2009年4月26日

キーパーソン:NATOにかつてない活動性をもたらした英国歴史学者による60周年講義

Sshea08ジェイミー・パトリック・シェイ(Jamie Patrick Shea

NATO事務局長付き政策企画室長、イギリス

学歴:サリー大学卒、オックスフォード大学博士号取得

今年の4月にNATOはストラスブールとケールで60周年記念首脳会議を開催した。この歴史の節目を前にフランスはNATO軍事機構に復帰した。ジェイミー・シェイ氏はオックスフォード大学で博士号を取得してからずっとNATOでキャリアを積んできた。現在はヤープ・デ・フープシェファー事務局長(オランダ)と最も緊密な政策顧問である。

一般市民の間でのNATOに対する理解を深めようと、シェイ氏は「ジェイミーの歴史教室」と題するビデオを通じてNATOの歴史に関する講義を行なっている。第一回講義のビデオでシェイ氏が述べているように、我々が歴史を学ぶのは将来を見通すためである。NATOは転換期にある。世界規模のテロ、非国家アクター、核拡散、そしてロシアと中国の挑戦といった新たな脅威も現れている。脅威が地球規模になる中で、NATOの作戦行動もヨーロッパ大西洋域外に拡大している。またNATOは共産主義への抑止の機構から行動と戦闘の機構へと変貌を遂げている。シェイ氏はコソボへのNATOの介入を推し進めた。

そのような転換期での政策形成に関わる将来を暗示するかのように、シェイ氏は1953年の911にロンドンで生まれた。サリー大学とオックスフォード大学で近代史の学位を取得したシェイ氏はNATOの広報と政策形成に関わり続けてきた。

“1949: NATO’s Anxious Birth”と題する講義では今日の大西洋と世界の安全保障への教訓も述べている。ジェイミー・シェイ氏が述べる通り、歴史は未来を語る鏡である。

NATO設立時から、ヨーロッパ大西洋域外までを防衛範囲に含めようとする加盟国もあった。フランスはアフリカの植民地を含めようとした。実際にアルジェリアは1962年の独立までNATOの安全保障の傘の下にあった。オランダはインドネシアを、ベルギーはコンゴを、ポルトガルはモザンビークとアンゴラをNATOの防衛範囲に含めようとした。こうした過去の議論は現在のNATOのグローバル化の議論と共通するものがある。

また、ヨーロッパ諸国民はスターリンの赤軍が突きつける脅威に対してアメリカが対峙し続けるよう手をつくした。現在のミサイル防衛でも同様である。ポーランドとチェコの国民はナショナリズムが高まるロシアの脅威に対処するためにアメリカの勢力を近くに置いておこうとしている。

軍事に限定するか社会・人道問題も含めて対処するかというNATOの役割も現在の重要課題である。イギリスとフランスは軍事的な役割にとどめようとしていたが、カナダは現行の憲章第2条に記されているような人道的な役割も含めるように主張した。

大西洋の安全保障への関与について、シェイ氏はアメリカ国内の孤立主義と国際主義の相克について語っている。

ジェイミー・シェイ氏はこの講義で、議会と軍部は戦後の初期にはヨーロッパに自力での再軍備を望んでいたと述べている。シェイ氏は議会と軍がそれほどまで孤立主義だったのはアメリカの宣戦布告の権利を多国間機関から独立したままにしておきたかったからである。考えてみれば、サー・ウィンストン・チャーチルの鉄のカーテン演説に対するアメリカ国民の当初の反応は冷ややかであった。

他方で国務省はソ連の膨張主義を抑止するために多国間安全保障機関を設立することに熱心であった。シェイ氏は共和党のアーサー・バンデンバーグ上院議員によるバンデンバーグ決議によって、アメリカは多国間の軍事指揮系統に加入するに当たっての憲法上の制約を克服できたと指摘する。

こうして関与を決断したアメリカは、大西洋地域の安全保障の範囲をヨーロッパ諸国より広く考えた。WEUと異なり、アメリカはノルウェー、アイスランド、イタリア、ポルトガルといった周辺諸国までNATOに含めた。NATOの設立目的は共産主義の抑止で、必ずしも民主主義の拡大ではなかった。シェイ氏はフランコ将軍のスペインの加盟さえ検討されたと指摘する。

大西洋世界でのイギリスの立場も重要な点である。第二次世界大戦直後のイギリスはヨーロッパによる共同防衛に積極的であった。イギリスはWEUの設立も主導した。サー・ウィンストン・チャーチルは戦争で疲弊したヨーロッパの再建に向けた地域統合を推し進めようとした。しかしNATOが発足するにおよんでイギリスはヨーロッパ統合よりもアメリカとの特別関係の方を重視するようになった。シェイ氏はこれをイギリス外交の失われた機会だと述べている。

最後に、シェイ氏はNATO設立で真の勝者はドイツとイタリアだという重要な点に言及している。私がこれに強く同意するのは、戦後の日本が集団安全保障から距離を置いたために比較的孤立した状態に陥ったからである。

NATOの歴史は大西洋地域の安全保障ばかりかアメリカ、イギリス、ヨーロッパ大陸諸国の外交政策に対しても示唆に富んでいる。さらにドイツとイタリアの経験は日本に貴重な教訓を与えている。

「ジェイミーの歴史教室」は大西洋情勢にとどまらず、西側自由民主主義諸国の同盟の過去と将来を理解するうえでも多いに役立つ。さらに重要なことに、シェイ氏はNATOをかつてなく活動性あるものにした。だからこそ、国際情勢に高い問題意識を持つ者にこのビデオを推奨したい。

2008年6月24日

キーパーソン:共和党に新風を吹き込む有権者層

Samsclub サムズ・クラブ・リパブリカン(Sam's Club Republican)

肩書き:様々

学歴:様々

アメリカ

(写真“Sam’s Club Politics”; In These Times; May 30, 2008

今回とりあげる人物は個人ではない。しかしこのカテゴリー最初の記事で述べたように「このコーナーでは取り挙げられる人物は名声、権力、人気や社会的地位とは関わりなく、国際政治で重要なメッセージの持ち主とする方針である」以前の記事ではマラ・ライアソン氏の発言を引用し、マケイン上院議員が大統領候補の指名を勝ち取ったのは共和党の政治基盤がカントリー・クラブ・リパブリカンからサムズ・クラブ・リパブリカンへと移ったためだと述べた。共和党は保守の社会理念と政府による福祉への積極介入を訴えて若い労働者階級の有権者を取り込もうとし始めた。

ミネソタ州のティム・ポーレンティー知事は従来の支持層を乗り越えて共和党の支持の拡大に努めた先駆者である。ウィークリー・スタンダードのマシュー・コンティネッティ編集員はグラスルーツ志向を強める共和党について述べている(“Tooting the Horn of Pawlenty: Meet the first Sam's Club Republican”, Weekly Standard; May 7, 2007)。

コンティネッティ氏は18歳から29歳の若年層はブッシュ共和党政権に幻滅を感じていると指摘する。さらに、カリフォルニア州のアーノルド・シュワルツネッガー知事やマサチューセッツ州のミット・ロムニー元知事のように近年に成功を収めている共和党知事は保守主義をア・ラ・カルトで政策に反映させていると述べている。その場合は減税のような保守理念を強調する一方で、何らかの「リベラル」な手段を混合するだけの柔軟性がある。彼らは保守的な社会理念と労働者階級への政府の積極支援を併用した政策をとっている。

2006年の選挙で民主党が多数派となったのは、若年層がカントリー・クラブ・リパブリカンに嫌気がさして民主党の候補を選んだからである。共和党がこれを将来への深刻な打撃と受け止めたのは、若年層が将来にわたって民主党を支持しかねないからである。そうした政治情勢から、ポーレンティー氏の「サムズ・クラブの政党」というスローガンが出てきたのである。

コンティネッティ氏はこの論文を以下のように締め括っている。

ティム・ポーレンティー氏が保守主義者であることを疑うものは殆どいない。問題は「保守主義者」の定義が難しくなる一方だということである。ジュリアーニ氏、マケイン氏、ロムニー氏という3人の共和党の有力大統領候補は、こうしたグラスルーツの保守主義運動が掲げる理念に対して意見が一致しているわけではない。南部を除いて、共和党の政治家達は選挙で勝つためには政治理念を左に動かす必要があると感じ始めている。熱心な活動家の間では保守主義の定義は絶えず変化している。いずれは激しい議論の末に新時代の保守主義の定義も定まるであろう。問題は、私たちが「保守主義」と考えるものがどれだけ残されているかである。

この論文の前にアトランティック・マンスリーのロス・ドゥザット編集員とフリーランス・ライターのライハン・セーラム氏はサムズ・クラブの有権者の動向を分析している(The party of Sam’s Club”; Weekly Standard; November 14, 2005)。両氏は社会保障の民営化に見られるようなブッシュ政権の企業本位の社会経済政策を指摘している。しかし両氏とも共和党支持者の大多数は社会理念のうえでの保守主義者と政府の役割に肯定的な保守主義者で、大企業に批判的なばかりかグローバル経済から家族を守るためには政府の介入を支持している。

社会経済的な変化を反映して、共和党は男性と企業の政党から女性と家族の政党へ変わりつつある。ドゥザット氏とセーラム氏は結論として以下の提言を行なっている。

よって今日の共和党は最近になってやって来た移民の支援に乗り出すとともに不法移民労働者の流入を抑えねばならない。勤労意欲の高い貧困層には支援の手を差し伸べるとともに、働かざる者への補助金は削減しなければならない。労働者階級と生産性のある富裕層を優遇する税制を導入せねばならない。何よりも小さな政府を信奉し、政府の肥大化を極力抑えながらも苦境にありながら自らの手で生活を立て直そうとするアメリカの家族を支援するために政府の力を最大限に活かさねばならない。

その後、ロス・ドゥザット氏はこの論文内容を再検討する投稿をしている(“The party of Sam’s Club”; Atlantic Monthly; May 8, 2008)。ドゥザット氏はジョン・マケイン上院議員とマイク・ハッカビー元アーカンソー州知事が予備選でロン・ポール下院議員を上回る票を得たのは、共和党がカントリー・クラブの政党から労働者階級の政党に変化しているからだと言う。その多くは熟練労働者で、教師、ジャーナリスト、学者といった中産階級よりも経済的に豊かである。彼らは高い税金を課される福祉国家を信奉しているのではなく、家族の価値観を守るための政府介入を支持している。そして自由貿易に代表される企業本位の自由競争経済には批判的である。

大多数の上流階級と貧困層の支持を受けている民主党を破るために、ドゥザット氏は共和党が労働者階級とともに上流階級の一部の支持を得る必要があると主張する。よって共和党はサムズ・クラブの有権者ばかりでなくブッシュ政権の支持層も固めるべきだということになる。このことはマケイン氏の副大統領候補選びにも重要になるであろう。

イン・ジーズ・タイムズ誌のアダム・ドスター上級編集員は、ドゥザット氏とセーラム氏の労働者階級による保守主義によって道徳的価値観の弱い民主党への打撃になると称賛している。しかしドスター氏はドゥザット氏とセーラム氏がブッシュ政権下での社会経済的不平等について充分な分析をしていないと指摘する。アダム・ドスター氏はジョン・マケイン氏が真の労働者階級による保守主義を訴える必要があると言う("Sam's Club Politics"; In These Times; May 30, 2008

サムズ・クラブ・リパブリカンは今年の大統領選挙の行方を大きく左右するであろう。メディアはイラク、対テロ戦争、サブプライム・ローン問題に注目している。しかしグラスルーツの動きは今回の選挙でこうした問題に劣らず重要である。従来とは違う共和党(the Grand New Party:共和党の俗称はGOPすなわちGrand Old Partyであるため。)はアメリカ政治をダイナミックに変えてゆくのだろうか?

2007年3月26日

キーパーソン:アメリカのイラン政策で注目の人物

451803e6330ceパトリック・クローソン(Patrick Clawson

ワシントン近東政策研究所研究副部長、アメリカ

学歴:オバーリン大学卒、新社会科学研究大学院博士号取得

今回はイラン問題で重要な役割を果たす専門家をとりあげ、アメリカの対イラン政策を見通したい。イランの神権政治は1979年のイスラム革命以来、西側と国際社会に対して最も重大な脅威の一つであった。現在、イランは核不拡散とイラクの安全保障をめぐって西側と対立している。

パトリック・クローソン氏は中東問題に関して多くの著作があり、中でもイランについては“Eternal Iran: Continuity and Chaos Palgrave, 2005, Michael Rubin共著) “Getting Ready for a Nuclear Iran” Strategic Studies Institute of the U.S. Army War College, 2005, Henry Sokolski共同編集)を出版している。ワシントン近東政策研究所で研究を行なう以前は、国防大学の上級研究教授を皮切りに国際通貨基金、世界銀行、外交政策研究所で経歴を積み上げた。

当ブログの「イランとの対話は可能か?」という記事ではクローソン氏の“Forcing Hard Choices on Iran”という論文いついて言及した。クローソン氏はアメリカが軍事力を誇示してアフマディネジャド大統領の冒険主義を抑止するように主張する一方で、性急なイラン攻撃には反対している。ペルシア語に堪能なクローソン氏は核保有によって大国の地位を得たいというイランの望みも熟知している。

その後もイランは国際社会の問題児であり続けている。核問題ではイランはウラン濃縮の中止を要求する国連決議案を頑迷にも拒否し続けている。イラクではシーア派の暴徒を支援しているばかりか、イギリス海軍兵士と海兵隊員の15人の身柄を拘束するまでの挙におよんでいる。イランとこうした問題について話し合うにはどうすれば良いのだろうか? イラクの政治的安定にイランが責任ある当事者として行動できるのだろうか?クローソン氏の最近の論文などを検討してみたい。

ワシントン近東政策研究所から2月9日に出版された“Hanging Tough on Iran”というレポートで、クローソン氏は核交渉に当ってのイランの根本的な弱点を指摘している。こうした事態にもかかわらず、イランは状況を誤って解釈している。確かに2006年には石油価格の高騰を受けてイラン政府の歳入は増加した。クローソン氏はイランの弱点を以下の点から述べている。経済に関しては、イランは石油に過剰に依存している。IAEAは今年の石油価格は非OPEC産油国からの供給増大もあって、それほど上昇しないと予測している。戦略的にもイランは国際社会から完全に孤立している。ウラン濃縮を中止しないばかりにEU3(英国、ドイツ、フランス)や中東近隣諸国ばかりか、ロシアと中国さえもイランの脅威の増大に深刻な懸念を抱くようになっている。政治的には革命イデオロギーは信用を失っている。政府は男女同席のダンスや飲酒といった娯楽の規制を緩和した。

イラク問題について、クローソン氏はイランへの宥和は無意味だと主張している。近東政策研究所の“Engaging Iran on Iraq: At What Price and to What End?”というレポートで、クローソン氏はイランにはイラクに関してアメリカと対話を行なう気など殆どないと指摘している。穏健派と見られているアリ・ラフサンジャニ氏さえ、イランにはアメリカがイラクの泥沼から抜け出すのを助ける理由がないと主張している。アリ・ホセイン・ハメネイ最高指導者はケイハン新聞1127日号で「占領軍は自分達のイラク駐留を正当化するために混乱を望んでいる。イラクの不安定化を楽しんでいるのだ。」とまで述べている。さらにクローソン氏はイラクへのイランの影響力は過大評価されていると指摘する。イランには事態を悪化させることはできても平和をもたらすことはできないと言う。 

サンディエゴ・ユニオン・トリビューン紙218日号に投稿した“Iran Options”という論文で、パトリック・クローソン氏はイランにさらに圧力をかけるよう提言している。国際社会から孤立したイランは、核開発のために海外の技術を導入しようにも手段が限られている。しかしイランの頑迷な指導者達が短期間のうちに引き下がるとは考えにくいので、アメリカは中東の同盟国がイランの脅威から守られることを保証する必要がある。さもないと、トルコ、エジプト、サウジアラビア、アラブ首長国連邦といった国々が核保有を模索しかねない。イランに対する先制攻撃の可能性も除外すべきではない。

ワシントン近東政策研究所は1985年に設立され、安全保障、平和、繁栄、民主主義、安定といった中東でのアメリカの国益の増進に貢献してきた。運営委員会には両党から影響力のある人物が名を連ねている。パトリック・クローソン副部長は近東政策研究所きってのイランの専門家である。だからこそ、イラン・ウォッチャーにとってクローソン氏は注目の人物なのである。

2006年12月27日

キーパーソン:中国外交の知恵袋

2002yan閻学通(Yan Xuetong

清華大学教授、国際問題研究所所長、中国

グローバル・アメリカン政論では「キー・パーソン」という新しいコーナーを始める。取り挙げられる人物は名声、権力、人気や社会的地位とは関わりなく、重要なメッセージの持ち主とする方針である。初回は閻学通教授を取り挙げる。

国際政治の駆け引きで中国の考え方を理解することは難しい。特に中国が日米に対して強気な態度で臨む際には不快感を抱く。だがただ感情的になって事態を見ても何も得るところはない。中国を理性的に理解するためには、中国の論客によって書かれたものを読むのが最善である。

閻教授は1982年に黒龍江大学を卒業し、1986年に国際関係研究所で修士、1992年にカリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得している。その後は中国外交、米中関係、アジア太平洋地域の安全保障について数多くの著作と論文を書いている。中国政府への助言を行なう一方で、国内外の専門誌にも寄稿している。

閻氏が中国の対米、対日、対アジア太平洋政策についてどのように考えているかを理解するために、二つの記事に言及したい。

まずJournal of Contemporary China200110月号に掲載された“The Rise of China in Chinese Eyes”という論文を挙げる。閻教授はこの論文で、中国の台頭とはアヘン戦争以前の国際的地位を取り戻そうという中国国民の長年にわたる願いであると指摘している。さらに中国の台頭によってアメリカの覇権に対する対抗勢力ができあがり、巨大市場が開発されるといったことで世界に大きな利益をもたらすと主張している。

閻氏はアヘン戦争以前の中国が世界有数の大国であったと指摘している。中国国民にとって自分達の国の台頭とは失われた地位の回復である。他方で中国の指導者達はアメリカに追いつこうとは夢にも思っていないうえに、大躍進の惨めな失敗をよく理解している。閻氏は中国が第三世界での指導的地位を目指しており、その台頭は平和的なものだと主張している。アメリカの外交政策を好戦的だと主張する閻氏は、中国がアメリカ主導の一極支配に歯止めをかける役割を担うべきだと主張する。さらに中国によって西欧的価値観への対抗軸として儒教的価値観が広まれば世界の文明を洗練されたものにできると主張している。最後に世界経済に対しても、中国の市場が良い影響を与えると述べている。

人民日報英語版の“Sino-US Relations in the Eyes of Chinese” (2005年3月4日)とい記事で、閻氏は米中関係についての世論調査の分析をしている。中国国民はアメリカの国民と社会は好意的に見ているが、アメリカ外交についてはイラクでの戦争継続(37.6%)、台湾への武器輸出(31.7%)日米軍事同盟の強化(7.9%)を懸念材料に挙げている。閻教授は以下のようにコメントしている。

中国国民のアメリカに対する不満は外交政策、特に対中政策に対してだけだと言ってもよい。その他では台湾問題が大きな障害になっている。中国では60%以上が台湾問題を米中関係で最大の障害だと答えているのに対し、アメリカでは32%が人権問題を両国間の最大の問題として挙げている。

米中関係に関する世論にメディアが与える影響は無視できない。国際問題に関しては中国国民もメディアの報道を受け入れがちである。

閻学通教授は中国国民がアメリカによる「台湾への武器輸出」と「イラク戦争の継続」には同じように高い割合で異議を唱えるのに対し、「日米同盟の強化」を懸念する声ははるかに弱いのはこうした理由からだと指摘している。この調査結果に閻氏は多いに驚いている。「一つ目は中国からはるか遠くで起きたことで二つ目はは中国の玄関口で起きたことなのに対し、最後のことは中国の存亡に関わることである。このような調査結果には驚きを禁じ得ない」と言う。閻学通教授は「我が国のメディアはイラクの報道に多大な労力を費やしており、アメリカの台湾への武器輸出の何倍もの紙面を割いている!」と警告している。日米軍事同盟の強化について、丁一団(Ding Gang)氏は調査結果から国民の多くが事態を深刻に受けとめていないか、殆ど何も知らないのではないかと考えている。

閻学通教授は国際政治の場での中国の視点と野心を明確に述べている。しかし中国が国際社会に及ぼす脅威について閻氏は意識がなさ過ぎる。アメリカ国務省のテッド・オシウス朝鮮半島担当次長は“The Rise of China in Chinese Eyes”で述べられている平和勢力としての中国という議論には疑問を呈している。

中国の周辺は不安定である。ロシアとインドとは協調関係を築く可能性はあるが、中国にとって神から与えられた同盟国ではない。南アジア、朝鮮半島、台湾海峡の情勢によっては中国が武力行使によって自国の国益を守ろうとする可能性は否定できない。近年の出来事をふり返ると、閻氏が言うように中国が平和勢力ということはあり得ない。1979年にはベトナムに侵攻し、近年では南シナ海での行動で特にASEAN諸国に脅威を与え、わずか3年前には台湾海峡でミサイル実験を行なった。現在でも中国は軍事力をちらつかせている。実際に中国は台湾問題の解決で武力行使の可能性を否定していない。

閻氏は中国指導者の中でアメリカの覇権に異を唱える者がいることを認めている。実際に中国陸軍の大佐二人が「無制限戦争」と題する書物を執筆し、弱い中国が強いアメリカにどのように立ち向かうかを議論している。

閻氏がアメリカと日本が北朝鮮に与える脅威を論ずる際にも、中国の視点は歴史をふり返って形成されていることがわかる。日本が満州に侵攻し占領したのはわずか68年前だが、現在の中国が日本の軍事力を恐れる理由は全くない。それでもなお中国は日本に謝罪を要求し続け、日本が普通の国として自らの国を守る権利すら認めようとしない。中国と同様に豊かな歴史と文化を育んできた日本にいつまでも国際社会での役割を制限し続けるべきかどうか、今や問い直す時期である。日本の安全保障に中国が拒否権を持つべきだとでも言うのだろうか?私はこれにノーと答える。

オシウス氏のコメントに加えて、私は次のことに言及したい。歴史を通じて、中国皇帝は諸外国の王を臣下扱いし続けてきた。アヘン戦争の敗北によって初めて中国はウェストファリア規範に基づく国際関係を受け入れたのである。ビクトリア女王の砲火に打ち砕かれるまで、中国人は他国民を野蛮人と見下してきた。閻教授は中国による世界秩序を主張する際に、このことを都合良く忘れている。だが閻氏の論文は中国外交の根底にある論理を理解するうえで役立つ。閻学通氏はまさに世界のキーパーソンである。

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