2023年7月17日

アフリカの民主主義とロシア勢力浸透に対する西側の対抗手段

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ウクライナ危機に関する国連総会の投票で、国際社会はアフリカの親露派で専制的な国々が思いも寄らぬ影響力を有することに驚愕している。しかしアフリカ連合(AU)は本年2月にアディスアベバで開催された第36回AU首脳会議にて、ブルキナファソ、マリ、ギニア、スーダンといったサヘル地域の親露派軍事独裁体制諸国に対して加盟停止を再確認し、「憲法に基づかない政権交代を一切容認しない」姿勢を示した。この首脳会議直前にはECOWAS(Economic Community of West African States:西アフリカ諸国経済共同体)も、ブルキナファソ、マリ、ギニアの加盟停止延長を告知している(“African Union reaffirms suspension of Burkina Faso, Mali, Guinea and Sudan”; Africa News; 20 February, 2023)。AUとECOWASによる一連の行動は、アフリカの民主主義には良い兆候である。よって来る多極化世界なるもので、我々は民主主義の凋落と西側の衰退を受容するような「悲観的リアリズム」に陥るべきではない。ロシアと中国が掲げるリビジョニストの世界秩序では我々の歴史は抑圧と混乱という退化と劣化への途を辿るであろう。我々が敗北主義に陥れば、国際社会には致命的なものとなろう。再確認すべきは、民主主義、自由、人権といった価値観は欧米に限られたものではなく、アフリカにとっても全く別世界のものではないということである。

まず始めにアフリカの民主主義の概要を理解しなければならない。フリーダム・ハウスによるとアフリカの自由指標は全世界的な動向と同様、ここ数年は低下している。それはこの地域でのロシアと中国の勢力浸透と共鳴している。しかしサヘル地域を中心とした軍部独裁の再びの台頭により地域全体が不安定化しているにもかかわらず、「アフリカ諸国は改善と回復力の兆候を示してきた」と同団体アフリカ・プログラムのティセケ・カサンバラ部長は語る。非常に重要なことにAUが1981年に採択した人及び人民の権利に関するアフリカ憲章』は人権擁護において非常に進歩的ということになっているが、加盟国の多くは憲章の実施には消極的である。そうした中で南アフリカでは政府が立憲政治を弱体化させているとあっては、2021年と2023年の両年とも同国を民主主義サミットに招待したジョー・バイデン米大統領も形無しである。しかし司法、市民社会、メディアが一体となって、何とか与党ANCによるポピュリスト専制政治的な試みに対して民主主義を維持し続けている (“How African Democracies Can Rise and Thrive Amid Instability, Militarization, and Interference”; Freedom House Perspectives; September 1, 2022)。アパルトヘイト体制崩壊後の長期にわたる一党支配に鑑みれば、本年8月のBRICSヨハネスブルグ首脳会談でのラマポーザ政権によるロシアのウラジーミル・プーチン大統領への招待はもっと注目されるべきで、それはこの国が国際刑事裁判所の加盟国として法の支配が徹底しているかどうかの評価につながる。

興味深いことに、世界史の逆行とも言うべきロシア勢力の浸透がアフリカでは見られる。忘れてはならぬことは、ベルリンの壁崩壊直後に東欧諸国は旧ソ連共和国も含めてEUとNATOへの加盟に飛びついた。それはこれら諸国による主権国家としての選択である。合理的に見ればロシアに魅力あるものは何もなく、国家統治も経済も科学技術も遅れ、そのうえに時代錯誤な新ユーラシア主義まで掲げる始末である。しかし不思議なことにアフリカ諸国は必ずしもそう思ってはいない。昨年3月に開催されたロシアのウクライナ侵攻に関する国連総会では、アフリカ諸国の半数近くが侵略行為を非難する決議案を支持しなかった。南部アフリカの政治指導者層には冷戦期の植民地主義とアパルトヘイトへの抗争でソ連との共闘にノスタルジーを抱く者もいるが、それは政府レベルでのことである。一般に信じられている事柄とは違い、現在のアフリカ諸国民は必ずしも反植民地主義には固執していない。またヨーロッパとアジアでの大国による地政学とイデオロギーの抗争にも関心はない。彼らはロシアだろうが中国だろうが欧米だろうが、自らが感知できる自己利益に基づいてパートナーを選ぶ。アフリカ諸国民がロシアおよび現在進行中のウクライナ侵攻に抱く意識について、英『エコノミスト』誌とプレミス社はナイジェリア、南アフリカ、ケニア、ウガンダ、コートジボワール、マリの6ヶ国で世論調査を行ない、これらの国々の国民が自国政府の外交方針に必ずしも同意していないことが判明している。南アフリカ、ウガンダ、マリは国連総会においてロシアのウクライナ侵攻への非難決議の投票で棄権しているが、残りの国々は賛成票を投じている。親露政権に統治される国の中で、南アフリカは南部アフリカの民主国家でありながら与党が反アパルトヘイトの郷愁に浸っている国の代表例であり、その一方でマリはサヘルの軍事独裁国家で反欧米政権がテロ対策でワグネルに依存している。

表1で表示されているように、ロシアのウクライナ侵攻への支持率が最も低いのは民主的な南アフリカであり、最も高いのはワグネルに支援されているマリである。また表2に見られるようにマリ国民は現在のロシアとウクライナの間の戦争に関して欧米を非難する傾向が最も強いが、南アフリカ国民はNATOとアメリカを非難する傾向が最も弱い(“Why Russia wins some sympathy in Africa and the Middle East”; Economist; March 12, 2022)。

 

表1

 

表2

 

 

 

2020年の軍事クーデター後のマリはフランスのテロ対策部隊の撤退に加え、AUおよびECOWASの加盟停止によって国際社会から孤立してきた。ワグネルはこの機に乗じて入り込んできた。貧困にあえぎ教育水準の低い国民はロシアと軍事政権が広めるプロパガンダに容易に情報操作されてしまう。

南アフリカではそうした事態に至らず、議会野党、司法、メディアによる権力の抑制と均衡によってANCのリビジョニスト的な内外政策に歯止めがかかっている。特に反アパルトヘイトで白人リベラル派の進歩党の流れをくむ民主同盟(DA:Democratic Alliance )は、シリル・ラマポーザ大統領によって本年8月に開催されるBRICSヨハネスブルグ首脳会議へのロシアのウラジーミル・プーチン大統領の招待に対し猛烈な反対運動を展開している。DAはハウテン高等裁判所に訴訟を持ち込み、国際刑事裁判所の規則を執行してプーチン氏がBRICS首脳会議出席のために南アフリカに到着すれば逮捕させようとしている(“DA launches court application to compel the arrest of Putin in South Africa”; DA News; 30 May, 2023)。またジョン・ステーンフイセンDA党首はCNNとのインタビューでANC政権がロシアに兵器類を送ったとの警告を発したと、南アフリカのデジタル・メディアで自社サイトに「ウクライナとの連帯(Stand with Ukraine)」バナーを掲げるブリーフリー・ニュースは伝えている(“John Steenhuisen Says President Cyril Ramaphosa Is a “Political Swindler” Who Fooled the Country”; Briefly.co.za; June 1, 2023)。さらにラマポーザ氏によるロシアとウクライナの仲介は納税者の金の無駄で、ただの外交ショーだとまで批判している。さらに重要なことに、DAはANCがプーチン政権下のロシアのような専制国家と緊密な関係にあると批判している(“How much did South Africans pay for Ramaphosa’s failed diplomatic PR stunt?”; DA News; 17 June, 2023)。最近の水利用での人種別割り当て原案に見られるように、その政策では水資源消費量の60%を占める農場経営者にかかる多大な負担も考慮しないANCは階級闘争と被害者意識に囚われているように思われる(“Parched Earth: ANC introduces Race Quotas for water use”; DA News; 1 June, 2023)。右であれ左であれ、そうした被害者意識のポピュリストはプーチン氏のような独裁者と容易に友好関係に陥りやすい。

そしてアフリカにおけるロシアのプレゼンスをロシアの観点からも見てみたい。アフリカ戦略問題研究センターのジョセフ・シーグル氏は、アメリカの下院公聴会でアフリカでのロシアの活動について証言した。そしてロシアのアフリカ戦略は三本柱から成っていると述べている。第一の柱はスエズとジブチを通じて南地中海から紅海に至るシーレーンへの影響力の獲得である。第二の柱はアフリカ大陸からの欧米の影響力排除である。中央アフリカとマリでのワグネルの活動は最も注目されるものの一つである。第三の柱がルールに基づく世界秩序の再編で、主権、領土保全、各国の独立の軽視といった行為はロシアのウクライナ侵攻にも見られる。クレムリンによるアフリカ関与は独裁者と情報操作を受けた一般市民を喜ばせるだけで、上記の柱から成る戦略によってこの地域は政治経済的にも不安定化するだけである(“Russia’s Strategic Objectives and Influences in Africa”; Africa Center for Strategic Studies; July 14, 2022)。いずれにせよロシアは現地の開発、エンパワーメント、国民生活などほとんど歯牙にもかけず、シロヴィキ達が感知できる国益のためにアフリカを利用したいだけである。それはAU、ECOWAS、『人及び人民の権利に関するアフリカ憲章』の理念とは相容れないものである。最も基本的なことはカーネギー国際平和財団のポール・ストロンスキ氏はリチャード・ミルズ米国連次席大使の演説を引用し、サヘルでのワグネルの存在は劣悪な統治、制度の崩壊、長期にわたる避難生活、武装勢力の拡散といった不安定化要因そのものの解決なくして人的苦難(human sufferings)を悪化させていると述べている(“Russia’s Growing Footprint in Africa’s Sahel Region”; Carnegie Endowment for International Peace; February 28, 2023)。

ロシアはアフリカへの魅力攻勢ではあまりに日和見主義で、ウクライナ侵攻以降は旧ソ連諸国で構成されるCIS、ユーラシア経済連合、CSTOで自国の影響力が低下しても、クレムリンはなおも今世紀の地政学での多極化競合で外交力を見せつけようとしている。これぞセルゲイ・ラブロフ外相が今年の始めに南アフリカ、エスワティニ、マリ、モーリタニア、スーダンなどアフリカ7ヶ国を訪問した背景である。しかしフリーランスのロシアのアフリカ政策専門家、ワディム・ザイツェフ氏は、アフリカ諸国の殆どは「慎重な中立政策」をとって欧米との関係を損なう気はなく、自国のウクライナ侵攻にある植民地主義的な性質を無視するロシアとは、文言のうえで新植民地主義への非難で同調しているように見せかけているだけであると評している(“What’s Behind Russia’s Charm Offensive in Africa?”; Carnegie Politika; 17 February, 2023)。ロシア勢力の浸透に批判的なのは欧米の専門家だけではない。アフリカの専門家もロシアのプレゼンスに警鐘を鳴らしている。南アフリカのシンクタンク、安全保障問題研究所(ISS Institute for Security Studies )のピーター・ファブリシウス氏は、ロシアとアフリカの関係進化は軍事面を通じてであって、貿易や投資の増額ではないと語る。ロシアがアフリカに浸透する時には対象国の不安定化を悪用している。マリとブルキナファソではワグネルがフランス軍撤退後の真空を埋めた。それはAUという軍事独裁への抑止力を弱める。そうした中でカメルーンでは、ロシアは英語地域の分離派をそそのかしている。彼らは体制転覆によってこの国を中央アフリカ共和国からの天然資源の輸出経路にしようとしているのだろう。そうした天然資源の輸出は武器や薬物の違法取引、マネーロンダリング、暗号通貨へのハッキングなどといった組織犯罪とともに、ロシアがウクライナその他で戦争を行なう資金源の一つとなっている(“Africa shouldn’t ignore Russia’s destabilising influence”; ISS Today; 24 February, 2023)。ファブリシウス氏は南アフリカの白人で、世界経済フォーラムにはアフリカの立場からアフリカの開発について政策提言を行なったこともある。

プリゴジンの乱以降のワグネルの活動とロシアのアフリカへの影響力については予測がつかない。コロンビア大学のキンバリー・マーテン氏は、ロシアの国防エスタブリッシュメントにとってエフゲニー・プリゴジン氏を他の誰かにすげ替えるなど相対的に容易だと評している。他方でポーランド国際問題研究所のイェンジェイ・ツェレップ氏は、全てはアフリカの顧客がロシアを自分達の目的達成のうえで充分に強く頼りになると感知できるかどうかによると主張する(“What next for Wagner’s African empire?”; Economist; June 27, 2023)。いずれにせよアメリカと同盟国がロシアをアフリカから追い出すには何をすべきだろうか?昨年8月にバイデン政権は『サブサハラ・アフリカに向かうアメリカの戦略(US Strategy toward Sub-Saharan Africa)』 を刊行し、アメリカとアフリカ諸国の間の新たな機会とパートナーシップを提示した。米国平和研究所のジョセフ・サニー氏は以下のように論評している。この新たな戦略によって食糧安全保障、農業、サプライチェーン、気候変動といった地域の問題解決に向けた援助の増額が推奨されているだけでなく、アフリカの人達に耳を傾ける必要性が強調されている。よってアメリカ大使館には高い資質の大使の麾下にある充分な人員が必要である。さらにサニー氏は、アメリカはアフリカ諸国が自らの問題を自力で解決できるように仕向けるべきだと主張する(“The New U.S. Africa Strategy Is a Moment We Must Seize”; USIP; August 11, 2022)。ワグネルの存在に関してサニー氏は、道徳的な非難には効果がないと言う。アフリカの顧客が暴虐なワグネルと契約せざるを得ない絶望的な理由は、国際的な反乱鎮圧作戦でテロを根絶できなかったからである。しかしサニー氏は、超党派の政策形成者達はこれまでのアメリカの政策はあまりに近視眼的で軍事的側面にばかり目が向けられ、対象国の統治や経済には充分な考慮が払われなかったことを理解していると言う(“In Africa, Here’s How to Respond to Russia’s Brutal Wagner Group”; USIP; April 6, 2023)。

ワグネルを通じたロシア勢力の浸透はあるものの、アフリカは我々と自由そして民主主義の価値観を共有している。G7広島で日本の岸田文雄首相はワグネルに支援されるモザンビークのフィリペ・ニュシ大統領よりも、むしろAUのアザリ・アスーマニ議長と南アフリカのジョン・ステーンフイセンDA党首を招待してこのことを確認した方が良かったかも知れない。この地域とのパートナーシップの深化のためには、西側同盟は外交プレゼンスを高める必要がある。この目的のために、アメリカは大使のジャクソニアン・システムによる政治的任用を再考するべきである。上院での承認の遅れは頻発し、任用された大使が必ずしも充分な資質を備えているわけでもない。そうした例の一つを挙げるなら、ハンドバッグのデザイナーのラナ・マークス氏をトランプ政権が選挙運動への論功行賞として駐南アフリカ大使に指名した一件がある。忘れてはならぬことは、選挙運動で多大な貢献をする人物が必ずしも外交政策に通じているわけではないということである。中には視野の狭い「票の亡者」もいる。そうした人物の一例を私の経験から語ってみたい。かつて私は自民党国会議員の事務所を内側から見る機会があった。ある日、その事務所の幹部秘書が昼食中にテレビのニュースを観ていた時、彼は永田町政治と国内選挙に関する報道を鋭意に注視していた。しかし国際問題に関する報道を流し始めるや否や、彼は軽蔑の意を込めてテレビから流れる情報に耳を傾けなくなった。それには大いに驚かされた私には、彼が非常に奇妙な生き物のように見えた。彼は京都大学卒業ではあったが、振舞いの方は無学な田舎者丸出しだった。よって誰が合衆国大統領であっても、そのように無責任な「票の亡者」を大使に任命することは控えるべきである。ともかく我々の確固たる関与こそ、アフリカでロシアとの競合を制するうえで重要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年5月26日

中国の主権概念は中露枢軸の分断をもたらし得る

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中国は現行の国際ルールと規範を遠慮仮借なく批判しているが、それは今日のルールに基づく世界秩序が欧米の価値観に基づいていると見做しているからである。そうした観点から、中国の政策形成者達は国家主権と国際法について特異な概念を主張し、それによって近隣諸国とは領土紛争、国際社会とは哲学論争を頻繁に抱えることになっている。こうした事態に鑑みると中国とロシアは欧米主導のリベラル世界秩序への抵抗という立場は共通だが、盧沙野駐フランス大使による旧ソ連共和国の主権への疑義を呈する失言もあって、両国の間では将来の紛争が起きる可能性も否定できない(“China’s ambassador to France questions 'sovereign status' of former Soviet nations”; France 24; 23 April, 2023)。となると中露枢軸は揺るがぬものでもなく、主権の概念も両者分断を加速する要因の一つとなる。

 

件の駐仏大使の発言があまりにも物議を醸したために、中国外務省の毛寧報道官は即座にこれを否定して国際社会の批判を宥め、中国は旧ソ連諸国の主権を尊重すると強調した (“China affirms ex-Soviet nations’ sovereignty after ambassador comments”; PBS News; April 24, 2023)。しかしパリ在住の日本人ジャーナリスト、安部雅延氏は西側の専門家の間で、旧ソ連諸国の主権に関する盧大使の発言は中国の外交政策形成者の間での共通の理解だと見做されていると主張する(『中国の本音?駐仏大使、ウクライナ主権に疑義の謎』;東洋経済; 2023年4月27日)。盧氏はクリミアでのウクライナの領有権の正当性を否定したかったのだろうが、しかし理論的にそれではロシアの主権も認めないことになる。それは潜在的に外満州、すなわちロシア極東地域での中露衝突を引き起こすだろう。中国にとってここは満州人清朝の歴史的領域ながら、1858年のアイグン条約と1860年の北京条約でロシアに強奪された土地である。1960年代末に中ソ国境紛争が勃発すると両国の関係は悪化した。

 

そうした歴史的文脈からすれば中国の習近平主席が最近、ロシア極東地域でのロシア語の地名は例えばウラジオストクを海参崴というような中国語に替えるよう口走ったことで、この地での両国間の領土紛争を引き起こすことも有り得る。それは中国がロシアに根深い領土的怨念を抱いていることを暗示し、外満州が歴史を通じて漢民族の領土でなかったことなど関係はないと言わんばかりである。反欧米枢軸が組まれてはいるが、中国はロシアの経済や人口などでの衰退を促し、この国を自国に従属させてシベリアの天然資源へのアクセスを強めようとしている(“Goodbye Vladivostok, Hello Hǎishēnwǎi!”; CEPA; July 12, 2022)。習氏の発言からは、ロシアが現在ウクライナで見せつけているような領土拡大志向が中国にも秘められていることが伺える。

領土紛争の潜在的な可能性は、さらなる問題にも発展しかねない。現在、ロシアは中国とインドに大安売りで石油と天然ガスを輸出し、ウクライナ侵攻に科された欧米の制裁が自国経済に及ぼす影響を緩和しようとしている。バルト海の港湾から輸出されるロシア産の原油は、中国向けでは1バレル当たり11ドル、インド向けでは14から17ドルも割り引かれている(“India and China snap up Russian oil in April above 'price cap'”; Reuters; April 19, 2023)。しかしそのようなバーゲン・セールではフェアトレードの観点からは、長期的には自己破滅的で持続性がない。特に中国はタイガの環境を犠牲にして極東シベリアで他の天然資源も収奪するであろう。実際に中国の林業界はウクライナでの戦争よりはるか以前から、当地での違法伐採で悪名高い(“Corruption Stains Timber Trade”; Washington Post; April 1, 2007)。ロシアが現在の戦争によって交渉力を失うに従って、中国の自国中心的な天然資源への渇望が現地の生態系と住民の生活を破壊しかねない。国際政治の専門家は国家対国家の力のやり取りに注目するあまり、グローバル・コモンズが関わる紛争には充分には目が届かない。また欧米の環境活動家達はシベリアの森林保護で、1980年代にアマゾンの森林保護でやったような積極的行動に出るべきである。ロシア極東地域での天然資源と領有主権の問題は相互に絡み合っている。これもまた中露枢軸の分断となる要因である。

 

両国ともル-ルに基づく世界秩序には従わないので、互いの合意には敬意を払わぬ振舞いである。中国とロシアは反欧米でリビジョニストの視点を共有してはいるが、ロシアは自国の極東地域での中国の拡張主義を怖れて貿易および投資での二国間合意を完全に遵守しようとしない(“The Beijing-Moscow axis: The foundations of an asymmetric alliance”; OSW Report; November 15, 2021)。他方で中国の主張では、現行の国際法では自分達の核心的利益を守るには不充分であり、よってたとえ国際的なルールと相容れない法であっても国内立法によりそうした利益を守る必要があるということである。中国による国際法への抵抗姿勢の最も重要な例の一つが、国連海洋法条約の侵害である。神戸大学の坂元茂樹名誉教授は、国際法についてそのように恣意的な解釈を行なえば国際海洋秩序に多大な被害を及ぼすと批判している。注目すべき点は中国が国内立法を国際的なルールと規範に優先させる条件を明確にしていないことである(『中国海洋戦略の解剖:国内立法と国連海洋法条約の自己中心的解釈による海洋秩序の侵害』;日本国際フォーラム;2023年2月13日)。中国がそこまで強引に我が道を行くなら、ロシアをも含めた全世界の他国との摩擦は避けられないだろう。中ソ対立がソ連共産党のニキタ・フルシチョフ第一書記によるスターリン批判に始まったことを忘れてはならない。反米姿勢だけでは両国の連帯を維持できない。

 

中露枢軸は我々の同盟と民主主義の分断を仕掛け続け、冷戦後には両国の工作は以前にもまして活発になっている。特にロシアがブレグジットとトランプ氏当選に向けて行なった選挙介入は、西側民主主義の土台を揺るがした。そして今、中国が台湾総統選挙に介入しようと、国民党の馬英九候補を本土に呼び寄せた(“Ma Ying-jeou’s historic trip: Can former Taiwan president help ease cross-strait tensions?”; Japan Times; April 7, 2023)。よって我々は中露枢軸のあらゆる弱点を見つけ出し、両国の工作活動に報復すべきである。両国の連帯は崩せる。G7諸国は広島サミットにおいてグローバル・サウスを中国とロシアから引き離そうとの努力を見せたが、中露両大国の間に楔を打ち込むことの方がより重要である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年4月17日

バイデン大統領キーウ訪問後のアメリカのウクライナ政策

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ジョセフ・バイデン米大統領は2月20日に遂にキーウ訪問を敢行し、アメリカが確固としてロシアの侵略からウクライナを支援することを示した。続くワルシャワ訪問でバイデン氏はウクライナでロシアの勝利は決してなく、旧帝国復活の夢は頓挫する運命にあると重ねて強調した(“Biden in Warsaw: ‘Ukraine will never be a victory for Russia’”; Hill; February 21, 2023)。バイデン政権は既にアントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官をキーウに派遣し、バイデン大統領自身もワシントンでウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領と会談してはいるが、ロシアを刺激して核攻撃に訴えられぬように慎重な姿勢であった。またMAGAリパブリカンとウォーク左翼は陰謀論の影響を受けた反戦世論を盛り上げ、アメリカのウクライナ関与への障害となっていた。

そうした左右の過激派孤立主義ポピュリストによる外交政策上の制約はあるが、世界におけるアメリカの役割を理解しているアメリカの専門家達が、バイデン氏の訪問後に現戦争の動向をどのように見ているかを知る必要がある。非常に注目すべきはウクライナ支援に懐疑的な論者にはヘンリー・キッシンジャー元国務長官とシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授に頻繁に言及して事情に通じたリアリストを装い、アメリカはこの戦争には消極的で、ワシントンのエスタブリッシュメントの内のごく少数の好戦的な論者によって引き起こされた戦争に同盟国が巻き込まれてはならないという自分達のプロパガンダを広めようとしている。しかしこの二人の名声がどれほど轟こうとも、キッシンジャー氏もミアシャイマー氏も、アメリカ国民全体を代表するわけではない。リアリスト気取りの者達、MAGAリパブリカン、ウォーク左翼もアメリカ世論の代表ではない。私は個々の非関与論者のバックグラウンドまでは知らないが、彼らの中にはアメリカ国内の特定のイデオロギー・グループと連動しているかのように振舞う者もいる。ともかくアメリカの国民と政策形成者の大多数がウクライナ支援に反対だと信ずることは間違いである。私はアメリカの外交政策の論客たちの見解に言及し、そうした情報工作を党派バイアスなしで否定してゆきたい。

バイデン氏訪問の外交的意味合いに関して、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係学院のエリオット・コーエン教授は、バイデン氏のウクライナ訪問は中国がロシアに兵器を供与すると噂され、ロシアも「特別軍事作戦」一周年記念にドンバスでの占領地の奪還を目指して大規模な攻勢に出るとされた時期であったと指摘する(“Biden Just Destroyed Putin’s Last Hope”; Atlantic Daily; February 21, 2023)。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領はウクライナ支援をめぐる欧米側の援助疲れと政治的分断を当てにしていたが、『アトランティック』誌のアン・アップルボーム氏はバイデン大統領のウクライナ訪問によってそうした儚い希望は粉砕されたと述べている(“Biden Went to Kyiv Because There’s No Going Back”; Atlantic Daily; February 21. 2023)。これは日本の岸田文雄首相がG7加盟国首脳では最後に当地を訪問する先駆けとなり、その折には習近平国家主席とのモスクワ首脳会談で中露連帯を見せつけようというプーチン氏の外交的思惑に歯止めをかけることになった(“Japanese and Chinese leaders visit opposing capitals in Ukraine war”; BBC News; March 22, 2023)。

また「トランプーチン」に対するアメリカ内政上の意味合いも理解する必要がある。『デイリー・ビースト』誌のデービッド・ロスコフ氏の論評のように2018年の米露ヘルシンキ首脳会談の際には、全世界の国民はドナルド・トランプ大統領(当時)がアメリカや同盟国の安全保障関係機関よりもプーチン政権のロシアを信用し、ウクライナを放棄したがっていることを改めて思い知らされた(“Biden’s Trip to Kyiv is the Ultimate Humiliation for Putin—and Trump”; Daily Beast; February 20, 2023)。なぜか?それは彼が「アメリカが作り上げた世界」を嫌い、国務省、国防総省、情報機関にいるとする「ネオコンでグローバリストのエスタブリッシュメント」に敵対的な見方をしているからである。さらにトランプ氏は彼らを核大国による第三次世界大戦を企てる戦争屋だと非難している。あの不動産屋はロシアがルールに基づく世界秩序と領土保全を侵害していることなど、全く理解していない。共和党のアダム・キンジンガー前下院議員はトランプ氏がアメリカの国家安全保障関係の省庁に悪意に満ちた攻撃をする一方で、プーチン氏には有り得ないほどの賞賛をしていることに重大な懸念を表している。実のところキンジンガー氏は先の中間選挙には出馬しなかったのだが、それは彼の党で右翼過激派が幅を利かすようになったからである。バイデン氏と党派を超えた中道派の仲間が、そうした衆愚的孤立主義者にどのように反撃してゆくか注意深く観測する必要がある。


そうした孤立主義者とリアリストの仮面を被った者達は、なぜプーチン政権のロシアとの中途半端な妥協は、ウクライナの不屈の抵抗による侵略者締め出しよりも危険であるのかを理解する必要がある。ジョン・マケイン候補、ミット・ロムニー候補、ヒラリー・クリントン候補らの大統領選挙運動で外交政策顧問を務めたロバート・ケーガン氏はプーチン政権による侵攻が差し迫っていた時、ウクライナ攻撃は東欧から中欧に及んだロシアの歴史的勢力圏の再構築という彼の野望の序の口に過ぎず、バルト三国やポーランドは存在せずワルシャワ条約機構諸国を事実上ソ連の支配下に置いた時代を復活させようとしていると述べている(“What we can expect after Putin’s conquest of Ukraine”; Washington Post; February 21, 2022)。よってロシアとウクライナの領土問題も解決せずに即時停戦となれば、地域の不安定化につながるばかりで決して平和に向けて前向きにはならないことが理解できる。むしろそれによって中国が台湾やその他東アジア諸国を威圧するようになりかねない。こうした観点からオバマ政権期のマイケル・マクフォール元駐露大使は、中途半端な平和が幻想であるという理由はプーチン氏がウクライナ征服にはあらゆる手段を尽くすという決意を固め、戦意不充分で国内も分断している欧米の狡知と科学技術をロシアの耐久性が上回ると信じているからである。私にはブレグジットとトランプ氏当選での選挙介入の成功によって、プーチン氏は過剰につけあがってしまったように思える。よってマクフォール氏は様子を見てウクライナへの軍事支援を増やすというやり方は通用せず、ロシアへの制裁も最大限の強制力を伴わねばならないと主張している(“How to Get a Breakthrough in Ukraine”; Foreign Affairs; January 30, 2023)。

外交交渉による平和合意がほぼ不可能な以上は、アメリカがプーチン氏の凝り固まった野望をどのようにすべきかを軍事的観点から模索しなければならない。ロシア軍の力と能力に関してデービッド・ペトレイアス退役米陸軍大将は、侵攻前に彼らが行なっていた演習は目前に控えたウクライナでの作戦とは無関係で、自軍内の陸海空軍の組織を横断する協調作戦を実施するには訓練が不充分だったと述べている(“What We’ve Learned from the War in Ukraine”; Foreign Policy; January 10, 2023)。それは数十年にわたるプーチン大統領のネーション・ビルディングの失敗を示唆し、西側同盟はそのようなウドの大木ロシアをウクライナが破るためにどのような支援を行なうかを考えてゆくべきである。現在、ウクライナは東部と南部の奪還という第二段階にある。非介入主義者達はこの国への追加軍事援助に懐疑的ではあるが、ペトレイアス氏はCNNとのインタビューにて当戦争で領土を奪還するためのウクライナ軍の士気と能力を高く評価している。それはウクライナ兵は戦争目的をよく理解しているのに対し、ダゲスタン、ブリヤティア、クラスノダールから来た民族宗派マイノリティからの兵員募集率が際立って高くなっているロシア兵ではそれを理解しているかどうか極めて疑わしいからである。またアメリカ主導の西側同盟からの支援によって、ウクライナが兵員募集、装備装着、組織形成、追加兵力の適用で大いに成果を挙げているとも語っている。

ペトレイアス氏の発言から、我々は以下の点を推察できる。世論調査でのプーチン氏の違法な侵略行為への高い支持率も当てにはならないのは、ほとんどのルスキーは毎日の自分達の生活さえ何とか支障がなければ彼ら民族宗派マイノリティの苦境など気にもならないからである。ルスキーには祖国のために自分達が犠牲になる覚悟などない。さらに欧米の支援と並行して軍の組織再構築が行なわれ、ウクライナの統治も戦後に完全される可能性がある。結論としてペトレイアス氏はバイデン氏の断固とした態度を支持しているものの、大統領は戦車や戦闘機といった次期段階の兵器をもっと早く送るべきだったとも論評している (“Gen. David Petraeus: How the war in Ukraine will end”; CNN; February 14, 2023)。ドイツと他のNATO諸国がウクライナに戦車を送る決意を固めるよう促したのはイギリスである。またスナク政権は大西洋諸国でも他に先駆けてウクライナ軍パイロットにNATO標準の戦闘機向けの訓練を行なった。一方でアメリカはバイデン大統領のキーウ訪問以前は軍事援助を増強すべきかどうか逡巡した。ペトレイアス大将が増派戦略でイラクのテロリストを破ったことを忘れてはならない。軍事戦略家としての同大将の見識はコンバット・プルーブン(combat proven:実戦証明済み)であるが、ミアシャイマー氏の場合はそうではない。

MAGAリパブリカンお気に入りのFOXニュースからも、ジャック・キーン退役陸軍大将が孤立主義に反論している。キーン大将はこのテレビ局の右翼ポピュリストで有名なアンカーマン、タッカー・カールソン氏とは正反対の立場である。キーン氏は2007年のイラク増派では戦争研究所のフレデリック・ケーガン氏と共に、ペトレイアス氏の計画作成に助力した。ウクライナで現在進行中の戦争に関しては、ペトレイアス氏とはほぼ意見が一致している。さらにキーン氏は国内社会経済再建最優先という孤立主義的な強迫観念にも反論している。財政保守派はウクライナへの援助が必要でも巨額だと言って容認しないが、キーン大将はロシアがこの戦争で勝利すれば中国やイランを勢いづかせると言い聞かせている。またアメリカはロシアとウクライナの国境よりも自国とメキシコの国境の方を重視すべきだと信じてやまない、排外的な右翼にも反論している。それは両問題が互いに無関係であり、ウクライナを見捨てれば国内での国境問題が解決するわけではないからである(“What would a win in Ukraine look like? Retired Gen. Jack Keane explains.”; Washington Post; March 6, 2023)。ペトレイアス氏と同様にキーン氏もまたコンバット・プルーブンな軍事戦略家である。

アメリカとNATO同盟諸国はさらに軍事援助を供与するので、ウクライナの反撃段階では考えておくべき課題もいくつかある。最も重大なものは、戦況がロシアにとって不利だとプーチン氏に思われると、ウクライナへの核攻撃に打って出るかということである。プラウシェアズ・ファンドのジョセフ・シリンシオーネ理事長はバイデン政権が効果的な対策をとってきたと指摘する。現政権はロシアに核兵器の使用が致命的な結末をもたらたし、そして西側同盟は経済、外交、サイバー、通常軍事措置などあらゆる手段をとってゆくことを直接伝えた。また中国とインドも、長年にわたるロシアとの友好関係があろうが核攻撃は容認しないだろう(“Why Hasn’t Putin Used Nuclear Weapons?”; Daily Beast; February 9, 2023)。そのように微妙な中露関係に関してマクフォール元大使は、プーチン氏によるベラルーシへの核兵器配備はこの戦争での核兵器使用を否定した中露モスクワ首脳会談の共同声明とは矛盾しているとの疑問を呈している。プーチン氏は国際的な公約を頻繁に破ってきたであろう。よってマクフォール氏はアメリカが両国の関係に楔を打ち込むようにすべきだと説く(“Are Putin and Xi as Close as Everyone Assumes?”; McFaul’s World; March 28, 2023)。他方で中国はロシアがウクライナに係りきりになっている状況を利用して、習近平主席はロシアに自国極東地域の地名をロシア名から中国名に変更するように要求している。例えばウラジオストクは海參崴(Haishenwai)にといった具合である(“Russia will never recover from this devastating collapse”; Daily Telegraph; 1 April, 2023 および “China Challenges Russia by Restoring Chinese Names of Cities on Their Border”; Kyiv Post; February 26, 2023)。

他にはクリミアの戦略的価値も重要である。ベン・ホッジス元アメリカ欧州・アフリカ陸軍最高司令官(中将)は、このことを繰り返し語っている。考えてみれば、この戦争が始まったのは2022年2月ではなく2014年の3月であった。ホッジス氏はクリミアが占領され続ける限りは、たとえドンバス全域が解放されてもオデーサやマリウポリからのウクライナの食糧輸出はロシアに妨害される惧れがあるだろうと言っている。またその地からのミサイル大量発射は、ウクライナにとって重大な脅威であり続けるであろう(“Russia’s Nuclear Weapons More Effective as Propaganda, Retired US Lieutenant General Says”; VOA News; February 1, 2023)。ホッジス氏もアメリカにとって最も直近の戦争であるイラクとアフガニスタンでの戦闘経験者で、まさにコンバット・プルーブンな見識の持ち主である。非常に興味深いことにホッジス氏はツイッターでケンブリッジ大学のロリー・フィニン教授の論文に言及しているが、そこではクリミアの他にもロシアが占領している東部と南部についてウクライナの主権の歴史的正当性が明確に語られている。


フィニン氏によると、クリミアはロマノフ朝ロシアとソ連に支配された歴史を通して、エスニック・クレンジングや暴力などに苦しめられてきた。だからこそ2014年の侵略以前には住民の大多数はウクライナへの残留を望んだのである。フィニン氏はクリミア・タタール汗国からの歴史を振り返っているが、エカテリーナ2世による征服以前の同国の領域はクリミアから近隣の黒海およびアゾフ海の沿岸のステップ地帯に広がっていた。19世紀にはアレクサンドル2世が本土から移民を送り込み、この地をロシア化した。スターリンの圧政を経て1954年に、ニキタ・フルシチョフ首相(当時)が貧困にあえぐクリミアのロシアからウクライナへの移管を決定した(“Why Crimea Is the Key to Peace in Ukraine”; Politico; January 13, 2023)。そうした背景からすれば、ウクライナがロシアからクリミアを奪還する歴史的および文化的な意義は非常に大きい。

以上の議論を見てきてもMAGAリパブリカンへの警戒は怠るべきではなく、彼らがどれほど偏向して国際問題への意識が低かろうとも無視はできない。『民主主義を共に守ろう』のウィリアム・クリストル氏は現在の共和党があまりにもトランプ化し、ますますアメリカ・ファーストの傾向を強めていると繰り返し述べている。典型的なものでは『ナショナル・リビュー・オンライン』誌が最近の記事で、「ロシアとウクライナの間で現在行われている戦争はただの領土紛争なのでアメリカの国益とは無関係だ」というフロリダ州のロン・デサンティス知事の冷血で似非リアリズムな発言を擁護した一件を批判している(“What Ron DeSantis Got Right in His Ukraine Statement”; National Review Online; March 18, 2023)。

 

 


嘆かわしいことにデサンティス氏はトランプ氏からの絶え間ない罵詈雑言に反撃する気さえない。そのフロリダ州知事は、MAGAリパブリカンの間では旗手にまで祭り上げられた元大統領と対立するリスクを恐れているように思われる(“Why Does DeSantis Keep Letting Trump Take Shots at Him?”; Bulwark; March 29,2023)(“Trump widens lead over DeSantis in 2024 GOP presidential nomination showdown: poll”; FOX News; March 22, 2023)。自身が当選するよりも、デサンティス氏は2016年選挙でのクリス・クリスティー氏のようにトランプ氏への支援を通じて党内での立場を固めようとしているのかも知れない。さらにMAGAリパブリカンは最近のニューヨーク郡マンハッタン地区検察官によるトランプ氏起訴に憤慨するあまり、今件手続きでの適正法手続きについて「リベラルなエスタブリッシュメント」への恐怖感を煽り立てて否定しようと躍起になっている(The unhinged GOP defense of Trump is the real ‘test’ for our democracy; Washington Post; March 31, 2023)。そうした陰謀論はリンドバーグ的な孤立主義に向かいやすいので、2024年大統領選挙にも鑑みてMAGAリパブリカンがどれだけウクライナ支援のための外交努力の足を引っ張るか注意を怠ってはならない。

西側のウクライナ支援に懐疑的な者には、実際には米国内の極右や極左と連動している似非リアリストも含めてミアシャイマー氏を多大に崇め奉る傾向があるようだ。しかしアメリカは自由の国なので、意見は多様である。アメリカのウクライナ政策を理解するうえで重要なことは党派を超えて多様な意見に触れながらも、それは高度にプロフェッショナルなものに集中すべきである。私がとり上げた論客の選択には党派的偏向性が一切ない。ロバート・ケーガン氏は両党の大統領候補たちの外交政策顧問であった。マイケル・マクフォール氏はオバマ政権の駐露大使で、現在はスタンフォード大学にある保守派のフーバー研究所で上級フェローである。また「コンバット・プルーブン」な意見と分析にも注目すべきである。本稿はそうした経歴の退役将官数名に言及したが、その中でもデービッド・ペトレイアス氏は戦場で多に並ぶ者がいないほどの功績を挙げた。そして学者としても高い評価を受け、プリンストン大学より軍事戦略の研究で博士号を取得している。ペトレイアス氏は本年10月にはイギリスの歴史学者アンドリュー・ロバーツ氏との共著、"Conflict: The Evolution of Warfare from 1945 to Ukraine"を出版する予定である。何よりも元大将はバイデン政権に対して是々非々である。

ジョン・ミアシャイマー氏はビッグ・ネームではあろうが、アメリカの外交政策を注意深く観測するためにも、彼の名声を頼りに「憧れるのは止めましょう」と言いたい。我々は彼の意見や分析がどれほどアメリカの政策形成者達や国民を代表するものなのかを考え直すべきである。最も重要なことは、アメリカのウクライナ戦略を見通すうえでもっと多くの専門家もメディア関係者も「コンバット・プルーブン」な視点を重視すべきではないかと言いたい。これは戦争で、ロシアとウクライナあるいはロシアと欧米の間で停戦に向けた外交交渉が直ちに行なわれる見通しはないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年3月16日

犯罪人ウラジーミル・プーチンとゼレンスキー大統領の違いをしっかり認識せよ!

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この度のロシアによるウクライナ侵攻に関して、日本国内にはプーチン、ゼレンスキー両者の争いに関して片方を贔屓せずに、日本の国益を慎重に判断せよとの意見が散見する。中には今回の侵攻に関して陰謀論めいた見解を述べ、ウクライナ側に対する疑念を抱かせるような誘導言論も見られる。これら一見冷静沈着なリアリストに聞こえる主張では、重要な点が見落とされている。それはプーチン政権がウクライナの戦場で数多くの犯罪を重ねているだけでなく、今回の戦争以前から欧米諸国への選挙介入など他国の民主主義への破壊行為を繰り返してきたことである。いわばプーチン氏は世界有数の犯罪人であるが、ゼレンスキー氏はこれらの悪事に全く関わっていないことを忘れてはならない。

 

まずロシアのプーチン政権がどれほどの悪質なのかを議論するために、基本的な事項を再確認しておこう。この度の戦争では、ロシア軍の侵攻が「力による一歩的な領土変更、他国の主権侵害」の禁止という国際秩序の基本原則を踏み躙るものである。国家間の関係もさることながら、ロシアが動員した正規軍および非正規戦闘部隊はウクライナ国民の個人に対しても殺人犯、レイプ犯、窃盗犯、強盗犯、誘拐犯、放火犯、公共物損壊犯、捕虜虐待などなどを繰り返している。またこの度の戦争以前にロシアが欧米諸国に対して執拗に行なった選挙介入は極右ポピュリズムの高揚による民主主義の分断を企図したもので、これはG7カービスベイの共同宣言で非難された。事もあろうにプーチン政権は西側民主主義の弱体化という目的達成のためには、白人キリスト教ナショナリストという欧米社会での反社会的集団とさえ手を組んだことを忘れてはならない。これは日本にとって対岸の火事ではない。来年には台湾で大統領選挙があるが、この国と共通の民族的、文化的背景を持つ中国はロシアよりさらに巧妙な手口で介入する恐れがある。

 

またプーチン政権は国内でも反対派の政治家や言論人などを数多く暗殺ないし投獄してきた。他方でウクライナのゼレンスキー政権は欧米からの要望で国内統治の改善途上ながら、上記のような酷い悪事にはほぼ関わっていない。それにも増して、プーチン政権にとってウクライナ侵攻は「ロシア帝国復活」という野望実現への序の口である。よって現状で直ちに停戦し、ドンバスやクリミアの所属をめぐって双方が妥協しても意味はない。そして忘れてはならないことは、プーチン氏のような犯罪人は一度でも犯罪行為によって自分が欲しいものを奪い取ると、その後はさらに犯罪行為を重ねる怖れがあるということである。

 

ウクライナとロシアの戦争で不偏不党を装うためにヴォロディミル・ゼレンスキー大統領への懐疑論を声高に叫べば、実質的にウラジーミル・プーチン擁護になりがちである。こうした主張をする者の全てがそうだとはいわないが、彼らの中にはMAGAリパブリカンのような極右が掲げる陰謀論の片棒担ぎをしようとするイデオロギー的背景を持つ者も少なからずいる。日本では幸福の科学の関係者にトランプ極右ポピュリズムに便乗し、民主主義の混乱に乗じて自分達の政治的影響力を拡大しようとする者もいる。また統一教会絡みの日本人にもウクライナを冷笑し、トランプ極右ポピュリズムに便乗を企む者もいる。彼らや欧米の極右に共通する思考は多国間協調と国際的なルールと規範に基づくリベラル世界秩序は「大きな政府」だという勝手な嫌悪感で、それが結果的には犯罪人ウラジーミル・プーチンへの肩入れとなっている。また財政的観点から対ウクライナ支援拡大への懸念も理解できないわけではないが、そうした考え方に極右のイデオロギー的問題児が便乗する事態の方が国際社会全体に甚大な害悪をもたらす。

 

またロシアによるウクライナ侵攻に関するグローバル・サウスの態度については地政学から語られがちだが、ここでもイデオロギー的な問題は無視できない。周知のようにインドのモディ政権は「田舎臭い」ヒンドゥー・ナショナリズムを掲げている。ナレンドラ・モディ首相はグジャラート州首相時代に2002年グジャラート暴動では、ヒンドゥー教徒にイスラム教徒への暴力的をけしかけている。それはプーチン氏並みの力治政治であり、またドナルド・トランプ前米大統領やブラジルのジャイール・ボルソナロ前大統領並みの暴力触発でもある。実際にヒューマンライツ・ウォッチでアジア部長のエレイン・ピアソン氏は昨年9月に、モディ政権のインドが「世界最大の民主主義国」としてクォッドに加わることに疑問を呈している(”Do we give India a free pass on human rights?; Human Rights Watch; September 9, 2022)。モディ氏はグジャラート州首相時代には、2002年の暴動に乗じたレイプや殺人などで終身刑判決を受けた犯罪者を一月ほどで釈放した。連邦首相としては自政権に批判的な言論人の逮捕を繰り返している。また2019年には市民権改正法によって、自国からのイスラム教徒の排除を目論んでいる。さらに学校教科書からムガール朝時代の記述を大幅に削減するという、歴史の書き換えまで行なっている(”School Social Science Textbook Revisions in India Kick Up Controversy”; Diplomat; July 27, 2022)。このような統治を行なう政権だから、ロシア軍がウクライナで行なっている非人道的行為に寛容にもなると見做せる。南アフリカのラマポーザ政権も、これまたブラック・アフリカの極左並みに「田舎臭い」時代遅れの反欧米植民地主義に影響された世界観に基づいてロシアの犯罪行為に甘い態度を示している。

 

当然ながら、現時点では対露忖度に走る上記の国々を無用に刺激しないことが得策ではある。度重なる国連安保理決議でも、ロシアのウクライナ侵攻への非難決議に反対票を投じるのは国際社会から孤立した国ばかりである。グローバル・サウスの主要国は棄権に留まっている。去る3月3日にニューデリーで行われたクォッド外相会議 では、インドへの配慮からロシアを名指しせず「核使用拒絶」の共同宣言となったことは致し方ない。グローバル・サウスとの国家間関係では相手を敵方に追いやらぬ注意が必要ではあるが、一方でより長期的にはそうした国々の中でも我々と「話が通じる」集団との関係構築も、政府間関係の調整と並行して行なうことを考えておくべきである。

 

まずインドについて言えば、この国の地政学的立場がイデオロギーによって大きく変わることはないかも知れない。しかしモディ政権下のヒンドゥー・ナショナリズムに批判的なグローバリストや都市部知識人階層ならば、グローバル・スタンダードに基づいた犯罪人ウラジーミル・プーチンに対する非難をより理解できるだろう。またゴアのキリスト教徒やタタ財閥を輩出したパールシー(ササン朝ペルシア滅亡時、イスラム教徒の征服より故国を逃れたゾロアスター教徒の子孫)のように、植民地時代から西欧文明と親和性が高かった宗教的マイノリティもいる。地方政治家出身のポピュリストであるモディ現首相と違い、シーク教徒でナショナリスト傾向は弱く、しかもケンブリッジ大学の最優等学士号とオックスフォード大学の博士号も取得しているマンモハン・シン前首相のような人物であれば、もっとグローバル・スタンダードに沿った思考もできるであろう。

 

南アフリカでも白人リベラル派を基盤とする民主同盟であれば、ブラック・アフリカの極左のような被害者意識のイデオロギーとは無縁である。こちらは都市部のアングロサクソン系で高学歴層という支持基盤である。同じ白人でもアパルトヘイト時代の与党であった旧国民党の支持基盤は農村保守派のアフリカーナを中核とした土着志向の強い人達で、まるでアメリカのMAGAリパブリカンさながらであった。ともかく、グローバル・サウスについては時の政権ばかりを相手にしても埒が明かない。

 

非常に興味深いことに、ロシア軍の犯罪行為を容認するイデオロギーとそうした政治家のパーソナリティにも相関関係が見られるようだ。親プーチンで力治政治の極右ポピュリスト達は、権威主義傾向が強い。プーチン氏の筋肉誇示はよく知られているが、モディ氏も自らの胸囲が127cmだと自慢している(”PM Narendra Modi’s chest now said to measure 50 inches”; Times of India;  January 21, 2016)。一時はトランプ政権の国務長官候補にも挙がった親露極右のダナ・ローラバッカー元下院議員は プーチン氏との腕相撲を自慢している(”Rohrabacher-Putin in an arms race”;  Politico;  September 13, 2013)。これに対しカナダのジャスティン・トルードー首相も非常に身体頑健ではあるが、民主的な政治家は彼らのように押しつけがましい力自慢をしないものだ。誇るべき肉体のないドナルド・トランプ前米大統領やイタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相は下品でミソジニストな言動で「男らしさ、強さ」をアピールしている。さて、そうした威圧的言動が少なくなったフランス国民連合のマリーヌ・ルペン氏は中道化のイメージを押し出しているが、トルコのレジェップ・エルドアン大統領のように穏健な姿勢の裏で再び右傾化する可能性も否定できないので依然として要注意である。

 

この度のロシア軍によるウクライナ侵攻について、自らをリアリストだと印象付けようとする者達は国際政治における道徳と倫理を軽視しがちであり、しかもそうした冷血な視点こそ最も公正で冷静沈着だと思い込んでいる。そのような「ハーベイロードの前提」では、国際安全保障においては致命的に危険である。1991年の湾岸戦争において、国際社会はほぼ一致してクウェートに侵攻して破壊と凌辱を繰り返したサダム・フセインの犯罪に懲罰を加えた。そのことを思い出せば「犯罪人ウラジーミル・プーチンとヴォロディミル・ゼレンスキー大統領のどちらにも肩入れせず」という立場では、実質的にロシアの新帝国主義者ばかりか全世界の極右、極左、それにカルト宗教絡みといった、イデオロギー的にきわめて問題のある人達の味方をしていると言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年12月31日

ANCの親露外交は欧米の黒人同胞に対する裏切りである

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トランプーチン:ロシアと欧米極右の間のレイシスト枢軸

 

ウクライナ侵攻を契機に史上かつてないほど欧米との対立が悪化しているロシアだがアフリカ諸国とは緊密な関係を維持し、その内の半数近くは度重なる国連総会の場でロシアの侵攻に対する批判や制裁の決議を棄権した。その中でも南アフリカが重大な注目に値する国である理由は、プーチン政権下のロシアが世界最悪のレイシスト国家であるにもかかわらず、与党ANCはこの国との友好関係を維持しようという致命的で自己敗北的な過ちを犯しているからである。

 

ANCの親露外交路線はイデオロギー的に間違いで自己破滅的である。我々は誰もが、この党が冷戦終結までの数十年にもわたって反アパルトヘイト抗争を続けてきたことを知っている。ヨーロッパとアメリカの黒人同胞は彼らの反レイシズム抗争に強い連帯を示した。しかし現在のANCは自らの長きにわたる抵抗の歴史を忘れ去ったかのように、ソ連崩壊後のレイシスト国家ロシアとの友好関係を維持しようとしている。これが多人種民主主義を追求する彼らの取り組みへの支援者に対する無自覚な裏切りである理由は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がリベラル民主主義弱体化を目論んで欧米の極右を支援する最も悪名高き存在だからであり、実際にロシアの選挙介入がブレグジットやトランプ政権誕生につながった。ロシアのウクライナ侵攻による全世界的なショックがあっても、そうした右翼ポピュリストにはなおもプーチン氏と共鳴し、自分達が抱いているグローバル化による社会文化的多様性への反感と白人キリスト教ナショナリズムへの妄信による世論を広めようよしている。人種平等を標榜する政党ならば、ロシアと欧米のレイシストの間のやましい関係を決して見過ごしてはならない。

 

 

 

嘆かわしいことに、ANCは無意識に彼らを裏切っている。

 

 

 

そうした親露派右翼達はアメリカ国内で酷い悪評を博している。MAGAリパブリカンは「小さな政府」の理念の名の下に、アメリカはウクライナをめぐるロシアとの対決から手を引くべきだと主張している。下院ではマージョリー・テイラー・グリーン議員(MTG)、マット・ゲーツ議員、ポール・ゴーサー議員、マディソン・コーソーン議員らがそうした極右に当たる。さらにトランプ政権期の高官ではマイケル・フリン元国家安全保障担当補佐官、ピーター・ナバロ元ホワイトハウス政策局長、スティーブ・バノン元大統領上級顧問らがクレムリンを代弁するかのように、プーチン氏のウクライナ侵攻を正当化している。そうした過激派の中には、馬鹿げたことにウクライナのヴォロディミル・ゼレンスキー大統領が「ソロスとクリントン家に操られたグローバリストの傀儡」だと見做す者さえある。何よりもドナルド・トランプ氏自身がウクライナ侵攻に際してプーチン氏を天才だと賞賛したほどである(“Meet the pro-Putin Republicans and conservatives”; Republican Accountability Project)。彼らにはレーガン的な国家安全保障観などは全く見られない。

 

ヨーロッパでも極右政治家の中には親プーチンの態度を崩さぬ者も見られ、彼らの国々がアメリカ以上にロシアの脅威を直接受けることも顧みられていない。本年9月のイタリア総選挙でネオファシスト系「イタリアの兄弟」から選出されたジョルジャ・メローニ首相は対露政策で立場を転換したが、閣内のマッテオ・サルヴィーニ氏とシルヴィオ・ベルルスコーニ氏は親プーチンの姿勢を変えていない(“Putin’s Friends? The Complex Balance Inside Italy’s Far-Right Government Coalition”; IFRI; November 28, 2022)。ロシアは本年12月にハインリッヒ13世を首謀者とするドイツ極右クーデター未遂事件でも黒幕であった。容疑者の一人はハインリッヒとロシアの取り次ぎ役を果たした(“Germany arrests 25 accused of plotting coup”; BBC News; 7 December, 2022)。親露派のデマゴーグと扇動者は右翼メディアにもいる。FOXニュースのタッカー・カールソン氏は自分の番組の視聴者に、ウクライナでなくロシアに味方するようにと言っている。GBニュースのナイジェル・ファラージ元UKIP党首はもっと慎重な言い回しでロシア支持を間接的に訴えようと、ゼレンスキー氏の統治能力への懐疑的な見解を喧伝している。

 

 

このように大西洋の両側での欧米極右の名前を挙げてみれば、薄気味悪い恐怖感に駆られる。なぜブラック・エンパワーメントの党が、「トランプーチン」的なレイシストの枢軸と手を携えなければいけないのか?ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は昨年の4月にアメリカ国内の白人ナショナリストに対する心底からの共感の意を示そうと、「白人への逆差別」を非難した(“Russia Warns of Anti-White 'Aggression' in U.S.”; Moscow Times; April 1, 2021)。実のところクレムリンと欧米の極右に共通している思想はレイシズム、反フェミニズム、そして反LGBTの価値観だけではない。プーチン政権のロシアと欧米のレイシストが共有している価値観はもっと深く根本的なもので、それをイスラエルの右翼系歴史学者ヨラム・ハゾニー氏はナショナリスト民主主義と呼び、ロシアのウラジスラフ・スルコフ元大統領補佐官は主権民主主義と呼ぶ。それはリベラル民主主義の普遍的価値観を否定し、土着主義と反近代主義の性格が強いイデオロギーである。彼ら「トランプーチン」的なレイシストは啓蒙主義とグローバル主義という、西側エスタブリッシュメントが推し進める両思想を嫌悪している。

 

さらにプーチン氏のウクライナ侵攻によって、ロシア国内のレイシズムも曝されてしまった。モンゴル系のブリヤート人やコーカサス地方のイスラム系ダゲスタン人など少数民族出身の兵士の死傷率は、ロシア人のそれを大きく上回っている(“Young, poor and from minorities: the Russian troops killed in Ukraine”; France 24; 17 May, 2022)。より重大な点は、ルースキー・ミールという概念に対するプーチン氏の解釈と実行には彼のレイシスト的な世界観が反映されているのではないかと、私は疑念を抱いている。かの有名な『ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について』という論文でプーチン氏は冷戦後の国際政治における欧米の優位に対する深い怨念とともに、ウクライナの歴史と文化に対する蔑視の姿勢を顕わにして彼らの独立と主権を否定している。そうした軽蔑姿勢からすれば、ロシア軍がレイプ、強盗、拷問、殺人、その他ありとあらゆる暴力といった多くの犯罪を積み上げたことには何の不思議もない。あろうことかプーチン氏は厚顔無恥なブチャの犯罪者達を表彰した(“Putin honors brigade accused of war crimes in Bucha”; Washington Post; April 19, 2022)。

 

そうした事情はあれ、ANCが反アパルトヘイト闘争でかつてはソ連の恩恵を受けたことは否定しようがない。アメリカでもそうだったが、人種平等を目指す活動家には左翼に傾斜する以外に選択肢はなかった。彼らが共産主義の超大国を盟友としたことは当時なら自然な選択だったが、アンゴラとモザンビークでのソ連・キューバ勢力のプレゼンスを問題視するロナルド・レーガンおよびマーガレット・サッチャー両首脳にとっては非常に由々しきことであった。幸いにもネルソン・マンデラ党首は彼自身が欧米とも南アフリカの白人とも手を携えて多人種民主主義を発展させられると証明し、国際社会からも支持を得た。ともかくソ連は崩壊したのだが、ANCの指導者層は今なおロシアとの情緒的でノスタルジーに満ちた関係を感じているようだ。

 

どうやらアフリカ人にも日本人と同様なセンチメンタリズムがあるようにも思われる。典型的な例として故安倍晋三首相は、父晋太郎氏が残した北方領土返還実現によりソ連のミハイル・ゴルバチョフ大統領との間で平和条約の締結という見果てぬ夢の実現に尽力した。安倍氏は共産主義体制崩壊後のロシアとの経済協力発展を模索した。しかし安倍氏の希望的な夢はプーチン政権の力治政治という無慈悲な性質を踏まえていなかったので頓挫した。プーチン氏はゴルバチョフ氏ではない。現在のクレムリンから見れば、日本はアメリカの従属的な同盟国に過ぎず、ロシアは経済協力の見返りに領土を返還する必要もないのだ。問題は互恵性にとどまらない。イデオロギー的には旧ソ連と現在のロシアは正反対で、前者は世界各地の共産主義者を支援したのに対して後者は欧米の極右レイシストを支援している。よってANCがプーチン政権のロシアを友好国と見做すことは理に適っていない。安倍氏と同様に、彼らもロシアに幻想を抱いている。考えてもみて欲しい。アメリカとイスラエルは近代化路線のシャーの統治下にあったイランとは非常に友好的な関係にあったが、現在のシーア派神権体制にあるこの国とはそうした関係はとても考えられない。体制が変わってしまえば全く違う国になってしまうのだ。

 

ロシアとの友好関係を保つよりも、ANCはむしろプーチン氏の核脅迫レイシズムを非難するうえで格好の立場にある。彼のルースキー・ミール論文からはウクライナ人に対するロシア人の優越感が垣間見られ、そうした侮蔑的な思考だからこそ相手がチェチェン人、シリア人、ウクライナ人にかかわらず、敵に対してあれほど残虐になれるのだ。欧米の抑止力がなければ、彼のルースキー・ミール的価値観を否定する敵ならだれであれ大量虐殺の被害を免れないだろう。南アフリカは逆に自発的な核廃棄に踏み切った世界唯一の主権国家だが、他方でイランや北朝鮮のようなグローバル・サウスの専制国家は核拡散に手を染めている。両国ともプーチン氏の野蛮なウクライナ侵攻を支援していることを忘れてはならない。なぜ多人種民主主義の党が、レイシスト、反グローバル主義者、反啓蒙主義者の枢軸と友好関係にあらねばならないのだろうか?しかもその主要な構成者はプーチン政権のロシアと欧米の極右だというのに。

 

嘆かわしいことに大半のメディアは、世界各地の人種平等主義者に対するANCの無意識な裏切りに付随する壮大な矛盾を批判しない。彼らとソビエト・ロシアの歴史的な関係を「同情的」に報道しても意味はない。プーチン政権のロシアはもはや「万国の労働者よ、団結せよ!」という価値観など掲げていない。それどころか伝統主義の名の下に、今のロシアは欧米でのレイシストの不満爆発を扇動している。

 

アフリカ諸国の中で、南アフリカは以下の理由から私の注意を引き付けている。この国は大西洋地域とインド太平洋地域を結びつける位置にあり、それは21世紀の地政戦略で極めて重要である。またこの国の多人種民主主義の行方もグローバルな注目事項である。さらに付け加えるとこの国はアングロサクソン政治文化圏に属し、そのことは大英帝国の白人自治領としての建国の歴史に裏打ちされている。アメリカとイギリスを主要なフォーカスとしている私にとって、そうした事情から南アフリカに関心が向く。そしてだからこそ、メディアや学界にはANCの親露外交がはらむ致命的な矛盾を検証してゆくように注目を促せれば幸いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年7月 7日

イギリスはインドを西側に引き込めるか?

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ウクライナの戦争によって、世界は西側民主主義陣営と中露専制国家陣営に真っ二つに分かれてしまった。しかしジョセフ・バイデン米大統領主催の民主主義サミットに招待された民主主義国家の中には中立の立場を保ち、2月の国連安全保障理事会でも4月の国連人権理事会でもロシアのウクライナ侵攻への非難決議を棄権した国もある。そうした国々の中でもインドは冷戦期よりパキスタンへの対抗の必要もあり、ロシアとは長く深い関係にある。よってインドに西側の対露制裁参加を期待することは、現時点では非現実的である。

 

他方でインドは911同時多発テロ攻撃を機に、アメリカとの安全保障上のパートナーシップを深めてきた。現在、インドは中国の海洋進出に対抗し、FOIP推進のためにクォッドに加盟している。よって西側民主主義陣営はインドを自分達の側に引き寄せる戦略的必須性がある。この目的のためには、長期的な観点から国防および経済でのインセンティブを与える必要がある。中露枢軸と西側同盟の間で繰り広げられる21世紀の冷戦は、ロシア・ウクライナ戦争に留まらなくなるだろう。5月24日のクォッド東京首脳会談に先んじて、イギリスはインドといくつかの合意に至った。ボリス・ジョンソン英首相は4月22日のインド訪問でナレンドラ・モディ首相と会談し、経済、安全保障、気候変動などに関して両国の戦略的パートナーシップの拡大を話し合った(“PM: UK-India partnership ‘brings security and prosperity for our people’”; GOV.UK; 22 April, 2022)。多くの議題の中で最も本題と関わるものは、インドの次期戦闘機開発計画へのイギリスの支援である(“UK, India promise partnership on new fighter jet technology”; Defense News; April 22, 2022)。

 

イギリスとの合意以前に、インドはロシアのスホイ57に基づいて設計されたFGFA計画を破棄した。実のところ元になるスホイのステルス戦闘機の開発でロシアが資金と技術上の問題を抱えてしまったこともあり、この計画は遅延を重ねたばかりか経費もあまりに高くなってしまった(“$8.63-billion advanced fighter aircraft project with Russia put on ice”; Business Standard; April 20, 2018)。非常に重要なことにインドはロシアが設計した原型機に不満で、エンジン、ステルス性、、兵器搭載能力について40項目もの改善を求めた(“India and Russia Fail to Resolve Dispute Over Fifth Generation Fighter Jet”; Diplomat; January 06, 2016)。この戦闘機の運用実績も、こうした懸念を裏付けているように思われる。スホイ57は2018年にシリアで戦場にデビューした(“Russia's most advanced fighter arrives in Syria”; CNN; February 24, 2018)のだが、不思議にもウクライナのように防空網が強固な空域での航空優勢の確立にこそ必要なはずのステルス戦闘機をロシアは渋っているようである(”Russia's much-touted Su-57 stealth fighter jet doesn't appear to be showing up in Ukraine”; Business Insider; Jun 14, 2022)。

 

ロシアの軍事産業は1980年代までは西側の軍事産業にとって手強い競争相手であった。しかし彼らの技術的な強みはハードウェアにあってもソフトウェアにはない。一例を挙げると、西側は1989年パリ航空ショーでスホイ27が披露した「プガチョフのコブラ」飛行によってロシア製戦闘機の航空力学のレベルに驚愕した。しかしコンピューター・エレクトロニクスと情報テクノロジーの進歩によって運動性よりもアビオニクス(航空電子機器)の重要性が増し、それによって西側はロシアに対する優位を強めた。ソ連崩壊が間近に迫った1990年代初頭に、ハーバード大学のジョセフ・ナイ教授はロシアの製造業について「スターリン型経済モデルは比較的洗練度の低い技術を習得し、基本的な製品の大量生産を行なううえでは成功だった。・・・・しかし最大の問題は、ソ連の中央計画経済では変化の速い今日の情報化が進んだ経済に柔軟に対応できない。・・・・情報化が進んだ経済では広く共有され自由に流れる情報がないと、最大限の利益を得られない」(“Bound to Lead”; Chapter 4, p. 120~121; 1990)と記している。エリツィン時代からプーチン時代を経てもロシアは依然として、このソ連時代からの古い問題を解決できていない。ウラジーミル・プーチン大統領が自らを、この国の近代化と啓蒙化で成功を収めたピョートル大帝と並べようとは笑止千万である。

 

現在、イギリスはトルコのTAI社TF-Xや日本の三菱重工F-3など、主要な地域大国の国産時期ステルス戦闘機開発に技術支援を行なっている。これらの計画はイギリスのテンペスト計画と並行して進みながら、技術移入国は研究開発で自国独自の立場を維持できる。モディ政権は「メイク・イン・インディア」政策で製造業の強化を図っているので、イギリスの申し出はインドにとって好都合だろう。他の欧米諸国ではアメリカとフランスが大々的な輸出キャンペーンを行なっているが、イギリスはインドが中国のJ-20およびJ-31に対抗するためのステルス戦闘機計画を開発段階から支援しようとしている (“India bolsters arms ties with West to sever Russian dependence”; Nikkei Asia; June 17, 2022)。歴史的にイギリスは帝国の全てを直接統治したわけではなく、一部では現地有力者によるある程度の一種の自治を認めた。こうした帝国時代から根差した技は、イギリスの国防関係者達がトルコ、日本、インドのステルス戦闘機計画に関わるうえで役立つであろう。

 

テンペストの研究開発を主導するBAEシステムズはアメリカの先端兵器システムへのハイテク部品供給で上位に入るほどで、技術的に世界で最も競争の厳しい防衛市場でも成功している。このことはイギリスの防衛技術がロシアのものよりはるかに信頼性があることを意味する。ウクライナの戦争では西側の優位が印象付けられている。ロシアは多数の精密誘導ミサイルを発射したが、西側のものと違って60%は標的を外している(“Exclusive: U.S. assesses up to 60% failure rate for some Russian missiles, officials say”; Reuters; March 26, 2022)。驚くべきことに、ロシア製ミサイルの攻撃は素人のキャッチボールの投球よりもノーコンなのだ。制裁によってロシアと欧米の産業技術の差は、ますます開くだろう。中国は二次制裁を怖れて制裁対象となる技術をロシアに供給しないだろう(“Russia's economy in for a bumpy ride as sanctions bite”; BBC News; 15 June, 2022)。ロシア製兵器体系は西側のものよりも低価格で、メンテナンス作業も少なくて済む。しかし現在のインドは西側の兵器を配備できるほど豊かで強くなり、それによって究極的にはロシアへの依存は低下するであろう。

 

イギリスによるインドのステルス戦闘機計画への関与は、この国のインド太平洋戦略とも関わっている。ロシアのウクライナ侵攻を前にした昨年、イギリス首相官邸は『競争激化する時代のグローバル・ブリテン』(“Global Britain in a competitive age”)を刊行し、イギリスの外交および安全保障政策でインド太平洋地域への「傾倒」(tilt)が欧州大西洋の域内とどのように強固に結びついているか記している。そこではロシアが最大の脅威とされた一方で、中国、インド、日本が各々の特性からインド太平洋地域での戦略的な中核とされている。上記3ヶ国の内、イギリスは中国を自国の経済安全保障に対する「最大の国家的脅威」を突き付け、さらに自らの安全保障、繁栄、価値観に「体系的に反発」してくる権威主義国家だと見做している。他方でインドについては「世界最大の民主主義国家」かつ「国際社会で重要度を増すアクター」で、この地域でイギリスの重要なパートナーとなっているアメリカ、日本、オーストラリアとは安全保障、経済、環境問題での協力を推し進めてゆくべき国だと認識されている(“Understanding the UK's ‘tilt’ towards the Indo-Pacific”; IISS Analysis; 15 April, 2021)。

 

この”tilt”はブレグジット後のイギリスが、インド太平洋地域との安全保障および経済的関与の深化、中国の脅威の抑制、成長著しい当地域での市場開拓を通じて国際的地位を強化することを目的としている。それはイギリスでも政府、財界、シンクタンクといった官民挙げての様々なアクターから支持されている。また、域内のステークホルダーからも”tilt”は歓迎されている(“What is behind the UK’s new ‘Indo-Pacific tilt’?”; LSE International Relations Blog; October 6, 2021)。そうした“tilt”における英印パートナーシップに関して、ロンドン大学キングス・カレッジのティム・ウィリアジー=ウィルジー客員教授が同校の国防専門家達による共同論集で以下のように言及している(“The Integrated Review in Context: A Strategy Fit for the 2020s?”; King’s College London; July 2021)。基本的な点は、両国の戦略的パートナーシップを二国間と多国間の関係から観測すべきということだ。後者にはクォッド・プラス、AUKUS、その他域内での安全保障ないし経済での枠組が含まれる。歴史的にインドはイギリスが植民地時代から独立時にかけて国民会議派よりもパキスタンのムスリム同盟の方に好意的であったとして、親パキスタンだと見なしてきた。またパキスタンは中東におけるイギリス主導の反共軍事同盟、CENTOにも加盟していた。しかしタリバンがアフガニスタンでのNATOの作戦を妨害するにおよんで、イギリスはパキスタンよりもインドとの関係を強化するようになった。現在ではイギリスはインドにファイブ・アイズへの加盟さえ招請している。FGFA計画が頓挫した時期に、イギリスは国防装備調達と諜報の両面からインドを西側に引き込もうとしている。現在はロシアのウクライナ侵攻をめぐって両国の見解に隔たりはあるものの、そうした動きは長期的に見ればこの国をクレムリンから引き離すうえで役立つであろう。

 

そうした中で、ヒンドゥー・ナショナリズムはインドがイギリスおよび他の西側諸国との戦略的パートナーシップへの致命的な障害になりかねない。ともかく我々はインドが世界最大の民主主義国であるという前提を再検討する必要がある。2021年のフリーダム・ハウス指標によると、インドは先進民主主義諸国ほど自由でも民主的でもない。政治的な権利に関しては、インドはイギリスの政治制度を引き継いだものの、議会では民族宗派上のマイノリティーを代表する議席は充分でない。市民の自由のスコアはさらに悪い。モディ現首相は、ケンブリッジとオックスフォード両校出身でシーク教徒のマンモハン・シン前首相と比べると報道の自由への敵対度が高い。また多数派のヒンドゥー教徒がモディ氏のBJPが掲げる方針に沿って攻撃的な反イスラム運動を繰り広げるようでは、宗教の自由も保証されていない。司法の権限はポピュリストによるそのような暴挙を止められるほどの独立性はない(“FREEDOM IN THE WORLD 2022: India”; Freedom House)。仮に1月6日暴動がキャピタル・ヒルでなくニューデリーで起きていたら、インドは低劣俗悪な破壊行為を阻止できなかったかも知れない。西側には国防装備調達でロシアに取って代われるだけの技術的優位がある。しかし我々がどこまでインドと価値観を共有しているのかは問題だ。

 

非常に興味深いことに、ヒンドゥー・ナショナリストにはルースキー・ミールに熱狂するプーチン氏の支持者、そして1月6日暴動に参加したトランプ氏の支持者と相通じるところがある。彼らのいずれも非常に報復意識が強く、部族主義色が濃い。英国王立国際問題研究所のガレス・プライス上級研究フェローによると、モディ氏率いるBJPの主要な支持基盤はインド国内でも人口が多く貧困が目立つ「ヒンドゥー・ハートランド」と呼ばれる北部内陸のウッタル・プラデーシュ州、マディヤ・プラデーシュ州、ビハール州だということである。彼らは英語堪能なグローバリストのエリート達が社会経済的な格差をもたらしたと憤っている。そうしたナショナリスト色の強いポピュリスト達が特にイスラム教徒やダリットに代表される民族宗派上のマイノリティーには「特権」が付与されているとスケープゴートにして自分達のプライドを満足させている有り様は、黒人やヒスパニックに対するアファーマティブ・アクションを非難するトランプ・リパブリカン、そしてウクライナの新欧米的な独立派にネオナチのレッテルを貼り付けるプーチン氏の支持者にそっくりである。この点はモディ政権のインドがウクライナでのロシア軍の野蛮で残虐、そのうえ道徳心の欠片もない行為に寛容な理由と深く関わっていると思われるにもかかわらず、ほとんどのメディアと専門家はそれを見過ごしている。途上国なら経済の方が差し迫った優先課題となることもあろうが、インドはロシアの行為にただの非難声明さえ躊躇する有り様である。ヒンドゥー・ナショナリズムが外交政策に及ぼす影響をさらに考えるうえで、この思想は非常に排外性が強いのでインド国内に由来するシーク教やジャイナ教にはそれほどではなくとも外来宗教、特にイスラム教やキリスト教には敵対的であることも忘れてはならない(“Democracy in India”; Chatham House; 7 April, 2022)。

 

よって西側はインドを世界最大の民主主義国と呼ぶほど自己都合で相手を見てはならない。もちろん、この国は西側とは特に「自由で開かれたインド太平洋」という地政学的利益を共有している。しかしウクライナでの戦争勃発によってインドがロシアとは深く密接な関係にあることが国際社会に再認識され、そのことで我々がこの国とどこまで価値観を共有しているのかという問題が突き付けられることになった。イギリスによる防衛協力に見られるように、西側にはより高度で洗練された技術があるのでインドの防衛市場ではロシアとの競争に勝てる。地政戦略には、それは西側にとって露印関係を弱体化させるために価値ある取り組みである。インド太平洋におけるヒンドゥー・ナショナリストのモディ政権のインドは、NATOにおけるイスラム主義のエルドアン政権のトルコと似ている。偶然にもイギリスはテンペストの技術を、両国の国産戦闘機計画支援のために提供する方針である。共通の国益がある問題ではインドとの戦略的パートナーシップを深化させてこの国への中露の影響を希釈する一方で、我々はこの国が世界最大の民主主義国だという楽観視に陥ってはならない。当面の間、政府レベルでヒンドゥー・ナショナリズムに対して挑発的な反応をすることは推奨できない。我々はむしろ非政府アクターを民族宗派その他社会的なマイノリティーに関与させ、インドの統治の改善を図ってゆくべきである。.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年5月11日

エマニュエル・トッド氏のロシア観に異論

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フランスの高名な歴史学者、エマニュエル・トッド氏が5月6日放映のNHK『ニュース・ウォッチ9』のインタビューで、ウクライナで現在進行中の戦争とそれがロシアに与える影響について応えた。トッド氏がインタビューで答えたいくつかの要点の内で私が聞いて違和感を覚えたことは、ロシアはもはや欧米にとって深刻な脅威でなくなったが、それはこの戦争で呆れるばかりのロシア軍の弱体ぶりが露呈したからだという見解である。

 

軍事的に弱いからといって、該当のアクターが国家であれ非国家であれ、それがもたらす脅威が無視できるとまでは必ずしも言えない。典型的な例では、イスラム・テロリストは実際の軍事力という観点からはあまりに弱小だが、彼らが欧米に対して抱く憎悪と怨念を考慮すれば、そうした脅威が国際社会に及ぼす影響は恐るべく巨大なものである。実際に、そのような憎悪と怨念が9・11同時多発テロを引き起こしたのである。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領も同様に、ウクライナでの「特別軍事作戦」の開始に当たって西側に対する悪意と憎悪に満ちた情念に突き動かされている。ロシアが深刻な脅威でないなら、スウェーデンとフィンランドがNATO加盟を申請する理由がない。

 

ロシアの脅威が重大な理由には、以下の観点が挙げられる。第一にロシア軍が非戦闘員も含めた敵国に対する敵対性と残虐性は国際社会を震撼させたが、それは彼らが戦場で見せた規律に欠けてプロとは呼べない行為と相互関連がある。彼らが戦争に付随して行なった殺戮、拷問、強奪、そしてレイプは、戦闘におけるロジステック、コミュニケーション、訓練、指揮命令系統、そして戦術の不手際と表裏一体である。すなわち、ロシア軍は今世紀においてあまりに野蛮で、近代化も不充分である。メディアではしばしば、ロシアの行動と戦略は第二次世界大戦のスタイルだと語られている。しかし私の目には、彼らは中世のモンゴル軍並みに前近代的で、ウクライナには「タタールの軛」を暴虐的に押し付けているように見える。逆説的なことに、ロシアは弱いからこそ大変な脅威なのである。

 

第二に、プーチン氏は核兵器による威嚇を躊躇しないので、それではMADの基本的な前提条件が成り立たなくなる。それによってグローバルな核軍備管理体制も揺らぐ。その結果、北朝鮮のように好戦的で専制的な核拡散国が強気になりかねない。さらにロシアに脅迫で西側のウクライナ支援が抑止されるようなら、中国が核先制不使用戦略を転換しかねない。ロシアの通常戦力はあまりに弱く組織化も遅れているので、最終的には核、生物、化学兵器に依存せざるを得なくなるかも知れない。再び言わせてもらえば、ロシアは弱いからこそ大変な脅威なのである。

 

第三に、ロシアはヨーロッパとアメリカの選挙に介入し、西側民主主義の弱体化と破壊を謀った。これは西側に対するハイブリッド戦争である。クレムリンは反グローバル主義の群衆が極右の候補者や争点を通すような投票をけしかけている。特にブレグジットとトランプ現象は国際社会を驚愕させた。他方でロシアは極左の反乱もけしかけているが、それは彼らもグローバル主義をかざす西側のエスタブリッシュメントに憤慨しているからである。ヨーロッパ人として、トッド氏は西側の内政へのロシアの影響力浸透がもたらす脅威をよく理解できる立場にある。先のフランス大統領選挙ではマリーヌ・ル=ペン氏がエマニュエル・マクロン氏に敗北したものの、徐々に地盤を固めている。

 

最後に、ロシアによるウクライナ攻撃は国際的なルールと規範に対する重大な挑戦である。大西洋憲章にも謳われているように「領土の変更は、関係国の国民の意思に反して領土を変更しないこと」 となっているが、それは国連の基本的な原則となっている。ロシア軍が近代的な国際関係の行動規範となっている国家主権の尊重を遵守しない理由は、彼らが非常に前近代的だからである。我々国際社会の市民は、本稿で記された諸々の観点からロシアが平和の破壊者であることをしっかり認識すべきである。弱い敵は強い敵に劣らず重大な脅威となるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2022年3月27日

ロシアによるウクライナでの戦争と西側民主主義への破壊工作

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ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、アフガニスタンからの米軍撤退による国際政治上の力の真空を埋めようとするかの如くウクライナに侵攻した。この戦争はロシアと欧米の地政戦略上の衝突によって勃発した。しかしプーチン氏が最近発表した『ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について』と題された論文とは違い、彼のKGBでの経験から育まれたNATOとEUに対する反感はロシアの文化と歴史に根差すものではない。エリツィン政権期のアンドレイ・コズイレフ元外相は、それとは全く違う見解を唱えている。コズイレフ氏はNATO拡大を阻止するのではなく、ロシアがNATOと連携してゆく将来像を描いた理由は、大西洋同盟が攻撃的な軍事組織から共通の価値観に基づく同盟に変貌しつつあると見ていたからである。実際にコズイレフ氏はロシアをヨーロッパ文明に基づくヨーロッパ民主国家であるべきだと考えているが、それはプーチン氏の新ユーラシア主義とは真っ向から対立するものだ(“Open Door: NATO and Euro-Atlantic Security After the Cold War”; p.450 ; Brookings Institution Press 2019)。

 

この戦争に関する報道と分析のほとんどは地政戦略に関するものばかりなので、私はあまり注目されていない問題、すなわちロシアによる西側民主主義への破壊工作について、彼らにとっての敵国への内政介入から敵同盟の内部崩壊まで取り上げたい。それらの工作活動は西側の連帯を弱めることでロシアの世界的な地位を強化しようという意図で行なわれている。こうした目的に沿ってプーチン氏は特定のイデオロギーに拘泥はしていないが、トランプ政権登場とブレグジットによって世界的にはロシアと欧米極右の間の闇の関係が多いに注目されている。先日、イランがロシアのウクライナ侵攻と歩調を合わせるかのようにイラクのイルビルにミサイルを撃ち込んだ際に、『エルサレム・ポスト』紙は「ロシアはウクライナを自国の“近い外国“に戻すためにも、アメリカの孤立主義者、欧米の極右、極左、そして”リアリスト“達がロシアの”安全保障上の要求“を受け容れてくれることを期待している。イランもロシアの尻馬に乗ろうとしている」と結論付けている(“Did Russia empower Iran’s attack on Erbil? – analysis”; Jerusalem Post; March 13, 2022)。すなわち、プーチン氏が数十年にもわたって西側民主主義に対して行なってきた工作活動は、最近ウクライナで勃発した戦争と緊密に関わっているのである。

 

アメリカでは2016年の大統領選挙で、ロシアがドナルド・トランプ氏を当選させようと介入してきたことはあまりによく知られている。彼の政権は大西洋同盟には非常に懐疑的で、ロシアによるクリミア併合さえ認めたほどだった。社会保守派とオルト・ライトは、ポリティカル・コレクトネス、LGBTの権利、家族の価値観などをめぐって欧米のリベラル派と対立するプーチン氏に共鳴した。今回の戦争勃発後でさえ、マージョリー・テイラー・グリーン(MTG)下院議員に率いられたトランプ・リパブリカンは、アメリカ・ファースト政治行動委員会の会合で親プーチンのスローガンを叫んだ。その団体は2017年にシャーロッツビルで行なわれたネオ・ナチの行進にも参加したニック・ファンテス氏によって設立された。共和党では他にもマット・ゲーツ下院議員とポール・ゴサール下院議員がこの団体と深く関わっている。共和党エスタブリッシュメントは極右に重大な懸念を抱き、こうしたトランプ・リパブリカンの党からの除名を主張するほどだ(“Republicans tested by congresswoman’s speech to Putin-cheering white supremacists”; Times of Israel; 2 March, 2022)。

 

なぜトランプ・リパブリカンはそれほど親露なのだろうか? ロナルド・レーガンの伝記の著者、クレイグ・シャーリー氏は今の共和党では「ロシアに対する態度は全て内政と絡んでいる」と語る。極右の連邦議員からフォックス・ニュースのタッカー・カールソン氏にいあるトランプ・リパブリカンが親プーチンである理由は、「アメリカ・ファースト」の外交英策によって自国には全世界にわたる西側民主主義諸国の同盟から手を引いて欲しいとの考えからである。それはポピュリストがエスタブリッシュメントに対して抱く反感から来ている(“How Republicans moved from Reagan’s ‘evil empire’ to Trump’s praise for Putin”; Washington Post; February 26, 2022)。

 

ロシアは左翼もリアリストも手懐けている。そのように左傾したリアリストには、オバマ政権のエレン・タウシャー軍備管理・国際安全保障担当国務次官の補佐官を務めた、RAND研究所のサムエル・チャラップ氏がいる。今回の戦争勃発前にチャラップ氏は「対決的」なアプローチでは成果を見込めない以上、欧米はロシアとの国境紛争でウクライナへの支援を停止すべきで、ミンスク合意IIに基づきクレムリンの要求を受け容れるよう主張した(“The U.S. Approach to Ukraine’s Border War Isn’t Working. Here’s What Biden Should Do Instead.”; Politico; November 19, 2021)。しかしそれは致命的な誤りで、プーチン氏の真の意志が欧米の優位に対する根深い怨念に基づいていたことが見落とされていた。チャラップ氏が掲げたオバマ流左翼思想と一見洗練されたかのようなリアリズムの混ぜ合わせは「現実的」に見えたかも知れないが、それはロシアを増長させただけだった。

 

注目すべきはミンスク合意がドイツとフランスという、米英よりもロシアには柔軟姿勢の国による仲介ということだ。ライフライン・ウクライナのポール・ナイランド氏によれば、二度にわたるその合意ではクリミアとドンバスへのロシアの侵攻が非難されていないということだ。また、ロシアが占領を続けるドネツクとルハンスクでの将来の自治については何も言及されていない(“The Trouble With Minsk? Russia”; CEPA; September 21, 2021)。すなわちこの合意によってロシアはこれら二つの地域にプラスでクリミアを、日本の北方領土と同様に不法に占拠し続けることになった。これではウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が不満を抱くのも当然だが、プーチン氏は「もう充分!」とは全く思わない。

 

それではドイツとフランスはなぜ、そこまでロシアに対してハト派なのだろうか?石油と天然ガスのためだけか?英国王立国際問題研究所が昨年5月に発行した報告書によると、両国はアメリカからの戦略的自律性を追求し、ロシアをヨーロッパないし国際機構に取り込むことを重視していた。すなわち、両国はEUとロシアの関係を運営する「モーター」の役割を担うことを自負していた。ドイツは東方政策の伝統からエネルギーと経済での相互依存に注視している一方で、フランスはゴーリストの伝統から米露両国のバランをとるために安全保障の問題を注視している。そのような観点から、両国はミンスク合意とノルマンディー・フォーマットを通じてロシアとウクライナを仲介してきたが、ロシアにはそうしたものを真剣に受け止める気はなかった。クレムリンはプーチン氏による侵攻を前にますます攻撃的になり、独仏両国の努力でも為す術はなかった(“French and German approaches to Russia”; Chatham House; 30 November, 2021)。むしろ、それら取引によってプーチン氏が両国の戦略的自律性を悪用し、大西洋同盟に楔を打ち込むことになった。

 

両国の内政へのロシアの侵入についても述べたい。ドイツでのロシアの勢力浸透は石油と天然ガスよりもはるかに根深い。環大西洋社会の他の国と同様に、プーチン氏はドイツでも極右を扇動してNATOとEUの弱体化を謀り、またナショナリストと伝統主義の価値観の高揚によってリベラル民主主義を信用失墜させようとしている。親露派の声は左翼の社会民主党(SPD)にも広がっている。しかしスウェーデン国際問題研究所のアンドレアス・ウムランド氏は、SPDが軍事的脅威を前になおもモスクワに対して宥和的な東方政策をとり、ソフトパワーに頼ることは、プーチン氏によるウクライナ侵攻が迫った時点ですでに成り立たなくなっていると論評している(“Ukraine crisis spotlights German party ties to Russia”; The Citizen; January 30, 2022)。ドイツでの問題はゲアハルト・シュレーダー元首相のガスプロムおよびロズネフチと関わりに見られるように、主流派の左翼にまでロシアの影響力が及んでいることである。

 

フランスでもマリーヌ・ルペン氏とエリック・ゼムール氏からジャン=リュック・メランション氏にいたる極右と極左が、今回の戦争直前まではプーチン氏の反グローバル主義と反米的な世界観を称賛していた。本年4月10日に行なわれる大統領選挙に向けた選挙運動で、メランション氏はエマニュエル・マクロン大統領によるウクライナの主権保全の取り組みを、この国のNATO加盟を画策する陰謀だと非難した。右派の側ではルペン氏がプーチン氏のクリミア侵攻以来、ロシアとの関係正常化を主張してきた(How Putin is dividing French politics; Le Monde; 8 February, 2022)。アメリカの孤立主義者と同様に、フランスの主権主義者達は「ヨーロッパ連合、NATO、アメリカ合衆国に対する同様な嫌悪感の共有」というだけでプーチン氏を称賛している。彼らはロシアに対するウクライナの主権について軽視するという、自分達の主張の矛盾は一向に気にしない(French far-right candidates in Putin’s den”; Le Monde; 22 February, 2022)。

 

イギリスではブレグジット推進派のナイジェル・ファラージ氏が2014年にはプーチン氏のクリミア侵攻を称賛し、現在はEUがウクライナの加盟申請運動を許したとして非難している(“Nigel Farage once admitted he 'admires Putin politically'”; Daily Express; February 28, 2022)。左翼の側では、ジェレミー・コービン元労働党党首がソールズベリー毒攻撃事件でロシアを支持し、スクリパル父子への攻撃に続いてイギリス国民が毒殺されたことさえ意に介していない。さらに問題となることに、コービン氏は極左の下院議員達とともに「ストップ・ザ・ウォー」の運動に加わり、ロシアに対するイギリスとウクライナの「好戦性」を非難している(“Jeremy Corbyn sides with Russia (again)”; Spectator; 20 February 2022)。ここで注意すべきは、ストップ・ザ・ウォー(ツイッター:@STWuk)を「ノー・ウォー」というグラスルーツの無心な反戦スローガンと混同しないことだ。前者はイギリスのいかがわしい左翼団体で、ロシアのクリミア併合を支持したほどである。

 

ウクライナでの戦争によって上記のような親露派政治家への国内支持率は低下し、彼らも語調を和らげているかも知れないが、それでも彼らの言動を注視すべきである。停戦の合意が成ったとしても、ドネツク、ルハンスク、クリミアといった紛争地域の地位は明確に決定しないかも知れない。また、調停も一時的なもので、紛争の火種は残り続けるかも知れない。欧米は自国の内政へのプーチン氏の侵入行為について今回の戦争よりはるか以前から認識していたが、よりタカ派の米英でさえ自国へのロシア勢力の浸透に充分に強力な対策を講じなかった。今回の戦争で何が起ころうと、ロシアでプーチン氏と彼のシロビキ仲間達が権力の座にあり続ける限り、今後もそれら第五列マシーンを利用して西側民主主義を内部から破壊しようとし続けるだろう。今後とも警戒を怠ってはならない!

 

 

 

 

 

 

 

 

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2020年4月25日

ロシアの憲法修正と外交政策

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ロシアの下院と憲法裁判所は3月にウラジーミル・プーチン大統領による憲法修正を承認した(“Russian Lawmakers Adopt Putin’s Sweeping Constitutional Amendments”; Moscow Times; March 11, 2020および“Russia's constitutional court clears proposal to let Putin stay in power beyond term limits”; ABC News; 17 March, 2020)。多くの注意が向けられているのは、修正によってプーチン大統領の人気と地位がどうなるのかである。しかし私はそこから進んで、この修正がロシアの外交政策にどのような影響をもらすのかに言及したい。プーチン氏のナショナリスト外交は、国内政治でのロシア正教会との双頭支配という伝統主義と相互に関わり合っている。私はプーチン氏が今回の修正を通じて、世界の中でのロシアのプレゼンスをどのように高めようとしているのかを述べてみたい。

 

まず欧米の極右とのイデオロギー的な共鳴について記したい。ポスト・ソビエト時代の混乱の経験から、プーチン氏は欧米リベラリズムがロシアに突き付ける社会文化および地政学上の挑戦を強く警戒するようになった。プーチン氏がロシア正教伝統主義への回帰によってそうした政治的アノミーを克服しようとしていることは、同じようにリベラルなグローバル化を快く思わないヨーロッパと北アメリカの白人キリスト教ナショナリスト達からも喝采されている。彼らはソ連後のロシアとはキリスト教の伝統を共有していると信じている。きわめて重要なことにプーチン氏の憲法修正案ではロシア正教の価値観に基づき、神への信仰と異性間の結婚が明記されている(“Russia's Putin wants traditional marriage and God in constitution”; BBC News; 3 March,2020)。しかしそれは近代国民国家の原則、すなわち政教分離に対する完全な侵害である。基本的にそれは学校教育において進化論よりも聖書の天地創造論を教えるようにという、アメリカのキリスト教右派の主張と表裏一体である。

 

プーチン氏が掲げる帝政時代以来のキリスト教的価値観は、コロナ禍発生からほどなくして実行に移された。ロシアはイタリアに大々的なコロナ援助を行なっている。クレムリンはこの機をとらえて、この国への影響力拡大を謀っている。地政学的に、イタリアは冷戦期からNATOの「柔らかい下腹部」であった。当時のイタリア共産党は西ヨーロッパ最大で、イタリアという国も石油の輸入や現地自動車工場建設を通じてソ連とは緊密な経済関係にあった。ソ連崩壊後も、そうした強固な関係は続いている。極右であれ極左であれ、イタリアのポピュリスト達はヨーロッパでのガバナンスの透明性に対する厳しい基準に不満を抱き続けてきたため、EUの友好国や諸機関よりもロシアや中国の方を嬉々として受け容れている(“With Friends Like These: The Kremlin’s Far-Right and Populist Connections in Italy and Austria”; Carnegie Endowment for International Peace; February 27, 2020)。

 

特に北部ではロンバルディア・ロシア文化協会に対し、ロシアのキリスト教極右でWCF(世界家族会議)やNRAといったアメリカの右翼団体と深い関係にあるアレクセイ・コモフ氏が支援を行ない、ロシアの影響力が浸透している(“A major Russian financing scandal connects to America’s Christian fundamentalists”; Think Progress; July 12, 2019)。クレムリンと歩調を合わせるかのように、ハンガリーのビクトル・オルバン首相はコロナ危機を好機にとらえて議会を停止し、自らの独裁的権限をさらに強化している(“Orbán Exploits Coronavirus Pandemic to Destroy Hungary’s Democracy”; Carnegie Endowment --- Strategic Europe; March 31, 2020)。プーチン政権のロシアとヨーロッパの極右によるそうした一連の行動からすると、コロナ禍の発生によって国際政治の枠組の完全な変化よりもむしろ、事件以前のパワー・ゲームが加速している。

 

さらに目下の修正案は国際的な規範に異を唱えるものである。それには国際法に対する国内法の優位が記されている。実際にはロシアは2008年のジョージア侵攻、2014年のクリミア併合、自国内での頻繁な人権侵害など、国際法を侵害してきた。クレムリンは2012年にWTO加盟を果たしたものの、貿易の自由化には積極的でなかった。しかしこ今回の修正案はプーチン大統領の国内での支持者に対し、ロシアは欧米に対して断固と立ちはだかるという明確なメッセージとなっている(“Russian law will trump international law. So what?”; AEIdeas; January 16, 2020)。プーチン案には領土不割譲も記され、それによってロシアの近隣諸国、中でも日本とウクライナとの関係は複雑なものになるであろう(“Putin wants constitutional ban on Russia handing land to foreign powers”; Reuters; March 3, 2020)。

 

これら一連の修正項目は、プーチン氏の最も緊密な側近であるウラジスラフ・スルコフ氏が提唱する主権民主主義に基づく可能性が非常に高い。このイデオロギーの基本的な考え方は、ロシアの民主主義はこの国の主権と文化的伝統に深く根付いたものなので、西側から人権や権力分立といった国内問題での介入を受ける謂れはないというものである (“Putin's "Sovereign Democracy"; Carnegie Moscow Center; July 16, 2006)。オープン・デモクラシーは、それは知的な触発がないイデオロギーでプロパガンダに過ぎないと評している(“'Sovereign democracy', Russian-style”; OpenDemocracy; 16 November, 2006). 興味深いことにスルコフ氏の主権民主主義は、欧米の極右の間で信奉されるヨラム・ハゾニー氏のナショナリスト民主主義とも共鳴し、アメリカのトランプ政権内ではマイク・ポンペオ国務長官や駐独大使から転身のリチャード・グレネル暫定国家情報長官の思想にも相通じている。よってプーチン氏の憲法修正は、一般に理解されている以上にグローバルな意味合いが大きいのである。そうした中で4月22日に予定されていた今回の憲法修正の国民投票は、コロナ禍のために延期された (“Kremlin Mulls Date for Post-Virus Vote on Putin's Constitution Reform”; Moscow Times; April 22, 2020). それによってプーチン大統領の外交政策にどれほどの遅れが生ずるかは明らかではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2019年4月 3日

日本はロシアのヨーロッパと中東での地政学戦略を注視せよ

ウラジーミル・プーチン大統領は日本とアメリカの同盟関係は平和条約と北方領土問題の解決に向けた交渉の障害になると言って、日本国民には両国の間には大きな認識の相違があることを強烈に思い起こさせた(“Putin says 'Tempo has been lost' on Japan-Russia peace treaty”; Nikkei Asian Review; March 16, 2019)。二国間首脳会議が開催される度に日本の国民とメディアはロシアに対して、北方領土の返還にも前向きで中国に対するカウンターバランスにもなり、極東での二国間経済開発協力にも関与してくれると甘い期待を抱いてしまう。確かにプーチン氏はアジアへの転進を模索している。アジア太平洋地域はグローバルなパワー・シフトで重要性を増し、国内的には人口は少なく開発も進んでいないロシア極東地域には海外からの直接投資が必要である。しかしそのことでロシアが日本人の期待に沿うほど気前良くなってくれるわけではない。

 

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安倍首相とプーチン大統領の首脳会談

 

日露のやり取りについて語る前に、ロシアの地政学戦略でも特にヨーロッパと中東での基本的な原則を検証する必要がある。というのもクレムリンの思考と行動を見通すうえで、ロシアのフロント・ドア地域は学ぶべき教訓に満ちているからである。他方でアジア太平洋地域はクレムリンにとって戦略的なバック・ドアであり、当地でのロシアの影響力はソ連崩壊後に大幅に低下したために中国政府高官の中にはこの国は彼らにとってジュニア・パートナーだと揶揄する者もいるほどである。現在、東アジアでのロシアの戦略はヨーロッパと中東でのものほど明確ではない。よってロシアが両地域でどのように行動しているかを述べて、この国のグローバル戦略と対日政策を検証したい。

 

まずヨーロッパについて述べたい。プーチン氏が有名な発言でソ連崩壊は前世紀最大の地政学的な災難だと述べた(Putin says he wishes the Soviet Union had not collapsed. Many Russians agree.; Washington Post; March 3, 2018)ように、クレムリンの戦略的優先事項は旧ソ連およびワルシャワ条約諸国でのロシアの力の回復と西側同盟の弱体化である。だからこそロシアはウクライナでクリミアの併合とドンバスでの代理勢力蜂起の支援を行ない、コーカサス地域ではジョージア、南オセチア、ナゴルノ・カラバフなどでの民族宗派紛争に介入し、ベラルーシとの連合国家条約に調印した。さらにロシアはあらゆる手段で西側同盟を解体させようとし続けている。ロシアは冷戦後のNATOとEUの東方拡大に危機感を抱き、プーチン大統領はハンガリー、チェコ、スロバキアなどの旧ワルシャワ条約諸国での極右の台頭を支援した。さらに西ヨーロッパでも特にブレグジット国民投票をはじめ、オランダ、フランス、ドイツ、イタリアの国政選挙にも介入した。こうした工作活動によってヨーロッパ諸国の間および大西洋同盟に亀裂がもたらされた。

 

こうした観点から、私はプーチン氏が日米の同盟関係を分断すると本気で言ったものと受け止めている。ドナルド・トランプ氏の物議を醸した選挙公約と同様に、プーチン氏が日本に向けたメッセージはポーカー・ゲームではない。実際、セルゲイ・ラブロフ外相をはじめとするロシア政府高官は、日本国民に対して日米同盟とは袂を分かつようにと繰り返し要求した。実際のところクレムリンが日本にアメリカとの同盟を破棄するよう強要はしないだろうが、彼らは両国の安全保障パートナーシップに揺さぶりをかけている。プーチン政権が何年にもわたって介入し続けているヨーロッパでは親露極右政権がEUやNATOから離脱を模索するわけではないが、こうした国々は西側民主主義諸国による多国間機関を不安定化させている。北方領土と平和条約に関する二国間交渉を通じて、日本もプーチン氏による同盟破壊の標的に陥りかねない。日本の政治家は自分達の間で北方領土の二島返還か四島返還かという議論をしているが、そうした議論もヨーロッパとアジアでリベラル民主主義諸国の連帯を断ち切ろうとするプーチン氏の固い意志の前には意味をなさない。

 

また日本はロシアの中東での地政学戦略からも教訓を得られる。クレムリンはテロとの戦いにも地域秩序にも全く関心はない。プーチン大統領にとっての優先事項は熾烈なパワー・ゲームの中でロシアの力と影響力を最大化することである。だからこそシリアのアサド政権を支援してソ連時代からの海軍基地を確保しようとしている。またロシアは敢えて矛盾する政策も採っている。イランは中東で最も緊密なパートナーと言えるが、ロシアはイランの戦略的競合国であるサウジアラビア、そして域内主要国のトルコとカタールにもS-400地対空ミサイルを輸出している(“RUSSIA MAY SELL MISSILE SYSTEM TO QATAR, SAUDI ARABIA, SYRIA AND TURKEY, FUELING ALL SIDES OF MIDDLE EAST CONFLICTS”; News Week; January 25, 2018)。実のところクレムリンはイランとサウジアラビアの勢力均衡に気を配っている。両地域大国は自国の影響力を競い合っている。シリアではロシアはイランとともにアサド政権を支援しているがレバノン、イラク、イエメンでは状況は変わり、クレムリンはこれらの国ではサウジアラビア寄りの民族および宗派集団の支援さえ行なっている(“Balancing Act: Russia between Iran and Saudi Arabia”; LSE Middle East Centre Blog; 7 May, 2018)。日本はそのように冷徹な地政学を念頭に置くべきである。東アジアでは親米の日本をサウジアラビアに、反米の中国をイランに見立てることができる。プーチン政権下のロシアが日本のために中国の抑えになると期待するなど、あまりにも甘い考え方である。

 

ロシアが国際政治の熾烈な現実に基づいて行動する一方で、少なからぬ日本人が「文化的ロマンティシズム」に囚われている。彼らが言うには日本はアジアの一国としてロシアとの誇りある自主独立の外交を目指すべきで、欧米諸国とは一線を画すべきだということだ。何とも勇ましい限りだがロシアがグローバルな規模ではどのような行動原則に従っているかをほとんど考慮していないようでは、彼らのナショナリズムには中味も何もない。彼らが言うように日本の地理的な位置、民族および文化の上でのアジア性、欧米とは独自の政治文化的風土は見過ごせないが、そのように単純な感情論は欧米の極右と同様の思考様式である。大西洋諸国の過激派ナショナリストは白人でキリスト教徒というアイデンティティと社会的に伝統主義の価値観を共有しているというだけでプーチン大統領との自然な絆があると思い込んでいるが、常識をわきまえたものなら誰であれそれがいかに馬鹿げたことかはよくわかる。こうした観点から、日本国民を間違った認識から解放する必要がある。ヨシフ・スターリンは第二次世界大戦の最後に日本との中立条約を一方的に破棄したが、それはヨーロッパと中東でやってきたことと同じことをしたに過ぎない。ロシア人にとって日本は何ら特別な国でもないので、「文化的ロマンチシスト」達は同じ過ちを繰り返してはならない。

 

最後に日本の政策形成者達はロシア人が頻繁に口にする、日本の専門家に会うといつでも北方領土問題について聞かされるのでうんざりしてくるという不満の真の意味を再考する必要がある。私の理解では、それは文面よりもさらに深い意味があると思われる。ロシア人は日本人にはもっと「成長」して他の問題も議論できるようになって欲しいと言いたいのかも知れない。彼らが日本人を見る目線は、日本人が今もなお歴史認識に拘る韓国のナショナリストを見る目線と同じなのかも知れない。領土問題が日本にとって重要なことは当然だが、我々としてもそれと並行してロシア人の印象に残るような世界と地域の将来像を示さねばならない。さらに日本の専門家が逆に、日本人以外の諸国民がロシア人と会う時には何を話すのかと問い返してみればという興味もある。アメリカ人は何を話すのか?ヨーロッパ人ならどうか?中国人ならどうか?インド人、アラブ人、イラン人となるとどうなるのか? ここに挙げた諸国民はロシアのグローバルな地政学および地形学の戦略で重要な相手ばかりである。ロシア人がこの疑問に答えることがあれば、それは将来に向けた二国間外交に役立つかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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