。

しかしイギリスが東アジアの安全保障でイギリスが多大な役割を引き受けると期待することは、あまりに希望的観測である。最も重要なことに、イギリスの空母打撃部隊へのF-35Bの配備は2015年の『戦略防衛見直し』による国防費の削減で遅れ、クイーン・エリザベスはアメリカ海兵隊所属の同機を艦載しなければならなくなった。イギリスのメディアはしばしば同艦の巨大さに歓喜しているが、イギリスが42機のF-35Bを揃える予定の2023年までは独自の空母としての能力は完全ではない(“HMS Queen Elizabeth to get first F-35 jets next year”; UK Defence Journal; April 26, 2017)。さらに英海軍はヨーロッパ、中東、その他の地域でも活動しているので、彼らが極東にしっかりと関わることを期待するにはクイーン・エリザベス級空母2番艦のプリンス・オブ・ウェールズの就役を待つ必要がある。空母のローテーションおよびオーバーホールを考慮すれば、イギリスがアジア太平洋地域に着実に関与してゆくには最低でも2隻を備えておく必要がある。数年の間、クイーン・エリザベスは巨大なヘリ空母であり、米海兵隊からのF-35Bがなければ中国による航行の自由侵害や北朝鮮の脅威に対してはそれほど有用にはならない。しかし同艦のヘリコプター飛行隊と指揮命令施設のための巨大な内部空間は東南アジアに浸透してきたISISとの戦いには役立つだろう。イギリスが極東に着実な戦力投射能力を備えて日英の防衛パートナーシップが深まるには、しばらく時間がかかるだろう。

ポスト・ブレグジットのイギリスがどうなるか見通しは不透明だが、メイ政権のグローバル・ブリテンを支援してゆくことが日本の国益につながる。トニー・ブレア元首相らに代表される親欧派がブレグジットの破棄に向けて強く働きかけているが、現時点ではそうした動きが国民的な支持を得る見通しはない。日本はイギリスの内政に介入する立場にはないが、ブレグジット後もイギリスが世界と関わり続けるために好ましい気運を作り上げることはできる。さもなければジェレミー・コービン労働党党首が政権を取りかねない。コービン氏はマイケル・フットの再来と言われている。彼はNATOの解散ばかりか、イギリスがヨーロッパ諸国をロシアから守ることも止めるべきだと言い出した(“Jeremy Corbyn called for Nato to be closed down and members to 'give up, go home and go away'”; Daily Telegraph; 19 August, 2016)。さらに過激な発言を繰り広げるコービン氏は今年5月には王立国際問題研究所で、第二次世界大戦後にイギリスが行なった戦争の大義は全て間違っているとまで言い放った(“Jeremy Corbyn: Britain has not fought just war since 1945”; Independent; 13 May, 2017)。それは歴史に対する彼の凄まじい無知と自虐意識を示している。戦後のイギリスはマラヤ危機、シエラレオネ内戦、コソボ戦争などで世界平和のための軍事介入を数多く行なっている。イギリスがコービン政権になってしまえば、日本の戦略的パートナーとなることは決してないであろう。

この他に現行のグローバル・ブリテンに挑戦を突き付けるのは与党保守党内の反主流派である。中でも親中派のジョージ・オズボーン氏は財務相在任時にイギリスのAIIB(アジアインフラ投資銀行)加盟を推し進め、ヒンクリーポイントおよびブラッドウェル原子力発電所への中国の投資を誘致した。オズボーン氏はEU離脱国民投票の前にはデービッド・キャメロン前首相の最も有力な後継者であった(“The one chart that shows how George Osborne is almost certainly going to be our next Prime Minister”; Independent; 1 September, 2015)。コービン氏もオズボーン氏も好ましい存在ではないので、イギリスがブレグジットを破棄する見通しがない限り、日本はメイ氏あるいは同様な考え方の政治家によるグローバル・ブリテンを積極的に支援してゆくべきである。

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2017年7月28日

安倍昭恵夫人の「英語力」への侮辱を座視するな

先のG20ハンブルグ首脳会議にて、安倍昭恵夫人と隣席となったドナルド・トランプ大統領は『ニューヨーク・タイムズ』紙7月19日付けのインタビュー記事で「日本のファーストレディーはハローも言えないほど英語ができない」と答えて物議を醸した。英米のメディアではこれに対する反論が出回ったばかりか、昭恵夫人はトランプ氏との会話で不用意なトラブルに巻き込まれないように用心したのではないかとの論調(”JAPAN’S FIRST LADY AKIE ABE MYSTERIOUSLY COULDN’T SPEAK ENGLISH WHEN SHE MET DONALD TRUMP AT G-20”; Newsweek; July 20, 2017)も多々あった。

しかし実際に誰かがどれほど英語を話せるかなど大した問題ではない。それよりも公衆の面前で他人、しかも一国のファーストレディーの名誉を傷つける発言をしたことの方が問題である。英米をはじめ、各国のメディアはこのことを問題視すべきであった。もっとも、公共の場でロッカールーム・トークを平気で行なうトランプ氏にとって、言われた相手の気持ちなどはどうでも良いのであろう。

歴代の合衆国大統領の中でも世界の歴史や文化に関する教養に著しく欠けるトランプ氏に対し、日本的な「惻隠の情」を理解してもらおうとは思わない。しかし西洋的な道徳および倫理に照らし合せても、トランプ氏の発言は好ましからざるものである。もっとも、ひたすら「稼ぐが勝ち」の人生を送ってきたトランプ氏にとって、紳士的な振る舞いや大統領に相応しい品格など考慮に値しないのかも知れない。

しかし、我々はスロベニア出身の彼の妻、メラニア夫人が選挙応援演説で英語の訛りを嘲笑されたことを忘れてはならない。その際に、これに猛反発したのがトランプ氏の支持者であった。こうしたことを踏まえれば、昭恵夫人の英語力についてトランプ氏が公衆の面前で恥をかかせるような発言をということは、この人物は自らの妻を大事に思っていないのだろうかと考えざるを得ない。

さらに憂慮すべきは、トランプ氏は内心では安倍晋三首相のことを軽く見ているのではないかという疑念も浮かんでくる。安倍首相はトランプ氏の大統領就任前に会談に駆け付けたばかりか、就任後はゴルフにまで付き合った。このように自分を持ち上げてくれる人物にはトランプ氏の機嫌が良くなることは、選挙戦序盤でのクリス・クリスティー氏、そしてロシア疑惑追及で態度を豹変させるまでのジェフ・セッションズ司法長官の例からもうかがえる。しかし日本がトランプ氏から軽く見られることは座視できない。よって、日本の言論界は昭恵夫人に対するトランプ氏の非礼な言動には強く抗議すべきである。

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2017年6月 2日

安倍首相はG7で米独の仲介ができなかったのか?

今月のNATOおよびG7首脳会議からほどなくして、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はアメリカとの同盟の妥当性とブレグジット後のイギリスとの継続的な関係に厳しく疑問を呈する発言を行ない、大西洋両岸のメディアと有識者達を驚愕させた(“After G-7 Summit, Merkel Says Europe Can No Longer Completely Rely On U.S. And U.K..”; NPR News; May 28, 2017)。ドナルド・トランプ氏が人格でも政治的見識でもアメリカ史上最悪の大統領であることはわかりきっている。さらに今回のヨーロッパ歴訪ではNATO首脳会議の際にモンテネグロのドゥシュコ・マルコビッチ首相を公衆の面前で無理矢理押し退けたような粗暴な言動によって、トランプ氏がアメリカの恥を晒しただけになってしまった(下記ビデオを参照)。共和党であれ民主党であれ、これまでトランプ氏ほど酷い振る舞いをした大統領はいなかった。



メルケル氏がトランプ氏に抱く憤慨は国際世論で広く共有されている。しかしこうした激しい口調は環大西洋社会で大いに懸念を抱かれている。ギデオン・ラックマン氏はトランプ大統領がNATOおよびG7首脳会議でアメリカの孤立を深めるという致命的な失敗を犯したことは認めながらも、メルケル首相の挑発的な発言については「トランプ氏が大統領に就任して4か月も経つのに、ヨーロッパ諸国も特に防衛上のバードンシェアリングに関して相手側が抱く疑念を払しょくできなかった」として批判している。さらにメルケル氏はイギリスもトランプ政権のアメリカと同列で、利己的な行動で西側同盟の結束を乱していると非難している。実際にはイギリスは気候変動に関してはEU側についているばかりか、NATOにもしっかり貢献している。ラックマン氏が主張する通り、メルケル氏がブレグキット交渉をドイツ有利に運ぼうとしてイギリスと対立し、事実を軽視することは無責任なのである。これではトランプ氏によって大いに傷つけられた、民主主義と人権の価値観に基づく西側同盟を弱体化させるだけになる(“Angela Merkel’s blunder, Donald Trump and the end of the west”; Financial Times; May 29, 2017)。

ラックマン氏が厳しく批判するメルケル氏の「ドイツ版ゴーリズム」は、ドイツの内政とヨーロッパの地域安全保障を反映している。トランプ氏のヨーロッパ同盟諸国軽視の態度はドイツの有権者に苦痛を与えているので、メルケル氏が9月の総選挙で勝つためには反トランプの姿勢を訴える必要がある。またNATO加盟国のほとんどはイギリスなど数ヶ国を除いてGDP2%の国防費という要求を達成できず、そうした国々はドイツに自分達を代表してトランプ政権の圧力に立ちはだかってもらうことを望んでいる。そうした国内情勢および国際情勢から、ドイツのエリート達はトランプ現象とブレグジットを同一視し、アングロサクソン両国に対して大陸での自国の立場の尊重を求めている(“How to Understand Angela Merkel’s Comments about America and Britain”; Economist; May 28, 2017)。ドイツの自主路線追及は文言だけでなく実際の行動にまで及ぼうとしている。メルケル政権は今年に入ってチェコ軍とルーマニア軍をドイツの指揮系統に組みこんで共同防衛を行なうという合意にいたった(“Germany Is Quietly Building a European Army Under Its Command”; Foreign Policy --- Report; May 22, 2017)。ドイツの言動はどれを見ても、トランプ大統領のオルタナ右翼的な世界観への強い警戒感に突き動かされている。

トランプ氏の大統領就任以来の米欧関係を考慮すれば、ドイツとアメリカがG7で熾烈に対立するであろうことは予測できた。G7参加国の中では日本が両国の仲介には最も良い立場にあった。安倍晋三首相はトランプ氏の大統領就任前と就任後に会談し、日本の国家的生存を保証するとともに国際問題への対処での影響力の拡大を目指している。よって日本のオピニオンリーダーの中には、日本はトランプ・ショックを国際的地位向上のチャンスとして利用すべきだとの声もあった。彼らへの賛同の是非はともかく、安倍氏はG7でトランプ氏とメルケル氏の橋渡しをするという重要な役割は果たせなかった。実際に安倍氏はサミットではメルケル氏に次いで経験豊富なリーダーであったが、イギリスのテリーザ・メイ首相とフランスのエマニュエル・マクロン大統領はトランプ氏と同様に初参加であった。しかし北朝鮮による緊急の脅威は非常に重大だったので、安倍氏はヨーロッパのリーダーに極東の安全保障に対する注意を喚起する必要があった。

欧米のメディアも日本のメディアも米欧亀裂の緩和のうえで日本が持つ特別な強みを考慮することはほとんどなかった。しかしこれはメディアだけを叩いても無駄である。安倍氏は自身の関与が疑問視されているにもかかわらず、永田町で森友学園および加計学園事件でのいわゆる腐敗スキャンダルにかかりきりであった。首相はしばしば日常の雑事に忙殺される。国家の指導者に国際政治の大局観を与えて重要な外交行事により良い準備で臨むようにはからうのは、外交など諸問題を管轄する政府官僚機構、知識人、その他ステークホルダーらの役割である。

しかし事態は手遅れではない。まず、日本はG7で面識を持ったマクロン政権との緊密な連絡を模索できる。マクロン氏は大西洋同盟重視で、イギリスに対しても強硬で教条主義的な態度で臨むメルケル氏とは一線を画してブレグジットには柔軟で実務的な合意を主張している(“Macron ‘in favour of a softer deal’”; Times; April 25, 2017)。トランプ政権への過剰なすり寄りと批判された安倍氏だが、そこで得られた経験と相手方との関係構築は外交上の強みともなり、良いパートナーを得られればそれが活かされるだろう。米独両国の仲介という仕事は非常に難しいが、きわめて重要である。たとえトランプ氏が弾劾されても、西側同盟に残された傷はすぐには癒えない。よって、日本はできるだけ早くそれに着手する必要がある。

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2016年11月30日

トランプ・ショックを契機とした日本自主防衛論に疑問

先の大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の当選は予期されなかったばかりか望まれてもいなかったので、全世界のアメリカの同盟を恐怖に陥れることになった。トランプ氏は全世界での同盟ネットワークの破棄を口にしたばかりか、日本、韓国、サウジアラビアといった同盟諸国には自前の核武装さえ要求したので、アメリカが一方的に覇権を破棄することによる新世界無秩序が恐れられるようになっている。日本とヨーロッパではトランプ・ショックは戦後の安全保障枠組を再考し、自主的な外交および国防政策を模索する機会だとの声も挙がっている。

日本の外交政策の有識者の間ではトランプ政権の登場による不確実性を伴う不安定化に重大な懸念が広まっているが、ナショナリスト達は在日米軍の撤退によって「戦後の政治的な対米従属」を脱却するという自分達の願いを叶える絶好の機会だとして歓喜の声が挙がっている(「日本でじわり広がる”トランプ大統領”待望論―対米自立か隷属か―」;;Yahoo!ニュースJAPAN;2016年3月27日)。ヨーロッパの識者からはもっと冷静沈着な議論も出ている。ブルッキングス研究所のマッテオ・ガラヨグリア氏は独伊二重国籍の立場から、ヨーロッパは独自の国防能力の強化、域内での相互協力の深化、そしてオーストラリア、ブラジル、カナダ、日本、インドといったヨーロッパという枠組みを超えた主要民主主義国とともに世界の安定化に向けて手を携えてゆくべきだと主張する(“Never waste a crisis: Trump is Europe’s opportunity”; Brookings Institution; November 10, 2016)。

問題はアジアが文化的にも歴史的にも政治経済的発展度合でもあまりに多様なために、日本は多国間地域安全保障機関に入っていないことである。また日本は韓国や台湾といった安全保障での提携の可能性のある国々とも領土上の見解不一致を抱えている。よって日本がいわゆる自主安全保障政策を執れば、世界から孤立しかねない。ナショナリスト達は日帝の復活という長年の夢のために歓喜に浸っているが、真の自主防衛を叶えるだけの軍事力を備えるには、防衛費を大幅に増額しても長い時間がかかる。兵器は注文生産であり、支払いがなされたからと言ってすぐに顧客の許に届くわけではない。また、兵器を使いこなすには訓練も必要である。思い出すべきは、ISISがバグダッドに迫る中でオバマ政権がF16戦闘機の引き渡しとイラク軍パイロットの訓練に遅延をきたした時、イラク政府がどれほど焦燥感に駆られたかということである(“From Iraq to Syria, splinter groups now larger worry than al-Qaeda”; Washington Post; June 10, 2014)。この観点から言えばトランプ氏が以前に口にしたような北朝鮮に対する独自核抑止力などは、馬鹿げている。

問題は尖閣諸島を含めて日本牡領土を中国から防衛するだけではない。背後にアメリカの力がなければ、地政学的にも経済的にも日本がアジアで中国の影響力とせめぎ合うことは難しい。日本が規範に基づいた国際関係という普遍的な価値観を訴えてはいるが、アジア諸国は大なり小なり中国の台頭には抗えないとして受容している。経済では日本の商品やサービスが高品質を誇ったところでアジアの顧客には必ずしも受け入れられず、むしろ低価格で猛烈な営業攻勢をかけてくる中国製のものが席巻するようにもなっている。自主独立の日本がたとえ中国からどうにか自国の領土を守り切ったとしても、アジア外交ではこれほど脆弱になるのである。アジア諸国は中国の脅威に対して立場が一致しているわけではない。カンボジア、ラオス、ミャンマーのように親中の国もある。親欧米かつ親日と思われる国々でさえ、中国に宥和することもある。小国にとっては崇高な理念を掲げるよりも、大国の競合の間での国家生存の方がずっと重要である。よってこうした国々が時に中国の台頭は「不可避」として容認してしまうのは、AIIB加盟やインドネシア高速鉄道の受注でも見られる通りである。ナショナリスト達が夢見るような日本主導の大東亜共栄圏の復活などは、ただ馬鹿げていて危険である。

トランプ氏は孤立主義の選挙公約を掲げたが、歴史的に見てアジアは1890年のフロンティア消滅以前からアメリカの影響圏である。マシュー・ペリーの艦隊が1853年と1854年に日本に派遣されたのは、それだけの理由があるのである。それは中東でのアメリカの関与が大英帝国から引き継がれたこととは著しい対照をなす。トランプ氏がリアリストの外交政策を執るというなら、ビジネスマンにありがちな近視眼的な損得勘定にしがみつかず、アジアでのアメリカのプレゼンスの深い背景を理解しなければならない。しかし新アメリカ安全保障センターのロバート・カプラン氏はトランプ氏がリアリズムを理解していないと批判する。トランプ氏は世界の中でのアメリカの役割と立場について明確なビジョンもなく、同盟国の防衛にも世界の安定に寄与することにもほとんど関心はない(“On foreign policy, Donald Trump is no realist”; Washington Post; November 11, 2016)。選挙中のトランプ氏の発言はカプラン氏とは正反対で、ゆすり屋さながらの収奪的なゼロサム思考にとらわれている。それがアメリカ国内外の外交政策有識者の懸念を募らせている。

どう考えてもトランプ・ショックは日本が「従属的」な対米関係を終焉させ、「自主独立」で「誇り高い」外交政策を採用する好機ではない。それなら、我々はこの危機にどう対処すべきだろうか?何よりもトランプ氏の基本的思考パターンを理解しなければならない。コロンビア大学のジェラルド・カーティス名誉教授によれば、トランプ氏が取引にこだわるのは、始めに最大限の要求を突き付けて相手との妥協点を探ってゆくという不動産ディベロッパーの交渉技術に由来しているという。

このことを念頭に置いたうえで、トランプ政権の不確実性に対処してゆくための米国内での影響力行使法を考えてゆく必要がある。カーティス氏は、議会、メディア、シンクタンク、そして国務省および国防総省の官僚機構を通じた権力分立によって日米同盟の破棄など認められないと論じている。また誰が大統領であっても基本的な国益は不変であるとも主張している(“Trump couldn't change Asian policy even if elected, Columbia professor says”; Nikkei Asian Review; November 8, 2016)。さらに、我々は価値観を共有する西側民主国家と手を携え、ワシントンのエリート達と共通の解決手段を模索しなければならない。幸いにも先の選挙でトランプ氏を支持した低学歴層は、このレベルでの政策のやり取りにはほとんど影響を及ぼすことができない。また、政治家としては完全な初心者であるトランプ氏は、自らの問題解決能力のなさを突き付けられた時には著名な専門家の助力を仰ぐしかない。従来とはかなり変わった大統領を完全に制御することはできないが、我々としてはあらゆる手段を模索しなくてはならない。


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2016年9月27日

日本は中露枢軸分断をインドに任せよ

安倍晋三首相は今年の12月初旬に地元選挙区の山口県でロシアのウラジーミル・プーチン大統領と会談する予定である(「安倍晋三首相、地元・山口でプーチン露大統領と会談へ 12月上旬、北方領土交渉加速へ本格調整」;産経新聞;2016年9月1日)。両首脳は第二次世界大戦の平和条約、北方領土問題、そしてロシア極東地域での二国間経済協力を話し合う。日本国内では安倍首相がこの機に乗じて中露枢軸を分断し、不確実性を増す世界に対処すべきだとの声もある。しかし日本がそのように西側同盟に悪影響を与えかねないリスクは犯すべきではなく、そうしたむしろ役割はインドに任せるべきだと主張したい。以下、説明をしてゆきたい。

第一に中露枢軸について言及する必要がある。表面的には両大国は西側、特にアメリカの世界秩序に対抗する同盟関係にある。しかしロシア極東地域は人口希薄であり、国境の向こう側にある人口大国の中国は潜在的に国家安全保障上の脅威である。ロシア極東の国境地帯はアムール州、プリモスキー(沿海)地方、ユダヤ自治州、ハバロフスク地方の全てを合わせても人口が430万人にしかならない。他方で中国東北地域は1億900万人という圧倒的な人口である(“Russia, China and the Far East Question”; Diplomat; January 20, 2016)。国家対国家レベルでの脅威に加えて、中国からやって来る蛇頭と呼ばれる犯罪集団や不法伐採業者は市民生活と環境の安全保障を脅かしている。ロシアが中国に表には出さない不信感を抱えていることもあり、日本でクレムリンとの戦略的パートナーシップを発展させて中露を分断し、人民解放軍の脅威を牽制しようという議論が挙がることは理解できる。

しかし来る首脳会談では平和条約や北方領土問題といった二国間問題に集中すべきだと主張したい。日本は西側同盟の中心にあり、中露のパワーゲームに関わる立場にはない。むしろ欧米諸国がバルト海地域とクリミアをめぐる緊張をよそに、日本は「ロシアを再び偉大にする」(Make Russia Great Again )ことを求めているのではないかとの疑念を抱くであろう。ヨーロッパ諸国の対中宥和には日本が不快感を抱くように、日本の対露宥和にはヨーロッパ諸国も不快感を抱く。ヨーロッパの宥和でも顕著な事例はジョージ・オズボーン財務相(当時)の主導による英中原子力合意で、イギリスの国家安全保障関係者の間ではそれに対して中国による対英スパイ行為への重大な懸念が高まっていた。また日米両国もそうした物議を醸すような合意には戸惑っていた。

しかしテリーザ・メイ現首相は合意を再検討し、ヒンクリー・ポイントとブラッドウェルの原子力発電所での中国の影響力を低下させようとしている(“UK's Theresa May to review security risks of Chinese-funded nuclear deal”; Reuters; September 4, 2016)。キャメロン政権の内相であったメイ氏はニック・ティモシー首相首席補佐官とMI5とともに、原子力合意に対する国家安全保障上の懸念を述べていた(“Hinkley Point: Theresa May's China calculus”; BBC News; 31 July 2016)。メイ氏の行動は中国広核集団を通じたヨーロッパでの人民解放軍の影響力の浸透を防止するであろう。日本もロシアに関してそれに応じた行動をとるべきである。

そうした中でインドは中露のパワー・ゲームに入り込むには格好の立場である。印露がFGFAステルス戦闘機開発のように対中牽制のための緊密な防衛協力を行なっても、欧米が当惑することはない。歴史的にインドは親中のパキスタンに対抗するためにソ連と緊密な関係にあった。インドはミグ21、ミグ23、ミグ27、ミグ29といったソ連製の兵器を数多く輸入してきた。冷戦後もインドはヒンドスタン航空機社がロシアのライセンスで製造しているスホイ30MKIという典型例に見られるように、ロシア開発した兵器を配備している。そうしたソ連時代からのロシアとの強固で長年にわたる関係にもかかわらずインドは非同盟外交を堅持し、ソ連圏に入ったことはなかった。

他方で冷戦期のインドは西側とも軍事的な関係を深化させ、そうした関係は今世紀に入ってさらに発展している。インドは過去にフランスからミラージュ2000を購入し、1971年の印パ戦争ではイギリスから入手した中古空母ビクラントを投入した。9・11同時多発テロを機にインドとアメリカの戦略的パートナーシップは急速に発展し、それはマンモハン・シン首相とジョージ・W・ブッシュ大統領の間で結ばれた原子力合意に典型的に表れている。オバマ政権下ではこうした安全保障での協調がさらに進んで日本がマラバール海上演習に招待されるほどになり(“US, Japan, and India Kick off 2016 Malabar Exercise”; Diplomat; June 12, 2016)、南シナ海での中国の海洋拡張主義の抑止を模索するようになっている(“India, Japan Call on China not to Use Force in South China Sea Disputes”; Diplomat; June 15, 2016)。

インドは大国の競合で独自の行動をとってきたので、ロシアとの関係が強化されたからといって地政学上のバランスが劇的に変わることはない。西側にとって、インドは友好国であるとともに有望な市場でもある。また欧米はアフガニスタンでのテロとの戦いでこの国とパキスタンのバランスをとっているが、それはしばしば後者に信頼を持てないことがあるためである。そのようにロシアとも欧米とも緊密な関係にあるインドの方が中露枢軸の分断には適している。こうした目的のためには日米両国がインドとの外交パートナーシップを深化させ、アジアの安全保障について共通の認識を模索しなければならない。そして安倍首相は12月のプーチン大統領との会談では欧米との不要な摩擦を避けるためにも二国間問題に集中すべきである。


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2016年4月25日

オバマ大統領は広島でトランプ氏に警告を発せよ!

バラク・オバマ大統領が就任してからというもの私が彼の広島訪問の希望には強く反対であったのは、そうした態度がいかにも謝罪姿勢でポスト・アメリカ的なものに映るからである。私はそれによって冷戦後に西側同盟に敵対するようになった勢力が勢いづくのではないかと大いに懸念していた。しかしアメリカ国内の大統領選挙ではそれよりもはるかに甚大な脅威が出現したとあっては、核安全保障に関して無知で無責任な発言への強いメッセージで臨み、党派にも国家にもかかわらず、国際社会の良心がいかなる類いのものであれそうした言動を許さないと表明しなけらばならない。今や「トランプ許すまじ!」の観点から優先すべき事柄は変わるべきだとの信念から、私はオバマ氏の広島訪問を歓迎したい。

大多数の日本国民、そして広島と長崎の被爆者さえも、アメリカの指導者が誰であれ大戦中の行為に対して謝罪して欲しいとは思っていない。私は広島がアウシュビッツではなく、原爆ドームを含めた平和記念公園の展示物でアメリカおよび連合軍を非難するものは何もないということを全世界の人々に訴えたい。よってオバマ大統領が謝罪を行なう義務など全くなく、むしろ世界を核の脅威から安全にするうえでアメリカのリーダーシップを発揮するという自信にあふれたメッセージを発するべきである。これまでも大量破壊兵器(WMD)の不拡散はアメリカの外交政策では最重要課題の一つであった。その中でも核問題は保守派であれリベラル派であれ有力シンクタンクでは主要な政策課題である。このことは核不拡散がアメリカにとって超党派の重要な国益であることを意味する。ここで銘記すべきことは、ロシアと中国さえもアメリカの核不拡散イニシアチブを受け容れてきたことがイランと北朝鮮の事例にもみられる通りだということである。特にNPT(核不拡散条約)体制は国際公益におけるアメリカのリーダーシップを象徴するものである。さらに9・11同時多発テロ以降は核によるテロ攻撃の防止が至上命題になっている。

非常に嘆かわしいことに、ドナルド・トランプ氏はアメリカの核外交での基本的なアプローチを何一つ学んでいない。戦術核兵器は中東でのテロとの戦いに使用するには破壊力が大き過ぎる。さらに驚くべきことに日本と韓国にはアメリカの核の傘に頼ることなく自前の核武装をせよとまで言い放っている。それではNPT体制は崩壊に向かい、アメリカの国益そのものが脅かされることになる。そうなると、その波及効果は全世界に広がりかねない。中東では核合意が発効しても弾道ミサイル実験を止めないイランを尻目に、イスラエル、サウジアラビア、エジプト、トルコといった地域大国が核武装の強化ないし保有に走りかねない。またインドとパキスタンの核競争も激化しかねない。それによってテロリストによる核兵器の入手の可能性が高まるであろう。トランプ氏は「財務諸表」に基づいて議論しているが、アメリカは在外兵力の撤退によって予算を削減せよと説くような経済学者はほとんどいない。外交政策と安全保障の専門家達も、そのようにビジネスマン的な考え方には当惑している。

トランプ氏が犯した致命的な誤りとは、核保有が無条件に核抑止力になるという前提である。しかし米ソ対立の歴史から、それが全くの間違いであることがわかる。冷戦初期にはアメリカ国民はソ連による核攻撃を非常に恐れていたので避難訓練を繰り返していた。鉄のカーテンの向こう側でも事態は同様だったであろう。核の瀬戸際政策が頂点に達したのは1962年のキューバ危機である。信頼性のある抑止力の確立には長い時間を要した。第二撃能力とホットラインによって相互確証破壊(MAD)が確固としたものになるまで、米ソ間の核抑止力は信頼できるものではなかった。我々が思い出すべきは、1998年にインドとパキスタンが互いに核実験を繰り返した際にはそうしたシステムは全く作動せず、両国の核競争が地域の緊張を高めただけだったということである。さらにイスラム過激派に対しては核抑止力など全く効果がない。彼らは敵からの殲滅に恐怖を感じていないばかりか、我々との間には米ソ間ホットラインのように予期せぬリスクを予防できる相互の意思疎通手段もない。イスラム過激思想の根本的な価値観では「西欧十字軍」との戦い自体が目的である。よって歯止めなき核拡散は抑止力を強化するどころか空洞化してしまうのである。

こうした観点から、日本が独自核戦力によって北朝鮮に対する抑止力を構築できるかを問いかけねばならない。軍事ジャーナリストの田岡俊次氏は日本が核武装をしても北朝鮮は戦争のリスクなど厭わないと主張する。アメリカの大量報復だけが冒険主義的なキム政権による核戦争を予防できるだろうということである(「『日本核武装論』には現実性もメリットもない」;ダイアモンド・オンライン;2016年4月14日)。田岡氏の分析は理に適っており、それは北朝鮮が核の威嚇を行なう目的がアメリカを交渉に引き込んで自らの体制の生存を保証することだからである。またIAEA事務局長が日本外務省出身の天野之弥氏であるという事実は、日本とNPT体制が切っても切れない関係であることを意味している。それはこの秩序を構築したアメリカにとっても非常に重要かつ超党派の国益であるが、トランプ氏はただの利潤追求者であるせいか、こうしたことには全くの無知無関心なのである。北朝鮮からISISにいたるまで、トランプ氏の核戦略は全く意味をなしていない。トランプ氏の支持者の大多数は核安全保障のことなど考えたこともないので、彼の扇動で悦にいたるばかりである。これはきわめて危険である。よってオバマ氏は全世界で核問題を軽く考えている政治家、その中でもトランプ氏に対して強いメッセージを発するべきである。これは後世におけるオバマ氏の評価のためではなく国際公益のためである。

アメリカ国民が広島での大統領が自国の外交に好ましくない影響を与えると懸念することは理解できる。私もトランプという怪物の出現まではそうした視点を共有していた。確かにアメリカ側から一方的な自責の念を表明しても日本側も相応の行動に出なければ、アメリカ国民もアジア諸国も当惑するだろう(“So Long, Harry: Will Obama’s Apology Tour End in Hiroshima?”; Weekly Standard; September 2, 2015)。オバマ氏が広島で演説すればパール・ハーバー攻撃とバターン死の行進の痛ましい記憶を刺激し、日米両国民の間で大戦中の歴史認識に関する相違が表面化することもあろう(“Kerry's Premature Visit to Hiroshima”; Weekly Standard; April 11, 2016)。しかし安倍晋三首相はその返礼として当地訪問により連合国の戦争被害者を追悼し、互いにとってより良い未来を模索することを真剣に考慮するであろう。 我々にとって必要なものは謝罪でも後世での評価でもなく、将来の核不拡散に対する関与のメッセージである(“At Hiroshima, Obama should make a pledge, not an apology”; New York Post; April 13, 2016)。リベラル派の論客からはプラウシャーズ・ファンドのジョセフ・シリンシオーネ会長がブリュッセル事件によって核テロの可能性は高まり、オバマ大統領は広島でそうしたテロを防止するためにリーダーシップを献身的に発揮することを示すさねばならないと主張する(“Obama Still Has Time to Leave a Legacy of Nuclear Security”; Huffinton Post; March 31, 2016)。

もはや過去への悔恨の時ではない。我々が切実に必要としていることは核安全保障への問題意識を喚起し、核不拡散に不誠実な態度をとる指導者には誰であれ反対の声を挙げることである。特にドナルド・トランプ氏は今日の世界では最大の核の脅威である。核問題に関する真剣味に欠ける発言からして、トランプ氏が大統領の職務に真面目に取り組むとはとても思えない。バラク・オバマ大統領が広島を訪問する際には、全世界の人々がそのように恥知らずな政治家を排除してゆくように導くような強いメッセージを発することを望んでやまない。


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2016年4月 6日

日本は本当に核兵器を保有すべきか?

ドナルド・トランプ氏の衝撃的な放言によって(“In Japan and South Korea, bewilderment at Trump’s suggestion they build nukes”; Washington Post; March 28, 2016)、日本国民は国家安全保障について懸念を強めるようになり、独自核抑止力についても語り始めるようになっている。しかし我々がそのように性急に行動すべきかどうかは再考の余地がある。それは核兵器の開発と配備には数年を要するばかりか費用も膨大になる。そうした計画が一度着手されてしまえば、それを破棄しようにもできなきなる。日本の国家安全保障はワシントンの外交政策界で標準的かつ長期的な視点に確固として基づいたものであるべきで、間違ってそれが変わった考えで行動予測不可能な人物が大統領なって、常軌を逸した政策を行なう場合に基づいたものであってはならない。

それは以下のようなことである。仮にトランプ氏が大統領に就任したものとする。しかし彼の任期が保障されているのは1期4年だけである。日本は核兵器を早急に製造して配備しなければならないだろう。しかし彼の施政が成果を挙げなければ次の任期には他の人物が代わりに大統領になり、アメリカの外交政策は平常に回復するであろう。その場合、大量破壊兵器の不拡散がアメリカの国家安全保障で至上命題となっていることからすれば、次期大統領が日本の核抑止力を容認するとは考えにくい。よって我々が無知なうえに商業主義的で守銭奴なトランプ氏の考え方に思慮分別なく反応してしまえば、日本は膨大な時間と労力と資金を無駄にしてしまうだろう。私はここで、日本と国際社会の人々は間違ってもトランプ氏を支持するような知性と気質に致命的な問題を抱える群衆をアメリカ人と見なしたことはないと強調しなければならない。

また、トランプ氏自身の思考と行動も突飛で当てにならない。エリオット・コーエン氏の主唱で100名以上の署名を集めた例の有名な公開書簡にも記されているように「彼の思考は一文の中で孤立主義から軍事的冒険主義に揺れまくる」からである。現段階ではトランプ氏は日本の核抑止力を容認しているかも知れない。しかし外交政策における彼の見解は自身が吹聴するようにきわめて予測不能なので、4年間の任期の内には急に変節しかねない。そうなった場合にはトランプ氏が日本をイランや北朝鮮のように扱いかねない。実際に彼の短気は全世界に知れわたっている。日本がアメリカから敵視されるようなリスクを冒す必要がどこにあるのだろうか?

さらに問題視すべきこととして、私はトランプ氏が任期中に在日米軍の全てを撤退させられるかどうかということに心底からの懐疑の念を述べたい。日本に駐留するアメリカの陸海空軍の規模は膨大であり、また在日米軍そのものが日本社会に深く根を下ろしていることは3・11津波および大地震での救済活動を見ればよくわかる。撤退の手続きには信じられないほど膨大な形式的行政事務が付いて回るが、それはトランプ氏が不動産業の経営者として過ごした人生を通じて目にしたこともないほどのものである。軍事基地が関わる土地所有権は、トランプ氏が自らの事業で対処してきたものよりはるかに複雑である。さらに言えば、日本の空域を地域の安全保障と民間航空事業のために管轄しているのは横田米空軍基地である。この権限を日本側に移行しようとするなら交渉に多大な労力を割かねばならない。二国間交渉が円滑に進展しなければ、多大な損失を被るのはアメリカの航空運輸産業である。トランプ氏が経営者としての能力を吹聴するのであれば、そのことを強く認識すべきである。

さらに付け加えると撤退のスケジュールは不明であり、トランプ氏は日本が中国と北朝鮮に対する核抑止力を築き上げるまで待つ気があるのか、それとも力の真空がもたらす危険性に一切の考慮も払わずに直ちに撤退交渉を始める気なのかわからない。いずれにせよ、一連の作業には膨大な労力が伴う。トランプ氏が自身の人脈からそうした職務を行なえるだけの有能な高官を任命できるとはとても思えないのは、彼の外交政策チームの質に対するマイケル・オハンロン氏の辛辣な論評からも類推できる(“D.C.’s Foreign-Policy Establishment Spooked by `Bizzaro’ Trump Team”; National Review Online; March 24, 2016)。トランプ氏は大統領を2期務めることを視野に入れている(“Trump’s nonsensical claim he can eliminate $19 trillion in debt in eight years”; Washington Post; April 2, 2016)ようだが、この職はOJTでは務まらない。1期目の業績が悪ければそれで終わりである。彼自身が短気で悪名高いことを考慮すれば、それを棚上げして国民に忍耐強さを期待する気が知れない。彼の気まぐれな放言でも特に外交政策に関するものからは、この人物には大統領の責務に対する畏敬の念など全くないことが見え見えである。

トランプ氏のものの考え方は核安全保障と日米同盟のコペルニクス的転換である。しかし彼がこのことを理解しているとはとても思えないのは、自らが公衆の面前で口にしたことを実施するだけの準備がまるで整っていないからである。全世界のアメリカの同盟国の中でもトランプ氏が最初に槍玉に挙げたのが日本である。対日関係の全面見直しがそこまで重要だと言うなら、トランプ氏の外交政策チームに日本情勢に精通した顧問が一人もいないのはどうしたことだろうか。さらに深刻なことに核安全保障に関するこの人物の知識はきわめて貧困である。トランプ氏は核の三本柱さえ知らなかった。そのうえ、中東でのイスラム系テロリストに対して戦術核兵器の使用を主張した(“Donald Trump Won't Rule Out Using Nukes Against ISIS”; Fortune; March 23, 2016)。それはこの人物が核兵器の破壊力についてあきれ果てるほど無知なことを露呈している。今日の戦術核兵器は広島と長崎に投下されたものよりも強力である。また、戦術核兵器も使用によって戦争がエスカレートする危険もある。トランプ氏は米軍のドローン攻撃による巻添え被害がイラクとアフガニスタンで厳しく批判されたことを知るべきである。たとえ戦術使用でも、核兵器は無数の民間人を殺傷する。トランプ氏がこれらの事柄について何も学んだことがないのは明らかで、だからこそ恥知らずな放言をやりたい放題なのである。

もはや、ただ分析をして嘆いているだけの時ではない。トランプ氏の打倒に向けて我々は行動を起すべきである。この目的のために、私は日本のオピニオン・リーダー達がこの人物宛に抗議の公開書簡を出し、本文中に記された問題点をひとつ残らず問い詰めて我々の怒りの意志を表明すべきだと提言したい。トランプ氏は怒りの感情に対して敏感なので、大衆の激怒を巧みに悪用しているものと理解している。日本政府にはそうした挑発的な行動はできないだろうが、トラックIIのレベルであればそれもできることである。アメリカと全世界の政策関係者達、そして良心的なアメリカ国民は絶対に我々に味方することに疑いの余地はない。本論の冒頭で述べたように、我々の二国間関係はトランプという御仁よりはるかに永く続くものである。日本の国益にとって重要なことはアメリカの外交政策界で共通の理解に基づいて行動することであり、トランプ氏の変わった考え方に基づいて行動することではない。


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2016年1月25日

ロールス・ロイス社国有化をめぐる国家と軍事産業の関係

イギリスは海外企業による買収からロールス・ロイス社を救済するために国有化を考慮していると表明した。政府筋によるとロールス・ロイス社の国有化か、さもなければ同社の一部ないし全てをBAEシステムズ 社と合併させるということである。ロールス・ロイスは2014年より船舶および航空エンジン部門の不振から株価が下がっている。アメリカのプラット&ホイットニー社とドイツのシーメンス社がロールス・ロイスの航空エンジン部門を買収しようとしている(“Britain would consider nationalizing Rolls Royce's submarine business – FT”; Reuters; December 14, 2015)。キャメロン政権の政策が国家安全保障政策の立案者達が国家と軍事産業の関係についてどうするかという重大な問題を投げかけているのは、企業の国有化とはきわめて保守党らしくないばかりか、それがオールド・レイバーで失敗した政策だからである。マーガレット・サッチャーがこのことを聞けば驚愕するであろうことは疑いようもないが、それは1987年にこの会社を民営化したのが他ならぬ同首相(当時)だからである。

このニュースが私の目をひいた理由は、佐藤正久参議院議員が最近の論説で日本の防衛産業について問題提起をしていたからである。佐藤氏は企業の国有化が非現実的である以上、日本には防衛産業に小さな国内市場で利潤を挙げさせようという意志と具体的な取り組みが必要だと主張する。そして日本の防衛調達がF35やV22といった輸入兵器の価格高騰に圧迫されていることにも懸念を抱いている(「日本の防衛生産・技術基盤を守れ」;議論百出;2015年12月2日)。防衛産業は戦略的な価値が高く、民間産業とは違って何らかの重商主義的な政策は不可避である。

私がロールス・ロイスを取り上げるのは、この会社と日本の防衛産業には相通じるところが多く、注意深く観測すれば日本だけでなく他の国々で国防政策に携わる者達にとっても非常に有意義だと信ずるからである。日本の防衛企業と同様にロールス・ロイス社も有名軍事企業の間ではそれほど企業規模は大きくないが、高い技術水準である。世界軍事産業ランキング2015年版によるとロールス・ロイス社は15位で収益の軍事依存度は22.60%である。それに対し日本の防衛産業では三菱重工が36位で5.60%の依存度、IHIが91位で4.30%の依存度となっている。そうした軍事依存度の低さは、国防部門に大きく依存している大手軍事産業とは著しい対照を成している。実際に1位のロッキード・マーチン社は88.00%、3位のBAEシステムズ社は92.80%、4位のレイセオン社は97.40%、5位のジェネラル・ダイナミックス社は60.20%、6位のノースロップ・グラマン社は76.70%の収益を軍事部門に依存している(“Top 100 for 2015”; Defense News)。

しかしロールス・ロイス社と上記の日本企業はともに目覚ましい技術開発によって高い評価を得ている。ロールス・ロイスの場合、そのブランドと高い技術が船舶および航空宇宙エンジンから原子炉の部門まで活かされている。イギリス製の兵器は言うにおよばず、外国製に最新鋭兵器にもロールス・ロイス製のエンジンが利用されている。例えばアメリカ海軍のズムウォルト級駆逐艦は同社製のガス・タービンで航行している。また、韓国の国産ステルス戦闘機KFXの一部にもユーロファイター・タイフーンと同じロールス・ロイス製のエンジンが備え付けられることになっている。他方で三菱製のステルス戦闘機ATDX(先進技術実証機)は世界的な注目を集めている。非常に驚くべきことに、三菱製戦闘機にエンジンを提供しているIHIは同じサイズでは推力重量比と燃費効率が欧米製のものを上回るHSE(ハイパワー・ストリーム・エンジン)の開発に成功し、日本の念願である国産戦闘機F3の開発にはずみをつけることになっている(「次期戦闘機エンジン、民間機用に開発応用も 米国製上回る技術、燃費効率が強み」;産経ビズ;2015年3月17日)。

そうした一方で小規模な会社はグローバル化が進んだ世界市場の荒波に対して脆弱である。また、こうした企業の質の高い頭脳は海外どころか敵対的な勢力の手先には格好の買収の対象である。市場機能は時には非常に無慈悲であり、国益や公益に一切の考慮を払わないこともある。しかし国家が戦略的な産業を国有化すべきなのだろうか?1985年から1986年にかけてのウエストランド事件ではマーガレット・サッチャー首相(当時)が市場原理に基づいてアメリカのシコルスキー社によるウエストランド・ヘリコプター社の合併を認めたのに対し、マイケル・ヘーゼルタイン国防相(当時)が同社の所有権をヨーロッパの枠内に収めようと主張した。周知の通りサッチャー側が閣内構想に勝利し、ヘーゼルタイン氏は辞任となった。

冷戦期にはボーダーレス経済と言ってもほとんど西側同盟の中でのことであった。今日では企業はそうした政治的な境界を超えて活動する。例えば中国のハイアール・グループは三洋やジェネラル・エレクトリックといった西側企業の洗濯機部門を買収している。しかし軍事産業は家電産業とは違う。軍事企業が一度でも本国から外国の手に渡ってしまえば、それがたとえ同盟国や友好国の企業による買収であっても、買い取られた企業が敵国に売り渡される危険を秘めている。こうした観点からすればキャメロン政権がロールス・ロイスを外国企業の買収から何としても守ろうとするのは当然である。特に同社の原子力部門はトライデント戦略ミサイル原潜とも深く関わっているだけに、イギリスの国家安全保障のうえで細心の注意が必要な問題である。

ロイター通信のロバート・コール論説員は問題の解決は市場に任せるべきで、たとえ弱くても同社には業績回復の見込みはあると言う。それで上手くゆかないならば、BAEシステムズ社が一部あるいは全社を傘下に収めることも可能で、その方が国有化より好ましい。BAEは自社の事業を民間部門に多角化し、イギリス、アメリカ、サウジアラビアの国防関連事業への依存度を下げることができる(“BAE deal beats Rolls-Royce nationalization”; Reuters; December 14, 2015)。この案は国有化よりはましだが、たとえBAEによる合併であってもロールス・ロイスの分解は両案とは思えず、同社の技術が自動車から航空および海洋エンジン、そして原子炉まで相互に深く関わりあっていることに留意すべきである。デイリー・テレグラフ紙のジェレミー・ウォーナー氏はロールス・ロイス社が顧客からの多様な要求を満足させられるのは独立でエンジンの専門性が高いメーカーだからだと主張する。大手企業に飲み込まれてしまえばロールス・ロイスはオーダーメイドに応えられる専門性という利点を失ってしまう。それではペンタゴンのような同社の優良顧客にとって魅力がなくなってしまう(“BAE in Rolls Royce merger? Let’ not go there”; Daily Telegraph; 16 January, 2015)。

グローバル化が進む経済において、小規模ながら戦略的に重要な企業のイノベーション意欲と高い士気を保つ一方で、そうした企業を熾烈な競争や敵対的な投資家から守ってゆくのは難しい課題である。ウエストランド事件から何らかの教訓は得られるかもしれないが、過去は過去である。日本の場合、三菱重工あるいはIHIの業績が悪化してもBAEシステムズのように敵対的な投資家に対抗するホワイト・ナイト役を引き受けられるような巨大軍事企業は存在しない。日本政府はこうした企業が外国からの買収の脅威に直面した時には46位の川崎重工や66位のNECなどとの合併に向けた行政指導を行なうべきだろうか?しかし日本の企業は民間部門への依存度が高く、川崎は11.20%、NECは3.50%を防衛部門から収益を挙げているだけである。こうした事実に鑑みて、日本企業が防衛省に従うインセンティブはあまり高くないように見受けられる。

軍事産業はあまりに戦略性が高く、教科書通りに市場経済の原則を当てはめられない。こうした企業への支援と国益の確保のために、民間の公共事業においても政府が軍事企業を優遇するという施策はどうであろうか。その典型的な事例を挙げれば、キャメロン政権が国有化という手段に訴えてまでロールス・ロイス社を守りたいのであれば、ヒクリー・ポイントとブラッドウェルの原子力発電所の再建に人民解放軍との深い関係が懸念されるCGN(中国広核集団)の入札を受け入れたことは理解しがたい。そこまで言うならイギリスの看板とも言うべき企業を特別に優遇すべきであった。ロールス・ロイス社の一件は現在進行中で、各国の国防政策関係者にとっても注目に値する。それはこの会社が富裕層の玩具メーカーをはるかに超えた存在だからである。

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2015年9月23日

横田基地の日米友好祭に見る国民の真意

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大盛況の日米友好祭(9月20日横田基地)

去る9月19日および20日には在日米軍および航空自衛隊の横田基地において日米友好祭が開催された。今年の友好祭は例年以上に注目に値するものであった。それは、直前9月19日未明に大紛糾の末に参議院で安保法案を通過したばかりだったからである。このイベントに対する市民の受け止めは、メディアの報道にも学者達の研究にも表れない国民の真意を知るための試金石である。結論から言えば、反対派の声を過大評価したメディアの報道姿勢は間違いである。それは彼らが何を言おうとも、日米友好祭の膨大な人出と活気が国民の間での日米同盟と安保法制への強い支持を雄弁に物語っているからである。

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あのオスプレイも大人気


今回の安保法案をめぐってはSEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)をはじめとした左翼およびリベラル系の大規模な反対デモが国会前で行なわれ、メディアからは60年安保闘争の再来として大きな注目を集めた。あまりの大きなデモに民主党の岡田克也代表は、安保法制は国民の声を無視するものだと決めつけた。確かに無数の人々が永田町を占拠し、大声で安保法制への反対を叫んだ。しかし、それが論理的にも情緒的にも日本国民の声を代表するものなのだろうか?こうした街頭の市民運動において、左翼系の団体がきわめて動員能力に長けていることに留意しなければならない。政治学の入門理論では、強い団結力で特定の目的意識を持ったグループが大多数の国民以上に大きな影響力を持つ。永田町を占拠した者達がどこまで国民の声を代弁する存在なのか、それはきわめて疑わしい。

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AWACSに長蛇の列


それに対して日米友好祭での横田基地への市民の来訪は、どこの組織からも動員されていない自発なものであった。通常は最寄りのJR青梅線牛浜駅から基地までは徒歩で15分ほどということだが、この日の入場には1時間以上もかかった。警察は膨大な人数の来客が周辺住民の交通を妨げぬよう、彼らの行列を整えて往路を迂回させたほどだった。もう基地に入る前から、これが永田町占拠者と同じ日本国民とは思えないほど、在日米軍および自衛隊に対する支持と人気の高さを示していた。道中では日本民主青年同盟の運動家20人ほどが安保法制反対のデモをやっていたが、日米友好祭にやって来る訪問客が彼らの主張に耳を貸すはずがない。民青の行為は、ただ失笑と冷笑の対象になるためだけの運動であった。

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アメリカ兵と記念撮影する日本人女性


やっとのことで基地内に入場できたものの、そこではどこの出店も展示も長蛇の列であった。また、米軍兵士との記念撮影にも多くの来客が殺到した。こうした光景を目の当たりにすれば、日本国民が信頼を寄せているのが在日米軍や自衛隊なのか、それともSEALDsや小林節名誉教授なのかが一目瞭然である。永田町占拠者達はこうした国民の声なき声を無視し、まるで「私達こそが世論である」と言わんばかりの態度であった。それではもはや太陽王ルイ14世さながらであり、彼らには市民運動家を名乗る資格など全くない。民主党の岡田代表のように国民世論を読み誤っている政治家こそ、アメリカ軍を素朴で素直に歓迎する国民に目を向けるべきである。アメリカ軍および自衛隊に対するこうした素朴な信頼と支持が広まっているのは、遠方から電車でやって来る来客の間ばかりではない。基地周辺の住民も近隣で祭りを楽しみ、夜になると花火見物に基地内へ入場してきた。本土の左翼が乗り込む沖縄と違い、横田の米軍は地域社会に溶け込んでいるのである。

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パックス・アメリカーナ?地面に横たわってくつろぐ人々

こうした事態に鑑みて私はメディアが安保法制反対派の声ばかりをとりあげ、彼らが必要以上に勢いづけられた偏向報道には強い疑問を抱いている。本来なら、国民の声なき声を拾い上げるのが彼らの役目である。また、この法制に反対する諸政党は国会で「国民は理解できない」と声を荒げていた。しかし実際には数えきれないほど多数の国民はアメリカ軍と自衛隊に共感と理解を示している。横田基地の日米友好祭はこれを雄弁に物語っている。このことは取りも直さず日米の防衛協力を進める安保法制への理解は国民の間では静かに広まっていることを意味する。今回の安保法制を理解するかしないかは、頭脳よりも意志によるところが大である。永田町占拠者達のような教条的な一国平和主義者達に国際情勢の変遷やホッブス的な性質を何度説いても徒労に終わるだろう。理解する気がない者は何を言っても理解しない。真のグラスルーツとは、横田基地にやって来た人々である。よって今法案成立後の政策実施に当たっては、日本国民の内でもどのような層の声を重視すべきかを考慮すべきである。

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